第5節 公的部門と民間部門のバランス
1. 財政の状況と需給バランス
(進む財政再建)
近年の中央政府の租税収入(一般会計分租税および印紙収入決算額)の推移をみると,87年度には対前年度比で11.8%(4.9兆円)増加し,88年度には同8.6%(4.0兆円)増加した。また,89年度には,決算額(概数)で対前年度比8.1%(4.1兆円)の増加が見込まれており,90年度は対前年度決算額(概数)に対して5.5%(3.0兆円)の増加が見込まれている。このように,今回の景気上昇局面においては,税収の伸びは堅調といえる。主要税目毎の推移をみると,法人税,所得税などの税収が好調である。
これは,景気上昇のなかで,法人所得,家計の所得が高い伸びを示しているとともに,地価や株価などの資産価格の上昇によって大きなキャピタル・ゲインが発生し,法人税,所得税のなかの分離長期譲渡所得分等の資産関連の収入が伸びたこと等によるものである。ながでも法人税の増収は大きく,このところの税収増の半分近くを占めている。また,相続税は,地価高騰とともに87年度までは顕著な増加を示していたが,相続税制の改正による控除額の引き上げ等が実施されたことから88年度は微増にとどまった。87年の相続税において,相続財産の8割は土地または株式となっており,この面でも資産価格上昇の影響が大きいものと考えらる。税収の好調は中央政府ばがりでなく,地方公共団体においてもみられる。
このような税収の好調が続く一方で,行財政改革は引き続き強力に推進され,歳出の伸びは82年度以降厳しく抑制されている。88年度,89年度予算については,引き続き既存の制度・施策の見直しを行い,経費の節減合理化に努めることとし,概算要求基準は経常部門についてマイナス10%,投資部門については前年度と同額とするとともに,NTT株式売却収入の活用のための産業投資特別会計への繰入については前年度と同額の1兆3,000億円とされた。この結果,89年度当初予算の一般歳出の規模は,前年度比3.3%の34兆805億円,一般会計予算規模は同6.6%増の60兆4,142億円となった。
以上のような税収の好調,歳出の抑制の結果,我が国の財政状況は改善しつつある。第1-5-1図によって,中央政府の主な財政指標の動向をみると,公債残高の対GNP比や利払い比率が高く,依然厳しい情勢が続いており,高齢化社会を間近にひかえて将来の財政需要が増大することを考えると,引き続き行財政改革を推進する必要はあるものの,公債依存度が低下するなど財政の健全性が回復されつつあるとみることができる。90年度予算ではこれまでの最大の目標であった特例公債に依存する状況から脱却した。他方,前述の通り,中央政府の財政は依然厳しい情勢が続いており,高齢化社会を間近に控え,また,国際社会における我が国の責任の増大に伴って,将来の財政需要が増大することを考えると,引き続き行財政改革を推進する必要がある。このような観点から,先般の財政制度審議会においても,まず公債依存度の引下げを図り,あわせて特例公債の早期償還に努めることにより,国債残高が累増しないような財政体質を作り上げることを目指すべきであるとの報告がなされたところである。
(企業の将来展望に与える影響)
政府の財政状況が改善してきたことは,企業の将来展望にも好ましい影響を与えていると考えられる。政府の財政状況は企業の将来展望のなかの重要な要素である。たとえば,政府の財政状況が著しく悪化すると,政府支出の抑制あるいは将来の税負担増に対する危惧が生じて投資意欲を削ぐことになる。
また,財政再建を進める中で公債依存度が低下しつつあることは,財政の健全性が回復されつつあることの証左であり,将来起こり得る景気後退に対して機動的な対応が期待できることを意味する。これが厳しい景気後退に陥る危険性を小さくしていると受け取られているので,企業の将来に対する確信(コンフィデンス)を高めている。この結果,企業の経営態度は積極的になり,長期的な視点に立った経営戦略が可能になっている。このような経営態度の変化は特に設備投資に好ましい影響を与えているものと推測され,景気上昇局面の安定化,長期化に寄与していると考えられる。
(財政の自動安定化機能の活用)
需給バランスが引き締まっているなかでは,金融政策の適切な運営と並んで財政の自動安定化機能(ビルト・イン・スタビライザー機能)を適切に活用することの重要性が増す。税収増の範囲内だからといって支出を増加させると財政の自動安定化機能を損い,意図した以上の景気刺激が行われる結果,景気の過熱,金融政策への過剰な負担を招くおそれがあるからである。今回の景気上昇局面では,財政の自動安定化機能は適切に活用されてきたといえよう。第1-5-2図は実際の一般政府部門のバランスとこれを景気循環的要因や資産価格の高騰などの一時的要因による改善(悪化)部分について調整したもの(高雇用財政収支)を比較したものである。これをみると,80年代に入って以来86年度までは一貫して高雇用財政収支の着実な改善があったが,景気が低迷していたことから実際の改善は遅れたことが見て取れる。また,景気回復初期の内需拡大のための大幅な公共投資の追加も結果としては,高雇用財政収支の黒字幅が大幅に拡大すると景気抑制的に作用するフィスカル・ドラッグの発生を抑える範囲にとどまり,財政収支の基調を悪化させることはなかったとみられる。その後の財政政策のスタンスはおおむね景気中立的であったと評価され,最近の税収増を支出増に振り向けず財政再建を進めたことは財政の自動安定化機能が適切に活用されたことを示している。なお,近年の高雇用財政収支のレベルについては,今回景気上昇循環がまだ完全なサイクルを描き切っておらず,労働分配率の変化等について景気上昇による影響を充分調整し切れていない可能性があること,社会保障基金の余剰を含んでおり,中央政府のみでは依然赤字であることに留意する必要がある。
2. 公的部門と民間部門のストック形成のバランス
(これまでの社会資本整備)
社会資本は,豊かな国民生活の基盤であるとともに,産業,地域経済社会の発展基盤でもある。我が国の社会資本に関しては,整備が欧米先進国に比べて立ち遅れた分野も多く,このため,経済計画でも整備の基本方針を定め,これを指針として高い水準の公共投資を行うなど,整備水準の向上のための努力を重ねてきた。1988年に策案された「世界とともに生きる日本―経済運営5ヵ年計画」においても,これまでに達成した経済力が必ずしも国民一人一人の生活にいかしきれていない等の認識の下,経済発展の成果をいかして国民生活の質の画期的向上を図るため,国民生活基盤としての社会資本の着実な整備を推進することを,社会資本整備の基本的方向の1つとして挙げているところである。このような経済計画における社会資本整備の基本方針に沿って第1-5-3表に示されている15の個別分野の整備計画を策定し,毎年度の予算でこれを実施してきた。
最近の公共投資の推移を国の一般会計の公共事業関係費でみると,80年代に入ってからは,財政再建の推進のため,毎年度,前年度とおおむね同水準に抑制されてきたが,内需拡大策の一環として87年度に大幅に増加され,NTT株式売却収入の活用などの財源の工夫も講じられた。88年度以降は横這いで推移しているものの,以前に比べると高い水準が続いている。また,公共工事請負金額でみると,87年度に13.2%と大幅に増加した後,88年度は1.6%と低い伸びとなったが,89年度は再び10.0%の高い伸びとなっている。これは,国・公団・事業団等が5.7%の伸びにとどまったのに対して,地方公共団体等が地方単独事業を大幅に拡大した結果,11.8%の高い伸びになったことによる。次に,公的固定資本形成の推移をみると,80年代に入り前年度比実質で微増の後,83年度から85年度まで減少し,86年度には7.0%増,87年度には9.4%増と増加し,その後の変化は小幅となっている。この結果,平成2年度末に終了期限が来る8分野の現行の長期計画は,おおむね順調な進捗状況を達成して終えるものと見込まれている。また,東京湾横断道路や関西国際空港などのように民間活力の活用を積極的に推進してきた。
(公的ストック形成の改善の必要性)
このような政府の社会資本整備の努力にもかかわらず,民間部門のストック形成に比べると,公的部門のストック形成の改善には不十分な面がみられる。息長い景気上昇局面のなかで民間企業設備が2桁の伸びを続け,住宅投資も高水準を持続しているので,民間ストックの形成はそのテンポを早めている。この結果,社会資本に対する需要も増大しており,これまでも強く指摘されてきたところである生活関連の社会資本の整備はなかなか改善が進まないことになり,産業関連の社会資本のなかにも混雑現象が出るものがみられている(第1-5-4図)。以下では,社会資本の中から居住系,産業系の性格が強いと考えられるものを取り出し,そのストック額の民間資本ストック額に対する比率の推移をみてみよう。なお,ここでは,社会資本ストックとして,公的部門の粗ベースのストックを用いている。
まず,住宅ストックに対する上下水道,学校,道路等の居住系社会資本ストックの比率をみると,群を抜いて高い北海道を除くと,地域的なバラツキは小さい。北海道については人口密度の低さが影響しているであろう。北陸,東海等の比率が低いことについては,住宅規模が大きいことが理由の1つであろう。また,生活関連社会資本の整備に対する重視を反映して,各地域とも緩やかながら上昇している(第1-5-5図)。しかしながら,全般に上昇傾向は頭打ちになりつつあり,特に,三大都市圏を抱える関東,近畿,東海では上昇テンポが緩やかである。最近の住宅投資ブームを考えると,同図で示した87年度以降ではほとんどの地域で横ばいになるか低下するようになっているものと推測される。
次に,民間企業資本ストックに対する道路,港湾,農業基盤等の産業系社会資本の比率をみると,居住系に比べてバラツキが大きく,しかも格差が拡大する傾向にある。また,全国平均では低下傾向にあり,特に,元々水準の低い関東,東海で低下傾向が明らがである(第1-5-6図)。最近の設備投資の力強い増勢を考えると,同図で示した87年度以降には低下のテンポがかなり加速したものと推測される。
なお,これらの図に示したストック比率の地域格差は,人口密度などの地域特性を反映している面もあろう。また,ストック比率が低下することについては,社会資本ストックの不足の度合いが高まっているという見方のほか,一面で社会資本の利用の効率が高まっているともみられることについては,留意が必要である。
以上のような社会資本整備の相対的な遅れを回復するためには,社会資本の整備を計画的に進めていく必要がある。このためには,資源配分の裏付けがなければならないが,現在,既設の社会資本の補修,更新のための費用は増加を続けており,公共投資への資源配分を着実に増やしていかないと新規の社会資本整備に充てる原資が先細りになってしまうおそれがある(第1-5-7図)。社会資本整備に当たっては,①世代間の受益と負担の公平(第3章第3節参照)に配慮しつつ,公債と租税等の財源の適切な組合せに努めること,②社会資本整備に伴う開発利益を開発主体に還元すること,③民間の経営資源を活用し,民間資金の積極的導入を進めること,④資源の配分を効率的に行うことが必要である。
(新しい社会資本整備計画の策定)
今後,高齢化が急速に進展するに伴って貯蓄率が低下していくであろうことを考えると,2000年までの10年間は我が国の社会資本の整備水準を高めるのに残された貴重な期間であると考えられる。本格的な高齢化社会の到来する21世紀を控えて,中長期的な展望に立って,適度な投資水準を確保しながら,着実に社会資本整備を進める必要がある。このような観点を踏まえて,政府は,21世紀に向けて着実に社会資本整備の充実を図っていく上での指針とするため,本年6月に「公共投資基本計画」を策定した。
この計画では,1991~2000年度の計画期間中におおむね415兆円の公共投資を行い,これに,今後の内外諸情勢の変化や経済社会の変容等に対し柔軟に対応しうるよう弾力枠15兆円を加えて,公共投資総額をおおむね430兆円としている。また,今後ますます多様化,高度化する国民のニーズに対応し,重点的に配分していく必要があり,国民生活の豊かさを実感できるよう,生活環境・文化機能に係るもの割合を計画期間全体で60%程度を目途に増加させるとともに,経済社会の変容に沿って,公共投資に対するニーズに変化も予想されるため,これに適切に対応していくとしている。
主要な施策としては,人々の日常生活に密接に関連した生活環境・文化機能の重点化を図るとともに,多極分散型国土の形成に向けて,交流ネットワークや経済基盤の整備等の施策の一層の充実を図り,安全でうるおいのある国土を構築するため,国土保全施策等の整備を着実に推進するとしている。また,上水道,下水道,都市公園等,廃棄物処理施設,住宅については,それぞれ整備目標を設定しているが,その達成に向けて整備を促進することのほか,地域交通基盤の整備,再開発等による魅力ある街づくり,農山漁村の生活基盤の整備について促進することなどを,主要な施策についての基本的方向として示している。
さらに,民間活力の活用が重要であり,今後とも,より質の高い交通体系の整備,情報通信基盤の整備,エネルギーの安定供給の推進等各般の施策の展開が予想されることにかんがみ,官民が適切な役割分担を行い,バランスのとれた社会資本整備を推進することとしている。
整備に当たっては,地価高騰を招かないよう細心の配慮を払うとともに,財源の面でも租税,公債,財政投融資資金,民間資金などを適切に組み合わせる必要があるとし,また,地方公共団体が地域に密接に関連する社会資本整備に自主的に取り組み,その役割を果たしていくことが一層期待されるとしている。
この計画は毎年度の予算で実施されることになるが,前述したように需給ギャップは縮小してきており,各年度の計画の運用にあたっては,インフレ,景気の過熱を招かないよう留意しつつ,各時点での経済・財政情勢を踏まえ,機動的,弾力的に対処する必要がある。