昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第1章 経済構造の再構築に挑む我が国経済

第3節 構造変化と構造改革

1. 構造転換の目的と手段

我が国が現在取組んでいる構造転換は,対外不均衡の是正と,持続的な内需の増大により成長(雇用)を確保し,国民生活の向上を実現することをめざすものである。

このような目標を実現する手段としては,1つには円高等による相対価格(内外価格,貿易財・非貿易財間の相対価格等)の変化,内外の技術力関係の変化,消費者ニーズの変化等をその起動力として市場経済機能を通じて実現する「構造変化」があり,他方,規制の緩和や新しい枠組づくり等政策面からその制度を変更する「構造改革」によらねばならない部分とがある。

次の第2章で詳しくみるが,既に第1の目標である対外不均衡の是正に対しては,これまでの輸入等に関する規制緩和に加え,「構造変化」の力がかなり作用しはじめ,輸出入構造の変化が徐々に明確なものとなりつつある。こうした変化をさらに着実に黒字の縮小につなげていくためには,「構造改革」の面からも一層の輸入の拡大へ向けての措置が必要であると同時に,第2の目標である内需の持続的拡大が実現すれば所得面を通ずる効果も期待し得る。

2. 持続的な内需拡大のために

内需の持続的拡大を実現することは必ずしも容易なことではない。現在,我が国が行おうとしている構造転換が担っている内需の持続的拡大の構図は以下5点に要約し得よう。

第1は非貿易財部門での生産性向上である。第3章で詳しく述べるが,非貿易財部門でも今回の円高や技術革新の進展等を反映して,内外価格差の拡大に対する国民の認識の高まり,海外からの市場開放要求の強まり,海外との競争,新たな事業への進出等「構造変化」を促す力がはたらき始めている。こうした力を実際に生産性の向上と価格低下に結びつけていくためには「構造改革」の面からも従来の規制等を見直す形での政策対応が必要となってきている。

第2は技術力の向上である。第2章,第3章で詳しくみるように我が国の貿易財部門では主要商品の成熟化現象が強まっており,非貿易財でもその傾向がみられる。新しい需要を創出していくためには技術革新の力がどうしても必要である。技術革新とはもちろん先端的な技術分野での研究開発が焦点となるがそれ以外でもシステム技術を含むソフトウェアや個々の商品開発に絡んだ新しい意匠,機能,主観的価値の付加という面までの広がりをもつ。民間部門では活発なR&Dへの投資,異分野への進出による新しい技術の融合化等を通じて活発な対応が進められている。政府としてもハイテク摩擦や知的所有権等に関する国際間の問題を円滑に調整するとともに,研究開発投資を推進するための整備を図ること等の「構造改革」が必要である。

第3は上記のような形で実現する生産性向上と需要の拡大を労働時間の短縮と雇用の維持に振向ける必要がある。主要先進国と比較した場合,我が国の1人当たり年間労働時間はかなり長い。被用者と企業がすすんで労働時間の短縮を実現するためには,まず生産性上昇が必要であり,それによって被用者側は労働時間の短縮と実質所得の向上を享受し得るし,企業側も単位当たり賃金コストの低下を実現し得る。そして,1人当たり労働時間の短縮は,需要拡大と相俟って雇用の増加をもたらすことになろう。このため,上述したような企業の新たな発展への努力とともに被用者側の自己啓発の努力が必要となろう。また,政府としても各種の面で生じている労働需給のミスマッチにどう対応していくか,労働時間の短縮をどう実現していくかといった面で「構造改革」に取組む必要がある(詳しくは第4章参照)。

第4はそうして実現する所得面,時間面でのゆとりを新しい国民生活の充実に向けることである。既に我が国の消費者行動には,サービス化,個性化,多様化といわれるような新しい流れがみられる。特に,非貿易財分野での生産性向上と時間消費的消費の増加とは互いに相乗的な効果を及ぼす面があり,それら消費の増加等によって国民ひとりひとりが新しいライフスタイルの創造と生活のゆとりを実現していくことが期待されるのである。

第5は,住宅,社会資本ストックの充実である。例えば,「昭和61年度年次経済報告」でも指摘したとおり,交通・情報のネットワークに対するニーズは今後拡大していくものと思われる。ネットワークは経済活力の基盤を形成するものであり,先述した生産性の向上を実現し,また,国民生活の充実をもたらし,さらには,第5章で詳しく述べる地域間の問題を乗り越えていくことにも資するであろう。住宅,社会資本ストックの充実に当たっては官民が協力して取り組む必要がある。民間の活力が広く活用されている分野もあるが,政府としては財政負担等に配慮し,その費用・便益や必要性の吟味を十分行い,国民生活を向上させ,また民間の力を引き出せるような方向で「構造改革」を進める必要がある。

3. 経済構造の再構築に向けて

第II部の以下の章では現在我が国に起こっている構造転換の姿とその課題等につき詳しくみることとするが,そこには,今日我が国が直面している大きな変化が描かれている。

我々は,その中に新しい成長の芽を見出すことができる。しかし,それを現実のものとしていくためには民間部門のエネルギーが十分に発揮されることが前提にあることは言うまでもないが同時に「構造改革」に着手すべき分野も多い「構造改革」は,既得の権益に手をつけることとなり,それ故に社会的緊張は高まらざるを得ない。しかしそれなくして我が国は国際的調和を保ちつつ新たな発展を期すことはできない。経済構造の再構築は我々がそれらの壁を乗越えて実現しようとする最も今日的な国民的課題である。


[前節] [目次] [年次リスト]