昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-
第2章 黒字体質の改善が定着しはじめた我が国貿易構造
(進展する製品類の輸入品シフト)
輸入数量の変動は短期的には,国内需要の動きや,輸入品と国産品との相対価格,及び在庫状況などに左右されると考えられるが,より長い眼でみると,需要構造の変化,技術革新等を通ずる産業間の投入・産出構造の変化,内外の技術力関係等,経済の構造的側面の影響も無視し得ない。そこで,輸入品の内容を消費財,資本財,中間財及び粗原料・燃料の4つの需要段階分類と,食料・その他とに分けてそれぞれの数量指数を試算することによって上記の諸点につき検討してみることとしよう(試算方法は付注II-2参照,なお非貨幣用金は除いてある)。
昭和61年度の輸入数量の大幅な増加は,専ら非貨幣用金を含む製品類と食料品によってもたらされたことは既に第I部第2章でみたところであるが,これを財別の寄与度としてみると(第II-2-1図),原料品,原油等からなる「粗原料・燃料」は前年度に続きマイナスとなったものの,その他はすべてプラスである。それらのうち非貨幣用金(図上では棒グラフと折れ線グラフの乖離にほぼ対応)以外では,素材製品(鉄鋼,化学,繊維,石油製品など)を中心に「中間財」が前年度比14.4%増加したことにより全休に対しても大きな寄与を示したほか,衣類,家電製品,雑貨,乗用車などにより「消費財」も同33.2%増と急増し中間財に次ぐプラスの寄与となった。また,「資本財」も同13.5%増,「食料・その他」でも同8.0%増加しており,それぞれ無視し得ない寄与を示している。61年度に大幅に増加した製品類の3財(消費財,資本財,中間財)と減少を示した粗原料・燃料の4つについて,さらにその変動の原因を需要要因,需要構造・技術変化要因,内外財の代替要因(注)に分解して示したのが前掲第II-2-1図であり (計算方法は付注II-3参照),各財の動向についてやや詳しく述べれば以下のとおりである。
消費財輸入数量は,ほぼ傾向的に増加し最近では55年当時の2.5倍に達している。これには,実質消費支出の増加(内需要因)も多少寄与しているが,圧倒的に大きいのは国産財から輸入財へのシフト効果(代替要因)であることがわかる。この間,消費のサービス化といわれてはいるものの,実質ベースでみた場合その要因(需要構造要因)は変動要因としてはほとんど無視し得る程度にとどまっている。
資本財の輸入数量は,航空機等の影響から振れが大きいものの,ならしてみると最近増加している。ただ,消費財に比べ直近時点での指数レベルはまだ低い。輸入変動の要因としては,59年の増加には,設備投資の大幅な伸び(内需要因)とそれが製造業の機械投資に偏っていたこと(需要構造要因)に加え,輸入財へのシフトも生じた(代替要因)こと,のいずれもが寄与している。しかし,61年中の増加は専ら代替要因によるものである。なお,55年と対比した場合,代替要因はほとんど輸入増加に寄与していない形となっているが,これは,我が国資本財の技術レベルが依然相対的に高いことを示しているものと考えられる。
中間財の輸入数量は,すう勢的に増加している。これは,専ら国産品から輸入品への代替によるものであり,最終財メーカーの生産増(内需要因)は,それらメーカーの中間財投入原単位低下や商品構成の変化等(需要構造・技術変化要因)によってほぼ相殺された形となっている。
粗原料・燃料の輸入数量は,景気拡大局面だった59年を除きほぼ傾向的に減少している。これには,最終財メーカーの生産は増加している(内需要因)が,それらメーカーの中間財投入比率の減少等(需要構造・技術変化要因1)と中間財生産メーカーの粗原料・燃料投入原単位低下や中間財の輸入品シフト(需要構造・技術変化要因2)とが,二重のマイナス作用として影響している。
以上のように,製品類3財の輸入増加には,国産品から輸入品への代替が大きく,特に,60年9月以降の急激な円高進行期をみると(前掲第II-2-1図),内需面からの寄与は極めて小さなものにとどまり製品類の増加は代替要因だけでほとんど説明できる。このことは,円高のもたらした相対価格変化の大きさを示唆するものではあるが,しかし同時に,それ以前の円安期においても代替要因は輸入増加の主要な要素となっていたことを考えると,内外財のシフトには相対価格以外にもその原因があることを推察させる。そこで次に最近の内外財の代替がいかなる形で進行しているのかについて詳しく検討してみよう。
(多様な原因,主体,タイムラグを伴って進行する内外財シフト)
内外財のシフトは,一般に内外財の相対価格が変化したことに対応して需要家が両財への需要を自らの選好に従って変化させることによって引き起されると考えられている。しかし,現実に上記のような形で観察された内外財のシフトという現象は,単に価格変化に対する需要サイドの短期的反応だけでは捉え切れないものがあり,その原因,感応する主休,変化に要する時間という面での以下のような様々な行動変化の集積とみる必要がある。
まず,内外財シフトをもたらす原因としては大きく分けて3つある。第1は,言うまでもなく内外財の相対価格の変化である。最近の問題としていえばやはり円高の効果が中心となろう。第2は,財の質的要素を決定する内外の技術力格差である。これについては,特にアジアNICsの技術力向上に注目する必要がある。第3は,貿易に関する各種規制の緩和や慣習の変化といった制度的諸要因である。
次に,それらの変化に対応する主休としては,規制を管轄する政府を取りあえず別とすれば,第1は需要家としての消費者,第2は供給者であるとともにユーザーである国内メーカー,第3は情報を通じて消費者等の二ーズや供給ソースを連結してシフトを円滑化する内外の流通業者,第4は供給者としての海外メーカーで゛ある。
さらに,シフトが生ずるために必要な時間という点でも大きく3つに分けられよう。この点については,それを担う主体の動きと原因に関係させて,第II-2-2表に,また,それによって具休的にどのような商品の輸入が増えたのかを第II-2-3表に示してある。もちろんこれらの分類は便宜的なものであり,実際はかなり複層的であることは言うまでもない。まず第1に,比較的短期に需要が大きくシフトする場合である。これは,既に定着している輸入品に対し,値下がりにより消費者が購買量を増やすとか流通業者がブランド品を含む値下げフェアを行うこと,政府が輸入自由化措置を講ずることなどを通じて発現する。この場合の商品適性としては,世界的にみて供給の弾力性がかなり高いもの,製品の差別化程度の低いもの,あるいは既に国内に流通網が整備されているもの,などが対応する。具体的には,下着類,ブランド商品,たばこ,揮発油・灯油などがこれに当たる。第2は,新規の輸入商品開発等にかかわる場合で,コストは比較的安いがある程度の時間を要するものである。消費者が通信販売等により外国品を直接輸入するとか,流通業者の輸入拡大に向けての組織変更や新規輸入品開拓のための並行輸入,マーケットリサーチ,ミッション派遣等,ユーザーとしてのメーカーが部品,資材の新たな海外調達をする場合,輸入関税の引下げ,撤廃,輸入手続きの簡素化等の政策措置などがこれに当たろう。これらは一時的に輸入を急増させる場合もあるが,マーケットリサーチに時間が必要なこと,また,消費者,ユーザーがそれら商品を認知し使用する過程を通して浸透するものであるだけにある程度時間が必要となる。最近増えている商品としては,装身具,機械部品,家具,ブランド商品,ウィスキーなどがあげられる。第3は,投資等に伴うサンクコストが比較的大きくなるような企業活動,あるいは消費者の購買行動のなかに輸入品が定着化しそれによってライフスタイルが変わっていく過程,さらには,流通網,チャネルの変化によって商取引慣行や顧客関係が輸入品の流入を促進するよう変化していくプロセスを指し,これにはかなりの時間が必要となる。具体的には,メーカーによる海外現地生産品の逆輸入(家電製品,電子部品,コンピューター等),海外メーカー流通業者の我が国内での流通,アフターサービス体制の整備・拡充(自動車等),海外メーカーによる輸出のための生産休制の確立(鉄鋼,セメント等),我が国メーカーの輸入商社化の動き(音響製品等),流通業者による開発輸入(家電製品,衣料,雑貨等)などの動きが既に現われているほか,輸入品に対する消費者の意識もかなり積極的になってきているように思われる(第3章参照)。特に,これら第3の動きには,アジア諸国と関連する例が多く,それら諸国の技術レベルが相当高まってきたことが重要な背景となっていることは看過し得ない。
(輸入構造変化の不連続性,不可逆性,持続性)
このように,製品類の輸入品シフトは,3つの主要な原因とそれらに対する様々な主体の対応が異なった時間経過を伴って生じている訳であるが,こうした流れは,①短期間でのかつてない大幅な円高という状況下で生じており,しかもその円高がおそらくは当面大幅に修正されないと一般的に考えられているという意味で,従来の輸入変動メカニズムの延長線上では考えられない「不連続的」な性格をもっている。また,②それが単なる相対価格変化に対する一過性の需要シフトにとどまらず,アジアNICs等の目ざましい技術的キャッチアップという発展段階上のトレンドの下で,メーカー,流通業者等が生産,調達戦略を変更し慣行が変わるなどの形で,また,消費者が自らのライフスタイルを変化させる形で進行しているが故に「不可逆的」な性質を帯びている。それ故に,③ある程度の時間が必要であるとともに,一度動き出した場合その効果は長い期間に亘って続くという点で「持続的」性格を有する。過去のいくつかの経験に照らしてこのことを検証してみよう。
1つの典型的な例としては石油危機とそれに対する各主体の調整がまず想起される。我が国のエネルギー消費原単位は40年代前半を通じて上昇してきていたが,第1次石油危機が発生した48年をピークに「不連続」な形で屈折し,エネルギー消費原単位低下に向けての各主体の調整がはじまった (第II-2-4図)。このような努力は,エネルギーやエネルギー多消費型商品への支出を抑制する需要家サイドの調整と,個々の産業におけるエネルギー投入原単位の削減という供給側の調整を通じて行われた。この調整過程は,需要サイド,供給サイドの「持続的」な対応の集積であり,第1次石油危機以降10年以上に及んでいる。そして,52~53年の円高期や58年初頭の原油価格値下がり後も「不可逆的」に続いているのである。
また,これまで増加してきた代表的輸入品について,その増加過程を振返ってみても興味深い傾向がみられる (前掲第II-2-4図)。国内需要が増加する時には当該輸入品がそれを上回って増え,その結果輸入比率も上昇するが,その後国内需要が減少する局面では当該輸入品の減少は相対的に小幅にとどまり,輸入比率は高止まる傾向を示している。そして輸入品浸透の過程は,このような動きが繰返し生ずることによっていわば「階段型」の形状を伴って動いてきたことがわかる。つまり何らかの条件の変化によって輸入がーたん増えはじめた場合,その過程は粘着的な性格をもって「不可逆的」,「持続的」に続き,そのトしンドを変えることは容易でないことを示している。
以上のことからみて,現在みられる輸入品増加へ向けての個々の主体の行動変化とそれによる輸入増加傾向は,今後長い間にわたって我が国輸入構造を形作っていく流れであると考えられる。
(増え易くなった輸入)
我が国の輸入は,①近隣に発達した工業国があまり存在せず国際分業が進まなかったこともあって製品輸入比率が低かったこと,②大宗を占める原燃料輸入については産業構造の高付加価値化や投入原単位削減に各産業が努力してきたこと,などを反映して需要が増えてもその割に増えない(所得弾力性が低い)と言われてきた。
しかし,今やこうした諸環境は大きく変化しつつある。その第1は,輸入商品構成の変化である。製品類の輸入に占める比率(円ベース)は原油価格の大幅な低下もあって,61年に初めて4割を越え史上最高になったが,62年1~5月でも43.0%と依然上昇している。また食料品の比率も50年代以降やや高まっており61年には15.0%に上昇した(第II-2-5図)。この結果,両者を合計したウェイトは61年で56.3%,62年1~5月平均では58.1%となり,既に我が国の輸入構造が,原燃料中心型から転換したことを示している。従来から指摘されているように,原燃料輸入の実質GNPに対する弾性値は0.167と1を相当下回っている一方で,製品類のそれは1.816と1を大きく上回っている。また,食料品も0.717と原燃料に比べれば大きくなっている(各種弾性値については付注I-2を参照)。特に製品類については消費財,中間財を中心に,アジアNICSの技術力向上等の下での各主休の行動変化が,円高,円安期を問わず内外財シフトを促進してきたことが大きい。原燃料から製品類,食料品にシフトする形での輸入商品構成の変化は,全休の輸入に関する所得弾性値を高める方向に作用している。第2は,製品類の弾性値自身が高まってきている可能性があることである。前掲第II-2-1図にみるように,内外財の代替要因は60年10~12月以降それまで以上に高まっていること,また相対価格の大幅な変化が輸入に及ぼす効果が既に述べたように一過性のものではないことを勘案すると,それらの商品は以前よりさらに増え易い方向に変わってきていると考えられる。
30,40年代には,我が国の輸入数量の実質GNP弾性値は各々1.079,1.205と1を上回り,需要の割に増え易い体質をもっていた。それは,当時が産業の重化学工業化の進展を通ずる原燃料輸入の増加期に当たっていたことや,設備投資の活況とその輸入資本財への依存を反映したものであった。その後,50年代に入って原油価格の急騰とそれに対応した産業構造の高付加価値化,省エネ化を反映して,同弾性値は0.654と低下し,我が国の輸入は需要の割に増えにくい体質に転じてしまった。しかし,上述したような状況から判断すると,その弾性値が具体的にどこまで高まっているかはデータ上の制約から十分に見極めることはできないものの,我が国の輸入は30~40年代の原燃料中心型とは異なり,工業製品輸入の増大を軸とした新たな輸入拡大の時期に入りつつあると言えよう。