昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第2章 黒字体質の改善が定着しはじめた我が国貿易構造

第3節 我が国貿易の黒字体質改善とその含意

1 進展する黒字体質からの転換

上でみたように我が国の貿易構造は輸出,輸入両面から構造変化が進展しつつあるが,これを貿易収支の観点からみてみよう。

やや長い時系列で我が国の貿易収支変動を数量面と価格面に分解してみると,次のような特徴が指摘できる (第II-2-12図)。

第1は,長期的にみると我が国の貿易収支の黒字化をもたらしてきた基本的要因は,数量面からの黒字化作用であったことである。これは,「輸出が増え易く」,「輸入が増えにくい」という我が国貿易構造の特質を強く反映したものである。

第2は,こうした数量面を通ずる黒字体質は40年代半ばから徐々に現われはじめていたが,50年代に入ってからは輸出,輸入両面からその傾向が強まったことである。特に58年以降は原油価格の下落等により価格面での赤字化要因が後退する中で,海外需要の一時的急拡大等の影響促も加わって黒字体質が収支面で大きく顕在化することとなった。

第3は,これまで収支黒字化をもたらしてきた数量の動きが61年以降赤字化方向へ大きく逆転したことである。このような数量面の変化は,第I部第2章で述べたように,原油価格の大幅な下落や急激な円高によるドル建価格上昇という一時的な価格変化が一巡する中で次第に表面化し,ドルベース金額でも収支黒字の改善をもたらす主要な要因を成しているわけである。

問題はこうした数量面の動きが持続するかどうかという点である。前節までにみたように,我が国の貿易構造の変化は我が国企業,家計,海外企業等各経済主休が環境の変化に対応して生産,販売体制,消費慣習,商慣行等を変更させる形で進行している。その環境変化とは,第1にアジアNICsなどを中心とする中進工業国の技術力向上であり,これが輸出面で我が国輸出商品の海外市場での相対的な競争力低下をもたらしたり,アジアNICs等への現地生産化をしているほか,輸入面でアジアNICs製品の国内への浸透,流通業者の開発輸入,メーカーによる現地生産物の逆輸入等の動きをもたらしている。第2は対米国,対ECを中心とする各種の経済摩擦が強まっているほか,我が国側でも関税の引下げ・撤廃や自由化措置,あるいは輸入手続きの簡素化等の規制緩和を実施してきたこと等の経済外的,制度的な環境変化である。これは先進国への直接投資を増加させたり,輸入品の浸透を促進する1つの重要な契機となった。第3は,これらの動きが急激な円高によって加速化されていることである。

例えば輸出面では,アジアNICs製品との価格競争力をかなり不利化させることによって,一部商品の輸出からの撤退や海外生産への移行等,中期的視野に立った輸出姿勢の転換を余儀なくさせているほか,輸入面では大幅な内外価格変化を通じて内外財の代替を一段と加速する形で作用しはじめている。

こうした各主体の行動変化は「輸出が増えやすく」,「輸入が増えにくい」といわれた我が国の黒字体質を以前に比べれば,「輸出が増えにくく」,「輸入が増えやすい」体質へと転換する起動力である。もちろん収支そのものに対しては,その時々の内外需要動向や価格面での変動等が短期的には重要な要因となる。

しかし,上述したような体質変化の進展は我が国貿易収支黒字の改善傾向を定着化させる基礎的条件が整ってきたことを示すものである。

2. 黒字体質改善のもつ含意

このように,我が国貿易収支黒字が継続的に縮小し得る基礎的条件が整ってきたことは,我が国経済,世界経済等に対し様々なインプリケーションを含んで゛いる。

第1は,黒字縮小のテンポの問題である。黒字体質の改善は確かに進展してきたと言えるがそれが具体的にどの程度黒字を縮小させ得るかは,所得面の要因や制度的要因の変化等に左右されよう。既に,第II部第1章で述べたように,現在我が国が置かれている国際的立場と世界的な経済環境に厳しいものがあることからすれば,内需の着実な増加の下で輸入を促すように,競争条件を整備するための諸規制の見直しや市場アクセスの改善に積極的に取組むことによって黒字の減少を着実なものとしていく必要がある。

第2は,輸入による世界への貢献の問題である。現在,米国を中心に我が国や西ドイツの内需拡大による国際経済の安定的成長を期待する声が強い。この脈絡からすれば,国際経済への貢献としての具体的成果は輸入の持続的拡大によって測られるものである点が忘れられてはならない。内需拡大や成長率の確保は,輸入を促す1つの要因ではあるが国際経済への貢献を直接に示すものではなく,特に成長率の確保の問題は第3で述べるようにそれ自体極めて国内的な課題である。我が国の61年度の実質経済成長率は2.6%と50年代以降では最も低いものにとどまったが,世界に対する輸入増加による寄与は決して小さなものではなかった。主要先進国の実質世界輸入の増加に対する寄与度をみると(第II-2-13図),58~60年にかけての米国の貢献は突出して大きかったことは事実であるが,61年に関して言えば我が国の寄与が米国に次いで大きかったこと,そして我が国のその寄与度の大きさは,実質経済成長率が50年代では最も高かった59年のそれをも上回るものである。つまりこれが構造調整の対外的成果の1つであって,61年の我が国経済は,既に構造調整に踏み出すことによって自らの成長を削って世界経済の安定のために需要面から最も大きな貢献をなしていることは高く評価されるべきである。

第3は,成長率に関する問題である。我が国貿易の黒字体質の改善とそれによる黒字縮小の過程は,国内需要のより多くが海外での所得形成過程へと漏出することを意味し,一面では先に述べた国際的貢献をより大きなものとする反面,我が国の所得形成に対してはその分だけマイナスに作用する。このことは,今後我が国が持続的成長とそれによる雇用機会を維持していくためには持続的性格をもった内需をいかにして創出していくかが国内的に最も緊要な課題となってきていることを物語っている。

第4は,為替相場の評価に関する点である。円相場(対ドルベース)が最近のボトムであった60年2月(263円)から直近では145円へ約81%(IMF方式)上昇した一方で,我が国の貿易収支黒字が61年度まで増え続けてきたことに対する海外諸国の不満が依然続いている。これについては,円高に伴うドル建価格の上昇と原油価格の大幅な低下によって価格要因が一時的に黒字拡大方向に作用したためであり,数量面の収支調整は着実に進んでいることがまず主張されねばならない。同時に今回の円高は,経済各主体の行動様式を大きく変化させるに十分なだけ大幅だったために,その効果は構造変化を伴いつつ持続的に作用する性質をもつと考えねばならない。従って,海外諸国や為替市場関係者が「円高の進展にもかかわらず黒字が依然大幅である」ことにのみ目を奪われることなく,我が国の黒字体質が転換しつつあること,既にそれを反映してドルベースでみた貿易収支黒字も現実に改善方向を示していること,さらにはその長期間の帰結等を正当に評価することが期待されるのである。

第5は,我が国の黒字と米国の赤字との関係である。現在の世界経済の最大の不安定要因はアメリカの貿易収支赤字である。しかし,我が国の貿易収支黒字の縮小が着実なものとなったとしても,それがアメリカの貿易収支赤字の縮小を必ずしも保証するものではないという点は注意する必要がある。アメリカの赤字縮小が緩やかなものにとどまっている背景には,ドルがアジアNICsやカナダ,メキシコ等の通貨に対し,円や欧州通貨に対するほどは下落しておらず実質実効為替レートの低下幅が小さいということも無視し得ないが,より基本的にはアメリカの輸入依存型の経済構遺の改善が十分進展していないことが大きい。このためアメリカの貿易赤字の地域別推移をみても,対ECでは赤字が縮小しているほか,対日でもその増加は止まった形となっているが,代ってアジアNICs等東アジア地域に対してはかなりの増加となっており,対先進工業国赤字が対アジア中進工業国赤字に振り替りつつある。結局,アメリカの貿易赤字削減にはアメリカ自身の努力が何より重要なのであって,そのために今回のドル下落を契機としてアメリカが競争力を回復し,国内生産基盤の整備と輸出の拡大に努めることが是非とも求められるのである。


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