平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第4章 日本経済のストック化
ストック化の進展を現象面からとらえると,各種資産の残高や取引の量が拡大すること,特にそれがGNPなどフローの経済量との比較において大きくなることであると考えられる。まず,国民経済計算等により,国民資産の構成がどのように変化してきたか,またストック規模のフローの経済活動に対する比率がどう推移してきたか概観しておこう。
(国民総資産の構成と推移)
我が国の国民総資産残高は62年末で5,338兆円にのぼる。ストックのなかで統計的に把握しにくい人的資本,技術知識,自然環境などを別とすれば,これは日本経済のストック規模を最も広範囲にとらえた概念といえる。このうち,2,510兆円が実物資産ストックで,これは資本ストック,住宅,在庫に土地等を加えたものである。また残りの2,829兆円は金融資産ストックで,預貯金,債券,株式等からなる (第4-1-1図)。
62年末の国民総資産規模は,62年1年間に生み出された付加価値の合計であるGNPの15.5倍に相当する。この国民総資産・GNP比率の推移をみると上昇トレンドがかなり明瞭にみられる。すなわち,45年には8.1倍であったものが,55年には11.0倍に高まり,さらに62年には15.5倍に高まってきている。したがって,この比率でみればストック化は急速に進んでいることになる。しかし,ストック化を適切に位置づけるには,国民総資産の中身をもう少し詳細に検討してみる必要がある。
国民総資産の構成をみると,金融資産の構成比が徐々に上昇している。すなわち,45年末には金融資産のシェアはちょうど50.0%であったが,62年末には53.0%へと高まっている。金融資産はいうまでもなく究極的資金供給者(貸手)から究極的資金需要者(借手)への資金の流れを媒介するものであるが,金融制度の発達や近年の規制緩和の下,金融資産の多段階化が進んでおり,これが金融資産残高を増加させていると考えられる。さらに,後にみるように,金融資産の名目残高が近年の株価の上昇などによって膨らんでいることも,金融資産のシェア拡大につながっていると考えられる。
ミクロ的に眺めると,近年,全体としては貯蓄超過主体である家計も,個々の家計は資産側,負債側を両建てで増やす傾向がある。身近な例では,銀行の総合口座を使って,定期預金を担保に貸越を行ったり,不動産や株式を担保に金融機関から借入を行い,これを金融資産で運用するなどである。一方,法人企業についても,全体としてみれば投資超過主体であるが,やはり資産,負債両立てで蓄積を増加させる傾向がある。こうした家計や企業の行動の結果として,金融資産を単純に合計した総金融資産は急速に拡大しているが,両建て分を相殺したネットの金融資産の伸びは相対的に小さいとも考えられる。こうした点は第3節で詳しく検討する。
なお,比較のためアメリカの国民総資産・名目GNP比率をみると,1987年で8.0倍となっており,我が国の場合の15.5倍と比較すると,半分程度の値になっている。しかも,アメリカの場合には比率の上昇も極く緩やかなものにとどまっている。比率の上昇の背景には金融資産残高の拡大があり,この点は我が国と共通である。
(国富の構成と推移)
金融資産は,外国に対する請求権である対外資産を除くと,国内のだれかの負債に対応しているから,日本全体でみた正味資産(国民純資産),すなわち「国富」としては,結局のところ国内実物資産と対外純資産が残る。国富の規模は62年末で2,546兆円となっている。
国富の名目GNPに対する比率の推移をみると,45年の4.1倍から62年の7.4倍へと上昇しており,その間上昇,下降の波はあるものの緩やかに高まっている。こうした振れは,ひとつには地価の変動の影響を強く受けるからであり,40年代後半や60年代初頭の地価高騰期に大きな上昇がみられる。国富のGNP比率は,国富というストックが生産要素として投入され,GNPというフローを産出するという,マクロ的な投入・産出関係を示しているとみることもできる。
国富の構成をみると,土地のシェアが従来から高いが,近年そのシェアはますます上昇している。土地は,45年当時においても国富の55.0%とすでに過半を占めていたが,62年末には国富の64.3%と3分の2近くを占めるまでに膨らんでいる。土地は再生産不可能な有形資産であり,資産価値の増加分を宅地開発など土地に対する投資による部分と地価上昇等による部分とに分けると,後者が圧倒的に大きい。しかも,土地は基本的には非貿易財であるから,地価上昇によって土地資産が名目的に拡大しても,わが国の購買力が増加するというわけではない。したがって,名目的な資産価値の増加による国富の「水膨れ」は,国民生活の豊かさに直接結びつくものではない。
土地のウエイトの高さは以前から日本経済のストック面の大きな特徴となっているが,最近の地価高騰でその傾向は一層顕著になったといえる。アメリカ及び西ドイツの国富の構成と我が国のそれを比較してみると,土地等再生産不可能有形資産は,アメリカで国富の24.2%(1987年末),西ドイツは37.0%(1980年末)を占めるのに対し,我が国では66.2%(1987年末)と極端に高いといえる。
日本の地価水準は,後にみるように,制度的な要因や投機,予想形成などによって影響を受けていると考えられ,また土地自体の面積はほとんど変わっていないため,国富から土地を除いてみる方が,ストック・フロー比率として適切であるという見方もできる。
(純固定資産の構成と推移)国富から土地を除くと,残りの大宗は純固定資産で,その残高は62年末で758兆円(国富の29.8%)である。このうち,住宅ストックは174兆円(国富の6.8%)であり,残りは工場,事務所,機械設備,公共施設などに対応するもので,584兆円(国富の22.9%)である。純固定資産のGNPに対する比率の推移をみると,45年の1.3倍から55年には2.2倍へと,50年代前半までは着実に高まったが,50年代後半以降はほとんど横這いで推移している。
純固定資産の名目GNP比率は,アメリカでは1987年において1.8倍であり,我が国の2.2倍よりやや低いが,比率の上昇がみられない点は我が国と同様である。構成については,住宅ストックの比率が高く,住宅以外の工場・設備にほぼ匹敵する高さであり,住宅ストックの構成比が低い我が国と対照的な姿になっている。
純固定資産・GNP比率は,投入・産出関係の観点からみると,広義の資本係数であるとみることができる。一方,通常使われる資本係数は,企業資本ストックのGNPに対する比率である。資本係数は,1単位のGNPを生み出すためどれだけの資本ストックが必要かを表わしている。平均資本係数(ここでは住宅以外の純固定資産のGNP比)の推移をみると,40年代前半までは1をやや下回る程度で低位安定していたが,40年代後半以降ほぼ一貫して上昇し,62年には1.7にまで高まった。これは,資本集約的な産業のウエイトの上昇や非製造業での資本装備率の上昇,1970年代の石油価格上昇を背景としたエネルギーから資本への要素代替などがその理由として挙げられる。
以上をまとめてみると,マクロレベルのストックが急速に拡大し,フローである名目GNPに対する比率が急速に上昇してきたのは,実質量はほとんど増えていない土地の価格上昇と,対外純資産を除けば国内では相殺されてしまう金融資産の拡大によるところが大きく,それらを除いてみると,ストック・フロー比率の上昇テンポはずっと緩やかになり,特に50年代後半以降はほとんど比率の上昇はみられない。
(金融資産と実物資産の関係--金融連関比率)
それでは金融資産の蓄積は実物資産の蓄積とどのように関係しているであろうか。金融資産残高の実物資産残高(土地等を除く)に対する比率(以下,「金融連関比率」という)の推移をみると,45年の2.4から49年の2.0へ低下した後,50年代にはほぼ横這いで推移し,さらに56年前後から再び増加し,62年には3.4となった (第4-1-2図)。
金融連関比率を規定する要因としては次のようなものがある。
第一に,金融の制度的な特徴の影響で,直接金融と間接金融の比重が重要である。すなわち,完全な直接金融システムでは究極的な資金需要者が発行する本源的証券が究極的資金供給者によって保有されるから,実物資本ストックの蓄積が仮に全部外部資金によって行われたとしても,金融資産の残高はたかだか実物資産ストックと同規模になるに過ぎない。一方,完全な間接金融システムでは,本源的証券のほかにこれと同量の間接証券が金融機関によって発行されるから,金融連関比率はその分高くなる。現実の金融システムは直接金融と間接金融の混合したものであるから,その比重が金融連関比率を決める重要な要素になる。例えば,アメリカは日本に比較して直接金融の比率が高いが,これはアメリカの金融連関比率が日本よりも低いことに反映されていると考えられる。
一方,最近の金融革新や金融自由化にともない,またいわゆる金融のセキュリタイゼーションにより,既存の債権・債務関係を証券化して流通させる新しいタイプの金融資産が登場しており,金融の流れは次第に多段階になってきていると考えられる。例えば,信託,投資信託や抵当証券などである。第5節で述べるような土地等不動産の証券化なども金融連関比率を高める方向に作用するであろう。
第二に,金融資産を発行して調達した資金が投資活動,すなわち資本蓄積に使われるか,消費に使われるかが重要である。我が国企業は高度成長期においてはもとより,今日でも高い設備投資意欲が維持されている。また家計が銀行借入などで調達した資金は,従来は住宅購入に使われる割合が高かった。設備投資も住宅投資も実物資産の蓄積に直接つながるものである。さらに政府については40年代までは国債を発行する場合でも社会資本整備に使われる建設国債が主体であった。
しかし,近年,消費者信用は割賦販売やクレジットカードの利用など住宅ローン以外のものも急速に残高が増えており,企業も資本市場等で外部調達した資金を,設備投資ではなく金融資産で運用する場合も多くなっている。また政府部門では経常支出をまかなうための赤字国債の発行残高が増加してきた。このような家計,企業及び政府の金融行動の変化は,金融連関比率を高める方向に作用していると考えられる。
第三に,資金需要者の資金調達方式の違いがある。企業が設備投資資金を内部留保の取崩しで賄う比率(内部金融比率)が高いほど,金融連関比率は低くなる。我が国では,企業の財務政策上,伝統的に配当性向が低く,内部留保重視型であったから,この要因は金融連関比率を低くする方向に作用してきたと考えられる。一方,家計の場合は,貯蓄の取崩しに加えて,金融機関借入などで資金調達するケースが増えており,企業と逆に金融連関比率を高める要因になっていると考えられる。
第四に,企業間信用の動向が重要である。我が国の資金循環をみると,高度成長期には企業間信用の比重が高かった。これは金融連関比率を高くしていたと考えられる。しかし,近年企業間信用は相対的に圧縮されてきており,このことは金融連関比率の低下要因ないし上昇抑制要因として働いていると考えられる。
第五に,こうした金融構造の問題とは別に資産価格変動の影響がある。特に後にみるように地価上昇が株価を押し上げている面があること,また地価の上がった土地を担保に借入が増加する可能性などを考えると,土地の影響が重要である。この点を考慮して,土地を実物資産に含めた場合の金融連関比率の動きをみると,上昇トレンドは明瞭にはみられないことが確認できる。
(資産取引規模の増大)
資産残高の増大に伴い,資産取引規模も急速に増大している。特に,金融資産取引高は63年1年間で,コール,手形,譲渡性預金(CD),コマーシャル・ペーパー(CP)など短期金融市場の取引高が6,000兆円強(売買の一方のみカウントする片道計算,以下同じ),公社債売買高が現物,先物合わせて4,000兆円強,株式売買高が現物,先物合わせて500兆円弱にのぼり,外国為替市場の出来高500兆円強と合わせると合計で1京円(京は兆の1万倍)を超える資産取引規模となっている。取引高の拡大テンポも非常に速く,55年以降では年率36%の高い伸びで拡大してきたことになる。なかでも,第4節で述べるように公社債市場におけるバンク・ディーリングを中心とした売買高は現物取引に限っても55年と比較して15.5倍にも増加している (第4-1-3表)。
一方,実物資産取引の規模はこれよりはるかに小さい。例えば,不動産取引高を税務統計から推計すると,62年度において26兆円と金融資産取引規模の400分の1以下に過ぎない。また,伸び率でみても55年度から62年度の間の年平均伸び率は10.3%であり,相対的に緩やかな拡大テンポとなっている。
資産取引規模の増加が実体経済にどのような影響を与えるかは必ずしも自明ではない。資産価格と資産取引の関係を考えてみると,資産取引の活発化が資産価格変動を大きくするという例もないわけではない。例えば,土地市場のように取引情報の限定された市場では,取引の活発化自体がそうした資産の価格を上昇させるという考え方も成り立つ余地がありうる。しかし一方では,むしろ資産価格が上昇する,または下落するという予想が支配的になった時に,キャピタルゲインを求めて取引が活発化する可能性もある。こうしてみると,資産取引と価格形成の因果関係は双方向的であると考えられる。
このように日本経済のストック面は国民総資産でみると急速な拡大がみられ,ストック化の進展が顕著であるようにみえるが,金融資産を除き,さらに土地を除いてみると,ストックのフローに対する比率はそれほど顕著に高まっているわけではない。ここではそうした問題に関連して,資本減耗の速さ,住宅ストックの質的問題,キャピタルゲインによるストック規模の見かけ上の拡大,といった諸点について検討を加える。
(資本減耗の速さ)
日本経済のストック化の過程での問題としては,まず,実物資産,特に資本設備,住宅,耐久消費財などの資本減耗の速さが指摘されよう。我が国は高度成長期より貯蓄性向が高く,長期的にそれが投資され,資本蓄積にまわされてきた。既存のストックは物理的に劣化していくほか,途中でスクラップされることもあるから,資産蓄積のスピードは,毎期の粗貯蓄,粗投資から資本減耗と除却分を差し引いた純貯蓄,純投資によって規定される。先にみたようにマクロ的にみて純固定資産の名目GNP比に上昇がみられないということは,日本の純貯蓄率,純投資率が粗貯蓄率,粗投資率と比較してかなり低い可能性があることを示唆している。
企業資本ストックについては,資本の平均的な年令(ヴィンテージ)が高くなるにつれて,設備が除却される比率が高まっていると考えられる。フローの次元では,毎期の総設備投資の中で除却された分だけ更新され,残りが新設投資であるとみなすと,総設備投資のなかで更新投資の占める比率が高まっているということにほかならない。資本ストック統計により更新投資比率を試算すると,年によって振れはあるものの,長期的には上昇しており,63年には42.9%となった。また,過去のある時点における新設投資が一定期間後に更新投資となってあらわれる(エコー効果)と仮定して,資本ストックの平均更新期間(平均寿命)を推計すると,最近では全産業平均で13年程度になっており,50年代後半と比較するとやや短期化してきている。
更新投資比率の高さを評価するには,技術進歩との関係が重要である。一般に資本ストックの増加は毎期の粗投資から設備除却分を差し引いたものに等しいが,この除却分を埋め合わせる更新投資が活発に行われ,資本の平均年令が若いほど技術進歩を体化しやすいと考えられる。この観点からは,資本ストックの場合には,更新期間が短いことは,ほぼそのまま資本の質が高いことを意味するから,経済成長等の観点からはむしろ望ましいことといえる。
一方,住宅ストックについても,そのネットの増加率が低下してきている。例えば,58年から63年にかけての5年間の累計で733万戸の住宅が建設されているが(住宅着工統計により推計),ストックとしては343万戸の増加にとどまっている(住宅統計調査)。したがって,この間に建設された住宅の53.2%が建替えによるものであるとみなされる。この建替え率は,48~53年の43.5%,53年~58年の51.4%と比較して次第に上昇していることがわかる。
さらに,58年から63年の間に滅失した住宅の建築時期別の滅失率(58年の住宅ストック数に対する滅失住宅数の比率)を試算すると,戦前の建築のものが26%,戦後30年代前半までのものが20%,30年代後半から40年代前半のものが13%,40年代後半から50年代前半までのものが7%となっており,戦前のものは当然としても,戦後建築のものの滅失率もかなり高い。この背景として,我が国の住宅の場合,木造建築,特に復興期に建設され粗製な木造建築が多かったことなどもあって,平均耐用年数が短く,資本減耗が高いことが影響していると考えられる。このように,我が国では粗住宅投資率が高いわりに,純住宅投資率は低い水準にあるといえよう。
我が国の住宅の平均耐用年数が国際的にみても短いことは,住宅ストックの建築時期別分布の国際比較からも類推できる。すなわち,我が国の場合,1988年における住宅ストックを建築時期の古い順に並べた場合の中央値となる住宅の建築時期は1970年代前半であるのに対し,アメリカの1984年の住宅ストックでは1950年代,イギリスの1986年の住宅ストックでは1940年代後半と,我が国よりもはるかに古い。我が国の場合,戦災による家屋の焼失,大都市への人口移動などの要因は別にあるものの,我が国の住宅の平均耐用年数はこれらの国と比較して,かなり短いのではないかと推定される(第4-1-4図①)。ただし,我が国においても,47~48年頃の住宅建設ブームの時期などにはストックの蓄積も戸数面では順調に進み,結果として住宅の平均年齢はこの頃を境に高くなっていると推量される (第4-1-4図②)。
さらに,耐久消費財については,国民経済計算上は消費に分類され,国民資産としては計上されていないが,自動車など主要な耐久消費財は通常1年を超えて使用されることから,これを資産とみることもできる。主要耐久消費財ストックの残高は,62年末で55兆円(国富の2.2%に相当する)であり,GNP比は,56年には15.1%であったものが,62年には16.0%とわずかに上昇がみられるにすぎない。フローの耐久消費財消費支出が旺盛であることを想起すると,ストックの伸びはいかにも小さい。その理由としては,第一に平均更新期間(物理的な耐用年数ではなく実際の使用年数)が短いことがある。例えば,耐久消費財残高の伸び率と耐久消費財購入額・残高比率から耐久消費財の平均更新期間を推計すると,最近は5~6年程度であるとみられる。第二に,第一の点と関連して主要な耐久消費財の普及率がすでに飽和水準にまで高まっていることもあり,買換え需要中心になっていることも影響していると考えられる。
耐久消費財や住宅ストックの資本減耗のスピードが速いことをどう評価すべきであろうか。これは,我が国の消費者が,これらの財を頻繁に買い換え,結果としての平均更新期間が短くなっていることを意味する。これが望ましいかどうかは,資本ストックの場合ほど自明ではない。耐久消費財の技術進歩の程度は財によって大きく異なるであろうし,住宅については陳腐化の速度は総じてそれほど速いとは考えられない。特に住宅の場合には,一般的には建て替えによって質の向上が図られていると思われるが,良質で耐久性の高いストックを形成することが都市づくりなどにおいて外部経済効果を発揮することも十分考えられるところから,ストックの減耗スピードが速いことは必ずしも望ましいとは判断できないであろう。
(住宅ストックの質の問題)
住宅ストックについては,資本減耗の速さの問題に加えて,広さなど住宅の質的な面での充実が依然大きな問題である。我が国の住宅ストックの水準は戸数でみた量的な面ではすでに40年代から満たされている。その後,量的充足はますます進展し,63年における全国の住宅戸数は4,204万戸で,総世帯数3,785万世帯を大きく上回っている。しかし,住宅の広さといった質的な面では依然として問題が残っている。
我が国の住宅(専用住宅,以下同じ)ストックの1戸当たり平均延床面積は63年で85.6m2となっており,53年の75.5m2,58年の81.6m2と比較して徐々に広くなっているものの,例えば,持家と比較した借家の狭小さの問題がある。もちろん借家には若年単身者,夫婦のみ世帯向けなど小規模なものを多く含む傾向があるが,例えば63年において,持家の平均延床面積が112.7m2であるのに対し,借家のそれは43.5m2と持家の広さの39%に過ぎない。借家の規模自体は53年で40.6m2,58年には42.9m2であり,やや改善がみられるものの持家との格差は縮小していないといえよう。
さらに,大都市圏と地方圏の住宅に質的格差がみられる。例えば63年において平均床面積が全国平均で85.6m2であるのに対し,東京圏では67.6m2,大阪圏では74.7m2と格差が大きい。しかも,東京圏を中心とした地価高騰などもあって地域格差の改善はみられず,例えば,全国平均に対する東京圏の比率は53年78%,58年78%,63年79%と足踏みしている。大都市圏は借家が多いといった要因はあるものの,この格差には問題があろう。
(資産価格上昇とキャピタルゲイン)
近年我が国では資産価格の上昇によって発生するキャピタルゲイン(ここでは未実現のものを含む。以下同じ)の大きさが無視しえない規模に達しており,それがストックの見かけ上の規模を膨らませている。国民経済計算によって,土地と株式のキャピタルゲイン(法人企業部門及び家計部門の調整勘定による。これは,期首から期末にかけての資産残高の増加分のうち,投資などの資本取引によらない部分に相当する。)を試算すると,61年以降,急にキャピタルゲインの規模が増大し,61年には土地から236兆円,株式から121兆円,また62年には土地から359兆円,株式から99兆円のキャピタルゲインが発生している。また,63年中に発生したキャピタルゲインを推計すると,土地のキャピタルゲインは132兆円と地価上昇の沈静化を反映して62年より減少したが,株式については184兆円と大幅に増加している(第4-1-5図)。
このようなキャピタルゲインは,一部は実現され,残りは未実現のまま含み資産として蓄積されていく。一般にこの両者を定量的に把握することは簡単ではないが,法人企業部門に限定して,その保有する土地と株式の時価と簿価の差という形で含み資産の規模を試算すると,60年以降累積的に拡大していることがわかる。63年末の含み資産は,土地について342兆円,株式について170兆円,併せると500兆円強に達している。もとより,こうした含み資産も,現に事業用に使用されている土地などであれば,直ちに売却してキャピタルゲインを実現することはできない。しかし,膨大な含み資産を担保として利用すれば,例えば多角的な事業展開やリストラクチャリングのための外部資金調達が容易になるし,また将来の経営リスクに対する実質的な保険としても機能しよう (第4-1-6図)。
ストック化が進むと資産が誰によって保有されているかが重要な関心事になる。資産保有の不均等分布は,資産から発生するサービスフローの多寡にも影響を与え,ひいては所得の不平等をももたらす可能性がある。特に,60年代に入ってからのように,資産価格の大幅な上昇が一旦起きると,莫大なキャピタルゲインの帰属の仕方によっては,資産格差は一気に拡大する可能性がある。ここでは,資産格差の動向を金融資産と実物資産の双方についてみてみよう。
(金融資産格差の動向)
まず,貯蓄動向調査(全世帯)により,金融資産保有の分布をみよう。金融資産の分布をみる場合,①資産から負債を差し引いた純金融資産でみるか,差し引かない総金融資産でみるか,また,②金融資産の分布自体をみるのか,所得階級別の金融資産保有の分布をみるのかで評価が異なってくるが,いずれも一長一短があるので,ここではこれらを併せみることにする。
さて,実際の分布をみるといくつかの特徴がみられる。まず第一に,所得分配と比較して資産分配の不平等度のほうが高い点である。これは従来よりどの指標でみても共通にいえることである。例えば,63年の所得分布及び資産分布の不平等度をジニ係数(付注4-1参照)でみると,所得分布のジニ係数が0.19であるのに対し,総資産自体の分布のジニ係数は0.51,また,総資産の所得階級別分布のジニ係数は0.25となっており,いずれの指標でみても所得分布のそれより不平等度が高いことを示している (第4-1-7図①,②)。
第二に,時系列的な動きをみると,どの指標でみるかで動きが違ってくる。純資産自体の分布は,55年から62年まで不平等度の明瞭な低下はみられないが,63年は低下した。一方,総資産自体の分布と,純資産及び総資産の所得階級別分布は,55年から60年にかけては不平等度が低下し,その後,60年から62年にかけてやや高まったが,63年には低下した。
(実物資産格差の拡大)
最近の株価上昇などを考慮するとやや通念と異なるかもしれないが,金融資産については60年以降格差の拡大は明瞭にみられない。資産格差としては金融資産ばかりではなく実物資産の格差も同時にみる必要がある。金融資産の蓄積が進んだ家計では,これを土地,住宅など実物資産への投資に振り向けている可能性もありうるからである。
そこで,今度は実物資産の保有分布をみよう。実物資産,特に土地資産の保有分布については包括的なデータは現在のところ存在しない。そこで,住宅統計調査により,土地資産のうち,宅地に限定して敷地面積別及びその資産価値別の住宅数(世帯数)の分布をみることにする。まず,58年における住宅の敷地面積単位でみた土地資産分布をあらわすジニ係数をみると0.41であり,同年の所得分布のジニ係数や,先にみた金融資産分布のジニ係数よりも高くなっている。
次に,同じデータを使うと宅地の資産価値の分布を推計することができる。ここでは58年を基準として敷地面積別住宅数分布が変わらないと仮定したうえで,これに都道府県別の宅地の58年と63年の公示地価を乗じることによって分布の状況をみた。これによると,59年から63年にかけての地価上昇により不平等度が高まっていることがわかる。具体的には58年に宅地資産価値分布のジニ係数が0.43であったのに対し,63年のそれは0.53と上昇している(第4-1-8図)。
以上は宅地保有世帯だけを取り出し,そのグループのなかでの土地資産分布を表しているが,現実にはこれ以外に借家世帯や共同住宅居住世帯があり,これら世帯が宅地を保有していないとみなしたうえで,宅地を保有する世帯と宅地を保有しない世帯とを合わせて全体の分布状況をみると,ジニ係数は,58年の面積単位では0.66,その資産価値ベースでは58年で0.67,63年で0.73となる。このような試算結果は,近年の地価上昇の大きさ及び上昇の地域間の不均等が背景にあることを示している。
地価上昇に伴い,土地資産に関する「持てる者」と「持てない者」の間の格差は,特に住宅問題として無視しえない問題となっている。土地資産保有の不均等を論ずるには,次のような点が重要であると考えられる。
第一に,地価は近隣での社会資本整備などで上昇することが多く,そのキャピタルゲインは不労所得の性格が強いと考えられる。したがって土地資産の保有が一部に偏っていると,社会全体の不平等感が高まるとともに,勤労意欲の減退など,経済活動全般にも悪影響を及ぼす可能性がある。
第二に,地価の水準や上昇率は地域によって異なるため,たとえ土地面積の分布が一定であっても,その上昇率格差が資産分配をさらに悪化させる可能性がある。今回の地価上昇は東京圏の異常な高騰に対して,地方圏では上昇率が低く,その結果キャピタルゲインの発生の偏在が生じた。例えば,61年初めから62年末にかけての2年間に発生したキャピタルゲイン(宅地開発など土地に対する投資による価値増加を含む)の85.5%が東京圏(1都3県)で発生したものと推計されている。
第三に,住居など自ら実際に利用する必要を超えて土地の保有が少数の世帯や企業のもとに集中されるようになると,土地が運用資産として取引される傾向が強まる可能性もあり,ひいては土地の投機的需要を刺激して必要以上の地価上昇を招くことにもなりかねない。
なお,土地の価格の上昇は土地を担保として利用しない限り,現にその土地を利用する者に何らメリットをもたらさないという点にも留意することが必要である。
(資産格差の評価)
以上で使用したジニ係数は,資産保有分布の状況を単一の数量で表す簡便な指数ではあるが,この指数をもってどの程度の資産格差であれば許容できるかといった評価を行うことは困難である。社会全体の資産の大きさを極大化することとそれを均等に分配することはしばしば二律背反の関係にあると考えられている。したがって,社会やその構成員が資産格差に対してどの程度厳格かという価値判断は,資産格差の縮小に伴う社会全体の資産規模の縮小に対してどの程度寛容であるかという価値判断と表裏一体の関係にあるといえる。もとより,こうした価値判断は実証的に明らかにできる性格のものではないから,特定の価値判断に基づいて恣意的に現実の資産格差の評価を行うことは適切ではない。可能なことは資産の大きさと分配のバランスについての価値判断の違いによって,許容される格差の程度がどのように変化するかを明らかにすることである。
こうした社会的な価値判断(社会的厚生関数)を明示的に考慮した不平等度指数の一つとして,アトキンソン尺度がある。ここでは金融資産分布を例にとってこれを試算してみよう。アトキンソン尺度では,不平等回避度を表すパラメーターの値を特定化することによって,社会厚生のあり方に関する価値判断を明示することができ,パラメーターεが大きいほどその社会はより低資産世帯を重視していることを表している(付注4-1参照)。
さて,63年の総金融資産自体の格差を表すアトキンソン尺度は,仮にε=0.5とした場合にはA=0.23と計算される。これは,もし資産が各世帯に完全に平等に分配されるなら,社会全体の資産総額が実際の77%(1-0.23)に減っても,現在と同じだけの社会的厚生水準が得られるであろう,逆にいえば資産平等化政策によって国民の満足感は23%ポイント高まるであろうことを示していると解釈できる。また,仮にε=2.0とした場合にはA=0.77と計算される。これは,同様に総資産額が実際の23%に激減しても資産分配の平等化を行う価値があるということを示していると解釈できる。
なお,アトキンソン尺度は,ロ-レンツ曲線が相互に交差する場合の不平等度の相対比較にも有益である。というのは,このような場合には,その背後にある社会的厚生関数を特定化しないかぎり,不平等度の比較ができないからである。実際に総資産自体の分布の55年と63年のローレンツ曲線を比較すると,相互に交差しており,55年では高資産世帯の不平等度が高いのに対し,63年では低資産世帯の不平等度が高いという違いがある。この場合には,ジニ係数では,先にみたとおり不平等度の低下がみられるが,アトキンソン尺度ではどちらの階層の平等度を重くみるかで相対的評価は異なってくる。例えば,ε=0.5の場合にはA(55)=0.22,A(63)=0.23であり,この間に不平等度の変化はあまりみられない。しかし,ε=2.0の場合にはA(55)=0.70,A(63)=0.77となり逆に不平等度が高まったと評価しうる。換言すれば,低資産者により大きな配慮を与えるような平等志向の価値観を持つ社会であれば,この間の資産分布の変化を平等化ではなく不平等化と評価するであろうことを意味している。もとより,現実の我が国社会でεにどの値を与えるのが適切かは,全く国民の選好の問題であり,いちがいには決められないが,ローレンツ曲線が交差するような資産分布の変化があった場合には,われわれが資産格差に対して如何なる価値判断で評価するかを明確にする必要があるということに注意すべきであろう(図4-1-7図③)。