昭和63年
年次経済報告
内需型成長の持続と国際社会への貢献
昭和63年8月5日
経済企画庁
第5章 内需主導型経済の構図
62年度の経済拡大の中で,重要な役割を果たしたのが民間部門の活力である。民間企業の積極的な対応が構造変化をもたらし,ひいては,経済拡大の大きな要因となった。日本の中期的な経済成長と構造変化の着実な推進には,今後とも民間部門の活力に期待が寄せられる。そのためには,公的部門が財政・金融政策とともに規制緩和を中心にそれを後押しする必要がある。民間の活力を発揮させるための分野の確保やルールの設定は公的部門の役割であるからである。
規制緩和,市場開放等については,第4章で国民生活との関連でその必要性をみてきたが,参入・業務・価格・設備規制といった公的規制を産業別に生産額ベースでみると,金融・保険,電気・ガス,建設,運輸・通信,農林水産といった非製造業で圧倒的に高く,製造業は相対的に低いものの,その中では内需型が高く輸出型が低いという形となっている(第5-2-1表)。
次に,業種別にどのような公的規制が存在するか具体的にみていこう(付表5-1)。農業では,輸入制限(米,小麦,牛肉等),価格支持(米,砂糖,乳製品等)等が行われており,銀行,証券業,保険業といった金融業では,参入規制,業務規制,金利規制,店舗規制等が行われている。流通では,大型店に関する規制(出店,営業時間・日数,売場面積)があり,また酒,米,たばこ等の販売では参入規制が行われている。建設では参入規制が行われており,街づくりの観点からみれば「線引き」,容積率,土地取引,埋立等で規制がある。航空,バス,トラック,タクシー,鉄道といった運輸では,参入規制,料金規制,路線ないし事業区域の規制が行われている。通信・放送では参入規制,料金規制等が行われている。電力・ガス等では参入規制,事業規制等がある。また石油,造船といった業種で設備規制が行われているほか,医薬品の製造・販売,危険物の取り扱い,各種製品の検定等の安全面の規制がおこなわれている。
このような規制は,①国民生活を保護するために価格規制,社会的規制を行う,②システムの安定性維持のために参入規制を行う,③構造改善を漸進的に進めるために設備規制,輸入制限を行うというように,本来的な意味がある点は強調されてしかるべきである。しかし,そうした中でも環境変化等に応じて通信,金融,運輸(第3章第2,3節),石油等での規制緩和,農畜産物での市場アクセスの改善など,それぞれの分野で規制緩和等による競争政策が着実に進められている(第5-2-2表)。こうした規制緩和は公的規制が本来もっていた目的が環境変化によって薄らいだり,従来の目的より優先度の高い目的が現れたことにより実施されたものと考えられる。そこで,適切な規制の見直しが行われない場合に生じ得る問題をここで整理しておくことにしよう。
まず経済的規制についてみると,第一に,国民生活関連分野に関するものについては,国民生活の向上を阻害し,国民の不満に繋がることになる。
第二に,技術革新の進展が目覚ましい成長分野に対応しきれていない公的規制が存在する場合には,企業のビジネスチャンスを妨げることを通じ中期的な日本経済の成長の阻害要因となる可能性がある。
第三に,非貿易財・貿易制限財等で日本経済が輸出型から内需型へ転換する,あるいは水平分業を進めていくうえで足枷となるような公的規制がある場合には企業の事業転換の阻げとなったり,対外摩擦を生む要因となり得る。
また,社会的規制についても技術革新の進展,社会・産業構造の変化などの環境変化に応じて適切な見直しが行われない場合には,経済的規制と同じ様な問題を惹起する可能性がある。
以上のように公的規制が日本経済の中期的成長,構造変化,国民生活の向上,対外摩擦等の政策課題に柔軟に対応していくために,適切な規制の見直し,市場開放を積極的に推進していく必要がある。
(民間企業の活力導入)
次に,規制緩和,市場開放等の必要性をミクロの企業の視点からみていく。民間企業の活力について改めて整理してみると,第一にビジネスの追求である。ニーズの把握を行い,どこにビジネスチャンスが存在するかを探究し,商品化の努力を積み重ね,そして実際にビジネス化する。第二に効率性の追求がある。効率性の追求は生産性の追求でもあり,その結果合理化,コスト削減がもたらされる。第三に,これらとも関連するが,環境変化への柔軟な対応である。技術や国民のニーズ等の変化に際し,民間企業は弾力的な対応を示している。
こうした民間企業の活力は民間企業のもつ本来的な性格とみられるが,規制緩和,市場開放等はまさに民間企業の活力を一層引き出そうとするものである。第3章第2,3節でみたように,通信,金融,航空では規制緩和の下で,活力促進の効果が次第に現れつつあるが,以下では国鉄,電電公社の民営化措置について若干触れておこう。それらの民営化はまさに民間企業の活力導入の一形態にほかならないからである。
国鉄,電電公社は発展段階の相違,すなわち国鉄は,産業構造の変化,人々の時間選好の高まり,モータリゼーションの進行といった厳しい環境変化の中で的確な対応が求められる事業分野であること,一方電電公社は情報技術革新の進展の下でまさに成長分野であることから,両者を同じ土俵で論じることは危険であるが,そもそも公共企業体は独立採算制度とともに,経営の自主性を認めつつ,一方で路線ないし通信網の整備,料金,事業などで公的部門が監督を行うという形態をとっており,十分な企業性を発揮しにくい状況にあった。ことに国鉄問題は,経営責任の不明瞭性の下で,環境変化の適応に遅れをとるとともに,全国サービス拡充という政治的な要請の下に推進した路線拡大がネットワーク全体の効率性を損ね,ひいては企業の存続すら困難なものとなったというのが実態であろう。
そうした中で電電公社,国鉄の民営化がそれぞれ60年4月,62年4月に行われ,あわせて事業にかかわる規制が緩和された。こうした措置を現時点で評価するのは時期尚早ともみられるが,いずれも,組織・機構改変の下で意識改革が進みつつあり,サービス向上努力が窺われ,また新たな成長に結びつくビジネスチャンスの拡大や人材・技術力等の経営資源の有効活用を狙った事業多角化が進められている。この点について,やや詳しくみてみよう。
NTTでは,民営化と同時に新規参入が認められた電気通信市場のもとで,①従来の縦割り型の組織から事業分野別・地域別の事業部制へと組織改革を行い,業務運営の効率化を図っている。②また,従来主として電気通信分野に制限されていた投資については,他企業とのジョイントをも図りつつ,ソフトウエア・情報処理サービスやVAN・LAN・キャプテンサービス,および通信エンジニアリング等の分野を中心に新規事業会社を設立している。(第5-2-3図)。
一方,JRグループ各社では,①地域や利用者のニーズに即応しきめ細かな事業展開を図るため,各社あるいは社内の各組織独自の需要開拓,営業強化活動を推進し,②また,国鉄改革の大きな狙いの一つである利用者への良好なサービスの提供を行うために,サービス向上や施設改善に取り組んでいる。③さらに,前述のように事業範囲に関する法律による限定が排除され,各社は新しい環境の下で収入確保・雇用創出・鉄道利用の促進等の経営基盤整備の一環として積極的に旅行業,食堂・レストラン,不動産賃貸業等,関連事業や新規事業の開発と運営に取り組んでいる(第5-2-4表)。
こうした中で経営効率をみると,JRは民営化後の期間が短く具体的な経営指標の判断は難しいが,移行後初の62年度決算は,国内景気回復を背景とした運輸収入の増加やコスト削減努力等によりおおむね順調に推移した。NTTでは,民営化以降経費の大部分を占める固定費について人件費比率,金融費用比率の低下が認められ,また資本効率,利益率をみても改善傾向にある(第5-2-5図)。
このように,電電公社,国鉄の民営化は目下のところ所期の狙いの方向で活性化効果をあげているとみられる。
(独占禁止政策の重要性と課題)
規制緩和や民営化は民間企業の活力を引き出す重要な手段であるが,民間企業の活力の底流にあるのが競争である。したがって規制緩和や民営化はルールの下で,競争が足りない分野において,競争を活発化させることにほかならない。それでは競争に関する一般的ルールである独占禁止政策をみてみよう。独占禁止政策は,公正かつ自由な競争を促進することにより,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発展を促進することを目的とするものであって,自由経済体制の根幹をなすものであり,経済の活力を維持していくために重要な役割を担っている。独占禁止法は,この目的を達成するため,私的独占,不当な取引制限,不公正な取引方法を規制するものであり,換言すれば民間企業の活動においてカルテルや優越的地位の濫用など競争を制限したり,公正な競争を阻害するといった行為を行ってはいけないというルールである。したがって,民間企業の活力を活用していくといった時代の要請の下で,競争を促進していく観点からそうしたルールの遵守を徹底させる重要性はさらに高まっているとみられる。そうした中で,環境変化が競争に対しどのような影響を与えるかを常時把握しておくことが必要である。
従来,市場構造が競争的が否かという判断基準として国内事業者の寡占度,集中度が用いられることがあった。すなわち国内事業者の寡占度,集中度が強いほど市場が非競争的という見方である。しかしながら,円高進行やアジアNIEs等の工業化進展に伴う製品輸入の増加といった環境変化が急速に進んでいる。こうした状況下,輸入品(製品輸入)が国内競争に与える影響は,より大きなものとなってきている。そこで,輸入品を勘案した国内市場の集中度を個別品目で計測すると,輸入品を含まない場合にはこの5年間で乗用車,ガソリン,セメント,灯油,形鋼等集中度が上昇している品目が22品目中10品目を占める(12品目が低下)が,現状で輸入品を含めた集中度をそれを含まない集中度と比較すると殆ど全品目にわたって大幅に低下し,また輸入品を含めた集中度を5年前と比較すると上昇品目が8品目にすぎず,かつ上昇度は小幅であり,13品目が相対的に大きく低下している姿となっている(第5-2-6表)。このことは,輸入品の浸透とともに市場構造がより競争的になっていることを示唆している。輸入品の浸透は物価安定をもたらすメリットもあり,独占禁止政策としても輸入品の浸透を阻害する要因を排除していくことが望まれる。
一方,製品輸入の取扱いについては,国内市場への参入コストが国内で新規事業者が生産設備を設置して参入する場合のコストと比較してかなり低いとみられる。この間,技術革新の進展は既にみてきたように国内事業者の参入コストを引き下げている。参入コストの低下は市場への新規参入を促進するため市場がより競争的になる余地が拡大していることを意味するものである。したがって,今後の独占禁止政策の運用にあたっては,参入,業務といった規制の緩和,市場開放を支援し,参入コストの低下効果を実現させていくことも,競争条件を整備するうえで重要なこととみられる。
規制緩和等は,競争活発化により企業,さらには産業の活性化をもたらすことが主たる狙いであるが,同時に中期的な経済成長を促す要因でもある。それでは,民間企業の活力と経済成長との関連を整理しておこう。第一に,効率化の追求は一般的に労働者一人当たりの設備すなわち資本装備率の引き上げあるいは技術開発によって労働生産性の上昇を図るという形で行われ,ここでは設備投資が合理化投資や研究開発投資を中心にあらわれる。反面,合理化自体は当該企業にとって雇用削減効果をもつ。
第二に,生産性上昇の成果は一部は企業の利潤に,一部は産出価格の引き下げという形で消費者に配分される。価格引き下げは消費者にとっては実質所得増となって実質家計支出の増加を導く。他方,企業利潤の増加は設備投資を支える一因となる。
第三に,ビジネスの追求は多角化,新規事業分野への進出あるいは新たな産業の出現といった形で,ニュービジネスの台頭を促す。ビジネス・チャンスを実際にビジネス化するためには,投資面では研究開発投資そして能力投資,拡販投資が必要であるほか,新規の労働が必要となる。また,新たな商品・サービス開発は消費意欲を喚起し,消費支出の増加がもたらされる。
こうしたことがいわゆる乗数効果を通じてさらに経済成長をもたらすのであり,効率化追求にもかかわらず雇用問題の深刻化を回避しえているのが実情である。このように民間企業の活力は供給面では,設備,労働,技術進歩といった生産要素の増加により成長を誘引する一方,需要面でも企業・家計支出の増加をもたらす点は重要である。したがって,民間企業の活力を発現させる規制緩和はこうした経済成長を側面支援するものと考えられる。
そこで,これまで規制緩和が実施されてきた分野における設備投資動向についてみてみよう(前掲第5-2-2表)。まず,①通信分野の参入規制緩和により,電気通信業への新規参入は第一種で33社,第二種電気通信業の登録・届出を行った者は530社とかなりの数にのぼっており,それらの設備投資額は(主として初期投資)は60年度から62年度の3年間で約7,000億円となっていることから,今後も一層の参入増加などにより,設備投資の増加が予想される。この間,NTT,KDDの設備投資も効率化,新サービスの提供,多角化等のため活発であり,新規参入による設備投資増加が通信業全体の設備投資を底上げしていると考えられる。②金融自由化の下で,金融機関は第三次オンライン構築のための設備投資を積極的に行っており,その金額は全金融機関で2兆円レベルとみられている。③航空業では61年の内外路線規制の緩和から,航空大手3社の航空機の購入を活発化しており,この3年間で42機(大・中型機)にのぼっている。④トラック運送業では,宅配サービスが開始された51年以降設備投資が急増している。⑤石油業では62年の消防法の規制緩和により,ガソリンスタンドの有効利用が可能となったことや,64年度内に競争政策を導入する方向が明示されたため,設備投資が活発化している。以上のような分野において設備投資が増加している背景としては,当該分野については顧客の潜在的なニーズが高く,これを開拓するための企業努力が行われたこと等があげられようが,規制の緩和がこれを側面から支援し,マーケット拡大に寄与していることも見逃せない。そこで,こうした分野における設備投資増加分のうち,規制緩和後の新規参入者の投資額やこれまでのトレンドを上回る増加額等についてみると,通信業の新規参入関連で約7,000億円,金融機関での第三次オンライン関連で2兆円(予定を含む)に加え,航空業では約400億円(単年度ベース,以下同じ),ガソリンスタンドでは約130億円,トラックでは約340億円と試算され,こうした業種に限っても当面の予想を含め,規制緩和の支援を受けて増加した設備投資は年間1兆円程度とみられる。
また,非製造業の生産性上昇努力は,豊かな国民生活を実現していく上でも重要である。相対的に多い規制(前掲第5-2-1表参照)の下で我が国の非製造業の生産性は製造業に比べてかなり低く,先の第4章第1節でみたように,米国等と比べても非製造業の製造業に対する生産性格差がみられる。このような部門における一層の生産性向上は,内外価格格差の縮小にも資することになり,生活が豊かになったとは言えないといった国民の実感の改善にも役立つものと考えられる。非製造業の労働生産性をみると,サービス,建設等多くは全産業平均以下の水準にとどまっている(第5-2-7図)。そこで,規制緩和等による公的部門の競争政策の支援の下で,民間部門の一層の生産性向上努力を期待し,それが実現して労働生産性の上昇による成果を価格低下という形で国民に一層配分していくことが望まれる。そのことが既述したとおり日本の経済成長にも繋がっていくことになるのである。そこで,食料品,交通・通信,レクリエーション,雑貨・サービスといった品目で,それを扱う業種の生産性向上が実現され,またその成果を価格低下という形で国民に還元するという仮定の下で,仮りに消費者物価が5年間で6%低下した場合,それが実質GNPをどの程度押上げるかといったシミュレーションを当庁の世界経済モデルの中の日本モデルを用いて試みると,価格低下の累積効果から5年目にはそれを2.2%押上げるという結果であり,その数字の幅はともかく,そうした努力が国民の実質所得と消費の拡大を通じて成長を引き上げることは十分期待可能である。