平成2年
年次経済報告
持続的拡大への道
平成2年8月7日
経済企画庁
第2章 技術開発と日本経済の対応力
以上みた我が国の技術開発のパフォーマンスは,我が国の貿易構造にも影響を与えているものとみられる。この点を,我が国の輸出の特性や,その背後にある企業の価格設定などの輸出行動パターンと関連付けて考察する。さらに,最近における海外現地生産の拡大等による企業のグローバル化に伴い,どのような変化が生じつつあるかを検討する。最後に,こうした流れが国内の空洞化に結びつく可能性について検討する。
(高い所得弾性値)
日本の輸出の全体としての特徴点を各国と比較するために輸出関数を推計し,その所得弾性値をみると,日本の輸出の所得弾性値が,先進各国のなかで際立って高い点が注目される(第2-6-1表)。すなわち,推計した国々のなかでは,韓国等のアジアNIES諸国の所得弾性値の高さが目立つが,先進諸国のなかでは,日本が突出して高く,ヨーロッパ諸国がほぼ横並びでこれに次ぎ,アメリカが一番低いといった結果となった。こうした推計結果については,計測期間によっても微妙に異なってくるので幅をもってみる必要があるが,先進国のなかで日本がかなり高い部類に入ることは間違いがない。これは,いいかえれば,輸出相手国の経済が拡大し,所得が上昇すると,日本製品が(価格を一定とすれば)他の先進諸国に比べ,より多く需要される傾向があることを示している。また,所得弾性値の時系列的な変化を推計してみると(第2-6-2図),このところ変動をともないながらもゆるやかな上昇傾向をたどってきたが,ごく最近に至り,やや頭打ち傾向が窺われる。一方,価格弾性値の方は,同じく変動を伴いながらもゆるやかな低下傾向がみられる。
このような所得弾性値の高さ及びその上昇傾向,さらに価格弾性値の低下傾向については,日本の輸出品の技術的特性もひとつの要因として指摘できるとみられる。この点を次に示そう。
(我が国の輸出品の技術的特性)
我が国の輸出品の技術的特性をみると,まず,高付加価値化がかなり以前から徐々に進んできたことがわかる。この点を主要な輸出品について確かめてみよう。まず,我が国の主な輸出品をいくつかとりあげて,1970年以降,10年程度の期間に区切って輸出物価指数と通関平均単価の上昇率を比較してみると(第2-6-3表),鉄鋼,乗用車,ラジオ,テレビ,旋盤,研削機について,いずれも通関単価の上昇率が輸出物価指数の上昇率を上回っている(下落のときも通関単価の下落率の方が小さい)。これは,ある程度の期間をならしてみれば,当該製品について,物価上昇率を上回る単価の上昇があったことを示しており,高付加価値化が進んできたことを窺わせる結果となっている。
次に,輸出品に占める,いわゆるハイテク製品の比率をみてみよう。ここでは,アメリカ商務省の基準(DOC-2)によりハイテク製品を定義し,その全輸出品に占める比率を日米両国について算出した(第2-6-4図)。こうした方法については,ハイテク製品の定義の仕方によって計算結果が微妙に異なってくるが,ある一定の定義のもとでは,日本の全輸出に占めるハイテク品の比率は,80年代に入って以降,一段と上昇しており,85年~87年の円高が一段と進んだ時期においても,さらに上昇していることが認められる。一方,アメリカにおいても同比率は80年代に入って上昇しているが,水準としてはおおむね日本より低いうえに,85年以降87年にかけて,やや頭打ち傾向か窺われる。
このように,我が国の輸出品には技術集約的な製品が多く,また時間を追って高付加価値化していく傾向があり,これが前述の我が国の輸出の所得弾性値の高さの要因のひとつになっているとみられる。なぜならば,こうした技術集約的な製品は,いわゆる「上級財」であり,技術集約的でない製品に比べ,一般的には,消費者にとっても企業にとっても高級品あるいは高性能品といった側面が大きく,むしろ所得水準が上昇してくると,需要の伸びがより高まるといった性質をもっているからである。
ところで,我が国の輸出品は,なぜ,このような高付加価値化傾向を示してきたのであろうか。最近における状況は後程述べることとして,長期間にわたって高付加価値化が進んできたことに対しては,所得の上昇を背景として労働コストが上昇するなかで,低付加価値品については徐々に国際競争力を失った,といった基本的要因に加え,すでに指摘したように,我が国企業の技術開発のパフォーマンスが高く,製品開発力が強いことが,新製品における国際競争力を高め,輸出の高付加価値化を一層促進した面もあったとみられる。
(円高下の我が国輸出企業の価格設定行動)
上記のような我が国企業の輸出品の技術的特性は,我が国企業の輸出価格設定行動にもある程度影響したとみられる。ここでは,これを最近の円高下の為替相場の転嫁率といった観点からみてみよう。実際の為替相場の動きが輸出行動に本格的に影響するまでの若干のラグ期間を考慮して,86年以降89年3月までの業種別の輸出品への為替転嫁率(投入コストの変化を調整後)及び輸出数量の動向をみると(第2-6-5図),全体としては為替転嫁率は上昇し,輸出数量は緩やかに増加した。円高期において為替転嫁率が上昇したことは,外貨建の輸出価格の引上げが一段と進行したことを意味する。
業種別により細かくみると,おおむね以下の4つのパターンに分類可能と思われる。まず,第一は,為替転嫁率が水準として高いか,あるいは上昇したもので,輸出も伸びたものである。一般機械,電気機械,化学がこれに相当する。
第二に,為替転嫁率は上昇したものの,輸出が横ばいないし減少した品目である。鉄鋼,輸送用機器(自動車)がこれにあたる。第三に,為替転嫁率が低下して輸出が伸びたものである。精密機械がこれにあたる。第四に,為替転嫁率が低下して輸出も減少したものである。繊維がこれに相当する。以上のパターンの違いは,どのような背景によって生じたのであろうか。まず,第一の,為替転嫁率が高いまたは上昇し,輸出数量が増加したものは,国際競争力が強く,また需要自体が伸びたものである。技術集約度が高く,また所得弾性値の大きい「ハイテク型」製品がこのグループの代表的なものであろう。第二の,為替転嫁率が上昇したグループは,「内需重視型」とも呼ぶべきものである。国内需給が引き締まってきた状況のもとで,輸出については採算重視の姿勢でのぞみ,結果的には内需を優先したため,輸出が停滞したグループである。このグループのなかには,海外現地生産の本格化が,輸出の抑制ないし高付加価値化に影響したとみられるようなケースや,輸出の自主規制が国内市場重視の姿勢を強めるかたちで寄与したとみられるケースも含まれる。第三の,為替転嫁率が低下して輸出が伸びたグループについては,むしろ相対的に輸出指向を強めたグループともみられるが,円高や,NIEs等の発展途上国の追い上げにより,価格競争力を失うなかで,世界需要が伸び,結果的にこうしたパターンになったとも考えられる。第四の,為替転嫁率が低く,輸出も停滞ないし減少したグループについては,主に,国際競争力を全体として失った結果,輸出が不振となったグループと考えられる。
以上をまとめれば,全体の中では第一と第二のグループのウェイトが高く,こうした影響から,全体を総合すると,円高下において為替転嫁率が上昇するなかで,輸出は緩やかに増加した。すなわち,価格設定が強気化したにもかかわらず,輸出は緩やかに増加したのである。この背景には,全体として輸出の高付加価値化が進むことで,非価格競争力が強まり,また,これを背景に,価格設定も強気化したことが影響していると考えられる。これは,前掲の第2-6-2図において,同じ円高期において輸出の価格弾性値が緩やかに低下しているといった計測結果とも符合している。価格弾性値の低下は,価格の引上げに対する需要の減少の割合が小さくなっていること,言い換えれば,非価格競争力の強まりを意味するからである。
(海外現地生産の拡大と輸出品の技術的特性)
我が国の輸出は,1985年のプラザ合意以降,急激な円高の進行に直面して,一時落ち込んだものの,その後は,ゆるやかな伸びを維持した。これは,海外景気の好調に引っ張られたことが主因であるが,特に上記の,所得弾性値が大きく,価格弾性値が小さい高付加価値製品の伸びが貢献した。しかし,89年に入り,特に半ば以降からこうした流れに若干変化が生じている。この点については,第1章で詳しく述べたが,今一度整理すれば,①海外景気の減速による需要の伸び率低下,②国内需給の引き締まりによる内需優先,③自動車などの一部品目における海外現地生産の拡大による輸出代替,等を背景に,輸出の伸びが鈍化してきている。このうち,①,②の方は循環的なものであるが,③の方は,プラザ合意以降の海外直接投資の輸出押し下げ効果が,ここへきて顕在化したものであり,構造的なものである。海外直接投資の増加は,特に現地工場の立ち上がりの段階では,生産設備,部品等の「誘発輸出」を増加させ,むしろ輸出の増加要因となる側面もあるとみられるが,ここのところの現地生産の着実な拡大は,それによる輸出品の代替という輸出押し下げ要因を強めており,少なくとも一部品目については,押し下げ要因が増加要因を上回っているとみられる。今後,こうした直接投資による輸出押し下げ効果がマクロ的に広まるかどうかは,直接投資のテンポと,現地生産拡大のスピード,およびその品目構成(輸出品との代替性)によるが,少なくとも現地生産企業の現地部品調達比率は今後一段と上昇していくとみられることから,我が国からの輸出を押し下げる効果は今後強まるとみられる。
それでは,現地生産の拡大が続くなかで,輸出品の技術的特性はどのように変化しているであろうか。結論から先に述べれば,従来からの高付加価値化の流れが続いており,今後,これが一層強まることはあっても,弱まる可能性は小さいとみられる。
この点を裏付けるために,プラザ合意以降の製品の高付加価値化と輸出数量の関係をみると(第2-6-6図),輸出が大幅に増加している品目は,ファクシミリ,自動データ処理機,テレビカメラ,IC等の高付加価値化の著しい品目であり,一方,輸出が停滞している品目は,相対的に高付加価値化がそれほど進んでいないものが多く,高付加価値化と輸出数量の増加には,ゆるやかな正の相関がみられる。また,前節で用いた,個別業種毎の産出物の技術集約度指標と,当該業種の実質輸出額の伸びとの関係をみると(第2-6-7図),80年度と88年度との比較で,電気機械,化学,精密機械,輸送機械等技術集約度の高い産業は,輸出の伸び率が相対的に高く,逆に,金属製品,繊維,紙・パルプ,石油,食品等,技術集約度の相対的に低い産業は,概して,製品の輸出の伸び率も低く,実質輸出額の伸び率と技術集約度の間には正の相関がみられる。
このように,輸出品の高付加価値化が引き続き進んでいることの最大の要因は,1985年のプラザ合意以降の急速な円高の進行で,相対的に低付加価値である製品の価格競争力がかなり低下したことから,企業が,価格競争力の強い,より高付加価値な製品に輸出の重点を移したことにあるものとみられる。こうしたなかで,輸出競争力を喪失した製品については,その市場から企業が撤退を始めるなり,海外現地生産にきりかえるなりの対応がおきているものとみられ,こうした流れが今後とも続けば,輸出品の高付加価値化の流れは一層強まりこそすれ,弱まる可能性は小さいとみられる。
(海外現地生産の拡大による国内空洞化の可能性)
ところで,我が国企業の海外現地生産拡大のなかで,現地生産比率の上昇に伴い,技術的にも国内が立ち遅れ,生産面で国際的な競争力を失って,国内が「空洞化」するといった懸念が指摘されることがある。そこで,こうした問題について,若干の検討を加えてみよう。まず,経済企画庁が1990年1月に実施した「企業行動に関するアンケート調査」をみると,全産業ベースで,研究開発のための研究所を海外に設置している企業の比率は,現在は7.5%にとどまっているのに対し,今後3年間については,12.5%の企業が,海外に研究所を持つであろうと考えている。
研究分野別にみると,開発研究(現在海外に研究所を立地させている企業割合〈複数回答〉5.2%→今後3年間に海外に研究所を持つと考える企業の割合〈同〉9.5%),応用研究(同2.4%→同4.4%),基礎研究(同1.8%→同3.1%)の順に海外への設置割合が高くなっており,特に製造業では今後3年間に1割以上(11.8%)の企業が,なかでも加工型製造業では2割近く(17.9%)の企業が,開発研究分野の研究所を海外に持つようになるであろうと答えている。また,基礎研究の分野でも,今後3年間の間に,製造業全体で4.2%の企業が海外に研究所を持つことになると予想している。次に,同調査により,基礎研究分野の研究所を,海外に立地している,もしくは立地させる予定である,とする企業の立地目的をみると,全産業ベース(複数回答)で,79.5%の企業が「研究情報の入手」と答え,次いで64.1%が「大学等基礎分野の研究所との連携」,48.7%が「研究者の確保」となっている。これは,企業が,基礎研究分野の研究所の海外立地については,海外における基礎分野の研究所との連携等,研究情報の入手を指向していることを示している。一方,同調査において,国内市場での中長期的な需要拡大時の企業の対応と,同じく海外市場での中長期的な需要拡大時の企業の対応を,クロス集計した結果をみると,全体の65.2%の企業が「国内の需要増には国内生産,海外の需要増には海外生産」といったかたちでの「分業構造」を指向しており,これは,「いずれの場合も国内生産の増加で対応」(10.3%),「いずれの場合も海外現地生産の増加で対応」(15.4%)などのケースを大きく上回っている。
以上の結果はどのように解釈すればいいのであろうか。まず,海外現地生産の拡大に並行しで,研究施設の海外への設置は,今後一段と進展するものとみられる。しかしながら,例えば,基礎研究施設の海外への設置については,研究施設の主力の部分を海外に移転するというよりも,海外での研究情報の入手に主眼をおいているものと思われる。また,開発研究の分野については,加工型製造業を中心に,海外に研究施設を設置する動きが一段と活発化しそうであるが,これも,企業が国内と海外との生産面での分業体制の構築を目指していることからみて,国内の研究を海外に移転するというよりも,こうした分業体制の整備の一環,といった側面が強いとみられる。
ちなみに,自動車産業および鉄鋼業について,対外的な技術競争力(技術輸出と技術輸入の比率)と製品の輸出/輸入比率の推移をみると,まず,自動車については(第2-6-8図①),国内の技術レベルが現在より大分低く,技術貿易において技術輸入件数が技術輸出件数を大幅に上回っていた1970年代前半から,技術収支が改善するにしたがって輸出台数が伸び,製品の輸出/輸入比率が上昇するが,技術収支がプラスに転じた80年代前半頃を境にこの比率はピークアウトし,その後輸入の増加や,最近においては海外現地生産の拡大による輸出代替から低下を続けている。また,鉄鋼業について同じようにみると(第2-6-8図②),やはり技術輸入が技術輸出を大幅に上回っているところから出発し,その後,技術収支が改善するに従い,一旦は製品の輸出/輸入比率が上昇するが,70年代の後半頃をピークに,低下をしてきている。自動車産業や鉄鋼業は,第1節(第2-1-5図)でみたように,いずれもこのところ技術輸出が技術輸入を上回る傾向にあり,対外的に技術を供与する側に転じている代表的な産業であるが,一方では,すでにみたように,輸出の高付加価値化はごく最近においてもさらに進んでおり,高付加価値品の生産が海外での現地生産に切り替わった製品に替わる地位を占める傾向にある。
また,海外現地生産に対する位置づけを,前述の「企業行動アンケート調査」によりみると,「国内市場での中長期的な需要増」に対しては,「主として国内生産を増やす」と答える企業の比率が両業種ともに圧倒的に高く(自動車・同部品産業79.2%,鉄鋼業69.2%),また「海外市場での中長期的な需要増」に対しては,両業種とも「主として海外現地生産を増やす」と答える企業が大部分を占めている(同79.2%,同69.2%)。
これらをみても,前述の輸出/輸入比率の低下は,国内生産の空洞化の兆しではなく,国内生産と海外生産の,グローバルな視点に立った分業を指向していることの表れであるとみられる。すでにみたように,輸出品の高付加価値化の流れは,自動車産業年鉄鋼業以外についても,また,ごく最近にいたっても依然強い。こうした点も考えあわせれば,我が国企業が,海外現地生産の拡大にともなって技術面での空洞化を招き,国際競争力を失うといった懸念は,目下のところ小さいとみられる。