平成元年

年次経済報告

平成経済の門出と日本経済の新しい潮流

平成元年8月8日

経済企画庁


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第4章 日本経済のストック化

第5節 ストック化と日本経済の課題

1. 「資産大国」への課題

これまでにみたように,我が国の資産規模は格段に大きくなり,表面上はストック化が進んでいるようにみえるが,その中身は金融資産の拡大や地価上昇を反映したものであり,必ずしも国民生活の豊かさに直結するような形のストック化になっていないと考えられる。

資産は無目的に蓄積するだけでは意味がない。資産を蓄積するのは,それから得られるフローのサービスを消費するためにほかならない。今後,我が国が国民資産の質的な面での充実を図り,名実ともに「資産大国」とよばれるようになるためには,純資産を拡大させ,ストックから生まれる有形,無形のフローが国民生活の物質的,精神的両面の豊かさに結びつくような形のストック化でなければならない。ここで,このような意味での「資産大国」を実現するための政策課題に関して,重要と思われる視点を整理しておこう。

第一に資産蓄積の効率性が重要である。我が国の貯蓄率が依然高い水準にあることは既にみたところであるが,その点からすれば,日本人は現在の生活水準よりも将来における生活向上や不安の解消を相対的に重視する国民であるといえる。しかし,現在問われているのは,その貯蓄が効率的に使われ,社会資本や住宅といった資産の形成に役立っているかどうかである。

まず,国内の貯蓄が設備投資や社会資本整備といった国内資産の充実に向かうだけではなく,海外に流出して,外貨建金融資産や海外不動産の形で運用されているということである。外貨建資産はいうまでもなく為替レートの変動リスクに晒されている。我が国の保有する外貨建資産が増大している状況から,為替リスク管理に失敗した場合,莫大な為替差損が生じる可能性がある。なお,海外における直接投資が現地で摩擦を引き起こす例も増加している。我が国が世界の資本供給国として重要な役割を果たしていることは否定できないが,同時に投資対象や投資方法については,投資先国の利益を損なわないよう十分注意を払う必要がある。

また,国内に投資された場合でも,それが必ずしも効率的にストック形成に結びついていないという点である。例えば,前述のように,住宅等の資本減耗が速く,純資産の増加に結びつきにくいという問題や,社会資本整備については,公共事業費のうち用地買収に使われている比率が大都市圏では高くなっているなどの問題もある。

ストックを充実させるために,現在の生活を過度に切り詰めることは愚かなことであるが,現在の貯蓄率のもとでも,蓄積の仕方を効率的にすることによってさらに蓄積のスピードを高めたり,資産の質を向上させたりすることは十分可能であると思われる。特に,来るべき高齢化やそれに伴う貯蓄率低下の可能性,財政制約等を勘案すれば,今後いかに効率的にストック整備を進めるべきかという観点は極めて重要であろう。

第二に,効率性が重要とはいっても,ストックの整備がすべて市場メカニズムに委ねられてよいということを意味するわけではない。価格メカニズムが働きにくい分野でのストック整備もまた重要である。これに該当するストックの典型例として社会資本があり,民間部門の資本ストックなどと比較して市場メカニズムのみに委ねると整備が遅れる傾向がある。そこで,社会資本の整備に当たっては,その効率化に配意しつつ,中長期的に社会的ニーズ,整備状況等を踏まえこれを着実に行っていく必要がある。

第三に,資産分配の問題である。第1節でストックの分配がフローの分配よりも不平等になっており,土地を中心に資産格差が拡大傾向にあることをみたが,資産格差,特に土地のそれが深刻な問題であり,資産格差縮小の方法について再検討する必要があるということは大方の認めるところであろう。また,土地問題にみるように資産分配の問題と資産価格形成の問題は密接に関連しており,地価など資産価格がファンダメンタルズを反映した合理的なものとなるよう,必要であれば関係制度の改善を行う必要がある。

第四に,国民経済計算に現れないような無形のストックの重要性も強調しておく必要がある。技術や知識といったストックが重要であることは,我が国の戦後の成長過程をみれば歴然としている。また,学校教育,職業訓練などを通じた人的ストックの蓄積も重要である。今後は世界の公共財になるような基礎研究の蓄積など質的な面での充実が求められている。

以下では現在の我が国において特に重要と思われる社会資本整備の問題と土地・住宅問題について,これらの視点に即して検討しよう。

2. 社会資本整備の現段階と今後の整備方向

(社会資本整備の現状)

社会資本ストックの総額は,62年末時点で,国民経済計算の一般政府部門純固定資産でみると207兆円,これに公的企業も含めた公的部門全体では,267兆円となっている。また,公的部門全体の粗固定資産では,60年末時点で343兆円となっている。

我が国の社会資本の整備状況を部門別に国際比較してみると,各国の統計のベースが異なる場合もあるので幅をもってみる必要はあるが,すでに遜色の無い水準に達している分野がある一方で,整備水準が十分でない分野もある。例えば,一人当たり病床数では,1960年代にすでに先進5か国平均を超えており,水道や電話の普及率も先進国平均にほぼ遜色ないまでになっている。これに対して,下水道普及率,都市公園面積,高速道路延長などでは依然として他の先進国に比較して低い水準にあるといわざるをえない (第4-5-1図)。

社会資本はその多くが地域に根ざしたものであるから,分野別の整備状況とともに,地域別の整備状況をみることが重要である。地域間で整備水準の格差が少ない分野の例としては,電話加入率,水道普及率,道路舗装率などで,一方,地域的な格差がみられる分野の例をあげると,下水道普及率や加入者交換機デジタル化率が地方圏で,また都市公園面積が大都市圏で,それぞれ遅れが目立っている (4-5-2図)。

(公共投資の分野別,地域別配分の推移)

社会資本ストックは,いうまでもなく毎年のフローの公共投資によって形成されてきたものである。そこで,今度はこの公共投資の地域別,目的別配分がどのようになされてきたかを検討しよう。ここでは,地域別の配分総額ではなく,住民一人当たり公共投資額(公共工事着工額による。用地費は含まない)でみていくことにする。全国を大きく大都市圏,大都市周辺部,地方圏の三つに分けたうえで,地域別の推移をみると,40年代半ばには各地域に大きな差はみられず,大都市圏は僅かながら全国平均を上回っていた。その後,50年代初めにかけて地方圏の相対的増加と大都市圏の相対的減少がみられたが,その後格差は拡大し,現在に至っている (第4-5-3図①)。

次に,公共投資を投資目的別にみるため,便宜上,道路(市区町村発注のもの),下水道,公園,教育,病院,住宅等を国民生活を直接向上させる生活系投資とし,道路(市区町村発注以外のもの),港湾,空港を主に産業振興のための産業系投資として違いを検討した。もちろん各投資項目とも多かれ少なかれ生活系,産業系の両方の性格を併せ持つことには留意が必要である。

まず,生活系投資では,40年代半ばから50年代初めまで,大都市圏が全国平均を大きく上回り,大都市周辺部は48年度頃まで,地方圏は50年代初めまで平均より低い値となっていたが,その後地方圏が平均をやや上回り,大都市圏と大都市周辺部が平均をやや下回って推移している(第4-5-3②)。

ここで,地域別のばらつきをみるため,都道府県別に一人当たり投資額の偏差値(平均を0とし,標準偏差を1に正規化した指数)を計算し,その地域毎の平均をとると,45年度には,大都市圏が1.6,大都市周辺部が0.0,地方圏が-0.4であったのが,51年度頃は0付近に収束し,63年度にはそれぞれ-0.3,-0.2,0.1となっている。すなわち,生活系の社会資本整備は大都市圏が先行したが,50年度頃にはフローの一人当たり投資額では大都市周辺部及び地方圏がキャッチ・アップし,その後地方圏が他よりやや高い水準となっていることを示している。

一方,産業系公共投資については,40年代半ばから一貫して一人当たり投資額が大きい方から地方圏,大都市周辺部,大都市圏の順となっている。また,生活系投資とは異なり,50年代初めにかけて格差は拡大した (第4-5-3図③)。これを地域別平均偏差値でみると,45年度には大都市圏が-0.4,大都市周辺部が-0.3,地方圏が0.2であったところ,57年度にはそれぞれ-1.3,-0.5,0.5となり,以後やや縮小傾向にあるものの格差は依然残っている。このことから,一人当たりでみると産業系投資は地方圏で多く,大都市圏で少ないという実績になっているといえる。

なお,同様の試算を行政投資実績(用地費を含む)で行っても,大筋は変わらないことが確認できる(付注4-5)。ただし,生活基盤投資(市町村道,住宅,環境衛生,上下水道等)については,最近まで大都市圏が地方圏を上回って推移している。これは,一部には公共工事着工額と行政投資実績の統計区分の違いによるが,大都市圏での公共投資は,用地費に費やされる割合が高いことも反映していると推察される。

さて,それでは公共投資の地域配分はどのような要因で決められているだろうか。個別の国家的プロジェクトなどは別として,一般的な要因をあげると,まず,需要側の要因としては,人口増加率の高い地域,人口密度の高い地域は,社会資本充実に対するニーズが高いとみることができる。また,所得再分配的な観点にたてば,所得の低い地域ほど,また,景気対策的な観点にたてば,景気の悪い地域ほど公共投資に対し強いニーズがあるはずである。一方,財源調達の観点からみると,所得の高い地域,景気の良い時期は税収も大きく,活発な公共投資を維持しやすいと考えられる。

こうした点を確認するため,都道府県別の公共投資額(一人当たり行政投資実績)を上のような様々な要因に回帰させて,有意な影響を持っているかどうかをみた(第4-5-4表)。

まず,生活基盤投資については,人口増加率が40年代半ばから一貫して投資額を増加させるように働いており,基本的な需要要因とみることができる。すなわち,これは住民が生活するうえで不可欠な社会資本の整備が,人口増加に対応して進められてきたことを示しているといえよう。可住地面積当たり人口密度も投資を増加させるように働いているが,50年代後半以降は有意性がやや低下している。これは先に述べた地方圏と大都市圏の投資額格差の縮小を反映しているとみられる。所得再分配要因として試みた一人当たり県民所得及び景気対策要因として試みた有効求人倍率は,この分析では有意性が統計的には確認されなかった。

産業基盤投資(国県道,港湾,空港等)については,人口増加率が投資額にマイナスに,また可住地面積あたり人口密度も投資額にマイナスに働いており,生活基盤投資の場合と対照的である。これは,産業基盤投資が地域開発,産業振興等の目的で既存の集積は低いが整備が必要な地域に先行的に行われることもあること等の性格に起因するものと考えられる。なお,この分析では,一人当たり県民所得及び有効求人倍率の有意性は統計的には確認されなかった。

以上をまとめると,生活系投資は,人口増加を主たる要因とし,従来は大都市圏に相対的に多額であったが,近年は大都市圏,地方圏の人口密度の差にかかわらず着実に実施されている。これは,地域振興や地域格差の是正といった観点からは好ましい傾向といえよう。一方,産業系投資は,40年代末頃より,人口密度,人口増加率が低い地方圏に相対的に多額となっているということができる。これは,大都市圏への過度な集中を緩和する方向となっており,産業の地域分散という観点からは評価されよう。

(効率的整備方策の検討)

それでは,社会資本の整備を効率的に進めるためにはどうすればよいだろうか。ここでは近年重要性が増している三つの論点についてみよう。

第一の論点として,公共部門と民間部門の役割分担が重要である。近年,社会資本整備の主要な担い手として民間企業の役割が高まっている。特に地方公共団体等や民間企業が共同出資して第三セクターを作り,プロジェクトの遂行,運営を行う例が顕著に増加している。いわゆる民活事業による社会資本整備は,公共部門の負担を減らし,受益者負担を浸透させるという観点からは望ましいことである。しかし,民活の導入はどのようなプロジェクトでも可能というわけではない。地域的には,収益性などの理由から大都市地域において実現性の高いものが多いといえよう。したがって,民間部門が積極的に手がけるような収益性の見込まれるプロジェクトについては,公共部門はこれをクラウド・アウトしないように必要最小限の助成,誘導措置にとどめる一方,リスクが大きい,収益性が低いなど民間の採算にはのらないが,なお社会的にみて必要なプロジェクトについては公共投資として公共部門が重点的に取り組む必要がある。また,その中間的なプロジェクトについては従来から行われているように財政投融資など公的金融の活用がなされるべきである。このように,プロジェクトの性格を考慮しつつ官民分担を図ることが重要である。

第二の論点は,社会資本整備プロジェクトの実施により発生する外部経済,外部不経済の内部化についてである。まず,鉄道,道路,空港整備等に伴って発生する騒音,振動,自然環境への影響等外部不経済の発生については,環境アセスメントの適切な実施,適切な補償などの対応が必要とされる。一方,外部経済効果については,典型的には都市基盤整備,道路,鉄道,空港,港湾建設等に伴い,開発の利益が開発主体以外にも及ぶという形で発生する。こうした開発利益を開発主体に吸収・還元し,整備財源として使えば,当該プロジェクトの採算性を向上させるのに有効であると考えられる。

開発利益を吸収・還元する方法にはいくつかある。第一の方法は,受益者負担制度の導入である。我が国では,従来より土地区画整理事業において,土地の利用の増進の度合いに見合った土地の減歩の形で地権者に負担を求めてきた。最近の例では,東京臨海部副都心の開発において開発者負担制度の導入の方針が示されている。この方針では,臨海部を中心に相当広範囲にわたる地域について大街区方式土地区画整理事業による開発を行い,土地の価値の増進という形で開発利益を得る地権者に対し,それに見合った土地を提供させる(減歩)ことによって開発利益を吸収する方法が,他の開発者負担の方法とともに検討されてきた。

第二の方法は,複数の開発事業を同一主体が行うことにより,開発の外部経済効果を内部化することが考えられる。従来,私鉄は,新しい鉄道建設にあたってしばしば大規模宅地開発を同時に行い,開発利益の外部流出を防いできた。こうしたものも含め,開発利益吸収策についてさらに検討を深める必要があると考えられる。

第三に,土地に係る税がある。開発利益が地価上昇として顕れた場合には,開発利益の一部が税という形で吸収・還元されることがある。

第三の論点は,将来の需要動向や資本の耐用年数を踏まえた計画的な社会資本整備である。社会資本の建設には計画立案から施設の供用までに相当のタイムラグがあること,耐用年数が長いことなどから,計画時の想定需要と実際の需要との間に大きな差が生じてしまう例がみられる。供給過剰になった場合の無駄は当然のことながら,逆に予想を上回る需要が発生した場合にも,同機能の施設を追加的に建設することは,用地取得やコストの面で問題が多い。さらに,社会資本ストックの蓄積に伴い,フローの社会資本投資に対する維持管理費や更新投資の比率が,今後さらに高まってくることが予想されている。したがって,今後これらの点を踏まえ,長期的な視野のもとで着実に社会資本の整備を進めてゆく必要がある。また,異時点間の資源配分を伴うという社会資本の基本的性格を踏まえ,資本の耐用年数との関係において世代間の負担の公平をいかに確保するかという点についても十分に検討する必要があろう。

3. 土地・住宅問題への対応

これまでにみたとおり,我が国の地価の高さやその上昇ぶりは極めて深刻なものである。現実の地価は,需要要因,供給要因が複雑に絡み合って決まっていることから,有効な土地対策を講ずるためには,なぜ根強い土地需要があるのか,なぜそれが特定地域に偏っているのか,なぜ土地供給が増えないのかといった土地の需給の観点が問われなければならない。

このため,通常の財貨・サービスの場合と同様に,土地・住宅問題の解決に当たっては,需給に基づく市場メカニズムの活用が基本である。しかし,土地は,①基本的に再生産ができない有限資源であること,②利用形態の転換に大きなコストを伴うこと,③ある特定の土地利用がその周辺の土地利用と相互に外部効果を及ぼし合うこと,④価格等取引情報が不十分であること,などの特性を持つため,その保有や利用を全面的に市場メカニズムに委ねることは適当ではないと考えられる。

こうした双方の観点から,一方では土地・住宅市場を歪め,土地の有効利用の障害となっている制度的要因について検討するとともに,他方では都市計画などの土地利用計画に基づき,長期的視野に立った土地の合理的な利用を進めることが重要である。

ここでは,土地・住宅問題に関する政策目標と政策手段を整理したうえで,土地・住宅市場に影響を及ぼす法制度,金融,税制などについて検討する。

(政策目標と政策手段)

土地政策の究極的な目標は,有限な資源である土地の合理的,効率的な利用を促進し,国民に豊かな生活を保障することであると考えられる。地価の抑制や土地の高度利用はそのための中間的な目標として位置づけられよう。

現在,住生活充実の最大のネックになっている大都市を中心とする高地価については,上昇を抑えるだけでは不十分であり,地価の引き下げを目指す必要がある。しかし一方,都市化が進み,社会資本が整備されるに伴い,土地の生産性が上昇すれば,その範囲内で地価が上昇することもまた避けがたいことである。こうした場合には,土地の生産性の上昇に起因する地価上昇によって生じた開発利益を適切に配分して,分配の公平を維持するための仕組みを整備することも重要であろう。

土地・住宅政策の政策手段としては様々のものがあるが,それらは時間的な視野の長さに応じていくつかに分類することが可能である。まず,急速な地価上昇が起こった場合,とりあえずこれ以上の上昇を抑えることが優先されなければならない。このためには,後述のように,土地に関する取引規制等が効果を発揮するものと考えられる。

次に,中期的な制度的対応としては,土地税制の活用や土地所有・利用関係の制度の見直しなどがあり,こうした政策により,土地の高度利用を進め,供給を促進することが可能となる。なお,これらの制度は,人々の居住形態の選択に影響を及ぼすことも考えれるため,いわゆる「庭付き一戸建」,借地上の持家,マンション,さらに住み替えのメリット等を考えての賃貸住宅など,人々の多様な居住形態へのニーズに対する関係制度のバランスにも留意することが重要である。

さらに,より長期の政策としては,鉄道,幹線道路の整備などとの整合を図りつつ,宅地供給促進施策を講ずるほか,土地の需要を分散することが重要である。第2節でみたように,今回の地価高騰局面では,東京への諸機能の集中によって東京の土地に対する需要が誘発された面が強かった。我が国は元来可住地面積が小さいため,その有効利用を図ることが重要であるが,近年の東京集中は,我が国全体としてみると国土利用の効率を次第に低下させてきている面がある。したがって,東京都区部に立地する国の行政機関等の移転を引き続き強力に進めるとともに,就業機会等の誘発効果が大きいと思われる企業の中枢機能の分散を促すような政策について検討を進める必要があろう。

(土地の高度利用の課題)

土地は全体としての物理的供給量が限られているから,大都市圏等においては適正かつ合理的な高度利用を図る必要がある。特に,東京,大阪など巨大都市においては,オフィス需要は引き続き大きく,また通勤可能圏内では大きな潜在的住宅需要もある。

東京など大都市は現在でも過密であり,これ以上高度利用を図ることは不可能であるという見方もあるが,現在の大都市の土地利用状況を容積率などの指標でみると,総じて低いレベルにとどまっている。例えば,東京都区部では,都市計画上与えられた容積率(指定容積率)の充足率は40.9%となっている。土地の高度利用のためには,道路,公園,上下水道,河川など都市基盤,インフラストラクチュアの整備が不可欠である。今,例として東京の道路率と容積率の関係をみると,商業地,住宅地ともに道路率が高い地域ほど土地の高度利用が進んでいるが,高度利用の進む度合いは道路率が一定以上になると,急速に進むことがわかる。特に住宅地の場合,道路率が30%程度までは容積率は100%台で推移しているが,それを超えると急速に高まる地域が多くなっている (第4-5-5図)。そこで,このようなインフラ整備の重要性を踏まえ,幹線道路の整備を促進するために,道路の上下空間利用に関し,道路と建築物の一体的整備のための法律改正が本年6月に行われた。

現在,東京など大都市においては,道路などはすでに供給が需要に追いつかないことも少なくなく,これが高度利用のボトルネックになってくる恐れもある。したがって,道路,公園,上下水道,河川などの計画的整備を行いつつ,高度利用を進める必要がある。

加えて,土地の立体的利用も積極的に進める必要がある。63年6月の「総合土地対策要綱」に基づき,大深度地下利用の制度化に関する検討が行われている。こうした制度の具体化を含め,政策的対応の進展が求められる。

(短期的な地価対策の効果)

地価の急速な上昇に対して,その当面の抑制を図るため,土地取引規制として,国土利用計画法に基づく監視区域等の指定とそこでの価格規制の制度があある。

58年ごろからみられた東京圏での急速な地価上昇は,63年には次第に下落地域が拡大するなどに至っているが,その要因としては,実需ベースで相当の高値感が生じたことのほか,東京都と神奈川県及び埼玉県の一部においてこの監視区域に係る届出対象基準面積が100m2とされる等,監視区域がかなり広範囲に指定されたことが効果を挙げたものと考えられる。また,金融機関に対する指導等が実施され,これにより土地関連融資の適正化が図られたことも効果があったと考えられる。

なお,以上のような対策は,主に投機的取引等による地価の急騰に対し,対症療法的に対応しようとするものであるから,地価上昇の構造的要因に対しては,併せて需給両面にわたる土地政策を総合的に実施する必要がある。また,適切なタイミングでこれを実施するためには,地価の動向についての迅速かつ正確な現状判断が必要であろう。

(土地の有効利用の金融的側面)

土地の有効利用の実現が容易でない背景には様々なものがあるが,土地所有者が有効利用するための資金やノウハウを十分持ち合わせないといった要因や,資産としての土地は金融資産と比較して流動性が低く,資産の細分化・小口化が難しいという要因も重要である。

こうした問題点を克服し,土地の有効利用を促進するための一つの手段として土地信託がある。土地信託は,土地所有者が土地を信託銀行に信託し,受託した信託銀行が資金調達,建物の建設・管理,賃貸等を行い,収益を土地所有者に配分するものである。我が国では,民有地について59年に制度が始まり,本年3月までの累計で1,000件を超える実績がある。また,国公有地についても61年から制度が発足した。土地信託には,①土地所有者の資金力が十分でなくても土地の有効利用が可能となる,②信託銀行の運用ノウハウが利用可能である,③土地売却を伴わないため地価を顕在化させない等の利点があると考えられる。

海外先進国では,このような金融的側面に関して不動産の証券化に係る制度とその利用が日本よりも進んでいる国があり,このような制度の日本での活用を考えるうえで参考になると考えられる。例えば,アメリカなどではモーゲッジ担保証券と呼ばれる金融資産が広く流通している。このなかには,不動産信託受益証券の一種であるパススルー証券や担保付きの債券であるペイスルー証券がある。また,オフィスビルなど商業用不動産の証券化も広く行われている。これにはパートナーシップや不動産投資信託(REIT)など不動産所有権を証券化するイクイティ型のものと,不動産を担保に債券を発行する債券型のものがある。

これに対して,我が国では,現在のところ,以上のような金融制度は一般に普及しているとはいえないが,制度面の改善が徐々に進んでいる。例えば,63年11月からは住宅ローン債権信託の商品性が改善され,金融機関が持つ長期の住宅ローン債権を流動化することが可能となった。今後とも取扱金融機関の拡大などを通じ,その普及が進むことが期待される。

不動産の証券化は,その手法の中に都市開発のディベロッパーなどが資金調達する手段として有用であるものも多く,不動産所有者にとっても土地の有効利用により運用収益を得られるといったメリットがある。さらに一般投資家にとっても,今後の制度発展によっては,小口資金で不動産からの収益を享受でき,投資対象が広がるという利点も生まれよう。なお,土地,住宅問題の解決のための制度の改善は,一部の人々の負担増を伴うことが少なくないといえるが,不動産の証券化は,ある意味では土地の運用資産としての側面を認めつつ,同時にその有効利用を図るためのインセンティブを付与しようとするものであるため,比較的その性質は少ないと考えられる。

(土地税制の活用)

土地税制,すなわち土地の取得,保有,譲渡に賦課される税の体系は土地の需要・供給や地価形成に影響する。したがって,土地税制のあり方も,土地・住宅問題の解決を考える場合重要である。近年,「総合土地対策要綱」やそれを受けた「土地基本法案」(本年3月閣議決定)などで土地税制の適正化がうたわれているところであり,現在は土地政策の一環として税制の活用を検討する一つの機会と考えられる。土地税制を活用するにあたっては,総合的な土地対策の一環として,関連する制度・施策の整備を踏まえて実施することが必要である。ここでは,各種土地税制のうち保有税,譲渡所得税及び土地に関連する相続税について,それらが果たしている効果を中心に考察しよう。

①土地保有税

固定資産税,特別土地保有税,都市計画税など土地保有税の問題は二つの問題からなる。第一は,市街化区域内農地の宅地並み課税の問題である。63年現在で三大都市圏の市街化区域内農地面積は65,000haで,市街化区域面積の10.6%を占める。これを固定資産税の適正化措置のとられている特定市に限定すれば,宅地並み課税対象農地の面積は43,000haあるが,実際に宅地並みに課税されているのはこのうちのわずか15.5%に過ぎない。

市街化区域内農地については,都市計画上は概ね10年以内に市街化を図るべき地域として位置づけられており,いつでも届出のみで宅地に転用売却できることとされているにもかかわらず,固定資産税等が農地並みの課税になっていることへの不公平感の指摘がある。また,良好な都市及び住環境を重視する立場からは,宅地並み課税について,都市基盤整備を伴わない場合には,農地の切り売りを招き,良好な市街地形成を阻害する恐れがあるとする意見もある。

東京等大都市地域の市街化区域内農地は,都市に残されたまとまりのある貴重な空間の一つであり,近年の大都市圏における著しい住宅地需要を考えると,宅地供給の素地としてもその果たす役割は極めて重要である。このため,「総合土地対策要綱」に規定されているように,まずは生産緑地地区等都市計画において宅地化するものと保全するものとの区分の明確化を図ることが基本であり,その上で農地にかかる税制の見直しを検討する必要がある。これによって,宅地の供給が増加すると期待される。第二に,保有税が全般的に低いかどうかという問題がある。我が国の土地保有税の代表格として固定資産税の税率をみると,土地の固定資産税評価額に対する基本的な税率は1.4%(標準税率)となっている。ここで,全国,三大都市圏,東京圏のそれぞれについて,平均的な敷地面積と床面積を持つ一戸建て住宅の年間固定資産税額及び都市計画税額を試算してみると,例えば全国平均では年間69,100円となっている(第4-5-6表)。

近年評価額が実勢価格を大幅に下回るようになっており,その結果,土地の実勢価格に対する税負担は次第に低下していると考えられる。民間部門の土地資産額(国民経済計算ベース)に対する固定資産税(土地)の年間税収の比率をとり,その推移をみた。まず全国平均でみると,62年度においては0.14%,このところのピークである52年度においても0.24%に過ぎない。また,地価上昇の著しい東京都についてみると,この比率の低下はさらに顕著であり,62年度では0.07%にまで低下している(第4-5-7図)。

土地の保有に対する一般的な税としての固定資産税については,その市町村税収総額に占める割合が長期的に低下傾向にあること等にかんがみ,その評価の均衡化,適正化を通じて,中長期的にその充実を図ることが必要である。

②譲渡所得税

譲渡所得税はキャピタルゲインに対する課税であるが,キャピタルゲインが実現された時点で課税されることから,土地の売り渋りを招き,長期的に土地供給を抑制する効果を有するとの指摘がある。他方,譲渡所得税は土地処分による所得に税負担を求めるものであるから,土地投資の税引き後の期待収益を減少させ,土地を投資対象とする需要を抑制する効果もあることに留意する必要がある。

譲渡所得税の土地供給抑制的な効果を回避するための理論的方策としては,未実現のキャピタルゲインを譲渡所得税の課税対象とするとの考え方があるが,実現していない利益に課税することは場合によっては居住や営業の継続を困難にするといった問題があろう。また,未実現のキャピタルゲインへの課税と類似の経済効果を有する保有課税を活用することについてもあわせて検討することが必要である。

現行の我が国の土地譲渡所得課税は,投機的な需要ないし投機的土地取引を抑制する効果等に配慮したものとなっている。すなわち,我が国の譲渡所得課税においては長期保有(5年超)の土地の譲渡益に対する税率よりも短期保有(2年超5年以内)の税率が,また,短期保有よりも超短期保有(2年以内)の税率が高くなっている。特に超短期保有の土地譲渡益に対する重課制度は,いわゆる土地転がしによる仮需要を抑制するための措置として昭和62年9月の税制改正により導入されたものである。

いずれにせよ,土地譲渡所得税のあり方については,譲渡所得税の土地の需要・供給両面への影響という資源配分上の観点,土地の有効利用の促進という政策的観点,他の所得との権衡上,土地譲渡所得に対してはどのような税負担を求めるべきかという公平性の観点をともに踏まえ,総合的な検討を行っていくことが必要であろう。

③相続税

相続税課税における土地の評価水準は,課税上の評価であることや評価の安全性等の見地から,市場価格等に比べてある程度低い水準になることは理解できるが,現状における評価水準は,これを考慮してもなお開きがあるものがあり,特に最近の地価高騰地域においてその傾向が著しい。このため,土地が資産の中で相対的に有利になるため,相続税の課税上問題が指摘されていた。そこで,昨年12月の税制改正において,上述の不動産の実勢価額と相続税評価額とに開きがあることに着目した相続税の税負担回避問題に対応するため,相続開始前3年以内に取得した土地又は建物については,取得価額により課税する措置が講じられ,これによって土地の形での相続の節税メリットは従来より縮小した。いずれにしても,相続税課税における土地の評価については,引き続きその適正化を図る必要がある。

また,「総合土地対策要綱」においては,土地の有効・高度利用促進の観点から,市街化区域内農地の宅地化を推進することに関連して,市街化区域内農地のうち保全すべき農地として都市計画上明確な位置づけ措置がなされないものについて,相続税の納税猶予制度を見直すなど,取扱いの適正化を図ることとされている。

(借地・借家法の経済効果と改善の方向)

我が国では従来から持家指向が強いといわれてきた。住宅の所有関係別住宅数をみると,我が国の持家の比率は61.4%(63年)と,アメリカ,イギリス等と比較すると,特別高いわけではない。しかし,意識調査などをみると,持家志向は依然として極めて高く,現実と理想とのギャップが依然として大きいことを示している。住宅を購入するか,借りて住むかの選択は,国民の選好の違いを反映しているが,その選好形成の背後には制度の問題が重要な役割を演じていると考えられる。我が国で持家志向が強いのは,文化的,社会的要因のほか,経済的な要因も重要である。

国民の持家志向には根強いものがあるが,バランスのとれた住宅供給を実現するためには,良質な借家が豊富に供給されることも必要である。そのための制度面の条件としては,合理的かつ安定的な借家関係秩序の確立が必要である。同様に,借地についても,借地に対する多様なニーズに対応した供給がなされることが必要である。

借地法・借家法に関する審議が60年より法制審議会で開始されており,これまでの審議の結果に基づき,改正試案が提示されているが,そこでの主な論点の一つに,現行法のもとで許容される借地・借家関係の形態が画一化されている点を改め,更新のない借地権(定期借地権)等の新たな形態を認めることが挙げられている。もちろん,両法の改正は,当事者間の利害の公平な調整を目的とするものであるが,上記の点は,結果として借地,借家の供給に関する問題の解決に貢献するであろう。特に,定期借地権制度の下では,土地保有者の借地供給のインセンティブが高まることが期待され,あわせて,権利金が現行より割安になる効果をも期待できよう。

(土地,住宅市場関係の情報整備)

ストック市場のなかで,株式市場,公社債市場など金融市場が組織された競売(オークション)市場を形成しているのに比較して,土地市場や中古住宅市場は相対(あいたい)取引の場としての性格が強い。これは土地,住宅の取引量がストック総量のごく一部でしかないこと,個々の土地や住宅の商品価値が形状,立地など様々の属性によって異なり,画一的な価格付けが困難なこと等がその理由である。

現状,地価については,地価公示法に基づき全国約17,000地点の,また都道府県地価調査として全国約25,000地点の地価がそれぞれ年1回調査,公表されている。また,民間調査機関の調査も利用可能である。しかし,我が国の地価データは,時系列的にみる場合に年次データしか利用できないといった問題点がある。今回の地価高騰を契機に,国土利用計画法の監視区域に指定された地域では四半期毎に調査を行うようになっているが,第2節でみたように地価の変動にはマクロ的な要因が深く関与しているから,今後,機動的かつ適切な政策的対応がとれるように,地価関係データを充実していくことが必要である。併せて土地取引関係等のデータも蓄積していく必要があろう。

(土地需要の分散政策)

第2節の地価形成の分析からも明らかなように,土地問題解決の根本的な解決策は土地需要の分散に求められるが,人口や高次都市機能の東京集中は依然として続いていると考えられる。

政策的な諸機能の地域再配置の歴史を振り返ると,30年代以降,新産業都市,工業整備特別地域の整備などを通じて工場の分散には一定の成果があがったと評価されている。また,筑波研究学園都市や関西学術研究都市の建設等により,研究所の分散も進みつつある。しかし,企業の本社など中枢機能はむしろ東京への集中が進んでいると考えられる。今回の地価高騰はまさにこれを背景とするものであった。

企業の中枢機能の分散策としては,まず第一に企業が東京に集中する一因と考えられる国の行政機関等について,東京圏内での再配置や東京圏外への分散を図る必要があり,総合土地対策要綱,閣議決定(63年7月19日)等に沿った国の行政機関等の移転を今後とも着実に推進する必要がある。

第二に,政策的に企業立地を誘導したいと考える地域には,従業員の生活基盤や事務所立地のためのインフラ整備などを推進することが考えられる。また,都市の集積が進んでいる地域には,都市集積の受益に対応した負担制度について税の活用の可能性を含め検討する必要がある。東京への集中は,個々の企業にとっては合理的な行動であるかもしれないが,一方で,混雑をもたらすなど一種の外部不経済が発生しており,経済全体でみると合理的とはいい難い面がある。これらの施策の組合せによって,企業が地域ごとの立地条件を勘案しながら最も有利な地域に移転するいわゆる「足による投票」行動を促し,全体として国土の効率的利用を促進する効果を期待できると考えられる。

それらがどの程度の定量的効果を持つか計算することは簡単ではないが,企業にとってのインセンティヴの大きさについて,一つの目安を示す参考資料として,現在東京に立地している企業に対する移転可能性についてのアンケート調査を紹介する。これによれば,まず,移転先都市として,東京近郊のいわゆる業務核都市を想定した場合は,現在のままだと僅か2.3%の企業が「本社の移転を考えてもよい」としているに過ぎないが,もし,東京からの交通が整備され,オフィス賃料が下がり,産業・生活基盤が整備された場合には,「移転を考えてもよい」とする企業の割合は21.8%に高まる。しかし,移転先都市として地方中枢都市を想定した場合は,たとえこのような優遇措置をとっても企業の判断にほとんど変化はみられないという結果になっている。この結果から,「足による投票」を促すための政策は,東京圏内での分散については一定の効果が期待できるといえよう (第4-5-8図)。