第二部 各論 九 労働 2 労働条件


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(一)労働事情

 二七年は占領からの解放第一年目として労使にとつては極めて重要なる年であつた。しかし、レツド・バージによつて一時沈滞を見せた労働運動も組織再整備と動乱による物価、利潤の上昇に対する賃上攻勢として活溌化し、二七年に入り景気が停滞し、占領行政から解放されるとともに労使の対立は前年よりも一層深刻化した。

 まず二七年春の「総評賃金鋼領案」は労使の対立を深めた基礎となり、つづいて破防法の成立および労働法規改正を阻止しようとしたいわゆる「労斗スト」は延二七〇万人に及ぶ抗議ストとなつた。

 しかし、労使の対立を深刻ならしめたのは秋の電産と炭労を繞る賃金斗争である。この争議によつて労使は今後の賃金の方向を決定しようとしたため、力による斗争が継続され電産九〇日、炭労七六日に及ぶ長期ストとなり直接間接の労働損失延人員は約一一七〇万人となり労使ともすくなからざる損失を蒙つた。

 さらに二八年に入つてからは労使の態度はやや慎重となり大争議の発展にまでは至らないが景気停滞にともない経営者側の力は相対的に強化される方向にあり、人員整理が行われる場合には再び深刻なる争議の発展の惧れなしとしない。

 しかしながら、わが国経済が特需依存より輸出貿易中心の真の自立経済を達成するためにはまず第一に労使関係の安定が要望される。このために労資間の理解をさらに深めることが前提であり、当面の問題である最低賃金制の確立、社会保障制度の拡充等に労資が真の協力態勢をつくつていくことが必要であろう。

第六六表 製造業月間労働時間の推移

(二)労働時間

 昭和二七年の労働時間は石炭、電気等のように大きなストがあつた産業を除くと前年と殆んど変化がなく動乱以降に急増した労働時間は二七年もまた持越された。すなわち「毎月勤労統計」による製造業の二七年の月間実労働時間数は一九二・七時間となり前年の一九二・九時間と変化がなく動乱前の二四年に比較すると四三%の増加となる。

 これを規模別にみると小規模ほど多く増加し、前年に比較するとその較差はやや拡大している。これは鉄鋼、綿紡、化学等の大規模企業の操短と、内需に関連の強い食料品、印刷、家具建具等の小規模産業の活況による労働時間の延長によるものと考えられ、統計に現われない三〇人以下の零細企業における労働時間はさらに増加していると推察される。

 因みにに各国の労働時間を比較してみると戦前のわが国は圧倒的に長時間であつたが戦後は各国ともかなり接近し、最高の日本と最低の米国とはほぼ二割程度の差にまで縮少している。(附表六九参照)

(三)賃金

(1)賃金の上昇

 「毎月勤労統計」による昭和二七年年間の名目賃金は産業総数で二〇・六%、製造業で一七・七%上昇した。

二七年の賃金がこのように上昇したのは前年秋の大巾な引上げによつて動乱以降の物価に対する遅れを回復した賃金水準が翌年に持越され、二七年に入つてからもほぼ一割前後の引上げが行われたことと、公務員、公社職員等もベース・アツプにより一般賃金水準への遅れをかなり取戻したことなどによる。

 このような賃上げの可能ならしめたものとしては動乱以降、急激に上昇した工業の労働生産性に対し実質賃金の上昇がかなり遅れていたこと、企業利潤も減少したとは言え動乱前に比較するとなおかなり大きいこと、ならびに統一的な賃上げ労働攻勢が行われたことなどが考えられる。

第六七表 産業別名目賃金上昇率

 いわば、景気の上昇期には賃金の上昇は物価、利潤に遅れ、下降期には賃金の上昇もしくは物価の下落によつて実質賃金が上昇するという景気循環における一般的傾向が、二七年にもあらわれたものといえよう。

 すなわち、動乱初期の二六年前半までは工業名目賃金は労働生産性の上昇よりもかなり遅れ、実質賃金はさらに遅れていた。しかし二六年の後半の賃上げによつて名目賃金は労働生産性の水準に達し、二七年に入ると前半はやや遅れ後半はかなりこれを上回り、年間としては若干労働生産性を超えて上昇した。これに対し消費者物価は二六年の後半以降はほぼ横這いを続けたので実質賃金は二六年後半において大巾に上昇し労働生産性に対する遅れを取戻し、二七年においてはさらにこれを縮少した。

第86図 労働生産性と賃金の動き

 一方鉱業賃金は労働生産性の上昇の低さにより名目賃金は常に労働生産性を上回つて上昇し、二六年後半よりこの幅はさらに拡大した。実質賃金の上昇は二六年小前半の遅れと二七年後半のストの影響を除くとほぼ労働生産性と並行的に上昇した。

第87図 戦前基準労働生産性と税込実質賃金(28年年間)

 動乱後の労働生産性との比較においては工業賃金に比して鉱業賃金は有利になつているが戦前との比較でみても、工業の実質賃金は労働生産性を若干下回つているが、鉱業の石炭は労働生産性を大巾に超えて上昇しているという同じ傾向がうかがわれる。これは戦前における石炭賃金が低かつたことと労働生産性回復が非常におくれていることに原因している。

 かくて二七年の実質賃金は「毎月勤労統計」の調査産業総数では税込で一五%、税引で一七%の向上をみた。税引後の実質賃金の向上が大きかつたのは勤労所得税の減税のためで、この減税は前年においても約二%程度実質賃金の向上を助けたが二七年では約三%近くの好影響を与えている。

第六八表 実質賃金対前年上昇率

 このように実質賃金の向上は二七年における都市消費水準上昇の主たる原因をなし、同時に消費財に対する有効需要として生活物資生産の上昇を助け景気を支えた大きな要因をなした。

(2)賃金の傾向

 一般的な賃金上昇の中にも産業別にみると、かなりの差を生じている。「毎月勤労統計」による二七年の産業別賃金は運輸通信その他の公益事業と鉱業が最も高く上昇し、製造業や金融保険、卸売小売はいずれも上昇率が低かつた。とくに卸売小売は繊維品の下落や輸出不振等に原因する貿易商社の経営悪化などが影響して前年よりも僅か三%しか上昇しなかつた。しかしこのような産業別賃金上昇率の較差はむしろ動乱後の調整過程とみるべきであろう。

第六九表 産業別賃金較差の推移

第88図 戦前、戦後産業別賃金較差金(製造業労務者)

 すなわち動乱を境とする二四年から二五年にかけては金融業が最も高く上昇し、二五年後半から二六年にかけての動乱景気の好調期には卸売小売が最高で製造業がこれに次ぎ景気が停滞し始めた二六年末から二七年にかけては鉱業と公益事業および公務員の給与が上昇している。

 製造業の中分類においてもこの傾向は同様であり各産業の盛衰に応じた変動をしている。二七年に上昇したのは財政投資および特需等に支えられた電気機械、輸送用設備、精密機械等の機械工業と消費需要に支えられた印刷、食料品等であり、動乱景気の好調期に上昇した金属、化学、紡織等はいずれも停滞した。

 短絡的にみればこのように産業別の賃金較差の変動がみられるが二七年における製造業中分類労務者の賃金較差を戦前と比較してみると、製材木製品がかえつて拡大しているほかはいずれも格差は縮少し戦前最高の金属工業に対する最低の紡織業二八%は二七年には四四%にまで縮少している。

 しかし、わが国の賃金格差を米、英諸国のそれに比較すると、英国は最高の金属に対し最低の衣服見廻品が五四%、米国は最高の印刷に対し、最低の衣服見廻品が五六%でわが国よりは遙に少い。このような差があるのはその産業の発展の度合にもよるがわが国では男子に比し女子賃金が非常に低いことに基因しており、それでも製造業労務者戦前の女子賃金は男子の約三二%であつたものが、戦後は労働基準法の実施、労働組合の組織化等により二七年には四三%に縮少している。

第89図 製造業労務者男女賃金較差

第七〇表 製造業規模別賃金較差

 一方動乱以降拡大傾向にあつた規模別賃金格差は二七年もその方向は変らなかつたが、後半よりやや緩和されて二八年に入ると若干縮少を示した。しかし年間としては中規模(一〇〇―四九九人)の較差は前年に変らず小規模(三〇―九九人)の格差は拡大した。三〇人以下の極小規模の格差拡大もやや緩和気味にある。これは鉄鋼、綿紡、化学等の大企業の停滞と生活物資産業である中小企業のやや好調が影響しているものと考えられるが中小企業の労働強化を考えると時間賃金ではさらに較差は拡大していよう。

 さらに賃金形態をみると生産性に応じた能率的給与を増加させようという動きも強い。二七年の賃金は前年と同様に臨時給与の割合が産業総数で約一六%を示めたが、これは主としてボーナス的給与の増加によるものであり、基本給部分特に職能給割合の増加傾向と相俟つて、同一企業内における労務者、職員の開きを拡大せしめている。すなわち、二七年の「毎月勤労統計」の生産労働者対管理事務技術者の較差は六二・四%であるがこれは二四年当時の七二・七%に比較するとかなり開いている。

 前述のような産業別、規模別賃金格差の縮少傾向は臨時工などの賃金にみることができない。すなわち当庁調査課の「雇用形態別労働条件調」による臨時工、日雇、社外工の賃金は平均年令は常用工と余り変化がないのに賃金の開きはかなり大きく二八年に入るとさらに開いている。これは臨時工等が極めて不安定雇用であるとともに労組の組織が殆んどない事等も影響していよう。;

第七一表 常用、臨時、日雇、社外工の賃金較差

(3)コストと労賃

 国際競争の変化によるわが国の国際物価割高の原因としてコスト高が当面問題となつているが、コストの中に占める労賃、あるいは、労働生産性と賃金との関係は、動乱前および戦前に比べてあるいは国際比較においてどのようであろうか。

 二七年の工業労働生産は、七・五%、鉱業のそれは一・八%しか上昇しなかつた。これは前年の工業で三三・六%、鉱業で一八・九%という上昇率に比べると大巾の低下である。このように労働生産性の向上が停滞したのは鉱業は石炭ストが影響しているが、工業は景気停滞による生産の頭打ちが原因している。一方賃金は前述したように相当上昇したので鉱工業ともたしかに単位当労賃は前年よりも増加した。

 しかし、動乱前を基準とする二七年の工業名目賃金と労働生産性はほぼ並行的に上昇しているので第九〇図にみる如く工業生産物価単位当労賃は動乱前とほとんど変つていない。これに対し、鉱業のそれは名目賃金の上昇が労働生産性よりも遙かに上昇しているので二七年の生産物単価当労賃は動乱前に対し約三四%程度上昇したことになるしかし、一方卸売物価は動乱前に対し約五割上昇しているので製品価格中に占める労務費の割合は工業においてはかなり、鉱業においても若干動乱前よりも縮少しているといえよう。

第90図 鉱工業生産物単位当り労賃

 さらに戦前との関係でみても工業労働生産性は戦前基準一〇九%であるのに対し、工業実賃金はこれよりも若干低く一〇二%であり、工業生産物単位当賃金は二七年で約二五五倍前後に上昇しているのに対し、卸売物価は約三五〇倍に上昇しているので製品価格中に占める労賃の割合は戦前よりも縮少している。したがつて工業における労賃は動乱前に対しても戦前に対してもコスト高の主因であるとは必ずしも言い得ないであろう。

 ただ石炭においては若干異り、二七年における石炭の単位当労賃は戦前のほぼ五三〇倍前後に上昇しているのに対し、石炭価格は戦前の約四五〇倍であるから単位価格中に占める労賃の割合は戦前よりも増加している。

 さらに幾多の問題点はあるが一応わが国の戦前基準工業実質賃金と労働生産性を各国のそれと比較してみると各国とも実質賃金が労働生産性をやや上回る状況で、戦争によるわが国経済の立遅れによつて戦後労働生産性の差は一層その開きを大きくしているが実質賃金も又その差を拡大しているということができる。

第91図 主要国戦前基準工業労働生産性と実質賃金

 すなわち、一九五一年の戦前基準労働生産性は米国が最高の一三五に上昇し、ついでスエーデン、英国、カナダ等が二〇―三〇%前後の上昇をみている。これに対しわが国はほぼ戦前水準に達した程度である。一方実質賃金は米国、スエーデン、英国、カナダ等が三割から六割に近い上昇をみているのに対して、我が国は戦前水準に回復していない。しかし、わが国は一九五二年には労働生産性は戦前の一〇九となり実質賃金もまた戦前を突破して一〇二となつた。このようにわが国の賃金の相対的遅れは明白であるが、国際競争力の観点からは実質賃金よりも為替レートで換算した単位生産物当りの賃金が主要な問題である。

次図に示すように我が国の為替レートによる工業賃金の戦前基準上昇率は米国、カナダにつぎスエーデンとほぼ同じ上昇率にある。

第92図 主要国戦前基準名目賃金(為替レート、米ドル換算)と労働生産性

 これに対し労働生産性の上昇はこれ等の各国よりも低いので単位当り労賃の上昇は最も高い水準となる。

 しかし前述したようにわが国の工業実質賃金の上昇はむしろ労働生産性よりも遅れている事実よりみれば為替レートによる単位当り労賃の上昇は労務費の相対的拡大によるものではない。

 とくに英国、西独、オランダ等の欧州各国の名目賃金の上昇率が低いのは一九四九年における為替切下げが大きく影響している。

 一九五一年におけるわが国の対米為替レートは戦前の約一〇〇分の一であるが、C・P・Iの上昇は米国の約一二五倍であるから戦前を基準とした実質賃金が労働生産性と並行的に上昇すれば、為替レートによるわが国の労賃が相対的に上昇するのは当然の帰結といわなければならない。

 以上は工業賃金の戦前、戦後の推移からみた比較であるが、代表的な産業の石炭、鉄鋼、綿紡について、主要国の労働生産性と賃金および単位当り労賃にみると次のことがいえる。

 石炭の労働生産性は戦前ほぼフランスと同水準で米国の約二割程度であつたが戦後は逆転し、印度を除く最低となり米国の約一割程度に低下した。一方戦前の石炭賃金は米国の一五%程度であつたため、屯当りの労賃はポーランドを除くと最低であり、米国の約八割前後であつたが、戦後賃金は戦前の低さを取りかえし為替レートの影響も加わり米国の賃金の二割にまで上昇したので、屯当り労賃はベルギー、フランス、英国を除くいずれの各国よりも高く米国二二・〇倍以上に上昇して国際競争力は戦前よりもかなり弱化した。

第七二表 石炭の生産性と賃金

 これに対し、鉄鋼は鋼塊の労働生産性と賃金についてみると労働生産性は米国の二七%、英国の五六%程度であるが、賃金はこれよりも低いので屯当り労賃は米国よりもかなり低く英国よりも若干低い。

第七三表 鉄鋼・鋼塊生産性と賃金

 一方綿紡績の労働生産性は戦前においても米国の約五割、英国の約七割程度であつたが、賃金は遙かに低かつたので単位当り労賃も米国の一五%、英国の二四%という低さであつた。戦後は米国との労働生産性の開きは拡大したが、英は逆に凌駕し、賃金は上昇してその較差は若干縮少したが、単位当り労賃はなお相当の開きがみられる。

 このように鉄鋼、綿紡等における単位当り労賃は国際的に低位にあるが戦前からみるとその開きを縮少している。

第七四表 綿紡績労働生産性と賃金

 戦前主要原料をほとんど海外に依存して原料割高の不利を低労賃によつてカバーしていたものは、その有利の度合が減少し、さらに輸入原料の割高が増大するとともに基礎原料たる石炭では国際的にも不利な状態になつていることがわが国の国際経済競争力悪化の条件と考えられよう。

 しかしあくまでもそれは戦前の労働生産性と低賃金を基準にしての話であつて、各国の工業週賃金を相互に比較してみると、わが国の賃金は決して好転しているわけではない。賃金の国際的比較には幾多の問題点があり、大体の地位を示す程度にすぎないのであるが各国公定為替レートによると戦前のわが国の賃金水準は米国の約八分の一、西独、英国の五分の一、イタリヤの四割程度であつたが、戦後の一九五一年においては、米国、カナダに対してはその較差はさらに拡大したが、欧州各国の大巾な為替切下げの結果、西独、デンマーク、英国、オランダ、イタリー等の諸国に対しては大巾に格差を縮少した。

 しかも戦前の為替レートによる賃金格差に対しその後の実質賃金の変化を乗ずるという方法で比較してみると戦前よりもその較差は拡大する。

第七五表 主要国工業賃金の比較(週賃金)

 しかし、公定為替レートによる換算賃金比較は公定レートが各国の実質的な賃金購買力を表現し得ないということから賃金水準を正しく比較したことにならない。I・L・O作成による米国マーケツト、バスケツト(日本はこれにリンク)の食糧物価水準によつて各国賃金を換算してみると賃金の較差はかなり近接する。これは我が国の食糧物価が英国、スエーデン、オランダ等とともに、米、カナダ、西独等よりも低いことによるものである。しかしこれとても実質賃金の高さを正確に表現するものではない。

 かかる国際比較には、それぞれ多くの問題点を含むものであるが、以上のことから、コスト中に含まれる為替レートによる労賃が上昇したことは輸入原料の割高が増大したこととともに戦前に比較してわが国の国際競争力は悪化していること、しかも労働者の生産水準を規定する実質賃金でみる限り低水準のまま向上していないという事実を指摘し得るであろう。

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