昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-
第3章 リストラクチャリングの潮流とニューフロンティア
産業構造や企業経営は常時変化しているが,現在起こっているそれらの変化は,昭和30~40年代あるいは第1次石油危機後のそれとはかなり質的に異なった流れであるように思われる。そこで, 第II-3-1表に主要な産業が現在直面している環境変化とそれへの対応をまとめてみた。以下では,この産業鳥瞰図に沿って今日の産業構造変化等の特徴とそれをもたらしている背景について整理してみよう。
まず,現在の構造変化が従来のそれとかなり異なっているところとしては,次の5つの点が指摘できよう。
第1は,構造変化が広い業種に及んでいることである。従来産業構造変化といえば製造業内部での業種構成変化を指すことが多かったが,これは非製造分野での調整等がごく一部を除き表面化することが少なかったことによる。しかし,現在の産業構造変化をみると,製造業内の各業種はもとより,農業,林業,水産業,流通,建設,運輸,通信,金融・保険,鉱業,各種サービス業等非常に多くの業種で,程度の差こそあれ衰退化要因と発展要因が重なりあってかなり明確な環境変化に直面していることがわかる。本章では特にごのうち,農業,流通,金融については,各々1節を立てて,その変化の態様について以下で適宜詳しく検討する。
第2の特徴は,今回の構造変化が国際的な広がりを伴って進んでいることである。製造業,非製造業を問わず急速に増加した海外直接投資,対アジアNICsを中心とする国際分業関係の展開,金融や企業経営のグローバリゼーション,非製造分野における海外からの市場解放要求の強まり等に象徴される動きは,今日の産業構造変化が国際的な産業再編成の意味合いを強く持っていることを示している。
第3の特徴は,融業化ないし業際化の動きが強まっていることである。本業が成熟化した業種や,新たな発展をめざす企業の新規参入の動きが業界の垣根を越えて進行しており,製造業ではエレクトロニクス,新素材,バイオテクノロジー,航空・宇宙といった先端分野に多くの産業が参入しはじめている他,非製造業でも情報や通信(電気機械,建設,電力,商社,流通,自動車等),レジャー(航空,不動産,農林業,石油等),金融(流通,商社等),不動産(保険等)などの成長分野へいろいろな業種の企業が事業開拓を進めている。このため現在の産業構造変化は個別の業種の盛衰としてのみでは捉えにくい側面をもってきており,企業ごとあるいは,企業間を結ぶ各種ネットワークごとに多様な展開がはじまっている。
第4は,現在の産業構造変化が大都市への資源集中化を伴いながら進んでいることである。総務庁「事業所統計調査」により,都道府県別の従業員数の増加寄与率を53年から56年までの3年間と,56年から61年までの最近の5年間とで比較してみると(第II-3-2図),最近5年間では新たな雇用機会が三大都市圏,なかんずく東京及び東京近県に集中化する傾向が際立っていることがわかる。
第5は,企業の経営姿勢の転換である。上に述べた様々な変化に対応して,多くの企業では雇用制度,人材育成,技術開発戦略,生産・調達体制,マーケティング,財務戦略等多くの面で新しい環境に適合した方向への経営姿勢の見直しが活発になっている。
このような産業各般にわたる大きな潮流の変化は,現在我が国経済が置かれている時代環境がかなり変わってきていることを反映したものであり,それらの環境変化は大きく分けて次の4点に集約されよう。
第1は国際環境の変化である。国際経済環境の変化については,既に前章の貿易構造変化の背景として整理したように,アジアNICs等の技術力向上,対外経済摩擦の高まり,及び大幅な円高の進行が挙げられよう。これらの変化はまた,単に製造業に対する環境変化に止まらず,非製造業の各業種にも広く影響を及ぼしている点には注意を要する。すなわち,農業,建設,通信,流通,金融等では海外からの市場開放要求が,空運では相互の新規参入・路線拡大要求が強まってきており,それらに対応するための競争力の強化等が重要な課題となってきている。また,林業(輸入木材の増加),漁業(輸入魚貝類の増加),レジャー(海外旅行の増加)等では,海外との競合が具体的に生じてきているほか,金融においても国際化に伴い競争が活発化している。
第2はエレクトロニクス技術の発達と情報化の進展である。集積回路の飛躍的な技術的向上を基礎に,それを用いた電子機器の需要が大幅な伸びを示しているほか,さらにそれらにソフトを結合した新しい需要分野が,例えば流通,通信,運輸等でのPOS・VANの展開,建設業でのインテリジェントビル需要の増加,金融でのオンライン化,商品提携の動き,教育での情報教育ニーズの高まり,医療での情報機器を利用した高度医療サービスの提供,情報サービスでのソフトウェア貿易への取組み等様々な形で生まれている。
第3は,規制緩和や三公社の民営化,特殊法人等の統廃合・民間法人化等の政策的な活性化策の効果である。規制緩和としては,市場アクセス改善のための諸規制の緩和,金融の各種自由化措置,電気通信事業の自由化,空運における国際線複社体制への移行等が行われているほか,日本電信電話公社,日本専売公社の民営化,日本国有鉄道の分割民営化に続き,日本航空も民間企業へ移行した。これらは一面で経営の合理化を迫る部分をもっているが,他面で新たな需要分野を開拓することにより,競争を前提とした経済の活性化をもたらしている。
第4は,ニーズの多様化,個性化,短サイクル化の流れである。高齢化,高所得化,都市化,国際化など社会経済環境が変化する中で,家計の消費ニーズはサービス化の傾向を伴いつつ,多様化,個性化する傾向を強めてきている。
また,貯蓄に関しても金融資産蓄積の増加とともに利子収入への関心が高まっている。この結果,企業にとってはそれらのニーズをいかに的確に把握し,迅速に供給するかが特に重要な課題となってきており,それへの対応如何が企業間の成長格差につながりかねない時代に入ってきている。
このような時代環境変化の下で最近生じている業種間の成長度の違いを前記「事業所統計調査」により従業員数の伸びで比較してみると (付表II-1参照),これまでで整理した構造変化の特徴とその背景がかなり忠実に表われている。
以下の各節では,現在の構造変化とその課題を探るため,①リストラクチャリングの動き,②企業の国際化戦略の展開について見たあと,農業,流通,金融の各分野の構造改革,構造変化の現状について述べることとする。