平成元年

年次経済報告

平成経済の門出と日本経済の新しい潮流

平成元年8月8日

経済企画庁


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第4章 日本経済のストック化

第4節 金融資本市場の拡大と金融機関行動

1. 金融資本市場の拡大と質的変化

ストック化の進展に伴い,資金調達と資産運用の場である金融市場の動向が重要になっている。金融の自由化,グローバル化のもとで短期金融市場や資本市場の構造もまた変化してきている。

(拡大する短期金融市場)

我が国の短期金融市場は,高度成長期には,金融機関が資金過不足を調整するインターバンク市場としてのコール・手形市場が中心であった。しかし,50年代以降,非金融機関にも開かれたオープン市場が現先,CD(譲渡性預金)やCP(コマーシャル・ペーパー)を中心に急拡大しており,63年末にはインターバンク市場(本邦オフショア除く)を上回る規模となっている(第4-4-1図)。

一方これまで順調な拡大をみてきたインターバンク市場では,63年夏にはオープン市場金利がインターバンク市場金利を大幅に上回って上昇したことから,手形市場を中心に資金がインターバンク市場からユーロ円市場等に流出するなど,各市場間の金利の裁定や金融調節の観点からみても好ましくない市場の歪みが生じた。このため,63年11月には,最近における市場の取引ニーズを踏まえつつ,各市場間において金利裁定がより一層円滑に働くよう,日本銀行による短期金融市場の運営方式の見直しが行われた(第5章参照)。

この結果,インターバンク市場とオープン市場の間の裁定取引が活発化してきた。こうした金利格差の縮小により,インターバンク市場に急速に資金が還流してきており,本年3月末には,インターバンク市場(コール・手形市場)の規模は39.1兆円(63年3月末31.5兆円)となっている。この状況は運営方式の見直しの前後で両市場の金利の連関性がどう変わったか,という観点から確認できる。すなわち,運営方式の見直し以前は,オープン市場金利は一貫してインターバンク市場金利を上回っていたのが,その後では両者の乖離は大幅に縮小し,また両市場金利の相関も高まっている。具体的には,インターバンク市場とオープン市場のそれぞれの代表的金利として手形2か月物レートとCD3か月物レートをとり,運営方式の見直し直前の4か月間(63年7月から10月まで)と,直後の4か月間(11月から本年2月まで)の両者の相関係数をみると,直前4か月間で0.22,直後4か月間で0.49と金利の連関性が大幅に高まっていることがわかる(第4-4-2図)。

高度成長期には,間接金融の優位と人為的低金利政策の下で,社債の発行,流通量が少なく,また均衡財政の下で公共債の発行量も限定的であった。しかし,50年以降,国債が大量に発行され,初期においては金融機関を中心に引き受けられていたが,次第に金融機関による消化が困難になり,52年度以降,市中売却制限が徐々に緩和された。さらに発行条件と流通条件の乖離も縮小した。こうした国債の流動化によって,我が国の公共債市場は次第に拡大し,63年末には残高でみて330兆円(国内起債分)に達している。その構成は,長期国債42.7%,中期国債等4.9%,政府短期証券6.4%で,これらに地方債等を加えた公共債全体で74.5%を占め,残りが金融債(16.6%)と事業債等(8.9%)となっている。公社債の流通市場では基本的には市場原理に基づく価格形成が行われており,その成長は金融自由化の大きな原動力になったと考えられている。市場規模については,近年財政再建が進んだ結果,毎年の国債発行額は62年度をピークに減少に転じ,次第に借換債の発行が中心になっている(63年度では国債発行額の66%)。

質的な変化としては,59年からは銀行等のディーリング業務への参入を契機としてディーラー間市場が急拡大した。短期のキャピタルゲインを目指してディーリングを行なう投資家もあることから,バンク・ディーリングが市場の売買回転率を高めるのは当然であるが,法人企業等でも売買回転率は58年の1.9倍から63年には5.4倍へと急速に高まっている。また,価格変動自体,61年以降大幅に高まっている。こうしたディーリングの一つの問題点として,国債の指標銘柄に取引が集中していることがあげられる。

一方,社債市場をみると,社債による資金調達の相当部分が海外市場に依存している。特に,普通社債及び新株引受権付社債の国内での発行,流通は低調となっている。しかし,転換社債については59年以降,国内市場規模の方が大きくなっている。こうした国内社債市場の低調の背景には,内外金利差や為替相場の動向といった市場要因のほか,我が国発行市場の制度,慣行面での制約や発行コスト高によるところが大きいと考えられる (第4-4-3図)。

次に株式市場の変化についてみよう。まず第一に注目すべきことはその市場規模の拡大である。例えば,東京証券取引所一部上場企業の株式時価発行総額は63年末で約500兆円にのぼり,ニューヨーク市場を凌ぎ世界最大になっている。また,年間売買金額(片道計算)でみても280兆円となっている。

株式市場の構造をみると,保有主体別のシェアでは,戦後ほぼ一貫して個人のシェアが低下しており,62年度には23.6%になった。代わって金融機関(保険会社を含む)のシェアが上昇している。また,投資家別の株式売買高の推移をみると,同じく金融機関の売買高は増加しており,市場の機関化が進んでいることがわかる (第4-4-4図)。

株式市場の機関化の要因は,資産蓄積が進む中で,年金基金等の資金が増大していることや,近年特定金銭信託やファンドトラストでの運用が拡大したこと等によると考えられる。特定金銭信託やファンドトラストは機関投資家等にとっては,キャピタルゲインをインカムゲインに転換できること,含み益を顕在化させないこと,自己名義での売買を回避できることなどで有利なことから,57年以降これらによる運用が活発化している。

(先物,オプション市場の整備とその機能)

近年の金融市場の整備の中で特筆すべきものの一つに各種の先物,オプション市場の整備があげられる。古い順にあげると,60年10月に債券先物市場が発足したのをかわきりに,62年6月に大阪証券取引所において,株券先物取引が開始され,翌63年9月には本格的な株価指数先物取引が,東京,大阪の両証券取引所で始められた。さらに,本年に入り4月に債券店頭オプション取引,6月には株価指数オプション取引,ならびに金利,通貨などの金融先物取引が始まり,これで先物,オプション市場が一通り出揃うことになった。

市場規模の推移をみると,債券先物市場の売買高は63年1年間で3,752兆円(往復計算)にのぼり,現物市場に近い規模に成長している。また,株価指数先物市場は開設後1年足らずで東京,大阪両市場の合計取引代金が世界最大のシカゴ市場に匹敵するようになった。

先物,オプション市場を整備してゆく意義は,どのような点に求められるのであろうか。先物,オプション市場の最も基本的な意義は,対象となる資産の価格や利回りの変動によるリスクを回避する(ヘッジする)手段を提供することであるが,加えて裁定取引等による現物市場の安定化と市場規模の拡大が図られること,ならびに投資家に対して新たな投資手段を提供することが挙げられよう。先物,オプション市場整備のメリットを投資家サイドからみれば,何よりも資産選択の幅,リスクと期待値の組合せの幅を広げ,ポートフォリオを組みやすくすることがあげられる。価格変動リスクを回避したいと考える投資家はヘッジ率を高めることによりそうできるし,逆に投機的取引や裁定取引を望む投資家にはその機会を提供することが可能というわけである。

そこで,こうした機能が現実の先物市場において具体的にどのように働いているか,株価指数先物取引を例にとって検討しよう。先物市場に期待される役割は,価格変動リスクのヘッジ,新たな投資手段の提供,現物市場の安定化と市場規模の拡大など多面的であるが,以下では,先物市場の基本的機能の一つであるリスクのヘッジ機能が現実の株価指数先物市場において十分に発揮されているかという点を中心に検討する。

先物市場を利用したリスクヘッジとは,先物市場において,現物市場での売買と反対方向の取引を実行することによって価格変動リスクを軽減することである。これによって,現物市場の価格変動リスクを現物価格と先物価格の差(ベーシス)の変動に置き換えることが可能となる。もし,ベーシスが常に一定であれば完全なリスクヘッジが可能となるし,ベーシスが一定でなくとも,リスクをベーシスの変動の範囲内に抑えることができる。東京市場を例にとってこのベーシスの動きをみると,現物価格と先物価格の相関が極めて高いことから,その変動は現物価格の変動に比べはるかに小さいことが確認できる。

さらに,定量的に最適ヘッジ率とそれによって可能となるカバー率の関係を測定してみよう。先物市場を利用する投資家の行動は,現物価格の変動を先物価格の変動に回帰した時,残差の分散を最小化するように最適ヘッジ率を決めることであると定式化することができる。これを先物3月限について試算すると,ヘッジ期間が15日の場合で,最適ヘッジ率が0.8,その時のカバー率(当初の価格変動のうち,先物市場の利用によって除去できる比率)は0.94になる。ヘッジ期間が短くなればカバー率も低下するが,5日の場合でも0.83はカバーできるという計算結果が得られた。株価指数先物市場はまだ開設されてまだ日が浅いとはいうものの,この試算から,株式の価格変動リスクのヘッジという機能を十分に発揮していると評価できよう (第4-4-5図)。

従来,市場の失敗の典型的な例として異時点間にわたる資源配分機能の欠如があげられることがあった。近年の先物やオプションの市場整備は,将来財を取引する市場の拡大を意味し,市場経済が異時点間の資源配分機能をつかさどるのを助けることから,基本的に望ましいことである。しかしながら,先物取引においては一般に少ない資金(証拠金)で大規模な取引ができるため,ともすれば投機的取引を拡大しがちである。また,62年のニューヨーク市場の株価暴落ではプログラム売買等が暴落を加速した要因とも考えられている。したがって,新しい先物取引やオプション取引が現物市場やひいては経済全体の攪乱要因にならないように取引動向を注視していく必要がある。

2. 金融構造変化の下での金融機関行動

ストック化が進展して金融資産蓄積が進むと,その取引を媒介する金融機関がどのような市場構造のもとで行動し,どのような成果をあげているか,すなわち金融機関の産業組織に問題がないかどうか調べてみることが重要である。ここでは,市場集中度,参入障壁,規模の経済など市場構造の特徴が,金利設定などの市場行動や利潤,賃金などの市場成果にどのように関係しているかという観点から分析する。

(金融機関の市場構造)

市場構造をみる場合の基本的な視点の一つとして市場集中度があり,金融機関について業態毎にこれをみると,次のようである(第4-4-6図)。

銀行(全国銀行ベース)については,貸出量の上位5社集中度は62年度で32.7%となっている。時系列的にみても大きな変化はない。ハーフィンダール指数(1社独占の場合1,完全競争の場合0をとる集中度指数)を使って集中度の推移をみても銀行は0.03から0.04の間で安定しており,他産業と比較して特に高いとはいえない。銀行の場合,店舗の地域的広がりによって,都市銀行と地方銀行等に市場を分けてみることも可能である。この場合には,当然ながら集中度は高まり,都市銀行13行のなかでの上位5社集中度は58.9%となる。地方圏では都道府県を主たる営業エリアとする地方銀行等のシェアが総じて高い。

証券会社については,証券市場全体でみた場合には,株式売買高ベースで,上位4社集中度は62年で49.7%となっている。同じくハーフィンダール指数をみると,49年には0.0797であったものが,53年には0.1319になり,証券会社の集中度は40年代から50年代にかけて集中度の上昇がみられるが,その後50年代後半以降低下しており,61年には0.1075となっている。また,生命保険会社については,収入保険料ベースで,上位4社集中度は56.4%となっており,ハーフィンダール指数をみると0.10から0.11の間で安定している。

このように,金融機関の各業態は従来よりそれぞれ別の市場を形成してきたが,金融の自由化が進むにつれ,固有の業務分野を尊重しつつも,それ以外の分野においては業務の相互乗り入れが行われ,当該業務についてはそれだけ市場規模が広がり,実質的な競争は活発化しているとも考えられる。

金融機関の産業組織を考える場合,公的金融の占める地位を無視することはできない。公的金融システムは,主として,資金調達機関としての郵便貯金制度,運用を行う各種政府系金融機関,それをつなぐ資金運用部からなる。個人貯蓄等の分野では郵便貯金(簡易生命保険等)が,また貸付等の分野では政府系金融機関が,それぞれ民間金融機関とともに存在している。元年3月末における郵便貯金残高は125.9兆円となっている。郵便貯金残高の個人預貯金に占めるウエイトは31.9%,個人貯蓄(保険,公社債等を含む)に占めるウエイトは19.6%(元年3月末)となっている。一方,元年3月末における政府系金融機関の貸出残高は76.8兆円となっている。政府系金融機関貸出残高の総貸出残高に占めるウエイトは12.2%(元年2月末)となっている。

市場構造を規定するもう一つの視点は市場への参入障壁である。決済機能をフルに備えた金融機関としての新規参入は銀行法など法律による認可が必要となっている。しかし,金融市場のコンテスタビリティの観点からみると,事業法人の金融活動が近年活発化していること,住宅金融会社,リース会社,消費者金融業,クレジットカード会社,投資顧問業などいわゆるノンバンクの台頭が注目される。

(規模の経済性,範囲の経済性)

金融機関の産業組織を論じるには,規模の経済性及び範囲の経済性が働いているかどうかの検討が重要である。特に,技術革新を伴った自由化,規制緩和が進行中である金融機関にあっては,こうした環境変化が規模の経済性,範囲の経済性の発揮にどう影響するかを検討しておく必要があろう。ここで規模の経済性とは金融サービスの規模が拡大するにつれ,相対的コストダウンが実現すること,また範囲の経済性とは一つの金融機関が2種類以上の金融サービスを生産することにより,別々の金融機関が単一の金融サービスを生産する場合より投入資源が節約されることをさす。

まず,都市銀行,地方銀行,相互銀行,生命保険会社,証券会社の5業態について規模の経済性を計測した。金融機関の産出としては貸出(生命保険にあっては保険料収入等,証券会社にあっては手数料収入等)とその他の運用収入の合計をとり,一方,投入資源としては,人件費,物件費,調達資金(生保はさらに保険金支払も)をとった。試算結果をみると,58年以降では5業態のいずれをみても規模の経済性が働いていることが推測できる。また,ほとんどの業態で規模の経済性の程度が高まっていることが推測できる (第4-4-7図①)。

一方,金融機関の業務の多角化が経済効率性を高めることも考えられる。それは一つの金融機関が複数のサービスを同時に提供することによって,資本,労働力,ノウハウといった投入要素を共通に利用できる面があることに起因するものである。銀行だけでなくいわゆるノンバンクにおいても,近年業務の多様化,多角化が進んでおり,また今後業務分野規制の見直しによってさらに多角化が進む可能性があるところから,金融業に範囲の経済性が存在するかどうかは重要な論点になっている。

ここでは,都市銀行,地方銀行,相互銀行,生命保険会社の4業態について,範囲の経済性が存在するかどうか検討を行った。具体的にはそれぞれの業態毎の費用関数の推計によりこれら異なる業務の間に範囲の経済性が働いているかどうか計測した。これによると,60年度までは範囲の経済性の存在は業態によってまちまちであったが,61年度,62年度においては4業態すべてにおいて範囲の経済性が推測できる (第4-4-7図②)。

もちろん,規模の経済や範囲の経済が推測されたとしても,直ちに金融機関の合併や業務分野規制の撤廃が進められるべきだということを意味するわけではない。確固たる政策的含意を導くためには,さらに規模の経済性がどの程度の企業規模からどの程度の企業規模まで働くか,範囲の経済性については,どういう業務の組合せに強く発揮されるか,といった点の検討が必要であろう。

(市場行動)

金融の自由化,グローバル化の下で,金融機関の市場行動はどのように変わっているだろうか。ここでは,銀行の貸出金利設定行動を例にこれをみてみよう。銀行は,預金その他で資金調達し,貸出などで運用しているから,預金金利の自由化が進むと,当然貸出金利の設定に影響を与えるはずである。

ここでは,短期貸出金利を例にその設定行動について検討する。従来我が国の銀行は,短期貸出金利の設定にあたって短期プライムレートを基準としていたが,金融の自由化に伴い,調達金利に連動した新しい短期プライムレート(新短プラ)の導入を本年に入ってから順次進めている。新短プラの設定は,フルコスト原理に基づく価格設定の一種と考えられる。もとより,新短プラはあくまで一種の建値であって,実際の適用金利は,これを指標としながら銀行と貸出先との個別交渉によって決められている。

そこで,短期の貸出金利に対する市場調達金利の影響を,多変量自己回帰モデルによって業態別にみた。推計期間については,60年~61年と,62年~63年の2種類を推計して比較した。それによれば,前期においては,規制金利の説明力が圧倒的に高く,市場金利部分の説明力はほとんどないが,後期においては規制金利部分の影響が依然大きいものの,スプレッド貸し等の市場金利連動貸出の増加もあって,市場金利の説明力も著しく上昇している。特に業態別にみると,相対的に自由金利貸出のウエイトが高い業態ほどその変化は顕著に現れていることがわかる (第4-4-8表)。

(市場成果)

金融機関の生み出す付加価値は,利潤や賃金といった市場成果として分配される。まず,銀行(都市銀行)と証券会社を例にとって,簡単な利潤関数と費用関数を推計し,市場構造の変化が利潤やその背後にある費用にどのような影響を及ぼしているかをみた。具体的には,銀行と証券の主たる成果として利潤及び費用をとり,これらを営業活動を表す貸出(銀行)と株式売買高(証券),それに市場集中度を表すハーフィンダール指数,価格要因として金利(公定歩合)に多重回帰してみた。

これによると,銀行については市場集中度の上昇は費用節約的に働く一方,利潤を押し上げる要因として働いていると推測される。しかし,証券会社については,必ずしもこうした傾向はみられない (第4-4-9表)。

次に金融機関(金融・保険業)の費用構造のなかで人件費についてみるため,賃金水準を他産業との比較でみよう。産業別賃金格差を現金給与総額でみると,金融・保険業の賃金は47年時点ですでに調査産業平均の1.13倍であったが,その後上昇し,63年には1.32倍に格差が広がっている。また,金融・保険業のボーナス比率の高さ,労働時間の短さ等を考慮して,所定内時間当たり賃金率でみると,47年の1.22倍から63年には1.41倍となる。さらに,これは一部には性,学歴,勤続年数等に起因する賃金格差(内部賃金格差)を反映したものと考えられるので,こうした産業間の賃金プロフィールの違いを調整した賃金格差(外部賃金格差)を所定内賃金率について試算すると,47年に1.14倍であったものが,63年には1.27倍に高まっており,調整前と比較すると格差はかなり縮小するものの,依然として格差があることを示している(第4-4-10図)。

3. 金融システム改善の方向

(金融システム改善の視点)

ストック化の進展に伴い,資産残高と取引量が拡大しており,ストックの取引などに係わる金融システムの役割はますます重要になっている。現在,我が国の金融システムは,取引の場である金融市場においても,また資金の仲介者である金融機関についても,大きな変革期にあり,金融システムがこうした環境変化に適応したものになるよう,不断に制度の見直しを行う必要がある。

現行の金融システムを評価し,改善の方向を検討するためには,望ましい金融システムの機能についての判断基準を明確にしておく必要がある。金融システムは,資金供給者から資金調達者への資金の流れを媒介すること,および決済サービスを供給することが,その本来的な機能であるから,家計や企業といった金融システム利用者の効用を最大化することを究極的な目標とすることは自然であろう。このためには,効率性,安全性,公平性の3条件が金融システムに備わっていなければならないと考えられる。換言すれば,金融システムの中で,ストックの充実・拡大を図ろうとする家計や企業がいかに効率的に,安全に,また公平にこれを行なえるかが問われなければならない。

第一は効率性である。効率性の向上は,より低いコストで資金調達でき,よ高い利回りで運用できることを意味するから,これが金融システム利用者の福祉を向上させることは論を待たない。効率を高めるための最も基本的な要請は競争の促進であろう。先にみたように,金融機関には程度の差はあるものの,規模の経済性や範囲の経済性が推測される。このような場合に競争条件を維持しつつ,規模の経済性,範囲の経済性のメリットを享受するためには,市場の規模をできるだけ大きくとる必要がある。内外の資金移動規制の緩和が国内金融市場と海外金融市場の一体化を促進し,競争を促進する効果を持つことは自明であろう。また,外国の金融機関に対して参入を容易にすることも競争の促進に繋がると考えられる。

第二は安全性もしくは安定性である。金融機関は,不特定多数の投資家から資金を預かるということから,普通の事業法人に比べ高い公共性と強い社会的責任を求められる。「信用秩序の維持」などを目的として政府規制を受ける根拠もここにあると認識されている。政策的には,預金保険機構の拡充等を通じ,金融不安を契機とした経済システム全体の不安定化を防止することに主眼がおかれるべきであろう。

第三は公平性である。これは特定の利用者のみが金融システムから便益をうけることがあってはならないということである。これはまず,資金調達者,資金運用者,金融機関の間で成立する必要がある。金融業務の多角化に伴う利益の相反の問題や株式等のインサイダー取引の問題はこの例である。さらに,最近では,国内金融市場の開放度の問題,換言すれば,国内利用者と外国の利用者との間の公平性の確保が重要な論点になっている。

以上のような基本的視点を踏まえながら,以下具体的な課題について検討しよう。

(短期金融市場の整備)

短期金融市場の課題としては,第一に市場参加者や取引される金融商品の一層の多様化を図り,市場の厚みを増すことである。短期金融市場で取引される金融資産の種類は多様化してきており,最近では,短期国債(61年2月~),コマーシャル・ペーパー(CP)(62年11月~)といった新金融商品が登場したほか,円転(外貨建資産の円建への転換)も活発に行われている。しかし,市場参加者が金融機関や大口投資家に限定されているなど問題があり,また市場規模自体も,アメリカ等における短期金融市場の規模と比較すると,まだ拡大の余地があると考えられる。

第二は,短期金融市場の制度的な面での国際的調和である。金融のグローバル化については,日本の金融機関の海外展開や事業法人等の海外での資金調達・運用といった面では,急速に進展している。もし,国際的な制度や取引慣行に照らして参入の障害となるものがあれば,取り除いていく必要があろう。特に,各国の金融税制の相違は,金融取引が国際化するなかでは,自由な資金移動を妨げ,最適な資源配分を阻害する可能性があるところから,この面でも国際的な制度の調和を図る必要があろう。

第三は,市場間の金利裁定の円滑化である。先述のとおり,63年に日本銀行による短期金融市場運営の見直しによって,インターバンク市場とオープン市場の間の金利裁定が円滑に行われるようになっており,市場実勢を反映した金利体系の形成により,市場の効率化が図られていると評価できる。今後は,より一層,市場の効果率の促進が期待される。

第四は,金融政策を実施する場としての短期金融市場の課題である。金融政策の有効性を確保するためには,拡大する市場に対して適切な市場オペレーションを行うことが重要である。オープン市場については,短期国債(TB)の市場を拡充するとともに,政府短期証券(FB)について,その性格を踏まえつつ,市場の拡大を図る必要がある。短期国債については,市場規模が昨年の2兆円強から約4兆円に拡大する見込みであり,今後は短期金融市場の中核商品としてオペレーションの対象となることが期待される。また,CPについても発行適格企業の拡充や税制の見直しにより市場を育成することが望ましい。本年5月からはCPを対象としたオペレーションが開始されたが,これによって金融政策の効果が高まることが期待される。

(資本市場の整備)

一方,資本市場における課題としては,第一に,国債市場における競争の促進である。これについては,本年4月から国債の中心であるシンジケート団引受けの10年債に部分的競争入札が導入されるなど大きな進展があり,今後とも市場メカニズムを尊重した運営が望まれる。また,流通市場では,59年の国債ディーリングの開始以降,ディーラー間の短期の回転売買が市場価格の変動を大きくしているとの指摘もあり,また取引が指標銘柄に集中するなど偏りがみられる。今後バランスのとれた市場を育成することが重要である。

第二は,社債市場の活性化である。国内社債市場の空洞化については先にみたとおりであるが,適債基準の見直し,社債発行限度額の見直し,複数格付けの取得,公表のルール化等の方策による格付定着等を図り,発行者や投資家のニーズに応えていく必要がある。

(金融規制の役割と見直し)

金融の分野の政府規制,すなわち,金利規制,業務分野規制,国際資本移動規制のうち,資本の国際間移動に関する規制は,55年の外為法改正以降順次規制緩和が進められ,現在ではほぼ撤廃されている。

金利規制については,CDの導入,大口定期預金やMMCの導入及びその条件緩和により,段階的に進展してきた。現在,完全自由金利の大口定期預金の最低預入単位は2,000万円まで引き下げられており,本年6月に導入されたいわゆる小口MMCの最低預入単位は300万円となっている。金利規制の緩和の最も大きなメリットは,店舗立地など非価格競争から価格競争へという誘因が働きやすく,利用者の便益の向上をもたらすというところに求められよう。現在の部分的自由化,すなわち大口定期で2,000万円,MMCで300万円という最低単位はあくまで過渡的なものと位置づけるべきであり,今後も引き続き,預金者の利益及び中小金融機関経営への影響に配慮しつつ,小口預金金利自由化の一層の推進を図る必要がある。なお,MMCについては,その金利の上限が市場金利に連動する商品であり,完全な自由金利商品とは区別すべきであろう。規制金利商品から自由金利商品へ移行する段階の過渡的商品として位置づけるのがより適切であると思われる。

(業務分野規制の見直し)

現在最も大きな問題となっているのは業務分野規制の再検討についてである。業務分野規制の代表的なものは,長期信用銀行制度,信託銀行制度等である。こうした業務分野規制のうちには,金融の自由化,グローバル化の下で,次第に維持が難しくなっているものがある。例えば,普通銀行と長期信用銀行の分離(いわゆる長短分離)については,都市銀行等,従来短期金融を主業務としてきた金融機関でも,長期運用の比率が増加しており,また,長期信用銀行の融資の短期化が進展しているので,融資面で普通銀行と長期信用銀行の同質化が進んでいる。

現在の政策的対応としては,業務分野規制の基本的枠組みは尊重しつつも,周辺の業務を中心に相互乗り入れを図るなどの形で進められてきているが,現行の基本的枠組み自体が,急速に多様化しつつある金融の実態に今後対応できるものかどうか改めて見直す必要がある。

最近,金融制度調査会等において業務分野規制の見直しについて検討が行われている。同調査会金融制度第二委員会中間報告(本年5月26日)では,①現行の業務分野規制をベースにして,個別業務毎に相互乗り入れを認める「相互乗り入れ方式」と②各金融機関がその本体で銀行,証券,信託など全ての業務を行える「ユニバーサル・バンク方式」を両極として,いくつかの中間的な方式を提示している(付表4-1)。

(金融システムの安定性の維持)

自由化やグローバル化の進展に伴い,ビジネスチャンスが拡大している一方,金融機関が直面するリスクは明らかに増大している。それらは,伝統的な信用リスクに加え,例えば金利(ないしその裏面での資産価格)リスク,流動性リスク,為替レート変動リスクなどである。さらに金融機関が決済不能に陥り,それが連鎖反応的に広がり,決済システムが麻痺する可能性,いわゆるシステム・リスクも高まっていると考えられる。

例えば,金利リスクの高まりについては,次のような背景がある。近年,短期性の自由金利商品や市場金利連動型商品での資金調達比率が高まり,一方で固定金利を中心とした長期貸出が拡大していることから,資産側と負債側の期間構成のミスマッチが拡大し,その結果として金利リスクが高まっているとみられる。また,システム・リスク増大の背景には,第1節でみたように金融資産取引量の急拡大がある。また資金決済も複雑かつ大量になっており,その一方で金融技術革新を背景に企業や家計と金融機関,また金融機関相互間での決済システムは多重化,高度化してきている。決済システムは金融システム全体のインフラストラクチュアの性格を持ち,これが効率的,安定的に作動しているかどうかは極めて重要であるといえる。

これらのリスクに対し,各金融機関はより高度なリスク管理を求められるようになっている。そもそも金融機関の本来的な機能の一つはリスクの引受であるから,リスクを適切に管理することは重要である。こうした様々のリスクへの対応策としては例えば次のようなものがあげられる。

第一は,金融機関の自主的な対応である。金利リスクへの対応を例にとると,変動金利貸出や市場金利に連動したスプレッド貸出の活用,金利スワップや先物,オプションなどオフバランス取引の拡大による金利リスクヘッジ,長期固定債権(住宅ローンなど)の証券化など資産流動化の促進などが考えられる。また,ALM(Asset and Liability Management)のような戦略的なリスク管理システムの導入により,想定されるリスクを一定範囲内に抑えるよう管理することも考えられる。一方,システム・リスクに対する金融機関の対応としては,重複した債権・債務関係が発生する都度精算していく,いわゆるオブリゲーション・ネッティングについて,法律上の問題なども含め種々の角度から検討が行われることは有益であろう。

第二に,バランス・シート規制がある。これは金融機関の自己資本比率や流動資産比率などを一定のルールに基づいて規制するものである。1988年に国際的な信用秩序の維持などを目的に,主要先進国の銀行監督者間で合意された,金融機関のリスク・アセットに対する自己資本比率規制は,こうしたバランス・シート規制の国際版として位置づけることができよう。

しかしながら,私企業としての金融機関自身のリスク管理にも,マクロ的な変化に対するリスク,あるいはシステム・リスクのように金融市場全般に及ぶリスクの管理については限界があり,究極的には公的部門の対応,例えば,日本銀行のいわゆる「最後の貸手」機能,預金保険機構の活用など,金融システムの安定性の確保のための公的セーフティ・ネットを整備することが重要である。この方向での最近の動きとして,63年10月以降の日銀と市中金融機関の間でのオンライン決済システム(日銀ネット)の稼働があげられる。アメリカでは1987年10月の株価暴落時に連邦準備銀行と市中金融機関の間のオンライン・ネットワーク(Fed Wire)が機能して決済システムが混乱することを防いだとされている。我が国でもファイナリティ(支払完了性)のある決済手段(日銀券及び日銀当座預金)の活用による連鎖防止の工夫を凝らしていくことが重要である。

(金融取引における公正の確保)

金融取引における公正の確保については,いわゆるインサイダー取引の問題が重要となっている。これは,市場参加者の間の情報ギャップを不正に利用して利益を得る取引であって,市場参加者の間にこのような情報ギャップがある場合には,市場メカニズムがうまく機能しない可能性がある。

このような市場の失敗を補正するためには2通りの方法がある。第一は市場参加者自身に規制を課すことである。本年4月に改正証券取引法が施行され,いわゆるインサイダー取引に対する規制が強化されたが,これは基本的にこの方向での補正である。今回の改正の特徴は,インサイダー取引の未然防止に重点を置き,証券発行主体,金融機関,証券取引所等による自主規制を中心としたものとなっているが,同時に違法行為に対しては刑事罰を適用することとしている。今後,この新しいルールが厳正に適用されることが望まれる。

第二の方法は,投資家側がアクセスできる情報を増やし,情報の面での対抗力をつけることである。実際,企業の多角化が進むにつれて,有価証券報告書などに記載されている従来の企業別財務データでは,投資家等が企業の現状を的確に把握することが難しくなりつつある。また,金融機関や機関投資家においても業務が多様化するとともに,金融市場におけるいわゆる「オフバランス取引」など,重要ではあるが財務諸表に現れない取引が増加している。こうした観点からセグメント情報などディスクロージャーの推進を図る必要が生じており,これが投資家保護にも資すると期待される。これに関しては,昭和63年,有価証券報告書等の開示書類についてセグメント情報の開示制度が導入されており,平成2年4月以降開始する事業年度から適用されることとなっている。

もとよりこの両者は二者択一のものではなく,規制とディスクロージャーを相互補完的に推進することにより,金融取引における公正性の確保の実があがるものと期待される。