昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第3章 リストラクチャリングの潮流とニューフロンティア

第2節 リストラクチャリングと新たな企業経営の展開

1. 本業の成熟化とリストラクチャリングの動き

(本業の成熟化)

前節で述べたような経済環境の大きな潮流変化は,各業種にとって一面で発展化要因を含んでいるが,他面で衰退化をもたらす要素もかなり多い。そこでまず現在,各業種が直面している本業成熟化の実態からみてみよう。

経済同友会の調査によれば (第II-3-3図),「本業が成熟化している」とする企業の割合は,製造業で78.3%,非製造業で64.6%となっており,製造業,非製造業を問わず,かなり多くの企業が自社の主要な製品,サービスが成熟化しているとみていることがわかる。本業部門の成熟化は,具体的には国内需要の伸び悩み,輸入品の浸触,海外市場での競争力低下などの形で現われ,その結果として製品採算の悪化,特に人件費比率の上昇をもたらすことになろう。海外市場での競争力や人件費比率の上昇等については,前章及び第I部でみたところであり,ここでは国内需要と輸入品の浸触状況を製造業の各業種と一部の非製造業について簡単にみてみる (第II-3-4図)。

まず,製造業についてみると,50年代に入って国内需要の伸びが鈍化する一方,輸入品の浸透度が徐々に高まり,最近ではその傾向が強まったことから,曲線が次第に上方へとわん曲しつつある。これは,国内需要の伸び悩みと需要増加の多くが輸入品に代替される成熟化過程を端的に示している。これをさらに業種別にみると,電気機械,精密機械では国内需要が高い伸びを続ける中で,輸入浸透度は低下し,商品が依然成長期にあることを示しているが,既に,繊維,一次金属,食料品,石油・石炭などでは国内需要に対する輸入品の浸透度が2割から高いものでは6割に達するなどかなり成熟段階に入ってきていること,また,輸送機械,一般機械などでも,これまでの成長局面から成熟化局面へと転じつつあることがわかる。さらに非製造業についてみると,農林水産業では40年代から既に輸入品浸透度がかなり高い段階に入っており,その意味では繊維,石油・石炭などに近い成熟化が進んでいること,またサービス業でも,国内需要は堅調に増加しているものの,次第に競合圧カが高まりをみせていることがわかる。

(リストラクチャリングの動き)

このように多くの業種で本業部門の成熟化が強まる中で,企業は業務内容の再検討による経営構造の再構築(リストラクチャリング)に動きはじめている。

企業がリストラクチャリングに動きはじめた背景には,前節で述べたような環境変化とそれによる本業の成熟化現象があることは言うまでもないが,より基本的には,それらの変化はここ1,2年での短期的変化ではなく,多くは構造的要因を内在した中期的性格をもっているとの認識が企業の間に強まっていることがあげられる。この結果,企業経営についてもよりロングレンジの視点で方向転換を図らざるを得ないとの意識が高まってきている。

リストラクチャリングの内容は大別して3っの特徴的な動きを含んでいる。

第1は既存の経営資源の再編成の動きであり,具休的には,人件費,設備投資の抑制や人員の合理化,設備の休廃棄等,新たな減量経営により既存分野の縮小撤退を企図するものである。第2は新たな事業展開とそのための外部資源活用,内部資源の再活性化の動きである。具体的にはR&D投資の活用,M&Aの増加,収益力を重視した財務戦略への転換等である。第3は国際分業を通じた新しい国際化戦略の展開である。具体的には,海外直接投資や現地企業との提携により,生産・調達基地を転換する動き,さらには一歩進んで技術開発をも含む経営全般のグローバリゼーションへの動きなどに表れている。

以下では,これら3つの動きについて,本節2,3及び第3節で整理するが,その前に現在リストラクチャリングを進めている典型的な業種として鉄鋼業の現状を簡単に紹介してみよう。

(鉄鋼業のリストラクチャリング)

我が国鉄鋼業は,①鋼材消費原単位が低下する需要構造の定着,②円高の進展に伴う鉄鋼需要産業の停滞や海外進出等の動き,③世界的な鉄鋼需要の停滞と供給面での多極化,④先進国における保護貿易主義の高まり,⑤円高の進展による国際競争力の低下,など内外環境の変化によって鋼材輸出の採算悪化,輸出型製造業を中心とした国内需要の不振,輸入鋼材の増加等の厳しい状況に直面している。

このような厳しい経営環境に置かれた我が国鉄鋼メーカーの多くは,現在,生産設備と組織人員の合理化施策を推進しており,大手高炉メーカーでは,昨年末以降相次いで高炉等の主要設備の休止や4万人規模の人員合理化を含んだ従来にない経営構造の再構築に取り組みはじめている。またその一方, 第II-3-5表にみるようにエレクトロニクス・新素材等の新しい事業を本格的に推進する動き,鉄鋼生産における海外事業の展開,また,経営手法としても企業買収を含む国内外の企業への資本参加,異業種企業との事業提携,子会社による新規事業運営,外部からの人材導入等の従来にない手法を取り入れた新しい経営展開が図られている。

このようなリストラクチャリングの動きは,鉄鋼業だけでなく,繊維,化学,非鉄,造船等の業種においても,本業分野に成熟化現象が生じた時期から行われる例があるが,このところのわが国企業では,前述のような構造変化の意識の高まりから,成熟段階にある部門の再編成と既存分野以外のマーケットへの進出による複合経営により,経営の安定と新たな成長を図ろうとする動きがみられている。

2. 新たな合理化と縮小撤退の動き

(雇用調整の実施と雇用慣行の見直し)

第I部第4章で既に詳しくみたように,我が国では造船,鉄鋼が大規模な要員の合理化計画を打出しているのをはじめとして,製造業ではその程度はともかく,各業種とも雇用人員の過剰感が根強く,このため残業時間の縮小,一時帰休,中途採用の削減・停止,希望退職者の募集,解雇等様々な形で雇用調整が実施されている。また,非製造業でもサービス,建設などを中心に労働需要は,全般に高い伸びを示しているが,石炭・非鉄金属鉱業,海運業等,一部には思い切った雇用調整の動きがみられる。

企業はこうした雇用調整の実施と並行して,これまでの年功序列型賃金体系や,終身雇用型の雇用慣行の見直しを徐々に進めている。まずコホートでみた年齢別賃金上昇率 (第II-3-6図)は,賃金カーブが通常上方に凸型となっていることを反映して年齢が高いほどその上昇率は低くなっているが,50年がら55年までの5年間と55年から60年までの5年間を比べると,最近の方が若年層と高年層との賃金上昇率格差が,やや大きくなってきていることがわかる。特に,高卒ではその程度が小さいものの,大卒ではそれがより鮮明となってきている。また企業がどのような雇用形態で従業員を雇おうとしているのがをみる1つの指標として新規求人に占めるパートの比率をみると,従来からパート比率が高かった卸・小売業やサービス業で一段と上昇し,61年度にはそれぞれ24.1%,15.8%となっているほか,これまでパート比率が低かった製造業や金融業などでも,最近それが急速に高まりをみせてきており,この結果,全体では58年度の9.6%から61年度には13.6%へと大幅に上昇している。

(設備休廃棄等の動き)

雇用面の調整とともに,現有設備の休廃棄による生産能力削減の動きが,製造業を中心に継続的あるいは新規に行われている。代表的な例としては,第II-3-7表のとおりであるが,現在,各審議会答申や業界大手の合理化計画などにより,業界全体として過剰設備の処理を計画しているものとしては,石炭鉱業,石油,鉄鋼,造船,海運があり,それらの設備縮小規模は,多くの業種で2割程度に達している。また,政府としては,これらの設備処理及びこれと併せて行う事業転換等を円滑化するため,63年6月31日に期限切れとなる特定産業構造改善臨時措置法にかわって,産業構造転換円滑化臨時措置法を制定し,高炉,熱間圧延設備,綿糸等の精紡機,ナイロン長繊維,ポリエステル長繊維等の紡糸機,銅地金溶鉱炉等13の特定設備を定め,各社の事業適応計画承認申請を待って,それに沿った円滑な処理,事業転換等が図られるような体制を整えている。さらに,個々の企業での個別商品生産からの撤退は広範にみられるところであり,特に輸出型産地での廃業の動きや電気機械など輸出型大企業でも大幅な円高の進展に対応して既往輸出商品構成を現地生産化を含めて抜本的に洗い直す動き,など今回の円高に伴って生じてきた合理化の動きもかなり多い。

3. 新規事業展開による融業化と経営資源の新たな活用

(新規事業分野の開拓と進む融業化現象)

前掲第II-3-1表でみたように経営環境の変化に対応して製造業,非製造業を問わず新しい事業分野への進出が活発となっている。 また,前掲第II-3-3図においても各企業が本業の成熟化に対応して,業界内でのシェア拡大を図ることと同時に,新事業分野への転換を企図していることがわかる。特にこの傾向は本業の成熟度が高まっている製造業で強く表れている。そこで本項では製造業の多角化を中心に現状を整理してみる。

企業がどの分野に,今後,本格的に進出しようとしているのかは,企業の研究開発がどの方面に向けられているのかによってある程度,判断し得る。第II-3-8図は,総務庁「科学技術研究調査報告」により,55年度から60年度の5年間に各業種が研究開発費をどのような分野を中心に増加させたのかを示したものであるが,これをみると多くの業種で研究開発分野の多角化が進んでいることがわかる。企業の新分野開拓の中には2つの流れがあるが,第1は,自社の既存技術や他社技術の導入によるまったく異分野への進出である。例としては,化学工業の光ディスク,医療品への進出,鉄鋼業のニューセラミックス,半導体材料,コンピュータ機器への進出,造船業のCAD・CAMへの進出等が挙げられる。こうした形での新規参入先の産業は,エレクトロニクス・情報分野,医療品,ハイテクケミカル,ニューセラミックスなど急成長分野に集中している(図上では電気機械,化学,医薬品に分類)ことがわかる。第2には自社の製品の部品・原材料,あるいはその応用機器・システム分野への参入である。例としては,非鉄工業が電子部品に,電機メーカーが電子材料や半導休製造装置に,鉄鋼業が都市開発等の建設部門に進出していく動きなどである。

こうした異業種への進出の動きは,結果として産業間の競争を促すとともに融業化の流れを作り出す。60年度の研究開発費に占める自部門のウェイトは成熟化局面をかなり前から経験していた金属製品,繊維,非鉄では,50%を下回るまで多角化が進行してきているほか,現在本業部門の成熟化が進んでいる鉄鋼,石油・石炭,窯業でも遅れていた他部門への研究開発が活発化し,同じく60年度では自部門への投入比率が66%,49%,55%とがなり低いものとなってきている。

(内部資源,外部資源を活用した新たな企業経営戦略の展開)

こうした新規事業分野への進出による脱成熟化の動きは,円高の急速な進展や商品寿命の短サイクル化傾向によって拍車がかかっており,企業は,従来にも増して迅速な業種転換を迫られている。こうした状況下,企業の新規事業進出に向けての体制づくりの方策をみると (第II-3-9図),「新規事業部の開設」,「社内プロジェクトチームの設置」,「社内ベンチャーの創設」等内部組織の変更による対応が61年には1年前に比べ着実に増加している。これら内部資源の活用は,技術開発の面では積極的なR&Dへの取り組みを表わしているものと思われる。わが国企業はこのところほとんどの業種で当面の収益動向にかかわらず研究開発投資比率を引き上げており,新事業,新製品開発への強い意欲がうかがえる。このほか,需要の多様化,短サイクル化に対応して開発サイクルをできる限り短期間に効率的に行うための新商品開発組織の設置,社内の意志決定プロセスの円滑化を図る体制づくりなどの形でも実施されている。

一方,「社外ベンチャーの活用」,「中小企業ベンチャーへの投資」,「ジョイントベンチャー方式の利用」,「提携,グループ内共同開発」,「買収」などの外部資源活用の動きも1年間でかなり増えている。特にアメリカ企業に比べ,これまであまり関心がもたれていなかった買収による休制整備が,我が国においてもアメリカほどではないものの増加してきていることは注目に値しよう。

企業買収の動きをトータルに把握することは難しいが, 第II-3-10表は最近の主な動きを業種別に整理したものである。現在増えているのは主に次節で述べるような企業の国際化戦略の一環として,海外特に米国企業を買収する例が多いが,このほか,多角化や本業の拡充を目的とする内外企業買収の動きも出てきている。一方,国内での日本企業同志の買収・合併の動きをみても,55年以降漸増しており,アメリカのように当事者と直接的な関係をもたない斡旋企業による企業買収・合併は少ないものの,このところ合併企業の主体的な判断に基づく能動的な買収・合併の比率が高まっている。

なお,いまひとつ注目すべき点として,企業の財務戦略の積極化があげられるが,これについては第6節で詳述することとする。