平成2年
年次経済報告
持続的拡大への道
平成2年8月7日
経済企画庁
第2章 技術開発と日本経済の対応力
次に,技術開発との関連を主眼に我が国に多くみられる企業間におけるシステムについてみてみよう。ここでいう企業間のシステムは,大きく分けて,取引そのものにかかわるものと,それ以外の情報等のやりとりに関係するものに分けられる。まず前者については企業間取引のうち,特に技術開発との関係で重要な長期的取引関係に着目し,その経済的合理性を考える。続いて,より具体的に,我が国に多くみられるものとしてしばしば指摘される製造業におけるメーカーと部品供給企業の関係について,長期的取引関係といった観点から果たしている役割について検討する。さらに後者の取引以外の企業間の情報等のやりとり,特に技術開発とからんだそれについて検討する。ところで,企業間のシステムといった場合,上記の,主として製造業の企業の間のそれ以外に,流通段階のものも重要である。この点については,特にこうしたシステムが消費者に対してどのような影響を及ぼしているかといった観点から次章(第3章)で検討する。
企業間で取引をする場合,その方法としては大きく分けて二通りある。ひとつは,全く相手を特定しない純粋な市場取引であり,もうひとつは,ある程度相手を特定するかたちの取引である。今,後者を市場取引との対比で組織的取引と呼ぶことにしよう。一般に,取引する商品が売手にも買手にも明確で,かつその商品に関する知識にも双方の間に偏りがなく,加えて売手も買手も(潜在的なものも含めて)多数いる場合,純粋な市場取引が効率的である。しかし,上記の条件が満たされない場合,市場取引では不都合が生ずる。例えば,遠い将来にわたる取引をしたい場合,将来時点のあらゆる場合を想定して契約書をつくり,市場で契約することは困難である。また,商品の品質等に関する知識において売手と買手の間に大きな偏りがある場合,取引当事者双方がお互いに納得する値段がみつからないなどして,取引が円滑に行われにくいことがある。
さらに,取引相手が少数しかいない場合,競争原理がうまく働かない可能性がある。
以上のような市場取引がうまくいかないケースは実際にはかなり多いとみられ,ここに相手をある程度特定して同じ相手と反復して取引する誘因が存在する。これが長期的取引である。長期的取引のメリットは色々ある。まず,一回一回取引相手を探したり,取引条件を決めたりする費用が節約される。また,取引を通じてお互いに必要な情報を提供しあい,また取引相手に関する知識が深まることから,様々なかたちの協力によるメリットの享受が可能になる。特に,契約の仕方を工夫すると,お互いに相手に協力するインセンティヴが強まり,信頼関係を軸とした長期にわたるさまざまな取引を成立させることができる。
このように,組織的取引の一種である長期的取引関係は,上記のような純粋な市場取引が成立しにくい場合に,経済合理的な側面を持ってくる。また,長期的な取引関係が成立していること自体は,そこに市場メカニズムが働いていないことを意味しない。なぜなら,取引への参入の道が開かれていれば,たとえ長期的な取引が一般的な分野であっても,ある程度の期間をとれば,売手買手双方の選別により,取引相手の入れ代わりが起きるからである。
次に,我が国の長期的取引の現状を,公正取引委員会資料「我が国企業の継続的取引の実態について」(87年4月)によりみてみよう。まず,主要大企業(金融業を除く)の仕入れ取引に占める5年以上の継続的取引の程度をみると,生産財(原材料,燃料等),資本財(機器,設備等)ともに「ほどんど全てが継続的取引である」(各々60.7%,22.8%),ないし「継続的取引がかなりある](同37.1%,57.6%)とする企業が大半であるが,どちらかというと,資本財の方が継続的取引の度合いが弱いようである。次に仕入れ先の最近3年間の入れ替わり状況をみると,資本財については「少し入れ替わった」の比率が高く(62.6%),「ほとんど入れ替わっていない」の比率は低い(25.3%)のに対し,生産財については「少し入れ替わった」(51.1%)と並んで「ほとんど入れ替わっていない」(45.5%)の比率が高い。生産財を中心に継続的取引が多いこともあって,入れ替わりはさほど頻繁とはいえないようである。ただし,ここで注意しなければいけないのは,これらの結果は,必ずしも1品目について1社のみから仕入れていることや,長期間にわたり全く同じ製品を仕入れていることを意味するわけではないことである。
次に,同資料により継続的取引の理由をみると(第2‐3-1図①),生産財,資本財ともに「品質が良い」を挙げる企業が「価格が安い」を上回っており,また特に生産財を中心に「供給が安定している」を挙げる先が多い。また,「長い取引関係に伴う信頼関係」を挙げる企業も半数近くある。一方,同じ企業グループに属するからとか販売先として重要だからといった指摘はかなり少ない。それでは,企業はどのような相手先を取引先として選んでいるのであろうか。企業の主要取引先(仕入先上位各30社)との関係をみると(第2-3-1図②),「特段の関係のない継続的取引先(国内)」という分類が半数近くを占めて一番多く,続いて株式所有・被所有,親睦関係,役員派遣,共同開発の順で多く挙げられている。同じ企業グループに属するといった例は少ない。また,主要取引先との取引期間をみると,「不明」といった回答が3割程度あるので注意が必要であるが,「10年以上」との回答が6割程度ある。
以上を総括すれば,我が国企業においては継続的取引はかなり広範にみられるようである。また,継続的取引の背景を窺うと,価格が安いという要因以外の取引条件等が重要な要素となっている。これは,前述のように,そもそも純粋な市場取引が成立しにくいところに継続的取引が生まれるといった事情を考えれば,当然のことといえるが,そのことは必ずしも継続的取引において市場メカニズムが働いていないごとを意味しない。また,主要取引先との関係では,「特段の関係のない継続的取引先(国内)」とされるのが多い一方,株式の所有・被所有や親睦,役員派遣といった関係も結構多い。これは,一方で同じ企業グループに所属するといった回答が少ないことからみて,①自社内にあった部門を最近独立させて,仕入れ取引をやっている,②長く取引をしている先に株を持ってもらうといった逆の因果関係,などが影響しているものとみられる。
いずれにしても,単に同一の企業グループに属しているからといった理由で長期的取引が成立して,参入が困難になっているといったことが広範にみられる様子は窺われない。
このように,長期的取引は我が国において広く行われているとみられるが,これには経済合理的な背景があるケースが多く,一律に問題視することは適当でない。また,いわゆる企業系列による長期的取引が広範に行われている可能性も少ないとみられる。しかしながら,我が国の取引慣行全般に全く問題がないと断定することも,もちろんできない。まず,長期的取引によって公正な競争が阻害されている場合があれば,独占禁止法の適用によってその是正を図っていく必要がある。また,前述の調査において,「同じ企業グループに属している」ゆえに長期的取引を行っていると答えた先も少数ながらみられる。これが同一企業集団内の不当な排他的取引である場合は,やはり独禁法の適用によって是正しでいかなくてはならない。また,取引のルールが外部の者からみて必ずしも明快でないケースがあれば,このような取引の内容の不明朗さ,あるいは何を提供すれば取引に参入できるか必ずしもはっきりしない状況というのは,新規参入しようとする内外の企業にとって参入を困難にしている可能性がある。この点については後述するが,取引のルールは公正でかつ外部の者にもわかりやすい透明性をそなえていることが望ましい。
ところで,こうした長期的取引の慣行は我が国特有のものであろうか。外国において長期的取引が定量的にどの程度行われているかを把握することは困難である。しかしながら,長期的取引による様々なメリットを享受1.しようといった動きは海外においてもいくつかみられる。この点は次のメーカーと部品供給企業の関係のところでふれよう。
企業間の長期的取引関係の中で,技術開発との関連では,メーカーと部品供給企業の間の関係がある。メーカーと部品供給企業の間の長期的取引にはどのようなメリットがあるのであろうか。まず,メーカー側にとっては,第一にこれは取引にかかる費用を節約する効果を持つ。信頼できる部品供給企業が安定的に存在すると,自らの欲しい部品を供給してくれる企業を探す費用を節約できる。第二に,情報や技術の入手ができる。部品供給企業のもたらす製造技術等に関する情報は,部品の発注側のメーカーの研究開発における重要な情報源となる。第三に長期的な取引関係によって可能となるような細部にわたる連携によるコストの削減である。例えば,部品供給企業との緊密な連絡により,部品が「必要なとき,必要なだけ,必要な場所に届けられる」(ジャスト・イン・タイム方式)状況を作り上げられれば,大幅な在庫コスト削減が可能となる。
次に,部品供給側にとっては,長期的取引関係はどういった役割があるのであろうか。まず第一に技術や情報,経営ノウハウの吸収がより活発に行えるメリットがある。部品供給企業は,発注側の企業に比べれば一般的には企業規模が相対的に小さい。したがって,技術や経営に関するノウハウの蓄積や,情報収集能力において一般的に優っている納入先企業と頻繁に接触ずることにより,有益な情報やノウハウの吸収が期待できる。第二に,販売コストの節約がある。
長期的取引関係が成立していれば,その限りにおいては,その都度取引相手を探すことに比べれば,販売にかかるコストが節約される。しかし,一方,メーカー側がコスト削減等合理化目的は達し得ても,部品供給企業側には,ジャスト・イン・タイム方式の導入により,部品の納入頻度がより高くなり,運搬経費が著しく増大すること,短期多量納入や不測の事態による労働時間の延長が生じること,また,それを回避するため見込生産を行い在庫の著しい増加を招きコスト上昇につながる危険があること等デメリットが生じる可能性があることに十分留意する必要がある。
なお,以上のようなメリットは,部品についてもメーカーが社内で内製してしまうことによっても得られるが,それに比べると,競争が生じる分だけ経済全体としては効率的ともいえる。
このように,メーカーと部品供給企業の間で長期的取引関係が成立することは,技術に関する情報ネットワークが企業の外にまで広がることを意味し,より広範囲な情報の交換や協力によるメリットをもたらすと考えられる。この点について一例を挙げれば,製造業における親企業と下請企業との技術面の関係において,一方で親企業が下請企業へ技術指導を行っている先が多いなかで,親企業と下請企業で共同で技術開発するケースが増加していることが注目される(第2-3-2図)。さらに,長期的取引関係によって可能となる企業間の緊密な連携は,ジャスト・イン・タイム方式の採用等を通じて,メーカー側にとって在庫圧縮等のコスト節減につながる場合があるほか,経営ノウハウ等様々な情報交換や,販売コストの低減等のメリットにっながる場合もあると考えられる。
こうした長期的取引のメリットは,近年海外においても注目されている。例えば,アメリカにおいては,繊維,自動車,精密機械の企業で,長期的取引を取り入れることによりある程度の成功を収めている事例がみられる。例えば,ある繊維メーカーでは,取引する繊維原料メーカーを半分に減らし,残った仕入れ先との連携を深めることにより,ジャスト・イン・タイム方式を導入して大幅な在庫削減に成功したといわれる。また,自動車や複写機等の産業でも,部品の供給先を大幅に減らし,そのかわり製品開発の早い段階からこうした部品供給企業にも参加してもらうなどして成果を挙げている事例があるといわれている。
メーカーと部品供給企業の間の長期的取引関係は,上記のような様々なメリットにつながる場合があると考えられるが,一方で忘れてはならないのは,こうした関係が長期的であるからといって必ずしも固定的,あるいは安定的ではないということである。例えば,景気循環による需要の増減により,こうした取引関係が拡充されたり縮小されたりすることはよくみられる。より長い目でみた場合でも,製造業における中小企業数や,そのうちの下請企業数には変動がみられ,最近においてはむしろやや減少傾向にある(第2-3-3図)。加えて,こうした下請企業1社当たりの親企業の数においても,近年緩やかな増加傾向にある。次に,中小事業所の開設率,廃業率の動向をみると(第2-3-4図),近年,小規模事業所を中心に開設率の低下が目立っているが,開設,廃業ともに年間で全事業所の2%を超える水準にある。さらに,業種別にみても,開設率,廃業率,それぞればらつきはみられるものの,開設,廃業ともに極端に低い業種は見当たらない。これは,競争による参入や退出が,業種により程度の差はあれ,存在していることを窺わせる。以上のような観察結果は,長い目でみれば,製造業における企業間の取引関係が,競争等において動いていることを窺わせる。
このように,我が国のメーカーと部品供給企業の間では,長期的取引関係がみられ,そのメリットが享受されているが,一方ではこうした関係は長い目でみれば競争にさらされており,必ずしも固定的あるいは安定的とは言えないと考えられる。
以上みたように,我が国企業の間にはメーカーと部品供給企業の関係をはじめ,様々なかたちで長期的な取引関係が成立している。技術開発との関係では,こうした取引関係が単なる財の取引関係にとどまらず,情報のやりとりや,相互の協力関係を成立させている点が重要である(こうした情報のやりとりが排他的であった場合に,競争制限的に作用することも考えられるが,それについての考え方は次節で述べる)。すでにみたように,例えばメーカーと部品供給企業の間には,メーカーから部品供給企業には技術や経営に関する情報が流れ,一方,部品供給企業からメーカーには生産技術,特に生産効率を引き上げるために必要な設計上有用な情報がもたらされる場合もある。また,販売における長期的取引関係においても,顧客から需要についての重要な情報が数多くもたらされ,これが需要家のニーズをタイムリーに捉えた的確な技術開発に結びつくことは多い。これは,前節で,技術開発に関する情報が,我が国企業においては営業サイドからもたらされることが多いと述べたことと,関係する。この点に関しては,外国企業においても,同様の例がある。例えば,欧米における化学,繊維,鉄鋼等の業種で,顧客と密接に情報交換することにより,顧客のニーズ及びその変化を的確に掴み,タイムリーな製品開発と機動的な製品構成の見直しによって成功している事例がみられる。このように,我が国企業の間では,長期的取引関係等を利用した情報ネットワークが技術開発に必要な情報の多角的な流れを可能にし,さらにその情報の流れを前提として,幅広い協力関係が成立している。このようにみると,情報の流れについて,それが企業の内部であろうと外部であろうと本質的な違いはなく,企業の内外を通じたひとつの情報ネットワークを形成しているとみることができよう。そしてこのネットワークシステム自体が,我が国の近年における技術開発のパフォーマンスの高さのひとつの重要な背景になっているとみられる。
次に,技術開発との関連で重要な企業間システムのひとつとして,企業の共同研究開発についてみてみよう。我が国企業では,複数の企業による共同研究が近年一段と活発化しており,例えば,共同研究組合の設立件数をみても,80年代に入って一段と増加している(第2-3-5図①)。また,これを企業の研究費支出からみても,社外支出による研究費の比率が,80年代に入って一段と上昇している(第2-3-5図②)。こうした共同研究活動は,複数の業種にまたがるような研究開発を促進し,特に近年のように技術が高度化し,また相互の関連が深まっている状況のもとでは,研究開発のパフォーマンスを上げるうえで大きな役割を果たしている。