平成元年

年次経済報告

平成経済の門出と日本経済の新しい潮流

平成元年8月8日

経済企画庁


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第1章 昭和63年度の経済の動き

第3節 更に活発化した企業活動

1. 増加傾向続く生産

(好調を持続する鉱工業生産・出荷)

63年度の鉱工業生産は,62年度を上回る増加となった (第1-3-1図①)。四半期別にみると,4~6月期は前期比0.8%増と伸びがやや鈍化したものの,7~9月期同2.0%増,10~12月期同1.8%増,元年1~3月期同3.1%増と高い増加率を示し,年度間を通してみても前年度比8.8%増と62年度の伸び(同5.9%増)を大きく上回り,51年度(同10.8%増)以来の高い伸びとなった。

生産を産業別にみると,おおむね全業種が好調であったが,特に一般機械,電気機械工業など加工組立型工業が大きな増加寄与を示し,また,化学工業,鉄鋼業などの素材型工業も大きな寄与を示した (第1-3-1図②)。

出荷については,国内向け出荷が引き続き大きく増加に寄与(前年度比寄与度7.6%増)したことに加え,輸出向け出荷もいくぶん寄与を拡大(同0.8%増)したことから前年度比8.4%の増加(62年度同5.6%増)となった。四半期別にみると4~6月期は前期比1.1%増とやや低い伸びとなったが,7~9月期同2.1%増,10~12月期同1.9%増,1~3月期同2.8%増と増勢基調を維持してきた。

出荷動向を内外需別にみると,国内向け出荷は4~6月期,7~9月期それぞれ前期比1.3%増,1.4%増と堅調に推移し,その後10~12月期,1~3月期ともに同2.5%増と伸びが高まっている。一方,輸出向け出荷は,62年度後半から緩やかに増加してきたが,63年度に入って4~6月期は前期比0.8%減,7~9月期は同5.8%増,10~12月期は同横ばい,1~3月期は同2.9%増とジグザグの動きとなった。これには自動車の対米輸出パターンが例年と大きく異なっていることなどの理由が挙げられるが,輸出向け出荷は基調として強含みで推移している。

また,出荷を財別にみるとすべての財が増加し,なかでも生産財が非常に大きな寄与を示し,資本財,消費財も大きな増加寄与を示した。

(緩やかな積み増し局面が続く製品在庫)

次に最近の在庫の動きをみることとする。63年度の鉱工業生産者製品在庫は,前年度末比4.5%増と60年度末以来3年ぶりに増加した。しかし,製品在庫率は,63年度末に85.2と2年連続の低下となった。

四半期別にみると,4~6月期には出荷の伸びの鈍化の下で前期末比0.8%増と緩やかに増加し,7~9月期には天候不順などによる一部の品目の出荷不振により,同2.1%の増加と伸びを高めたものの,10~12月期には同1.8%の増加,1~3月期には同0.4%の低下とおおむね需要に応じたテンポで増加傾向にある。

出荷と在庫の関係をみると,63年度中は依然として出荷の伸びが在庫の伸びを上回っており,年度を通して景気上昇下における緩やかな在庫積み増し局面にあった(第1-3-2図①)。

今回の在庫積み増し局面の特徴は,過去の景気上昇局面下における在庫積み増し局面に比べ比較的緩やかな積み増しが行われている点である(第1-3-2図②)。出荷と在庫の伸びの関係をみると,出荷が過去の景気上昇局面の伸びを上回っているが,在庫の伸びは過去の局面のいずれの時期の伸びをも下回っている。また,現在のところ在庫率が低水準のまま推移しており,日銀短観の製品在庫水準判断D.I.などにおいてもむしろ不足超となっている。したがって,当面在庫を起点とした生産調整が働く可能性は低く,鉱工業生産も引き続き増加傾向をたどるとみられる。

(高水準で推移する稼働率)

稼働率指数を用いて,製造工業のおよその実稼働率を試算してみると,元年1~3月期84%程度とその水準は前回景気上昇局面におけるピーク(60年4~6月期81%程度)を上回り,55年1~3月期並みまで上昇している。産業別にみると,機械工業においては,前回景気上昇局面のピークには至っていないものの,61年1~3月期の水準(86%程度)以上にまで上昇している(第1-3-3図①)。

一方,鉄鋼,金属,化学,パルプ・紙といった素材型工業においては,実稼働率が50年以降のピークを越えており,高水準で推移している。しかしながら,能力増強投資等により,これらのほとんどの産業の生産能力も引き続き増加傾向にあり(第1-3-3図②),当面,生産能力の点からみて需要に見合った生産の拡大は可能と考えられる。

2. 一段と増加した企業収益

企業収益は,63年度においても一段と増加した。また,企業の業況判断も,一段と良好感を増している。大蔵省「法人企業統計季報」(資本金1千万円以上の法人,断層修正値)から経常利益の動きをみると,全産業では62年度に前年度比35.0%の増益の後,63年度には同23.5%の増益となった。産業別にみると,製造業では62年度に同44.8%の増益の後,63年度には同27.3%の増益となり,非製造業では62年度に同28.3%の増益の後,63年度には同20.5%の増益となった。また,規模別にみると,資本金1億円以上の大企業では,63年度は同24.1%の増益,資本金1億円未満の中小企業では同22.5%の増益となった。

企業収益の状況を,売上高経常利益率の変動要因分解によって概観してみよう。

製造業の売上高経常利益率は,61年7~9月期をボトムに順調な回復を示し,63年に入っては,50年代以降で最も高い水準に達している(第1-3-4図(1))。しかし製造業を輸出型と非輸出型に分けてみると,利益率の改善をもたらした要因はやや異なっている。輸出型では,国内向け販売数量の増加など専ら数量要因が利益率を引き上げているのに対して,非輸出型では,数量要因に加え,輸入原材料価格の低下など価格要因の寄与も大きい。

非輸出型製造業においては,60年秋の円高以降も利益率は順調な上昇を続けたが,62年度下期以降63年度を通じては,数量要因がほぼ横這い圏内にある中で,プラス要因としての価格要因とマイナス要因としての固定費要因が相殺する形で,利益率は高い水準を保っている(第1-3-4図(2)③)。

一方,輸出型製造業では,利益率は62年以降急速な回復を示し,63年度に入っても概ね上昇した。現状,ほぼ2年振りに,非輸出型製造業の利益率に並ぶ水準に達した。輸出型製造業の利益率の上昇を支えたのは,国内向けを中心とする販売数量の増加である(第1-3-4図(2)④)。価格要因がほぼ横這いとなる中で,内需の盛り上がりによって企業の国内向け販売数量が順調に増加し,輸出も強含みに推移した(第1-3-5図)ことが,利益率の上昇に寄与している。

次に,固定費の動きに着目してみよう。製造業全体としてみれば,62年以降の販売数量が増加する局面で,企業の固定費負担も増えてきている(第1-3-4図(2)①)。その中心は人件費であるが,金融費用要因は,金利の低下,企業の金融資産運用の効率化,エクイティファイナンス等低利の資金調達もあって,引き続き横這い圏内で推移している(第1-3-4図(2)②)。非輸出型製造業では,数量要因がほぼ横這い圏内にある中でも固定費の増加傾向は止まっていないが,輸出型製造業では,63年度に入って固定費要因が利益率に対するマイナスの寄与を続けている中で,それを上回る数量要因の大きなプラスの寄与によって,利益率が高まっている。

以上みてきたように,要因の違いはあるものの,企業収益は63年度に入っても大幅な増加を続けている。それに伴って企業の業況判断も,比較的業種間にバラツキなく一段と良好感を増している。日本銀行「主要企業短期経済観測」(資本金10億円以上の大企業,648社)により主要企業の業況判断D.I.(「良い」と答えた企業割合から「悪い」と答えた企業割合を引いたもの)をみると,製造業,非製造業ともに40年代のピークを上回っている (第1-3-6図①)。製造業を素材型,加工組立型に分けてみると,円高,原料安,低金利の所謂トリプル・メリットを享受した素材型業種の業況判断D.I.は,今回の景気拡大局面で約12年振りに加工組立型業種を上回って推移し,売上高経常利益率も40年代のピークを更新した。一方,加工組立型業種の利益率水準は,前回59年下期のピークに及ばないものの,至近のD.I.では素材型業種に並ぶ高い良好感を示している(第1-3-6図②)。

主要企業・製造業の業況判断D.I.の業種間のバラツキを,過去のピーク時と比較してみると (第1-3-7図),前回(59年11月)は,良好感が電気機械等一部の業種に偏り,総じて言えば素材型業種で良好感が弱かったのに対し,今回は,48年11月のピーク時にも匹敵するほどの,良好感の裾野の広がりと企業マインドの力強さをみてとることができる。非製造業においても,建設,商社,小売,サービス等,ほぼ全面的に業況良好感は広がっている。そこには,環境変化に積極的な対応を示す,我が国企業の自信の深まりをみることができよう。

他方,企業倒産は60年から落ち着いた動きを続けており,63年度の銀行取引停止処分者件数は,前年度比12.7%減と3年連続で2桁の減少となった。こうした落ち着いた動きの背景としては,①内需主導の順調な景気上昇の中で,幅広い業種で企業収益が増加したこと,②金融緩和基調が続き,中小企業にとっても資金繰りが円滑であったこと,③地価の上昇等により,企業の担保力が増大したこと,④倒産という形をとらない企業の休・廃業が進行したこと,などが考えられよう。

3. 広がりがみられる設備投資

(増勢が続く設備投資)

昭和62年半ばより伸びを高めた民間設備投資は,63年に入り増勢を強め,国民経済計算によると63年度は前年度比17.9%増と44年度以来の高い伸びとなった。四半期別では4~6月期に前期比4.6%増(年率19.8%増)と高い伸びとなった後,7~9月期同4.2%増,10~12月期同3.4%増,1~3月期同6.6%増といずれも年率10%を越す増勢が続いている。これを産業別にみると,非製造業が昭和59年以降の堅調な増加基調を続ける一方,製造業では62年前半よりまず中小企業で増加に転じ,その後63年に入ってからは大企業でも拡大局面を迎え,現在では全規模で旺盛な設備投資が続いている。

設備投資の内容を建物投資と機械投資に分けて要因分解してみると (第1-3-8図),建物投資はこのところ全般に活発化している。これは昭和50年代の設備投資が合理化や省エネ,技術革新に伴う機械の入れ替えなど,主として生産部門での機械装置への投資が活発で,相対的に建物投資が手控えられていたのとは対照的である (第1-3-9図)。製造業では,多角化を進める企業が資産の有効利用を図るべく不動産関連の投資にも積極的に取り組んでいることや(第2章参照),これまで手控えられていた建物の更新需要が,生産部門だけでなく情報関連機器の導入を契機に本社ビルや営業所などの間接部門にも及んでいること,及び社宅などの福利施設を拡充する動きがみられること,などが背景にあるものと思われる。また,機械投資についても63年度に入り増勢を増している。非製造業では,これまで不動産,卸小売などの業種で活発な建物投資が続けられてきた。これに加え,製造業での投資回復に呼応する形でリース業での機械投資が増加したこと,金融保険,情報サービス,卸小売で情報化投資が活発であることなどにより,このところ機械関連投資も一段と増加してきている。

(広がりがみられる設備投資分野)

今回の設備投資拡大局面の特徴は,業種や投資目的に多様な広がりがみられることにある。業種別に設備投資動向をみると(第1-3-10図),非製造業では電力が政策積増し後の一服で高水準横ばいの状況にあるものの,60年以降の内需拡大や規制緩和,情報化の流れのなかで建設,不動産,運輸・通信,金融・保険などの業種が堅調に伸びを続け,また消費の好調を受けて卸小売やレジャー関連のサービス業が増加している。

製造業では,前回の拡大局面が半導体投資で積極的に能力増強を続けていた電気機械を中心に加工型産業のみで牽引していたのに対し,今回は食品,印刷・出版など内需の好調な業種が62年半ばから拡大をはじめ,63年に入ってからは一次金属,化学,紙・パなど収益改善の著しい素材型産業,及びストック調整を終えた加工型産業も盛り返すなど,業種に広がりが出る方向で増勢を強めている。

過去の動向からは,業種の広がりという点で裾野が広い時期は増勢の持続力は強く,逆に業種が限られ,設備投資が特定の分野に集中している場合には基調が脆いという傾向が読み取れるが,この点でみる限り,今回の設備投資の増勢は安定性が高いといえる。

(多様な投資目的)

業種の広がりに加えて投資目的も多様で,①食品,出版・印刷,紙・パ等内需の好調な分野での需要増対応投資,②技術革新に伴う製品の世代交代,競争力確保のための製品差別化,或いは内需掘り起こしを目的とした新製品投入・製品多様化投資,③中長期的観点に立った先行投資(新分野進出,研究開発等),④好収益,低金利という環境を受けて積み残していた更新投資や間接部門拡充投資(本社,営業所,福利施設),⑤規制緩和に対応した投資,といった具合いに産業構造の転換も相挨って投資機会が多方面に存在している。日銀短観によれば,63年度に入ってからの設備投資は製造業で能力増強のウエイトが高まっているものの,中長期的な需給見通しもあって大規模な増産に踏み切る先はあまりみられず,小規模な能増案件が積み上げられた形となっている。既存分野を延長しただけの量的拡大には慎重な各企業が,多様な投資機会を捉えて,足元の対応と中長期的対応を使い分けながら積極的に設備投資に取り組んでいるもの思われる。

こうした状況の中で,平成元年度の設備投資計画を「法人企業動向調査」でみると,製造業では電気機械等により前年度比11.0%増が,非製造業ではリース,運輸・通信,卸・小売等により同7.3%増が計画されており,全産業で同8.7%増と引き続き堅調な増加が見込まれている。