昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-
第4章 雇用問題への対応
これまでみてきたように,現在の雇用問題は単に需要不足にとどまらず,構造的な側面を強くもっており,この解決にはきめ細かな対応が必要とされている。そこで,まず主要国での失業対策についてみてみた (第II-4-12表)。アメリカでは,財政赤字削減を財政再建策の柱としているため,基本的には大幅な財政赤字を必要とする積極的な雇用対策は行わず,むしろ民間の雇用吸収力に頼っている。これに対し,ヨーロッパの主要国では積極的に雇用対策が採用されており,また,若年者に対しては教育訓練,高齢者に対しては早期退職の勧奨(若年者への雇用機会の分配)が行われており,また,いずれの国においても移民労働者に対して厳しい規制がひかれている。
以下では,我が国において考えられる雇用問題への対応例のうちいくつかについて検討してみる (第II-4-13表)。
(i)新しい雇用機会の創出と中小企業の活力の活用:雇用問題の根本的な解決のためには,新しい雇用の場の創出が不可欠である。第四次全国総合開発計画によれば,我が国の労働力人ロよ60年から85年にかけ年率0.7%程度で増加していくと考えられ,企業の積極的な新規分野への投資や研究開発投資等による新規事業分野の開拓を通じ新しい雇用機会が創出されていくことが期待される。
ところで各業種の主要企業での51年以来の雇用者数の推移をみると (第II-4-14図),これまで輸出が好調であった精密,自動車,電気機械の製造業や一部の非製造業を除いて全休的に雇用者数は停滞傾向にある。また,労働省「労働経済動向調査」(62年5月)により今後3年間の事業所の常用労働者の見通しをみると,サービス業,卸売・小売業,飲食店と比べ製造業では減少を見込む事業所割合が相対的に多くなっており,特に規模の大きい事業所ほどこの傾向が強い (第II-4-15図)。こうしたことがら今後の新たな雇用機会の場として中小企業の役割が期待される。
また,近年産業構造を転換し経済に活力を与えるものとして中小企業の役割にも期待が集まってきている。例えば,アメリカでは,1982年の下院中小企業委員会報告「雇用創出と中小企業の再興」において,経済が活力を維持しながら成長を続けていくためには,中小企業の役割が重要であることが指摘され,とりわけ雇用の創出に中小企業の貢献度が極めて高いことが示されている。また,1985年のボンサミットでの宣言においても,各国の経済を活性化するために中小企業を育成することの重要性が指摘されている。
我が国においては,一般に小企業ほど欠員率が高くなっており,特に製造業においてこの傾向は明瞭になっている。こうしたことから労働省「雇用管理調査」によると,従業員の採用意欲も規模が小さくなるほど高くなっている。しかもこれを従業員の職種別,給源別にみると,一般に労働力需要が低いと考えられている事務及び現業職・高卒女子および中途採用者についても小規模事業所の採用意欲は相対的に高く,雇用情勢の改善に寄与するものと期待される。
しかし反面,小規模事業所ほど離職率も高いことに注意を払う必要があり,雇用の量だけではなく,雇用の質の向上にも十分注視していく必要がある。もちろん雇用の質を計測することは困難であるが,ここではディビジア指標を用いて51年以降の雇用の質についてみてみよう(第II-4-16図)。これによると雇用の質は54年から57年にかけて上昇した後,60年にかけてほぼ横ばいで推移している。これを産業構成と規模構成の変化とに分けてみると,50年代を通じて産業構成の変化は全体の雇用の質を高める方向に,規模構成の変化は逆に働いていることが分かる。このことは,この期間に新しい雇用の場が産業別には比較的労働条件のよい産業を中心に増加し,規模別には概して大企業に比べ労働条件の悪い中小企業を中心に生じてきたことを示している。もちろんこの結果についてはある程度幅をもってみる必要がある。
今後の雇用吸収の場としての中小企業の果たす役割は大きい。政府としてもこのような観点から中小企業の育成に努めていく必要がある。しかし,概して中小企業においては賃金,労働時間などの労働条件の面で大企業より劣っていることも事実であり,中小企業での労働条件が向上するよう努力していく必要がある。
(ii)職業能力の開発・強化:職業能力の開発は,現在の深刻な雇用問題の一因となっている急速な技術革新の進展,産業構造の変化に対応していくために必要である。我が国の産業構造はこれまでみてきたように急速に第三次産業化,サービス経済化してきている。しかも,その内容も付加価値が高く,高度な専門性を有するものに変わってきている。こうしたサービス業が,現在展開している経営戦略についてみると (第II-4-17図),「新商品・新サービスの開発」,「マーケッティング部門の強化」,「顧客サービスの充実」,「商品・サービスの迅速な提供」,「情報機器・技術の積極的利用」などを重視している企業が多い。こうした経営戦略に対応して企業では,「企画・創造・開発力に優れた人材」,「高度な専門的知識・技術を有する人材」,「指導・管理・統率力に優れた人材」,「折衝・渉外・表現力に優れた人材」などを求めている。このような企業が望む能力の多くは,技術進歩の速さなどから若年層が相対的に多く持っていると思われるが,中高年層が比較優位をもてそうなものも少なくない。従って,今後こうした企業側の求めている能力を持った人材を育成していくことは労働需給のミスマッチを解消していく上で重要である。
同様の動きは,経営の多角化,特定部門の強化,外部委託業務の内部化などを行っている製造業の企業においてもみることができる。こうした企業においては「スペシャリスト」,「即戦力となる人材」,「専門的技術・能力を有する者」に対する需要が非常に強くなってきている。このような専門的・技術的能力を持つ人々については,技術の変化が激しいこと等から,企業内の教育訓練だけでは対応できなくなってきており,企業外で行う多様な教育訓練(Off-JT)を重視した職業能力開発が必要である。このため,こうした職業能力を積極的に開発していく場を創出することによって,雇用機会の拡大が図られる必要がある。
(iii)ワークシェアリング:産業構造の変化や企業の海外進出の増加から総需要が十分拡大しても雇用問題が解決されない,いわゆる資本不足失業の問題が発生する恐れがある。こうした資本不足失業には,新規分野への投資拡大や研究開発による新商品の開発などを通じて対処していく必要がある。また,中長期的には需給のミスマッチ拡大により失業が全般的に増大する可能性もある。このため,中長期的観点からワークシェアリングによる労働量の労働者間の配分も検討されるべきであろう。労働時間短縮は,消費の増大や,物価への影響等を通じてマクロ経済へ様々な影響を及ぼすため,どの程度雇用創出に寄与するかは,正確に計測することは困難である。しかし,ある一定の仮定をおいて中長期的な効果を計測したところによると,労働時間の短縮が雇用の増加に結びつく割合は賃金率に依存し,1%の労働時間短縮に伴って賃金率が仮に0.5%増加する場合は0.76%,1%増加する場合でも0.52%雇用の増加に結びつくことがわかる(付注II-5参照)。もちろんこうした数値についてはある一定の輻を持ってみる必要があり,また我が国の雇用慣行,企業内過剰雇用の存在等から時短が新たな雇用の創出となって現れるまでにはかなりの時間を要することに留意する必要がある。しかし,労働時間の短縮は,それが経済社会情勢の動向に十分配慮しつつ進められるなら,中長期的に雇用の確保,増加に大いに寄与することが期待される。こうした消極的な意味合いからだけではなく,ワークシェアリングによる労働時間の短縮は,労働者の健康の確保と生活の充実,ゆとりある経済社会の実現,経済大国としてふさわしい労働時間の実現などの観点からも重要である。こうした労働時間の短縮は賃金コストの上昇に結びつくことも考えられるが,労働生産性の向上を通してこれをカバーすることは十分可能であり,また,余暇時間の増大から時間消費的消費を増加させ,消費機会も増大させることから消費支出の増加を通ヒマクロ経済に貢献するものと考えられる。
欧州諸国においては,労働力供給の増加,若年失業の増大などから高い社会補償給付を背景に高齢者の早期引退促進策を含むワークシェアリングなどが実施されている国もある。我が国では急速な年齢構成の老齢化を控えており,今後も若年層では雇用機会は多いのに対し,高齢者の雇用問題は深刻な状況が続くと思われる。こうした高齢層の高い就業意欲を生かして,その能力を有効に発揮させていく機会を作り出していく必要性は高く,そのため若年層と高齢層との間で労働時間を,ひいては雇用機会を再配分していくことが重要である。また,こうしたワークシェアリングを実現していくため,高齢者の就業二-ズに対応した就業形態の多様化,労働時間の弾力化を図っていく必要がある。具体的には,労働者が仕事と余暇を主体的に選択しうるよう任意就業機会の拡大や短時間勤務制度の確立などが考えられる。
労働時間の短縮は基本的には,労使の自主的な努力をもとに生産性向上の成果配分の一環として行われるべきものであろう。しかし,労働時間の短縮をどういうテンポで,どの程度まで進めていくかは,雇用の安定を含め,所得と余暇とのバランスをどのように図れば国民経済全体の効用が高まるかという観点から考えていく必要がある。
こうした労働時間の短縮を高齢者の就業の場の確保につなげ雇用創出効果をより実効あるものとしていくことは大切である。
なお,高齢者の雇用対策に関しては,第104回国会において「中高年者等の雇用の促進に関する特別措置法の一部を改正する法律案」(高年齢者雇用安定法)が成立しており,60歳定年が事業主の努力義務となるとともに,政令で定める基準に従い60歳未満定年であることについて特段の事情がないと認められるものに対しては,一定の行政措置を講じることができることとされた。
また,これとならんで65歳程度までの継続雇用の推進,再就職を希望する高齢者の早期再就職の促進,定年退職後等における臨時,短期的就業の場を確保するための施策の充実,強化等も進められているところであり,こうしたことを通して高齢者の雇用状況の改善が進むことが期待される。
(iv)地域雇用問題への対応:地域の雇用問題を解決していくための最も基本的な対応はそれぞれの地域で雇用の場を確保することである。そのための方法としては,中長期的観点から産業や工場を誘致したり,地元の経営資源を最大限に活用して産業を興したり,産業構造の変化に即して都市型産業を育成したりすること等が考えられよう。こうした地域における雇用の場の確保は労働者が地元に就職でき,地域全体が発展しうるという利点がある。そのため市町村を中心として様々なアイデアが出され一定の成果を収めている。また,国においてもこれらのための各種の施策がなされており,こうしたことを通じて地域における雇用機会の確保,拡大が進められることが期待される。
しかし,現下の厳しい雇用情勢のもとではこうした対応だけでは間に合わない。雇用情勢の特に深刻な地域に対し,公共事業を重点的に配分し,事態の緩和を図るとともに労働者の地域間移動による地域のミスマッチの解消を図っていくことも必要である。しかし労働者の地域間の移動は様々な困難とコストを伴う。失業者の地域間移動性向を,雇用保険を受給している世帯主の移転就職希望の有無によりみると,移転してもよいとする者は全体の約1割にとどまり,他の者は移転したくないとしている。移転したくないとする者についてその理由をみると,「土地・家屋等の財産があるため」とする者が最も多く,次いで「本人の健康・年齢の点で意欲がないため」,「子弟の教育のため」となっており,住居の移転に伴うコストが住宅とか運賃といったものにとどまらず,生活面や心理面への影響も生じさせている。このため地域間の移動が避けられない場合には,国としても住居の確保や広域的な職業紹介をはじめ,様々な援助を通じて円滑な再就職の促進や移転コストの軽減を図っていくことが必要である。