第二部 各論 八 農業(林・水産業) 2 農家所得変動の諸要因
(一)生産水準と生産性
昭和二七年度の農業生産指数は前年度より七%上昇し、九―一一年基準の一〇七となり、戦後の最高水準に達した。これは気候条件にめぐまれた上に、肥料、農機具、薬剤などの生産資材が潤沢かつ良質となり、また進歩した技術の普及があつたことなどによるものと思われる。
生産の内容についてみると、第六九図からも明らかなように食料農産物、工芸作物など耕種部門は前年度より約六%ふえて戦前比一一五となり、畜産も約八%のびて一一七に達し、養蚕は前年比一六%と大巾に上昇したが戦前比ではなお三三の低位にある。単位面積当生産量は米で九%麦類で五%の前年比増加をみ、総生産量では米一〇%、麦類一%の前年比増加をみた。
生産水準の上昇に加えて生産性の向上も見逃すことができない。まず労働の生産性については戦前と最近とをつなぎうる資料がほとんど存在しない。「米生産費調査」によつて調査方法を同じくする一八年から二三年までの推移をみると、反当所要労働日数では二二、三年には戦後の農家人口の増大を反映して一―二割方増加しているのに対し、反当米収量はほとんど変化していないので、石当り所要労働日数はやや増加している。つぎに二四年以降二六年までの動きは反当所要労働はやや減じ、反当収量はやや増加しているため石当り所要労働は減少傾向にあり、終戦直後の低い生産性が漸次向上しつつあるものとみられる。別の資料から對戦前農業就業者一人当り実質農業所得指数をみても二五年一〇二、二六年一〇八、二七年一一四とすでに戦前水準をこえている。(附表六一参照)
(二)農村の物価関係
1 受取価格と支払価格
物価の農家所得への影響は、農家の受取る価格と支払う価格との関係を通じて生ずるものであることはいうまでもない。第七〇図からも明かなように、二四年度基準の受取価格指数および支払価格指数は二五年度以後引続き前者の方が大きく、価格関係は農家に有利に展開している。支払価格指数をその構成要因である農業用品実効価格と家計用実効価格とに分けてみると、二四年度以後家計用品価格の値上りは比較的小さく、二七年度迄に約一五%の上昇をみたに過ぎないが、農業用品価格はこの間に六〇%近くの騰貴をみた。従つて二四年度を基準とする受取価格指数と農用用品価格指数は二六年度以後後者の方が大きくなり、農業経営面に及ぼす価格関係としては不利となつて来たといえる。なお農地改革後においては地主に引渡される現物小作料はほとんど消滅しその分だけ農家の販売量が増加したため価格関係が農家所得に及ぼす影響は戦前に比し大きくなつている点に留意する必要がある。
(2)個別価格間の跛行性
受取価格と支払価格の間の動きについては前項にみたとおりであるが、つぎに個々の品目間の動きについてみよう。
まず二七年度の農業物価格を前年にくらべると、一方では畜産物や蔬菜などのように引つづき下降を示し、いまだ二四年の水準を下回つているものがある反面、米麦のように強い需要のため値上り傾向をみせているものがある。果実は二七年秋には豊作のため値下がりが大きかつたが年平均では前年比一八%の上昇を示し、繭も一三%と大巾な値上がりをみせた。これら上昇グループと下降グループとの間にあつて横ばい傾向をみせたものはいも類および菜種、大豆等油糧作物である。しかし全体として上昇グループの比重が大きいので、農産物価格を総合すると前年比一五%の上昇を示した。このような農産物価格の値上りは、消費財卸売物価が同期間にわずか一%の上昇に止まつたのと顕著な対照をなし二七年の物価動向の中でかなり特異な動きを示している。
つぎに農業生産資材の価格変動をみると、肥料が前年比二二%、飼料が一九%、農機具が一一%、釘、針金等の資材類が三三%それぞれ上昇したのに対し、光熱、薬剤はそれぞれ七%の下落を示し、総合して一五%の上昇となつた。肥料に対しては二七年九月以降安定帯価格を設け、価格変動を一定の巾におさえ、飼料に対しては二八年四月より飼料需給安定法を実施して輸入飼料を政府が一手に買入れ、その価格を安定させる措置が講ぜられた。
家計用品では二六年に比し高熱二三%、雑品一九%、嗜好品四%などの上昇があつたが、反面被服の二七%、魚介の五%の下落があり、家計用品総合で二七年は前年平均とほぼ同水準を保つた。
三 農業所得不均衡をもたらす諸要因
農業所得は階層間に開きがあり、しかも年々それが拡大されていることは前項にみたところであるが、かかる事実が生ずるのは、結局階層間の生産力に優劣の差があるからである。生産力の差を具体的に示すものは、農業経営の成果の諸指標、すなわち純収益、労働報酬などである。これらの指標を農業現金粗収入額によつて分類した階層別にみると、第六一表にみるように反当農業純収益は階層が進むにつれて急上昇を示している。反当家族労働報酬は、上層農家よりも中層以下の農家の方が概して労働集約的経営を行つているので、階層が進むにしたがつて増加する割合は反当純収益の場合のように顕著ではないが、それでも上位階層の農家ほど規則正しく大きくなつている。反当労働日数は中層以下の方が一般的に多いが、瀬戸内の五万未満を例外として最高は一〇―一五万円階層でそれ以下ではかえつて労働日数は減少している。一般に農家では経営面積が狭くなるにつれて単位面積当り投下労働は多くなるのが普通であるが、農業生産規模がある限度以下になると兼業の比重が大きくなり経営面積の狭少にも拘らず農業の労働集約度はむしろ低下する。ここではその境界線が一〇―一五万階層である。以上の結果として家族労働一日当り報酬は当然上層程大きくなつている。かかる経済力の差が生ずる原因の主要なものについて以下にふれてみたい。
まず生産費を構成する要素である物財費と労賃費の割合を階層別にみると、上層に進むほど物財費の割合が大となり、資本構成は高度化している。これはたとえば上層農家ほど動力農機具が普及しているという事実や、二六年産米生産費調査において一、二石未満販売農家の石当りの生産費が五、三千円あるのに対し三五石以上販売農家のそれは三、九千円であつたという事実などに対応するものである。高能率の農機具が導入されうるためには、その性能を十分発揮せしめるだけの経営面積が必要であり、また二四―Dの如き除草剤にしてもそれを効率的に使用しうるだけの潅排水設備や区画整理等の土地条件が整備され、さらに節約された労力をコストの増加分以上に収益化しうる上層農家でなければ効果的に採用しえない実情にある。
つぎに重要なのは米の生産者価格体系である。国ではできるだけ多くの米を適期に確保するためパリテイー指数によつて決定される基本米価のほかに報奨金、奨励金その他特別価格を供出成績に応じて支出している。ところで供出割当率が年々低下しているため、実質的な供出米価の上昇は基本米価の引上げよりもはるかに大きく、基本米価は二六年産米の石当り七、〇三〇円から二七年産米は七、五〇〇円に引上げられたにすぎなかつたが、特別価格を含めた実質的な供出価格は二六年の七、三三六円から二七年には八、三七二円へと大巾に上昇している。従つて経営規模の大きく、供出数量の多い農家ほど割増金の取得率は大きい結果を示している。
また農家総所得に対する租税公課の割合をみると平均一戸当りで二四年度一九%、二五年度一二%、二六年度一〇%、二七年度八%と年々減少を示している。これを階層別にみると、シヤウプ勧告に基づく税制改正の行われた二五年度は各階層とも大幅に軽減されているが、二六年度は前年度に比し所得額五万円未満と五―七万円の低位階層は負担率が高くなつている。それ以上の階層はいずれも低下しているが特に高額所得層ほど負担率の低下がいちじるしい。
つぎに農業金融面における農業手形の利用についてみると、農手制度は農家が主要食糧等の販売代金を見返りとして農協あるいは商人を通じて営農資金をうけるものであるから、それは当然それら農産物の販売額が応じて利用度が大きくなつている。農手利用が全国の約三割をしめる東北について二六年度中の一戸当り平均農手借入額をみると一町未満層二・七千円、二―三町層一二・四千円、五町以上層三〇・七千円と面積の増加以上に借入額は増加しており、総借入金中農手の占める割合は一町未満層一八%、二―三町層三五%、五町以上層七四%と上昇している。
このほか一般的に農家の販売購買過程を通じ経営規模の大きな農家ほど有利な立場にあることは多言を要しないが、これらの諸要因が総合されて前述のように農業所得の形成力に階層間差異を生じているのである。
それではこのような経営間の所得の差により、上層農家はその蓄積資金を経営の拡大に向けているのであろうか。農林省の調査によれば経営農用地面積広狭別農家の構成は、二五年以降二八年二月までの傾向として微弱ながらも三反未満層および三―五搬送の減少、〇・五―一町層および一―一・五町層の増加、一・五町以上層の不変という動きを示している。しかし農林省の資料(二七年度「農業動態調査」)みずから、二七、八年は面積の調査が正確になつたことが規模を相対的に押しあげた原因であると語つている点からも、中規模層の増加はたといあつたとしても、きわめて弱いものであるとみてよかろう。さきにふれた余剰の蓄積形態をみても、生産施設の拡充よりもむしろ流通資産の形で蓄積されている割合が多い。農家一戸当り株式投資額が二七年四―一二月に前年同期の三倍強に当る一、三一四円に達している事実は上の傾向の一面を示すものであろう。かかる動きの原因として農業投資が他産業に比し相対的に不利であることや、人口圧力が零細農家も農業に固着させていることなど種々の点が考えられる。