昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-
第3章 製造業を中心とする調整過程
(悪化した製造業,堅調に推移した非製造業)
企業収益は,61年に入り非製造業では堅調に推移しているものの,製造業での輸出の減少,製品価格の下落等から,全体としては減益傾向で推移した。企業収益を「法人企業統計季報」(資本金1,000万円以上法人)により経常利益でみると,全産業では,60年に前年比5.7%増の後,61年は3.1%の減益となった (第I-3-14表)。
61年の収益動向を業種別にみると,前年に引き続き製造業の不振,非製造業の堅調という二面性がみられた。非製造業では,建設,電力・ガスが増益に大きく寄与したほか,卸小売,不動産,サービス等ほとんどの業種力引き続き増益となったことから堅調に推移したが,製造業では,電気機械,輸送機械,鉄鋼等の輸出型産業で大幅な減益となったことを主因に,前年比22.2%の減益となった。また,規模別にみると,資本金1億円以上では59年に大幅な増益となった製造業が61年は急速に収益が低下したことから滅益傾向にあるが,資本金1億円未満では製造業が悪化したものの,非製造業の増益持続により全体としては底固く推移している。
非製造業の企業収益が堅調に推移した背景としては (第I-3-15図),①投入コストが円高や原油価格低下によって下落した一方,産出価格は緩やがに上昇したことにより,交易条件が引き続き好転したこと,②個人消費,住宅建設,公共投資,さらには非製造業自身の建設投資等,非製造業の需要を誘発しやすい最終需要が着実に増加したこと,③金利の低下等が営業外収益の改善に寄与したこと,が挙げられよう。一方,製造業の収益悪化の要因については,以下で詳しくみてみよう。
(製造業収益悪化の要因分解)
製造業の売上高経常利益率は,59年をこのところのピークとして2年連続低下した (第I-3-16表)。これを輸出型製造業,非輸出型製造業に分けてみると,輸出型製造業の利益率低下が著しく,高水準となった59年の4.93%がら61年には2.50%へと悪化し,第一次石油危機後の50年以来11年ぶりの低い水準となった。一方,非輸出型製造業では,利益率は58年以降緩やがに上昇を続け,61年には3.66%と輸出型とは対称的に50年以降では高い水準を示している。このように,今回の製造業の収益変動は,全体として減益となった中で,それが各業種の全般的な収益低下という形ではなく,特に輸出に関係の深い業種で顕著にあらわれた。
このような業種間のバラツキの背景を探ることともあわせ,今回の製造業収益動向にみられる特徴を整理してみよう。
(i)在庫評価損益の変動:今回の円高・原油安進展の結果,輸入物価の大幅な下落と国内市況低下から製造業全体で60年下期0.9兆円,61年上期で1.7兆円の評価損が生じたと推定される (第I-3-17図)。こうした在庫評価損による収益悪化は企業会計技術要因によるものであり,物価変動の収束とともに消失する性格をもつが,卸売物価下落局面にあった61年の企業収益は実勢以上に表面上の利益が悪化した。また在庫評価損の発生を抑えようとする企業の在庫投資圧縮行動が生産活動を縮小させる一つの要因となっていることも推定される。在庫評価損は,既に卸売物価の下落テンポが緩やかとなった61年下期には,1.3兆円に縮小しているが,卸売物価は次第に下げ止まりつつあるだけに今後急速に縮小していくと考えられる。
(ii)交易条件の改善:前掲第I-3-16表にみるように,輸出型製造業においては輸出採算の悪化を主因に価格要因が収益率のマイナス要因として作用したものの,輸出売上のウェイトが低く円高等による産出価格低下の影響が小さい非輸出型製造業では,投入価格低下の効果が大きく,こうした価格要因が収益上昇の主因となった。このような交易条件改善効果の違いが業種別収益のバラツキをもたらした大きな要因である。
(iii)固定費負担の増大:また売上高の低迷が顕著であったために,人件費,減価償却費等の固定費部分の負担割合が増大した。製造業の売上高人件費比率は,ここ数年一人当たり人件費の上昇を労働生産性の上昇によって吸収し,安定的に推移してきたが,61年は産出価格が低下し,また生産性の低下も人件費比率の上昇をもたらしたため,売上高人件費比率は14.8%と50年以降最高の水準となった(第I-3-18図)。また,減価償却費の増加が売上高の伸び悩みと重なって収益率の低下要因となった。物価上昇率の高かった50年代の前半において償却不足が問題とされた時があったが,最近の投資デフレーターの下落に伴い,資本設備を更新するに際しての価格が以前に比べて安くなる結果,当時とは逆に過剰償却が生じていることに注目する必要がある。これは収益面においてはもちろんマイナス要因となるが,企業のキャッシュフローの面では,名目でみた設備投資が実質ベース以上に減少していることと共に,資金不足幅の縮小をもたらし,第II部第3章に述べるような企業金融の余裕をもたらす一因となっている。
(iv)営業外収益の好転:上述したような事情を反映した企業の資金不足幅の縮小に加え,金利の低下,金融資産運用・資金調達の効率化によって製造業の金融収支はこのところ傾向的に改善しており,これが営業収益の悪化を補う効果をもたらした(第I-3-19図)。
(改善の動きがみられる企業収益)
62年に入ってからの当面の企業収益の動向をみてみると,非製造業では,電力の伸びがやや鈍くなっているものの,業況判断が引き続きプラスを維持しているほか,収益率の水準も過去と比較して高いレベルが続くなど,全休としても引き続き堅調な動きを示している。また,製造業では,円レートの変動による影響を強く受ける輸出型製造業等で先行きに不透明感が残るものの,内需型製造業では着実な増加を示しており,全体としても収益率は依然低いものの,持ち直しの動きがみられる。
61年の企業収益が全体として減益となった中で,企業倒産は落ち着いた動きで推移した。61年度の企業倒産件数を全国銀行協会連合会調べによる銀行取引停止処分者件数(資本金100万円以上法人)でみると,高水準となった59年度の16,486件の後,60年度15,082件(前年度比8.5%減),61年度は12,699件(同15.8%減)と2年連続して前年度の水準を下回った(第I-3-20図)。なお,負債金額は,60年度1兆9,000億円(前年度比2.0%減)の後,61年度は1兆9,663億円(同3.5%増)となった。
急激な円高の進展にもかかわらず,企業倒産件数が落ち着いた動きを示した背景には,①金融の緩和が進展し,また資産価格の上昇もあって企業の資金繰りに余裕があったことから,資金逼迫により倒産に陥るケースが少なくなってきたこと,②また,業種別には製造業において円高等の影響を受けた倒産が相当数発生している (注)ものの,倒産件数に大きなウェイトを占める建設,卸小売,不動産等の非製造業の収益が全般に堅調に推移し,その倒産件数も前年度比で大きく減少したこと,などの要因があるものと考えられる。