平成元年

年次経済報告

平成経済の門出と日本経済の新しい潮流

平成元年8月8日

経済企画庁


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第3章 グローバル化が進む日本経済

第1節 世界経済の循環

最近20年間の世界貿易,資本・サービスの流れには,特徴的な動きが幾つか存在する。貿易面では,1)世界貿易はGNPでみた経済の拡大テンポ以上で,拡大していること,2)一次産品貿易のシェアが低下し,製品類のシェアが上昇していること,3)最近,先進国間の貿易が高まっていること,4)発展途上国間の貿易が低迷する中で,東南アジア(ASEAN,アジアNIEs)の輸出入が顕著に拡大していること,また,資本面では,1)1980年代に入り,先進国間の直接投資が再び活発化していること,2)発展途上国への資本移動が70年代に比べ,80年代は大幅に減少していること,サービス面では,国際貿易の拡大を上回る速さで拡大していることなどが特徴として認められる。

以下では,日本経済を取り巻く世界経済の環境変化を把握するため,世界貿易,資本・サービスの流れの分野毎に鳥瞰し,変化の背後にある要因を検討してみよう。

1. 世界貿易の循環とその変化

世界貿易の動向をみると,最近20年間の世界貿易の数量は約3倍,金額では約10倍,期間中の年平均伸び率は各々5.5%,12.4%で拡大している。この間の世界のGNPの伸び率が3.4%であることから,世界貿易の弾性値(貿易数量の伸びが世界のGNPの伸びの何倍となっているかを示す値)は1.62となり,経済成長を大きく上回って規模を拡大してきたことになる。

また,1970年から5年毎に世界貿易の数量の伸び率をみると,70年から75年では5.5%,同75年から80年では5.4%,同80年から最近時点まででは1.8%となっている。世界貿易の5年毎の弾性値についても,各々1.62,1.46,0.75と推移している。世界貿易の弾性値は,70年代前半,順調に経済が拡大していた時の高い値から,第一次石油危機を経て低下し,第二次石油危機以降更に低下したことを窺わせる結果となっている。しかし,87年,88年と急上昇し,それぞれ1.91,2.27となっている。

こうした,世界貿易20年間の推移を,1)原油を含む一次産品貿易の動向,2)先進国間貿易の相対的ウエイトの高まり,3)日本を含む,東南アジアの諸国が急速に世界貿易のシェアを高めていること,を中心に鳥瞰しよう (第3-1-1,2図)。

(変貌する貿易構造の特徴)

まず,第一に,貿易の商品構成に占める,原油,一次産品の動向をみよう。第一次石油危機から80年前後にかけて,世界貿易の中で,一次産品取引のウエイトが急激に高まった。一次産品取引は,世界貿易の中で,70年には19.9%であったものが,80年には41.0%へ上昇した。なかでも,原油は各々9.3%から24.1%へ急上昇している。こうした原油・一次産品の比重が急激に高まるという現象は,第一次石油危機に端を発した原油価格の上昇とそれが他の一次産品価格へ波及したため,貿易金額の大きな変化をもたらしたもので,恒久的であるというよりはむしろ一時的であったといえるものであろう。発展途上国からの輸出でも同様な傾向がみられる (第3-1-3図)。

一次産品に対する需要は,確かに,1,2年といった短期では価格弾性値(価格が1%変化したとき,数量が何%変化するかを示す値)が低い。しかし,エネルギーの高価格が省エネ化技術等を中心とした技術進歩等をもたらしたように,長期的には需要は価格弾力的なものとなっている。加えて,高価格が新規の資源開発を誘発する等により,供給側の長期価格弾性値もかなり大きい。需要側,供給側の状況変化と一次産品に対する長期の所得弾性値が低いことが合わさって,一次産品取引の相対的重要性は,80年代半ば以降,世界経済が力強く拡大し始めると,低下することになったと考えられる。

第二に,先進国間の貿易シェアが80年以降高まっている姿をみよう。地域別の貿易パターンの変化を詳しくみると,1)先進国の輸出,輸入額シェアは,常に過半を占めているが,80年以降増大していること,2)先進国と発展途上国の取引シェアは,70年代半ばには大きく増加したが,二度の石油危機の影響が減衰する80年代に入り減少し,絶対額でも余り増加していないこと,3)発展途上国間の取引シェアは,貿易の低迷を反映し,相対的に減少している,4)ASEAN,アジアNIEsでは急速に貿易シェアが拡大していることなどがみられる。特に,5)先進国間取引の貿易シェアは,70年には,55.6%であったものが,第一次石油危機,第二次石油危機の影響を受けて80年には45.3%に低下したが,最近の87年に至って49.0%に上昇している。6)この間,世界貿易に占める先進国の輸入は価格変化を除いてみると,70年の63.3%から85年の69.8%までほぼ滑らかに上昇している。まとめてみると,先進国の貿易ウエイトが趨勢的に高まる方向にあることである。特に,アジアNIEsを加えて考えると,これが一層明瞭になる。

第三に,東南アジアにみられる貿易・経済面の最近の変化をみよう。1)ASEAN諸国では,繊維衣料,木製材製品といった労働集約的な商品輸出が経済拡大の起動力になり,貿易・経済の構成を変化させている,2)アジアNIEsでは,技術吸収力を持つ人的資本が豊富で,資本蓄積が進展し,域内外の先進国から技術移転を受け,資本・技術集約的な電子機器,乗用車の生産・輸出に移行しつつある,3)貿易の拡大は,輸出の増加がそれだけに止まらず,輸出に必要な資本財や基礎素材を輸入するといった形で,貿易が両建てで拡大する傾向がみられる,4)この結果,当該地域では経済成長率が他の地域を上回るなど,経済活動の面で顕著な高まりがみられるなどの特徴がある。

こうした東南アジアの傾向により,世界貿易に占める割合が,輸出で70年の3.7%から87年の9.6%へと高まり,輸入でも70年の4.5%から87年の8.2%へと上昇している。域内貿易の比重は,世界貿易のシェアでみて70年の0.2%から86年の0.4%へと高まりがみられる。日本との間でも,87年では日本から見て,輸出入額の18.4%,東南アジア側から見て,輸出入額の24.4%とアメリカに次ぐ貿易相手国となっている。日本を含む域内貿易をみると,拡大する輸出入の相互依存関係がみられ,日本の輸入拡大が東南アジアの輸出増加をもたらし,この輸出増加が我が国への資本財や技術集約的な財の輸入需要を作り出す等,当該地域の経済発展が我が国の輸出,輸入を拡大する方向に作用している。

(貿易構造を変化させた要因)

現在みられる世界貿易の大きな変化は,土地,資本,労働などの相対的に豊富な生産要素を用いて輸出財を作り,比較して稀少な生産要素が体化された財を輸入すること(「比較優位」による要因)から生ずるとする見方とはかなりの相違がある。別の言葉でいえば,国際貿易の最大の誘因は要素賦存状況の「相違性」を基礎とするものから,むしろ「類似性」を基盤とする取引が多くなってきているとみられる。こうした貿易の誘因の変化を作り出し,貿易構造を変化させる要因について個々に検討してみよう。

まず,貿易構造の現状をみると,一次産品や基礎素材の貿易パターンは,本来の資源配分状況に基づく比較優位の要因と各国が経済発展の過程で獲得し,産業構造として具現化した,「獲得した比較優位」の要因である程度説明できるといえよう。一次産品や繊維・鉄鋼製品等基礎素材の貿易パターンは,国際市場で一物一価が成立すると考えられることから,生産技術の水準,生産要素投入や加工度などで,その輸出能力が判断できる。また,発展途上国や世界のNIEs諸国から輸出が増大していることや資源国が高い輸出比率を持つことから,比較優位や要素賦存量の相違に基づいて,十分説明できる貿易パターンとなっている。

これに対し,先進国間の貿易は製品類を中心に拡大しており,なかでも,産業内貿易,いわば水平貿易の増加で拡大している。この貿易パターンは比較優位要因だけで説明することが困難である。つまり,産業内貿易は,国際貿易であるものの,同様な生産要素の組合せで出来た産業内の貿易である。このため,要素賦存状況やその相違に基づいて,産業内貿易を中心とする先進国の貿易パターンが十分説明できないわけである。

それでは,比較優位要因がどの期間までの貿易パターンを説明出来るかをみよう。一つに,70年代までの貿易パターンは,一次産品,基礎素材,労働集約的財のウエイトが高いため,比較優位要因でかなり容易に貿易パターンを説明できた。二つに,逆に,80年,85年といった時点では,乗用車や機械類のウエイトが高まり,次第に比較優位要因以外の,製品の差別化といった要因が貿易パターンに強く影響するようになっている。三つに,比較優位以外の要因が強く作用するように変化するプロセスは緩やかなものの,先進国間の貿易パターンでは明瞭に示されている。85~86年以降では原油の貿易パターンに与える影響力が一層小さくなったため,製品類では比較優位以外の要因を強くもっていることがより明らかになっている。

このような産業内貿易の性格を理解するために,乗用車の貿易パターンをとりあげよう。乗用車は先進国間の貿易を促進する財であり,取引のウエイトが高く,取引が広範囲なものでもある。また,先進国間を中心に高級車から大衆車まで,メーカー,車名(ブランド),カラー等様々な要素によって製品に区別がなされている。

既に,75年には世界貿易に占める割合が約28%と,主に西欧地域,北米で水平貿易が行われて,世界貿易に大きなシェアを占めるようになっていた。70年代半ばまでの各国でみられた生産費格差をみると,乗用車の生産コストはアメリカが優位で西欧,日本の順といわれていたが,厳密な比較は困難なものの,これらの諸国間で大きな格差は認められなかったと言えるだろう。変動為替制度への移行によって,日本,西ドイツの為替レートが上昇して,アメリカの生産コストはそれ以前に比べ有利化さえしている。この流れを変えたのが,原油価格の高騰に端を発し,消費者のニーズが変化し,これに答える形で,公害防止・省エネ技術の進展やマイクロエレクトロニクス化を中心とした技術革新が生じたことであると考えられる。70年当時小規模の輸出を行うだけであった日本が,75年から80年にかけて,北米への輸出を急拡大させている。80年代に入り,日本から乗用車を先進国に輸出するパターンが一層高まっている。最近時点では,韓国,台湾といったアジアNIEsからの輸出が見られるなど新たな変化もみられている(第3-1-4図)。また,日本と西ドイツの間では大衆車が日本から輸出され,西ドイツから高級車が輸入されるというパターンも生じている。

つまり,燃費効率や公害防止効率の高さは,アメリカ市場で日本製品の差別化に貢献し,産業内貿易を促進することになった。また,西ドイツの高級乗用車などにみられるように,高技術化,高級化した製品も一般向け商品と別の市場を形成することで,双方貿易を増大させている。

以上,乗用車は今日の産業内貿易の典型となっている。乗用車以外でも,マイクロエレクトロニクスのIC,LSI等は世界貿易の中での重要な商品になりつつある。LSIは,現在,日本,アメリカ,西欧など先進国で生産されているが,素子を利用した商品はいわば無限の可能性があり,現在アジアNIEsでも既に生産が可能となっている。事実,応用分野では韓国,台湾,シンガポールといった諸国で先進国の水準に近い商品を供給できるようになり,マーケットシェアも高まりつつあるとの指摘がなされている。

次に,主要な貿易国である日本米国西独の世界貿易に占めるシェアの推移をみると,アメリカのウエイトは,当初世界貿易の13.1%を占め,世界第一位を占めていたが,80年代のドル高傾向と世界貿易の増大を受け,87年には10.6%まで低下したのに対し,西ドイツは80年代のドル高期を通して,シェアを拡大しており,86年以降,世界第一位の輸出国(87年,12.5%)になっている。日本は低いシェアであったが,西ドイツを上回るテンポでウエイトを高め,世界貿易に占めるシェアを高めて,87年で9.8%となっている。これらの大きな変化は,3国の輸出,輸入構造の特徴(第3-1-5表)から生じていると考えられる。すなわち,輸出では日本は所得弾性値,価格弾性値ともに高いのに対し,西ドイツでは価格弾性値が低くなっている。アメリカは所得弾性値が低くなっている。シェアの推移と照らし合わせると,趨勢的には所得弾性値の高い国がシェアを高めていることになる。つまり,長期の貿易パターンを大きく左右したのは価格要因というよりも所得要因の役割が大きかったことを示唆するような結果となっている。

以上をまとめると,貿易構造を変化させた主な要因として,三要因があげられる。第一に,比較優位の構造が変化したことによるものである。70年代半ばに第一次石油危機が生じ,高騰したエネルギー価格が様々な要素費用の構造を変化させたことが考えられる。また,それ以降,マイクロエレクトニクス化や省エネ技術の開発等,構造変化を是正する動きもあった。技術開発には諸国により進展に差異があったことから,これら技術を産業に体化することで,いわば「獲得した比較優位」といえる構造が形成され,貿易構造にも影響を与えたと考えられる。

第二に,産業内貿易の進展である。先進国にみられるように,要素賦存状況が似通った国の間で,同一産業内の商品が国際間で取引されている。これは,比較優位というよりも,1)ブランド名,デザイン,アフターサービスで商品に差異を持たせるような製品の差別化,2)製品の品質の管理,納期の厳守,技術格差等非価格競争の要因,3)生産プロセスにおける産業内の規模の経済性,といった要因が,産業内貿易を活発化させていると考えられる。さらに,後述するようにアメリカ企業の海外事業展開の動きがこれを加速させている側面がある。

第三に,所得弾性値が高い商品のウエイトが上昇したことが考えられる。原油価格,一次産品価格は一時高騰したものの,80年代央に入って,低下している。順調な経済拡大が続いた80年代以降には,所得弾性値の高い商品が長期的趨勢に基づいて貿易の中の比重を増大させていると考えられる。

2. 資本,サービス等の取引とその動向

国際資本移動が本格化した,60年以降,70,80年代と10年単位でその変遷をみると,資本フローの動向には大きく三つの特徴が見出せる(第3-1-6図)。第一に,10年といった期間でも資本輸出国の内容が大きく変化していることである。第二に,80年代の変動は累積債務問題とアメリカの対外不均衡を除いては分析することが出来ない位,国際的な不均衡の影響を大きく受けていることである。第三に,60年代と80年代後半は,先進国間の直接投資が比重を高めていることである。この内,資本輸出国の変遷と80年代の資本取引の動向について,以下で,主な動向の背景となる要因をみることにしよう。

(資本輸出国の変遷)

まず,第一に,10年毎でみた主な資本輸出国をみよう。60年代には,最大の資本輸出国はアメリカであった。アメリカは,証券投資や欧州向けを中心とした直接投資を活発に行った。当時,アメリカから自国の経常収支黒字を上回る規模の直接投資などの資本輸出が行われた。この結果,一方で,国際決裁手段であるドルが円滑に供給されることになったが,他方で,証券投資,直接投資資金などが海外の民間部門に滞留し,ユーロ市場を拡大することになった。また,当時のドル流出が70年代の国際的過剰流動性をもたらす一因になったとの指摘もなされている。これらの動向が,70年代の変動為替制度への移行の伏線となったと考えられている。

次に,70年代半ばには,原油価格が急騰し,原油輸出国,なかでも,OPEC諸国のうちに最大の資本輸出国が現れるようになった。これは,石油収入が急増したが,OPEC諸国には国内に大きな資金需要源を持たない,いわゆる,ローアブソーバーが主要国であったこともあり,これら諸国に集まった資金が,主に,ユーロ市場に資金還流されることになった。

還流された資金は,一面では,ユーロの短期市場を通して原油輸入国の赤字をファイナンスした側面がある。他面では,ユーロ市場やアメリカの商業銀行を通してラテンアメリカへの長期資金の流れも作られた。ラテンアメリカに流れた資金は,次のステップとして,アメリカ,西ドイツからの資本設備等の購入資金に向かい,先進国へと流出するという資金循環の構図が形成されていった。この時期にラテンアメリカで行った設備投資が,主に,経済的効率性の低い輸入代替型のものであったこともあり,80年以降に表面化することになった累積債務問題の背景を作り出していたことは注目に値すると思われる。

80年代の動きをみると,当初,第二次石油危機は第一次のそれとほぼ同様な影響を資本市場・資本フローにもたらした。その後,アメリカが大幅な経常収支赤字を計上するようになるとともに,最大の資本輸入国になった。先進国では経常収支不均衡が拡大して,日本は経常収支黒字を背景に,最大の資本輸出国となってきた。現在,アメリカには世界中から資金が集まるようになっており,その規模は,87年のピークで年間約1500億ドルに達したと考えられる。また,日本の経常収支黒字は87年約870億ドルとなった。86年の世界の資本フローを考えたとき,アメリカへの資本流入が世界全体の流入の6割弱となり,日本からの資本流出が同全体の約4割を占めると言うように,特定国がかなりの大きさを占めるようになっている。

(80年代の資本取引の動向)

80年代の資本取引をやや詳しくみよう。その主な特徴をあげると,1)ネットの資本フローが発展途上国から先進国へ,特に,前述のようにアメリカへ大規模に還流していること,2)中長期資本の中で証券投資の比率が増大しており,直接投資の比率が下がってきていること,3)資本残高に対して,資本フローの比率が上昇していることである。

まず,第一に,資本の地域間フローをみよう。一般的にいえば,資本は,資本収益率の低い諸国から高い諸国へと移動していくものである。こうした意味で,収益リスクが大きくない時には,資本は比較的潤沢な先進国から資本の不足する発展途上国へと流れるのが自然といえよう。ところが,84年以来,先進国から発展途上国に対するネットの資本移動は,84年の102億ドルから88年のマイナス430億ドルとなっている。ラテンアメリカなど特定地域を取り上げると,資金は一層大きく引き揚げられ,既に83年に100億ドルの引揚げ超過となっている。リスク回避的な民間資本は,これら累積債務国から資金を回収しようとしたのに加え,新規資金の供与を手控えてきたと考えられる。また,各発展途上国でみられた資本逃避が事態を一層悪化させたとの指摘もできる。

一方,先進国,特に,アメリカに対して,84年以降毎年1000億ドルを越える資金が流入している。これは,アメリカの経常収支赤字を鏡の裏側からみたもので,経常収支の動向を反映したものとなっている。アメリカの不均衡がこれだけ大規模であるため,必要とされる資金は到底一国で供給できるものではない。80年代の資金循環は,国際金融システムの一層の発展を伴いながら,日本などの黒字国からアメリカへ資金を還流させている。アメリカ経済は,短期的には国際金融システムの飛躍的な発展もあって,海外が資金を調達し続けているが,累積的な面からの歪みも生じている。累積経常収支赤字の額は既にアメリカを純債務国にする程の大きな規模となっている。60年代に持続した安定的な2%程度の実質金利(自然利子率ともいわれる)と比べると,80年代はそれより2%から3%高い実質金利が市場を支配し,双子の赤字の影響もあって,ドル建て資産のリスクプレミアムが上昇してきたのではないかと考えさせられるところである。一国全体で,長期的にわたりいわゆる自然利子率を上回るこれだけの金利負担は,資本の収益率が趨勢的に高まらないとすると,無視できないものとなる。つまり,アメリカの債務をみる上で,金利の要素が一つの重要なファクターとなっている。

第二に,国際資本移動の構成が変化してきていることをみよう。アメリカを中心とした80年と88年の資本フローの構成は,直接投資に比較して証券投資が大きく増加して,それが中心となってきている。80年には直接投資は,対内対外合計で約361億ドル,そのウエイトが約27%であったものが,88年には 627億ドル,同21%に低下している。一方で,証券投資が80年に比べて88年には顕著に増大している。80年は236億ドル,シェアでは17%であったものが,88年には974億ドル,同33%にまで増加している。

資本フローの構成の中で債券投資のウエイトが高まってくるとともに,資本フロー全体においても,為替変動,貸倒れリスク等を加味した資本収益率を基準として,移動すると考えられる。そこで,一例として,最近の日本の債券投資動向をみると,内外の総合収益率の格差の動向をかなりの程度反映しているものと思われる (第3-1-7表)。つまり,ポートフォリオの主体的均衡は,単に金利差や為替評価差損益だけでなく,手持ち債券のキャピタルゲイン・ロスを考慮に入れた総合収益率を判断して調整された結果となっていることを示唆している。もちろん,データで捉え切れない期待の要素が,ポートフォリオの主体的均衡を図るうえで大きな役割を果たすことに留意する必要がある。

第三に,資本フローの増大をみよう。国際収支は,変動為替制度の導入で,為替の調整メカニズムが作用するようになり,実物面では短期的な資金繰りの制約を余り受けなくなっている。資本移動の面からは,諸国が持っていた資本移動規制が緩和されるとともに,活発に対外投資が行われ,様々な金融商品の間の裁定が行われ,期待の変化で頻繁に且つ大規模に資本移動が生ずるようになっている。

資本フローの増大は,債権を急速に蓄積しつつある日本において典型的にみられる (第3-1-8図)。我が国の資本取引の特徴は,第一に,両建てで急速に増加する民間部門,特に金融部門の資金残高に現れている。つまり,「短期調達,長期運用」といった資産運用の構図が,我が国の資本取引あるいは資産・負債残高に見られている。世界市場の割引率より我が国の投資家の持つ割引率が小さい場合,金利の期間構造(Term Structure)が順イールド(期間が長いものほど金利が高くなる)のとき,一般的には,短期資金を借り入れて長期資金として運用することが自然であろう。逆に,最近のドル金利のように,金利の期間構造が逆イールド(期間が短いものほど金利が高くなる)になると,長期で借り入れ,短期で運用することも起こりうると考えられる。

第二に,資産側をみると,最近数年間では証券投資の増加が,ここ1,2年では直接投資の増加が著しい。87年末の資産残高でみると,証券投資,借款,直接投資の順で我が国の資産が保有されていることが分かる。しかし,87年後半以降,企業業績の回復,対外摩擦,円高等により,直接投資が顕著に増大している。88年末の残高では,前年末に比べ44%増と,証券投資(26%増),借款(27%増)に比べ高い伸びとなっている。

第三に,資産・負債の両面で短期資金,特に,金融勘定の占める割合が高いことである。まず,負債側をみると,外国為替銀行を中心に,短期の外国資本の積極的な取り入れがみられ,88年には金融勘定の負債残高が60%強を占めるまでになっている。次に,金融機関以外の民間部門が活発に短期資金を取り入れるようになっている。規模もこの2年程で急速に増大し,1四半期で100億ドルを越えるようになり,残高でも毎年200億ドル程度の増加と,大きく増加するようになっている。また,資産,負債の通貨建て構成比の動向を外国為替銀行の短期資産,負債についてみると,邦貨建ての比率が,88年末には資産残高の48%,負債残高で35%弱と,資本自由化直前の80年末各々約10%,13%の水準から急速に高まっている,といった特徴がある。

これらは,1)我が国の対外資産が急速に蓄積されたこと,2)世界的な資本自由化の中で,我が国も80年末から自由化される等大きな制度変更があったこと,3)円資金の需要が国内外に強まっていること等,のためである。また,円建て資金が海外市場を経由して国内へ還流するなど,規制等を迂回する動きとみられる現象が生じている。これらの結果,グローバル化要因で活発化している海外直接投資を除けば,一般的な方向として,資産構成で金利感応的な資産が増加する方向に変化している。

(サービス取引の動向と変遷)

サービス貿易(投資収益を含む)の動向には二つの大きな流れがある。第一は,取引が広範囲化していることである。伝統的な運賃,保険料,旅行等の支払いに加え,最近では,特許権やコンピュータプログラム等の著作権の使用料等が増大する等,取引分野が広範囲化している。また,金融サービスの手数料等,資本取引の活発化によって,分野として重要性が高まっているものも多い。

第二に,取引規模の拡大が急であることである。日米西独で,往復の貿易と往復のサービス貿易との伸びを,80年,87年の2時点で国際比較すると,日本では両時点間でサービス貿易の増加比率を貿易の増加比率で割った値が3.00倍,アメリカでは同じ値が1.56倍,西ドイツが1.45倍となっており,サービス貿易の伸びの方が貿易の伸びより高いことが示されている(第3-1-9表)。

サービス貿易の高まりには,主に三つの要因が影響していると考えられる。第一に,世界経済の拡大を反映した,国際貿易の拡大があげられる。これを反映して,輸出入に伴うサービスの運賃・保険取引が増大している。

第二に,資本取引の活発化に伴う投資収益の増大である。前述のように,資本取引は大幅に増大しており,このような急速な資本移動の拡大が背景となって,利払いや直接投資の収益は,サービス貿易の中でも特に顕著に増加している。

第三に,海外旅行の増加にみられる,消費者が参加した国際化,その他取引に含まれる事務所経費や諸手数料の増加のように,経済のグローバル化,一体化が与える影響であろう。新たなタイプの消費は当初急増するパターンがみられるが,これが海外旅行にあてはまるとすると,今日の急速な拡大が理解しやすくなる。事実,日本を中心に,海外旅行がサービス貿易の平均的な伸び率以上で,拡大している様子をみることができる。