平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第3章 グローバル化が進む日本経済
(世界経済の環境変化と日本の対応)
日本の貿易は,経済環境の変化に適応して,これまで絶え間なくその姿を変化させてきた。円高以降においても,輸出入の動向に,海外直接投資からの影響も加わり,その変貌は著しい。
輸出面でいえば,このような変化を可能にした要因としては,生産が成長性の高い製品に絶え間無くシフトしてきたことがあげられる。所得弾性値の高い製品に新技術を体化し,品質管理とアフターサービスに努めるなど,新製品の販売を進めた結果,所得の増加とともに新しい市場を開拓することができた。もちろん,円高の影響を受けて,輸出の伸びは低下している。
他方,輸入面では,製品輸入の増加が著しい。貿易構造が大きく変化しているだけではなく,国内の生産体制の見通しや海外現地生産への移行,市場開放・アクセスの改善などの影響もみられる。
日本経済は,結果として見ると厳しい環境変化に柔軟に適応し,成功を収めてきている。他方,日本経済が困難な事態へ成功裏に対応してきたことによって,逆に,対外的には摩擦が深刻となったケースが生じ,新たな課題を作り出している。以下では,日本経済の貿易構造の変遷をみた後,貿易構造の変化が日本経済のグローバル化に与える影響や,直接投資の国内外への影響もその視野に入れて,検討してみよう。
(日本の貿易構成の変遷)
我が国を取り巻く経済環境は,昭和45年から現在までの約20年間に大きく変貌している。この中で,貿易の財構成,地域別割合などについてその変遷を概観し,新たな動向のなかから,日本経済の「グローバル化」への流れを抽出してみよう。
貿易構成を代表的な品目の変化から見ると,昭和45年から最近時点までの変化には以下のような特徴がみられる(第3-2-1図(1),(2),(3),(4))。
第一に,輸出,輸入数量の動向をみると,45年から63年の間でそれぞれ3.80倍,2.41倍と大幅に増加している。その間,円高期には趨勢に比べ輸出が減少し,輸入が増加するという伸び率の変化がみられる。第二に,輸出金額(ドルベース)の推移をみると,18年間で13.7倍となり,特に,機械機器が22.0倍と最も高く,結果として70%をこえるシェアに達している。第三に,輸入金額(ドルベース)の推移をみると,第一,第二次石油危機で大きく増加し,56年には一度ピークに達した。その後原油価格の低下や円安傾向を受けて減少したが,60年以降の円高,景気回復を背景に再び増加するといった動向をたどった。45年から63年まで,輸入金額は平均9.92倍,特に,製品類の伸び率は16.1倍と最も高く,シェアも高まりをみせ平成元年に入ってからはほぼ50%を越えている。第四に,エネルギー原単位の低下に加え,円高,原油・一次産品安の傾向から,最近GNPに占める輸入割合が低下している。円ベースの財の輸入と名目GNPの比率は45年に7.33%であったものが,55年に11.8%とピークを打ち,63年には5.76%に低下している,という動きがみられる。
日本の輸出商品は,産業構造の変化,技術進歩に応じて,次々と主力商品が変化している。なかでも,特徴的な変化を電気・電子製品と乗用車でみよう(第3-2-2図)。
電気・電子製品については,テレビ→VTR→半導体等部品という高付加価値化,高技術化のプロセスがみられる。電気製品の主要輸出商品の推移をみると,テレビは45年から55年までドルベースでほぼ5年毎に倍増する急成長を遂げた。その後,60年まで以前に比べ,緩やかな拡大を続け,急激な円高の影響から伸び悩むようになっている。この間,52,53年頃から,VTRの急な増加が始まり,55年にはテレビを上回るまでになった。その後,61年頃まで著しい増大が続いた後,円高の影響などを受け,数量ベースでは減少に転じている。60年以降の円高期には,これらの商品に代わって,半導体等部品が増加している。このように,主力製品が次々と高付加価値化,高技術化している姿が明瞭に描かれる。
次に,乗用車をみよう。乗用車の輸出額は,50年から5年間で約4倍弱となる急速な増加がみられた。これに対して,アメリカとの間で,56年に輸出自主規制が合意され,対米輸出の伸びが大きく低下し,対欧州についても,日本からの輸出数量の伸び率が緩やかな伸びにとどまっていることから,全体の輸出でも増加テンポには若干の鈍化がみられていた。60年までの5年間では,約1.5倍と緩やかな拡大が続いた。この間,輸出自主規制もあり,我が国のメーカーはアメリカへ直接投資を行うとともに,日本からの輸出車種を高級化するという戦略を採用した。輸出金額が数量よりも増加していることからもこのような戦略が窺える。
これらをまとめると,1)代表的な輸出商品でみても,次々と高付加価値のものに入れ代わっており,(2)新商品導入の当初には急速な拡大がみられること,(3)シェアの急速な高まりにより「輸出規制」などももたらされることがあること,などがいえよう。
次に,我が国の輸入商品の動向についてみよう。輸入金額の構成をみると,第一,第二次石油危機とその後の原油,一次産品価格の低下から,大きく構成を変えている。最近の大きな特徴をあげると4点に要約できよう。第一に,製品輸入のシェアが高まっていることである。50年には20%程度であったものが,60年以降の円高,内需の高まり,水平分業の進展を受け,61年に40%を越えた後,最近では50%を越える水準にまで上昇している。第二は,発展途上国特にアジアNIEs等と競合関係にある分野で輸入が急増していることである。例えば,鉄鋼,繊維製品は,過去2年間で前者が2.5倍,後者が2倍といったペースで増加している。第三に,国内需要の拡大とあいまった市場アクセスの改善と輸入自由化等制度の変更の影響が表われていることである。例えば,前者については肉類,後者については石油製品等にみられる輸入の増加がこれにあたる。第四に,伸びの高い製品類でも,消費財の増加が著しいことである。61年から63年の2年間で約2.5倍というハイペースで増加しており,輸入に占めるシェアも約1.5倍に増加している。
今後の輸入増加の動向をみるうえで,所得弾性値,価格弾性値が共に高い消費財製品類の輸入拡大が強く期待されるところである。とりわけ,第2章でもみたように,内外価格差の存在や輸入商品が水準の価格と大きく乖離した価格でしか消費者に届かないといった日本国内の制度面を改善する必要性があることを踏まえ,国民経済の厚生を高める観点から,円高メリットが消費者に還元されることが必要である。
(産業構造の変化と貿易フロー)
貿易構造の変遷と産業構造の関係をみるために,日本とアメリカの各々の比較優位構造との関係で,5年毎の貿易パターンをみよう。45年でみると,日本,アメリカの各々の貿易パターンは,基本的には要素賦存量の相違に基づく,比較優位要因によるものであったといえる。日本の純輸出(輸出-輸入)をみると,繊維,造船,家電製品といった,製品類のなかでも労働集約的な商品の輸出が大きなウエイトを占めていた。アメリカの純輸出は,農産物,資本財であった。(第3-2-3図(1),(2))からも明らかなように,当時の比較優位から,日本では,電気機械,繊維,造船といった分野に,アメリカでは一般機械,化学といった分野となっており,国内の比較優位と貿易も対応したものになっていた。45年当時は,日本の貿易収支黒字が定着し始めた頃であったが,従来の貿易理論が有力な分析用具であったことの事例といえる。
次に,50年をみると,輸出財部門はこの前後に,素材型から加工型へとその重心がシフトしていった時期にあたる。40年代と比べると,一次産品価格やエネルギー価格,労働コストが大きく変化した。その結果,低廉なエネルギー価格や労働コストを前提とした生産構造では採算が大幅に悪化した。素材型業種では,こうした背景から,現実の為替レートでは採算割れしていたと考えられる。一方,相対的には,資本集約的な投資を続けたこともあって,加工型では輸出採算レートが現実の為替レートを大きく上回ることなく推移したと考えられる。これが50年の比較優位を表しており,我が国の輸出パターンにもある程度反映していた。
55年に至ると,(第3-2-4図(1),(2))にあるように,日本の純輸出は明確な比較優位要因だけでは説明が困難になる。この背景に,日本の輸出がオーディオ製品,乗用車,工作機械など加工型の商品中心となり,それが定着している事実がある。これらの商品では,前節でみたように製品の差別化が容易であるため,比較優位による説明が困難となっているわけである。加えて,ウエイトは低いものの,新たに半導体等部品やハイテク製品が増加してきた。これらの財の特殊性は,個々の企業の量産効果が加工組立関係を通じて産業全体に大きな費用低下をもたらすという,分業のメリット(産業内の規模の経済性)を強く持っていることである。このような製品差別の要因と素材型から組立型へ産業構造が変化したことが,比較優位による貿易パターンの説明を困難にしている。
最後に,60年以降の最近時点をみると,1)円高による交易条件の変化の影響と,2)産業の高度化によって生じた貿易パターンの変化,3)企業によるグローバル化の影響などがある。まず第一の変化要因の,円高による交易条件の変化がもたらした影響をみよう。円高は,産業にとって需要を外需から内需へスイッチする効果を持つ。これを受けて,輸入数量は3年連続で急速に拡大した。部品等の海外調達も増加している。一方,輸出数量は61,62年に若干のマイナスか横這いといった状態となった。また,品目構成で見ても一般機械や半導体等部品のような非価格競争力があるものや所得弾性値の高い商品では増加していたが,それ以外の主な商品では減少がみられた。こうした中で,原油・一次産品価格の下落や,金融緩和政策による金利の低下から,コストの低下が可能になり,輸出採算面でも顕著な改善(第3-2-5図)がみられ,63年には緩やかながら輸出数量の増加がみられるようになってきた。
第二の変化要因の,産業の高度化によって生じた貿易パターンの変化をみよう (第3-2-6図(1),(2))。貿易パターンの変化には,産業構造が変化し,比較優位要因,製品差別化要因に加え,以前とは異なる特性をもつ商品が重要な役割を持つようになった影響がある。この特性には,供給側では,(1)各生産プロセスのコスト削減が加工組立関係を通じて,産業全体に累積的なコスト削減を可能にする,分業のメリット(マーシャル的外部経済)の効果があること,2)新製品ほど同一機能では低価格,同一価格では高性能ということから,争って技術進歩を取り入れ,商品化するテンポが速まること,3)CIM(コンピュータによる統合生産)など生産プロセスの高度化とともに,市場ニーズに合致したデザインと結合させた商品の販売等商品の差別化,品質の管理等非価格競争力を高めていること,消費者側では,4)新製品は高い所得弾性値を持っており,非価格競争力の存在と併せて需要を増やす方向に作用している。これらの要因が重なって,新製品を供給する国のプレゼンスが世界貿易のなかで高まることになる。こうした意味で,我が国のウエイトが増大していると考えられる。
分業のメリットがある製品の一例として,IC,LSIといったマイクロエレクトロニクス技術を集約した産業をみよう。この分野では,技術が間断なく進歩し,産業内に規模の経済性が存在し,製品の差別化が広く行われている。新製品の開発も絶え間無く行われ,次々と需要の強い新製品の生産にシフトしていく,というプロセスが生じている。結果として,一方で,このような製品は多機能化し,高い所得弾性値を持つとともに,消費者にとって高い品質を持っていることから,非価格競争力を強めることになる。他方で,価格は,国内の企業間競争と分業のメリットが作用するため,高機能化商品でもほとんど上昇しないことになる。この結果,高い所得弾性値,低価格と非価格競争力が併せて需要を高め,日本製品のマーケットシェアが高くなることになる,と考えられる。意図したかどうかとは別に,世界市場でハイテク製品,新製品と呼ばれるものでの日本メーカーのシェアが高まっており,加えて,日本メーカーのみが供給者になっているものも存在しているのが現状である。
第三の変化要因は,世界的視野の下で,生産の立地や販売を企画,実施するという,グローバル化を図るようになったことである。円高への対応が進展し,業績が回復するとともに,金融緩和や円高のメリットを享受できるようになってきた。積極化した設備投資の背景には,国内の要因のみならず世界的視野の下で,生産の立地や販売経路を開拓しようとする企業行動が考えられる。国内の設備投資とともに増大する直接投資は,この一つの手段とみなされるわけである。
グローバル化を図る企業行動からは,商品開発やマーケティングは各市場毎に行うとともに,生産の立地や部品の供給元の選定は基本的に比較優位に基づく立地を考えていることが窺える。つまり,各国経済で相対的に最も恵まれている生産要素を集約して活用することを基本方針としている。販売そのものは各市場に根づいたものを目指し,為替レートの短期変動も考慮しながら,最も利潤があがるように販売先と供給元を組み合わせる企業戦略をとっている。このような企業行動は,経済の「グローバル化」を具現化する有力な動きといえよう。また,このような経済の営みが我が国経済を世界経済と一体化する方向へ押し進めるものと考えられる。
以上のように,貿易の動向は一様な進展ではない。むしろ,段階的に拡大を遂げているようにみえる。このなかで,一段の飛躍が生じた結節点をみると,日本経済を襲った大きな外的環境変化と無縁でないことが窺える。
(日本からの直接投資の動向)
日本からの直接投資の動向をみると,以下の四つの主な特徴がみられる (第3-2-7図)。一つに,地域別では,50年半ば頃までは東南アジアを中心としたアジアの比重が高かったが,その後,北米向けの比重が高くなっている。また,最近では地域統合を視野においた欧州向けも増大している。二つに,製造業向けの投資が全体のほぼ3割を占めるまでシェアが回復している。その内訳をみると(第3-2-8図),電気機械,輸送機械,一般機械といった我が国の競争力のある産業からの投資が多いが,ここ1,2年ではM&A(企業の合併・買収)などの進展から,業種の広がりがみられている。三つに,産業別には,非製造業のウエイトが高くなっており,最近3,4年でみると,国際化を背景とした金融・保険業向け,ポートフォリオの多様化,あるいは海外業務の展開といった面から不動産業向けの増加が顕著である。四つに,我が国で比較劣位になった産業や資源依存型産業からアジア向けの投資が50年代半ば頃まで多くみられたが,最近では,電気機械,一般機械などの輸出競争力のある業種からの先進国向けを中心としている,といった特徴がみられる。
直接投資の地域別動向を,更に詳しく製造業についてみよう (第3-2-9図(1),(2),(3))。まず,規模の大きさでは,アメリカを中心とした北米,アジアNIEs,アセアンを中心としたアジア,ついで,欧州の順となっている。北米地域では,最近数年をみると,電気機械,輸送機械,一般機械向けが目立っている。アジアをみると,資源関連の石油,鉄への投資がみられるが,最近数年間では電気機械の増加が著しい。主に,労働集約的な分野の進出と考えられる。欧州では,1992年の統合に向けた動きを反映している。63年度では,ほぼ全分野で投資額を増加させており,特に,貿易制限的措置の影響を強く受けた,電気機械,一般機械の増加が注目される。
次に,製造業の直接投資の目的をみると,まず,東南アジア向けでは,現地販売以外に,日本への輸出,第三国への輸出があり,その比率が高いという特徴がある(第3-2-10図(1))。なかでも,食料品,電気機械,一般機械などでは50%以上が輸出向けとなっている。これに対し,北米や欧州向けでは,現地販売の比率が高い。特に,アメリカ向けでは,木材,精密機械で輸出向けが過半となっているほかは,欧州向けと同様に,ほとんどが現地販売となっている。こうした,北米,欧州向けの直接投資は,もともと現地販売指向が強いとされるアメリカ企業のそれより現地販売比率が高いといった特徴がある。また,「第3回海外事業活動基本調査」(通商産業省)によると,進出動機では,販売に加え,アジア,欧州では情報収集,アジアでは現地労働力の利用をあげている。
発展途上国が輸出主導型の政策をとるとき,こうした輸出指向型の直接投資は好ましい影響を受入れ国に与えるものである。しかし,国内産業が輸入の影響を強く受けている欧米では,直接投資を歓迎する諸国と,慎重な態度を取る国とあって,一様ではない。貿易のメリットを重視すれば,比較優位を活用した投資は歓迎すべきであり,貿易・投資制限措置をとることは世界の経済発展にとって好ましくないと考えられる。
次に,我が国向けの直接投資(対内直接投資)をみよう。対内直接投資の最近の動向をみると (第3-2-10図(2)),55年度,59年度を除けば,ほぼ着実に増加している。特に,61年度以降は,毎年平均1.5倍を越えて増加しており,63年度には4,222億円となっている。その特徴をみると,第一に,業種別では,製造業は機械,化学が,非製造業では商業・貿易業のウエイトが高くなっている。特に最近では半導体,輸送機械を中心とした加工型の伸びが著しい。第二に,国籍をみると,アメリカのウエイトが高く,ほぼ一貫して約5割を占めている。
このように,対内直接投資は急増しているが,その残高規模(累計額)を我が国の対外直接投資と比較してみると対内直接投資は,63年度の全業種で対外直接投資の10%弱,製造業でみても20%弱と,低い水準に止まっている。こうした動向は,基本的には各国の市場の成長性や期待収益率の高さなど経済の諸条件を反映したものであろう。しかし,諸外国においては,「日本は外資に対し閉鎖的」といった誤ったイメージが存在していることや,欧米諸国の企業の日本市場に対する最近までの関心の低さ,さらに日本市場における事業活動を取り巻く諸条件が背景にあると考えられる。このため,バランスのとれたグローバル化を目指すためにも,我が国市場に関するパーセプションギャップの解消に努めるとともに,情報,生活インフラ等における外資系企業ゆえのハンディを軽減するなど対日投資の推進を図っていく必要がある。
(直接投資の役割)
現在みられる直接投資には,主要な誘因で区分して,凡そ,3つのタイプがある。第一は,国内で比較劣位にある産業から,諸外国で比較優位にある分野に対して行われる直接投資である。例えば,50年代にみられた,東南アジア向けの直接投資やアルミ関連の直接投資などが代表的な事例と考えられる。このタイプの特徴の一つに,現地の販売を目指すというよりも,我が国や他の先進国への輸出を目的としていることであろう(前掲第3-2-10図)。ある国が経済発展によって比較優位構造が変化したため,国際的に経営資源を移動して,外国の豊富な生産要素の利活用を図り,収益率を高めようとすることが誘因として考えられる。その結果,比較劣位にある国の資本収益率は投資収益を得ることによって改善することもある。
例えば,我が国から東南アジア向けの直接投資は,東南アジアが持つ比較優位を背景とした,労働集約的な産業あるいは同生産プロセスが中心となっている。当初は,受入れ国側の技術受容力を考慮しない生産プロセスを投資に織り込む等,試行錯誤もみられた。60年代に入って行われている直接投資は,投資受入れ国側の体制の整備も進み,現地の事情をより考慮にいれたものとなっている。このため,雇用の増大,輸出の拡大等,受入れ国にとっても経済発展の観点から望ましい効果を持つようになっている。受入れ国が,日本への輸出を目指す場合,日本企業の直接投資を促進することで,日本企業が既に持つ販売網,マーケティング等の経営資源が直接利用可能となるというメリットがある。
このような投資は,比較優位に基づく国際分業と同様の効果が期待できることから,世界経済にとって経済厚生を高める等,好ましい結果をもたらすことが予想される。
第二に,輸入制限や輸出自主規制等,貿易制限的措置が存在する分野へ,これを回避するために行われる直接投資である。古くは,アメリカからラテンアメリカに対して行われた直接投資があげられるであろう。また,日本の経験ではアメリカに行われたテレビの直接投資が考えられよう。この範疇では,直接投資の主たる目的は,当然ながら現地の販売を目指すことであり,輸出は現地生産に代替されることになる。
直接投資(自由な資本移動)と自由貿易との関係をみてみよう。自由貿易は生産要素の移動がなくとも,資源の効率的利用をもたらす。また,完全に自由な資本移動は貿易がなくとも,自由貿易と同様に効率的資源利用をもたらすことになる。労働力が外国へ移動しなくとも,各国内で労働の産業間シフトが生じ,効率的資源利用をもたらす。このため,直接投資のない自由貿易と貿易のない自由な直接投資との違いは,長期的にはほとんどなくなるようになる。それでは,なぜ,一方で直接投資を認め,他方で,貿易を制限するのだろうか。問題は,貿易で直接影響を受ける輸入競合部門の雇用や資本の「調整」をだれの費用で行うのかにある。貿易制限には関税引上げや輸出自主規制などの方策があるが,関税を引上げた場合には,輸出国の産業と輸入国の消費者が損失を受け,競争制限によって輸入国の産業が利益を得る。これが,台数等で輸出自主規制を行った場合には主に輸出国の産業が利益を受け,輸入国の消費者が損失を被る。さらに,一度導入された輸入制限は,通例,廃止が著しく困難であることから,ほとんどの場合,永続することになる。このとき,輸入国では通常より利潤率が上がっていることから,輸出国の産業は国内の雇用や資本を整理して,相手国に直接投資を行うことができるようになる。これらを勘案すると,貿易制限的な措置等は自由貿易を損い,貿易関係国に経済厚生の低下をもたらすものの,効率的な直接投資は貿易摩擦の面をみると緩和する効果をもつものと考えられる。
最後に企業のグローバル化,世界的事業展開を行う必要性から生まれる直接投資である。世界的な事業展開を図るとき,生産等の立地は,各産業の特性に応じて決定される。労働集約的産業では発展途上国に生産拠点を持つことが最適であるかも知れないし,製品の輸送コストが高い産業などでは消費地に立地するのが最適となるかも知れない。このような観点からみると,先進国で行われるM&Aと発展途上国で行われる設備,経営資源の投下も同じ次元でみる必要がある。
これまで,先進国間でみられた直接投資は,アメリカから欧州へ,逆に,欧州からアメリカへといったように,多国籍企業によって行われた双方向性の強いものであった。また,技術格差によって生じたというよりも製品の差別化によって市場が確保できることを背景として進出して来た。同様に,消費地に立地することを目的としたグローバル化を目指す直接投資は,相手国からの投資もありうるわけで投資の双方向性が強く,一般的な資本収益率の高低だけから説明することが困難といえよう。むしろ,これらの分野の投資は,貿易面でみられる産業内取引と同様,製品の差別化や特殊経営資源の存在を前提とした要因によって生じていると考えるのが最も自然であろう。
これらの直接投資を促す誘因は,資本の自由化,関税率の一括引下げ,国際的な貿易の自由化,地域統合といった措置と一緒に生じているものが多い。誘因は相互に連関するとともに,投資主体の企業戦略とも密接不可分のものとなっている。
グローバル化を背景とする直接投資を考える場合,立地目的と誘因とが表裏一体となることが重要である。以下でみるように,アメリカ等の多国籍企業の行った様式だけがグローバル化のパターンではなく,むしろ,他の方法があり,既に一部企業では試験的に実施に移されていることに留意する必要がある。
(直接投資と輸出入への影響)
現地の生産化プロセスは,我が国からの輸出に対し,輸出,輸入の金額に対する影響や完成品,部品,資本財といった財構成にたいする影響など,様々に影響することが考えられる。まず,貿易パターンが直接投資によって受ける影響をみると,1)資本財輸出が増加し,2)生産が軌道に乗り,部品の現地調達が進展するまでの間,中間製品・部品の輸出が増加する一方,1対1でないにしても完成財輸出が減少する傾向をもつ,3)我が国と現地の生産分担の調整や企業戦略によっては,逆輸入が生ずる等のプロセスが考えられる。
これを,アメリカ向けテレビ(第3-2-11図)と乗用車 (第3-2-12図)の直接投資を事例に,推移をみよう。まず,テレビでは,52年対米輸出数量協定が導入された。これを受け,1)直接投資を積極的に行うとともに,2)現地生産へ移行し,生産が増加するにともなって,ブラウン管等の部品輸出が増大し,3)完成品輸出は現地生産が拡大するとともに大きく減少した,4)更に,時間の経過とともに,部品生産も現地化し,ほぼ直接投資が輸出を代替したと考えられ,5)現在では,日本から輸出している製品は高付加価値のものになっており,アメリカから一部日本への輸出が行われるようになる,という変化を辿った。これは,初期投資が小さい商品の場合である。
次に,乗用車をみると,セットアップコストが著しく大きな産業であることから,現状は現地生産への移行期にあり,確定的なことは言いにくい。これまでのところ,1)56年度の対米輸出自主規制の導入を受けて,対米直接投資が本格化し,2)現在のところ,生産設備の建設と現地生産の拡大が平行して行われており,完成品輸出は規制枠を使い残している,一方,3)資本財輸出が増大している,4)同時に,自動車部品輸出の増加が著しい,5)先進的な企業では,逆輸入を試みる等,テレビでは初期に見られなかった現象も生じている。
これらの例から,輸出と直接投資の関係をみよう。テレビと乗用車の動向は示唆に富む事例となっている。1)何れも輸出規制が本格的な直接投資の直接的な契機となっていること,2)現地化のプロセスをみると,乗用車は生産に多くの資本を要することから,資本財の輸出がかなりみられること,3)乗用車は現地生産化にもより長い時間を要しており,これに応じて部品輸出も長期化していること,4)製品の差別化が乗用車ではより明確に見られ,逆輸入を試みている場合には日本で生産されていない型式で行っていること,5)日本からの完成車の輸出は高級化,高付加価値化が見られていること,6)テレビでは,現地化を通して日系企業が市場を席巻したが,乗用車では,高級車からサブコンパクト車まで存在する著しく製品差別化が進んだ市場であることから,日系企業はアメリカ市場の約1/5の占有率となっていることなどがみられる。
つまり,一つに,直接投資が輸出規制を回避する目的で行われる限り,現地生産が増大するにつれ輸出の減少(現地生産が輸出を代替すること)が生ずる。しかし,二つに,完全に現地生産が輸出に代替するかどうか,また,逆輸入を行い,水平貿易を行うようにまでなるかどうかは,企業戦略と製品の差別化の程度にもよっているということがいえよう。例えば,輸出競争力に格差が存在する場合や技術力の差が大きい場合には,直接投資は必ずしも輸出を代替せず,輸出と現地生産とを合わせた市場占有率は進出前より高まることもある。また,製品の差別化が可能な商品のときには,高級品を輸出で行い,現地生産は低級品とするような企業戦略も可能である。この意味で,日本企業のグローバル化のように生産,販売の最適立地を目指した生産配分からは,必ずしも,完全に現地生産が輸出を代替するわけではない。
次に,貿易収支に対する,直接投資の影響をみよう。短期的には,1)直接投資が一時的に日本からの資本財輸出の増加をもたらし,2)現地生産が進んでも,当初,部品の供給体制が不十分な初期の立ち上がり段階においては,日本からの部品輸出が増大する,3)ローカルコンテンツ規制等により,部品も現地化が図られると,一時的に資本財の輸出がまたしても増加するが,日本からの部品は減少する,さらに,4)セットアップコストが大きいため,現地への進出は幾次かに段階を分けることが考えられ,1)から3)までが何度か繰り返されることになる。例えば,自動車の場合では,(前掲第3-2-12図)の項目を縦に合計し,現地生産額を控除した値が示唆するように,海外投資の歴史が浅いこともあり,これまでのところ金額でみれば,自動車の海外生産は数年間でみても大きく収支の改善に効果があったとは断定できない。もちろん,このような例を一般化することはできないが,短期的には直接投資がむしろ貿易収支の黒字幅拡大に働く局面がありうると考えられる。
しかし,中,長期的には進出が一段落し,資本財輸出が終わり,現地生産が本格化すれば,当然黒字縮小要因となってくる。
(EC統合と貿易・直接投資の動向)
今日,欧州及び北米で,地域統合の議論が活発に行われている。欧州共同体が1992年末までに統一化が図られ,米加自由貿易協定により,今後10年間で関税,貿易制限措置の撤廃や金融,サービス,投資分野でも自由化を図ろうとするものである。
最近の欧州との貿易(ドルベース)をみると,ECへの輸出で61年から63年の2年間で1.53倍,特に同輸入では1.72倍と大きく増加している。なかでも,高級乗用車や高級繊維品の輸入の急増などに特徴がみられる。また,同向けの直接投資の動向をみると(第3-2-13図),63年度には90億ドルを越え,前年に比べ40%近い伸びとなっている。最近3年間では,とりわけ金融・保険業向けが大きなシェアを持ち,また,製造業の増加率が高い。また,63年度には投資した産業に広がりが認められ,欧州統合の影響が表れていると考えられる。製造業の内訳をみると(前掲第3-2-9図(3)),貿易制限的措置,良好な企業業績等を背景に電気機械などを中心に増加している。
対欧直接投資には完成財のメーカーだけでなく,最近では投資の当初から部品メーカーも積極的に参加している。これは,直接投資の範囲がどの程度になるかは,ローカルコンテンツ基準など(原産地認定の基準にはローカルコンテンツ基準に加えて付加価値率,生産工程等さまざまな基準がある)と無縁ではないためである。現在検討中の地域統合では,欧州,米加のいずれも域内取引について,ローカルコンテンツ基準などを基に域内産,域外産を決定した上で,域外商品と認定されたものに輸入制限措置の対象とみなすなどのうごきがある。このような措置には,主に,三つの影響が考えられる。第一に,域外貿易との関係である。グローバル化の観点からは比較優位に基づき,部品レベルでも貿易を行うことである。ローカルコンテンツ基準などによる域内外の差別化が行われるとすれば,一方で域内に非効率性を温存し,他方で効率性の高い商品の輸入を弱める方向に作用することになろう。第二に,保護的措置は過剰な直接投資をもたらす効果がある。選別的関税は,直接投資を促進する効果がある。本来,現地生産が望ましいものだけ直接投資するのが自然であろうが,規制が働く場合,部品等周辺生産物についても現地生産化を行うことが必要になる。第三に,ローカルコンテンツ基準などの認定自体が非関税障壁になりうることである。認定には行政的コストが伴うが,国境を越えるかどうかの認定に比べ,内容に立ち入った認定は単純にいってもコストが高まり,それ自体経済的ロスである。加えて,運用において,非関税障壁とならない保障はないといえよう。
このように,地域統合は貿易や直接投資の今後の展望に重要な影響を持つ。現在活発化している欧州向け直接投資は域外の企業が欧州域内に生産拠点を設置し,域内企業として,地域統合のメリットを享受しようとする行動と考えられる。貿易面でも輸出自主規制に加え,ローカルコンテンツ基準などを中心とした様々な影響が見込まれる。我が国は自由貿易を維持・拡大する立場から,欧州等の展開を注意深く見守る必要があるであろう。
(産業構造とアウトソーシング)
経済の成長とともに,資本,労働,土地といった生産要素の稀少性が変化することが知られている。技術進歩や国際貿易がこのような変化を緩和すると考えられるが,それでも,各国において実質賃金率や資本収益率にかなりの差異がなお生じている。狭義のアウトソーシングは,このように生産要素の稀少性が変化し,例えば賃金等が上昇した場合に,コストダウンを図るため部品を外国からの輸入に形態を切り換えることを指している。また,広義のアウトソーシングを考えると,部品に限定されず,広く完成品もOEM等で輸入し,自らは最終組立や販売だけを行う方向へシフトする行動も含まれるであろう。
それでは,アウトソーシングは国際貿易との関係でどのような意義を持つのであろうか。アウトソーシングは比較優位に基づく貿易パターンの一つとして捉えられる。つまり,国際貿易は完成品に加え,中間生産物や部品を含むものである。生産プロセスが多層化,多重化すると,「部品」という形で分業が発生し,これが国際貿易の対象となる。このとき,例えば実質賃金が上昇すると,当該国の労働集約的な財は,コストダウンのため海外生産や調達に切り換えられ,アウトソーシングやOEM輸入が生ずることが多い。
国際的事業展開と産業構造との関係をみるため,アメリカの経験を参考としてみよう。アメリカは,最も海外直接投資による国際的事業展開が進んだ国とされる。アメリカの国際的事業展開は,進出国や進出地域での販売を重視する方針をとってきた。最近の直接投資の動向をみると,そのピークには62年で445億ドルとなっている。
アメリカでは,ドル高が顕著になった57,58年頃から,製品輸入が増大し,57年の1490億ドルから63年には3616億ドルとなっている。内容をみると,額の面でも輸入シェアでも,部品輸入が急速に増大している。輸送機械,OA機器,半導体といった分野では,57年から63年の間に2倍以上の増大を示している。また,海外生産やOEM輸入が増大し,完成品の輸入にも広がりがみられる。供給側をみると,海外子会社が売上高対アメリカ向け販売比率を上昇させており,57年に約10%であったものがドル高時の59年以降には14%になっている。金額でみると52年に461億ドルであったものが61年には656億ドルへ増加している。加えて,資本関係外からのOEMによる製品輸入の増加が顕著であることなどが,製品輸入の拡大を支えた要因となっている。
アメリカのアウトソーシングをメキシコ,東南アジア向けの直接投資の傾向から読み取れるとすると,この動きは(第3-2-14図)のように,55年以降のドル高期に大きく進展し,今日でもその増勢が維持されている。産業別にみると,特に,電気機械,輸送機械といった国際競争に曝された部門の動向がそれを如実に示している。これを国内への影響からみると,アウトソーシングと考えられる直接投資をメキシコ,東南アジアに向かって進めた電気,輸送機械等では,今日,製造業が活況を呈している状態でも,輸入の増大が輸出のそれを上回り(第3-2-15図),雇用者数が停滞ないし減少し,設備投資も不活発のまま推移する等,国内産業の空洞化の懸念が一部産業では現実化するまでになっている。
しかし,一方で,これらの製造業部門は売上高利益率が低いと言うわけではない。例えば,日米の製造業で売上高経常利益率(アメリカでは,売上高対税引き前利益率)を最近5か年で比較すると,日本では3.7%,アメリカでは6.9%となっており,63年(アメリカでは第3四半期まで)には日本では40年代以来の高い利益率であったが,なお両者の乖離が約3%と大きな格差が残されている。アメリカ側では,企業は高い利潤率を享受し,消費者は良質な商品を低価格で購入している姿を示している。アウトソーシングや海外調達そのものは,その限りでは,企業や消費者からみて特段の問題を生じさせているわけではないといえよう。問題があるとすれば,高い利潤率と貿易制限の関係,雇用,マクロ経済バランスや地域経済への影響であろう。
日本におけるアウトソーシングの動向をみよう。日本企業が海外から調達する製品原材料の売上原価に占める割合の動向には,「企業行動アンケート調査」(平成元年版)の調査結果を分析すると,1)62年度3.7%(海外調達の実績がある企業では,7.6%),63年度(実績見込み)4.1%(同,7.9%)と緩やかに高まって,今後5年間でも5.7%(同,9.3%)に上昇する緩やかな変化となっていること,2)5年後の動向を業種別でみると,紙・パルプが高い(16.6%)ものの,弱電が7.7%の調達を考えているなど,以下で見るようにアジアNIEsやASEANにとっては大きな額であるが,国内生産との関係やアメリカとの比較では,総じて低い割合となっている。3)調達相手国では,アジアNIEs,ASEANからの増加が大きく見込まれていること,4)アウトソーシングを行わないとする企業も5年後で35%程度あること,などの特徴がみられる。
日本企業の海外調達比率が5年後においても低い水準に止まるのは,一つに,コスト削減に対する日米間のアプローチの違いがあげられる。同調査では,現時点ではアウトソーシングによるコスト削減効果よりも,生産部門のコスト削減を目指す割合が大きいことがみられる。同アンケート調査では,3年後のコスト削減方法としてアウトソーシングをあげる割合が現在水準より5割程度増加するが,それでも生産部門のコスト削減をその方法としてあげる割合に比べ約1/3程度の低い水準で止まっている。二つに,OEM調達についても,コスト削減効果を余り重視していないことが指摘できる。5年後の国内売上高に占める割合でみて,製造業平均で1.2%(実績のある企業で,4.0%),流通業で2.7%(同,7.4%)と低い水準を見込んでいる。
アメリカで経験した,OEM調達やアウトソーシングが企業にとって有利となるのは,まず,国内の雇用,資本設備等で要する「調整コスト」が企業にとって低いことが重要である。アメリカではいわゆる「レイオフ方式」による雇用調整が容易であり,逆に職種転換で対応することが困難と考えられる。また,外国へのシフトによるコスト削減効果による利益が「調整コスト」を上回ること,長期的に現在生産している商品が貿易財として明白に存立できない場合であることも関係している。さらに,アメリカのように短期的な利益を重視することも要因となる。日本の現状に当てはめると,これまでの構造調整の経験を踏まえれば,以上あげた条件にうまく合致しないと考えられる。特に,OEM調達やアウトソーシングを行い易い大企業ほど雇用や資本設備などで要する「調整コスト」は,得られる利益に比べ,かなり高いと考えるのが普通であろう。むしろ,中長期的な対応をとることで,海外調達で得られる低付加価値品のコスト削減効果よりは,国内で高付加価値化を目指す対応を重視していることが見て取れる。
以上から,アメリカ経済との対比によって得られた,アウトソーシング,海外調達の拡大から生ずる影響を四点に整理してみよう。第一に,アメリカの国際的事業展開は,生産の現地化とアウトソーシング,OEM調達が主なものとなっている。前者は,よく知られているように,輸出に取って代わるため,現地生産の本格化とともにアメリカからの輸出は減少する。一方,アウトソーシング,OEM調達は新たに輸入を創出する効果を持ち,移行が本格化すると輸入増大をもたらす。両者を併せると,マクロ経済バランスには貿易収支の悪化要因となる。第二に,アメリカの国際的事業展開が進行している間,上記の要因が作用し続けるため,短期的な為替レートの調整が有効に働かない形でマクロバランスを悪化させることになる。このため,アメリカで進行しているグローバル化と呼べる国際的事業展開は,マクロ的にみると国内に大きな「調整コスト」を生じさせ,対外バランスの面では事態を悪化させる方向に作用していると考えられる。第三に,日本では,アメリカ型と考えられる国際的事業展開そのものが,雇用の確保を重視する多くの大企業にとって受入れ困難と見られ,アメリカ企業の存立基盤と我が国のそれの相違が,国際的事業展開の方針の違いを作り出す,最も大きな要因であると考えられる。最後に,日本企業の海外調達は,国内の生産活動との関係では今後5年をみても数%の小さなものであり,国内への影響は小さいと言えよう。ただし,東南アジアなどの海外へは大きな規模であることには留意が必要である。
日本企業の海外生産は,製造業の生産額比率でみると60年度以降着実に上昇しているが,63年度(推定)でみても61年のアメリカや西ドイツの水準の1/3から1/4程度となっている (第3-2-16図)。また,「企業行動アンケート調査」(平成元年)によると,現在海外生産を行っている企業でみても,海外現地生産比率は63年度の9.5%から5年間で12%程度に上昇すると見込まれている。製造業を単純平均すると,全体では,63年度の3.0%から5年間で5.2%程度に上昇すると見込まれている。
また,現在見られる海外調達の拡大は,これまでのところ一部部品や低付加価値の製品となっているが,併せてこれらの諸国へ資本財の輸出も増大している。今後,これらの発展途上国と日本との間では技術格差に基づく貿易の拡大が見込まれるところである。例えば,上記の調査では,アウトソーシングの比率が今後5年間で1.6%上昇すると見込んでいる。これが全規模の製造業に平均的に当てはまるとすると,我が国の62年の経済規模にあてはめてみると,約200~300億ドルといった大きな輸入需要を作り出す規模と試算される。
(国内産業とグローバル化の影響)
日本で進行中のグローバル化は,単純なアウトソーシングではない。むしろ,発展途上国とは水平分業化であったり,先進国とは現地進出であったり,立地と環境とに応じて様々な対応をとるものとなっている。
国内産業の空洞化が問題となるのは,1)第2章でもみたように,産業構造が変革し,生産力が海外へ移転されるとき,労働,資本などに遊休を生み,地域経済に大きな「調整コスト」を発生させる場合,加えて,2)経済の基幹となる産業の生産力を海外に依存することで危険が増大し,3)産業構造が多様性を失い,経済の環境変化に対して対応の柔軟性を失うことなど,が生ずるからである。
日本には日本型のグローバル化があることをみたが,各国にも各国の要因で行う国際的事業展開があろう。我が国では,国内産業が空洞化する可能性は,企業が日本型のグローバル化を進める限り,アメリカで見られるような産業の空洞化の可能性は低いと考えられる。これは,第2章でもみたように,我が国の産業は国内市場の拡大を念頭におきながら,高度化を進めており,海外生産もその一環をなしている。こうした対応がみられる限り空洞化の懸念はみられない。
国内産業に対する日本型のグローバル化の影響は,空洞化といった観点では現在までのところ明確な影響はない。また,先の「企業行動アンケート調査」に基づくと,5年後くらいまで,海外調達の拡大が国内産業へ大きく影響する心配はないであろう。しかし,円高期以前にも国際競争力を失いつつあった産業ではかなり顕著な影響を受けることは,避けがたいと見込まれる。こうした観点から,企業体質が強化されている今日,新規事業への進出,あるいは,事業の多角化といった対応が重要であろう。
我が国の目指すグローバル化が世界経済の拡大均衡をもたらすような水平分業となるのであれば,国内産業は高度化を果たしながら,発展途上国とともに経済の拡大均衡を実現することができる。このためには,国内産業自身が変革することがまず必要である。加えて,発展途上国でも比較優位に基づく国際分業を促進するよう,発展政策を立案することが必要であろう。
国際経済関係には,相互依存の強化や関係緊密化といったものから,対外経済摩擦まで,様々な様相がある。後者については,更に,貿易摩擦,投資摩擦,市場開放問題等が考えられる。これらはいずれも現在問題になっているものや,重大な課題を孕むものであり,対外経済関係を考えるうえで重要な問題である。ここでは,企業のグローバル化に伴って生ずる,貿易面への影響や直接投資そのものが国際的な経済関係に与える影響に限定して検討することにしよう。
企業のグローバル化によって生ずる影響には,およそ,三つの側面があると考えられる。まず,第一に,国際貿易面,特に,貿易収支の動向への影響と投資収益・貿易利益がどこに帰属するかという問題がある。第二に,開発輸入や技術移転を通じた影響である。例えば,我が国特有の「経営資源」は,生産プロセスそのものにあるといわれている。この種の技術移転は,生産の効率化を進めるとともに,広く人材の養成(人的資源の開発)もその過程で行われることになる。生産に密着した技術移転は,成功すれば波及して相手国の経済全体の効率化となり,経済発展を促進するものである。したがって,その影響も大きいと考えられる。第三に,直接投資によって生ずる,資本関係を通じた「経済の所有」の問題である。直接投資が活発化することや水平分業が進展することで,経済関係は深化する。一方で,様々なチャネルを通じた経済関係は強化されるが,他方で,企業の外国人所有,投資利益の国外送金,生産活動の外国依存関係等,現在の民族国家にとって微妙な問題も生じて来る。例えば,経済安全保障の面からの考慮が働いたり,外国企業による市場支配への反発といった国民感情に基づくものなど様々な反応がみられている。
(グローバル化と経済関係)
企業を中心に進めるグローバル化は,我が国国内への影響のみならず,進出国においても様々な経済関係を作り出す。63年に行われた何種類かのアンケート調査でも,例えば,日本企業の対米進出に対する反応は好悪入り交じった結果となっている。評価する面では,日本企業が雇用関係を尊重することなど,逆に批判的な面では,不動産の買占めなどオーバープレゼンスに関するものが多い。直接投資の増加は,一面で受入れ国の経済厚生を高める可能性を持つが,他方で,投資摩擦,オーバープレゼンスといった難しい問題を作り出す可能性がある。これらを,進出先毎に,1)発展途上国,2)先進国(北米大陸,欧州)と区分して,見てみよう。
まず,第一に,発展途上国をみると,最大の問題は進出国における市場占有率の問題である。かつて,東南アジアでは日本企業の進出が市場占有率を高め,現地のナショナリズムとの軋轢を招き,反日の動きを招来したことがあった。現在では,多くの企業が現地への溶け込みを図っていることや輸出型産業を中心とした進出で,受入れ国に輸出収入をもたらすことから,相互に利益を分かち合うものとなって,ほぼ円滑な国際的事業展開が可能となっている。また,発展途上国では進出する企業と競合する現地企業が少ないだけ,いわゆる投資摩擦は軽微なものに止まることが期待される。むしろ,技術移転に対する期待が大きいことが指摘されよう。
第二に,先進国への進出は,市場占有率の問題というよりはオーバープレゼンスの問題の方が多く見られる。これは,貿易では特定国が市場占有率を高め,商品が市場に溢れる現象もあるが,直接投資,株式・不動産投資の取得では土地や企業の所有権などが非居住者に移転される点で大きな差異を持つ。いわゆる「経済の所有」の問題が発生するわけである。直接投資に係わるアンケート調査によるとアメリカの不動産や農地の取得に,強い国民のセンチメントが表されていることが,これらを反映している。
オーバープレゼンスの解決は,基本的には現地化であるが,また,日本への受入れを拡大するような双方性をもった一体化も重要であると考えられる。海外事業活動は貿易とは異なり投資先国で長期間にわたるため,現地企業としては,自らの経営資源と投資先国の人,産業,社会を融合させること,すなわち「現地化」の推進が必要となっている。これは,直接投資をめぐる経済的要因だけではなく,現地社会へとけこみ,「良き企業市民」として行動するなど望ましい現地企業としてのあり方を重視する考えに基づくものである。
経済摩擦,貿易摩擦の面からみると,競争力を失いつつある産業分野について,貿易制限的措置をとり,対内直接投資を促すことによって当該産業を国内で維持し,現地生産が貿易に代替することで貿易摩擦の軽減を期待する考えがある。これに対し競争力を失いつつある産業の構造調整によって,当該国の競争力のある産業に重点を移したほうが,海外からの直接投資に期待するよりも,経済全体としては望ましいとする考えもある。この意見の相違は,直接投資の効果は多面的で,雇用面,企業の収益性,輸出国への影響といった問題のうちどれを重視するかで異なる結論が出るためであると考えられる。つまり,一つに,直接投資は相手国の賃金,地価,利子率などや所得分配を変化させる効果をもつが,これらの影響を考慮することが重要である。二つに,オーバープレゼンスや外国企業の進出への反対というセンチメントは,背景に所得配分が影響されることが多分に反映されると考えられる。三つに,直接投資によって,現地の企業で撤退に追い込まれる場合もあるわけで,このとき労働の移動を強いられることに対する反発もありうる。四つに,アメリカ企業などが生産の変動に対し,早期にいわゆる「レイオフ方式」による雇用調整によって対処する傾向があることも事態を経済問題に止めない可能性がある。
直接投資は,企業が自らの判断に基づき行うものであるが,必ずしも成果が望ましいかどうか事前には判断できない。また,直接投資が成功するかどうか,現地で受け入れられるかどうかなど,様々な問題が存在している。「第3回海外事業活動基本調査」によれば,製造業では,1)販売競争の激化をあげるものが多いが,これ以外にも,2)質量面の労働力の確保に問題があるとしていること,3)技術面を含めた下請け企業の未整備,4)インフレの昂進,5)外国人雇用の制限,現地人雇用の強制の存在など,進出先での市場整備の面を中心に,懸念を持っていることが示されている。以上から,1)人的資源に,技術受容性があるかどうか,また,必要な人数を揃えられるか,2)日本企業はOJTを行うが,このコストと中途退職者比率が高いことを考慮にいれた,真の労働コストが予想と大きく異なったり,非経済的コストが生ずること,3)国内における下請け制度を前提とした,海外進出企業と現地企業との齟齬など,外国で事業展開する場合特有の問題があることがわかる。
経済的要因から貿易規制を前提とした直接投資をみると,一つに,同じ財で双方貿易を行っている場合,一般的には現地化は対外収支を改善し,受入れ国にとって,新たな生産資源の追加や競争による市場の効率化といったメリットを享受できる。しかし,二つに,直接投資を行う前,両国が各々の商品の輸出だけに特化した状態であったとすると,現地販売を目的とした現地生産に切り換えることは各国の豊富な生産資源の利用を低めることになる。いずれにせよ,直接投資による現地化は,確かに不均衡是正の一つの解決策であり得ようが,世界経済にとってより望ましい方策は,以下でみるような拡大均衡によって貿易不均衡を解消することである。このとき,ローカルコンテンツ等による規制,現地生産に対する現地調達比率規制などの制度は,大きな流れに制約を加えることに留意する必要があろう。また,バランスのとれたグローバル化を図るために日本市場への輸入や直接投資の受入れを拡大する措置も重要である。