平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第2章 生活と産業の高度化
以上のように,ライフスタイルの変化の下で個人消費が盛り上がり,また産業面でも高度化の進展の下で企業活動が活発化するなど我が国経済は極めて順調に推移しているようにみえる。しかし我が国が解決しなければならない課題はなお残されている。その代表例は長い労働時間,高い物価水準である。それらは,国民生活の充実を阻害するものであり,国民が真の豊かさを実感できない要因となっている。このような国民生活の課題は同時に,産業の課題でもあり,産業面でも早急にその対応が求められる。さらに,公的規制がそうした課題を残存させる要因になっている場合もあり,また政策の支援が必要な場合もある。したがって,国民,企業,政府が一体となって問題解決に乗り出す必要がある。以下ではそうした課題について検討していきたい。
我が国の経済力の大きさにもかかわらず,それに見合った豊かさを国民生活において実感できない原因の一つに,労働時間の長さがある。時短の必要性について改めて整理しておこう。第一に,国民生活の向上である。時短はそうしたニーズの実現に資することは言うまでもない。時短の推進は余暇を含め,生活のゆとりをもたらす。第二に,産業の高度化である。数量重視から付加価値重視への転換,技術開発とその蓄積,QC活動を含む生産体制等の改善といった企業対応を進めていくうえで,労働者の創造性がより重要になっているが,働きづくめでは創造性を養うことが難しい。第三に,グローバル化の進展への対応である。働くときには働く,余暇をエンジョイするときにはエンジョイするというのが先進国の生活習慣であり,我が国においてもそれにならっていく必要がある。
こうした必要性の下で,時短の推進については各方面でコンセンサスが形成されているとみられるが,そのテンポは緩慢と言わざるをえない。総じて順調に進展している我が国の構造調整ではあるが,時短については及第点に及んでいないのが実情である。
(時短の現状)
まず,我が国の労働時間の推移を歴史的にみると,高度成長期においては,所定内労働時間を中心に総実労働時間は35年の2,432時間をピークに減少傾向を辿り,50年には2,064時間となった。しかし50年代から60年代初にかけて労働時間はほぼ横這いで推移してきた。所定内労働時間は週休2日制の実施普及に伴う所定労働日数の減少等から,漸減傾向(50年1,937時間から62年1,933時間)にあるものの,所定外労働時間が増加傾向にある(50年127時間から62年178時間)のが特徴的である。63年では,同年4月に法定労働時間の短縮化のために改正労働基準法が施行されたこともあり,所定内労働時間は前年を下回ったものの,生産活動の活発化の下で所定外労働時間が前年をかなり上回ったため,総実労働時間は2,111時間と前年を僅かに上回った(0.3%増)。一方,63年度の総実労働時間は前年度に比べ20時間少ない2,100時間となっており,年度ベースでは50年代以降最大の減少幅となった。
以上の労働時間はあくまで平均であり,近年週35時間未満の短時間労働者が増加するとともに,一方で週49時間以上の労働者が増加するといった現象が進行している(第2-3-1図)。週35時間未満の短時間労働者の比率は上昇傾向にあり,63年では12.0%になっている。一方,週49時間以上の労働者の比率は高度成長期に低下したものの50年代以降上昇し,63年では39.8%に及んでいる。さらに,このうち週60時間以上の労働者の比率は63年では17.5%となっている。これを男女別にみると,男子では50年代に入り週49時間以上の労働者の比率が大きく上昇し,63年ではその比率が50.9%,うち週60時間以上の者の比率が24.4%に達している。一方,女子では週35時間未満の短時間労働者の比率が上昇傾向にあり,63年では23.7%となっている。この間,週49時間以上の労働者の比率も50年代以降幾分上昇しており,63年では20.7%になっている点も注目される。
次に,労働時間について業種別にみると,建設業では所定内労働時間が突出して多く,運輸・通信業では所定内・所定外労働時間とも多く,またこのところ増加傾向にある。製造業では所定外労働時間が多く,またその動きは景気動向を反映しており,このところかなり増加している。一方,金融・保険,卸売・小売,サービスでは所定内・所定外労働時間とも相対的に少ないといった特徴がある。
ところで,週休2日制の実施状況,年次有給休暇(以下年休と言う)の取得状況についてみてみよう (第2-3-2図)。それらの推進が,時短に繋がるためである。まず,完全週休2日制の実施状況についてみると,40年代後半に著しい進展をみた後,50年代以降60年代にかけて進んではいるが,そのテンポは緩慢である。また年休の取得状況をみても,ここ数年取得日数がむしろ減少し,取得率も59年以降低下傾向にある。それぞれ,規模別にみると,大企業の従業員では約5割が完全週休2日制の適用を受けているものの,中堅,中小企業では各々約15%,5%と著しく低い。また,年休の取得日数も大企業が多く,中堅・中小企業は少ない形となっている。このように,労働時間の長さは業種や規模によって大きく異なっていることが注目される。
この間,労働時間の国際比較を行ってみると(62年時点,製造業生産労働者),日本が2,168時間であるのに対し,アメリカ1,949時間,イギリス1,947時間,フランス1,645時間,西ドイツ1,642時間となっており,日本のそれはアメリカ,イギリスに比べ1割多く,西ドイツ,フランスに比べ3割多くなっており,先進国の中で日本の労働時間が最も多い形となっている。また,週休日数は日本が85日に対し,アメリカ,イギリス,西ドイツが104日,フランスが103日,一方,年休数は日本が9日に対し,アメリカ19日,イギリス23日,西ドイツ29日,フランス26日といずれも圧倒的な格差が存在する。なお,祝祭日については日本が13日に対し,フランスが11日,アメリカが10日,西ドイツ,イギリスが8日となっている。
(時短をめぐる環境変化)
日本の労働時間については,前述のとおり,高度成長期に進展した一方,第一次石油危機以降足踏み状態にあるが,そうした変化の背景についてまず考えてみよう。まず,高度成長期においては,労働者サイドでは,所得水準の上昇が顕著であり,そうした中で生活をエンジョイしたいという欲求が当然生まれる。そうなると時短のニーズが高まる。一方,企業サイドでは生産性の上昇が継続する中で,時短のニーズに応える余裕が生じた。また,過剰労働力が消滅し,人手不足時代に入ったが,こうした中で企業は人材を確保していくためには,労働条件の改善が必要であり,その一環として時短のニーズに応えていったと考えられる。
石油危機以降の安定成長期はどうであろうか。エネルギー価格の上昇や円高の進行は,我が国経済を混乱させた。こうした状況下で,労働者サイドでは,将来の所得に対する不安感やさらには雇用不安感が高まるなど不確実性が増大した。そして時短を追求するニーズは低下し,労働時間よりは賃金・雇用を優先するようになった。一方,企業サイドでは安定成長への移行に伴い生産性上昇率が低下し,過剰雇用を抱えるに至った状況下,一段の合理化や減量経営を余儀なくされ,企業活動を継続していくことで精一杯となった。このため,企業が労働コストの上昇に繋がると懸念する時短を進めていくことが困難となった。
このように時短は,中期的な生産性の上昇と労働力需給により左右される度合いが大きいとみられる。そこで,総実労働時間と労働生産性および雇用人員判断D.I(日本銀行「企業短期経済観測調査,主要企業・全産業」)を長期的にプロットしてみた(第2-3-3図)。確かに,高度成長期の時短は高い労働生産性の伸びと人手不足の下で進展した一方,安定成長期では生産性上昇率の低下と過剰雇用の下で時短が頓挫したことがわかり,これらが密接に関連していることが示唆される。
ところで,賃金コストとの関連はどうであろうか。労働力需給が引締まると,通常賃金が上昇する。この場合,賃金の上昇は企業収益を圧迫するか,産出価格の引上げをもたらす要因となる点には留意する必要があるが,一方で企業にとっては賃金コストの上昇を回避するため,資本装備率の引上げや労働から設備への要素代替等による生産性向上の誘因が強まる。我が国では前述のとおり所定外労働時間が漸増傾向にあり,それが時短を阻む一因となっている。これは,新規採用コストと比べても所定外労働の方が割安となっているため,企業が所定外労働に依存している面もあるとみられる(第2-3-4図)。
それでは現状はどうかというと,安定成長期からの脱却の兆しが窺われ,時短をめぐる環境の変化がみられる。企業は円高への対応を概ね終え,何より大型景気が到来している。労働者サイドでは,再び生活のゆとりを求めるようになった。前述のように,教養,レジャー等のニーズが高まっており,それを実現させるためには時間が必要である。一方,企業サイドでは,生産性が上昇し,時短を進めるだけの収益力がついてきた。技術革新が一段の進展をみているほか,グローバル化も進んでいる。また,人手不足が拡がっている(元年に入り,前記日銀短観では雇用人員不足に転化)中で,人材を確保することが,仕事をこなすといった短期のみならず,中長期的な企業経営のためにも最重要課題になってきている。
このように時短をめぐる環境が大きく変化している。こうした中で,平成元年1月には国の機関における月2回の土曜閉庁が実施され,地方公共団体においてもその導入が進められることとなった。次いで2月には金融機関の完全週休2日制が実施された。さらに今春闘においては,自動車,電気機械,鉄鋼等の分野で年間1~3日の時短を行うことが決着した。以上のような時短の進展は,まだ緒についた段階ではあるが,明らかに流れは変わってきたとみられる。
(時短推進の方策と課題)
日本の時短も幾分前進の兆しがみられるものの,「世界とともに生きる日本-経済運営5ヵ年計画-」において目標とした年間総実労働時間1,800時間達成の道はなお険しいものがある。したがって,一層の推進努力が必要である。完全週休2日制実施の普及や所定外労働時間の削減,そして連続休暇という形での年休取得推進が必要である。日本では,前記のとおり祝日が多く,また連続休日も正月,5月のゴールデンウィーク,盆に集中している。このことは,短期集中して,国民がレジャーやショッピングに向かう要因となっており,各地,各所で大変な混雑現象を呼んでおり,必ずしも生活のゆとりを味わえる状況ではない。したがって,休暇も分散する必要があり,任意の時期に連続して取得することが望まれる。
さらに,病気休暇の導入を検討することも考えられよう。総理府の調査(61年7月「労働時間・週休2日制に関する世論調査」)によると,年休を6日以上使わなかった理由の第2位が「病気や急な用事のために残しておく」というものである。年休枠を使いきってしまうと,病気により休みをとれば給料が減るため,その消化が難しいのである。そうであるならば,通常の年休とは別のシステムとして病気休暇を企業において導入することは,年休取得促進の一助となると考えられる。
それでは,時短を進めるためには何が必要であるか。一つ目に,生産性向上である。生産性向上の成果の一部を時短の形で労働者に還元すれば,労働コスト上昇による収益悪化は生じない。前述のように,業種や企業規模により時短の格差が生じている一つの要因として,資本装備率等の差による生産性の格差が存在するとみられる。第2節でみたように,現在技術革新の進展が目覚ましく,その積極的取込みにより,一段の生産性上昇の余地は十分ある。勿論,時短を推進することにより,労働者個々人の勤労意欲が向上し,生産性が上昇することも大いにありうることであり,時短が生産性向上をもたらすという観点もとりいれていくべきである。
二つ目に,意識を含めた職場環境の整備である。前記総理府調査の年休が取れない理由の第1位,第3位が,「後で多忙になるし,同僚にも迷惑になる」,「職場の雰囲気が年休を取りにくい」というものである。年休を取りやすい雰囲気づくり,環境整備は職場の問題であるが,同時にそれを統轄する企業の問題でもあることは言うまでもない。
ここ数年の円高の進行に伴い,内外価格差が大きな問題として関心を呼んでいる。海外へ行くと,財やサービスの価格が安く,そこで日本の物価水準が高いとする声が少なくない。こうした内外価格差は多くの場合,ここ数年の大幅な円高によって認識されるようになったが,問題の所在はすぐれて国内にもあるという視点も重要である。種々の公的規制といった制度面がその一つであるが,別の見方として生産性の問題がある。内外価格の大きな乖離は,国民生活の向上を阻害するものであり,産業界は生産性向上により,また政府部門でも規制緩和等によりその是正を図る必要がある。
(内外価格差の現状)
まず,内外価格差をマクロ的に把握するために,OECD試算による購買力平価からみていこう (第2-3-5表)。購買力平価は,海外で販売されている商品・サービスを国内で買うといくらになるかといった指標で,例えば60年の対米ドル購買力平価が222円というのは,アメリカで1ドルの商品・サービスが日本では平均的には222円かかることを意味している。円高進行の後63年では,実際の対米ドル為替レートが128円であるのに対し,購買力平価は207円であることから,ある商品・サービスをアメリカで購入する場合(128円)と日本で購入する場合(207円)とでは平均すれば62%日本で購入する方が高い。同様に,63年において西ドイツ,フランス,イギリスとの対比では,それぞれ16%,27%,52%日本で購入する方が高いという結果である。購買力平価の試算には為替レートが需給関係の変化などによって短期的に大きく変動すること,OECD試算も一つの試算であって,正確な推計には種々困難があることなど留意すべき事項が多いが,このように我が国は先進国の中で物価水準が高いことが推察される。
ところで,前記購買力平価はGDPベースであり,企業,家計,政府取引が全て含まれる。そこで家計消費に係わる物価水準についてみてみよう。OECD試算によれば,日本の物価水準は元年2月時点で,アメリカに対し52%,西ドイツに対し19%,イギリスに対し41%,フランスに対し30%,イタリアに対し43%それぞれ高くなっているとの結果が得られている。このことは,国民が真の豊かさを実感しえない一つの要因であろう。家計消費の物価水準を費目別にみてみよう。ここではOECD試算による60年の日米の購買力平価を両国の消費者物価を用いて63年に延長してみた(第2-3-6図)。それによると,交通・通信が273円,教育・レクリエーション・教養が259円,食料・飲料・たばこが257円と習慣や制度に大きな違いがあることに注意する必要があるものの,大幅な円高となった為替レートで評価すれば米国に比べ割高となっているとの試算結果である(63年の為替レートは1ドル128円)。
具体的な内外価格差については,昨年度の年次経済報告でみたように (付表2-1),まず非貿易財部門の価格差がある。そこでは一部の公共料金を含み,規制により競争が働きにくい分野での価格差が指摘しうるが,競争要因が相対的に働きやすい分野においても価格差が生じている。また,貿易財部門についても内外価格差がみられる。なお,貿易財部門については,国内品と海外品のほかに日本製品自身の内外価格差についても注目されている(貿易財,非貿易財については後述)。
こうした購買力平価や個別品目の価格はあくまで一つの試算あるいは統計的事実であり,料金体系やサービスの内容に違いがあることに加え,需給構造,補助金,税金制度等の相違もあり,一概に価格差を議論することができない点には留意を要する。
(内外価格差の要因とその是正)
このような内外価格差は,国際的な「一物一価」が成立しておらず,かつ我が国の物価水準が諸外国に比べ割高であることを示している。こうした問題は,通常の場合,内外同質のものであるなら貿易取引によって解消する筋合いにある。例えば,海外から安値輸入品が国内に出回ることにより,価格差が縮小し,ひいては国際的な「一物一価」が成立するのである。勿論,ここ数年の大幅な円高の進展に,輸出品あるいは輸入品の価格改訂が追いつかないといった場合が少なくなかろうが,そうした場合の価格差は,本来は時間がたてば解消する筋合いにある。
しかし,そうしたメカニズムが働きにくい分野や場合がある。第一に,上記のような貿易可能な財を「貿易財」と言うが,後述するようにサービスを中心とする貿易が不可能な財すなわち「非貿易財」の分野がある。第二に,貿易財であっても輸入が制限されている分野では,前記のようなメカニズムが働きにくい。輸入が実質的にできないような制限措置がとられている分野ではなおのことである。第三に,価格規制や価格支持が行われている分野では,貿易財,非貿易財を問わず,価格が硬直的になる場合があり,その場合には,内外価格差が生じる場合が多い。こうした制度が一部の保護のために運用される場合には,一層大きな格差をもたらしうる。第四に,内外メーカーの価格支配力の強い分野である。例えば,いわゆる「製品差別化」が進んでいる分野が典型である。まず,海外メーカーが日本に対する輸出価格を差別的に高く設定する場合がある。製品差別化が進んでいる分野では,需要の価格弾力性が低いため価格を高く設定しても,売上数量にマイナスの影響が生じることは少ない。また,国内メーカーについても国内の方が海外に比べブランドイメージが浸透している場合には,国内の方が海外に比べ,需要の価格弾力性が低くなり,したがって国内価格を相対的に高く設定する可能性もありうる。第五に,流通機構である。「貿易財」であっても,流通機構に問題がある場合には,内外価格差が生じるとの指摘がある。
それでは,非貿易財分野(以下,便宜的に貿易制限財を含むものとして議論することとする)について,検討してみたい。まず,非貿易財の内外価格差に関しては,日本の非貿易財価格が諸外国に比べ割高であるといった内外相対価格の問題と同時に,国内においても非貿易財価格が貿易財価格よりも割高であるといった相対価格の問題を検討する必要がある。こうした相対価格の背景の一つには生産性格差があると考えられる。貿易財の価格は輸出入を通じて為替レートと相対的に強い関係がある。例えば我が国輸出財の高い生産性を反映して輸出が増加し,為替レートが円高となる場合がある。そこで,非貿易財が貿易財に比べ生産性が低ければ,円高の下で非貿易財の内外価格差は貿易財に比べ拡大する。同時に,国内においても非貿易財価格は割高となる。このように,貿易財と非貿易財の内外価格差の違いは国内での相対価格と裏腹の関係にあると言える。
そこで,労働生産性の比較を行ってみよう。まず労働生産性の国際比較を行ってみると60年では (第2-3-7図(1)),①一次金属,化学・石油製品等,パルプ・紙,電気・ガス・水道業ではアメリカ,西ドイツを上回っている,②金融・保険業では西ドイツには及ばないもののアメリカを上回っている,③農林水産業,食料品工業,建設業,運輸・通信業,サービス業等ではアメリカ,西ドイツを下回っている,④卸・小売業等では西ドイツを上回っているがアメリカを下回っている。次に,国内において労働生産性の比較を行ってみると(第2-3-7図(2)),①化学,電気・ガス・水道業,一次金属,電気機械,金融・保険業,鉱業,輸送機械,一般機械等の業種では生産性が高い一方,②農林水産業,食料品,繊維,サービス業,建設業,卸・小売業といった業種では低い。もっとも,相対的に生産性が低い分野でも着実にそれが上昇している分野があるほか,逆に生産性が高くても上昇テンポが鈍い分野等がある。そこで,50年から60年にかけての労働生産性の上昇率について,日本,アメリカ,西ドイツ間で比較を行ってみよう。前掲 第2-3-7図(3)によると,①日本における機械工業,一次金属,化学・石油といった製造業での伸びは,アメリカ,西ドイツを圧倒している,②アメリカに比べ低生産性にある卸・小売業も伸びではアメリカや西ドイツを凌駕している,③同様の運輸・通信業,サービス業,建設業では西ドイツに比べれば伸びは低いものの,アメリカに比しては伸びが上回っている。一方,④生産性水準の低い農林水産,食料品では伸びでもアメリカ,西ドイツを下回っている。⑤また生産性水準が高い電気・ガス・水道や金融・保険ではアメリカ,西ドイツに比べれば,伸びは高いものの,国内での比較では全産業を下回っている。
こうした生産性の比較を行う際には,為替レートの変動,景気変動等の要因でこれが大きく変動すること等に留意する必要があるが,非貿易財をめぐる国内での価格差,内外の価格差に関連して少なくとも次のような点を指摘し得るであろう。
第一に,国内での比較では一般的には,貿易財部門は,技術集約的,資本集約的な産業であることが多いのに対し,非貿易財部門は労働集約的であることが多いことから,生産性の水準を国内産業間で比較した場合には,建設業,卸売・小売業,サービス業等の非貿易財部門の生産性の水準は,製造業のような貿易財部門に比べ低くなっている(ただし,非貿易財部門の中でも,電気・ガス・水道業のように,資本集約的であり,国内的にも国際的にも生産性が高いものもあることには注意を要する)。このことは,生産性の上昇速度についてもある程度あてはまると考えられる。
第二に,非貿易財部門において生産性の水準及び上昇速度が,貿易財部門に比べて低いことの要因としては,上で挙げたような要因のほかに,非貿易財部門においては,海外との競争が少なかったり,一部の産業においては国内の規制等により参入や価格が規制されていることが考えられる。
第三に,海外との比較において,我が国の非貿易財部門の生産性水準が低い分野については,一つには,規制の有無等が生産性向上の誘因に影響する場合があるとみられる。
このように,内外価格差問題の解決の糸口は我が国の低生産性部門における生産性の向上にあるともいえるのであるが,最近では,情報技術革新等の進展の下で,労働集約的な分野においても,生産性上昇の余地が拡がっていることに注目したい。
これらは,情報技術革新等の進展の下で,労働集約的な分野でも生産性上昇の余地が拡がっていることを示唆している。例えば,卸・小売業ではPOS,VAN,EOSの導入を,運輸業,通信業ではVAN等の導入を積極化させており,これが生産性上昇に寄与しているとみられる。さらに,円高進行により並行輸入,開発輸入,逆輸入等輸入チャンネルが拡がり,流通業等に大きなインパクトを及ぼしている。
ところで,円高進行の下での製品輸入の増加について検討してみよう。円高は輸入品の国内価格の低下およびより川下段階でのコストダウンを通じて価格低下をもたらすが,同時に国内品との競合も重要な視点である。円高の下で安値輸入品が国内に出回るようになると,我が国企業は自社製品と輸入品との競合から国産品の価格を引き下げざるをえず,そのために一層の生産性向上に努めるようになると考えられるからである。そうした観点から輸入物価と競合関係にある国内卸売物価,消費者物価とを比較すると (第2-3-8表),たばこ,ワイン,ウイスキー,洋服等一部を除いて国内卸売物価,消費者物価は確かに低下している。国内卸売物価や消費者物価の低下幅は品目によって区々であり,期中の円高率(45.0%)を勘案すれば値下がりの程度が小さい品目が多い点には留意を要するが,製品輸入の増加が内外価格差を縮める働きを有している点は強調されてしかるべきである。
それでは,内外価格差の是正のために何が求められるか。まず政府の対応としては,規制の存在により内外価格差が生じている分野における参入規制,価格規制,輸入規制などの緩和等による競争政策の推進である。また,民間の分野でも,資本装備率の上昇等を通じた一層の生産性向上が求められる。こうした努力を行ってこそ,内外価格差が縮小し,国民が真の豊かさを実感しうるようになるのである。勿論,内外価格差の是正は,物価低下を通じて家計のみならず企業の実質所得を高めることになるため,家計,企業の実質支出の増大をもたらし,ひいては経済成長を押し上げるということも重要な視点である。また,前述のとおり日本が抱えている最大の課題の一つに時短の推進があるが,上記のような競争政策推進の下での生産性向上により物価水準が低下すれば,労働者サイドでは生活が安定し,余暇に対するニーズが強まる一方,企業サイドでは労働コストの上昇を回避しつつ時短のニーズに応えていくことが可能となる。
第1・2節でみたように我が国では生活と産業の高度化が進展しているが,家計とメーカーの橋渡しを行うのが流通業であり,日本経済が一層高度化していくうえで流通業の果たす役割は大きい。情報関連の技術革新の進行や円高は,流通業を刺激しており,我が国産業内においては,生産性水準は依然低いものの,着実に上昇してきている状況下,流通業は生活や産業の高度化に対応していくことが期待可能になってきている。この間,流通構造については内外価格差の一因ともなっているとの指摘もあり,流通業自身がその課題に応えていく必要がある。もっとも,流通構造の問題は,流通業のみならず,国内メーカーあるいは外国メーカーの問題でもある点は見逃せない。
(流通の国際比較)
まず,日本の流通について,国際的な比較を行ってみよう (第2-3-9表)。第一に小売業の規模について比較を行うと,一店舗当たりの年間販売額(データは日本,アメリカ,フランス,イギリスは57年,西ドイツは60年,以下同じ)は,卸売では日本が9.29億円とアメリカ(11.91億円)を下回っている一方,フランス(5.99億円),西ドイツ(5.81億円),イギリス(4.87億円)を上回っている。小売では日本が0.55億円とアメリカ(1.55億円),西ドイツ(0.94億円),イギリス(0.87億円)を下回り,フランス(0.65億円)並みである(但し,これらは円高前の数値であり,その後の為替レートの変化に伴って日本の数値と,欧米の数値の差は縮小あるいは逆転していることには留意する必要がある)。また,一店舗当たり従業員は,卸売では日本が9.5人に対しアメリカ(12.0人),フランス(11.9人),イギリス(10.7人),西ドイツ(9.6人)となっている。小売では日本が3.7人とアメリカ(7.5人),イギリス(6.5人),西ドイツ(5.8人)を下回っており,フランス(3.9人)並みである(ただし,イギリス,フランスについては商店数が企業ベースであるため,これらの数字が過大評価になっていることに留意する必要がある)。
このように,我が国の小売業の規模について零細性は明確には見られない。第二に多段階性である。これをW/R比率(卸売販売額/小売販売額)でみると,アメリカが1.87倍,西ドイツ1.80倍に対し,日本は4.24倍と両国を上回っており,日本の流通構造が多段階である可能性を示唆している。ただ,これについては1)各国の統計分類に若干相違がみられること,2)W/R比率として示された数字は流通段階数の格差を過大に表現していること,3)我が国においては,製造業向け供給に広く商社が介在しており,これが卸売販売額に計上されていること等により,それがW/R比率を押し上げる要因となっていることには留意を要する。
第三に生産性である。規模や多段階性は効率性に直結するものではない。基本的に重要な点は生産性である。そこで生産性を従業員一人当たりの年間販売額といった尺度でとらえると,卸売では日本が0.97億円とアメリカ(0.94億円),西ドイツ(0.61億円),イギリス(0.45億円),フランス(0.50億円)をいずれも上回っている。小売では,日本が0.15億円に対してアメリカが0.25億円,フランスで0.17億円,西ドイツが0.16億円,イギリスが0.13億円となっている。このように日本の小売の生産性は他の先進国と比べ遜色のないものとなっている。
第四に流通マージン率である。アメリカとの対比では(56年時点)では,日本が幾分下回っている(流通・運輸マージン率では日本がアメリカを上回っている)。なお,日本の流通のマージン率を時系列でみると,61年度から62年度にかけて上昇している。
(日本の商慣行)
次に,我が国の物価水準の観点から日本の商慣行についてみてみよう。第一に,輸入総代理店制度である。これは,外国メーカーが国内の流通業者等に商品の販売独占権を賦与するものであり一年を超える契約である場合には,公正取引委員会に届出を行う必要がある。外国メーカーが国内市場に参入する場合,当該メーカーが直接販路を開拓するには多くのコストを要するため,こうした制度が利用される場合が多い。一方,「製品差別化」が進んでいるとされる商品では,外国メーカーがブランドイメージを維持するために高価格政策の一環として活用している場合が少なくなく,内外価格差の一因ともなっている。以上の点は自由経済の下でそれ自身問題視することは不適切である。ただ,それが売手独占として流通段階における競争を阻害する場合,さらに国内の寡占的メーカーが輸入総代理店を兼ねることによって,輸入品価格および競合する国産品価格をコントロールするおそれのある場合には独占禁止法等により是正される必要がある。
第二に継続的取引である。継続的取引は,外国品であろうと国内品であろうと新規参入者にとっては不利に働く面は否定できない。しかし,継続的取引の背景にあるのは,価格のほか品質,供給の安定性,融通性といった言わば信用であり,それ自身を問題とするのは必ずしも合理的とは言えない。また,継続的取引の問題に関連して,流通系列化,返品制度,複雑なリベート体系といった点が,海外から参入障壁として批判される場合もあるが,これらについてもそれ自体を問題とするのではなく,公正かつ自由な競争を確保するという観点から問題の是正を考えるべきであるといった見方も可能である。
ところで流通系列化について検討してみよう。これは,消費のニーズを的確に把握しながら,自社商品の拡販を図るため,乗用車,家電製品,化粧品等の分野で展開されているマーケティング政策で,高度成長期に普及したものである。したがって,系列化は流通面での現象であるとともにメーカーの現象でもある。流通系列化については,国内的問題として以下の諸点があげられる。一つ目には時代の流れである。消費者の商品知識は格段に向上し,またメーカー間の品質格差も縮小している。そうした中で,消費者の価格指向が強まっており,メーカーや系列店がそれにどう対応していくかが課題である。我が国でも,家電等の分野でディスカウントして販売する量販店の著しい拡大がみられる。二つ目には,販売業者間の競争確保の必要性である。メーカーがブランドイメージを維持するために,販売地域や販売先を制限して販売店間の価格競争を回避させるなど,公正かつ自由な競争を阻害する場合には独占禁止法により是正される必要がある。
第三に,建値制である。消費財の分野で,メーカーが希望小売価格を設定したり,卸・小売間の取引にも希望小売価格を基準とした建値を設定している場合が少なくない。これは,消費者が商品選択を行ううえで,重要な情報源になっていることは言うまでもない。ただそれが,①メーカー段階で協調的に設定されている場合や,②リベート制ともあいまって製造業の価格決定に対する影響力を強める結果,流通業者間の自由な価格競争を弱めている場合には,消費者価格の下方硬直性をもたらすことになるため,その点十分留意する必要がある。
また,再販売価格維持行為(再販行為)は原則として独占禁止法で禁止されているが,公正取引委員会が指定する特定の商品(現在は一般医薬品及び小売価格が1,030円以下の化粧品のみ)については,商標品のおとり廉売防止の観点から,また,著作発行物(書籍,雑誌,新聞等)については,文化的水準の維持等の観点から,例外的に独占禁止法の規定が除外されている(独占禁止法第24条の2)。再販売価格維持契約の独占禁止法適用除外制度については,消費者の利益を不当に害することのないよう限定的かつ厳正な運用を行うとともに,今後その制度の在り方について検討する必要がある。
次に景品付販売については,我が国においては,公正な競争を促進し,一般消費者の利益を確保するため,景品表示法に基づいて,過大な景品付販売が規制されている。また,同法に基づく公正競争規約においては,一般的告示と異なる景品規制が定められているが,これは,業種ごとの実態に対応しているものである。今後とも公正競争規約については,その内容が公正な競争の確保と消費者利益の増進のために必要な範囲を超え新規参入を阻害することのないよう必要最小限のものとし現行規約について適宜見直しを行う必要がある。
(流通業の変革)
以上のように日本の流通構造については,その存続に合理性があるものも確かにある。しかし,時代は変化しつつあり,その対応が急務である。第一に,消費者ニーズの多様化や情報化に伴う情報コストの低下が進展している。また,消費者の価格意識も強まっている。こうした中で,日本の流通業者も時代に即応した体制を整備していく必要がある。これはメーカーが同時に対応すべき問題でもある。
第二に,生産性の向上である。POSやVAN等技術革新の進展が目覚ましい。こうした動きは,棚卸資産回転率を高め,資金効率を上昇させ,生産性の向上に資するものであり,今後日本の流通業も大いに変貌する可能性があるとみられる(第2章第2節参照)。
第三に,輸入チャンネルの拡大である。円高やアジアNIEsの著しい工業化の下で製品輸入が急増しているが,そうした中で,開発輸入,並行輸入,逆輸入,さらには自動車でみられるような外国企業の対日進出による直接販売といった動きが広範化している。因みに,小売業による開発輸入は,このところ増加しており,中でもスーパーの開発輸入品,仕入額の増加が著しい。こうした一連の動きは国内産業あるいは外国メーカーの販売戦略の転換,ないしそれをもたらすものであり,国内流通業の競争活発化を呼び,生産性向上を促す誘因ともなる。
ところで,生産性上昇にとって必要な競争の観点から検討しておこう。「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律」(いわゆる「大店法」)である。同法では大規模小売店舗における小売業者の開店日,店舗面積,閉店時刻,及び休業日数等について届出を行うことになっており,必要があれば調整を行う仕組みになっている。その目的は,「消費者利益の保護に配慮」しつつ,「中小小売業の事業活動の機会を適正に確保」し,もって「国民経済の健全な進展に資する」ところにある。現在,流通に問われていることは,一層の消費者利益の確保と効率性である。このような流通業に期待される役割を十分に達成するための我が国の流通システムのあり方について配意していくことが基本となる。流通システムに要求される基本は,競争メカニズムが一層機能するシステムの構築であり,その一環として,流通にかかる規制の見直し等について吟味することにより,競争環境の整備に努めていくことが必要である。大店法については,昨今の運用実態をみると法律の調整手続に入る以前に地元商業者との間で調整が行われたり,調整が徒に長期化するような事例も一部みられる。加えて,法制定後15年余を経過した現在,消費者のライフスタイルが多様化する等,同法をめぐる経済社会の情勢にも変化がみられる。したがって大店法の本来の趣旨から逸脱した運用を適正化するとともに,出店調整のあり方を経済社会の情勢の変化に対応させていくことが,喫緊の課題であると考えられる。そして,その実施状況を点検しつつ制度のあり方自体についても検討を進める必要がある。このほか,酒(酒税法),たばこ(たばこ事業法),塩(塩専売法),米穀(食糧管理法),医薬品(薬事法),ガソリン(揮発油販売業法)等個別分野において出店・販売規制が行われている。既に規制緩和の進められている分野もあるが,このような出店・販売規制の行われている本来の趣旨に配慮しつつ,今後とも消費者利便向上や,競争原理の活用等を図っていくことが望まれる。
我が国産業は,第2節でみたように,産業の高度化が進展しているが,特に,技術開発面における一層の向上を図り,情報化の進展に対応するために,解決すべき問題は少なくない。すなわち,①基礎研究の充実と研究者の育成,②知的財産保護制度(知的所有権とも呼ばれるが,ここでは知的財産という用語を用いる。)の確立及びコンピュータ犯罪の防止,③情報関連技術者の確保,④インターオペラビリティ・インターコネクティビティの確保といった課題が残されている。ここでは,上記の課題を中心に具体的に言及することとする。
(技術開発を推進する上での問題点)
まず,基礎研究の充実と研究者の育成である。我が国企業が研究開発を推進していく上での制約条件としては,独創的能力に富む優れた研究者が少ないこと,研究開発目標,テーマの設定,成否の見通し等が困難であること,研究開発費及び研究者数を増加させる余裕がないこと等が挙げられる (第2-3-10図)。
企業の経営戦略において,研究開発全般及び基礎研究に対する認識が高まってきている中で,企業は,基礎研究の意義を主として革新的技術の創出,技術開発力の維持・向上及び新規分野への進出を中心にみいだしている。しかし,我が国の自然科学の研究性格別研究費の構成比の推移をみると,民間企業の研究費に占める開発研究費と応用研究費がほぼ横ばいで推移する一方,基礎研究費は,57年度の5.5%から62年度の6.6%と拡大したところにすぎず,基礎研究費のウエイトは,相対的に低いものに留まっている。
その理由には,基礎研究には,その成果についての不確実性が高く,膨大な初期費用を要する一方,直ちには産業上の成果に結びつかないものであること,その研究成果はスピル・オーバーし易いことから,公共財的性格を持つものであることなど,民間企業独自の負担では困難なことが挙げられる。さらに,今日の先端技術は,その開発テンポが早く,また一段と規模が大きく,複雑化,複合化しているため,基礎研究から応用研究,生産技術に至るすべての技術開発を一企業で賄うことは困難な状況になっている。また,基礎研究を応用,開発技術に結び付けるためには,基礎研究から応用研究,さらに開発,生産へと研究がスムーズに展開されていくことが必要である。しかし,我が国では,特に大学や公的研究機関の基礎研究と企業の応用研究との連係が必ずしもうまくいっているとは言えない状況にある。
そこで,我が国は,技術開発の段階にかかわらずリスク負担が大きい研究に対して,その研究基盤を整備することに務め,研究開発のためのインフラ整備,既存の優遇税制措置の活用等費用負担を軽減することが重要である。また,より一層,産学官の一体となった研究者の交流,横断的研究開発分業や共同開発を進めることが必要である。
また,研究者の不足については近年は,理工系大学,学部出身者が金融保険業等に就職することが目立つようになっていることも一因と考えられる。就業者が,職業選択の際にそうした産業に比べ製造業の給与,勤務時間,有給休暇,福利厚生施設等雇用環境が劣っていると考えることが一因であろう。製造業における研究開発は,我が国産業の競争力の源であり,企業が研究開発環境を整備するとともに,国としても十分配慮するなど,早急な対策が望まれる。
(知的財産の保護とコンピュータ犯罪の防止)
知的財産に係る権利としては,人間の知的創作物に関する権利と営業上の標識に関する権利がある。知的財産の保護制度は,創作者の利益を保護することにより,知的創作に対するインセンティブを確保するものであり,科学的発見や技術開発などを促進する役割を果たしている。例えば,工業所有権制度は,技術を保有していない者が正当な対価を支払うことに基づき技術などの知的創作物を利用することを認め,経済全体の発展を促す性格をもっており,今後の技術開発・技術移転を促進するために必要不可欠なものである。近年,知的財産問題がクローズアップされた一般的背景には,①マイクロエレクトロニクスや新素材に代表される技術開発に対する研究開発投資額が急増するとともに,技術開発の成果を保護する重要性が高まっていること,②製品に対する消費者ニーズがハード面の高級化・高付加価値化のみでなく,ソフト面の高級化・高付加価値化をも重視し始めたこと,③半導体集積回路のマスクワーク,コンピュータのソフトウェア等新規技術が登場したこと,④経済のボーダレス化に伴い,各国間での特許制度等の整合性を確保する必要が増大したこと,発展途上国に対する知的財産保護制度を確立する要求が起こったこと,⑤偽ブランド品,海賊版等の不正商品貿易が横行していること等があり,国際的なルール作りの必要性が高まっていることが挙げられる。
我が国の今後の課題としては,①長期的展望を踏まえた適切かつ効果的な知的財産保護制度の一層の整備を図ること,②知的財産保護制度の国際的な整合性の確立へ向けて努力すること,特に発展途上国等における基本的な知的財産保護制度の整備を支援すること等についてGATTウルグアイラウンド,WIPO等国際機関等において積極的に取り組むことであろう。とりわけ,技術性の強い知的創作物の保護にあたっては,権利の保護を図るとともに,社会的に有用な技術を適正な対価の下に広く利用することにも配慮することが重要であり,国際的な産業の発展及び技術開発に資すると考えられる。国際的な観点からみれば,知的財産保護制度は,先進国側の権利保護を実現するとともに,発展途上国が技術力を円滑に向上するための適切な保護制度として早急に確立される必要がある。
次に,近年注目を集めているコンピュータ犯罪について述べることとする。経済のマイクロエレクトロニクス化及び情報ネットワークの形成が進行していることにより,相互アクセスによる情報の交換が行われるようになるなど,コンピュータの利用形態は,通信回線を媒介としたネットワーク型が増加している。多くの利用者が多様な方法でコンピュータを扱うことが可能となるに伴い,巧妙に作られた不正プログラム(コンピュータウィルス)やネットワーク外からの不法侵入者(ハッカー)などの問題が出現している。そのため,産業が高度化する中で商取引,新製品開発,財務管理などコンピュータシステムに対する企業の依存度が高まるにつれ,コンピュータシステムの安全性・信頼性を確保する必要性が高まっている。
我が国のコンピュータ犯罪認知件数の推移をみると(第2-3-11図),最近増加傾向にあり,また,コンピュータ犯罪の行為類型をみると,46年以降の累計件数113件のうち,全体の7割がデータまたはプログラムの改ざん,消去に分類される。さらに,犯罪の特徴としては,①内部者犯行が多いこと,②金融機関を対象としたものが多いこと,③1件当たりの被害金額が大きいことなどが挙げられる。
こうした犯罪からコンピュータシステムの安全性,信頼性を確保し,健全な経済秩序を維持するためには,①「情報システム安全対策指針」,「電子計算機システム安全対策基準」,「情報通信ネットワーク安全・信頼性基準」等による電子計算機システム管理者,使用者に対するソフト,ハード両面にわたる安全対策の啓蒙・普及,②コンピュータウィルスの被害補償をも含めた情報化保険の改善及び適用,③情報の不正入手やコンピュータの無権限使用をも対象とするコンピュータ犯罪関連の法的整備が必要となっている。
しかし,コンピュータユーザーは,そのシステムの利用効率性を第一義的に考えることが多く,システムの安全性,信頼性の向上は二次的な要求となっている。このため,メーカーとしても,安全性,信頼性のための研究開発や製品開発への優先順位は低い。したがって,国立研究機関などにおいてコンピュータセキュリティの研究開発を優先的に行うよう配慮するとともに,民間における研究開発においても十分配慮されることが望ましい。
(情報関連技術者の不足)
情報化の進展により,情報化に必要な人材に対する需要が高まっており,情報関連労働者の不足が懸念されている。
情報関連労働者数の推移を「賃金構造基本統計調査」でみると(前掲第2-2-16図),全労働者数がほぼ横ばいで推移しているのに対し,システムエンジニア,プログラマーにおいては,57年を100として,62年には,各々214,201となっており,情報関連労働者数は急速に伸びている。特に,59年以降情報化の急速な進展に伴い,伸びが一段と高まっており,今後も情報化が更に進展するものと考えられることから,情報関連労働者数は,更に増加するものと予測される。
一方,労働省「技能労働者等需給状況調査」により58年から63年にかけての技能労働者の不足状況をみると (第2-3-12図),全技能労働者の不足率が,63年には景気拡大を反映して11.1%と前年に比べ更に上昇しており,特に,情報関連技能労働者の不足率は,18.3%と高い水準になっている。情報関連技能労働者の不足率は,全技能労働者の2倍前後で推移しており,そのなかでも,システムエンジニア等の不足率は,63年に24.4%と高い水準となっている。
また,雇用促進事業団雇用職業総合研究所「大企業の情報処理部門における雇用管理」においても,大企業の情報管理部門の問題点としての回答で最も多いものに「システムエンジニアが不足している」,次いで「部門全体の要員が不足している」という回答が多く,待遇,ポスト面での問題よりも要員自体の不足感が高い。また,「電気通信業実態調査」によれば,37.5%の電気通信事業者が経営上の問題として「技術者の不足」を挙げている。
前述したとおり,情報関連労働者数の需要の伸びが顕著であり,現在でも情報関連技術者の不足感が強いことから,今後も情報関連技術者の需給ギャップが大きな問題となるものと考えられる。したがって,教育訓練等を通じてこうした人材の育成が急務である。
(インターオペラビィリティ・インターコネクティビティの確保)
情報化の進展に伴う問題の一つとして,情報関連資産(情報関連機器及びそれに関するソフトウェア等の資産)を有効に活用するためのインターオペラビィリティ・インターコネクティビティの確保があり,その内容はプロトコルの異なるコンピュータ,システム及びネットワーク間で情報の円滑な交換・処理が可能となること(コンピュータ,システム及びネットワークの自由な接続が確保されていること)である。情報関連機器の利用目的が,顧客に対するサービスの提供,企業間の生産計画等の作成等企業内システム及びネットワークの構築に留まらなくなってきており,企業間,業界間,さらには国際的なネットワークへと要請が高まってきているため,ユーザーが最も必要とするコンピュータ,システム及びネットワークの自由な接続を確保することが重要な問題となっている。
しかし,現状では,コンピュータ,システム及びネットワーク間の接続のためのプロトコルが異なるため,接続には莫大な費用が必要となる。したがって,システム及びネットワークの構築を促進するために,接続のためのプロトコルの標準化及び準拠製品の普及が必要であり,標準化の早急な完成並びに普及の促進が望まれる。
我が国経済が円高へ適応し,順調な拡大を継続している大きな要因は民間企業部門の活力である。規制緩和はこうした民間企業部門の活力をさらに発現させるものであり,引き続きねばり強く推進していく必要がある。そこで公的規制の実情からみていくこととする。
(公的規制の実情と規制緩和)
我が国の公的規制は,極めて広範囲にわたっており,公的規制の主要な部分を占める許認可等について,総務庁の調査によると63年3月時点で10,278件にのぼり,62年3月時点の10,169件に比べ109件増加している (付表2-2)。このうち,許可,認可,承認等は4,098件と全体の約4割を占めている。
それではどういった規制が行われているかというと,参入規制,価格規制,輸入規制,業務規制,設備規制などである。具体的にみると,流通では,大型店に関する規制(出店,営業時間・日数,売場面積)のほか米,酒,たばこ,医薬品等の販売で参入規制が行われている。運輸では,航空,トラック,タクシー,バス,鉄道等で参入規制,料金規制,路線ないし区域規制等が行われている。通信,放送では,参入規制,料金規制等が行われている。金融では,参入規制,業務規制,金利規制,店舗規制等が行われている。建設では,参入規制が行われている。電力,ガス等では,参入規制,価格規制,事業規制等が行われている。石油では,輸入品取扱いの規制や精製設備規制等が行われている。農業では,輸入規制(米,小麦等),価格支持(米,砂糖,麦,乳製品等)等が行われている(63年度年次経済報告付表5-1参照,なお,ここで言う「参入規制」とは広義のものとして捉えており,参入にあたって許可・免許等を要するものの他,欠格事由のない限り誰でも参入が認められる登録制等についても含まれている。また「価格規制」についても間接的に価格に影響を及ぼすと考えられる規制が含まれている)。
一方で,規制緩和も進められている。電気通信では,参入規制の緩和により,新規参入が行われている。航空では,ダブル・トリプルトラッキング化といった路線規制の緩和が行われつつある。金融では,業務規制,金利規制,取扱い商品の規制,店舗規制等が緩和されつつある。流通では,大型店の営業時間規制等が緩和されつつある。農業では,米の流通の各段階において新規参入,業務区域の拡大等の規制緩和や農畜産物での市場アクセスの改善が行われつつある。石油では,設備許可制の運用の弾力化や個別油種生産に対する指導の撤廃が実施され,またガソリンスタンド建設に係る規制等が緩和されつつある。
政府においては「規制緩和推進要綱」を決定し,その実施に努めている。今後,一般論として一層規制緩和の推進が重要である。
(公的規制の目的と環境変化)
こうした公的規制の所期の目的について改めて検討してみると,「効率の観点からの規制」と「価値の観点からの規制」に大別しうる。前者はいわゆる「市場の失敗」を公的規制で補完しようというものである。具体的には,規模の経済性,公共財,不確実性といった分野である。一方,後者は安全性とか中小・零細業者の保護のための規制がその典型である。
しかし,以下の諸点から規制のあり方の見直しが迫られている。第一に,国民生活の向上である。規制は時間の経過とともに,所期の目的から次第に乖離し,既得権益化しつつある場合が少なくない。こうしたことは,経済厚生を損ねるものであり,したがって,こうした規制を筆頭に国民生活の立場から規制の見直しを行う必要がある。この間,前述のとおり生活関連分野での価格水準に関心が寄せられており,国民のニーズにどう応えていくかが課題である。我が国の高い物価水準を是正していくうえでも,規制緩和等による競争原理の活用はその方策の一つである。
第二に,環境変化である。技術革新が急速に進展し,業際化も進行している。また円高の下で輸入チャンネルの拡がりがみられる。これらの点は,ある産業に対しての参入コストが格段に低下し,潜在的な競争圧力が高まっていることを意味している。規模の経済が働く分野でも,市場への参入・退出の費用が無視できるのであれば,市場外から新規参入の圧力が働くため,既存企業は最適な資源配分を達成しうるという考え方があるが,現実的な適応には難しい場合があるものの,そのような市場が成り立つとするとこのような場合,参入規制(輸入規制を含む)を極力回避することが資源配分上好ましいという結論になる。
第三に,グローバル化である。我が国経済のグローバル化が進展している状況下,規制の国際的標準化が必要になる場合が増えてくる。その際,規制はより穏やかなものに収斂していく場合もあり,その結果日本の規制緩和が進む場合もありうる。
第四に,経済成長の確保である。技術革新の急速な進展及び国民のニーズの高度化・多様化は企業の潜在的なビジネスチャンスを拡大している。それが実現すれば経済成長にプラスに働くのであり,そうした動きを阻害する規制は見直す必要がある。この間,現在の技術革新は高度成長期に典型的にみられた規模の経済(economies of scale)というよりは,情報化,業際化,多様化の下で範囲の経済(economies of scope)が一層きく性格を有する面もあり,そういった観点も踏まえて参入・業務規制の在り方を見直す必要がある。
第五に,構造変化の推進である。規制分野は非貿易財を中心とする内需関連に多く,輸出型企業を含め企業が内需型産業へ参入しようとする場合,規制により阻まれる場合がある。日本の経済構造をより強固に内需型へ変えていくためにも規制緩和が必要である。この間,輸入規制も一層緩和していく必要がある。
以上のように,規制緩和を積極的に推進していくべきであるが,以下の諸点に留意すべきである。第一に,規制制度の透明性である。現状の規制緩和は,運用の弾力化が中心であるが,規制の運用そのものが不透明である場合が少なくない。規制制度の透明性を向上させていく必要がある。また,いわゆる「行政指導」については,内外の環境変化に応じてきめ細かな対応ができるという利点もあるが,不透明性を指摘されているものもあり,そうしたものは必要な場合に限定しつつ,透明性を確保すべきである。
第二に,業種間を超えた整合的なルールの整備である。特に情報技術革新に関連したネットワークの形成では種々の業種が参加し,協力しあっている。その場合,ネットワークサービスの提供等を想定していない場合など業種間で規制度が異なっているとネットワークの形成,拡大に支障を来たし,他業種の成長を阻害するばかりでなく,ひいては我が国経済の発展に水を差すことになる。例えば,製造業,流通業,物流業(商品の運搬),金融業(商品代金の決済),電気通信業では相互相乗りでデータ通信を活用した情報ネットワークを形成しようとしている。しかも,そのネットワークがグローバル化しつつある。こうした場合,業種間,さらには国際間の規制度の整合性が求められる。公的部門の役割としては,規制緩和による規制度の統一化を図りつつ,取引を円滑化させるため,異業種間を含めた必要最低限の総合的,整合的,国際的なルールづくりを行うことが必要である。
第三に,「市場の失敗」への対応である。先にもみたように,規制が行われてきた要因の一つに,広い意味での「市場の失敗」があるが,それが好ましいとされるには,公的部門の判断が「市場の失敗」を補える点がなければならない。しかし,いわゆる「政府の失敗」もおこりうる。公的規制が相対的に勝っているのは,公的部門が企業や消費者で構成される市場に比べ情報が豊富な場合であるが,技術革新や多様化,情報化の進展が目覚ましい現状では,そういったケースは次第に少なくなっている可能性がある。特に需給調整やそれを意図した参入規制については,市場メカニズムに委ねておく方が失敗が少ない場合には,その在り方を検討すべきである。
以上本節では種々の課題を検討してきたが,産業,生活の高度化に対応して,公的部門に期待される役割に変化が生じている場合もあると考えられる。例えば,政策目的の遂行のための手段である。我が国には公的部門がサービス提供を行っている分野がある。これは,①国民の安全確保,②国民生活の安定,③クリームスキミング(いいとこどり)の防止による公平性確保,④インフラストラクチャの整備による福祉の向上といった政策目的の遂行にあたっており,一般的には今後とも公的部門によるサービス提供が期待されている。しかし,その手段として公的部門が直接サービス提供を行っていくことは,前述のような環境変化や「政府の失敗」の下で,ある程度限定的に考えてよい場合もある。我が国では,電電公社や国鉄等の民営化のように極力市場メカニズムの活用を図るといった観点から手段の変更が行われた例がある。こうした手段の変更が行われている場合の公的部門の役割りとしては,①ルールの策定,整備,②分配面への配慮,③手段を変更した場合に生じる混乱の収拾といった点により重点をおいていくことも必要であると考えられる。
同時に,規制緩和の推進に際しては,国民や企業における自己責任原則の確立が必要である。従来,何かトラブルが生じると,国民や企業が政府に規制を求める場合が少なくなく,そうした規制がやや長い目でみて,自らの利益を阻んでいるケースがある。安易に規制に求めるのではなく,自己責任原則の確立が求められる。