第4節 金融情勢の変化と実体経済
89年度に入ると,為替レートの円安傾向が現れるとともに,金利は上昇に転じ,90年年初からは,株安,債券安,円安が同時に進行するという「トリプル安」の様相が現れた。その後,各市場は落ち着きを取り戻しているが,それでも,金融情勢がこのように大きく変化したことは,円高,株高,低金利というこれまで内需の拡大を促進してきた要因の一つが小さくなったことを意味する。
本節では,金融情勢がどのように変化し,それが実体経済にどのような影響を与えるかについて検討を加える。
1. ストック化と経済政策運営
日本経済では,実物ストックと金融ストックを合わせた国民総資産は長年にわたり名目GNPよりもかなり高い伸び率で増加を続けている。これは,主として,実物ストック面で地価上昇が土地資産額を増加させ,金融ストック面で金融資産の資産・負債の両建て化を反映した多段階化と株価上昇が金融資産残高を増加させているからである。第1-4-1図にみるように,国民総資産の対名目GNP比率は上昇傾向にあるが,近年その上昇は特に著しい。これは地価が高騰し株価が大幅に上昇した結果である。88年末の国民総資産の残高は同年の名目GNPの約16倍となり,その比率は前年に比べさらに上昇した。89年末についても,株価の上昇,大阪圏,名古屋圏等を中心とした地価上昇があったことから引き続き上昇しているものと思われる。
資産価格の上昇は,第2節でもみたように,資産効果やキャピタル・ゲイン等を通じて個人消費等を拡大させ,内需中心の景気拡大を支える要因の一つになってきたと考えられる。また,最近の株安,債券安は資産価格上昇による景気浮揚効果があまり働かなくなったことを意味するが,言い換えれば,国内景気,物価,為替相場の動向等を反映した市場金利の上昇,および,それらを勘案した金融政策の変化の影響が出つつあるともいえる。ストック化の進んだ経済においては,金利上昇が資産価格上昇を抑制し資産効果を弱めることが,直接的な需要抑制の効果と並んで,金利上昇の需給調整効果が現れる重要な経路の一つであると考えられる。これは,金利低下が,その直接的な効果だけでなく,資産価格上昇を通じても需要拡大に寄与するのとちょうど裏腹の関係にある。
他方で,資産価格の形成が投機的な要因で歪んでいて経済を不安定化させているという可能性も指摘されている。たとえば,投機的な動きによってストック価格の上昇が行き過ぎて「投機の泡」(バブル)が発生していると,その「バブル」が破裂しストック価格の大幅下落を招いて景気後退を引き起こすかもしれない。
ストック化が進んだ経済では資産価格の変動が内需の動向等に大きな影響を与えることを考えると,経済政策の運営上も資産価格の動向に注意を払う必要がある。この点を踏まえつつ,「トリプル安」とその実体経済に与える影響について検討しよう。
2. 「トリプル安」の進行とその後の回復
89年に入ると,88年中は狭い幅での変動しか示さなかった円レートが円安傾向を示すようになったが,長期金利は5%前後で安定し,株価も上昇を続けた。
その後,90年年初から為替レートの円安化,債券価格の下落,株価の下落が同時進行し始め,以後,4月半ばに到って落ち着きを取り戻すまでの間,株式,債券,為替の各市場のいずれもが下落傾向を示す「トリプル安」となった。株式,債券,為替の各市場は相互に影響し合っており,一つの市場の変動が他の市場の動きに影響を与えることはそれほど珍しいことではない。例えば,85年9月のプラザ合意以降の円高局面においては,債券価格,株価とも上昇した。
他方,87年10月のいわゆるブラック・マンデ一の際には,株価が下落する一方,債券価格は上昇し,為替は円高に推移した。このように,債券,株式,為替はその時々の経済・金融情勢等に応じて,三者が同方向に変化することもあれば,そうでない時もある。それでは,90年1月以降の「トリプル安」のような全面安の背景にはどのような状況があったのであろうか。
なお,第1-4-2図にみるように,株価,債券価格,為替レートは同じペースで下落したわけではない。年初から1月中旬までは為替レートと株価の下落幅はその後の下落に比べればわずかであったが,債券価格は急落した。1月下旬から2月中旬までの小康状態を挟んで,2月下旬以降は債券価格の下落は緩やかだったが,株価と為替レートが急落した。市場が落ち着きを取り戻したのも,債券が3月中旬とやや早く,株価と為替レートは4月に入ってからのことである。
株式,債券,為替の各市場の相互連関は非常に複雑であり整理して示すことが難しいが,ここでは一応,「トリプル安」以前の緩やかな円安の進行,債券価格の急落,株価・円レートの急落という流れを追って整理を試みることとする。
(「トリプル安」以前の緩やかな円安の進行)
円の対ドル・レートはプラザ合意以後大幅な円高傾向となったが,87年末以降は頭打ちとなり,88年中は125円から130円台前半の狭い範囲でほぼ安定していた。89年に入ってもしばらくは振れを伴いながらも緩やかな円安となったものの,125円から130円台前半で推移していたが,5月に入って下落し,6月中旬には150円台をつけた。その後7月には値を戻したが,9月上旬には再び円安となった。9月下旬にはG7を受けて再び値を戻した。その後は年末にがけて,緩やかな円安で推移し,140円台前半で越年した。
他方,この間の日米間の長期金利差の動きをみると,89年4月初めには3.9%あったものが,6月には一時2.5%まで縮小した。その後はやや戻し9月末までは3%程度となったが,年末にかけて再び縮小し2.3%となった。4月から年末にかけての縮小幅は累計で1.6%に達するが,アメリカ側で1.3%の下落,日本側で0.3%の上昇となっている。アメリカでは88年の高成長からインフレ懸念があったものが徐々に後退し金利先安感が現れたものと考えられる。日本では,89年に入ると,円レートが以前のような大幅な円高傾向ではなくなるなかで,円高予想による金利引き下げの効果が小さくなり,市場関係者の期待物価上昇率のなかに組込まれていた円高による輸入物価下落分が削ぎ落とされていったものと思われる。このように日米間の金利差縮小は,主として,このような金利の先行き見通しの違いを反映したものとみられる。
やや時間的視野を広げれば,87年夏以降,デイスインフレによって世界的に可能となった金融緩和から各国金利が長期に持続可能な水準へと移行する過程にあるとみられるが,その過程で金利が水準調整する局面のずれとみることもできよう。アメリカでは88年中にかなりの金利上昇があったのに対して,日本では金利上昇は89年に入ってからであり,しかも,緩やかであった(第1-4-3図)。
(債券価格の急落)
長期金利の動向をみると,プラザ合意以後の一層の金融緩和の下で,国債の指標銘柄の利回9はさらに低下し,その後は一時3%を割り込んだりする一方,6%を上回ったりするなど5%を中心に比較的広い範囲で変動していたが,89年前半には5%程度でほぽ安定していた。89年後半に入ると,短期金利の上昇傾向を受けてやや上昇したが,短期金利の上昇に比べれば上昇幅は小さかった。
この結果,長短金利の逆転現象がみられるようになり,短期金利の上昇傾向が続くなかで,その逆転幅は大きくなっていった。
第1-4-4図によって,この間の金利の期間構造とそれに基づいて試算した予想短期金利の動きをみると,89年3月と6月には金利の期間構造を表したイールド・カーブはやや右上がりで,短期金利は緩やかに上昇すると見込まれていた。9月になるとイールド・カーブはやや右下がりとなり,当面の短期金利の上昇を反映するようになった。12月になると,短期金利のさらなる上昇と,これによる物価安定効果を織り込んで,イールド・カーブは明確な右下がりとなり,将来の予測短期金利は,むしろ以前より低い水準になると見込まれるようになった。
このような長短金利の逆転の背景の一つには,債券市場関係者中心に,当時の円安,短期金利上昇傾向は,いずれアメリカの金融緩和を契機としてドル安,円高に転じ,短期金利も物価上昇懸念の後退から低下に向かうという,円高・金利先安期待があったと考えられる。実際には円安傾向が続き日米間の期待物価上昇率の差の縮小もみられていたにもかかわらず,こうした円高・金利先安期待があった背景には,次のような要因が考えられる。第一は,世界的に高まっていた物価上昇が早急に収束し,米国等主要国の金融政策が実質金利の低下を伴うような緩和に転ずるという期待があったこと,第二に,当時,日本の経常収支黒字はなかなか減少しないという見通しが市場関係者の間で一般的だったこと,第三に,長期にわたって円高傾向が続いたことや,日本経済のファンダメンタルズを評価して,長期的な円高予想が存在していたことなどである。
長短金利の逆転幅は年末にかけてさらに大きく広がったが,90年年初から1月中旬の間に債券価格が急落(長期金利が急上昇)したことによって縮小した。
同時に,日米間の長期金利差も急落直前に2%強あったものが一時は1.5%にまで縮小した。この長期金利の急上昇は,アメリカの金融緩和期待が急速に後退したこと,西ドイツでさらに金利が上昇したこと,経常収支黒字が予想以上に縮小したことなどによって円高・金利先安期待が大きく後退したことによるものと考えられる。円高・金利先安期待があったことで,長期金利が短期金利の上昇を受けて徐々に上昇する可能性があったところを押し止めて長短金利の逆転幅が拡大し,その後,それが大きく後退したことで,一気に長期金利が上昇し,逆転幅が縮小したと言えるであろう。この間,為替は,1月中旬まで円安に推移したものの,1月下旬以降は145円を中心とする動きとなった。
債券価格の調整がほぼ終わったと考えられる90年3月のイールド・カーブと予想短期金利をみると,右下がりの程度はやや緩やかとなり,短期金利は比較的高い水準が続き,長期的にもあまり下がらないと見込まれていた。長期金利はその後も緩やかに上昇を続け,4月には国債指標銘柄の利回りは7.5%に近づいた。日米間の長期金利差もアメリカでの金利上昇から一時2%台に戻っていたが,4月には1.2%まで縮小した。5月に入ると,為替レートが円高に転ずるとともに,長期金利もやや低下し,日米間の金利差もわずかに拡大した。
この間の動きを長期金利関数を用いて要因分解してみたのが第1-4-5図である。これをみると,89年度前半に5%程度でほぼ安定していたのは,需給の引き締まり等からインフレ期待が高まったことと為替レートの円安傾向が上昇要因となる一方,短期の実質金利とアメリカの長期金利の低下が低下要因となり,両者がほぼバランスしていたことによる。その後の長期金利の上昇は,名目短期金利の上昇を受けた実質短期金利の上昇とアメリカの長期金利の上昇によるものであるが,これに為替レートの円安化の加速とそれに伴うインフレ期待の上昇が加わるなど全ての要因が上昇要因になるに到って急上昇したものと考えられる。
(株価・円レートの急落)
80年代に入って以来,総じて金融緩和基調となるなかでJ世界の株式市場は活況を呈してきた。プラザ合意以後の一層の金融緩和が行われると,株価は世界的に急進したが,87年10月にニューヨークでの大幅下落をきっかけに世界的な株価暴落となった。このいわゆるブラック・マンデーの後,主要国の株価は緩やかに回復に向かったが,なかでも日本の株価は,内外の投資家が改めて我が国の良好なファンダメンタルズを評価したこと等により急速に回復した。
88年から89年にかけては,多くの国で金利の上昇がみられるようになり,日本以外では株価は総じて横ばい,ないし,緩やかな上昇にとどまった。日本でもやや遅れて金利の上昇が始まったが,株価は金利の上昇にもかかわらず,89年夏以降も上昇を続けた。この背景には,前述の円高・金利先安期待から長期金利が小幅上昇にとどまっていたことが,ある程度影響していたと考えられる。
この間の株価収益率(PER)について,株式と長期債券との間の裁定を踏まえて長期金利で修正したもの(金利修正PER)の推移をみると,89年秋以降,金利水準が高まるなかで金利修正PERが上昇を続け,年初には約4.3倍まで上昇した。このような動きは,株価がファンダメンタルズとの関係から一時的に乖離して上昇していた可能性を示唆するものである(第1-4-6図)。
年末にかけては,東証株価指数は,長期金利の上昇傾向のなかでほぼ横ばいで推移し,90年年初から1月中旬には円高・金利先安期待の後退に加え,債券価格の急落もあって大幅に下落した。同時に,円レートも下落し,債券,株式と相互に影響しあって下落する「トリプル安」の様相となった。その後,2月中旬まで株価は小康状態となり,円レートも一時的に値戻しの動きがみられたが,2月下旬から株価は大幅な下落を続け,円レートも1ドル150円の壁を越えて円安が進み,一時1ドル160円台をつけた。
なお,投資家別売買状況をみると,90年1~3月は,株価が下落するとともに,円安が進行する中で,信用取引規制の緩和等もあり,個人が大幅に買い越した一方,外人投資家は大幅な売り越しとなった。
金利修正PERの動きをみると,年初来の債券価格の急落に対して株価の調整はそれほど進まず,さらに上昇したが,2月下旬以降4月にかけて株価が大幅な下落を続けた後は,約3.8倍まで低下した。同じような動きは,87年夏からの株価上昇とその後のブラック・マンデーの大幅下落のときにもみられたが,今回は直前に進行した債券価格の急落で,株価の下落が一層大幅なものになったと考えられる。
以上のような株安,円安の動きは4月初めまで続いたが,その後,株式市場は落ち着きを取り戻し,為替レートも4月初めに円レートの下落が世界的な調整過程にとって望ましくない旨の言及がG7共同声明に盛り込まれたこともあって150円台後半で安定するようになった。5月以降はアメリカの景気動向が予想以上に弱いとの観測からドル安に転じ円は一時149円台をつけた。さらに,長期金利はやや低下し,東証株価指数でみた株価は下落幅のおおよそ半分を回復した。
以上をまとめると,①米国の金融緩和期待等から円高・金利先安期待が市場に根強く長短金利の逆転が生じていたこと,②株式市場では89年秋以降株価がファンダメンタルズとの関係から一時的に乖離して上昇していた可能性があること,などが指摘しうる状況下,90年初においてアメリカ経済の動向を受けてアメリカの金融緩和期待が急速に遠のいたことなどを契機に,債券・株・為替が相互に影響し合って「トリプル安」が起こったものと考えられる。
3. 「トリプル安」の実体経済への影響
次に,「トリプル安」が実体経済にどのような影響を与えるがについて企業行動と家計行動の面から検討しよう。なお,円安の影響については,物価については第3節で,国際収支への影響は第6節で取り扱うので,本節ではとくに取り上げない。
(企業行動への影響)
企業マインドに与えた影響をみるため,前記「法人企業動向調査」で「トリプル安」以前の89年12月調査と「トリプル安」直中の90年3月調査とを比較してみよう。これをみると,「トリプル安」で国内景気,所属業界の業況に関する判断にややマイナスの影響がみられるものの,自己企業の売上高,経常利益に関する判断にはほとんど影響はみられない。
国内景気に関する判断指標(BSI:「上昇」-「下降」)は90年1~3月期が「19」と89年10~12月期の「14」から上昇し,足元の判断は改善したが,4~6月期は「7」(12月調査)から「4」へと低下し,7~9月期は「-4」と「下降」が「上昇」を上回るなど企業経営者の国内景気見通しはやや慎重なものになっている。所属業界の景気に関する業況判断指標も90年1~3月期「13」と89年10~12月期「10」から上昇し足元の業況判断は改善したが,4~6月期は「6」(12月調査)から「5」へと低下し,7~9月期は「-1」と「下降」が「上昇」を上回るなど業況の先行きをやや慎重にみるようになっている。
これに対して,自己企業の売上高に関する判断指標は90年1~3月期が「22」と89年10~12月期の「18」から上昇し足元の判断は改善し,4~6月期は「15」(12月調査)から「19」へと上昇し,7~9月期は「15」となっており,売上高は引き続き堅調に推移すると見込まれている。自己企業の経常利益に関する判断指標は90年1~3月期が「13」と89年10~12月期の「9」から上昇し足元の判断は改善し,4~6月期は「12」(12月調査)から「8」へと低下したが,7~9月期は「11」となっており,経常利益の先行きに引き続き改善が見込まれている。また,日本銀行「主要企業短期経済観測」(5月調査)でみても,企業収益は引き続き増加しており,企業の業況判断も良好感が高い水準にある。
企業の設備投資に与える影響についてみてみると,金利の上昇と株価の下落は資本費用を引き上げるので,一般には設備投資に対して抑制的に作用するものと考えられる。しかしながら,企業の設備投資計画をみると,これまでのところ企業の設備投資などへの影響はあまり出ていない(第1-4-7図)。これは,生産設備の不足感に広がりがみられるとともに,技術開発投資や技術革新に対応するための投資,省力化投資など将来の競争力を維持するためには遅らすことのできない設備投資が多いこと,売上高利益率でみると頭打ちになってきたとはいえ企業収益は増加を続けていることなどによるものと考えられる。さらに,金利の上昇を見越して設備投資資金の手当てを早めに進めてきたことも金利上昇の影響を先送りしていると考えられる。
企業規模別にみると,資本市場での資金調達が多い大企業については,株価の大幅下落による株式市場を通ずる資金調達(エクイティ・ファイナンス)の中断の影響が懸念されるところであるが,企業の手元流動性は豊富であり今年度分の設備投資用資金の手当ては既に充分であると考えられる。このため,設備投資計画の見直しが行われたのは極く一部の企業に止まり,全体としては長期的な設備投資計画実施の観点から当初計画が維持されている。大企業でも非製造業では借入れ依存度が高く金利上昇の影響が設備投資に現れ易いが,土地関連融資の抑制等の影響を受けていると思われる不動産業を除けば,その設備投資計画はおおよそ前年並みとなっている。
借入れ依存度の高い中小企業については,金利上昇の影響は大企業に比べて大きいと考えられるが,当面については早めの資金手当てができており,影響が現れるのはしばらく先のことであると考えられる。しかしながら,実質金利の水準はすでに相当高いので,今後,中小企業,非製造業大企業を中心に金利上昇が設備投資に与える影響には注視が必要である。設備投資計画は,年度当初は未確定な要素が大きいため低目に出る傾向がみられるが景気上昇局面においては年度途中で上方改定されていくのが通例であり,90年度も88年度や89年度と同じように大幅ではないにしても今後上方改定されていくものと考えられるが,その推移を見守る必要はあろう。
在庫投資行動に与える影響についてみると,最近の短期金利上昇による在庫投資採算の悪化が在庫投資に与える影響は小さいものと考えられる。すなわち,新しい在庫管理技術を活用して必要最低限の在庫しか持たなくなっており,今以上に在庫を圧縮することは難しい。また,仮需はあまりみられず,生産増に応じた前向きの在庫積み増しが中心であるので,金利上昇の影響は限られたものであると考えられる。現に,一部産業を除けば,在庫は緩やかな積み増し局面にある。
以上のようにこれまでのところ企業経営,設備投資や在庫投資などの企業行動には「トリプル安」の影響はあまり出ていない。
(家計行動への影響)
消費者マインドに与えた影響を前記「消費動向調査」によってみると,消費者態度指数は89年7~9月期,10~12月期に上昇した後,90年1~3月期はやや低下した。その低下の要因をみてみると,「ローンの金利負担感」と「国全体の景気」がやや大幅に悪化したことによる。これらは,前者が長期金利が上昇したことと後者が「トリプル安」に伴って先行き見通しがやや慎重になったことと関連があると考えられるが,いずれにせよ,消費者態度指数は引き続き高水準であり,「トリプル安」が消費者マインドに与えた影響はそれほど大きなものではなかったものとみられる。
個人消費に与える影響についてみてみると,個人消費は引き続き堅調を続けており,「トリプル安」が進行している間もその後も特段の変化はみられていない。百貨店販売額は前年の3月,4月には税制改革に伴う買い急ぎ,買い控えがあったことの影響で前年同月比では実態がとらえ難いので,季節調整値の前月比の動きをみると,3月1.3%増,4月1.0%増と堅調に推移している。また,5月の乗用車の販売も前年同月比15.0%増と引き続き堅調に推移している。
株価の下落については,個人消費に与える影響は小さかったものと考えられる。株式が家計の資産に占める比率は8%程度と大きなものではないし,87年のブラック・マンデーの場合と同様に,89年夏以降の株価上昇によって一時的に発生した未実現のキャピタル・ゲインは人々の経済行動にほとんど組み込まれないうちに消滅したと考えられるからである。しかも,大宗を占める土地は価格上昇が続いており,他の金融資産も着実に増加していることからみて,資産効果は引き続き個人消費に対してプラスに寄与しているものと考えられる。
金利上昇の影響については,直接的な消費抑制・貯蓄促進効果のほかに,利払いが増加する一方,利子受け取りも増加するという可処分所得に与える効果も考えなければならない。平均的な家計は年間所得を上回る金融資産を保有しており,その利回りの1%の上昇は賃金所得の1%の上昇よりも大きな可処分所得の増加をもたらすことになる。もっとも,金利上昇は全体としては消費に対して抑制的な効果を持つものと考えられよう。
住宅投資に与える影響をみてみると,今後,金利上昇によるコスト・アップの効果が現れるとともに,金利先高感から発生した駆け込み発注の反動減から着工水準を低下させる可能性があるが,第2節でみたように,いくつかの下支え要因があり,当面,大きく落ち込むとは考え難い。
4. 金融自由化と最近の金融政策
(マネー・サプライの動向)
89年度は,国内景気,物価,為替相場の動向等を勘案しつつ,物価に対する予防的措置として,ほぼ9年振りに公定歩合が引き上げに転じ,90年3月にかけて4次に亘り引き上げ措置がとられた。このような金融政策のスタンスの変化がマネー・サプライに現れてくるはずのところであるが,金融自由化や株式,債券の両市場の変動などが,その動きに大きな影響を与えたため,金融政策の量的な側面はあまり明確になっていない。
代表的なマネー・サプライ指標であるM2+CD(期中平残)の動向をみると,84年以降徐々に伸びを高めてきたが,プラザ合意以降の一段の金融緩和のなかで,その増加テンポが早まった(第1-4-8図)。これには金融緩和が進んだことに加え,金融の自由化が貨幣需要の構造変化を引き起こしたことも寄与しており,86年度以降は資産取引の拡大も貨幣需要を増大させたものと考えられる。86年度は前年度比8.6%増,87年度は同11.2%増と伸びを高めたが,その後は88年度は前年度比10.8%増,89年度は同10.3%増と伸びを低下させている。ただし,四半期の動向をみると,動きはかなり異なっている。すなわち,88年1~3月期に前年同期比12.1%増とピークを打った後,低下を続け,89年4~6月期には同9.7%増となったが,その後再び伸びを高め90年1~3月期は同11.7%増,4,5月には前年同月比13.2%増とかなり高い伸びとなっている。
このように,89年度に入ってから金利の上昇傾向にもかかわらずマネー・サプライの伸びが徐々に高まってきた背景には,預金金利自由化の進展に伴ってマネー対象外資産からマネー対象資産へのシフトが生じたことに加え,金利先高感から資金調達を早める動きによって貸出しが増加したことがあると考えられる。
M2+CDの内訳をみると,M1の伸びが急速に鈍化する一方で準通貨の伸びが高まっている。M1の伸びの鈍化は,取引需要の増加から現金通貨が高い伸びを続ける一方で,新短期プライム・レートの導入で中小企業等で資金管理の効率化が進み,預金通貨が大幅に減少したことによる。なお,90年1~3月期には新短プラ導入の影響が一巡したことで預金通貨の伸びが回復しており,このことも最近のM2+CDの高い伸びの一因となっていよう。準通貨の高い伸びは預金金利自由化進展等に伴う資産シフトや貸出し増加の影響による。また,年末から3月にかけては株式,債券市場の不安定からマネー対象の安全資産へのポートフォリオの組替えが起こり,一時的な伸びの高まりがみられたものとみられる。さらに,4月以降は各種金融商品間の資金シフトの要因も影響している。これらは,M2+CDの伸びが広義流動性の伸びを上回っていることによっても裏付けられる。
(金融自由化の下での金融政策運営)
89年5月には公定歩合が国内景気,物価,為替相場の動向並びに市場金利の上昇等を勘案して9年振りに引き上げられた。これは,国内需給の引き締まりのなか,円安,原油高等の影響に対して物価の安定を確保しつつ,内需を中心とする景気拡大の持続に寄与するものと期待された。公定歩合はさらに10月と12月,90年3月の3度にわたり引き上げられ,公定歩合は5.25%となった。これで公定歩合はプラザ合意前の水準に戻った。
89年度中の4回の公定歩合の引き上げには次の2つの特筆すべき点がある。
第一は,物価上昇と需要拡大を抑制する単純な引き締めではなく,物価上昇を予防するとともに,内需中心の成長を持続させ,また,これを通じて対外調整の進展にも寄与することが期待されている点である。第二は,金融の自由化,国際化が体格的に進展して以来初めての公定歩合の引き上げ局面という点である。
現在,進められている金融政策は,金融市場の需給調整機能を適切に機能させつつ,適切かつ機動的に運営されているものと評価され,これによって物価の安定と内需中心の持続的成長が達成されるものと期待されている。このところの実質金利の上昇は金融と実物のバランス,ストックとフローのバランス,需要と供給のバランスなど経済の諸バランスを望ましい状況に保ち,バランスが崩れかかったものは望ましい方向に回復させ,景気上昇の持続に寄与するものと期待される(第1-4-9図)。
自由化が進展した金融市場の下では,金融政策の運営にあたっては,公定歩合は国内景気,物価,為替相場の動向並びに市場金利の動向等を勘案して決定されることがより重要となってきている。なぜなら,金融機関,特に銀行部門の負債に占める自由金利商品の割合が高まり,規制金利を変更しただけでは金利体系を充分に動かすことができなくなるからである(第1-4-10図)。
金融の自由化の進展に伴い,89年度の4次にわたる公定歩合引上げはいずれも市場金利の上昇をも踏まえて実施された。このように,市場金利の動向も公定歩合政策運営のための有力な判断材料の一つとなってきている。
金融自由化の進展に対応して,金融政策の有効性を確保するためには,短期金融市場において市場メカニズムが十分に機能するとともに,中央銀行が適切な金利誘導を行うための調節手段が十分に整備されていることが必要である。
米国においては短期金融市場が発達しており,特に財務省証券(TB)市場は規模も大きく効率性,安全性が極めて高い。このTB市場を中心とするオープン市場において連邦準備制度(FRB)は,公開市場操作(オープン・マーケット・オペレーション)を通じて金融調節を行っている。
我が国においては,88年11月には短期金融市場の運営方式の見直しが行われ,手形市場における期間1か月未満の取引が導入され,それを利用した手形買いオペレーションが始まると同時に,無担コール市場における期間1か月以上の取引も導入された。これらにより,インターバンク市場とオープン市場との金利裁定が従来に比べ円滑に行われるようになり,インターバンク市場金利はより弾力的に市場の需給を反映して変動するようになった。
オープン市場については,89年5月にはコマーシャル・ペーパー(CP)を対象としたオペが開始され,さらに本年1月より短期国債(TB)オペも開始されたが,米国のTB市場に比べるとオペの対象としては市場の厚みに乏しく,かつ金利の指標性も十分ではない。今後とも,信用度,流動性等に優れる「短期の国債」市場を整備拡充していくことが,必要である。具体的には,TBの発行残高の拡大などを通じて,市場を整備・拡充することが望まれるとともに,政府短期証券(FB)についても,その性格を踏まえつつ,市場の拡大を図ることが必要である。
(金融市場の需給調整機能)
金融の自由化,国際化は,資金の効率的な配分を実現するというミクロ経済的な側面ばかりでなく,マクロ経済面でも,経済全体の資金需給の適切な調整を通じて,需給バランスの安定化にも寄与すると期待される。すなわち,金融の自由化,国際化の進展の結果,金利は資金需給の実勢をより良く反映するようになっている。他方,第3節でみたように,設備投資,住宅投資,個人消費などが金利変動や資産効果を通じて金融市場から受ける影響が大きくなっていると考えられる。さらに,為替レートの影響を通ずる効果も実体経済,とりわけ物価に与える効果を大きくしているものと考えられる。このように,金融市場の需給調整機能は高まってきたものと考えられる。
世界的な金融自由化のなかで金融と実体経済との関係に起きている変化は,あたかも金融だけが実体経済から乖離して自己増殖しているかのようにみえるかもしれない。金融の自由化が金融と実体経済を切り離したという極端な見方もある。しかし,むしろ,金融市場は実体経済の変化をより反映するようになっており,・経済主体の行動も金融市場へのアクセスの改善によって金融市場での変化により速やかに反応するようになっているというように,金融と実体経済相互間の影響は大きくなっていると考えるのが妥当であろう。
ただし,資産市場の価格形成機能という点では,問題が全くない訳ではない。
市場関係者が幅広い情報を活用するのではなく市場の動きに追随して行動すると,さらに市場関係者の行動が市場を動かすというバンド・ワゴン効果が発生して,市場の安定性が損われる可能性があるからである。また米国において,市場に追随して自動的に取引を行うプログラム・トレーデイングが87年のブラック・マンデ一の下落幅を拡大したという指摘もある。自由化,国際化された金融・為替市場では,その安定性は多角的な裁定取引と市場関係者の見解の多様さに依存するのであり,これがあってこそ,株式,債券,為替などの各市場が金融資産価格の形成に適切な役割を果たすことができるのである。