昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-
第5章 一層安定化した物価動向
昭和60年2月以来,円高の進行や原油価格の低下から約2年間にわたって前月比で下落を続けてきた国内卸売物価は,62年3月には原油価格が多少戻したこともあって前月比を僅かに上昇させたが,その後も落着いた動きを続けている。
この間の動きを品目別にみると,石油・石炭製品や非鉄金属で価格の下落が目立つのに対し,一般・精密機器,窯業・土石,加工食品などではほとんど下落はみられなかった。こうした価格の動きの違いは,一つにはコスト構成の違い,二つには需給動向の違い,に大きく依存しているといえる。この他,今回の円高が大幅であっただけに,三つ目の要因として競合輸入品の価格低下による影響も考えられる。
そこでまず,コスト構成についてみてみると,価格低下の大きい業種では相対的に原材料費比率が高く,一方価格低下がそれ程でもない業種では低くなっており,今回の価格の変動幅の違いにはコスト構成の差が大きいことがわかる。
また,円高,原油価格低下に伴う生産要素価格の変化は,コスト構成に占める原材料費比率を低下させ,人件費比率を上昇させており,原燃料費の低下程には価格の低下しない一因となっている。
次に,この間の円高,原油価格の低下がどの程度生産コストを引き下げているかを産業連関表を用いて試算してみた(付注I-4参照,第I-5-1図)。この試算にあたっては,コストの変化が即時に波及するものと仮定していること,需給関係,流通コスト等を考慮していないなどの限界があること等に留意する必要がある。国内卸売物価の下落幅と試算値とを比べてみると,60年中は共に似た動きを示し,年末にかけて試算値の方が多少その下落テンポを速めていった。61年に入るとこの傾向は一層明瞭になっていったが,秋口からの為替レートの安定や原油価格の小反発から原燃料費の下落が止まり,試算値もその後ほぼ横ばいで推移している。一方,実績値の方は,石油製品の価格の下落もあり,61年末にかけて下落テンポを速め,62年初以来試算値とほぽ同水準,60年2月に比べ9%の下落となっている。この試算値には賃金コストの増加は含まれておらず,この間に既にみたように人件費比率が上昇していることを考え合わせると,円高,原油価格低下の影響はかなり国内卸売物価に波及してきていると言えよう。ただし,最終財輸入物価は同期間に26%の大幅な下落を示しており,競合品の価格下落として間接的に国内卸売物価に影響を及ぼすものと考えられる。この効果を直接的に計測することは難しいが,以下ではこの影響も含めてミクロ的な視点から分析を行ってみる。
次に,60年2月から62年2月の間の日本銀行「企業短期経済観測調査」での業種別の需給判断D.I.と当該品目価格の変化をみてみた(第I-5-2図)。化学では需給判断D.I.はほとんど変化していないにもかかわらず,大幅な価格低下を示している。一方,輸送用機械,一般機械,窯業では需給判断D.I.が悪化しているわりには価格低下は相対的には小幅にとどまっている。全体としてみた場合,需給の緩和は価格の動きを軟調にしているものの,今回の場合生産要素価格の相対的な変化による影響も大きく作用しているように思われる。
そこで業種ごとにこの間の下落幅を実績値,産業連関表による試算値,競合品輸入物価の三つについて比較してみた(前掲第I-5-1図)。原材料費比率の高い石油・石炭製品,非鉄金属やNICsの追い上げの急な繊維などではこれらの下落幅にはそれ程大きな違いはなく,実績値の下落幅が試算値のそれを上回っている。特に,非鉄金属,繊維では実績値の低下は,輸入製品価格の下落幅にほぼ等しくなっており,競合輸入品の価格低下が大きく働いていることがうかがわれる。この他,化学製品,鉄鋼,電気機器,鉱産物では実績値の方が試算値より下落しているものの,輸入製品の価格下落幅には及んでいない。これらの試算値を越える価格の低下には,需給要因とともにこうした競合輸入品の価格低下という要因も働いているものと考えられる。しかし,電気機器,鉱産物での輸入品との価格低下幅には依然大きな違いがある。また,製材・木製品,窯業・土石,一般・精密機器などの価格の低下は,輸入価格の下落幅はむろんのこと,試算値までにも達していない。
以上のように,国内需要が堅調であったと思われる製材・木製品,窯業・土石を除いては実績値が試算値に及んでいないといってもその差は僅がであり,概ねどの業種でも円高等によるコスト低下は価格に表れていると言える。また,輸入製品価格との乖離の大きな業種についてみると,分析の性格上価格指数を構成している品目に違いがあるため注意する必要があるが,品質格差があるもの,ブランドイメージなどから製品差別化が容易なもの,輸入製品の占めるシェアが依然小さなもの,輸入制限措置を講じているものなどが考えられる。
まず需給動向と価格の動きについて,日本銀行「企業短期経済観測調査」の需給判断D.I.,価格判断D.I.及び国内卸売物価指数の実績値を前回の景気の谷(58年2月)からの回復局面と今回の円高開始(60年2月)後について比較してみた(第I-5-3図)。前回の回復局面では需給判断D.I.が大幅に悪化していたため,それが悪化幅が縮小し始めても,ただちには価格には波及せず価格上昇の始まったのは価格判断D.I.が上昇に転じてからであった。しかし,その後再び需給判断D.I.,価格判断D.I.共に低下するに従って,価格は下落に転じている。この需給と価格との関係は今回の円高時の方が,より明瞭に読み取る事ができ60年1~3月期以降需給判断D.I.が低下していくに伴って,価格判断D.I.も低下し価格が下落しており,61年末以降需給判断D.I.が横ばいに転じると,価格判断D.I.は低下幅を縮小させはじめ,国内卸売物価も横ばいになっている。既にみてきたように,これまでのところほとんどの業種で在庫調整は進展しており,この面からも需給要因からの価格の軟化には歯止めがかかりつつある。因みに,当庁「法人企業動向調査」でみても,需要見通しは,62年4~6月期,7~9月期ともに引き続き弱くみているものの割合が高いが,61年末からは次第に回復してきており,価格見通しにも同様の傾向が読み取れ,今後製品価格は下げ止まるものと考えられる。また,こうした動きを敏感に反映する商品市況の動きをみても,需要が比較的堅調な化学製品や紙・パルプ,減産効果の表れている鉄鋼製品等では,市況の下げ止まりがみられている。加えて,原油輸入価格も61年8月のバーレル当たり10.3ドルを底にOPECの減産の効果等から次第に回復し,62年6月にはバーレル当たり18.2ドルになるなどの要因から,卸売物価は下げ止まったものと考えられる。