平成2年
年次経済報告
持続的拡大への道
平成2年8月7日
経済企画庁
第2章 技術開発と日本経済の対応力
最近において技術開発を活発化させている重要な背景として,情報化とマイクロエレクトロニクス化の進展による影響が指摘できる。こうした技術の新しい流れは,情報ネットワークの構築,情報・通信機器の導入など,多くの産業における設備投資を誘発している。また,近年の経済のサービス化と技術開発も深い関連がある。経済のサービス化には様々な側面があるが,本節では技術開発とサービス化の関係を主として取上げよう。技術開発と経済のサービス化には,前者が後者を促進する側面と,後者が前者を刺激する側面がある。例えば,情報サービス業やリース業等対事業所サービス業に対する需要が,上記の技術開発の流れに刺激されて増加しており,これが企業の中間投入の面でのサービス化を進行させている。また,消費活動のサービス化は,消費者向けの新たなビジネスを生み出し,これが技術開発の契機となっている。このように,サービス化と技術進歩は,相互に因となり果となりつつ進んでいる。
近年,我が国経済においては,情報・通信技術(コンピュータ,通信制御装置等に係る技術)の進歩が目ざましい。こうした技術の新しい流れは,電気機械,精密機械などの,情報・通信技術開発の中心となる業種の研究開発活動を著しく刺激しており,こうした産業は,研究開発活動においても,その具体的成果においでも,その伸びが目立っている。この点をみるために,製品分野別の研究開発費支出と,特許出願件数の動向をみると(第2-5-1図),1977年~87年の10年間について,電気機械,精密機械などの情報技術やマイクロエレクトロニクス関連技術に関連の深い業種が,両者ともに伸びが突出して高く,次いで輸送機械,窯業土石,化学が,両者ともに全体の平均に近く,繊維,紙パルプ,金属等は両者ともに伸びが低い。
このような情報・通信技術の発達は,こうした技術開発が行われている産業のみならず,経済全体の情報化を促進している。こうした情報化の拡がりを業種別の設備投資(固定資本形成)に占める情報,・通信機器の比率でみてみよう(第2-5-2図)。この比率を1975年と85年とで比較してみると,もともと情報化の中心的産業で,75年時点ですでに設備投資に占める情報・通信機器の比率が高かった通信や電気機械では,高水準ながら殆ど変化がみられないのに対し,金融・保険業においては,オンライン化の推進で大量の情報・通信機器を導入したことから,この比率が著しく上昇し,75年時点では10%程度に過ぎなかったものが,85年にいたっては約3分の1にも達している。また,同じ非製造業のなかでは,金融機関ほどではないが,POS(販売時点情報管理)システム,受発注業務におけるEOS(補充発注システム;エレクトロニック・オーダリング・システム)等のオンライン設備の導入やソースマーキング(POSシステムを利用するためにJANコード(共通商品コード)を印刷すること。)の採用を進めている卸小売業の情報化関連投資の比率も上昇している。一方,製造業のなかでは,一般機械,精密機械において,CAD/CAM(コンピュータによる設計・製造)や,FMS(フレキシブル生産システム;フレキシブル・マニュファクチャリング・システム)に代表される,コンピュータ,NC装置などの情報・通信機器を活用したシステムが,研究・開発,設計,生産現場等へ活発に導入されており,情報化関連投資の比率の上昇が著しい。以上をまとめれば,製造・非製造を問わず,殆どの業種で,設備投資に占める情報化関連投資の比率が上昇しており,情報・通信機器の導入が,この10~15年の間に一段と活発化し,いわゆる「情報化」が幅広い産業にわたって進んできていることがわかる。
一方,こうしたなかで,比較的最近時点において,代表的な情報・通信機器であるコンピュータの利用状況を業種別にみると(第2-5-3図①),台数ベースでは,製造業については,全体ではおおむね増加傾向を続けているものの,電気機械,化学,鉄鋼等の業種において,ごく最近に至りやや頭打ち傾向が窺われる一方,非製造業については,全体で増勢が続いていることに加え,業種別にみても,前述のオンラインシステムの導入を進めている卸・小売業や金融・保険業が高い伸びを続けているほか,運輸・通信や情報サービス業も,それぞれ,物流関係のオンライン化や,業容の一段の拡大から,伸びが続いている。このように,ごく最近においては,特に非製造業におけるコンピュータの導入が活発である。この点については,非製造業が前述のようにオンライン化投資を盛んに進めていることに加え,製造業においては,近年情報処理業務を専門の情報サービス業者に委託するケースなど,情報処理業務の外部化が進行しており,この意味でのコンピュータ需要の製造業から非製造業へのシフトが生じていることも影響しているものとみられる。
次に,こうしたコンピュータの導入がどのような形態で進んでいるのかをみると(第2-5-3図②),近年,買取の比率が低下傾向にある一方,特に非製造業において,リース等の活用が活発である。このように,企業のコンピュータの導入等の情報化は,一方で設備投資におけるリースの活用と並行的に進んでいる。これは,コンピュータをはじめとする情報・通信機器は,新機種投入のサイクルが短いケースが多く,こうした変化に対応していくためには,償却期間の問題等からリースにメリットがある場合が多いことが関係しているものとみられる。このようなリース業の発達は,後述の企業の投入におけるサービス化を通じて,経済全体のサービス化のひとつの契機ともなっている。
以上のような経済の情報化の進展は,①各企業内への情報・通信機器の導入,②新たな情報ネットワークの構築とそれへの参加,③情報・マイクロエレクトロニクス関連のビジネスチャンスの増大を睨んだ異業種からの参入(多角化)の活発化,などのかたちで幅広い産業における新たな設備投資需要を刺激し,これがこのところの製造・非製造を問わず,ほぼ全業種にわたった設備投資活発化のひとつの背景となっている。
(情報化関連投資の動向)
まず,具体的に情報化関連投資の動向をみてみよう(第2-5-4図)。電子・通信機械等の情報化投資関連機械の需要動向を,経済企画庁「機械受注統計」によりみると,全体で,電子・通信機械といった情報化投資関連機械の受注額は,80年代初頭までは比較的緩やかな上昇傾向をたどっていたものの,80年代の半ば頃から一段と伸びを高めている。こうした電子・通信機械の機械受注全体(船舶を除く民需)に占めるウエイトをみても,やはり80年代初頭を境に急速に高まっており,機械関係の設備投資全体を押し上げる寄与度も高まってきている。このような活発な設備投資需要の創出のひとつの典型が,様々なかたちでの情報ネットワークの構築である。
(情報ネットワークの生成)
最近どのようなかたちで情報ネットワークの生成が進んでいるかを簡単に整理すると(第2-5-5図),まず,製造業の内部においては,経営管理システム,販売管理システム,受注・出荷管理システム,生産管理システム等のシステムが徐々に導入されてきている。このようなシステムがネットワークとして機能するように,LAN(構内情報通信網;ローカル・エリア・ネットワーク)の整備が,工場内や本社内で進められている。また,生産管理面をより詳しくみると,多品種少量の受注生産と,品質向上,省力化を同時に実現するために,NC(数値制御)化,産業用ロボットを取り入れたFMS(フレキシブル生産システム)の導入が進められている。FMSには,前述のCAD(コンピュータによる設計システム),CAM(コンピュータによる製造システム)等が取り入れられ,設計から製造まで一貫したシステムの構築が追求されている。さらに,こうした企業内各システムを統合,ネットワーク化し,開発,部品・資材発注,製造,検査,販売などの各部門を情報ネットワークで結びつけたのがCIM(コンピュータによる統合生産)である。CIMは,直接部門だけでなく,間接部門を含め,コストを節約し,市場の変化への機敏な対応を可能にすることから,より次元の高い進んだシステムとして,今後導入が一段と進むものとみられる。さらに,こうした社内のネットワークは,国際VAN(国際付加価値通信網)等を通じて海外の販売会社や生産会社とも結び付けられ,子会社との生産,販売等に関する連絡に生かされようとしている。
次に,流通の分野では,小売業において,前述の販売に関する情報をオンラインで管理し,品揃えや在庫の補充に生がすPOS,卸,小売業間のオンラインによる受発注システムであるEOS,さらに,卸・小売業者間の様々な情報を地域単位で統合して提供する地域VANなどの構築が進んでいる。さらに,こうした流通業の情報ネットワークは,末端の消費者や銀行等の金融部門とも接続され,消費者と流通業者を結んだホーム・ショッピング,消費者と金融機関を結んだホーム・バンキング,さらに,前述のPOSと金融機関を接続し,販売時点で決裁の指図まで出せるバンクPOSなどの導入が,徐々にではあるが,進みつつある。金融機関とのネットワークでは,流通業や製造業のオンラインを統合したVAN等を通じて,例えば,企業との金融取引やそれに必要な情報交換(ファーム・バンキング,顧客のクレジット・カードの信用状況をリアルタイムでチェックし,クレジットによる商品やサービスの販売,提供の承認を行うクレジット・カードのオーソライゼーション等)も行われ始めている。
さらに,物流の部門では,運輸業,倉庫業,宅配サービス業等において,VAN等を通じて,製造業や流通業との注文・発送のオンライン化が進んでいる。また,自らの受注,配送の迅速化,コストダウンを狙って,本社と配送センターのネットワーク化や,個々のトラックとのMCAシステム(陸上移動無線の一形式,詳しくは後述)によるネットワーク化も進められている。
以上みたように,現在進んでいる情報ネットワーク化の流れは,大まかに言えば,製造業,流通業,物流,金融などの個別の企業内から始まって,それを相互に結びつけ,さらに消費者も取り込んだより大きいシステムへと高度化しつつある。こうした変化は,社会の隅々に渡って,新しい需要を呼び起こしている。
次に,現時点で,こうしたネットワークの整備がどの程度進んでいるかを,企業の情報ネットワークへの参加・構築状況によってみてみよう。まず,製造業,流通業合計で,情報ネットワークへの参加・構築状況をみると(第2-5-6図①),社内のネットワークについては,すでに8割の企業で構築が進んでおり,海外子会社や異業種との全国規模でのネットワークへの参加・構築については,1割程度の企業が進めている。今後については,社内のネットワークの構築がやや頭打ち気味となるのに対して,海外子会社や異業種どの全国規模でのネットワークへの参加・構築を進めたいとする企業は更に増えている。異業種とのネットワークについてより詳しくみると(第2-5-6図②),小売・その他と卸売業,卸売業と製造業,流通業(卸売,小売・その他)と金融・保険業の間では,すでに過去3年間に2~3割程度の企業が情報ネットワークへの参加・構築を進めており,今後についても,3~5割の企業が3年間以内にこうした情報ネットワークへの参加ないし構築を目指しているとの結果が得られている。また,流通業と運輸,倉庫業,製造業と金融・保険業,製造業と運輸,倉庫業も,今後3年間において1~2割程度の企業が情報ネットワークに参加ないし築きたいとしている。このように,現在までは主として企業内で進められてきた情報ネットワーク化が,今後は企業間,業種間を中心に活発に進められるものとみられる。このような情報ネットワークの円滑な拡大を促するためには,可能なかぎり業間横断的に相互運用性を確保するようデータの表現方法,業務運用や取引のルールなどいわゆるビジネス・プロトコルの標準化を進めることも重要である。
ここで,情報ネットワークシステムの具体的な拡大の状況を,MCAシステム,POSシステムを例にとってみてみよう(第2-5-7図①)。まず,MCAシステム(マルチ・チャンネル・アクセス方式と呼ばれる周波数有効利用技術を活用したシステムで,複数の周波数を多数の利用者が共同で利用する陸上移動無線システム)は,音声通話だけでなく,データ伝送やファクシミリ伝送も可能であり,また簡易無線に比較して混信が少なく,通信の秘密も保たれることから,様々な業種における利用が広がっている。具体的には,運輸関係や,各種の製造・販売業,建設業,設備工事業,警備保障その他の産業において,企業に設置された指令センターと個別の輸送トラック,営業マン,サービスマン等をMCAシステムでネットワーク化することにより移動効率を高め,よりきめ細かいサービスとコストの低下に結びついている。こうしたMCAシステムの普及状況をみると,移動局(個々のトラックに設置されているMCA装置)の数でみて,1982年度末においては,全国で僅かに8千台であったのが,84年度末には4万4千台,89年度末には29万台と,この5年間で約6.5倍に達している。また,こうした設置台数を全トラック台数(自家用を含む)で割った1車両当たりの装備率をみると,同しく82年度末においては,0.05%に過ぎなかったのが,84年度末には0.27%に達し,89年度末には,1.37%と,こちらもこの5年間で約5倍に達している。次に,同じくPOS(販売時点情報管理)システムの普及状況をみてみよう(第2-5-7図②)。まず,百貨店におけるPOSシステムの導入社数割合をみると,1983年においては全体のおよそ3分)1(33.0%)に過ぎなかったのが,89年には約3分の2(67.1%)にまで増加している。また,1社当たりのPOS端末機の導入台数を同じく百貨店全体についてみると,83年においては138台であったのが,89年においては311台と,6年間に2倍以上に達している。このように,新しい情報ネットワークが次々に速いスピードで拡大しており,新たな需要を創出している。
(研究開発における多角化の進展)
次に,企業の,情報化やマイクロエレクトロニクス化の発達を睨んだ,こうした分野への多角化等による進出状況をみてみよう。まず,研究開発活動における多角化の進展状況を取り上げる。第2-5-8図①は,75~88年度における各業種の製品分野別研究費の伸び(倍率)を調べ,それぞれの業種について,本業分野の伸びを上回る分野を示したものである。
これによれば,かなり多数の産業における電気機械分野への研究開発費支出の伸びが著しい。具体的には,一般機械,精密機械などの加工組立業種はもちろんのこと,窯業,鉄鋼,非鉄,総合化学・化学繊維,繊維等の素材産業の,こうした分野への研究開発費支出の伸びが著しく,伸び率ベースでは加工組立業種のそれを上回っている。これは,IC等の電子部品の素材に関する研究が,こうした産業で積極的に行われていることによるところが大きいとみられる。
もちろん,多角化は,他の技術進歩の著しい分野に向けても進められており,例えば,化学(医薬品を含む)や輸送機械(自動車)の分野に対しても,それぞれ食品,繊維,紙・パルプ,窯業,鉄鋼や,繊維,非鉄,金属製品,電気機械等の幅広い業種が研究開発費支出を伸ばしている。
こうしたいろいろなかたちでの研究開発の多角化の動きを差し引きして(ネットで),どういった分野において研究開発が異業種からの参入超となっており,またどういった分野から異業種への退出超になっているかをみてみよう。第2-5-8図②は,各業種および製品分野への研究開発費支出の,製造業全体の研究開発費支出に対する比率を縦軸にとり,同分野へのネットでの研究開発面での進出状況を横軸にとったものである。図において右上方面に時間とともに進む程,当該製品分野に対して他の業種からの研究開発面での参入がネットで活発化(または他の業種への退出がネットで不活発化)していると同時に,当該業種の研究開発活動のウェイトが上昇していることを示し,当該分野での研究開発活動が一段と活発化すると同時に,異業種からの研究開発面での参入も盛んであることがわかる。逆に時間とともに左下方面に進んでいる分野においては,他の業種からの研究開発面での参入がネットで不活発化(または他の業種への退出がネットで活発化)していると同時に,当該業種での研究開発活動のウェイトが下降していることを示す。結果をみると,電気機械,ながんずく通信・電子・電気計測器の分野において,右上方への推移が1980年から88年にかけて極めて顕著であり,情報化やマイクロエレクトロニクス化が,こうした分野での研究開発活動を,異業種からの参入も巻き込みながら刺激しており,これが最近における研究開発活動におけるリード役を果たしていることがわかる。一方,鉄鋼,繊維,食品等の分野に対しては,他の業種はむしろ退出の方向にあり,最近の研究開発が,多角化の面からみて,こうした業種分野から,通信・電子・電気計測器などの,情報化やマイクロエレクトロニクス関連分野への全体としてのシフトを伴いながら,進んでいることがわかる。
このように,情報・マイクロエレクトロニクス関連のビジネスチャンスの増大を睨んだ多角化等を通じた異業種からの参入が活発化しており,これが設備投資等を通じて新たな需要を創出している。
次に,こうした情報化やマイクロエレクトロニクス関連を中心とした最近の研究開発投入が,どのような産業を中心に進展し,それがどのように経済全体に波及して全般的な技術水準の向上に結びついているかを分析する。まず,技術開発投入が,各業種の産出物にどの程度体化されているかをみるため,産出物に含まれている研究開発費支出の比率を計測し,これをその業種の「技術集約度」と呼ぶことにする。その際,産出物に含まれている研究開発費については,当該業種において直接支出された分に加え,他の業種において支出されたものが,中間投入を通じて間接的に加わる分についても考慮した(第2-5-9図①)。
その結果をみると,まず,産業全体の技術集約度は,期を追って着実に上昇している。特に,80年以前と以後を比較してみると,80年以後の方が,そのテンポが著しくなっている。業種別に特徴点をみると,電気機械,化学(含む医薬品,以下同じ),精密機械,輸送機械の4業種が,80年以降の技術集約度の水準,上昇幅ともに高く,続いて鉄鋼,一般機械,非鉄の各業種が,全体の平均を上回っている。一方,窯業土石.金属製品,繊維,石油・石炭,紙・パルプ,食料品等のその他の製造業や,建設,鉱業,農林水産などのその他の産業は,全体の平均を下回っている。こうしたなかで注目されるのは,①技術集約度の水準が高い産業ほど,概してその上昇幅も大きい,②技術集約度の低い産業ほど,概してその上昇幅も小さいが,それでもほとんどの業種で上昇傾向が続いている,の二点である。
こうした傾向を生み出している背景は何か。まず,技術集約度と各業種の直接的な研究開発費支出の関係をみると,電気機械,化学,精密機械,輸送機械など,技術集約度の水準が高い産業は,自らの(直接の)研究開発費支出の水準も高く,逆に金属製品,繊維,紙・パルプ等技術集約度の水準が相対的に低い産業は,そうした研究開発費支出も小さく,おおむね技術集約度の高い産業ほど,自らの研究開発費支出の対産出高比率が高いといった関係が窺われる(第2-5-9図②)。これは,技術集約度の高い産業ほど,研究開発活動に力を入れていることを示しており,先程の技術集約度格差拡大の基本的な背景はここにあるものと思われる。
次に,同じく技術集約度と,そのうちの他産業がらの間接投入分の寄与率をみると(同図),輸送機械を別にして技術集約度の高い産業は,間接投入分の寄与率が小さい一方,相対的に技術集約度の低い産業は,間接投入の比率が高くなっており,おおむね技術集約度の低い業種ほど,他産業からの寄与率が高いといった結果になっている。これについては,こうした技術集約度の低い産業は,技術開発に積極的な他産業がらの投入により引き上げられるかたちで,技術集約度が上昇している,とみることが可能であろう。上で,技術集約度の水準の低い産業も含めて,全般に技術集約度が上昇していることをみたが,その背景には,技術開発が活発な技術集約度の高い産業からの波及効果が大きく作用しているものとみられる。こうしたながで,輸送機械は,技術集約度が相対的に高いなかで,そのうち他産業からの波及効果も比較的大きい。これは,例えば自動車産業でカーエレクトロニクス化が進み電気機械からの投入が増大しているなど,この業種が,同じ技術集約的な産業であっても,他の産業の技術の成果にも,より多く依存していることの現れであるとみることも可能であろう。
次に,技術集約度と当該産業全体のパフォーマンスとの関係をみてみよう(第2-5-10表)。まず,技術集約度の相対的に高い業種(電気機械,化学,精密機械,輸送機械)についてみると,産業の成長力や設備投資のスピードが高く,活発な技術開発を背景に積極的な設備投資を行い,力強い成長を続けていることがわかる。また,就業者の伸びも高いが,就業者一人当たりの生産性の伸びも高く,技術開発と活発な投資が生産性の高い伸びに結実している。加えてこうした業種では,製品の輸出の伸びだけでなく,技術輸出の伸びも高い。一方,技術集約度が相対的に低い産業(製造業では,窯業土石,金属製品,繊維,石油・石炭等,その他の業種では,建設,鉱業,農林水産業)では,成長力,就業者の伸びがともに低く,生産性の伸びも相対的に低い。つまり,技術集約度の高い産業に資本設備や労働力などの経済資源が相対的に集中し,こうした分野が生産性を高めながら高成長を続けるかたちで我が国全体の経済成長が牽引されてきていると捉えることができる。
以上をまとめれば,我が国の極めて活発な技術開発は,電機,化学,精密機械等の技術集約型産業に牽引されるかたちで進んでいる。そのなかで,技術集約型産業の活発な研究開発活動の成果が,投入産出関係を通じて,我が国の産業全体に広く伝播し,技術集約度が相対的に低い産業の集約度を引き上げており,こうしたかたちで我が国の産業の産出物全体の技術集約度が上昇している。
また,我が国の経済成長も,こうした技術集約型産業への経済資源投入を相対的に高めるかたちで,こうした産業をリード役に進んできている。
近年進んできた産業構造のサービス化も,最近の技術開発と深い関連がある。
まず,すでに述べてきた情報化やマイクロエレクトロニクス化の進展が,関連産業の拡大を通じて経済のサービス化を進めている。逆に,経済のサービス化が,新たな技術開発を誘発している面もある。すなわち,消費のサービス化は,それに関連するあらたなビジネスの成長を刺激し,これが技術開発を刺激している。
(産業構造のサービス化の進展状況)
まず,産業構造のサービス化の進展を,簡単に計数的に裏付けてみよう。日本の国内経済活動に占め(第3次産業の比率をみると(要素所得ベース),1960年時点では48.9%にすぎなかったものが,70年には54.1%,80年には60.1%,88年には62.8%と,ほぼ一貫して上昇している。88年時点で国際比較をしてみると,アメリカ(71.5%)に比べれば大分低いものの,西ドイツ(56.6%)を大きく上回り,フランス(65,9%),イタリア(62.0%)等の諸国とほぼ並ぶ水準となっている。また,全就業者数に占める第3次産業就業者の比率をみると,やはり1960年には39.7%にすぎなかったのが,70年には47.4%,80年には54.8%,88年には58.5%と,こちらも産業のウェイトの上昇とともに上昇している。これを86年時点で国際比較してみると,日本(57.6%)は,アメリカ(70.5%),フランス(62.9%)に比べれば低いものの,西ドイツ(53.9%)に比べれば高く,イタリア(56.9%)並みの水準となっている。
(情報化関連産業の成長と経済のサービス化)
上記のような経済のサービス化のひとつの重要な側面は,産業の投入構造におけるサービス化である。これは,供給側からみれば,情報サービス,広告,リースなどの対事業所サービスの売上が,近年急速に増大していることに対応する。こうした対事業所サービスへの需要は,非製造業はもちろん,製造業のなかでも幅広い業種において増大しており,その背景には,経済の情報化やマイクロエレクトロニクス化が深く関わっている。すなわち,まず,サービスの投入全体に占める比率をみると(第2-5-11図①),1975~85年にかけて,全体として上昇しており,投入面でのサービス化が進行していることがわかる。
業種別にみると,まず,情報関連サービスが,もともと水準が高いうえに,その上昇幅の大きさが際立っている。これは,コンピュータ等の情報・通信機器のリースやレンタルが増加しているほか,情報ソフトの高度化にともない,情報サービス業においても外注が増加していることが影響しているものと考えられる。それ以外については,もともと水準の高い金融保険,通信放送等は比率の変化は余り大きくなく,むしろ絶対レベルとしてはそれより低いものの,情報ネットワークの構築に積極的に取り組んでいる運輸業の上昇が目立つ。また,製造業をみると,業種毎にばらつきがあるが,一般機械や情報・通信機器等においては,技術進歩の速いNC工作機械や産業機械,さらに生産ラインのFA化等からリースの利用の増大や,コンピュータ・ソフトの外注の増加が進行していること等が影響して,サービス投入比率が上昇しているものとみられる。
このように,情報・通信技術の急速な進歩に裏付けられた経済の情報化やマイクロエレクトロニクス化が,近年の経済全体のサービス投入比率の上昇,言い換えれば投入におけるサービス化の重要な契機となっている。
ところで,このような投入構造の変化は,経済全体を物的部門(製造業(除出版・印刷),農林水産業,鉱業,建設業,電気・ガス・水道業),サービス部門(出版・印刷,その他の非製造業)の2部門に分けたときに,投入産出関係における両部門間の波及関係をどのように変化させているであろうか。この点をみるために,1975年時点と85年時点との間で起きた投入産出構造の変化が,それぞれの産業における総産出量にどのように影響を与えたかを,計測してみよう。第2-5-11図②は,仮に85年時点の最終需要の構造が75年時点と同様であるとした場合に,この間の経済の投入産出構造の変化が,それぞれの産業の産出高をどのように変化させると考えられるか,更にその変化が,物的部門,サービス部門それぞれの部門内の波及関係の変化によるのか,あるいは物的部門とサービス部門の間の波及関係の変化によるのか,といった点を推計したものである。これをみると,物的部門の内部においては,物的部門の内部の波及関係の変化が,総じて物的,サービス相互間の波及関係の変化を上回っており,物的部門の投入におけるサービス比率の上昇は,投入産出関係におけるサービス業の影響の強まりにはつながっていないとみられる。逆に,サービス部門内においては,むしろ物的部門との間の波及関係の変化の影響がサービス部門内部の波及関係の変化を上回っており,むしろ投入産出関係における物的部門の影響が強まっているといった結果となっている。このような計測は最終需要をどのように想定するかによって結果が大きく異なるので,念のために85年の最終需要を用いて同様の計測を行ったが,上記め意味での結果には大きな差は認められなかった。以上から,やや長い目でみると,経済の投入産出構造が変化し,経済全体のサービス投入比率が上昇しているものの,物的部門とサービス部門間の波及関係については,物的部門の自立性とサービス部門の物的部門への依存度が強まる方向にあるとみられる。
(消費構造のサービス化と技術開発)
経済のサービス化のもうひとつの重要な契機は,消費におけるサービス関連支出の増大である。国民経済計算により家計最終消費支出の構成比の推移をみると(第2-5-12図①),1970年時点で42.4%であったサービス(交通・通信,教養娯楽,教育等)は,80年には47.6%,88年には54.4%と,ほぼ一貫して上昇傾向にあるのに対し,非耐久財(食料,光熱費等)は同じく70年には37.2%,80年には33.3%,88年には27.5%と,サービスのウェイト上昇に呼応するかたちで,低下してきている。また,半耐久財(衣服,履物,食器類等)のウェイトも同じく14.2%,13.1%,,11.4%と緩やかな低下傾向を示している。このように半耐久財,非耐久財のウェイトの低下のなかで,消費のサービス化が進んできている。
次に,家計消費支出のサービス化の中身をより詳しくみると(第2-5-12図②),被服・履物関連サービス(洋服仕立代,洗濯代,被服・履物修理代等)等一部の費目が,70年頃に比べ,かなり低下しているが,全体としてはこのところほぼ一貫して上昇している。特に交通・通信,保健・医療サービス,教養・娯楽サービス,一般外食等の伸びが著しい。こうした伸びの著しい費目のなかには,比較的必需度が低く,所得が上昇すれば,それと比例的以上に消費される傾向を持つ財(いわゆる上級財)も多く含まれていると考えられる。たとえば,教養娯楽サービスは,旅行,月謝,入場・観覧.ゲーム代を始め,全般に上級財としての側面を強く持っているものと思われる。また,一般外食についても,こうした上級財的な側面を多く持っていると考えられるが,加えて,こうした外食の伸びについては,女性の社会進出の強まり等を背景に,家事労働や,その他の「時間」の節約につながるサービスに対する需要が増大していることもある程度影響しているものとみられる。このように,所得の上昇による「上級財」への需要のシフト,さらに,「時間の節約」ないし「時間的利便性の増大」につながるサービスに対する需要の増加は,一方で消費のサービス化を押し進めるとともに,あらたなビジネスチャンスを提供し,これがこうした分野での技術開発に結びついている側面もあるとみられる。
例えば宅配サービスについてみてみよう。宅配サービスは運送業の一種であるが,小口の荷物を,迅速に,しかも日曜休日等にも送れる,あるいは電話をすれば顧客のところまで取りに来る,といった類の様々なサービスが付随しているといった点で,新しい付加価値が付いている。宅配サービスの輸送量の推移をみると(第2ー5-13図①),取扱個数でみて,1981年度には1憶個をやや上回る程度であったのが,84年度には3.8億個に達し,さらに89年度には10.3億個に達するなど,この5年間において約2.7倍になっている。このように宅配サービスが急速に伸びた背景には,全般的な物流の活発化のほかに,宅配サービスが,一面では,顧客が,急ぎの荷物を自ら相手に対して届ける,ないし,わざわざ店頭まで来て発送する手間を省くサービスを提供し始めたことが影響しているとの見方もできよう。このような時間を節約したいといったニーズが高まっていたことが,こうした宅配サービスのビジネス・チャンスを広げ,さらにこうしたニーズに応えるために,宅配サービスの方でも,受注,配送等の効率化を一層進め,これが,すでに述べた運輸業における情報ネットワーク化等の技術開発を刺激している面があるとの見方も可能であろう。
次に,コンビニエンス・ストアについてみてみよう(第2-5-13図②)。コンビニエンス・ストアの売上高および店舖数の動向をみると,1985年度以降,全体の消費を上回る高い伸びを続けている。こうした高い伸びの背景として,コンビニエンス・ストアが,一般小売店に比較して営業時間が長く,「買物時間における利便性の増大」といったサービスを提供しており,このようなサービスに対するニーズが一般消費者の間で高まっていることが影響しているとみられる。さらに,コンビニエンス・ストアにおいては,こうした顧客のニーズに,よりきめ細かく対応するために,すでに述べたようなPOSやEOS等の情報化・オンライン化を進めており,このようなサービスに対するニーズが,情報化・オンライン化や,それに関連する技術開発をある程度刺激しているとの見方も可能であるように思われる。
もちろん,このような技術開発は,その基礎となる情報・通信技術の発達なしには達成されえないものであった。その意味で,技術開発と経済のサービス化は,相互に因となり果となりつつ進んでいる。