平成2年
年次経済報告
持続的拡大への道
平成2年8月7日
経済企画庁
第1章 長期拡大と経済バランスの変化
経常収支黒字は,86年度の15兆547億円(941億ドル)をピークに縮小に転じ,87年度11兆6,936億円(845億ドル), 88年度9兆9,018億円(773億ドル),89年度7兆6,374億円(534億ドル)と着実に縮小している。対名目GNP比でみても,86年度の4.5%をピークに87年度3.3%,88年度2.7%から89年度は1.9%へと犬きく低下した。89年度内の動きを四半期別に季節調整値でみると,大きな振れを伴いながらも縮小傾向にある。4~6月期1兆9,231憶円(140億ドル)と大幅に縮小した後,7~9月期は2兆113億円(142億ドル)と増加したが,10~12月期は1兆3,095億円(92億ドル)とかなり低い水準まで縮小し,90年1~3月期は2兆2,745億円(153億ドル)と大幅に拡大した。このように我が国の対外インバランスは着実に縮小している。以下では,この経常収支黒字の縮小とその要因について,貿易収支,貿易外収支の順に検討するとともに,マクロ経済バランスの観点からもみてみよう。
(貿易収支黒字は縮小)
貿易収支黒字は,86年度に16兆2,350億円(1,016億ドル)に達した後,87年度は13兆195億円(940億ドル)へと縮小した。88年度には12兆2,181億円(953億ドル)と縮小テンポは鈍化したが,89年度は9兆9,899億円(700億ドル)と着実に縮小した。89年度内の動きを四半期別に季節調整値でみると,89年4~6月期に2兆6,906億円と大幅に縮小した後,7~9月期は2兆6,467億円と縮小テンポは鈍化したが,10~12月期は2兆34億円と縮小した。90年1~3月期は2兆5,578億円と大幅に増加した。
このように貿易収支黒字が縮小している原因を探るため,通関収支差(円ベース)の変動について,輸出入数量と交易条件の変動に要因分解してみよう(第1-6-1図)。86年度は円高による輸入価格低下と原油安が交易条件を改善したことが貿易収支黒字の拡大に大きく寄与したが,87年度には,輸入数量の増加に加え,円ベースでの輸出価格低下による交易条件の悪化がみられたため,通関収支差は縮小に転じた。88年度には,輸入数量の増加は引き続き縮小に寄与したものの,輸出数量の伸びの回復と原油安による交易条件の改善が拡大方向に作用するようになり,縮小テンポは鈍化した。89年度に入ってからは,輸出入数量には税制改革の前後に後述するような不規則な動きがみられたが,年度を通じてみると数量調整効果は小幅化したものの引続き縮小に寄与し,円安による輸入価格上昇と原油高から交易条件が悪化したことが縮小に寄与したために,通関収支差は大幅に縮小した。89年度内の四半期毎の動きをみると,4~6月期から10~12月期にかけては,交易条件の悪化が縮小に寄与し,7~9月期はさらに輸入数量の増加が縮小に寄与した。10~12月期にはこれにさらに輸出数量の減少が加わって大幅な縮小となったが,90年1~3月期には輸出数量がかなり増加したことに加え,円ベースでの輸出価格上昇により交易条件も改善したために,通関収支差は拡大した。
次に輸出,輸入のそれぞれの動向をみてみよう。
(輸出の動向)
輸出の動向を通関ベース輸出数量指数でみると,87年度前年度比1.1%増の後,88年度末から税制改革等に伴う不規則な動きや乗用車輸出の季節パターンの変化などから大きな振れがみられるようになるなかで,88年度全体としては同5.9%増とやや高い伸びを示したが,89年度は同2.6%増と低い伸びとなった。
89年度内の動きを四半期別に季節調整値でみると,89年4~6月期前期比2.4%減,7~9月期同3.4%増,10~12月期同3.0%減,90年1~3月期同6.3%増となった。
これらの動きの要因を輸出数量関数を用いて分析してみると(第1-6-2図),相対価格要因については,85年以降の円高により輸出数量を押し下げる要因になっていたが,88年末から円安に転じたことにより,遅れて89年半ば以降輸出数量を押し上げる要因に転じた。所得要因は輸出数量を押し上げる状況が続いていたが,世界経済の拡大テンポが鈍化したことにより,89年半ば以降輸出数量を押し下げる側に転じた。89年度内の動きを四半期別にみると,89年1~3月期に大きく増加した反動で,4~6月期は減少した。これは,税制改革で物品税が廃止された電気製品や自動車等の輸出が税制改革前の国内の買い控えとその後の販売急増を見こして,生産の変動を避けるため,4~6月期分の輸出を余力がある1~3月期に振り替えたことによると考えられる。7~9月期は増加したが,10~12月期はアメリカの景気拡大に鈍化がみられたことや,共産圏の輸入の減少により再び減少した。90年1~3月期にはアメリカの景気が持ち直したこと,後述する自動車輸出の年度末要因や中近東,アフリカ向けの輸出が増加したことにより,再び増加に転じた。
89年度の輸出価格は,円安を反映して,円建てでは上昇傾向にあるが,ドル建てでは下落した。これらの動きを通関ベース輸出価格指数でみると,円ベースで前年度比8.3%の上昇となった(87年度5.4%下落,88年度0.1%下落)。逆に,ドルベースでは同2.3%の下落となった(87年度9.4%上昇,88年度8.3%上昇)。こうした輸出価格の動きを反映して,通関輸出額は円ベースで前年度比11.3%増と大幅に増加したが(87年度4.4%減,88年度5.6%増),ドルベースでは同0.3%増と低い伸びとなった(87年度10.7%増,88年度14.6%増)。
品目別にみると,自動車は,前述した税制改革の影響もあり89年1~3月期に大きく増加した反動で,4~6月期は減少した。7~9月期は増加したが,10~12月期はアメリカの景気拡大に鈍化がみられたために減少した。90年1~3月期は増加に転じ,特に3月は大幅に増加した。この大幅増加は,従来輸出自主規制の枠の関係で年度末に対米輸出が大きく減少していたのが,88年度から季節パターンが変わり始め,89年度には逆に年度末に大きく対米輸出を増加させる動きが出たことによる。電気機器や一般機械も4~6月期は減少した後,7~9月期は増加した。10~12月期はアメリカの景気拡大に鈍化がみられたために減少したが,90年1~3月期は増加に転じた。鉄鋼は,共産圏への輸出の減少傾向が続いたため滅少傾向が続いている。また,地域別にみると,4~6月期に各地域総じて減少した後,アメリカ向けは景気の鈍化のために一進一退で推移した。西欧向けおよび東南アジア向けは増加傾向で推移した。共産圏向けは不安定な政治情勢や経済改革に伴う混乱を反映して減少が続いている。
近年進展しつつある直接投資の輸出に与える影響については,後述する。
(輸入の動向)
輸入の動向を通関ベース輸入数量でみると,87年度前年度比12.8%増の後,88年度は同13.8%増と高い伸びを示したが,89年度に入ってからは,増勢に鈍化がみられ,同5.8%増と製品類を中心に緩やかな増加となった。89年度内の動きを四半期別の季節調整値でみると,税制改革等に伴う不規則な動きがみられ,89年4~6月期前期比5.0%減,7~9月期同5.5%増,10~12月期同2.5%増,90年1~3月期同0.2%増となった。
これらの動きの要因を輸入数量関数を用いて分析してみると(第1-6-3図),相対価格要因については,85年以降の円高を反映して,輸入数量を押し上げる要因となっていたが,88年度以降は円安のため,その寄与は低下し,89年度に入ってからは輸入数量を押し下げる要因に転じた。所得要因については引き続き輸入数量を押し上げる要因となっているが,寄与の大きさには不規則な動きがみられる。89年度内の動きを四半期別にみると,税制改革前の駆け込みの反動と所得要因が低下したことにより,89年4~6月期は減少したが,7~9月期は所得要因が上昇したこともあって,増加に転じた。10~12月期,90年1~3月期は円安による価格要因のマイナスの寄与が大きく寄与し,その伸びは低下した。
89年度の輸入価格は,ドル建てで上昇傾向にあり,これに円安が加わって,円建てでは大幅な上昇となった。これらの動きを通関ベース輸入価格指数でみると,円ベースで前年度比15.6%の上昇となった(87年度1.4%下落,88年度2.8%下落)。ドルベースでは同4.2%の上昇である(87年度14.7%上昇,88年度5.2%上昇)。こうした輸入価格の上昇を反映して,通関輸入額は円ベースで前年度比22.4%増と大幅に増加したが(87年度11.4%増,88年度10.5%増),ドルベースでは同10.3%増と伸びは低下した(87年度29.2%増,88年度19.7%増)。
減少がみられた4~6月期を除いて89年度の動きを品目別にみると,製品類及び鉱物性燃料は増加傾向が続いているが,食料品は横ばい,原料品は減少傾向で推移している。この結果,製品輸入比率は緩やかながら上昇し,89年度は50.4%と初めて50%を超えた(87年度45.6%,88年度49.7%)。地域別にみると,東南アジア及び共産圏からの輸入の伸びが鈍化しているが,アメリカ,西欧からの輸入は伸びており,中近東からも増加傾向にある。
(Jカーブ効果の影響)
円安は,長期的には貿易収支黒字を拡大させる要因になるが,輸出入の数量や価格が新しい為替レートの水準に従って調整される過程で,価格調整に対して数量調整が遅れるために,短期的には貿易収支黒字を縮小させる。この長期的な方向とは逆向きの一時的な動きはJカーブ効果(の第1局面)と呼ばれているが,89年度中は円安傾向が続いたので,この効果が次々と重なって現れたものと考えられる。さらには,それまでの円高による逆Jカーブ効果の影響も残っていると考えられる。そこで,このような累積的な効果を87年度以降の円レートの変化による影響について,標準的な輸出入数量関数及び価格関数を用い,これに為替変動が輸入物価から国内物価,そして輸出物価へと波及していく過程(パス・スルー)を考慮して国内卸売物価関数を加えて,89年1~3月期以降に現れたJカーブ効果の試算を行ってみると(第1-6-4図),88年10~12月期までの円高の数量調整効果による黒字縮小が89年度中も持続する一方で,89年1~3月期に現れた円安のJカーブ(第1局面)による黒字縮小効果は4~6月期にピークに達したのち,逆に7,~9月期以降は,円安の数量調整が進んで黒字拡大効果が次第に大きくなっている。
(原油価格上昇の影響)
我が国の原油輸入量は,87年度前年度比1.7%減の後,88年度は6.3%増と増加に転じた。 89年度は5.8%増とやや伸びは低下した。このように原油輸入量が増加するなかで,原油価格(北海ブレント・スポット価格)は88年10月には,1バーレル当たり11ドル台の安値をつけたが,89年に入ると上昇し,4月には一時1バーレル当たり21ドル台の高水準となった。その後はおおむね落ち着いた動きで推移したが,89年末から90年初めにかけて,北米,欧州の寒波のために急上昇し,一時1バ-レル当たり22ドル台となった。その後は低下し,ほぼ寒波以前の水準まで戻り,おおむね16ドル台から18ドル台の間で推移している。
これらの原油価格の動きは,若干のタイム・ラグをおいて,輸入価格に反映されており,88年度の原油輸入価格(通関ベース)は1バーレル当たり14.8ドル,89年度は1バーレル当たり17.9ドルとなった。この結果,88年度においては,貿易収支黒字の拡大に寄与したのに対して,89年度においては,逆に縮小に寄与したと考えられる。
(直接投資・現地生産の影響)
対外直接投資(届出ベース)は,87年度334億ドル,88年度470億ドルの後,89年度は675億ドルと急速に拡大した。また,対外直接投資(累計)も87年度末1,393億ドル,88年度末1,864億ドルの後,89年度末は2,539億ドルと大幅に拡大した。これは,5年前の84年度末の714億ドルから約3.6倍と大幅な増加となっている。最近の動きを地域別にみると,中南米向けの比率が低下し,北米向け,ヨーロッパ向けの比率が上昇している。業種別にみると,製造業向けも引き続き拡大しているものの,非製造業向けの拡大が特に顕著となっている。特に,サービス業と不動産業の比率が上昇している。また,製造業についてさらに業種別にみると,電気機械,化学,輸送機械の比率が高い(第1-6-5図)。
このような対外直接投資の大幅な増加は,日本の貿易構造において水平分業を進展させるとともに,貿易収支黒字縮小に寄与するものと考えられる。
一方,対内直接投資(累計)をみると,対外直接投資に比べると金額的にはまだ小さいが,大幅に拡大し,88年度末128億ドルから,89年度末157億ドルとなった。最近の動きを業種別にみると,機械の比率が大きく低下し,不動産業の比率が大きく上昇している。この結果,89年度は初めて非製造業が製造業を上回った。また,地域別にみると,北米からの比率が引き続き高水準で推移している(第1-6-6図)。
対外直接投資・現地生産が貿易収支に与える影響については,加工組立型の製造業では,一般的には次のようなかたちで三つの段階を経るものと考えられる。当初は,現地生産を開始するための資本財輸出の増加がみられる。次に,現地生産力体格化すると,輸出の代替が進んで完成財輸出が減少し,部品・中間財の輸出が増加するという動きがみられる。さらに,継続的取引契約の形成等の連携強化やローカルコンテンツ基準を満たすための努力などにより部品の現地調達化が進むとともに,我が国への逆輸入も増加するということが考えられる。貿易収支に与える影響は,当初は黒字拡大要因になるが,次の段階では現地生産により新たに輸出された部品と従来輸出されていた完成品の差分について黒字を縮小する方向に作用し,最後の段階では黒字を縮小させる効果が本格的になるものと期待される。なお,後述のように貿易外収支に対して投資収益受取増をもたらすという影響もある。
現在,資本財輸出の増加,高い伸びを続ける部品・中間財の輸出,逆輸入の増加など輸出入の両面で変化が現れている。しかし,これらの影響はオーバーラップして現れており,しかも,投資先相手国や対象商品によって,その影響の度合いも異なり,複合して現れる。したがって,現時点では輸出増減,どちらの方向の影響が現れているかは明確には判定し難い。また,直接投資が輸出を減少させる効果は,マクロの輸出数量関数の係数の構造変化としてもとらえられるはずである。現地生産による輸出代替は所得弾性値を低めるように作用するか,相対価格の変化が輸出入に与える影響の一部として捉えられ,価格弾性値を高めるように作用するものと考えられる。後者については,円高によるドル建輸出価格の上昇の影響は,直接輸出を減少させるばかりでなく,円高によって現地生産がコスト的に有利になり,この現地生産が輸出に置きかわるという形で輸出が減少する場合もあるからである。所得弾性値,価格弾性値の推計結果をみると,これまでのところ予想されるような方向の変化は現れていない。これは一つには輸出品の構成のハイテク化が進んでいることが,所得弾性値を高め,価格弾性値を低めるように作用しているためと考えられる(第2章6節参照)。
そこで,アメリカにおける乗用車の現地生産の推移をみてみよう(第1-6-7図)。81年以降,アメリカの景気停滞と81年の対米輸出自主規制の導入により日本からの乗用車輸出台数は減少に転じた。84年以降はアメリカの景気拡大により再び増加に転じたが,直接投資の増加による現地生産台数の増加等により87年以降は大幅な減少となった。次に台数だけではなく輸出金額をみると,81年以降伸びが鈍化した後,84年以降再び増勢を強めたが,87年以降横ばい又はやや減少となっている。なお,台数の動きと比べて金額の動きが同方向ながら変化が緩やかなのは輸出完成車の高級化,高付加価値化が図られたために,輸出価格が上昇していることによる。現地生産が進展した84年以降,自動車部品輸出金額は着実に増加しているが,部品の現地調達率の向上が図られていることから,89年には,現地生産額が大きく増加したことに比べて,部品輸出金額の増加は緩やかであった。このように,現地生産がなかった場合に比べると,部品の輸出増を勘案しても,輸出は低い水準にとどまっている。こうした現象は,円高で現地生産の方がコスト的に有利になっているためのものでもあり,直接投資が着実にすすめられてきたことによる。円高により加速された面はあるものの,乗用車の現地生産は前述した三段階の二番目の段階に到達しているといえよう。
次に,ASEANに対する直接投資が対日貿易構造に与えた影響をみてみよう。直接投資累計と輸入額との関係でみると,おおむね直接投資が増えるにつれて輸入額も増えていることがわかる(第1-6-8図①)。次に85年から89年にかけての産業別の水平分業度指数の変化をみると,繊維の水平分業度指数が大幅に上昇しているのをはじめ,化学,金属も高い水準である。また,低い水準であるものの,電気・機械,一般機械も上昇している。食料品,輸送機械はやや低下傾向にある。このように個々の産業によってその程度は異なるものの,おおむね水平分業度指数は増加傾向をたどっている(第1-6-8図②)。円高の影響やASEANの輸出産業の競争力強化などの要因もあるために,直接投資が水平分業に与える影響を明確に分離することは困難であるが,水平分業度指数の緩やかな上昇の要因の一部になっていると考えられる。
貿易外収支の動向が経常収支の動向に占める重要性が増大している。貿易外収支は87年度7,991億円(57億ドル)の赤字の後,88年度は1兆7,357億円(135億ドル)の赤字と赤字幅は拡大した。89年度に入ってからは,投資収益収支の振れもあり,89年度全体では1兆7,774億円(126億ドル)と拡大テンポは鈍化した。
これらの動きを旅行収支,投資収益収支,運輸収支の別に分析してみよう(公表数値がドルベースのみなので,インターバンク中心相場の平均レートで換算して円ベースを求めた)。
(旅行収支赤字は拡大)
旅行収支の赤字は,海外渡航者数の大幅な増加が続いたため,来日者数も増加しているものの,87年度1兆3,363億円(97億ドル)の赤字の後,88年度は2兆2,479億円(175億ドル)の赤字へと拡大したが,89年度は2兆8,094億円(197億ドル)の赤字へと拡大テンポは鈍化した。これを旅行収支支払いについてみると(第1-6-9図),85年は横ばい,86年は低い伸びであるが,これは,円高が旅行者の需要を引き出すのに時間がかかったこと,円高を受けて増大した旅行者の需要に対して,旅行業者が提供するパック旅行の種類,総数を増やす準備に時間がかかったこと,また,宿泊費等の現地での費用等が外貨建てであるため,円高のために,一時,円ベースの支払い額が減少したことなどが考えられる。87年以降は,円高の効果や航空運賃の値下げ,所得増加などめ効果により,旅行者数が大幅に増え,旅行収支支払いも大幅な増加となっている。
(投資収益収支黒字は拡大)
投資収益収支は,87年度2兆6,297億円(190億ドル)の後,88年度2兆7,142億円(212億ドル)と黒字幅の伸びは鈍化したものの,89年度は3兆8,841億円(272億ドル)の黒字と黒字幅は再び大幅に拡大した。
受取額については,87年度以降,①経常収支の黒字縮小を背景に対外資産残高の伸びが鈍化していること,②長期資産のうち短期的に利益の上がりにくい直接投資のウエイトが高まっていること等のため,その伸びは依然高水準ながらも鈍化の傾向がみられたが,89年度にはやや円安で推移したことから大幅に拡大したものと考えられる。ここ数年の投資収益収支を受取と支払いとに分けて,投資収益関数を用いて要因分解すると(第1-6-10図),受取については,上記の結論を裏付ける結果が得られる。支払いについては,87年度以降,伸び率に大きな変化はみられないが,支払いの対象となる負債の構成割合に着目すると,短期負債の割合が減少し,長期負債の割合が増加してきている。これは最近活発化した民間企業,金融機関の外債発行の影響などが考えられる。
(運輸収支赤字は拡大)
運輸収支は,87年度9,447億円(68億ドル)と大幅に赤字が拡大した後,88年度9,319億円(73億ドル)と赤字幅は拡大したものの,その伸びは鈍化した。89年度に入ってからは,さらに赤字幅は拡大し,89年度全体では1兆1,544億円(81億ドル)の赤字となった。運輸収支は船舶関連収支と航空機関連収支に分けられる。従来は,船舶関連収支が大部分であったが,近年,航空機関連収支の割合が拡大している。船舶関連収支の赤字幅は88年度から89年度にかけてほぼ横ばいで推移しているが,航空機関連収支の赤字幅は拡大が続いている。船舶関連収支の87年度以降の大幅な赤字は,積み取り比率の低下にみられるように円高で我が国海運業の国際競争力が低下したことに加え,国際海運市況が回復し,フレイトレート(海上運賃)が上昇した結果,運賃支払いが増加し,支払い超過が拡大したことによる。航空機関連収支の赤字幅の拡大は,旅客運賃収支の支払額が急速に拡大したことによる。積み取り比率は貨物については,87年度はやや低下したが,旅客については,上昇傾向が続いている(第1-6-11図)。
(その他の貿易外収支も拡大)
貿易外収支の赤字の拡大には,その他の収支の赤字の拡大も寄与している。
コンピュータプログラム等の著作権や特許権等の使用料,金融サービス等の手数料,事務所経費等の収支の赤字も貿易外収支赤字の拡大に寄与している。89年度は特に手数料収支の赤字幅の拡大が大きい。手数料収支は,87年度4,857億円(35億ドル)の赤字,88年度5,326億円(42億ドル)の赤字の後,89年度は7,301億円(51億ドル)の赤字とその赤字幅は拡大した。特許権使用料収支は,87年度3,862億円(28億ドル)の赤字,88年度4,355億円(34億ドル)の赤字の後,89年度は4,665億円(33億ドル)の赤字となった。事務所経費収支は,87年度1,663億円(12億ドル)の赤字,88年度1,520億円(12億ドル)の赤字の後,89年度は1,681億円(12億ドル)の赤字となった。
(長期資本収支の動向)
長期資本収支は,経常収支には含まれないが,89年度の動向をみると,87年度16兆8,225億円(1,195億ドル)の流出超過,88年度15兆5,749億円(1,214億ドル)の流出超過の後,89年度は14兆795億円(997億ドル)の流出超過と流出超過幅は更に縮小した。これらを資本の流出と流入についてみると(円換算方法は貿易外収支に同じ),本邦資本の流出が88年度19兆6,371億円(1,531億ドル)から89年度27兆2,037億円(1,916億ドル)と拡大したが,外国資本の流入額が88年度4兆632億円(317億ドル)から89年度13兆1,242億円(919億ドル)へとそれを上回って大幅に拡大したことによる。これは外国資本の借款が前年度までの流出超過から,89年度は3兆9,223億円(275億ドル)と大幅に流入超過に転じたことが大きい。
以上,89年度においては,貿易収支の黒字幅が引き続き縮小し,貿易外収支の赤字幅は拡大したことにより,経常収支の黒字幅は引き続き縮小したことをみた。この対外インバランスの縮小を我が国経済が内需主導型で成長していることとの関連でみてみよう。
内需が拡大した結果,数量面では輸入の拡大が輸出の拡大を上回って進行し,加えて内外物価の動向,為替レートの動向から交易条件が悪化しているため,対外インバランスは着実に縮小している。
また,実質国民総生産は,86年度2.7%増の後,87年度5.4%増,88年度5.3%増,89年度5.0%増と高い伸びを続けているが その間,実質国内総需要は86年度4.3%増,87年度6.5%増,88年度6.9%増,89年度5.7%増と実質国民総生産の伸びを大きく上回り,内需主導型の経済成長が対外インバランスの縮小をもたらすというかたちでの経済の拡大均衡が続いていることを示している(第1-6-12図)。
また,国全体の貯蓄投資差額は,事後的にみると,経常収支黒字と等しいが,これを対名目GNP比でみると,86年度をピークに減少に転じており,86年度4.5%の後,87年度3.3%,88年度2.7%となった。これを制度部門別にみると,法人企業部門については,83年度まで赤字幅が縮小していたが,84年度以降はその赤字幅は拡大した。一般政府部門については,毎年赤字幅の縮小が続き,87年度には黒字に転じ,88年度はさらに拡大した。家計部門については,横ばいの後,87年度には黒字幅はやや低下したが,88年度はやや上昇した。
これらの動きを円高による交易条件改善効果と内需拡大の進展との関係でみると,円高による交易条件改善効果は実質所得の増加をもたらすが,この実質所得の増加は消費や投資の増加に結びつくにはある程度の時間がかかるので,当初は貯蓄増加の要因となるが,次第に貯蓄を減少させる方向に作用するようになる。この効果に内需拡大の進展が加わって,貯蓄超過幅の縮小,すなわち対外インバランスが縮小している。
これを制度部門別にみると(第1-6-13図),法人企業部門においては,交易条件改善の効果は特に輸入価格の低下を通して企業収益の増加をもたらし,貯蓄を増加させる。他方,設備投資の力強い増勢の結果,企業の投資は87年度以降対名目GNP比が着実に上昇しており,対名目GNP比による貯蓄投資差額は投資超過幅の拡大が続いている。一般政府部門においては,,投資の対名目GNP比が内需拡大策により86年度に上昇に転じ,87年度も上昇したが,それ以降その比率はやや低下している。他方,社会保障基金を中心に貯蓄が増加しており,対名目GNP比による貯蓄投資差額は貯蓄超過幅の拡大が続いている。家計部門においては,主に貯蓄が対名目GNP比で低下したことにより,86年度以降対名目GNP比による貯蓄投資差額は,緩やかな低下傾向にある。
また,89年度に入ってからの円安の進展は交易条件を悪化させ,対外インバランスの縮小に寄与しているが,実質所得の減少を通じて当初貯蓄の減少をもたらしているものと考えられる。