昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-
第3章 製造業を中心とする調整過程
最近の在庫投資動向を国民経済計算がらみると(第I-3-5図),58年初をボトムに景気の回復,拡大を反映しで前期比増加傾向を続けたが,鉱工業生産が一進一退に転じた60年前半頃から投資は前期比減少を示し,61年4~6月までその傾向が続いた。その後,61年7~9月がら10月~12月にがけては小幅ながら再び増加し,62年1~3月にがなり減少をみている。このように最近の在庫循環には,60年1~3月をピークとする大きな山と,61年10~12月をピークとする小さな山の二つの循環が読みとれるが,この原因を形態別在庫投資動向によってみてみると,58年初からの在庫積増しは流通在庫と製品在庫によってもたらされたことがわかる。この間原材料在庫については,積増し初期においては最終財メーカーにより,その後は生産財メーカーによって増加したが,全体への寄与は必ずしも大きくはながった。一方,60年4~6月以降の在庫投資減少局面においては,流通在庫の影響が一部あったものの,基本的にはメーカー製品在庫の調整が生じていたことが大きく,生産財メーカーの原材料在庫の圧縮も多少響いた。61年度後半の動きについては,メーカーの製品在庫調整が引き続き進展していた中で,流通在庫が高止まりその調整が62年に入って生じたことによって規定されたことがわかる。このように,最近の在庫投資循環にみられる大きな山は基本的にはメーカーの製品在庫の積上げとその調整によりもたらされており,小さな山は流通段階でやや遅れて調整が生じたことに影響されていると言えよう。
(在庫調整の現段階)
問題は,現在各段階の在庫調整がどの程度進捗したかという点であるが,以下では各段階ごとに現局面の位置づけをしてみよう。
まず,製品在庫について鉱工業生産統計によりその循環の様子を,出荷と在庫の関係としてみてみると (第I-3-6図),鉱工業全体では,58年半ばに在庫調整が完了(循環曲線が右方に展開)し,出荷の伸びが高まる下で59年半ばまで在庫積増しが続いた(曲線の右上方への移動)。その後出荷の伸びが徐々に低下する下で在庫は次第に積上がり気味に増加(曲線の右下方への動き)した。60年1~3月を境に,増加した在庫の調整がはじまり(曲線の左方への移行),これが61年中継続したが,62年に入ると調整はかなり進展したことがわかる。これを最終需要財,生産財に分けてみても円環の振幅には差はあるものの,鉱工業全体からみてもほぼ同様の循環と現在位置を示している。このように製品在庫についてみる限り繊維,精密機械など在庫率が未だに高止まっている業種もごく一部にみられるものの,全体としては調整はかなり進展しており,また,日銀短観の製商品在庫判断D.I.をみても,最近では直近で最も低かった59年当時に近い水準まで低下をみている。
次に原材料在庫について,同じように原材料消費と在庫の関係としてみてみると (前掲第I-3-6図),61年末から在庫にはやや反転する動きもみられるが,これは原油価格の変動に伴って石油精製メーカーの原油購入姿勢が短期的に振れたことによるものであり,これまで消費量の割に在庫がほとんど増加してきていないこと(在庫率が傾向的に低下してきていること),今回の局面でも在庫の振幅が製品在庫に比べ小さい(円環の横幅が狭い)ことなどからみて問題とするほどの在庫調整圧力はないと言える。
流通在庫については,前掲第1-3-5図の流通在庫投資をみると,在庫投資のピークは59年10~12月で,その後3四半期は減少傾向にあったが,これは製品在庫投資の減少に見合う調整が始まった時期に当たろう。しかし円高が急激に進行した60年10~12月に再び増加し,投資自体がその後高止まり,62年1~3月に大きく減少している。60年末からの在庫投資変動は①円高に伴い製品価格が大幅な下落傾向に転じるとともに末端の需要も伸び悩み気味であったため,ユーザーの買い控えが生じ,在庫が再び後ろ向きに積み上がり,それが断続的な円高傾向の下でなかなか調整が進まなかったこと,一方で②需要増を目論んで輸入品の在庫が61年中積み上げられたことによるものと推測される。①については日銀短観の流通在庫判断が61年中製品判断に比べ高かったことによって,また②については,販売業者在庫統計で61年中流通在庫が大きく増加したものと輸入品が多く流入した商品とが符合していることによってある程度推し測ることができよう。こうした流通在庫の調整のうち②については62年1~3月でかなりの進展をみたということができる。このような状況下で,例えば,それまで一貫して増加してきた製品類の輸入が62年1~3月に増勢一服となった後,4~5月にはそれらの輸入が再び増加に転じていること等の動きがみられる。他方,①については,62年1~3月である程度低下したものとみられるが,3月中旬からの一層の円高進行によりその調整が尾を引いている可能性もある。
以上3段階の在庫調整の動き等を総合し,マクロベースの在庫率によって全体としての在庫調整局面を再度評価するために,GNPベース実質最終需要と同実質在庫残高の伸びを両軸にとってその関係をみると (第I-3-7図),62年1~3月期には需要の伸びが高まるなかで在庫残高の伸びは引続き低下していることがわかる。現在輸出がやや減少気味であるものの,国内需要は引続き増加しており,今後,「緊急経済対策」の効果があらわれてくることを考慮すると,在庫調整は最終段階に入っているとみることができよう。
もちろん,今後の円相場や需要の動き方によっては流通在庫の動きを起点として,それが川上に及ぶことも考えられないではないが,需要が緩やかに増加していけば現在,製品,原材料段階での在庫率,在庫判断D.I.はかっての調整一巡期を下回っているほか,流通段階でもそれほど高いものではないので,生産にとっての足かせはかなりはずれてきていると言えるとともに,流通段階での輸入品積上りは調整されたとみられることから,その限りで輸入増勢の抑制要因はなくなりつつあると言えよう。
(今回の投資循環にみられる3つの留意点)
最近の民間企業設備投資の動きを国民経済計算からみると,57年末頃をボトムにその伸びが高まってきたが,60年7~9月期頃を転期として伸びは低下し,61年度中は低い伸び率が続いた。今回の投資循環をみた場合,以下の3つが特徴ないし留意点として指摘できよう(第I-3-8図)。
第1は投資の振幅の問題である。50年代以降我が国の投資には51年,53~54年,58年~59年の3回の山があったが,今回の山は前2回に比べ高く,また伸び率が低下する局面での落差も大きいことが読みとれる。既にGNPに対する設備投資の比率は60年度平均で18.3%と高度成長期40年代のピーク(45年度平均18.8%)に近い水準へと高まっていたことからGNP変動に対する寄与率も50年代にはみられなかったような大きなものとなった (第I-3-9図)。実質GNP成長率が57年度の3.2%から60年度の5.1%へ,更に61年度の2.6%へと比較的大幅に振れた背景には輸出の大幅な変動とともに,こうした設備投資の変化が無視しえない役割を果たしていた。
第2は投資反転のタイミングの問題である。今回の投資循環の局面において急激な円高の進展が下方転換への引金となったと考えられがちであるが,実際には,57年末頃をボトムに加速してきた設備投資の伸びは,大幅な円高が進行する半年以上前の60年1~3月期から既に減速過程に入ってきていたことである。もちろん,円高の急激な進行が製造業での投資減少の谷を深くしたことは否めないが,円高がストック調整の契機となったということではなく,ストック調整の局面の中で円高が追加的に生じ,これを加速したという点は見逃すべきではない。
第3は投資主体間のバラツキの問題である。前記の投資振幅の大きさや投資変動のターニングポイントを規定したのは,過去と同様,製造業での増加とその反転の動きであったということができる (前掲第I-3-8図)。ただし,製造業でのストック調整が前回に比べかなり急激だったにも拘らず,全体としての設備投資が四半期別にみても減少しなかった背景には,非製造業での設備投資が50年代後半に比べてかなり高い伸びを比較的長い間続けていることが大きく寄与したことは注目すべき点である。この結果,設備投資にみられる製造業と非製造業との好不調が60年から61年にかけてかなり明確なものになったほか,設備投資全体に占める非製造業のウェイトが61年で65.7%(民間企業ベース)と電力の投資が集中的に行なわれた53,54年以来の高さに達した。
こうした設備投資にみられる3つの特徴をもたらした背景につき検討するため,まず第1に投資の振幅の大きさとそのターニングポイントを大きく規定した製造業の投資活動について分析したあと,第2に堅調な増加を続けてきた非製造業投資の内容についてまとめを行い,最後にそれらを踏まえて当面の投資動向につき整理してみよう。
(減少した製造業設備投資とそのストック調整の現局面)
設備投資がどのような要因に左右されるかについては,多様な面があろうが,いま全産業ベースでの設備投資関数を内・外需と資本コストを組合わせた形で計測し,それぞれの寄与度に分解してみた (第1-3-10図)。これによると,50年代前半までは資本コストの変動が大きいことから設備投資に対してある程度の加速,減速効果を持ったことが示されており,最近では資本コストの低下が設備投資の下支え要因となっているが,その変動は相対的に緩やがである。また,内需も近年は安定的に拡大しており,大幅な変動要因とはなっていない。他方,外需は58,59年の拡大から60,61年の減少へと大きく変動しており,これが既述のような近時の投資変動を規定した大きな要因であったことがわかる。
このように需要変動が投資変動の主因となっていることは,製造業の投資について考えればそれが設備稼働率と深い関係をもっていることを意味する。事実第I-3-11図にみるとおり,両者は極めてパラレルな動きを示しており,稼働率が最も高い時,概ね投資の伸びがピークとなり,稼働率の低下とともに投資の伸びは順次減速し,稼働率がボトムになるとほぼ同時に投資は減速過程から次第に伸びを高める方向に転じている。もちろん,このような稼働率と設備投資との関係をもって物理的設備資本過不足のみが投資変動を決定していると即断することは難しい。製造業の売上高経常利益率と稼働率とはかなり強い相関を持っており,稼働率変動が投資と結びつく背景としては,こうした企業収益を通じ企業家の心理的側面が目に見えない形で影響を与えているとみておく必要があろう。
さて,これらの点を踏まえて,何故今回の投資循環では製造業の設備投資の振幅が大きかったのか,また,何故そのターニングポイントが急激な円高よりかなり前に生じたのかについて考えてみよう。
前掲I-3-11図は稼働率の変動要因を見たものであるが,稼働率の前期比が57年10~12月期から58年10~12月期にピークをつけるまでの間では既往設備投資水準が低かったこと等により生産能力の伸びが概して低い一方で,生産が高い増加率を示し,これらが専ら稼働率引上げ要因となった。59年央から生産の伸びが徐々に鈍くなる一方で,高い投資水準等を反映して生産能力の伸びが目立って高まり,これが稼働率を低下させる主因となったことがわがる。その後,生産能力の伸びは設備投資の抑制を反映して61年に入って次第に低下し,最近ではゼロ近傍に近づきつつあり,生産が停滞傾向で推移する中でも稼働率が下げ止まる要因となっている。既に生産の変動については前節で詳しくみたところであり,ここでは供給サイドのストック調整を中心に更に詳しく立入ってその循環の過程をみてみよう。
第I-3-12図は設備投資の伸びが,既往投資規模の変化につれて循環する様子を今回と前回の投資循環について示したものである。循環の過程を図に沿ってみると,景気がボトムから回復に向かう局面では投資水準(I/K)が低く,そのために生産能力の伸びが低位に止まるため稼働率(ρ)は緩やかに回復し,投資も持ち直す局面(①)を迎える。投資が回復するものの,投資水準はまだ相対的に低いため,稼働率は上昇を続け投資は盛上がりをみせる(②)。こうした投資の拡大はストックに比べた投資水準を高めることによって生産能力を大きく上昇させ,稼働率は頭打ちに転じ,そうした資本ストックの過剰感から投資も次第に減速過程に入る(③)。投資の伸びは低下するものの投資水準自体はまだ高く,十分に調整が進まないことから能力の伸びの上昇が暫く続き,稼働率が下げ止まるまで投資の調整が行われる(④)わけである。こうした循環からみると59年央からストック調整の圧力がかなり高まったこと,そしてそれが61年に入りかなり調整が進展してきていることがわかる。
このようなストック調整の動きは,輸出関連業種で特徴的に生じた。製造業を素材型と加工型および内需型と外需型で4つに分類してその動向をみると(第I-3-13図),投資変動に対する電気機械,一般機械,輸送用機械から成る加工・外需型産業の寄与度が圧倒的に犬きく,特に電気機械が半導体を中心に大幅な振幅を示したことが明確になる。これは58~59年にかけての設備投資ラッシュを想起すれば首肯し得るところであろう。電気機械産業の製造業全体に対する寄与度を計算すると58年2.0(製造業伸び率1.6%),59年10.6(同16.9%),60年1.3(同15.1%),61年Δ4.8(同Δ4.1%)(法人企業新設投資額,進捗ベース)となっており,高い寄与が示されている。また,一般機械も電気機械とほぼ同様のパターンを辿った。これに対し,輸送用機械では,投資の減速はこれら業種より遅れ,円高の影響の方が大きかったようにみえる。また素材・外需型の鉄鋼・非鉄金属も低調に推移した。一方,内需型の産業がその寄与は小さいものの,食品,紙・パルプ,繊維などを中心に比較的ステデイな増加を示しており,既にみたとおり外需を除く投資環境が良好なことを反映しているものとみられる。
以上のような分析から今回の投資変動のターニングポイントについては,①60年1~3月期頃から輸出の足取りが鈍り,その下で在庫調整が生じつつあったこと,特に電気機械ではこの頃半導休のBBレシオが大きく低下するなど需給の緩和が生じたこと。②一方,それまでの投資増加により能力の伸びが既にかなり高くなっていたことから,60年入り後次第にストック調整圧力が強まったこと,がその背景として整理できよう。また今回の投資振幅の大きさについては,①輸出が短い期間で大きく変動し,それが資本集約型の半導体関連投資を中心とする投資変動をもたらしたこと,②調整局面では特に急激な円高がその谷を深くしたこと,が指摘できる。後者についてその程度を測ることは難しいが,例えば稼働率指数の水準が前回ボトム時(57年10~12月期)に比べて高い一方で,投資は大企業を含めて前回を上回る減少を示していることにも表われているように,円高の先行き等に対する不透明感に伴う企業の投資マインドの後退が,従来の調整局面よりも強く投資活動を抑制させたことをうかがわせる。
(非製造業の投資動向)
非製造業の設備投資は,直接的には内需関連業種が主体であることや金融の緩和等もあり総じて底固い動きを示している。これを法人企業動向調査等により業種別にみると,61年度実績見込みで非製造業全体の伸びは前年度比8.0%となっている。このうち,リースは14.8%増となり,その寄与度は電力を上回った。リースは59年までの動きに比べ,60年に入り製造業向けリースに鈍化がみられ全体の伸び・寄与度とも低下したものの,非製造業向けについては情報関連機器を中心に堅調に推移している。電力は,政府の内需拡大要請に対応して非電源部門の投資積増しを行ったことから同15.4%の大幅増となった。その他,第3次オンライン化を進める金融が同17.9%増,輸送力増強投資を中心とする私鉄や新鋭機導入並びに地上施設の増強等による航空などから運輸・通信が同6.0%増,首都圏賃貸ビル関連,公共事業関連,インテリジェントビル等を中心に建設が同12.9%増,このほか卸小売業も同6.8%増となるなど比較的高い伸びを示す業種が多い。
(当面の投資環境と投資動向)
当面の投資環境をみると,資本コストは長期金利の低下を主因に最近低下しており,企業の資金繰り感も総じてゆとりがある。また次節でみるように企業の収益や業況判断をみると,非製造業で堅調な動きを続けており,製造業では収益水準は依然低いものの持直しの動きがみられる。さらに研究開発投資や更新・合理化投資については根強いものがあり,非製造業の投資も電力を除いた殆んどの業種で堅調に増加する計画となっている。これに加えて,製造業投資変動の重要な要因の1つである稼働率も特に設備投資抑制に伴い,61年10~12月期をボトムに下げ止まりとなっており,調整圧力はピークを越えたと見ることが可能である。このように,当面の投資を左右する条件は投資の回復を促すものが多い。但し第II部第3章で詳しくみるように,企業の中期的な成長率見通しが製造業を中心にかつてないレベルへと低下してきていることに配慮する必要があること,また当面の生産動向が横這い圏内に止まることも考えられるため,こうした需要サイドからかつてのような投資の急速な立ち上がりを想定することは難しい面が有ることも否定し得ない。従って当面は,非製造業では底固く推移し,製造業については減少幅が縮小していくものとみられる。