平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第3章 グローバル化が進む日本経済
(世界から見た日本の位置)
日本の相対的位置の変化を最近20年でみよう(第3-3-1図(1))。これを見ると,二つのことが明らかになっている。第一に,日本の経済的プレゼンスが拡大していることである。第二に,世界経済の相互連関が高まって,一体化の進展が様々な面にみられていることである。
まず,日本の役割の変化をみよう。日本の経済的役割が,最近の20年間で大きく増大しているが,この影響はまず貿易面に表れている。世界貿易に占める日本からの輸出は昭和45年に6.8%を占めていたものが,62年には9.8%に上昇している。輸入面でも同様な傾向が見出せる。資本移動でも,日本の資金供給は着実に増大しており,経済面で日本のプレゼンスが拡大している。
第二に,相互依存の,特に,日米間の相互依存の高まりがみられる。両国の関係をみると,20年前に,日本にとってアメリカ市場向けは輸出の約31%を占めていたが,今日,更に上昇し,約34%になっている。ところが,輸入面では,20年前輸入の約29%を占めていたが,今日,若干低下し,約22%になっている。また,資本の流入,流出の両面でアメリカのウエイトが高まっている。つまり,日本にとってアメリカは,貿易,資本の両面で20年前以上に重要性が増している。資本移動では,この20年間で日本が借入れ国から貸出国に立場が変化しているが,両国間を移動する資本の取引は両建てで大きく増大し,相互連関を強める方向に働いている。現在,日本にとってアメリカは,政治,文化,その他一般的な情報交流に加えて,貿易面,資金面,投資面で重要性が高まっている。また,東南アジアや欧州といった地域との貿易は我が国の輸入に占めるシェアを拡大させている。金融取引の面では国際化が進展し,日本が欧米に進出するのと同時に国内へ外国企業を受入れ,市場の国際連関を強めている。日本の国際的位置を貿易・金融面でみると,日本経済は多面的になってきている。
この推移をアメリカ側からみると,事態は少し変化する (第3-3-1図(2))。20年前のアメリカにとって,そもそも経済面における外国の重要性は今日よりはるかに低かったと考えられる。それが,今日では貿易,金融の面でアメリカの対外依存度が大きく高まっている。
アメリカの20年前の対外依存度をみると,輸入がGNPに占める比率,あるいは外国からの資本流入の割合などをみると外国との関係は希薄であり,また,相対的所得水準をみても格差は歴然としていた。日米間の関係も同様に,アメリカ市場の大きさをGNPで測ると,日本からの輸入はわずか0.5%の市場占有率で,一人当たりGNPの格差も6倍と非常に大きいものであった。今日,アメリカにとって輸入商品のシェアは20年前に比べ約2.5倍に高まっている。日本からの輸入はそれ以上の速さで増大し,アメリカ市場の約4%まで高まっている。なかでも,日本が事実上唯一の供給者となっているハイテク製品が少なからず存在し,カナダとの国境貿易を除けば互いに最大の貿易相手国となるなど,依存関係も強まっている。
金融面からは,アメリカはかつて資金供給者であったものが,現在需要者と立場が逆転しているのをはじめ,資本調達の面で,その割合が約30%(日本からの資本移動をアメリカの経常収支赤字で割ったもの)となるなど日本に大きく依存するようになっている。また,62年以降,一人当たりGNPは日本が上回っており,63年にはその格差が拡大している。もちろん,アメリカは世界最大の経済規模を持つ大国である。また,経済のみならず,政治,軍事面を考慮した一国としての影響力は断然大きい。しかし,一方で,アメリカと日本との間で,経済の面では相互依存が進んでいるのも事実で,貿易に加え,海外直接投資の面でも活発化し,相互進出の形に変化して来ていると考えられる。このような動きから,日米が本格的な相互依存を強め,一体化を進展させる流れの中にあると捉えられよう。
現在の世界経済の相対的規模をみるために,日米に加え,欧州共同体やアジアNIEs,ASEANを考慮してみよう。62年には,アメリカとカナダのGNPは約4兆9千億ドル,欧州共同体は約4兆3千億ドル,日本,アジアNIEs,ASEANの合計は約2兆9千億ドルとなる。経済規模でみると,約5対4対3の巨大規模の市場が世界に存在すると考えられる。もちろん,日本,東南アジアの経済的結び付きは他の二つの市場に比べ,域内を形成するというよりも外の地域に開いた市場である。しかし,域内の相互貿易が拡大するテンポや経済成長率は他の2市場を大きく上回るものとなっており,いわば成長センターといえる市場になっている。
最近20年間の変化を要約すると,日米間では,経済関係で見た相対的重要性が何れの側面でも高まっている。また,アメリカにとって日本を含む東南アジアの経済的重要性が高まっている。加えて,金融面を中心に相互依存の強まりや一体化が進展している。世界経済を議論する上で,変化と一体化とを明示的に考慮することが必要となっているのが現実である。例えば,日本のウエイトの高まりや,日米間で生じている依存関係の強まりは,双方が一方的な要求を通すことを困難にしている。日米両国の関係をより建設的にするためには,両国間の対話や経済関係の調整に双方がこのような趨勢を踏まえて議論する必要があろう。
(日本の債権国化)
日本,アメリカ双方は,大規模な対外不均衡を持続させ,短期間で世界的な規模の債権国や債務国になった。特に,こうした規模の不均衡が持続することは重大で,このような変化が持つ影響を分析し,日米の役割に影響があるのかどうか,検討してみよう。
対外純資産や負債が特定の国に累積されることは,二つの側面に対して影響があると考えられる。第一に,対外純資産が増加することは,逆に,対外収支面で経常収支黒字が持続していることを意味している。不均衡の存在は一面では国民経済的には効率の面で改善の余地が生れる可能性を示唆するところから,不均衡自体が問題となろう。第二は,基軸通貨国であるアメリカが債務国になったことである。一般的に,外国人がアメリカの債券に信頼を持ち続ける限り,基軸通貨国が債務国になったからといって,それが直ちに問題となるわけではない。しかし,負債を累増させ続ける通貨が国際金融市場に不安定要因を持ち込まないか,永久に基軸通貨として存続できるかどうか疑問なしとしない。
以上の観点を踏まえながら,まず,日本の債権国化の影響を検討し,次に,アメリカの債務国化の影響を整理してみよう。
日本の対外純資産残高の推移をみる(第3-3-2図)と,42年までは日本は純債務国であった。その後二度の石油危機で大きな影響を受け,残高が減少した期間もあるが,純債権国を維持して来たことが分かる。つまり,第二次世界大戦で殆どの海外資産を喪失し,戦後の復興,新たな国造りのため世界銀行などから資本を輸入した結果が,42年までの純債務国となって表れている。経常収支黒字の定着をみた,40年代半ば以降着実に対外債務を削減するとともに,輸出信用や直接投資等の対外資産を蓄積して来た。途中,石油危機が対外債権の増加を遅らせたものの,50年代半ば以降には増加の一途を辿るようになった。最近では急速に純資産の蓄積が進み,63年末には2917億ドルの対外純資産を保有する世界最大の債権国となっている。
日本のような非基軸通貨国にとって,対外純資産が累増した場合,主に,経常収支面で影響が生ずることになる。投資収益の純受取が持つ影響をみよう。63年末に約2900億ドルの純資産があるところから,平均投資収益率が8~9%となる場合には,経常収支に250億ドル前後の黒字化要因をもたらすことになる。これは,現在の経常収支黒字の1/3程度という大きなものである。もちろん,直接投資では外国から国内へのものは収益率が高いが,我が国の国外への投資は未だ成熟せず,収益率も低い水準であるなど非対称であるため,純資産の平均投資収益率はかなり低い水準にある。また,外資の「短期調達,長期運用」といった機関投資家の行動も影響して,ここ2~3年の投資収益は急増したものの,純資産額から想定されるほど大きな収益を計上していない。しかし,今後,投資の成熟とともに着実に投資収益が経常収支の黒字化要因となっていくと考えられる。
次に,経常収支黒字国と資金供与国の一般的な関係について整理しておこう。資本移動が自由な下では,必ずしも,資金供与国が経常収支黒字国である必要性はないであろう。また,債権国であることも不可欠ではないであろう。これから判断すれば,資金供与国であることが経常収支黒字を持ってよい理由にはならないことになる。ここで,日本をとりまく経済的環境をみると,構造的要因から,1)日本は21世紀に向けて貯蓄超過傾向を持つと見込まれること,2)発展途上国のように強い資金需要があり,投資資金を求めている諸国が存在していること,他方で,現在,3)他の先進国は貯蓄余力を持たないことなどから,日本が資金給与国となっている。さらに,他の先進国が資金給与国となりうるのかどうか必ずしも明確でなく,いずれにせよ純貯蓄国である日本が資金を供給するのは極めて自然で,一般的なことであろう。
(アメリカの債務国化)
アメリカの債務国化は,昭和55年以降のアメリカの財政金融政策にその主な原因を求めることができる。55年以降,アメリカでは,民間の低貯蓄率の下で,財政赤字を拡大し,また,金融を引締め気味に運営したことがドル高基調を作り出した。これらの効果が相まって,大幅な対外不均衡を作り出したと考えられる。この結果,60年から63年の4年間だけで約5,000億ドルを上回る債務の純増をもたらした (前掲第3-3-2図)
次に,基軸通貨国と債務国との関係を整理してみよう。第一に,基軸通貨国が債務国になったからといって,それが直ちに根本的な影響があるわけではない。非居住者がドル資産に対して資産価値を認め続けるならば,ドル表示された資産は資産として存続することになる。また,第二に,ドルは国際的価格表示機能を持ち,決済手段となっていること,交換性とこれを支持する金融制度や金融機関が存在していること,また,ドルに代替するより交換性の高い通貨が登場していないことから,基軸通貨として存続することになる。第三に,基本的には,アメリカの対外不均衡は,その経済規模との関係でみるといわゆる累積債務問題を生じさせないと考えられる。これは,GNP比でみた対外純債務残高そのものの水準が,重度累積債務国の公的債務残高のそれとは比較にならない位低いことである。アメリカのGNPの規模が大きく,また,自国通貨建ての債務であることも手伝って,アメリカ経済に重大な負担となっていない。この点で少なくとも一部は,アメリカが基軸通貨国である特権を享受していると考えられる。また,経常収支赤字がGNP比率でも絶対額でも62年をピークに,以降,減少していることがあげられる。アメリカのGNPは最近2年間の平均で約7%強で拡大しているが,対外不均衡そのものは,63年には絶対額で減少している。同時に,ドル債務の金利が60年まで10%を越えていたものが9%前後にまで低下して来ていることである。このため,債務のGNP比率が急速に高まる恐れは少ないといえそうである。
以上の諸点を考慮すると,1)債務を自国通貨建てで発行でき,2)後述するように,内需の伸びを現在よりかなり低下させ,加えて,金利を名目GNP成長率程度に引き下げることができれば,債務規模が管理可能(Manageable)な水準で止まることになり,3)アメリカの債務国化そのものはドルの基軸通貨としての役割に基本的な変更を加えるものでないと考えられる。つまり,経常収支赤字がGNPとの対比で減少するように管理できれば,今後もドルは基軸通貨としての役割を担い続けることになろう。ただ,その場合でも,債務の累積化が現在以上に進行することは避けがたく,これは各国通貨間の価値を不確定なものとし,国際金融市場のボラティリティを高めるなど様々な課題を生じさせる惧れがあることには留意する必要があり,こうした事態を回避するためにも,後に述べるようなアメリカの対外不均衡の改善が重要であろう。
アメリカの経常収支赤字が作り出している当面の最大の問題は,世界の資金不足国に対する影響であると考えられる。発展途上国のうち,累積債務国は明白な資金不足国であり,アメリカのような信用力を持つ国とは競合できない資金需要国である。これらの諸国にとって,国際資金市場が逼迫することは利子負担の増加に加え,ニューマネーの絶対量が不足することを意味する。経済発展の中で債務問題を解決するという方策が事実上実施困難に陥ることになる。
(不均衡の現状)
現在,世界経済にとって最大の課題の一つは,先進国諸国の対外不均衡のさらなる是正である。改善のテンポは63年後半から鈍化がみられている(第3-3-3図)。このような観点から,アメリカの貿易収支の動向,為替レートの調整機能,その他の貿易摩擦の順に取上げてみよう。
まず,アメリカの貿易収支の動向をみよう。アメリカの貿易収支赤字(FAS-Customベース)は,61年以降,1,383億ドル,1,521億ドルと推移した後,63年には1,198億ドルと前年に比べ,324億ドル減少した。アメリカの貿易収支を四半期毎に,特に最近のものは月次で,輸出,輸入を数量と価格の要因に分解してみよう (第3-3-4図,5表)。不均衡の主要な動向は,以下のように要約できる。
第一に,最近数年間の貿易収支不均衡の基本的な要因は,アメリカの輸入数量の増大である。これは,アブソープションが生産能力に比べ,急速に拡大したためである。加えて,他の先進国に比べアメリカでは輸入が所得変化により感応的に増減することが,収支の悪化を大幅なものにしている。このように輸入が所得変化に感応的なのは,55年以降のドル高期に,アメリカの製造業等で盛んにアウトソーシングを行ったこと,また,OEM生産(相手側ブランドによる受注生産)が一層進展する等,アメリカの生産や消費に組み入れられた形の輸入構造が強まっていること等に起因していると考えられる。
アメリカの貿易収支の趨勢をみるために,輸出,輸入数量の動向を所得要因,価格要因毎の寄与別に概算してみよう。アメリカの輸出(以下,括弧内は,輸入の場合)は所得要因として世界貿易の伸び(アメリカのGNPの伸び),価格要因として世界輸出価格とアメリカの輸出価格(アメリカの輸入価格と国内卸売物価)の相対比を用いて,関数関係を推定している(前掲第3-1-5表)。55年は57年価格でみて,輸出,輸入ともほぼ同じ規模であることから,この時点を基準に,それ以降について,4年毎にみると,56年から59年の間で輸出数量が,伸び率の累積でみて(以下,同じ)13.7%減少しているが,逆に輸入数量は31.8%増加している。このため,実質の貿易収支は55年の輸入額(57年価格)との比率で,約45.5%ポイント赤字化している。このうち,約22%ポイント(全体の約5割)がアメリカの需要(GNP)の増大によるものであった。
次に,60年から63年までの間では,輸出数量が28.6%増加しているが,輸入数量は25.9%増加している。つまり,期間内の変化をみると,為替レートの効果などで収支の赤字を是正(2.7%ポイント)させたと考えられる。基準年からみると,輸出数量が累積で14.9%増加しているが,輸入数量は同57.7%増加している。このため,実質の貿易収支は55年の輸入額(57年価格)に比べ,約42.8%ポイント赤字化している。つまり,最近改善傾向がみられるものの,60年以前の赤字化の規模が大きかったため,収支の水準は大きな赤字幅のままで止まっている。これを,為替レートを中心とした価格要因の寄与度でみると,期間中,輸出,輸入の両面の合計で16.1%ポイントの改善をもたらしている。為替調整の効果が大きかったのに比べ,トータルの調整幅が小さかったのは,アメリカの需要(GNP)の増大が持続し,輸入数量が依然として減少しなかったからである。
こうした分析から,アメリカの実質貿易収支の改善に為替レート調整の効果がかなり認められたこと,しかし,需要の伸びの高かったことが改善幅を小さくしていることなどが明らかになった。
第二に,63年以降の動きに注目すると,アメリカの貿易収支赤字の改善テンポが穏やかなものとなっているのは,主に,輸入数量の増加テンポに高まりがみられることが考えられる。輸入数量の増加は,62年第一四半期を底に増加傾向に転じている。この背景には,実質実効為替レートが下げ止まる中,堅調な内需を受けて輸入が増大したことがある。実質実効為替レートの動向をみると,IMF統計(IFS)によれば,61年以降,前年と比べ19.5%,12.8%と減価した後,63年には5.5%の減価に止まった。なお,最近3四半期(63年7~9月期から平成元年1~3月期)の同為替指数(60年を100とする指数)は各々68.0,66.1,67.5となっている。これを円レートの動きでみると,1ドルは,62年145円,63年128円と円高傾向に推移した。これが,最近では,63年10~12月125円,元年1~3月128円となっている。この間,日米の物価上昇率の差は,GNPデフレーター,卸売物価でみても年率3~4%程度の乖離がある。このため,実質為替レートは対円で増価していると考えられる。
第三に,日本の貿易収支の趨勢をみるために,先のアメリカの分析を日本にも当てはめてみよう。通関金額の60年でみると,輸出,輸入は輸出が約1.36倍大きい。このことを考慮しながら,60年を基準とし,実質通関収支差を要因分解してみると,60年から63年の間で輸出数量は,伸び率の累積で,10.0%増加しているが,輸入数量は36.1%増加している。このため,実質の貿易収支は60年の輸出額との比率で,約16.5%ポイント黒字幅を減少させている。このうち,約21.5%ポイントが為替レートを中心とした価格要因によるものとなっており,アメリカのそれより大きな為替レートの調整効果をもたらしていると考えられる。所得要因による輸入数量の増大も13.5%ポイント程度あって,収支を是正する方向に作用したと考えられる。輸出数量の増加は主に世界貿易の伸びから生じているが,従来の関数関係と比べ大幅に実績値の伸びが小さくなっており,輸出のパターンが変わって,貿易収支の黒字幅を縮小させる方向へ作用したとみられる。
こうした分析から,日本の実質貿易収支の改善に為替レート調整の効果が大きかったこと,内需拡大の効果も相当あったことがいえる。
(Jカーブ効果と転嫁率)
次に,為替レートの調整効果とその遅れの問題を整理しよう。まず,為替レートが貿易収支を調整するメカニズムを整理しておこう。
為替レートが作用して,不均衡を是正するのは,まず,為替レートが変化すると交易条件の変化が生じ,輸出,輸出数量を変化させるからである。このとき,例えば為替レートが1%変化した場合,合わせて1%以上数量を変化させることが調整効果発現の前提となる。次に,為替レートが変化して効果を持つのは,貿易相手諸国との実質実効為替レートの変化が前提となっている。さらに,為替レートの変化が十分輸出,輸入価格へ反映されることである。現実には,これら3点の前提が必ずしも満たされない場合が存在し,そのため為替調整の効果発現に大きく影響することがある。以下で,各々の点を現実の事例で検討してみよう。
ここでは,日米を例にとって,為替の変化と輸出入の変化との関係をみよう。第一に,為替変化が輸出入数量を変化させる程度は価格弾性値で測っているが,この値如何で効果が表れるかどうかが決まる。為替変化が貿易収支不均衡を小さくするのは,往復の貿易に占める輸出入のウエイトと各価格弾性値との加重合計が1.0より大きい場合である。例えば,日本では輸出,輸入に占める輸出の割合が大きく62,63年の平均で約62%である。これをもとに,加重平均の価格弾性値を計算すると,長期では1.04となる。また,アメリカでも同様に試算すると,長期では1.05となる。いずれにせよ,日本やアメリカでは約4~5四半期以上の長期には為替レートの調整効果が発揮されるものと期待される。第二に,為替効果の浸透に時間がかかることである。Jカーブ効果と呼ばれる現象は,さきのように為替変化が貿易収支を変化させるとしても,商品の移動には,価格の変更,契約事務や販売経路の拡大・縮小等,陰に陽に調整を伴うことから,効果が現出するまでにかなりの期間(4~6四半期)かかると言われている。このため,調整の初期には,本来の調整方向と収支金額が逆に方向に動くことがある。つまり,先に見た日米とも,約1年半の期間で価格弾性値が漸く加重平均で1.0を越える位であるので,輸出・輸入関数から,Jカーブ効果が発生するとの示唆をえたことになる。なお,輸出入量が質など価格以外の要因を含め決定されている場合,為替調整の効果が小さくなる。つまり,品質,納期,技術等非価格要因が輸出入量の決定要因となる場合,為替変化はこれらの要素に影響しないため,非価格競争商品が多い程,為替調整の効果が縮小することになる。
最後に,為替変化を輸出入価格に反映させる程度(転嫁率)に応じ,為替調整効果が大きく変化することをみよう。一般的に,不確実性を伴うため,企業は短期的な為替レートの変化をそのまま価格に反映させない。このため,事後的に見ると,当初,円高期には輸出の利益率が低下し,円安期には上昇するといったことが観察されることになる。不確実性以外にも,企業戦略として国際価格競争力を考慮して,為替の変動に対し価格を大きく変更しないこともありうる。これらは,内外価格を市場支配力との関係で決定する「市場に対応した価格付け」(PTM:Pricing To the Market)と呼ばれており,内外価格比率と転嫁率の動向や為替の変化との関係を分析することで,このような価格付けが存在するかどうか検討できる。
「市場に対応した価格付け」の行動を日本の製造業の輸出価格で見られるかどうか,分析してみよう (第3-3-6表。分析の方法については付注3-2を参照のこと。)。この分析では,1)商品毎に輸出向け財と国内向け財の限界費用に差があったとしても,その比率は生産側の要因ではほぼ不変と考えられること,2)国内卸売物価と輸出物価の比率が予想されない為替レートの変動でどの位動くのか,3)予想された為替レートの変動をどの程度反映して変動するかを,計測したものである。素材などのように,国際市場で一物一価が成立し易いものは,何れの為替変動も反映されないことになる。これまでの分析でも確認されているように,一部有力商品でこのような価格付け行動の存在が確認できる。これは,一方で1)輸出価格を決定する際,企業戦略として,国際市場の競争力を維持することを考慮すること,その結果,2)60年以降の大幅な円高にもかかわらず,輸出の減少が大きくなかったこと,また,3)国内へ円高の影響が波及しにくくなったこと等,を生じさせたと考えられる。他方,4)このため,為替調整による対外不均衡是正の効果はそうでない場合に比べ小さくなっているわけである。
なお,所得効果の影響は,為替調整の効果を判別しにくくする。つまり,交易条件の悪化は,輸入を減少させ,輸出を拡大するが,輸出の拡大が乗数的に所得を増加させ,更に,輸入を大幅に拡大するといったことが生ずると,為替調整の効果は大きく削がれてしまうことになる。つまり,輸入の所得弾性値が大きく,限界消費性向の高い,アメリカやイギリス等の国では,所得効果が為替調整効果を弱める方向に作用し易いことになる。
(アメリカの累積債務の展望)
短期的には,為替の円滑な調整を妨げる要因が数々ある。不均衡是正が中長期的にしか達成されないとすると,現在の資金フローに大きな歪みをもたらしているアメリカの債務の累積効果の検討が必要になる。そこで,中,長期的にどのような姿を辿るかを整理してみよう。
アメリカの債務国化は,それが基軸通貨国であること,債務化のテンポが急速であったこと,毎年の対外不均衡が大規模であること等から,現時点においても債務が管理可能(Manageable)かどうか議論があり,その影響についても十分分析されていないと考えられる。ここでは,代表的なケースを想定し,累積した債務が時系列的にどの程度の影響を与えるかを幅を持って検討できるようにまとめたのが (第3-3-7図)である。長期の利子率が名目GNP成長率になることを前提に試算した結果の特徴を要約すると,第一に,アメリカの輸入数量の所得弾性値が高いため,アメリカのGNP成長率が世界貿易の伸び率の7割以下であることが累積債務に管理可能となる最大の要件の一つになることである。このことは,アメリカの成長率は3%より2%の方が望ましいことを意味する。第二に,今後,債務の累積効果が大きくなると,貿易収支の赤字幅が小さくなっても経常収支の赤字は容易に減少しないことである。第三に,投資収益の受取が高い伸び率をもつことは,経常収支調整の負担を軽減するが,投資収益の支払いの高い伸び(金利高)は逆の効果をもたらすことになる,ということがいえる。また,数値そのものは十分幅を持ってみる必要があるが,このシミュレーション分析から,何れにせよ,アメリカの債務問題に短期的な解決は見出しにくく,今後ともマクロ経済政策には債務から生ずる影響を考慮に入れることが必須条件となる,との示唆がえられる。つまり,アメリカの累積債務問題は,管理可能であるためには,中,長期的に適切な需要管理政策を必要としており,アメリカ自身の問題として重要視されていく必要があろう。
(貿易摩擦,通商問題)
対外経済摩擦は,経済の国際化,その一段の発展段階のグローバル化においても,避け難い課題である。貿易が浸透する過程で,あるいは直接投資が行われるとき,一面で,貿易の利益や技術移転のメリットが生ずるが,他面では,外国企業による市場支配やオーバープレゼンスの問題といったことに代表される,受入れ国との軋轢が生ずることがある。経済摩擦には,貿易摩擦,投資摩擦,市場開放問題等多面的な側面があるのが現実である。
我が国の経験では,昭和40,50年代を通して個別分野で経済摩擦があった。60年前後には日米間の貿易収支不均衡が大幅に拡大したこともあって,これまで個別分野の摩擦であったものが,市場開放との関連や非関税障壁等も含めて,同時期に様々な分野で問題が生じた。問題が表面化した分野に限定すれば,具体的対応措置についてはほとんど63年度中に決着をみている。しかし,かつて,対外経済摩擦が激化したタイミングと貿易収支不均衡の拡大とが符合する傾向がある。これは,対米に限らず対欧州でも見られる傾向である。
自由貿易の進展は,従来外国からの競争に曝されていなかった産業に緊張と競争を生じさせる。貿易が貿易摩擦に転ずるのは,競争に勝者,敗者が明らかになる時であり,当該産業の労働や資本設備といった生産要素を移動させる必要が生じるようになる時である。これらは,いわゆる「調整コスト」と呼ばれるものであり,このコストを小さくすることは望ましいものの,経済が発展していくうえで避けがたいものでもある。
貿易摩擦,通商問題の背景となる動きをみると,63年にはアメリカの対世界の貿易収支赤字が前年の1,521億ドルから1,198億ドルと323億ドルの顕著な改善を示した。ところが,対日貿易収支の不均衡は,約43億ドルの改善を示したものの,未だ,521億ドルといった高い水準が続いている。このため,アメリカには議会を中心に,為替レートの調整機能が日本については働かないのではないか,為替調整機能を発揮させない非関税障壁といったものが存在するのではないか,といった議論が行われるようになっている。特に,平成元年5月,USTR(アメリカ通商代表部)が包括通商法スーパー301条を日本の3分野について適用し,日本をその優先国としたことなどから,様々な方面で議論されるようになった。そこで,最近の貿易摩擦とその交渉の過程で浮き上がってきた問題点を整理してみよう。
最近,数年間で日米関係の議論となった論点を整理してみると,ほぼ以下の3点に集約できよう。一つに,拡大した日米間の貿易収支不均衡の存在である。二つに,為替レートだけでは有効に不均衡を是正しないことに対する問題意識である。三つに,日本からの資本輸出がアメリカに流入する資本に占める割合が特に高くなっていることである。これ以外にも,(第3-3-8表)にあるように様々な議論が取上げられている。以上を踏まえ,以下の3点について問題点を整理してみよう。
第一に,アメリカの貿易収支不均衡は,主として,マクロ経済政策上の問題である。そもそも部門間や二国間の貿易収支を取り上げて議論することは有意義でないことは明白である。二国間や部門間の問題にまで影響している最大の要因は財政赤字等にみられるようなアメリカのマクロ経済政策であろう。加えて,日米間の企業行動の差を取り上げる必要があろう。つまり,既に見たように,アメリカ企業の平均利潤率は日本企業に比べて約2倍程度高くなっている。また,短期的にも利潤率を高く保つことが経営目標とされると言われるなど,日本企業ではあまり見られない行動原理を取っている。このため,アメリカ企業は価格競争が可能なときでも価格を引上げ,利潤率を高く保つ方を選ぶ行動を取り易いことであろう。例えば,日本の乗用車対米輸出自主規制が56年度より導入されたとき,価格を据え置いて日本車との価格競争を行うよりも,アメリカのメーカーはその価格を引き上げている。それ以降,工業製品の中で自動車生産者価格は他の工業製品生産者価格以上に一貫して上昇し,かつ,自動車産業の売上高利益率は,規制導入後の58年から,他の製造業のそれを上回っている。このような事例は,他の場合でもみられているものである。
第二に,為替レートの調整機能が有効であることは既にみたとおりである。また,貿易相手国にある一定率のマーケットシェアを要求するような,マーケットシェア論,二国間の貿易制限的措置は,貿易相手国のみならずアメリカ自らも資源配分を歪曲し,貿易利益を損なうことでアメリカの消費者や相手国に犠牲を強いることになる。同時に,要求目的が二国間の貿易収支不均衡の是正であっても,抜本的解決には貢献しないことである。これは,アメリカとその貿易相手国とで輸入の所得弾性値が大きく乖離していることがあげられる。第1節でもみたように,日本,アメリカ,西ドイツの輸出と輸入関数の所得弾性値を比較すると,アメリカでは輸出の所得弾性値の低さと輸入の同弾性値の高さが際立っている。つまり,為替レートを一定としたとき,アメリカの輸入(数量)は所得の増加に極めて感応的に反応し,増大することになるが,輸出はそれほど増加せず,アメリカ自身の要因によって,貿易不均衡を作り出しやすい経済構造にあることになる。また,マーケットシェア論に基づきアメリカが輸出することは,貿易構造で決まる以上の財をアメリカが輸出することになる。これは効率的な資源配分を歪め,輸出財に偏った資源配分をもたらすことになる。国民が,輸出と競争して購入するため商品に高価格を支払うことになることに加え,比較優位のない産業を自らの負担で存続させることも意味している。
第三に,これまでの対外経済摩擦,特に,貿易摩擦をみると,これまでに日米間には繊維をはじめとする貿易交渉の歴史があり,また,ECとの間にも様々な対話や交渉が存在した。最近では,MOSS協議,GATTへの提訴,また,政府調達,関税・非関税障壁に関する協議等あった。我が国政府では対外経済摩擦を緩和するため,個別の問題を積極的に解決する方向で対応するとともに,市場開放・アクセスの改善を進める等の対応を行って来た。63年度の進展をみると,(前掲第3-3-8表)にあるように,ほぼ,63年夏までに主要な対応が決定され,実施に移されてきた。
現在,包括通商法スーパー301条の適用問題等,ブッシュ政権になって以来,対米貿易摩擦,ハイテク摩擦が再燃する兆しがある。また,FSX開発問題も話題となった。今後,二国間での貿易をバランスさせるような対応がとられ,市場メカニズムによらない,様々な形の管理貿易(Managed Trade)が導入されたり,あるいは「成果によって判断する」(Result Oriented)「公正な貿易」を求める政策が追求されることは,今年6月のOECD閣僚理事会のコミニュケにも述べられているように,アメリカの貿易相手国から,いわゆる「保護主義」的政策として,強い懸念が表明されている。我が国としては,ウルグアイ・ラウンドの交渉の場を通じて,自由貿易体制の維持・強化に積極的に努めるとともに,世界の対外不均衡を是正し,拡大均衡を目指した解決の道を検討する必要があろう。
(地域統合とその課題)
今日,地域統合が1950年代の欧州経済共同体(EEC)以来再び耳目を集めている。欧州では,欧州共同体が1992年末までに域内経済取引を自由化するとともに,税制,基準認証制などの制度の面でも統一市場を機能させるのに必要とされる統一化が図られることになっている。もう一方の統合の動きは米加自由貿易協定によるものである。アメリカとカナダの間で,今後10年間で関税,貿易制限措置の撤廃や金融,サービス,投資分野でも自由化を図ろうとするものである。以下では,まず,地域統合の議論を整理してみよう。
地域統合の持つ影響の経済的側面を検討する場合,自由貿易を比較の基礎とするか,現状と比較するかで,評価が全く逆になることがありうる。このことに十分な留意が必要であろう。EC,米加といった統合が国際価格に影響を生む規模の市場の統合であることを踏まえたうえで,現状からの改善か,自由貿易と比較してどうかという両面から,論点を整理してみよう。まず,結論を述べると,影響には,メリット,ディメリットの両面が考えられる (第3-3-9表)。一般的にはメリットの面では,大きくいって二点ある。
第一に,統合参加国は,域内貿易が増大し,域外貿易が縮小することで,交易条件が改善するメリットを享受する。これは,域内の関税が引き下げられ,域内の交易が域外とのそれに代替しする結果,域外の輸出市場では供給量が減少し,逆に,輸入市場では需要量が減少する。このため,地域統合国にとって,交易条件が改善することになるわけである。しかし,これによって,域外にはディメリットとなることに留意が必要であろう。
第二に,より大きな効果が期待されるのは,市場の拡大がもたらす二つのメリットである。一つは,規模の経済が働くことの効果である。今日の生産では規模の経済が重要な要素であるが,規模の経済が働く産業は市場が小さいと独占となり易い。一定規模以上の市場が実現できれば,規模の経済性を追求しながら,同時に,競争原理も働くことになる。二つは,市場の拡大そのものが,外部から投資をもたらしたり,域内競争の高まりによって市場を効率化する効果である。保護的高関税や貿易制限措置で守られていた産業が,競争の浸透により,効率化することが期待できる。特に,企業家精神を発揮して新規事業に乗り出す企業家には,大きな市場が事業の展開を支援することにもなる。
次に,ディメリットの面をみよう。一般的に,地域統合は,1)域外に対し,関税率の引下げや一層の市場開放を伴わない場合,域外との貿易縮小というマイナス効果を持つ,また,2)現状と比較して地域統合が経済厚生を高める場合でも,自由貿易を行った場合と対比すると,地域統合の成果は自由貿易のそれに劣るものとなる。例えば,ECの共通農業政策にみられるように,拡大ECにおいては,統合によって域外に対する関税率,保護的措置は域内の平均より高い水準へ鞘寄せされ,一方で余剰農産物が大量に保存され,他方で,アメリカなどの主張によれば,補助金付きで農産物輸出が行われるという事態を招いている。また,世界銀行の推計では,56年からの5年間でみて,EC諸国は非関税障壁を約20%高めているという例がある。今後の地域統合においても,より市場を開放する等,域外に対し保護貿易主義の懸念を持たさないよう,具体的な市場開放措置を提示し,貿易拡大のメリットをもたらす措置を講ずることが望まれる。
地域統合の今後を見る上で,重要なメルクマールが二点ある。第一は,地域統合が,自由貿易,障壁のない市場の拡大への第一歩であるかどうかである。地域統合が域内産業の保護を目指す場合には,域外にはマイナスの影響をもたらし,域外で対抗策が取られると,世界貿易を縮小させることにもなりかねない。逆に,統合された共同市場は,市場の効率化,活性化により,所得を増大させ,域外との貿易を拡大する潜在力を秘めている。後者を実現することが,世界経済の観点からは明らかに望ましい。
第二は,地域統合が企業のグローバル化を促進するかどうかである。生産面ではさきに検討したとおりであるが,マーケテイングの観点からは,現在の高付加価値商品は,変化の激しい,個別市場に直結しているといわれる。デザイン,機能性,更に,技術を商品化する方向性においても,各個別市場の特性の上に成り立っていると考えるわけである。日本市場とアメリカ,欧州市場でそれぞれデザイン,機能性の評価が違うとすると,グローバル化はある意味では共通の技術基盤にどのようにして現地に沿った商品化を行うか,急速に嗜好が変化するなかで,個々の市場を調査し,具現化するかであるといえよう。言い換えれば,多様化の下で一体化が進むとき,技術の移転や商品の移動が自由であることはもちろん,市場にあった商品を市場に近い所で,共通の技術に基づいて生産することになる。地域統合がこのような動きを促進するかどうかが重要な判定基準となっている。
地域統合をみる場合,メリット,ディメリットをバランスよく吟味することが必要である。一方的な楽観や悲観は今後の進展を見守っていく上でむしろ障害となろう。第一に,域内諸国にも,域外諸国にも,統合の利益を生じさせるようにする措置が望まれることである。第二に,地域統合が自由貿易への一里塚となる政策が必要であろう。これらの政策を併せて実施することで,地域統合の影響をメリットに変えられることになろう。
(拡大均衡の方策)
国際不均衡を経済運営の観点からみると,不均衡の絶対額を議論するというよりも,当然ながら,経済規模の拡大とともに一時的なインバランスも大きくなると考えられることから,経済規模との関連で見ることが望ましい。世界経済の規模の拡大は,国内では輸入増大をもたらし,諸外国では日本からの輸入増加をもたらすものである。輸出,輸入双方の拡大による均衡化は,日本・東南アジアの貿易にみられるように,相互利益を拡大する直接的な不均衡の是正策となる。
現在,日米間の不均衡の現状をみると,まず,日米間の貿易収支は,日本側の統計でみて,昭和61年以降,514億ドル,521億ドルと推移した(アメリカ側の統計では,日本側との間で運賃・保険料,記録の時点で差異があり,同期間,550億ドル,563億ドルとなっている。)。63年では,日本のアメリカからの輸入は,15年来の力強い内需拡大に牽引され,成長率を上回る高い増加率を示している。この結果,アメリカからの輸入は,製品類を中心に前年に比べ105億ドルの大幅な輸入増加となった。一方,日本のアメリカ向け輸出は,アメリカの内需拡大と為替レートの安定傾向に因って,拡大し,同時期,約60億ドルの増加となっている。結果として,63年の貿易収支は45億ドルの不均衡是正となったが,日本の製品類を中心とした輸入の拡大とアメリカの63年後半の輸入増加が目立った動きとなっている(第3-3-10図, 11表)。
日本の輸入の拡大は,61年からの3年間で約517億ドルの増加,約2.29倍増という製品類の大幅な輸入増加をもたらしている。製品類の輸入が増加したことで,製品類の輸入が直接国内の物価安定に寄与するなどの面を中心に好ましい影響を生んでいる。円高と市場開放・アクセスの改善によって,競争力のある製品が急速に国内市場へ浸透している。現在,大きな増加をみせている製品輸入,なかでも,消費財の輸入は,所得の増加や価格の低下で急速に拡大する性質を持つところから,世界経済の拡大均衡を図る重要な手段と考えられる。政府では,今後とも,内需主導の経済拡大を持続させ,海外の価格をできる限り直接消費者に反映させることで,一層の輸入拡大に結びつくことが期待されるところである。一般に,競争力のある財の輸入を拡大することは,国民経済的観点からも極めて望ましいものである。また今後も,経済の基礎的条件を反映した為替レートであれば,日本の内需拡大によって,今後も速いテンポで輸入拡大が見込めると考えられるところである。
他方,最近の日本からの輸出は,海外の設備投資の拡大に牽引された資本財輸出が最大の増加要因となっている。その背景をみると,1)現在,日本の輸出産業がすでに輸出採算のとれる状態となっている(前掲第3-2-5図)こと,2)最新の資本財を日本から輸出することが,世界経済の活性化のためにも望ましいことから,輸出の動向よりは世界的な経済拡大のテンポの問題であること,3)輸出は海外の需要増加で生じており,増加そのものは各国政府の経済運営の問題であることから,需要管理政策を含む,各国のマクロ政策面の協力が必要な問題となっているなど,新たな段階へ課題が移行している。このため,世界経済の拡大均衡を目指す観点から,日本側で構造改革等の輸入の拡大に結び付く政策を継続させることが重要であろう。更に,日本側だけの努力には自ずから限界があることから,迅速な不均衡是正を実現するため,アメリカが超過需要を抑制することが肝要であろう。
(水平分業を通ずる経済発展)
世界経済の拡大と不均衡の是正を図るため,輸出,輸入の拡大による具体例を最近の動向のなかから抽出してみよう。
国際金融市場の発達は,従来に比べ,短中期の資金繰りを容易にしたものの,経済発展の基礎となる資本蓄積は,基本的には国内の貯蓄に多くを依存している。輸入資本財の購入のための外貨は,発展途上国の為替の不安定さ,外的ショックへの対応力などの面で,これまでの累積債務問題の経験を踏まえれば,貿易によって獲得されることが望ましいと言えよう。この意味から経済発展における輸出の重要性が指摘できる。
現在,近隣諸国は,我が国が資本財の輸出国であるだけでなく,市場を開放し,製品類の輸入国となることを一層強く求めている。これは,諸外国が我が国により大きな役割を期待している証左である。最近,急激に製品輸入が増大していることが,日本に対する期待を高めさせると考えられるが,製品輸入を中心とした輸入の拡大は,期待される日本の役割に沿った望ましいものといえよう。
日本経済は,東南アジアと相互貿易の増大や資金協力を通じて,重層的な経済発展を実現しつつある。我が国の各国に対する経済的影響も著しく増大している。特に,発展途上国からの輸入の拡大は,商品の生産を通じて,人的資本の蓄積を進めたり,技術移転の受入れとなったり,生産の連関を通して周辺産業に雇用の拡大をもたらす,波及効果の大きなものである。また,日本には高度技術部品,資本財等の輸出増加をもたらしている。つまり,我が国の輸入拡大は,需要が海外へ流出する効果として捉えるよりも,むしろ,東南アジア等に需要を創出し,生産を拡大する効果の意義が大きいと考えられる。加えて,これら諸国の生産と所得の増大が我が国に高度技術商品を主に,新たな輸出需要を創出する効果を持つ,いわば相互依存的な拡大均衡をもたらす連鎖として捉えることができるものである。
日本と東南アジアとの間の最近の輸出,輸入の動向から,我が国の輸入拡大が持つ貿易拡大効果の大きさを見てみよう。我が国が東南アジアから輸入を増大させると,各国で輸出を引き金に内需の拡大が生じ,所得の増加が我が国を始めとする世界からの輸入需要を創出する。ここでは,日本と東南アジアの波及効果に限定して検討してみよう。現在の日本ー東南アジア間の輸出,輸出シェアや各国の輸出弾性値,輸入弾性値を前提として,相互依存関係(貿易乗数)を試算した(第3-3-12図)。この試算から,一つに,61年以降の日本の輸入拡大は,各国に輸出の拡大をもたらしたと考えられる。なかでも,我が国の輸入増加が大きかった東南アジアにはかなり大きな所得拡大効果をもたらしたと考えられる。二つに,これは,例えば,日本が東南アジアから100億ドルの輸入を増大させたとすると,日本の輸入需要が各国の輸出を増大させ,各国のGNP(62年)を平均でほぼ約4パ-セント前後拡大する効果があると見込まれる。三つに,各国のGNPの拡大が輸入需要を増大させ,日本の輸出は約40億ドル程度の増大すると考えられる。このことから,我が国の輸入拡大は,国際的な拡大均衡をもたらす可能性があり,現在進みつつある直接投資による生産力の移転とそれに伴う技術移転によって,このような傾向が増々確かなものとなっていくと期待される。
現在,我が国から東南アジアへの直接投資に見られる特徴を再述すると,一つに,我が国の直接投資にはいわゆる企業特有の「経営資源」を移動させるものが多く,経営に体化された技術の移転をもたらしている。二つに,加えて,輸出指向型の直接投資がかなり多く,技術水準の差に基づく水平分業を目指すものとなっている。貿易は需要創出効果とその波及効果をもたらすが,輸出指向型の直接投資は,水平分業の成立をより確かなものにし,拡大均衡をもたらす重要な役割を担うものである。このような水平分業に結びついた形の直接投資は,東南アジアでは既に根付いたものとなっている。他の発展途上国でも定着させるためには,高い非経済的リスクを負うことなく発展途上国へ投資できる環境整備が必要であろう。外国からの投資環境の整備については,発展途上国自身の構造調整といった,自助努力が必須の要件となっていると考えられる。
最後に,世界経済の課題の解決と発展に我が国がどのように貢献できるかをまとめてみよう。
日本は,世界において経済的プレゼンスを拡大する一方,様々な分野で諸外国と協力を進展させている。日本の活躍が期待されている分野に,市場開放・アクセスの改善等を通じた輸入の拡大,政府開発援助(ODA)を通じた途上国の発展への協力,累積債務問題解決への協力,GATT・ウルグァイラウンドの早期合意,最先端技術の開発,技術移転,全地球規模の環境問題に対する貢献等々といった分野がある。このような要請は各々重要なものであり,多面的で,ほぼあらゆる分野への我が国の貢献が期待されている。
なかでも,輸入拡大の重要性があげられる。対外不均衡の改善を図りながら世界経済を順調に拡大させるため,我が国輸入の役割が増大している。日本の輸入の増減は周辺の諸国に大きく影響し,東南アジア(韓国・中国等を含む)の国々では経済成長率に多大な影響力を持つ。我が国のみならず世界経済にとっても,世界貿易の拡大に繋がる自由貿易を維持・拡大することは重要であり,この意味で各国とも市場開放の促進,関税率の引下げ,非関税障壁の撤廃等が期待される。
次に,発展途上国との貿易や直接投資の増大は,市場を通じた経済拡大に大きな効果を持つものである。加えて,累積債務問題の解決にも将来展望を開くものである。経済発展の環境整備そのものは,発展途上国自身の果たすべき役割が多いが,貿易を拡大し,技術移転を伴う直接投資を増加させたり,また,これらを促進させるのに,現行の制度を活用し,必要な制度を整備する等の面で,我が国の役割は大きいものがある。
第三に,資金協力の分野があげられる。我が国は高貯蓄国であり,資本輸出国でもある。現在,我が国からの資本移動は,その多くが証券投資であり,次いで直接投資となっている。一般的に,望ましい資本輸出パターンは,資本の限界効率の高いと言われている発展途上国に資本を移転させることであろう。このためには,まず,世界的なマクロ経済バランスの改善が必要であろうし,加えて,発展途上国自身が高い経済的・非経済的リスクを削減し,容易に資本の移転や直接投資を行える環境整備が必要である。
これら世界経済の課題に加えて,オゾン層の保護,地球温暖化の防止,熱帯雨林の保護などの全地球規模の環境問題の重要性が最近深く理解されてきており,科学技術面で様々な蓄積をもつ我が国には,問題の解決へ向けて,その積極的な活用が期待されてきている。このように我が国は,今後とも世界の課題の解決と世界経済の発展に多面的に貢献していくことが必要である。