平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第4章 日本経済のストック化
ストック化が進み,家計や企業の保有する資産残高が増加してくると,それが資産選択行動や貯蓄率,投資率などに大きな影響を与えるようになる。また,資産選択行動の変化により貨幣需要にも影響を与える。
(家計の資産選択の特徴)
家計部門は,高い貯蓄率を背景に資産の蓄積を進めてきたが,近年,金融自由化の下での金融商品の多様化や金融緩和の下での低金利の定着,さらに地価高騰による実物資産選択の見直しなどによって家計の資産選択行動にも変化がみられる。
まず,国民経済計算によると,62年末における家計の実物資産,金融資産を合わせた総資産残高は2,046兆円(1世帯当たり5,100万円)であり,これは国民総資産の4割近くを占める。その内訳は土地が52.7%と過半を占め,金融資産は36.2%であり,住宅を中心とする純固定資産は9.1%に過ぎない。一方,負債は237兆円であり,差し引き,正味資産は1,809兆円となっている。
次に,金融資産に絞って,家計部門の資産運用の推移をみておこう。一般に家計は,金融資産の蓄積に伴い,運用可能な資産の量が増大すると,現金や要求払預金といった流動性は高いが収益性の低い資産のウエイトを減らし,債券や株式のような収益性は高いが流動性の低い資産のウエイトを高めると考えられる。こうしてポートフォリオの構成を変えることによって,全体としての収益性を高めようとする。これを定量的に把握するため,各資産の金融資産残高に対する弾性値を,1970年代と,金融自由化や金融革新が進展した最近の時期を含む1980年代に分けて計算した(第4-3-1図)。
まず,貨幣の取引動機に対応する現金通貨及び要求払預金の資産弾性値をみると,1970年代で0.82,1980年代で0.60と,いずれも1を下回り,こうした流動性資産の構成比の低下は,従来からみられはしたものの,最近さらに進んでいることがわかる。もともと,現金通貨や要求払預金は資産選択行動においては「下級財」と考えられるが,これに加えて,最近では,当座貸越のできる総合口座やクレジットカードなどのいわゆるプラスチックマネーの普及といった金融技術革新の浸透が影響していると考えられる。
定期性預金については,1970年代で資産弾性値1.10,1980年代で0.81とほぼ1の近傍にあり,家計の資産選択において定期性預金は依然根強い需要を維持しているといえる。ただし,その内訳は次第に収益性を求めて自由金利商品等へシフトしてきているとみられる。また,有価証券(株式を除く)については,1970年代には1.21と構成比を高める傾向にあったが,1980年代に入ると,0.51に低下している。
株式(投資信託を含む)については,1970年代には資産弾性値0.70と構成比を低下させる傾向があったが,1980年代には逆に1.81と大幅に構成比を高めるようにポートフォリオを組み替えてきている。これは,株式で直接運用するのに加え,投資信託という形で間接的に株式で運用するものも増加しているためである。
家計資産の運用で特徴的なのは保険である。保険の資産弾性値は1970年代1.00,1980年代1.46と着実にウエイトを高める傾向にある。なかでも生命保険は伝統的に家計の資産運用の中核的存在であったが,最近では,「一時払養老保険」などを中心に期待収益率の高い金融資産として家計のポートフォリオに積極的に組み込まれている。このほか,貸付信託など信託での運用も増加している。
次に,家計の負債面,資金調達面に目を向けよう。家計の負債は大きく住宅ローンと消費者ローンに大別される。消費者信用残高は,62年度末で117兆円(1世帯当たり307万円)であり,このうち住宅ローンが81兆円(全体の69%)であり,残りが割賦販売,クレジットなど売上債権(12兆円,全体の10%)のほか,当座貸越,消費者ローンなどが含まれる。
このところ,家計による住宅ローン以外の消費者信用,すなわちクレジットカードによる支払いの繰延べや割賦販売,消費者ローンの利用などが拡大している。家計は本来貯蓄超過主体であるから,このことは家計の資産選択において資産・負債の両建て化が進んでいるということにほかならない。資金循環表ベースで家計のポートフォリオにおける金融資産の両建て化率(負債増加額/資産増加額)を計算すると,55年の0.42から62年には0.60へと上昇傾向がみられる。
(貯蓄率低下と資産効果)
我が国の家計貯蓄率(国民経済計算ベース)の推移をみると,高度成長期にはほぼ一貫して上昇を続け,49年から51年にかけて23%前後でピークを記録するが,その後は徐々に低下し,62年には15.0%まで低下した。家計貯蓄率の低下は,いくつかの要因が複合的に働いた結果であると考えられる。ストック化との関連では家計の資産蓄積が消費・貯蓄にどの程度影響しているかが注目される。これには資産蓄積が目標貯蓄額との関係で新たな貯蓄の必要性を減少させるというストック調整要因も含まれる。
ここでは,マクロの家計貯蓄を通常の可処分所得や物価に加え,資産残高にも回帰することによって,ストック化が家計貯蓄に及ぼす影響をみた。消費額がどのような範囲の資産により感応的か比較検討するため,株式を除く金融資産,株式を含む金融資産,金融資産及び土地の3種類の範囲の資産によって推計した (第4-3-2表)。
推計結果をみると,資産残高はいずれも消費額を増加させる方向に作用しているが,その程度はどの範囲の資産でみるかによって異なっている。株式を除く金融資産の場合,この残高が10%増加すると,消費額が2.2%増加するという関係になっている。これに対して,株式を含む金融資産の場合には,同じ10%の増加が消費額を1.6%増加させ,また金融資産及び土地の場合は同じく1.1%増加させるというように,資産の範囲を広くとるほど消費額の増加率は小さくなる傾向がみられる。これは,土地や株式の場合,資産残高の増加をもたらしたキャピタルゲインのかなりの部分が未実現のままになっているため,消費に結びつく程度が低いこと,また株価や地価の上昇によるキャピタルゲインを,家計がどちらかというと一時的なものとみなしていることなどが理由として考えられる。一方,推計期間を変えて消費関数を推計してその結果を比較すると,どの範囲の資産をとる場合でも,概して最近時点のほうが資産残高の増加が消費の増加に結びつく程度が高まっていると考えられる。
なお,資産残高をみる場合,負債を差し引いた純資産でみるか,これを差し引かない総金融資産でみるかという問題があるが,それぞれの場合の推計された消費関数を比較する限り,家計消費は概して総資産の増加の方により感応的であると推量される。これは,ある意味では家計の行動が必ずしも合理的でないということを示していると考えられる。このことに関連して,近年,家計が資産のなかで公共部門の負債である公債を純資産であると考えているかどうか,換言すれば家計がどの程度「合理的」な経済主体であるかが議論の対象になっているが,これについては特に財政政策の効果との関係で第5章において検討しよう。
以上を踏まえて家計部門のストック化と家計貯蓄率の関係をまとめると,家計金融資産の増加が家計の異時点間の資源配分というフローの意思決定に影響を及ぼし,家計貯蓄率を低下させる一方,逆に貯蓄率の低下はストック化の程度(家計金融資産の蓄積スピード)を鈍化させる方向に働くといえる。
ストック化は企業行動にも影響を与える。企業の資産選択を考える場合,設備投資と金融資産運用の代替関係が重要である。ここではストック化が資金調達,金融資産運用,設備投資行動,土地利用等に与える影響について,特に地価など資産価格の上昇による含み資産の拡大の効果に留意しながら分析しよう。
(企業の資金調達の特徴)
近年の法人企業の資金調達行動には,以下のような特徴がみられる。
第一に,外部資金への依存度が高く,かつその比率が40%程度で安定していることである。国際比較でみても,アメリカ,イギリス,西ドイツなどがいずれも20%台であるのに比較して,日本企業のそれは高いといえる。しかし,大企業については資金調達の内部化が進行しており(自己金融力の高まり),最近では大企業全体としては,実物投資のための資金をほとんど内部調達でまかないうるようになっている。
第二に,外部資金のなかで,借入金依存度が依然として高いということである。資金調達総額に占める借入金依存度は,アメリカ,イギリス,西ドイツなどがいずれも10%台であるのに対し,日本企業は30%を超えている。しかし,これについても大企業だけをみると異なっており,金融機関からの借入が減少し,社債発行や増資など資本市場からの調達比率が高まっている。62年からCP発行が開始されるなど調達手段も多様化している。
第三に,金融の自由化,グローバル化の進展により,企業の資金調達ルートの多様化がみられる。海外からの調達手段としてはインパクト・ローンの取り入れ,居住者外債の発行など,また国内での調達手段としてはコマーシャル・ペーパー(CP)の発行などである。
(資産運用の特徴と変化)
企業の資産運用面については,国民経済計算によって実物資産と金融資産の構成をみると,62年末の非金融法人企業の総資産残高は1,462兆円であり,国民総資産の27.4%を占める。このうち,土地が28.6%,純固定資産が22.8%,金融資産が44.1%となっている。
次に金融資産の配分であるが,基本的には家計の場合と同じように,金融資産全体の規模が大きくなるにつれて,流動性資産から収益性の高い資産へポートフォリオのウエイトを変える傾向がある。家計との大きな違いの一つは,資金調達が相対的に容易であり,調達と運用をセットで考え,場合によっては金融資産運用のための調達も活発にできるという点である。
法人企業の金融資産運用の構成とその変化をみると,次のような特徴がみられる。
第一に,資産運用の収益性の追求である。このため企業は,現金や要求払預金の圧縮を図り,リスクは高いが期待収益率の高い有価証券などでの運用を増加させている。これをみるため,家計の場合と同様に,主要な運用資産について資産残高弾性値を計測した。まず,現金及び要求払い預金は,1970年代には1.03であったのが1980年代に入ると0.40と急速に低下しており,流動性資産の圧縮は家計の場合より進んでいる。これは,企業の場合,資金管理技術の発達を背景に様々の現預金管理システムの利用が普及してきているいう点が影響していよう。定期性預金については,1970年代には0.91であったものが,1980年代には1.37と弾性値が高まっており,近年,大口定期預金などでの運用が活発化させている様子がうかがえる。株式については,1970年代から1.26と1を上回っていたが,1980年代になると,2.37と金融資産全体の伸びの2倍以上の伸びで構成比を高めている。一方,株式以外の有価証券であるが,法人企業の債券の資産残高弾性値は1970年代1.21,1980年代0.44と逆に低下している。このことから,有価証券のなかでも債券から収益性の高い株式へという構成のシフトが進んでいると考えられる (第4-3-3図)。
第二に,金融資産運用が多様化,グローバル化していることが指摘できる。この背景には,調達側と同様,金融システム全体の自由化,グローバル化の流れがある。企業が利用しうる新しい運用手段としては,大口定期預金や市場金利連動型預金(MMC),譲渡可能預金(CD)などのほか,62年からはCPが加わった。こうした結果,自由金利,市場金利性金融資産での運用が運用全体に占める比率が上昇している。また,資産運用のグローバル化としては,ユーロ円債,CPなどユーロ円市場での円建による運用に加え,外貨預金など外貨建て運用も増加している。これは,スワップ,オプションなど様々の為替リスクヘッジ手段の発達によるところも大きい。また,海外においては,日本企業によるM&Aの活発化のような新しいタイプの運用が増加している。
こうした企業の資産運用の高度化のなかで,一部には,過度にリスクの大きい運用をして失敗した結果,経営に重大な影響が出た例も散見された。企業においては,こうしたリスクを十分にわきまえた運用が望まれる。
(ストック化と企業行動)企業が保有している株式や土地の価格上昇等は企業の実物的な行動にどのような影響を与えているだろうか。
まず,株価の上昇は企業の設備投資を活発化させる面があると考えられる。すなわち,一般に自社の株価の上昇は企業の資金調達を容易にし,資本コストを引き下げることを通じて,投資活動を活発化すると考えられる。企業活動の目的が企業価値の極大化であるとした場合,新たな設備投資による資本ストックの増加に対する株式市場での評価がその設備投資を行うためのコストを上回っているかぎり,その投資は企業にとって実施する価値があると判断されよう。この関係をあらわすのが限界qとよばれる指標で,資本ストックの増加による企業価値の増加分の投資財の取得価格に対する比率と定義される。これに対し,資本ストックの市場評価価値の資本の再取得価値に対する比率は平均qとよばれる。ここでは,株式の時価総額を我が国企業部門の将来収益の割引現在価値と仮定して平均qを求め,限界qと平均qが等しいとしたうえで,qと設備投資増加率の関係をみた。この結果,qの上昇は設備投資を増加させるように作用しており,60年代に入ってから,特に今回の設備投資増加局面ではこの関係が顕著にみられるようになっている(第4-3-4図)。
次に,地価が企業の土地利用に与える影響をみよう。地価上昇は,企業がその持続性を予想する場合には,土地の投機的保有,投機的取引を活発化させ,土地の有効かつ適切な利用を阻害すると考えられる。一方,企業の保有する土地資産は,その資金調達行動に影響を与える。リストラクチャリングを目指す企業は,保有する土地を売却してその資金を調達することができるほか,それを担保にして資金調達することも容易になる。後者の場合には,売却せずに自ら高度利用を行えば,インカムゲインを得られることなどから企業にとって魅力的な方法となっている。また,土地保有コストの増大は,企業の土地利用方法にも影響を与える。例えば,首都圏等に遊休地を持つ企業がその高度利用を図るケースがみられる。なかでも,賃貸オフィスビル,スポーツ・レジャー施設,賃貸住宅などの建設が例として多い。
最近のマネーサプライ(M2+CDの平均残高)の年平均伸び率をみると,58年には7.4%であったものが,次第に上昇し,62年以降は10%を超える伸びとなっている。また,マーシャルのk(マネーサプライを名目GNPで除した値)も最近トレンドからの上方乖離が生じている。一方,現在までのところこれがインフレーションに結びつくといった事態にはなっていない。ここではこうした高い伸びを続けるマネーサプライはどこに吸収されているのか,また,金融自由化にともないマネーサプライの性格はどのように変わってきているか分析する。
(最近の高いマネーサプライ上昇率とその背景)
貨幣需要は取引動機に基づくものと投機的動機に基づくものを考えるのが一般的である。しかし,ストック化の進展にともない,資産の増大が直接貨幣需要を高める効果が重要になっていると考えられる。
こうした観点から,資産残高を含む貨幣需要関数を推計した。これにより貨幣需要を要因分解すると,最近のマネーサプライの増大には,実物取引の増加や金融緩和による金利低下といった要因に加え,資産の増大自体が寄与度をかなり高めているのがわかる。すなわち,61年秋以降の経済拡大の結果,貨幣の取引需要が膨らんだが,その要因の寄与度はこの分析でみる限り,それほど大きくはなく,また金利低下も61年をピークに寄与度が低下し,代わって61年以降,資産の寄与度が急速に高まっている(第4-3-5図)。
また,資産の範囲として土地など実物資産を含む総資産残高をとった場合と,金融資産残高をとった場合を比較してみると,貨幣需要弾性値はそれぞれ0.44と0.59で後者の方が貨幣需要に対する弾性値が大きい。これは,土地など実物資産残高の増大は金融資産の増大に比べて貨幣需要を増加させる効果が弱いことを示している。
資産残高が貨幣需要を増加させる理由としては,第一にいわゆる資産効果がある。これは,家計や企業が運用可能資産が増大したことによってポートフォリオの組み替えを行い,貨幣保有を増やすというものである。第二は資産残高の増加にともなって資産取引が活発化し,それが貨幣需要を増大することが考えられる。
いずれにしても,マネーサプライはフローのGNPとの対比でみてもなお高い伸びが続いている。こうしたマネーサプライの増加は,直ちにインフレにつながるというものではない。ただし,最近のマネーサプライの増加をもたらすことになった資産残高の増大には,これまでの金融緩和の浸透が少なからぬ影響を与えていることも考慮すれば,その動向には引き続き十分注意する必要があろう。
(金融自由化と貨幣需要)
以上のように最近の貨幣需要の高まりは,資産残高の増大によってかなりの部分が説明できるが,そこで貨幣数量として使ったのは通常のM2+CDである。しかし,金融の自由化や技術革新を背景に様々の新しい金融商品が開発され,普及してきていることから,M2+CD以外にも貨幣に近い流動性を備えた金融商品が登場しているほか,M2+CDとして定義される貨幣の概念自体も質的に変化している可能性がある。
そこで,これまで観察してきたM2+CDの系列だけでなく,より広範囲の金融資産にまで範囲を広げて,様々なレベルの貨幣指標の推移を比較してみると,各貨幣指標の間でかなり異なった動きがみられる (第4-3-6図)。
まず,伝統的なM2+CDの動きをみると,50年代後半においては7~8%程度の比較的ゆるやかな伸びであったが,62年頃から伸び率が上昇し,マーシャルのkには一貫した上昇トレンドがみられる。最近のM2+CDの動きをM1の動きと準通貨の動きに分けてやや詳しくみよう。M1は60年まで比較的安定的に推移してきたが,61年から62年にかけて伸びが高まった後,62年後半以降はやや低下した。60年までの動きについては,現金通貨の流通速度が上昇した要因に加え,個人の場合には総合口座の利用により普通預金残高を極小化しうること,企業の場合にはファーム・バンキングの普及など金融技術革新の影響もあって要求払預金の残高を確保する必要性が薄らいでいることなどが背景にあると考えられる。一方,61年から62年にかけての伸びの高まりは,景気回復や資産取引の活発化が背景にあると考えられる。
一方,準通貨は62年後半から63年にかけて高い伸びを記録した。この準通貨の増加の主たる要因をみると,定期性預金のなかで収益率の高い自由金利商品,すなわち,MMC,大口定期預金などが増加していることがあると考えられる。これらは,M1に含まれず,M2+CDには含まれる金融資産である。このように,最近のM2+CDにはその中身に質的変化がうかがえる。
これに対して,M2+CDに郵便貯金,信託元本,さらに国債,投資信託等を加えた「広義流動性」をみると,62年前半まではほぼ一貫してM2+CDの伸びを上回っていたが,その後は伸びが鈍化し,M2+CDの伸びを下回って推移している。
こうしてみると,現在一般に広く使用されているM2+CDは必ずしも絶対的な指標とは言いがたく,貨幣数量として,例えば「広義流動性」のようにかなり広い範囲の金融資産をとり,かつ,その中身も併せ見る必要があることを示唆している。これは,金融資産の多様化に伴い,各資産の間の代替性が強まっていることからみて当然の要請といえよう。
さらにもう少し厳密にみれば,金融資産はそれぞれ流動性の程度(貨幣らしさ,マネーネス)が異なるから,各金融資産の残高を単純に加算することは適切でないとの考え方もありうる。このような観点から,各金融資産を流動性の程度に応じて加重平均した集計指数(ディビジア集計指数)をM2+CDについて試算してみた。これによると,ディビジアM2+CDは,通常のM2+CDよりも概して伸び率が低くなり,特に60年代に入っては,通常のM2+CDの伸び率が高まっているのに対し,相対的に落ち着いた動きとなっている。このことから,増加する貯蓄性金融資産の貨幣性の低さを適切に評価すれば,M2+CDの伸びもある程度割引いて考える必要があることを示唆している。ただし,ディビジア指数の集計のウエイトには金利を使っているが,金融の技術革新によって同じ金利水準でも流動性が高まっていることが考えられ,この点からすると試算されたディビジア指数が流動性をやや過小評価している可能性も否定できない。
なお,マーシャルのkの推移をみると,ディビジアM2+CDの場合でも,通常のM2+CDの場合ほどではないが,やはりトレンドからの上方乖離がみられる。これには,先にみたとおり,資産効果も影響しているものとみられる (第4-3-7図①,②)。
以上の分析からマネーサプライの動向をみる場合に,ディビジア数量指数など金融資産の流動性の程度を考慮した集計指数が有用であると考えられるが,このことは貨幣需要の安定性の観点からも支持される。まず,マーシャルのkの推移をみると,通常のM2+CDの場合には,貯蓄性金融資産の増加等により上方へのトレンドを持っているが,ディビジアM2+CDの場合には,上昇トレンドはかなり弱いものになる。これは,GNPとの関係がより安定的であることを示している。
このことは,簡単な貨幣需要関数を推計することによっても確認される。すなわち,貨幣需要のGNP弾性値は,長期において,通常のM2+CDを被説明変数とした場合は1.37と高いのに対し,ディビジアM2+CDの場合はほぼ1となっている。さらに,ステップワイズ・チャウテストを用いて,この貨幣需要関数にいつ頃構造変化が生じているか調べてみると,通常のM2+CDを被説明変数とした関数は,59年前後に構造変化があったことが,ディビジアM2+CDを被説明変数とした場合よりもより明瞭にみられる。この時期は,自由金利商品等の普及が大きく進み始めた時期と符合している。いずれにせよ,マネーサプライの動向をみるに当たっては,M2+CDのみならず,ディビジア数量指数,広義流動性など複数のマネー指標を多面的に併用することが有用と思われる (第4-3-7図③)。