昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第5章 東京集中と地域経済

第1節 東京集中の実態

東京の巨大化が言われて久しい。人口で東京の巨大化をみると,その増加のピークは昭和30年代の末であり,その後増加テンポが鈍化,50年代に入ってからは更に増加テンポが鈍化してきている。しかし,これは東京都という一地域に限定した場合であり,宅地開発が十分に進んでおり新規の供給が困難といった制約などが働いているためと言える。そこで,通勤時間の短縮から東京中心部への通勤可能圏内と考えうる神奈川,千葉,埼玉それに茨城の四県を加え,東京圏としてみてみると,依然その増加テンポは衰えていない。この間の推移を全国人口に占める地域人口のシェアでみてみよう(第II-5-1図)。

戦前にも東京への集中化現象はみられ,東京都の人口シェアは大正9年の6.6%が20年後の昭和15年には10,2%にまで上昇した。この間,大阪圏では同様の増加傾向がみられるものの,名古屋圏ではほとんど変化はみられない。戦時を契機に昭和20年には,東京都を始め東京,大阪,名古屋圏のシェアが低下したが,その後,再び増加に転じた。しかし,東京都では40年の11%をピークに次第にシェアは低下してきている。また,大阪圏でも東京都に10年遅れて50年にピークとなっている。一方,東京圏及び名古屋圏では一貫したシエアの拡大が続いている。東京都と大阪圏における増加テンポの鈍化には多少異なった要因が考えられる。東京都におけるテンポの鈍化は,地価上昇等の土地制約があげられ近隣県への拡大に繋っていったのに対し,大阪圏では,米取引の中止等で戦前の商品取引の中心地という地位を次第に失っていき,先端産業の立地が東京に比べ少ないこと,大阪に本社機能を置いていた銀行,商社,製造会社等も徐々にその本社機能を東京に移している等,相対的に地盤沈下していることを反映しているものと思われる。名古屋圏では,自動車,機械等の存在により発展し,また今後商業都市としても発展の素地があると言えよう。

このように拡大してきた東京を,一般に大都市部と考えられている東京都区部について,その面積,人口及び人口密度を世界の主要都市と比べてみよう。

総面積は約600平方キロメートルで,パリの約5倍であるが,大ロンドンやローマの約5分の2,ニューヨークやモスクワの約4分の3である。また,総人口は約840万人であり,これらの都市の中ではモスクワに次ぐ規摸となっている。

この結果,東京都区部の人口密度は平方キロメートル当たり約1万4千人となっており,パリよりは低いものの,他の都市に比べかなり高い水準にあり,世界的にみても人口集中が著しいことがわかる。

では,なぜ東京に人口が集中してきているのだろうか。東京は,他の都市に比べ情報,金,物等の流入が圧倒的に多く,こうした動きに誘発されて雇用機会も多くなり,それにより,再び人の流入が触発されるということが要因の一つと言えよう。こうした流れのうち,最近の情報化の傾向を考慮すれば,情報の大量な流れが重要と思われる。そこで,情報量を全国を100としてそのシェアを東京圏と他の都市圏で比較してみよう (第II-5-2図)。情報サービス業従業者数,パーソナル・メディアによる供給情報量及びマス・メディアによる供給情報量をみてみると,いずれも東京圏が圧倒的なシェアを持っており,特にマス・メディアからの情報はほぽ9割にも及んでいる。他のものにしても東京圏のシェアは,パーソナル・メディアによる供給情報量の場合約4割,情報サービス業従業者数で約6割となっており,大阪圏,名古屋圏を大きく引き離し独占に近い状況となっている。このことは,「昭和61年度年次経済報告」でも述べたとおり,東京が全国的な情報ネットワークの中で情報発信の中心にあることを示している。こうしたフローとしての情報の流れの集中は,東京圏における情報基盤ストックの形成を促している。東京圏の加入電話数,テレビ受信契約数の全国シェアはそれぞれ約30%,27%となっている。また,コンピュータについて汎用電子計算機実働状況をみると東京圏のシェアは約5割を占めている。

こうした情報基盤ストックを東京が形成しえた背景として,首都機能が考えられる。我が国全体の重要な政策や地域に係わる政策の多くも中央で決定されており,そのため多くの情報が東京に集められ,駐日大使館を始めとする外国公館等を通じて各国の情報も集まっている。特に,中央官庁群での政策決定や中央政府の持つ財政資金配分機能を効率的に運用するため,我が国国内はもとより世界各国から情報が集められ,また発信されている。こうした情報を求めて企業の東京への進出は多い。資本金1億円以上の法人企業の2万1千社の内8千5百社が,東京都内にその本社機能を置いている。金融機関においても都市銀行を始め同様の傾向がみられる。電気通信網の発達により情報の交換には距離による差がなくなってきていると言えようが,実際にはそうした電気通信網を利用するだけではなく,フェース・ツー・フェースによる繋がりや情報交換が大切にされている結果と考えられる。また,情報には,一たん集積が始まると情報が情報を呼ぶという雪だるま的自己増殖作用があると考えられることも,こうした東京への情報集中に拍車をかけていると言えよう。

加えて,先にみたように金融自由化に伴う東京金融市場の国際化は,国際金融取引を活発にするとともに外国銀行の東京進出を促し,国際金融情報都市としての機能を東京に与えている。こうした東京の機能の向上は我が国の政治,経済の中心に加え東京をニューヨーク,ロンドンと並ぶ三大国際金融市場の一つとしていくものであり,今後一層情報の集積が進むものと考えられる。

次に,資金の集中度合をみてみよう。全国銀行預金残高の各都市圏への分散状況をみてみると,東京圏では傾向的に全国に占めるシェアを拡大してきており,最近では約5割に近くなっているのに対し,大阪圏,名古屋圏では徐々にシエアを低下させている(第II-5-3表)。40年から61年の間の21年間で大阪圏のシェアが約5%低下し,ほぼそれに見合うだけ東京圏のシェアが拡大しており,地方圏では大きな変動はみられていない。また,東京都に限ってみると,東京都への人の流入テンポの鈍化に合わせて40年代にはシェアは低下してきたが,50年代以降経済のサービス化,ソフト化に伴って東京の経済発展が高まってきたことに見合って拡大に転じている。

こうした東京圏と他の都市圏の資金の集中傾向の違いは,手形交換高,公社債売買高,株式売買高等にもみることができる。また,このような金融資産の方が,預金残高に比し一層東京圏,特に東京都への集中が明瞭になっている。

また,財・サービスの東京都への集中度をみてみると(第II-5-4表),個人消費の約12%が東京で行われている。供給サイドがらみると,レストラン店舖の15%,百貨店販売額の21%が東京都に集中し,映画館は数で254軒,全国の12%,年間売上高は25%を占めている。

このように人,情報や資金の集中している都市が東京の他に世界に例がない訳ではない。ニューヨークもロンドンもそうした都市として考えられる。また,東京圏は生産基地も合わせ持っており,東京圏での製造品出荷額の我が国全休に占めるシェアは低下傾向にあるものの,依然として28.8%に達している。

この他,東京が教育,特に高等教育の中心地であることも東京集中の要因として考えられる。61年度の東京圏における国,公立及び私立大学(含む短期大学)は各々22校,12校,258校で,これに高等専門学校7校を加えると全体で299校となり,全国でのシェアは28%に達する。また,学生数は98万人,全国シェアは低下傾向にあるものの,42%となっている。また,全国から東京圏の大学に入学する者の割合は高く (第II-5-5図),こうした学生のうち約40%は地方からの参入者となっている。加えて,こうして東京圏に参入した若年層の多くが,東京で就職活動を行い滞留していく。このような傾向は,40年代後半には成長至上主義への反発や公害問題,地域経済の良好な拡大により,50年代前半のいわゆるUターン,Jターン現象として歯止めがかかるかに思われたが,50年代後半に入って経済成長率の鈍化に伴い再び明瞭になっている。一方,高年層においては,地方の方が生活に要する費用が安いにもかかわらず,退職した後も医療サービス等の公共サービス,文化サービス等が充実しており,住み慣れている生活圏にとどまる傾向が強いようである。これらのことも人口の集積の原因となっている。

しかし一方で,こうした人口や産業の東京への集中は,東京に暮らすことのコストを増やしている。これは,地価や事務所の賃貸料,住宅価格の高騰,繁華街やオフィス街,住宅街でも混雑現象等生活環境を悪化させていることにみることができる。地価の上昇は,列島改造論を契機に不動産ブームとなった47,8年以来のものとなっているが,今回の特徴は,東京圏において急騰しているものの,地方圏の大部分等では余り上昇がみられない点である。東京都心部においての地価急騰の原因としては,OA化の進展に伴う一人当たり必要床面積の拡大,企業の東京における本社機能の拡大や東京移転,金融国際化による外資系企業の東京支店開設等の旺盛なオフィス・ビル需要が考えられる。一方,この旺盛な需要にみあうオフィス床,ビル用地の供給は都心部においては十分ではなく,この需給アンバランスが基本的な要因であった。また,金融緩和状況の中で設備投資以外の有効な投資先として資金が都心部の不動産市場に向けられたことや投機的取引が,地価上昇を増幅させたことは否定できない。

東京圏では,住宅の一戸当たり床面積も全国平均に比べ狭くなっており,価格,家賃とも高くなっている。加えて,通勤所要の時間は一時間以内の割合が,全国平均がだいたい85%で時系列的にも安定しているのに対し,東京圏ではその割合は次第に低下してきており,最近では約70%とかなり低くなっている。

通勤所要時間の増加にみられるように,東京圏は拡大してきており,それにつれ交通網が発達,改良されてきた面はあるものの,その混雑振りはまだ解消されるに至っていない。

かつての国鉄運賃については,国鉄内の内部補助の関係から黒字路線が赤字路線のコストも負担することになり,これは59年に地域別運賃制度が導入された理由の一つと考えられよう。

東京ではこのように様々なコストが高いにもかかわらず,依然集中は続いている。特に企業活動にとって便益が大きく,そうしたコストを上回っていると考えられよう。