昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第3章 リストラクチャリングの潮流とニューフロンティア

第3節 国際分業の進展と企業の国際化戦略

1. 顕著に進む国際分業

(対アジアNICSを中心に進展する国際分業)

第II-3-11図は,我が国の対アメリカ,EC,アジアNICSとの水平分業の進展度合を50年,55年,61年について示したものであるが,次のような特徴点が挙げられる。

①対アメリカとの分業度では,化学を除き概して低い水準にとどまっており,また最近低下をみている業種が多い。特に機械業種では,我が国企業の高い競争力を反映して,我が国の輸出特化方向での分業度低下が目立っている。②これに対し対ECでは,これまで既に繊維,化学でかなり分業が進展しており,最近ではこれまで低かった輸送機械でもやや上昇する方向がみられる。③対アジアNICsでは,更に顕著な分業度の上昇がみられる。すなわち繊維では,我が国の輸入特化傾向が強まる方向ですでにかなり高い分業度が実現しているほか,鉄鋼や化学も着実に高まってきている。また,これまで分業度がかなり低かった一般機械,輸送機械でも55年から61年にかけて上昇がみられる点は,対アメリカとかなり異なったところとして注目される。

このように最近の我が国の国際分業は,主に対アジアNICSを中心に,一部E C諸国とのつながりを深めつつ進展しているが,対アメリカについては必ずしもその度合は高まっていないように思われる。

(国際分業を促す3つの動き)

国際分業が我が国でも次第に高まりはじめた背景には,大きく分けて3つの動きが混在している。第1の動きは,我が国企業の国際競争力が徐々に低下し,これが我が国の輸出減,輸入増をもたらし,その下で我が国企業がその商品の輸出や生産から撤退するような自然衰退型による産業間分業の流れである。第2は,採算の悪化や貿易摩擦等に対応して,撤退はしないものの生産基地を海外に移す動きである。 第II-3-12図は,データはやや古いものの,アジア地域に進出した我が国繊維,電気メーカーの対日売上,受入状況を商品別に示したものであるが,繊維では既にほとんどの商品が一方的な対日輸出ポジションとなっており,対日売上げが売上全体の4~5割に達しているものもみられるなど,我が国への逆輸入を前提とした進出が特にアジア地区で多いことがわかる。電気機械の場合もその程度は低いものの,同じような傾向が既に58年度の段階でみられるが,前章でみたようなアジアNICsからの製品輸入の増加状況からみて,最近ではその動きがかなり強まっているものと考えられる。第3は,より積極的な意味で経営のグローバル化をめざした分業体制の強化の動きである。

第1の流れについては既に詳しくみたところであり,以下では諸外国との国際分業の構築,対外不均衡の是正を図る上で重要な役割を果たす海外直接投資の動向と,一部業種で進展しはじめた経営のグローバル化の動きを整理してみよう。

2. 活発化する海外直接投資とその内容

最近の海外直接投資の動向を業種別にみると(第II-3-13図),電機,機械,輸送機といった製造業の加工組立型機械工業と非製造業の中でも金融・保険,不動産業などで急速に拡大し,全産業で61年度は223億ドル,前年度比82.7%増と急増している。その内容を非製造業からみてみると,先ず金融・保険向けではタックスヘイブンのパナマ,ケイマン等の他,金融規制の少ないルクセンブルク向けが高い伸びを示しており,これには製造業など他業種による金融子会社の設立なども含まれている。不動産業向けは米国キャピタルゲイン課税強化(1987年1月実施)前の駆け込み売買を主因に大幅増となり,以上所謂財テク関連が全体の5割を構成し,増加寄与率では6割を占めている。この他,長期的な海運不況もあり便宜置籍船のためのパナマ,リベリア等における海外子会社への貸付が増加している運輸,ソウルオリンピックを控えた韓国や中国,オーストラリア等でのホテル,レストラン建設が進んでいるサービスなどで増加がみられる。一方,製造業では半導体,VTR,カラーテレビ等の電機,ならびに土木・建設機械,FA機器,自動販売機等の機械が米国,アジアNICs,欧州向けに集中させており,自動車等の輸送機はこれら地域の他,中南米,オーストラリアなどへの分散化を行っている。これには例えば米国組立工場向けの部品・資材の供給基地をメキシコに設置するなど,後で詳しくみる通り工程間分業・第3国市場向けの直接投資も含まれている。以上,加工組立型機械工業で製造業全体の64%を構成し,製造業の伸び率61.8%に対する寄与率は65%に達する。この他米国企業の大型買収があった化学,タイヤ,プラスチックなど輸送機関連(前掲II-3-13図)では「その他」)の増加がみられる。

また製造業直接投資を年度平均の円・ドルレートで円ベースに換算し,国内設備投資(名目値)との合計に占める比率を試算すると,製造業全体では48年度以降53年度に8.0%のピークとなった後も一進一退を続けており61年度でも5.9%に止まっているが,これを加工組立型機械工業とそれ以外とに分けてみると,機械工業以外が53年度に繊維,化学等により9.6%とピークをつけた後,低下傾向にあるのに対し,機械工業では電気機械で国内投資が急増した59年度に低下がみられるものの,近年そのトレンドは増加傾向にあり,61年度では8.7%と史上最高となった。

このような機械工業の直接投資には,貿易摩擦の拡大,商品の成熟化,円高の急速な進展に伴う輸出採算の悪化に対応して止むを得ず生産基地を移転するというケースから,グローバルな戦略展開をするというケースに至るまで多様な面があろう。ここで,国内投資=生産=国内販売及び輸出のケースと海外投資=現地生産=現地販売及び逆輸入のケースとで採算性を考慮してみると,①部品・資材の調達をどの程度現地化するか,即ち,半導体の拡散後シリコンウエハー,自動車のエンジン・トランスミッション,VTRのヘッド等のいわばKey-Deviceを現地法人が日本の親会社から「輸入」する場合の不採算をいかに回避するか,②長年にわたって確立してきた下請会社との工程間分業をいかに再編するか,③QC活動あるいは日本的経営により成功してきた生産体制を現地でどの程度再現できるか,特に労使慣行や労働の質の問題をいかに克服するか,④初期投資額に占める土地価額,⑤法人税,減価償却制度,あるいは現地の誘致条件等の諸制度などケースにより大きく異なるであろう。しかし賃金水準の日・米・韓比較を行うと(第II-3-14図),製造業平均で為替レート(対ドル)を140円とすると米国の10.4ドル/hに対し,日本は9.4ドル/hと格差が縮小し,ドルにかなり連動する韓国とは格差が拡大していることがわかる。また,業種別にみても鉄鋼,一般機械などで日米がほぼ同等となるほか,化学では日本の方が上回っている。従って,特に先進国向けの場合直接投資は摩擦回避型が主体であったが,これに採算性要因による直接投資が加わり,後者が比率のうえでも増加していくことは十分考え得るところとなっている。

3. グローバル戦略の展開

(海外進出の発展段階)

グローバル戦略に沿った海外投資の動きをみるに当たって,先ず企業(製造業)が海外マーケットにおける展開を行っていく代表的なプロセスを5つの段階に分けて整理してみよう。

海外進出の第一段階は輸出であり,生産要素はスケール・メリットを活かすためにすべて国内に止めるとともに,販売についても海外の代理店に委ねてしまう形態である。輸出の規模や海外マーケットに対する依存度が高まるとともに,競争が激化し販売戦略を強化する必要に迫られた企業は第二段階に移行するであろう。この段階では生産は国内で行いながら,販売網の充実・強化,流通経路の適正化,顧客ニーズの適確な把握とサービスの向上を図るために,輸出先国に販売拠点を設立する。さらに第三段階では,販売拠点の設立にとどまらずに生産や技術開発の拠点についても海外移転を実施する。この段階に進むに当たっては,安価な労働力及び原材料の調達や輸送コストの節約が可能であること,為替リスクをはじめとする事業リスクを分散すること,海外消費者のニーズに即した生産・技術開発を行うこと等を目的として積極的に生産・技術開発の拠点を移転するケースと,輸出先国が輸入規制や高率関税を設定する等,輸入制限的な措置を講じているため消極的に生産拠点を移転するケースが考えられよう。海外進出の第四段階は,生産・販売・技術開発・資金調達機能等,事業推進のために必要な経営資源をフルセットで移転する形態であり,この段階ではマネージメントの権限も相当程度現地に移譲され,現地の状況変化に対して柔軟かつ迅速な対応が可能となろう。そして,グローバルな戦略に基づく経営が実施される段階が,第五段階となる訳であるが,この段階では第四段階で移転した経営資源が地球的なレベルで最適に配置され,各々の拠点間における有機的なつながりが確立しており,例えば,生産については工程間分業や製品差別型分業を行う等,最も効率的な生産・販売・技術開発体制が構築されることにより,企業は国際企業として活躍していくことになる。

このような海外進出を進めるに当たっては,企業の規模や経営上のノウハウ,海外事業の規模とリスクの大きさ,事業展開を進めていく上での時間的余裕等により,企業の内部資源だけで対応することに加え,かなり重要な要素として技術,販売面等での提携や合弁・企業買収等他の企業すなわち外部資源の活用を図る場合が増えてくると考えられ,これが前述した単一企業レベルでの海外進出の発展段階の形態をさらに多様なものとしている。

(グローバル展開を模索する自動車産業)

我が国の産業・企業の多くは,戦後国内マーケット中心の発展を遂げ,生産能力・技術力の向上に伴い徐々に海外マーケットに進出していったが,それぞれの産業・企業は様々な発展段階の下で,石油危機,NICsの追い上げ,貿易摩擦の発生,円高等の環境変化により影響を受けつつ多様な展開をみせている。

したがって以上のような5つの発展段階がすべての産業・企業に必ずしもそのまま当てはまる訳ではないが,最近活発な国際展開で注目を集めている例として我が国の自動車産業の動向を5段階の整理に即してみることにしよう。ただし,自動車産業の海外進出の動きと言っても,各産業間で展開に差異があるように,産業全体として決して画一的ではなく各企業によりかなり多彩なものとなっている。即ち,後発メーカーであったために国内への参入が容易でなかった半面,二輪車の分野で広汎な海外ネットワークを有していたこと等から,当初から世界マーケットに目を向けグローバルな展開を指向していたと考えられる企業もあれば,貿易摩擦の激化に伴い海外展開を進めているものの,基本的には経営資源のグローバル化よりも生産及び技術開発の拠点を集中させることにより発揮される効率性の方を重視していると思われる企業もあるのである。

しかしながら,自動車産業の全体的な動きとしてみれば,概ね以下のようにまとめることができよう。

我が国の自動車産業は第II-3-15図にみるように,40年から本格的なモータリゼーションの時代を迎え,内需中心に急速な発展を遂げる一方,40年代後半以降飛躍的に輸出を伸ばし,海外進出の第一段階に入った。こうした輸出の増加に伴って40年代末に,輸入・販売会社を設立する動きが,特に顧客の選別が厳しく販売戦略面での充実が必要な先進国を中心として顕著となった。一方,発展途上国については,ほとんどの輸出先国が国産車生産の育成・振興を図る観点から完成車輛に対する輸入制限や高率関税を課し,国内産業の発展に伴い国産化比率を高めるためにこうした措置を厳しくしてきたことがら,我が国自動車産業は主として消極的な動機により第三段階を迎え,40年代末がら50年代はじめにかけてノックダウン生産工場を設立し,輸出したKD車輛を現地で組み立てる動きが活発となった。

これに対して対先進国について第三段階を迎えたのは50年代後半である。これは石油危機以降,燃費効率の高い日本の小型車に対する需要が高まり米国を中心として輸出が急増する一方で,米国自動車産業が経営不振に陥ったこと等から貿易摩擦が強まったことを契機としている。このため,50年代後半に対先進国向けの自動車生産会社設立件数がかなり増加し,また,56年の対米輸出自主規制を境とする国内設備投資の落ち込みと,海外直接投資の増加として現われている(前掲第II-3-15図)。また,投資に占める海外の直接投資のシェアでみるとピーク時の58年度には約10%となり,輸出に対する海外現地生産比率も61年度には約16%に達している。

さらに近年では現地生産化に加えて益々進む海外消費者ニーズの多様化,NICsの市場参入による競争激化や円高による価格競争力の低下に対応するため,マーケティング会社・販売金融会社の設立,海外でのR&Dの充実等,第四段階の動きが活発化している。また最近の動向として特徴的なのは,技術革新のテンポの著しいエレクトロニクスや新素材に関する技術を駆使した生産とそれらの技術の研究開発を進めるため,我が国自動車企業と他の先進国企業が近年技術水準の向上とコストの優位性から発展著しいNICs企業を交えながら,それぞれの得意分野を活かす形で相互補完的な提携を積極的に展開させていることである。こうした試みを通じて我が国自動車産業はグローバルな海外戦略を模索しはじめた段階に至ったと位置づけることができるであろう。

(自動車部品産業の国際展開)

我が国自動車部品産業は自動車産業の海外進出と呼応するかたちで国際展開を進めている (前掲第II-3-15図)。しかしながら,自動車産業と比べて基礎体力に劣る部品産業にとって海外進出は多大なリスクを伴うものであることから,外国企業への技術提供や,部品メーカー連合体による海外進出,外国企業との合弁形態による海外進出等,その進め方は多様なものとなっている。また海外進出を行っても,日系自動車企業だけを相手とした取引では,採算の確保が難しいこと等から,従来の取引関係に捉われず,外国自動車企業を相手とした事業拡大に取り組む等,独自の国際戦略を展開する動きが特徴的なものとなっている。