平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第1章 昭和63年度の経済の動き
昭和62年度に前年度比4.3%増となった雇用者所得は,63年度には6.4%増と伸びを高めた。また,実質でも62年度の4.1%増から63年度6.3%増と一段と増加した。
(賃金の動向)
賃金の動向を現金給与総額の動きでみると,63年度は4.2%増と前年度の2.0%増を上回り57年度(4.3%増)以来の高い伸びとなった。これは春季賃上げ率や夏季,年末の賞与がいずれも前年を上回ったこと,および所定外労働時間の増加によって所定外給与が前年度に比べ一層高い伸びを示したこと等によるものである。加えて,物価が安定して推移したことから実質賃金も伸びを高め,前年度の1.7%増から50年代以降では最高の3.5%増となった。
現金給与総額を定期給与と特別給与に分けてみると,定期給与のうちでは所定内給与が62年度の2.0%増から63年度3.2%増と伸びを高めるとともに,所定外労働時間が好調な企業活動を背景に増加し続けたことに伴って所定外給与が伸び,63年後半以降その増勢を鈍化させてきてはいるものの,年度平均では8.6%増と前年度の6.7%増を上回った。この結果,定期給与全体では62年度の2.5%増を上回る3.7%増となった。また,定期給与を業種別にみると,運輸・通信業が62年度3.6%増から63年度5.7%増と大きく伸びたのをはじめとして,製造業4.2%増,建設業4.1%増など,ほとんどの業種で伸びを高めている。
つぎに特別給与の動きをみると,62年度0.8%増に対し63年度は5.6%増と大幅に伸びを高めた。特別給与の大部分を占める賞与の動向については,夏季が62年の前年比2.0%増から3.6%増,年末が62年の3.7%増から4.8%増へと,ともに伸びが前年を上回った。
平成元年の春闘の妥結状況(労働省調べ,主要企業)をみると,製造業を中心にほとんどの業種で前年を上回る結果となり,全体として賃上げ率は5.17%となった。
(家計の実収入の動き)
家計調査でみる全国勤労者世帯の実収入は,実質で62年度1.8%増の後,63年度は3.7%増と大幅に増加した。こうした家計の実収入の動きを収入源別にみると(第1-2-1図),63年度に入って以降定期収入が安定的に増加するとともに,臨時収入・賞与および妻の収入が全体の伸びの高まりに大きく寄与していることがわかる。
民間最終消費支出(実質)の動きを国民経済計算でみると,63年度は4.7%増と前年度の4.5%増を上回り堅調に推移した。一方,家計調査でみると,全世帯の消費支出(実質)は62年度の\2.2%増から63年度は2.7%増となった。これを世帯別にみると,63年度は消費の主導役が前年度の一般世帯から,勤労者世帯へと代わったことがわかる。すなわち,一般世帯の消費支出(実質)は,62年度の5.3%増から63年度には1.0%増へと伸びが鈍化した一方,勤労者世帯の消費支出(実質)は,62年度の1.0%増から63年度には3.2%増へと大幅に伸びを高めた。このような勤労者世帯の消費の高まりは,これまでの物価安定,62年後半からの雇用回復に加え,63年度に入ってからの賃金の高まりといった雇用者所得の改善に加え,所得税減税等の実施を反映し,可処分所得が実収入の伸びを大きく上回って増加したことによるものと考えられる(勤労者世帯実質可処分所得の伸び,61年度1.5%増,62年度1.9%増,63年度4.3%増)。62年度の消費堅調には,昨年度の年次経済報告でみたように,いわゆる「資産効果」が比較的大きく働いていたが,63年度については実質雇用者所得の増大が消費堅調の基本的要因である。
全世帯の動きを四半期別にみると,前年同期比(実質)で4~6月期2.9%増,7~9月期3.8%増,10~12月期2.1%増,元年1~3月期2.0%増と堅調に推移した。次に,消費性向(勤労者世帯)の動きをみると,63年度は可処分所得が高まったことにより75.8%と62年度の76.6%から低下した。また,農家経済調査でみる農家経済の消費についても,63年度は1.7%増となり堅調に推移した。
(耐久消費財,サービス消費が好調)
次に費目別の動きをみると,最近のライフスタイルの変化の下での消費の多様化,高級化の流れを反映し,選択的な財・サービスへの支出が好調に推移した(詳細は2章参照)。消費支出を必需的支出と選択的支出に分けてみると(第1-2-2図),選択的支出は,59年度以降,交通・通信,教養・娯楽を中心に増加を続けており,62年度2.5%増の後,63年度は4.3%増と更に伸びを高めた。63年度においては自動車を中心とした交通・通信,家電製品等の耐久消費財及び余暇・レジャー関係費を中心とした教養・娯楽,被服・履物,外食が高い寄与を示している。一方,必需的支出は,62年度の1.5%増の後,63年度は前年度比横ばいとなった。内訳をみると,光熱・水道,保健・医療がプラスに寄与している一方,食料が,マイナスの寄与をしているのが目立っている。こうした傾向は,消費支出の動きを食料,必需的財・サービス(食料を除く),選択的サービス,選択的耐久財,選択的非・半耐久財別の寄与度に分けてみると明らかである (第1-2-3図)。これによると食料は,消費支出に対してほぼ一貫してマイナスの寄与をしている。一方,選択的耐久財は,自動車,教養・娯楽用耐久財を中心に概ねプラスに寄与している。又,選択的サービスは,余暇・レジャー関係費を中心に大幅にプラスに寄与している。選択的非・半耐久財も,被服・履物を中心に63年後半よりプラスの寄与を高めている。
(供給サイドからみた消費)
次に63年度の個人消費の動向を,供給サイドの統計からみてみよう。
まず,全国百貨店販売額をみると,62年度に6.3%増と伸びを高めた後,63年度は9.8%増と一段と好調に推移した。四半期別前年同期比の推移をみると,63年4~6月期7.8%増,7~9月期,10~12月期はともに7.5%増で推移した後,元年1~3月期は17.3%増と一層高い伸びとなった。これは,税制改正の影響等によるものであり,4月には,その反動がみられたが,その後は回復している。商品別にみると,高級化の流れを反映して,家具・家電製品,貴金属,高級雑貨等が高い伸びとなった。
次にセルフ店の販売動向をみると,62年度にそれまでの3%台から4.9%増へと伸びを高めた後,63年度は6.2%増と一段と好調に推移した。商品別にみると,衣料・家電製品等が大きな伸びとなった。
耐久消費財の販売動向についてみると,まず家電製品の出荷状況は,カラーテレビ,VTR,エアコン,冷蔵庫等を中心として62年度の2桁の伸びから,63年度は1桁の伸びへやや鈍化したが,高水準を持続している。また,乗用車の販売動向を新車新規登録・届出台数でみると,62年度の7.8%増の後,63年度も7.7%増と好調に推移した。四半期別の前年同期比の推移をみると,63年4~6月期17.3%増,7~9月期11.3%増,10~12月期11.1%増と2桁の伸びを続けた後,元年1~3月期は税制改正の影響を主因に5.3%減となった。しかし,元年度に入って,4月前年同月比25.5%増,5月同34.4%増と再び好調に推移している。
最後に,レジャー関係の指標を大手旅行業者12社取扱金額でみると,国内旅行は,62年度4.5%増の後,63年度は3.1%増と着実な増加となった。一方,海外旅行は62年度の21.6%増の後,63年度も18.0%増と好調に推移した。
当面の消費動向についてみると,雇用者所得が着実に増加しており,物価の安定が維持される限り,引き続き堅調に推移するものと思われる。
61,62年度と大きく伸びを高めた住宅投資は,63年度に入ってからも高い水準を持続した。実質民間住宅投資(GNPベース)は62年度前年度比25.6%増となった後,63年度は同7.0%増となった。また,新設住宅着工戸数は62年度173万戸の後,63年度は166万戸(前年度比3.8%減)と,依然として高水準を維持している。住宅建設の動向を利用関係別,地域別にみると次のような特徴がみられる (第1-2-4図①②)。
第一は,貸家建設が頭打ち傾向にあるものの,高水準で推移したことである。貸家は61年度67.9万戸(前年度比25.0%増),62年度88.7万戸(同30.6%増)と民間資金による貸家を中心にその伸びを加速させ,近年の住宅建設ブームを支えてきたが,63年度は84.2万戸(同5.1%減)と8年ぶりの減少となった。地域別では,これまで他地域に先行して伸びを高めてきた東京圏が減少した。また,大阪圏は引き続き増加,名古屋圏は減少,地方圏はほぼ横這いとなった。これまでの貸家建設の増加要因としては,若年層人口の増加と金利の低下等による貸家の収益水準の上昇が考えられる。しかし63年度に入ってからの収益性は悪化した。特に東京圏では家賃,建築コスト等の要因もあり,民間資金による貸家建設の投資は前年ほどの有利性を失ったものと考えられる。
第二は,62年度に増勢を強めた持家が63年度に入って前年度水準を下回り,前年度比11.7%減となったことである。持家の過半を占める住宅金融公庫の資金を利用した持家は,4~6月期に前期比27.4%と大きく減少し,その後回復したものの1~3月期には再び減少した。その要因としては,史上最低の金利水準の下で受付期間を延長して実施された62年度第2回公庫募集(62年7月20日~11月25日)の受理件数が大幅に増加したことによる着工戸数の増加の反動等があったものと考えられる。
第三は,分譲住宅が前年度比16.7%増と62年度に引き続き高い伸びとなったことである。これを地域別にみると,前年度大きく増加した東京圏は若干減少したが,大阪圏,名古屋圏,地方圏ともに増加した。とりわけ地方圏は前年度比46.9%増と前年度同様著しい増加となった。このなかには,いわゆるリゾートマンションの急増も含まれているが,それを除いても地方中核都市を中心に大きな伸びとなっている。
住宅投資の動きを新設住宅着工床面積でみると,総床面積は63年度は前年度比2.9%減となったものの,戸数の減少率を下回っている。そこで今,1戸当たり床面積の変化を要因分解すると (第1-2-5図),56年度以降の貸家のシェアの増加と貸家の1戸当たり床面積の小規模化,58年度以降の持家のシェアの減少が近年の新設住宅の規模の低下に大きく寄与していることがわかる。しかし,63年度では,分譲住宅のシェア要因が増加に転じ,加えて貸家の1戸当たり床面積がプラスに働いたためトータルの1戸当たり床面積は8年ぶりの増加となった。着工戸数と着工総床面積の変化の相違はこうした動きを反映したものといえよう。
首都圏マンション市場の動向をみると,63年に入って新規供給戸数は減少したものの,新規物件,繰越物件ともに好調な販売率で推移し,総販売率((総販売戸数÷総供給戸数)×100 )は87.4%となった。また,月末分譲中戸数率(月末分譲中戸数÷平均1か月総販売戸数)は前年より上昇したものの,低水準で推移した。一方,近畿圏では新規供給戸数が過去最高となり,販売面でも総販売率が88.1%と高水準となった。
しかし,全体的にみると都心部の用地難のためマンションの立地は遠隔化している。また,地価高騰の影響を受けて,東京都心部を中心に1戸1億円を越える物件が1,100戸以上供給されるなど,東京圏,大阪圏とも分譲単価ならびに平均価格は大幅に上昇した。このため住宅取得能力は著しく低下している。マンション価格の年収に対する倍率をみると(第1-2-6図),東京圏では62年に6.0倍と大きく上昇したが,63年に入って勤労者世帯の年間平均実収入は4.5%増となったにもかかわらず,マンションの平均価格が4,753万円(前年比32.8%の上昇)と前年に続いて大きく上昇したため,年間実収入の7.6倍とさらに上昇した。また,大阪圏では62年のマンションの平均価格は2,426万円,勤労者世帯の年間実収入の4.4倍であったが,63年は2,887万円,年間実収入の5.0倍となった。こうしたマンション価格の上昇は東京圏,大阪圏ともに平成元年に入っても続いており,都市勤労者の住宅取得を難しくする要因となっている。
最近の住宅事情をみると,総住宅ストックに占める共同住宅の戸数が3割を超え,フローでも地方都市でのマンション建設が増加するといった住まい方の変化の傾向がみられる。また,住宅投資に関しては,制度的には住宅金融公庫における貸付限度額の引き上げなど貸付条件の改善が図られた。しかし,大阪圏や一部の地方主要都市でかなりの地価上昇が続いており,こうした地域での住宅取得能力の低下が懸念される。貸家については新設住宅着工は高水準を保っているが,今後の建築コスト,金利等の動きによっては変化が生じることも考えられる。