平成元年

年次経済報告

平成経済の門出と日本経済の新しい潮流

平成元年8月8日

経済企画庁


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第2章 生活と産業の高度化

第1節 家計行動の多様化,高級化

1. 個人消費の盛り上がり

既にみたように個人消費は堅調に推移しているが,今回景気上昇局面における個人消費の特徴について改めて整理すると,①力強い盛り上がりを示していること,②所得階層,年令を問わずまんべんなく堅調に増加していること,③耐久消費財や余暇・レジャー関連支出が増加していることがあげられる。

第一に力強い盛り上がりを示していることである。実質個人消費は,61年度前年度比3.4%増,62年度同 4.5%増の後,63年度は同4.7%増と尻上がりに堅調さを増しており,とくに63年度は54年度の同5.3%増以来約10年振りの高い伸びとなった。50年代と比べてみると,今回景気上昇局面(61~63年)では4.1%増(年平均増加率,以下同じ)と56~60年の2.8%増を大きく上回り,51~55年並み(4.2%増)となっている。こうした堅調の背景には実質可処分所得の増大(51~55年2.9%増,56~60年2.3%増,61~62年3.2%増)がある。実質可処分所得についてやや細かくみると,①名目賃金の伸びは大幅に鈍化(51~55年7.7%の上昇,56~60年3.7%の上昇,61~63年2.8%の上昇)しているものの,②消費者物価の著しい安定(同6.5%の上昇,同2.7%の上昇,同0.2%の上昇)から,実質賃金の伸びが逆に高い(同1.3%の上昇,同1.0%の上昇,同2.6%の上昇),③雇用者数の伸びは不変(いずれも1.7%増)であり,④高齢化の進展とともに社会保障負担率が急上昇(51~55年7.4%,56~60年8.5%,61~63年9.1%)しているほか,家計部門の所得に占める直接税比率(国民経済計算ベース)も上昇傾向(同5.8%,同7.1%,同7.6%)にある(ただし,61~63年では期中に税制改正に伴う所得税減税等が実施されたため,小幅上昇にとどまっている),といった点が指摘しうる。なお,「いざなぎ景気」にほぼ相当する41~45年では,二桁経済成長の下で実質雇用者所得も二桁の伸びをみせたことから,消費支出もほぼ二桁の増加を示していた。

第二に,所得階層,年令階層を問わず消費支出の堅調な増加がみられることである。総務庁「家計調査」により,消費支出について世帯別にみると,勤労者世帯の堅調な増加はもとより(61~63年1.8%増),一般世帯も高い伸び(同2.2%増)を示している。

次に,所得階層別にみると(全世帯),51~55年,56~60年ではかなりばらつきがみられた。すなわち,51~55年では低所得層の伸びが高く(第1分位6.9%増),高所得層の伸びが低かった(第5分位0.0%)。56~60年では逆に低所得層の伸びが低く(第1分位0.0%),高所得層の伸びが高かった(第5分位1.1%増)。これに対し,61~63年ではばらつきが少なく,また一様に伸びを高めている(第1分位2.2%増,第2分位1.8%増,第3分位2.0%増,第4分位1.6%増,第5分位2.1%増)のが特徴である。61~63年には株式や土地等の資産価格が上昇し,それによるキャピタルゲイン(ここでは未実現のものも含む,以下同じ)等による資産効果が消費に影響を与え,そうした効果は高所得者層ほど大きいと一部にみられているが,「家計調査」でみる限りにおいては,必ずしも高所得者層の消費の伸びが突出してはいない。こうした一様な消費支出の堅調は所得の一様な増加が支配的要因であると考えられる。実収入をみると,61~63年ではどの層でも一様に伸びが高かった。

また,年令別にみると(同),61~63年でやはり各層にわたって伸びを高めている。もっとも,働き盛りの30才代および40才代での伸びがそれぞれ1.8%増,2.2%増と高い点が目をひく一方,20才代以下では1.2%増と伸びは相対的に低い状況であった。

なお,消費性向についてみると(勤労者世帯),61~63年では平均すれば76.5%であるが,所得階層別にみると,第1分位85.1%,第2分位80.4%,第3分位76.3%,第4分位74.5%,第5分位72.8%と高所得者層ほど低く,低所得者層ほど高いといったパターンは変わっていない。これを56~60年と比較してみると,所得の伸びが高まったことによる「慣性効果」から,各層にわたって低下している。また,年令別にみると,61~63年では,20才代以下80.5%,30才代74.9%,40才代76.2%,50才代76.9%,60才代以上81.2%と,所得水準が低い20才代以下および60才代以上の消費性向が高いといったパターンは不変である。また56~60年との比較では,やはり各層で低下している。なお,60才代以上の高齢者層の消費性向はここ数年でかなり低下(56~60年87.7%)している。

第三に,財別にみると,耐久消費財やサービスの伸びが高いことである。耐久消費財の伸びが乗用車,家電製品を中心に際立って高く(61~63年5.4%増),サービスの伸びも旅行,教養,健康関連を中心に堅調である(61~63年1.7%増)。また非・半耐久財についても衣料品等により持ち直している(61~63年1.0%増)。耐久消費財では高級化が,衣料品等では高級化,多様化が進んでいる。また,サービスではレジャーの多様化が進展している(これらについては後述)。

このように,物価安定の下での実質所得の増加を背景に,所得階層や年令層を問わず広く家計支出が増大していること,財別には耐久消費財やサービスの伸びが高いことが,今回の消費拡大の特徴であるが,多様化・高級化といった家計行動の変化が同時に進行しており,そうした構造変化が実質所得の増加を消費の増加に結びつける大きな要因になっていると考えられる。

2. ライフスタイルの変化

以上のように最近の個人消費は近年にない盛り上がりを示しているが,この間ライフスタイルが変化しつつある。こうしたライフスタイルの変化も最近の個人消費に影響していると考えられる。ここでは,国民意識,就業,世帯の3点からライフスタイルの変化を探ってみたい。

はじめに,総理府の「国民生活に関する世論調査」により,国民の意識変化についてみよう。まず,日常の生活と将来の生活のいずれを重視するかといった点については,「毎日の生活を充実させる」としている者の比率は,40年代には上昇傾向を辿ったが,51年の42.1%をピークに頭打ちとなり,そして60年代に入って再び上昇し,63年には45.1%と調査開始の45年以降の最高値を記録している。一方,「貯蓄・投資など将来に備える」としている者の比率は,40年代には低下傾向を示し,50年代では50年の37.2%をボトムに緩やかに上昇したが,60年代に入って低下し,63年には38.9%と50年に次ぐ低い水準となっている。このように,60年代と40年代は類似し,50年代と様相を異にしている。40年代は所得水準の著しい上昇がみられ,先行きの不安感も希薄である一方,50年代はエネルギー価格の上昇や産業構造調整の下で所得や雇用面で不確実性が生じたため,このような国民の意識変化がみられたと考えられる。この点において60年代は40年代と同様,先行きへの不安感は希薄だとみられていると考えられる。

では豊かな生活に対する意識として,心の豊かさ,物の豊かさいずれを指向しているか。この点については,40年代と60年代では明らかに異なっている。「心の豊かさ」としている者の比率は,40年代では足踏み状態にあったが,50年代半ばから上昇傾向を辿り,63年では50.3%とボトムである48年の35.3%を大きく上回る既往最高となっている。逆に,「物の豊かさ」としている者の比率は,40年代には概ね40%~42%であったのに対し,50年代半ばから大きく低下,63年では32.0%と既往最低になっている。

さらに,今後の生活の力点をどういった分野に求めているかについては,レジャー・余暇生活としている者の比率が基本的には上昇傾向を示しており,49年に13.8%であったが63年には31.7%に達している。これは,住生活の24.1%,耐久消費財の4.4%,衣生活の1.5%を大きく上回る数値である。そこで,今後余暇生活を重視したいと思う人の割合を年令別にみると,63年では概ね若いほど高く,20才代39.9%,30才代33.5%,40才代30.8%,50才代31.2%,60才以上27.0%となっている。また,50年では20才代21.6%,30才代14.8%,40才代12.8%,50才代16.7%,60才以上15.2%であったのと比較すれば,あらゆる年令層でその比率が著しく上昇していることがわかる。

以上のように,豊かさと一言でいっても,高度成長期は物中心であったが,現在では心の豊かさを指向しており,質的に大きく変化している。高度成長期は耐久消費財にみられるように未充足から普及段階にあり,人々はそれらを家庭に揃える,あるいは使用することで満足感を味わっていた。しかし現在では,物の普及が概ね一巡しており,量的な面では充足されている。そうなると,物を揃える,使用するということではなく,より高級品,あるいは自分の個性に合致した商品を選択して,その使い心地を満喫するといった指向が強まり,それが心の豊かさに繋がる。また,物の面以外でも個々人が嗜好に即して趣味を楽しみ,教養を高めあるいは健康を増進するといった欲求が強まり,そうしたレジャー,余暇を享受することによって心の豊かさを実感する。こうしたニーズの実現が生活の充実感につながると考えられる。

次に,就業面での変化である。この点については,何より女子の職場進出が目覚ましい。55年から63年にかけて雇用者数は14.3%の増加を示しているが,男子9.6%増に対し,女子は23.3%増と伸び率では男子を大きく上回っている。この結果,雇用者数に占める男子の比率は55年65.9%,60年64.1%,63年63.2%と低下傾向にある一方,女子の比率は55年34.1%,60年35.9%,63年36.8%と上昇傾向にある。こうした女子の職場進出は,女子の収入増に繋がっており,女子の消費行動が個人消費全体へ及ぼす影響は大きくなっているとみられる。

また,パート比率が上昇している。雇用者数に占めるパート(週35時間未満雇用者)の比率は,55年10.1%,60年11.2%,63年12.0%と上昇している。これを男女別にみると,男子雇用者に占めるパートの比率は,55年5.3%,60年5.1%,63年5.3%とほぼ横ばいで推移しているものの,女子雇用者に占めるパートの比率は55年19.4%,60年22.0%,63年23.7%とかなりの上昇傾向を辿っている。パートタイム労働者の中には,時間的なゆとりがあり,あるいは裁量が可能という者も一部にみられ,そのような形態の雇用者の増加は余暇・レジャー等の時間消費型消費支出を増加させる要因に働く可能性がある。この間,パート労働者と一言で言っても,語学,タイピスト,プログラマー等技術・技能を備えた者が女子を中心に増えている点が注目される。

さらに,世帯も変化している。世帯人員別世帯数をみると,①5人以上の世帯数のウエイトが低下し,②4人世帯のウエイトが僅かながら低下する一方,③3人世帯のウエイトは不変,④2人世帯および1人世帯数のウエイトが上昇している。これは,①核家族化の進行に加え,②子供の数の減少,③独身の男女,高年齢者の単独世帯の増加等を示しているとみられる。このうち,子供の数の減少,独身女性の増加は,女子の職場進出をより容易にさせるものである。こうした女子をめぐる世帯の変化は消費面では余暇・レジャー支出の増加等を促す要因の一つになっていると考えられる。

3. 家計行動の多様化,高級化

以上のようなライフスタイルの変化の下で,家計行動の多様化,高級化が進展している。夫や妻といった世帯構成員が独自の所得をもち,家計全体の所得水準が上昇する中で,個々人が自らの嗜好に即したレジャーライフを送る,また欲求水準を高め,本物指向を一層強めるといった家計行動の変化が進行しているのである。

(消費支出の多様化,高級化)

家計消費の内容をみると(第2-1-1図),食料や光熱・水道といった必需的支出はここ数年ほぼ横バイで推移する一方,選択的支出の増加が目立ち,とくにサービスの増加が著しい。選択的サービス支出としては,旅行,カルチャーセンター等の教養娯楽,外食などが,選択的商品支出としては家電製品,乗用車,衣料品などがあげられるが,いずれも堅調に増加している。

サービス支出について,まず旅行をみると,海外旅行が好調に推移している。海外旅行者数は,50年247万人,55年391万人,60年495万人のあと,62年683万人,63年843万人と急増しており,ここ5年で倍増となっている。これを男女別にみると,女子のウエイトが上昇し,63年では約4割となっている。また,年令別にみると,女子では20才代以下がその半分を占めているが,50才以上も約2割に及んでいる。過去との比較ではいずれの年代もウエイトを上昇させている。一方,男子については,各層ほぼ均等となっている (第2-1-2図)。そこで,海外旅行の国際比較を行ってみよう (第2-1-3図)。まず,人口対比の海外旅行者数については,現状(62年時点),国が陸続きのフランスに比べては著しく低く,またアメリカに比しても乖離がみられるものの,50年から62年にかけての増加率でみると,日本は2.5倍(63年にかけては3.1倍)と,フランスの15.7%増を大きく上回り,またアメリカの2.3倍をやや上回る伸びとなっている。一方,旅行者一人当たりの旅行費用をみると,62年時点で日本が1,576ドル(63年2,213ドル)に対し,アメリカ1,248ドル,フランス966ドルといずれをも上回っており,50年から62年にかけての増加率でも日本は2.8倍(63年にかけては4.0倍)とアメリカ23.6%増,フランス2.0倍を大きく上回っている。また,日本の旅行者1人当たり費用を円ベース(実質)でみても,50年16万円,62年22万円,63年25万円と堅調な増加となっている。このような海外旅行の好調さはレジャーライフの多様化としてとらえることができるが,高級化が進展しているとの見方も可能である。また,趣味,教養を高めるためのカルチャーセンター,健康増進のためのスポーツクラブも人気を呼んでいる。そこで,総務庁「事業所統計調査報告」により,健康・スポーツクラブ,カルチャーセンター等のサービス事業所数の伸び(56~61年の年平均伸び率)をみると,4.9%増とサービス業全体の伸び1.9%増を大きく上回っている。同時にサービス業全体に占める割合も53年の5.1%,56年の6.2%から63年には7.2%へと高まっている。一方,外食ではファミリーレストランから高級料理店まで幅広く活況を呈している。婦人の職場進出といった要因も寄与しているが,グルメブームといった高級化の進展も一因と言えよう。このように余暇,レジャーの過し方は多様化,高級化している。

次に商品についてみると,衣料品や宝飾品でも自分の趣味による,あるいは自分をアピールするための個性化が進んでいるほか,ブランド製品指向等の高級化も進展している。ここでは耐久消費財の高級化について,やや詳しくみていこう(第2-1-4図)。耐久消費財購入は前述のとおり,好調に推移しているが,高級化,多様化が消費数量増をもたらしているところに特徴がある。乗用車では大衆車が横這いで推移する中,大型車や上級車種を中心とした小型車が伸びている(台数ベース,以下同じ)。輸入車も高級車を中心に未曾有の売行き(63年度35.3%増)を示している。カラーテレビでは従来小型(15インチ以下),中型(16~21インチ)で二分されていたが,大型(22インチ以上)が著しい増加を示し,ごく最近では26インチ以上の最大型がとくに増加している。VTRでは,高画質・高音質のHi-Fi型が従来型を凌駕するに至っている。ルームエアコンでは冷房専用も増加しているが,冷暖房兼用が主流を占めている。冷蔵庫では300l以上の大型の増加が目立つ。洗濯機では二槽式が依然主流を占めているが,増加しているのは全自動である。

こうした高級化,多様化の進展の下での消費数量増について検討してみよう。耐久消費財はほぼ普及が一巡しているため,買い替えが中心である。例えば乗用車では60.9%,カラーテレビでは49.1%(63年時点)が買い替えである。その場合,消費者の高級化指向の高まりが高性能,高品質な製品へのシフトを促していると考えられる。また,買増しの比率が,上昇しているのも特徴的である。その比率を61年と63年の比較でみると,VTRでは13.9%から26.5%へ,乗用車では12.0%から16.7%へ,カラーテレビでは32.4%から36.0%へとなっている。これは家計共通利用から,個人単位の利用へといった動きの変化をあらわしている。家計構成員のニーズや好みが異なる,すなわち多様化しているため,買増しによってそれに対応しているのである。この結果,同一商品の中でも様々な消費者ニーズを満足させるような選択の幅が求められるようになっている。因みに,乗用車(国産,63年)では,車名数,車型数がそれぞれ109,2,965にのぼっており,個性化,多様化を反映した顕著な例と言えよう。

(家計行動の変化をもたらしている要因)

以上のような多様化,高級化を中心とする家計行動の変化の要因について検討してみると,以下の5点が考えられる。第一に,物価の安定と所得水準の上昇である。前述のとおり,物価は円高,原油安の下で近年にない安定を示していた。また所得水準の上昇も著しく,50年代にみられた所得あるいは雇用の先行き不安感も払拭されている。こうした良好な経済環境の下で家計にもゆとりが生じ,多様化,高級化を通じて毎日の生活を享受しようという欲求が高まっている。

第二に,資産の蓄積である(詳しくは第4章第3節参照)。総務庁「貯蓄動向調査」によると,勤労者一世帯当たりの貯蓄残高は63年末で893万円と10年前の53年372万円に対して2.4倍,5年前の58年611万円に対して46.2%増となっている。この間,63年の消費者物価は10年前に比べ29.8%の上昇,5年前に比べ5.8%の上昇であるため,実質貯蓄残高はそれぞれ1.8倍,38.1%の大幅増加である。そこで,63年末の貯蓄残高を所得階層別にみると,第1分位410万円,第2分位581万円,第3分位784万円,第4分位970万円,第5分位1,721万円と格差が存在するが,年収との対比でみると(第2-1-5図),従来からの第5分位に加え,50年代半ば以降第1,第2,第3,第4分位もそれぞれ1倍を上回る(貯蓄が年収を上回る)など各階層で金融資産の蓄積が進展している姿が窺われる。

資産蓄積は以下のルートで消費押し上げ効果をもつ。一つ目には利子,配当を産み,財産所得の増加すなわち可所分所得の増加をもたらす。62年の家計の財産所得を10年前と比べると2.0倍と雇用者所得の伸び83.3%増を大きく上回り,可処分所得に占める財産所得の割合も52年の11.7%から62年には13.9%まで上昇している。二つ目には,資産の蓄積はその価格上昇によりキャピタルゲインが得られる場合があり,キャピタルゲインが消費の増加をもたらす(キャピタルゲイン効果)。三つ目には,物価の安定等による実質資産の増加自身が家計にゆとりをもたらし,消費の増加に繋がる(ピグー効果)。前記家計行動の変化には,程度の差はあれ,以上の3点いずれもが寄与しているとみられる。

第三に,消費者ローンやクレジットカードの普及である (第2-1-6図)。消費者信用残高は62年時点で35兆円を上回り,クレジットカード発行枚数は63年3月末時点で約1.2億枚といずれも近年著しく増加している。こうした消費者信用の普及は,手持ち資金が不足していてもその利用により望みの商品,サービスを購入することがいつでも可能となり,金利の低下は消費者金融の利用増に繋がり,消費を刺激する。

第四に,マルチインカム世帯の増加である。前述のとおり,女子の職場進出が進展しているが,有配偶者すなわち夫をもつ女性の職場進出には目覚ましいものがある。生活苦から妻が働きにでているというケースもあろうが,より積極的な動機,例えば生活向上意欲,勤労意欲あるいは自己実現志向の高まりから仕事に従事しているケースも少なくないとみられる。そうしたマルチインカム世帯の増加は消費行動の変化をもたらしている(この点については後述する)。第五に,企業の対応である。多様化,高級化のニーズが実現しうるのは,企業の対応があってこそである。むしろ,企業がそれを見越してあるいは先取りしてそうしたニーズを喚起している場合も多いとみられる(詳しくは第2節参照)。

以上のように,実質所得の増加,実質資産の増加,消費者信用の普及が,家計行動の変化をもたらしつつ,余暇,レジャー関連や耐久消費財等の生活充実型消費の増大につながっているとみられるが,その点を確認するためにそれらを説明変数とし,生活充実型消費支出と全消費支出を被説明変数とする関数を推計してみた (第2-1-7表)。その結果は,生活充実型消費支出は全消費支出に比べ,①所得効果が大きい,②資産効果が大きい,③金利効果が大きいというものであった。生活充実型消費は,食料や電気・ガス・水道といった必需的消費支出に比べて,所得,資産蓄積,金利の影響が大きい。所得水準が上昇し,資産蓄積が進み,金利の低下による消費者ローンの普及が生活充実型消費の堅調な増加の背景になっていることが,こうした分析から示唆される。

(マルチインカム世帯の消費行動)

それではマルチインカム世帯の消費行動について検討してみよう。近年マルチインカム世帯の増加が著しいが,それが前記のような家計行動の変化をもたらす一因になっている。

女子雇用者数は長期的な増加傾向にあるが,こうした女性の職場進出で注目されるのは,有配偶女子雇用者比率の上昇が女子雇用者数の増加とパラレルに進行している点であり,その比率は60年代に入って約6割に達している (第2-1-8図)。女子雇用者数の構成を年令別にみると,30才代のウエイトが比較的安定している中で,20才代以下が大幅に低下,一方40才代以上の比率が高まり60年代では40才代から50才代半ばが約半数を占めるに至っている。40才代以上は,戦後のいわゆる「団塊の世代」を含む世代であり,子育てを終えた主婦層が生活を充実させるために必要な収入を得ることを目的として,職場進出を活発化させているとみられる。

妻の収入についてみると,近年はその伸びが世帯主の伸びを上回って推移しているが最近時点をみると,62年では妻の収入が前年比2.6%増,世帯主収入が同1.0%増,63年では妻の収入が同12.2%増,世帯主の収入が同4.5%増と妻の収入の伸びが世帯主の収入の伸びを大きく上回って推移している。こうした妻の収入の増加は,①同一条件の下での女子の賃金単価が上昇していることに加え,②働きにでている妻が増加している,換言すれば妻の職場進出が増加していることなどを反映していると考えられる。こうした状況の下で,実収入に占める妻の収入のウエイトは50年6.5%,55年7.0%から60年8.0%へと着実に上昇し,63年には9.0%に及んでいる。

次に,マルチインカム世帯は消費面でいかなる影響を与えているであろうか。まず,消費支出全体の推移をみると,60年から63年の3年間で夫婦共働き世帯が7.3%増と片働き世帯6.8%増を上回っている。また共働き世帯の消費支出水準は55年では片働き世帯を8.7%上回っていたが,63年ではそれが10.2%の乖離となっており,両者の消費水準の格差は拡大している。

消費構造をみると(第2-1-9表),共働き世帯は片働き世帯に比べ,食料,家賃・地代,光熱・水道を中心に必需的支出の割合が低い(共働き世帯47.2%,片働き世帯50.2%)一方,選択的支出が自動車を中心とする耐久財,外食,旅行等のサービス,被服・履物,身の回り品を中心に高い(共働き世帯52.8%,片働き世帯49.8%)。

ちなみに,妻は夫の収入にかかわりなく仕事にでて収入を得るというように,世帯主の収入と非世帯主の収入とは全く独立的であるとの前提の下で,両者を別個の説明変数として,消費支出全体と生活充実支出に分けて推計式を計測してみた(第2-1-10表)。それによると,①生活充実支出においては,非世帯主より世帯主の収入変化による影響の方が大きく(世帯主収入の所得弾性値の方が大きい),また,②生活充実支出における世帯主の収入変化による影響は消費全体と比べても大きくなっている。したがって,生活充実支出においても,基本的には世帯主の収入の動きが支配的である。しかし,③生活充実支出における非世帯主の収入変化による影響は消費全体に比べ際立って大きくなっているという点からすると,非世帯主の収入は必需的支出に組み込まれているのではなく,むしろ生活充実支出に振り向けられていることを示している。以上の点から,女子の社会進出は,家計面からみると生活を充実させるためのより積極的な効果をもたらしていると考えられる。

(住宅建設の多様化,高級化)

以上のように,家計行動が多様化,高級化しているが,住宅建設にも多様化,高級化が進行していると推察される。実際,住宅の広さについては問題が残るものの,一般に質的向上が進んでいるほか,リゾートマンションがブームを呼んでいる。

新設住宅の一戸当たり床面積をみると,40年代以降のピークである55年度の94.3m2から63年度には80.1m2と大きく減少したが,これは相対的に規模の小さい貸家がウエイトを高めたためとみられる。ただ,持家は一貫して,また分譲も60年以降一戸当たり床面積は増加してきている。一方,実質単位工事額は50年代にやや足踏みとなった後60年代に入って上昇が著しく,54年度の9万9千円から63年度の13万円と3割方の上昇となっている。これは相対的に手狭な貸家が増加しているものの,貸家を含めて単価の面では質的向上が進展していることを示している。

そこで実質住宅投資額(GNPベース)についてみよう。住宅着工戸数が減少しているにもかかわらず,実質住宅投資額は63年度に入っても増加傾向にある。両者の違いには,単価面での質的向上分がカウントされているかという点がある。そこで関数の推計によりこの質的向上分について計測してみた (第2-1-11図)。それによると,57~59年度は殆ど横這いであったが,61年度から質的向上が進展し,63年度では最近にない伸びを示している。この結果,着工戸数要因がマイナスに働く中,63年度の実質住宅投資額は前年度比プラスとなっている。この間,63年度については,持家が減少しているものの,規模要因はプラスに働いており,貸家においても幾分改善されつつあることが示唆されている。

このように,近年の日本の住宅建設の増加は,貸家が中心といった状況ではあるが,そうした中で質的向上も進んでおり,今後高級化が進む兆しがあらわれているとみられる。

次に,リゾートマンションに目を転じよう。リゾートマンションの供給戸数をみると(「不動産経済研究所」調べ),61年夏頃から増勢に転じ,61年1,975戸,62年2,672戸の後,63年は11,524戸と既往最高の水準を記録している。こうした動きの背景としては,利殖を目的とした投資といった面もないではなかろうが,レジャー,余暇生活の重視といったライフスタイルの変化があげられる。

それではどういった層がリゾートマンションを購入しているであろうか。大手供給業者の調査によると①既に持家に居住している層が57%,②法人が29%,③借家に居住している層が8%となっている。したがって,過半は「持てる者」が一層の多様化,高級化を図っている訳である。一方,少数派である借家居住層の中には都市部での持家取得を諦めて,リゾートマンションの購入に向かった者も少なくないとみられる。しかし,持家取得が困難といった状況が所与のものであるならば,単に借家で暮らすというのではなく,リゾートマンションで休日を過ごすというのも新たなライフスタイルの形成とみることが可能であろう。また昭和63年度住宅需要実態調査によれば,このリゾートマンションを含む別荘やセカンドハウスへの需要の側面をみると,全国では2割強,東京圏では3割強が既に取得したり,取得を希望するとしており,需要には根強いものがあるといえよう。このように,週休二日制の推進等時短が進めば,休みの日はリゾートマンションでゆったりと過ごすといった生活スタイルがさらに普及していくとみられる。これはレジャーライフの多様化とみることができる。