昭和63年
年次経済報告
内需型成長の持続と国際社会への貢献
昭和63年8月5日
経済企画庁
第5章 内需主導型経済の構図
内需の中心はGNPの56%を占める個人消費支出である。したがって,内需主導型成長の持続には,個人消費の着実な増加が不可欠である。消費動向を左右する第一の要因が可処分所得にあることはいうまでもない。もう一つの要因は消費性向の変動である。平均消費性向の動きをみると,51年の77を底に次第に上昇し,60年の84に達したが61年は低下気味となっている。そこで,こうした消費性向の動きを関数を推計して要因分解をしてみた(第5-1-1図)。これによると,50年代における消費性向の上昇の要因としては,物価の安定や金融資産残高効果が挙げられ,60年代に入ってからの動きは,雇用要因に加え物価安定や金融資産残高効果などが依然として上昇に寄与してきたのに対して慣習要因が大きく低下に寄与している。したがって,消費性向の上昇には物価安定が直接あるいは金融資産残高を通じて大きく寄与していることがわかる。
以上のような基礎的な要因に加え,消費支出水準の変化を示す動きが最近みられる。それは耐久消費財やレジャー支出の大幅な増加である。耐久消費財については次に2点が注目される。第一は耐久消費財購入の循環変動である。主要な耐久消費財の循環変動をみると(第5-1-2図),これまで約4年の周期で循環を繰り返してきている。したがって,62年には本来ならば下降局面に入るところであるが,そうした気配をみせてえず,なんらかの要因から4年周期が崩れつつあるとみられる。第二は,耐久消費財価格の上昇である。耐久消費財の実質購入価格の動向をみると(第5-1-3図),乗用車,家電関係の実質購入価格は59年以来上昇傾向にあり,商品の高級品化を窺わせている。一方で既にみてきようにNIEsとの水平分業の拡大により低廉品の供給が増加し,需要されていっていることも忘れてはならない。商品の高級品化は,家計調査においても必需的支出の価格指数が弱含みに推移するなかで選択的支出の価格指数に明らかな上昇傾向が見られることからもわかる(第5-1-4図)。この二つの動きには,消費者の態度の変化,企業の対応が絡みあって影響していると見られる。そこで以下では,財別に需要動向と企業の対応についてみていこう。
乗用車の国内出荷動向をみると,55年以来2年程度の小規模な循環を繰り返しながら,4年程度での大きな循環を遂げている。こうした循環的な変動からみると62年は小規模の上昇局面,大規模循環の上昇局面とも終わりに近いことになる。しかし,これまでの2年周期の小規模な循環は新車の2年車検制度との関連があったものと考えられ,58年度からの3年車検制度の導入はこうした循環の期間を長期化させる可能性が高い。また,最近の調査では車検時の買い替え意欲は強く,特に新車購入意欲が強いことが示されており,こうした傾向がより明瞭になっていくものと思われる。乗用車販売の循環を購入動機にそくしてみると(第5-1-5図),循環を生じさせている大きな要因として買い替えがあることがわかる。増車,新規購入はそれ程循環を支配する要因とはなっていないが,55年以降新規購入が傾向として国内販売を増加させる要因となっていることがわかる。特にこうした新規購入要因は62年において強く働いている。62年の動きを四半期にみると,ニューモデルの発売を控えていたこともあって,買い替え需要は夏前は弱含み,発売後の秋口から伸びを高めているのに対し,新規購入はほぼ一貫して伸びを続けている。これまで乗用車の国内販売が主として買い替え要因となっているのは,昭和62年には普及率が70%を超えその後も緩やかに上昇してきているもののかなり飽和状態に近づきつつあったためといえよう。したがって,62年の乗用車販売動向は,59年の伸びの鈍化を背景として3年車検による買い替え需要を考えた場合,その需要は弱く,乗用車の販売は鈍化していくものと思われたが,実際には新規購入と年後半からは買い替え需要も加わって伸びを強め,従来とは異なった動きとなっており,新しい要因が加わったことを窺わせる。
一つの仮説としては,株式,土地といった資産価格が著しく上昇したことによるキャピタルゲインが影響していることが考えられ,前述の消費性向関数からも62年において金融資産残高が消費性向を高める方向に働いていることが読みとれる。しかし,単純に資産価格と乗用車の出荷動向とを比較してみると(第5-1-6図),資産価格の上昇が激しかったのは61年から62年央にかけてであり,その間乗用車の出荷の伸びは相対的には高いものではなく,逆に出荷の伸びが高まったのは資産価格の伸び悩んだ62年秋以降であった。これは,62年央までに株価や地価の上昇によって得られたキャピタルゲインが,引続き金融資産に向けられる一方で,その後耐久財の購入にも向けられたものと考えられ,特に乗用車については,62年秋口からニューモデル車の販売が開始されこともあり,多少の時間的なズレを持ちながら消費拡大に向けられていったものと思われる。
また,乗用車の内訳をみると,62年後半からは大型化,高級化の動きが表れ始め,新型車の発売とともにその傾向が一層明瞭となっている(第5-1-7図)。こうした傾向を最初に反映し,助長したものとして輸入車の著しい増加をみることができる。輸入車は,53年頃から次第に販売台数を伸ばし始めたが,既にみてきたようにその増勢には流通面での販売努力があったことも忘れてはならない。その後,円高等の進展にも助けられ,低金利割賦販売制の導入を行うなど,積極的な販売活動を展開し次第に浸透度を高めていった。この成功に刺激され他の欧米自動車メーカーも同様に流通面にてこいれし,我が国にディラーを設置するなどしながらきめ細かいサービスを提供することで販売台数を増加させている。こうしたメーカー側の動きは,需要者側の一段上級の乗用車指向といったニーズの変化にうまく対応したものであったことも忘れてはならない要因である。こうしたことから輸入車の増加テンポは高まっており,61年度41.0%増,62年度41.1%増と増加を続け,62年度の大型車の国内販売台数の内28.3%のシェアを持つまでにいたっている。輸入車が大型車市場で浸透度を高めていったことに対し,我が国の国内自動車メーカーは,当初は主力市場である大衆・小型車市場への浸透が今一歩であることから傍観をしていたが,内販重視の販売体制の整備に次第に大型車市場でも強化を図りつつある。62年度が新型車の開発の年にあったため,国内各社とも大衆車,小型車の分野において高付加価値化,高級化を図るとともに,大型車市場においてもオーダーメイドに近い形で車を供給するなど製品差別化の動きを示した。こうした供給側における需要の変化に対応した,また,需要を堀り起こす動きが市場を更に一層拡大している。
次に,普及率が100%近くまで上昇しているカラーテレビについてみてみよう。カラーテレビは,ほぼ買替需要を中心に4年弱の周期で循環を繰り返している。今回は59年末をボトムに回復し,2年を経た61年末には伸びが鈍化し始めたが,62年には再び伸びを高めている。今回の場合,テレビの大型化,音声多重化などと高付加価値化が進んでおり,これが需要を創出して底固い出荷の伸びをもたらしていると思われる。出荷動向をみると(第5-1-8図),大型テレビ(26インチ以上)出荷がこのところ伸びを高めており,通常のものが頭打ちとなっていることと対称をなしている。また,普及率で高品質化の状況を見ると(第5-1-9図),従来型が60年頃から次第に普及率を低下させているのに対し,音声多重型は急速に普及率を上昇させている。このようにテレビにおける高品質化の動きは50年代後半から始まり,60年代に入って加速しているといえる。テレビの大型化についてみると,まず1社が大型スクリーンの作製に成功し,それがホーム・ビデオ時代の画面として家計の需要に見合い,売行きが好調なことから相次いで他社も参入し,製品間の競争が始まり量販店を中心として価格も次第に低下していったことが需要の一層の喚起に繋がっていった。
次に,VTRについてみてみよう。VTRは昭和54年(統計ベース)に販売が開始され,急速に出荷の伸びを高めていったが,56年初にピークに達した後,次第に伸びを鈍化させ,60年には前年水準を下回るに至った。しかし,61年以降順調に回復を示している。63年3月時点で普及率は53%にまで上昇してきている。これがカラーテレビのように100%近い普及率となるかは不明であるが,今後とも普及率を上昇させていくことは最近の動向から見て期待できよう。VTRの場合,現在までのところ明瞭に買い替え循環といえるような出荷の変動は見られていない。しかし,今回の需要の回復においては,ここにおいてもデジタル化,ハイ・ファイ化,高画質化,高機能化といった高付加価値化の動きを見ることができる(第5-1-10図)。
また,技術革新の推進により販売価格を低下させていったことに加え,これまで輸出専門であった企業が円高により海外市場の拡大テンポが鈍ったことなどから国内市場を重視するようになり,単純な製品を低価格で提供し始め,同時にアジアNIEsからも再生機能のみを持つより低廉な商品が参入してきており,国内市場での競争が激化していったことが需要の拡大に結び付いていっている(第5-1-11図)。VTRの販売市場においては通常の家電小売店に加え,専門量販店,ディスカウント・ストアーといった流通面での競争,多様化も販売促進に貢献しているものと思われる。このような流通形態の差は価格面に典型的に表れてくる。新製品の場合には,価格の割引き率は小さいが,旧モデルになると大量販売店,ディスカウント・ストアーでは割引き率は急速に上昇し,また,NIEs製品なども格安に販売されていることから,商品知識の豊富な若年層を中心に売上を伸ばしている。一方,専門小売店では居住地に近く立地していることやきめ細かいサービスを提供することで割引き率をそれ程大きなものとしないでも,近隣住民を中心に販売活動を行っており,流通面での多様化が進みつつある。こうした流通面での競争の激化,多様化はVTRにだけ見られる現象ではなく,カラーテレビ,ラジカセ,時計等々の耐久消費財の多くの商品において見受けることができる。
VTRにみられた多機能高付加価値品は国産品,単機能低付加価値品はアジアNIEs商品というすみ分けは,CDプレーヤー,電子レンジなどにも見ることができる。
CDプレーヤーはマニア向けの高級品は国内企業が生産を行っている。その際,部品の海外調達を行うなどコストの徹底的な削減努力がなされていることはいうまでもない。一方,普及品の多くはOEM等でアジアNIEsで生産され輸入されている。また,電子レンジも,グルメ・ブームにのって家庭用に多機能商品が売上を伸ばしており,その多くが国産品であるのに対して,単身者用の単機能製品がNIEsから輸入され販売台数を伸ばしている。
国内メーカーにおいてとられた国内市場重視の経営姿勢による高付加価値化の動きは,カラーテレビ,VTR等の商品にとどまらず,冷蔵庫,洗濯機,エアコンといった商品にまで及んでいる。こうした消費の高品質化を普及率の状況でみると(前掲第5-1-9図),冷蔵庫では大型冷蔵庫が,洗濯機では全自動のものが,そしてエアコンでは冷暖房兼用のものが次第に普及率を高めてきている。しかし,こうした商品の場合には容積が大きく,輸送コストがかさむためNIEsからの単機能品の輸入の増加は余り見られていない。
また,こうした耐久消費財の販売状況をみた場合,VTRでみたように価格の低下が需要の拡大に大きく寄与しているように思われる。そこで日本語ワープロ,パーソナルコンピューター,カメラ,ファクシミリなどについて価格動向と販売数量の動きについてみてみると(前掲第5-1-11図),いずれの場合も価格と販売数量とが逆相関にあり,価格の低下が販売数量を拡大していることがわかる。
このようにみてくると,今回の耐久消費財のブームは所得の増加や一部の資産効果を背景に消費者のニーズが高級化,多様化しているのに対して,企業側がこれに柔軟に対応した生産体制をとってきたことやアジアNIEsとの協調を積極的に進めたことに加えて流通段階での競争,多様化などによってもたらされたといえる。
次に,レジャーの動向についてみると,円高を背景として海外旅行が著しい伸びを見せている。こうしたレジャーの動向にも多様化の動きが見られる。これまでの海外旅行の場合,航空便,宿泊,観光などの全てがパックされたものが主力であった。しかも,目的地もアメリカが主流であったが,消費者ニーズでの変化,多様化から目的地が世界各国へ分散し,また,旅行者自身が観光地などを選ぶことのできる形態のものが増加してきているなど,海外旅行においても多角化,多様化の動きを読み取ることができる。また,国内旅行についてみると北日本に大規模レジャー施設がもうけられたり,宿泊と航空運賃のセットになった割引きクーポンが販売され,売上を伸ばすなど供給側の積極的な対応が需要を拡大していっていることが目立つ。
(住宅投資の増勢)
62年度は第1章でみたように住宅建設がブームとなったが,民間住宅投資の対GNP比率は,昭和48年度の9.1%を最高として低下してきており,62年度においても,6.1%と往時の水準を回復していない。そこで以下において最近の住宅投資の状況を見ながらその拡大の可能性について検討する。
新設住宅着工戸数の増勢は,40年代後半のブーム時が持家,貸家双方が増加したものであったのとは異なって貸家が中心となって増加を続けてきた。今回のこうした貸家ブームの背景としては,若年層(15~24歳)人口の増加を始め,首都圏を中心に単身者用のアパートの需要が増加したという構造的な要因に加え,金融緩和の影響が大きかったものと思われる。そこで新設住宅着工の内,貸家について関数を推計してみた(第5-1-12図)。その結果,人口要因と金利低下などから資本コストが低下したことが大きく寄与していることがわかる。
一方,持家住宅(含む分譲住宅)は60年度を底に61年度には微増し,62年度には回復を見せている。こうした持家の動向は,金融緩和の効果に加え,住宅金融公庫等の融資条件の拡充等が大きく貢献している。
我が国の場合,同じ住宅でも借家(平均43m2)と持家(同112m2)との間には,その規模において大きな差が生じており,特に一定規模以上の世帯向けの借家は不足している状況にある。
借家の場合には,契約をめぐる紛争や増改築の制限等持家の場合には発生しないコストがあるものの,理論的には,持家と借家のいずれもが需要に応じて十分に供給されたときにそれぞれが同レベルの住宅サービスを供給する場合には,ライフサイクルで考えた場合の住宅に必要とされる費用は近いものとなるであろう。すなわち,借家の家賃の総支払額に対して,持家の減耗額と購入額に対する利子費用の大きさとの合計額は,ほぼ等しくなると考えられる。
こうしたことからも,十分な広さをもった借家が豊富に供給されることにより,消費者の選択の幅を広げ,需給関係を安定させることが必要であると考えられる。
国民の一戸建て指向には根強いものがあると思われるが,首都圏における地価の高騰は,こうした住宅の取得を首都圏において行うことを困難にしている。したがって,バランスのとれた住宅供給を実現していくためには,既にみたような土地の高度利用などに加え,良質な借家供給のための金融,税制上の措置の活用及び合理的かつ安定的な借家関係秩序を求めての借家法の早急な見直しを行っていく必要がある。
さらに我が国の1世帯当り住宅戸数は借家・持家を含めて58年には1.10戸となり住宅は量的には充足されたといえる。しかし,世帯人数ごとに決まっている最低居住水準未満居住世帯(規模要因によるもの)は全体の11.4%を占め,また,現在の住宅に対し「非常に不満がある」または「多少不満がある」と感じている世帯は46.1%に及ぶなど我が国の住宅は質的な面ではまだまだ問題が多い。今後とも,良質な住宅建設を促進するとともに,増改築,中古住宅流通等の推進による既存ストックの有効活用により図っていく必要がある。その中で,今後は住宅の建替え,増改築等リフォームが一層重要になってくるものと思われる。建て替え(同一敷地内における再建築)による戸数は,62年は39万7千戸であり,これは新設住宅着工戸数の23.0%(持家については31.1%,貸家については22.3%,分譲住宅については7.3%)である。また,増改築(戸をなさないもので,10m2未満のものは除く)は62年度は16万1千件となっている。一方,住宅ストックの平均年齢をみると,木造持家については約20年,木造貸家(給与住宅を除く)については20年を越えるに至っている。また,58年住宅統計調査によれば,「大修理を要する」または「危険または修理不能」な住宅数は空家を除く住宅の5.5%に及んでいる。さらに,58年住宅需要実態調査によれば住宅の広さ,部屋数が「多少不満」または「非常に不満」な世帯の割合は42.7%,便所,台所,浴室などの設備が「多少不満」または「非常に不満」な世帯の割合は50.9%と高くなっている。こうしたストックの状況を受けて,住宅の建て替え,増改築(模様替え,修繕などを含む)のニーズは根強いものがあり,58年時点で建て替え計画のある世帯156万1千世帯,増改築計画のある世帯241万1千世帯であった。建て替え・増改築は地価の影響を受けにくいと考えられ,こうしたニーズを顕在化させていくことは内需拡大の上でも重要である。そのため,増改築等住宅のリフォームについては,相談業務,住宅金融公庫等の住宅改良融資などが行われているほか,住宅取得促進税制や勤労者財産形成住宅貯蓄制度の適用対象にも加えられている。また,地方公共団体で住宅の増改築,修繕に融資しているところも多い。さらにイギリスでは地域ぐるみの住宅改良施策があり効果をあげているが,我が国においても,制度の適正な運営等により地域的な建て替え,増改築の促進を図っていく必要があろう。
我が国経済が,内需主導型成長を持続するには,需要供給の両面から民間設備投資の着実な増加が期待される。設備投資は,対GNP比でみると(第5-1-13図),62暦年で18.7%と高度成長期のピーク(45暦年18.8%)に匹敵する水準まで達しており,日本の設備投資は十分高いとする見方も可能である。ただし,これを対資本ストック比率と資本係数(付加価値一単位当りの資本ストック)とに分解してみると,高度成長期とは基本的に異なる様相を呈している。即ち,高度成長期にはストックに対するフローの水準が高かったのに対し,近年ではその水準は46年以降低下して以来依然として低く,対照的に資本係数が昭和45年以降一貫して上昇していることがわかる。資本係数は本来,生産を行う(付加価値を生む)のに必要な資本量を意味するが,その逆数は資本一単位当りの付加価値に相当する。このため資本係数が長期に亘り上昇(逆数は低下)していることは,設備投資が行われ資本蓄積が進んでいるわりには付加価値が発生していないことを意味するという解釈も可能であろう(なお資本ストックに,陳腐化が著しく経済的意味のなくなった既存ストックが部分的に含まれている場合には,資本係数は上方シフトすることとなるが,そのことが長期的傾向の主たる要因であることは考えにくい)。製造・非製造業別に資本係数の推移をみると,製造業ではオイルショック直後の50年にピーク(2.1)を打った後,景気後退期に若干の上昇はみられるものの,そのトレンドは低下傾向にあると考えられる(但し,高度成長期に比べ,まだ高い水準にある)。一方,非製造業では45年以降一貫して上昇しており,これが全産業ベースの上昇傾向を決定していることが読み取れる。そこで,これを資本装備率と労働生産性に分解してみると,非製造業では就業者一人当りの資本蓄積が進んでいるわりには労働生産性は上昇していないことがわかる(45→61年上昇率,年率,資本装備率:製造業7.1%,非製造業7.7%,労働生産性:製造業5.9%,非製造業3.3%)。
生産性の上昇の要因は,一般に技術革新に由来すると考えられ,したがって,内需主導型成長の持続のために求められる設備投資の増加は,あくまでも活発な技術革新を伴った高付加価値を生む資本蓄積過程に他ならない。以下では近年の設備投資にみられる構造的な動向を探った後,技術革新と設備投資との関係において,今後の方向を考えてみたい
(需要動向と設備投資)
まず,需要の変動と設備投資の循環との関係を明らかにしておこう。設備投資についての一つの考え方は,将来に亘り予測される需要動向に見合った最適な資本ストックと現存の資本ストックとの間にギャップが存在する場合に,そのギャップを埋めるべく現実の資本ストックを適合させる調整過程から生じるものという捉え方である。また,他の一つは期待収益の現在割引価値と資本コストを比較し,前者が上回れば投資を活発化させ,下回れば投資を抑制するという捉え方がある。我が国の場合,高度成長の時期には設備投資の決定において説明力の高いのはストック調整原理であるとされていた。しかし,そのストック調整型設備投資関数はオイルショック以降の構造変化により妥当しなくなったと考えられてきた。これは,為替変動の不確実性に伴い将来への期待が不安定になったことに加え,オイルショックにより,需要動向もさることながら相対価格の異変に対処することが緊急の課題となったことが大きい。公害防止等の制度的要因や省エネや省力化投資における相対価格要因が強まり,需要動向には依存しない動きもみられた。しかし,その後そうした要因を乗り越えて最近では需要動向を基本としたストック調整型設備投資行動に移行してきていると思われる。第5-1-14表は期間を高度成長期,オイルショック以降,近年の3期に分け,製造業についてストック調整型関数を推計したものである。他の条件を等しくするため,資本コスト等他の要因を一切排除していることから①~④で誤差項に系列相関がみられるが,いずれのケースでもストック調整項目の説明力は高いものが得られている。特に近年⑤の投資動向はこうしたストック調整要因による推計でうまく説明されていることがわかる。またオイルショック以降②でも,燃料・動力物価指数と資本財価格指数との相対価格要因(省エネ要因)による投資額を除いてみると(④)フィットはやや改善することがわかる(但し,この時期は計数化の困難な公害防止投資等も多く,依然系列相関がみられる)。更に注目すべきことは,調整係数が高度成長期の0.5965から0.6456へと上昇しており,裏返していえばオイルショック以降一旦長期化した調整期間は,近年では高度成長期よりも短期化を示していることである。
この調整期間の短縮については,生産のシェアの高い電気機械等において技術進歩が急であり,設備の陳腐化が進むため更新を含めた投資が短い期間で行われてきていることが関係しているものと考えられる。これに対し非製造業においては従来製造業の投資の動きに見合って,換言すれば景気の循環にそって増減を繰り返してきたが,58年以来そうした景気循環との関連性は薄れ着実な増加を続けている。非製造業において循環的な動きが少なくなってきたのは,①個人消費など比較的景気変動で変化の少ない需要に依存していること,②55年の外為法改正以後の金融の自由化,国際化に対応した,また,情報・通信化の進展による独立的な投資が旺盛であったこと,などが理由としてあげられる。
(技術革新と設備投資)
企業活動の動態的発展の原動力となるのは,シュムペーターが定義した「新結合の遂行」であることは今も昔も変わるものではない。その一つとして重要な位置を占めるものは,技術革新と設備投資の関係といえよう。我が国の技術は,初期段階では導入技術に頼るところが大きかったが,先進国へのキャッチアップや,省エネ技術による石油ショックへの対応を終え,近年は自力で技術のフロンティアを開拓していく立場にある。59年下期以降の設備投資のストック調整局面においても,研究開発投資は底固い伸びを示し,また,企業会計上,経費処理される研究開発支出についても着実に増加している。そうした研究開発支出の中には近年基礎研究がそのシェアを高めており,従来基礎研究に対する支出の割合が低かったといわれる我が国の研究開発投資に変化がみられており,我が国独自の技術を開発していこうとする企業の姿勢をみることができる。
技術革新が設備投資に与える影響として,新たなる財・サービスが出現することにより,その生産のための能力増強投資が活発化することは論を俟たないが,他面において,生産財・資本財の分野における技術革新は資本財価格の低下をもたらし,労働コストに比べ有利化するため資本集約を進め,例えばFA・OA機器にみられるように省力化・合理化投資を促進する。同時に生産方法の改良や,既存の財・サービスの陳腐化は投資の活発化に結び付くことになる。ここでは,こうした技術革新に伴う設備投資の活発化について検討してみることにしよう。
一般に技術革新による既存設備の陳腐化は,設備資本ストックの更新期間を短くすると考えられる。また,アジアNIEs等によるキャッチアップなど国際間競争が激化する状況においては,国内の産業構造は技術革新テンポの遅い分野から速い分野へのシフトが加速され,全企業でみた場合,設備投資循環のテンポを速めることが考えられる。
まず,先に述べたストックに対するフローの比率の推移をみてみると(第5-1-15図),全産業では高度成長期に比べてオイルショック後は低下してきているが,概ね10%強で推移してきている。また,非製造業に比べ製造業の水準が低く,特に素材業種で低くなっている一方,加工業種,特に電気機械では高い水準で推移し,近年でも変動も大きく,3~4年の周期がみられる。非製造業では,サービス業において,技術革新の著しい製品を取り扱うリース業などで賃貸機種の回転が早くなっているため高水準となっているほか,運輸・通信などが高水準である。
エコー効果(過去の一定時点における新設投資が一定期間後更新投資となってあらわれる現象)に基づく平均更新期間は(第5-1-16図,第5-1-17表),全産業で昭和40年代は前後半とも平均では10年強で推移しているが,詳しくみると前半は期間の縮小がみられたものの,後半には景気後退期及び第一次オイルショック以降長期化した。50年代に入ってからは14年近傍で安定的に推移している。業種別に50年代の動きをみると,製造業では電気機械,一般機械,輸送機械の機械業種や化学により短期化がみられ,特に電気機械では高度成長期を上回るテンポで更新が行われていることがわかる。また,60年代に入ると景気の後退を反映しやや長期化したものの,設備投資の循環変動により直近時点において活発化していることを勘案すれば,再び短期化することが予想されよう。なお,素材型業種,特に繊維,鉄・非鉄等では,オイルショック以降の長期化が改善しているとは言い難い。
一方,非製造業でも,40年代後半以降製造業よりも平均的に短くなっているが,概ね似た動きを示し,昭和45年ころに最短となった後増加してきている。但し,製造業とは異なって54年以降も長期化がみられたが,60年代に入ると短期化している。製造業との違いは,40年代後半から50年代前半にかけての動きであり,非製造業においてはそれ程長期化の動きは大きくなかった。60年代に入ってから非製造業で短期化したのは,サービス業の他,金融・保険,不動産などにおける短期化の動きを主因としている。また,非製造業での中では装置型に近い電気・ガス・水道では全期間を通じて長い更新期間が示されており,60年代に入って多少変化がみられるものの,不動産,卸・小売においては急速に更新期間が長期化していることが目立っている。
非製造業において,平均的に更新期間が製造業に比べ短くなっているのは,サービス業においてリース業のウエイトが高いため,その特性から更新期間が短くなっていることは十分考えられるが,非製造業では中小企業比率が高く,技術革新というよりは労働者一人当りの資本装備率が低く,また,一単位当りの投資コストが低いものが多いため,比較的容易に置き換えが行われているためであると思われる。
59年以来非製造業の設備投資は着実に増加してきており,資本装備率に上昇がみられるものの生産性の上昇は製造業程には及んでいない。しかし,こうした設備投資の着実な増加は,高度情報化といった技術革新によって進められる面も少なくなく,資本装備率の上昇,資本の高度化に通じて生産性の向上が達成される可能性は少なくない。例えば,近年更新期間の長くなってきた卸・小売などの流通業ではPOS,VAN等の導入による設備投資が行われ,資本の高度化が生じて生産性の上昇がみられている。現在までのところ,非製造業では,零細企業が多く資本の高度化が進め難く,生産性の向上が停滞してきたといえよう。また,そうした企業の保護のためにも各種の規制が設けられそれが生産性の向上を阻害してきたという面がない訳ではない。今後そうした規制が緩和されていくことで,一層の効率化が図られ活発な設備投資に結び付き資本蓄積の進展とともに生産性が向上していくことが期待される。
(設備投資とヴィンテージ)
活発な技術革新が行われ,その成果を積極的に資本に体化していくならば,その設備は「若く」あり続けることになる。資本ストックの平均年齢(ヴィンテージ)を昭和45年「国富調査」における平均経過年数をベンチ・マークとして計算してみると,総じて平均更新期間の動向と,時系列的にもクロスセクションでも同様の状況となっている(第5-1-18図)。即ち,オイルショック以降「高齢化」したヴィンテージも,近年では高止まりがみられ,全企業(法人企業)では7.7年となっているが,技術革新のテンポの速い分野へ産業構造がシフトする限りにおいて,産業全体として今後再び「若返る」可能性も否定できない。
ここで,「技術革新の活発化による設備投資比率の上昇」(「技術革新が不活発であることによる設備投資比率の低下」)→「平均更新期間の短縮化」(「同長期化」)→「設備年齢の若年化」(「同年齢化」)の関係を確認しておく必要があろう。第5-1-19図は,ヴィンテージのデータ期間に合わせて,昭和45年以降三つの指標の平均値をとり,クロスセクション(製造業8業種,非製造業8業種)によりその相関性をみたものである。これによると,更新投資比率と平均更新期間との間には明らかな負の相関性がみられ,また後者とヴィンテージとの間には正の相関性がみられる(特に製造業において強い)。なお,生産技術がある程度成熟したと考えられており,かつ,技術の投入が資本設備の更新の面に集中する場合には,技術革新が更新期間やヴィンテージを引き上げるというケースがあることを忘れてはならないであろう。後者は特に,設備の素材の面にあらわれており,例としては,①鉄鋼業の高炉の経済的耐用年数の高まり(窯業の技術向上に伴う耐火煉瓦の高品質化,操業技術向上等による),②金属素材の品質改良により,プラント等の生産設備や車両・橋りょう等の経済的耐用年数が高まる,などがあげられよう。
(新製品と設備投資)
近年注目されている技術革新の内容は既に詳しくみた通り,新素材(ファインセラミックス等),バイオ,半導体,光技術等を基礎技術とし,これらの応用技術として,セラミックス・ターボエンジン,高熱・耐摩耗処理装置,新薬・医療技術,FA・OA・ファミリーコンピューター機器,大型コンピューター,通信・情報技術,インテリジェントビル,カーエレクトロニクス,オーデイオビジュアル等多岐に亘り,更に超電導技術が注目され,電力,交通システム等広範な応用が期待されている。しかしこれまでのところ,もっとも広範な影響をもち,かつ設備投資循環等経済現象面にも大きな影響を与えるものは半導体技術に他ならないと考えられる。即ち,半導体は生産財としてFA・OA機器,大型コンピューターに組み込まれ,これらが情報・通信,金融のオンライン,インテリジェントビルとして企業活動面で体化する他,カーエレクトロニクス,オーデイオビジュアル等新たな消費需要を喚起する。また一方,マイクロプロセッサーの場合8→16→32ビット,ダイナミックRAMの場合64K→256K→1Mビット等の世代交代が3~4年のサイクルで生じており,これが電気機械の設備投資循環を形成してきた他,一般機械や最新の大型コンピューターを取り扱うリース業の設備投資に対しても循環的変動を与えてきた。前掲第5-1-15図をみると,電気機械の変動から一定のタイムラグをおいたサービス業の設備投資循環を読み取ることができる。
こうした電気機械業等のダイナミックな業種やその波及分野においては,不断の技術水準向上により需要が拡大される可能性が極めて高く,そうした努力により需要が喚起されることが望まれるとともに,経済全体の「若返り」が期待される。事実,我が国の製造業はこれまでこうした努力の積重ねにより成長を遂げ,発展してきたといえる。しかし,一方で非製造業においては,既にみたように資本蓄積が行われている割には生産性の向上が進んでおらず,今後我が国が国内需要を中心とした着実な成長を遂げていくためには非製造業での生産性の向上が求められることはいうまでもない。即ち,技術革新の成果を取り入れ積極的に設備投資を行い,生産性の向上と需要の拡大に努めていく必要性が高い。