第二部 各論 六 金融 2 金融の動向
(一)貸出増加の原因
以上の金融諸指標の動きから二七年度経済における金融の動向を検討してみよう。まず銀行貸出と生産あるいは物価の動向の間になぜ開きができたのかという問題を解消しなければならない。かかる開きが基礎財生産部門と海運業や物品販売業のごとき製造業以外の部門に対する異常な貸出増によることはすでにみたが、ここではこのことを念頭におきながら、一般的な運転資金の増加要因を検討してみよう。
この場合まず注意しなければならないことは、銀行貸出の異常な増加のなかにはいわゆる両建預金と見合つて増加する水増し部分がかなり含まれていることである。この両建預金を正確に把握することは困難であるが、いまかりに法人預金増加をすべて広義の両建預金とみなして、実質的な貸出増加額をみると第四七表のごとくである。このような計算がひきおこす誤解をさけるために一言すれば、法人預金の増加を全部両建とみなすのはもちろん過大であるが、ほかに適当な方法がなく、またここでは両建預金の規模そのものを問題としているのではなく、実質的な貸出増加の傾向をみることを目的としたためにかかる計算を行つた。これによると二七年度の実質的な貸出増加額は、表面上の増加よりかなり下回つていることが分る。
このような運転資金増加の実質的要因を一般的な経済情勢と関連させて整理してみると、主なものとして(1)内需増大、(2)救済資金、(3)企業の景気対応措置、(4)輸入増加などをあげることができる。
(1)内需拡大に基因するもの、個人消費の増加は消費財生産の活況をもたらし、同部門に対する増加運転資金が貸出されたが、それに止まらず第二次、第三次の加工段階の生産の増加や、それに伴う流通機構の拡大がみられたので、これに応じて商業資金の貸出も著しい増加を示した。
また同じ消費財でも絹糸布のように輸出を主としていたものは生産こそ若干減少したが、繊維商社が輸出の不振を内需への転換によつておぎなおうとしたため新たな資金需要が生じた。なぜなら輸出の場合は船積後二、三週間で代金受領をみたのに対し、国内取引では手形取引が通例であり、この間の資金繰を銀行の手形割引に依存しなければならなかつたからである。
このように内需転換によつて手形取引が増加するとともに、手形の決済期間も漸次長期化する傾向を示しまた売掛も増加したので、これらの売掛債権を見合とする銀行貸出も増加したのである。このような一方の売掛の増加は他方の買掛の増加となるが、その一部は小売業者の買掛増加となつている。もちろん小売業者の商品が全部買掛だとはいえないが、国民所得計算の結果にみるような個人業主(主として小売業)の在庫が二七年度中にかなり増加したのは、買掛による部分が大きいと思われる。
なおこゝで在庫金融のうちとくに問題となる滞貨融資の消長についてふれておこう。先づ生産企業の在庫状況をみると第四八表にみるように鋼材、綿糸やほかに化繊、ソーダなど製品在庫は概して減少傾向を示しており、たゞ、需要に季節性のある化学肥料や増産見越の鉄鋼原材料や石炭、非鉄金属の在庫が一時かなり増加したことが認められる。
しかしながら、化学肥料については全購連の買上が、鉄鋼原材料については別口外貨貸付の期間延長(一年)の措置がとられたので、滞貨融資が銀行貸出増加の直接的要因となつたのは石炭や非鉄金属のごとく一部の業種にみられたにすぎなかつたということができる。
つぎに商業在庫とくに小売在庫については前述のごとくかなり増加しているが、それが消費水準の上昇に応じて増加していつた限りでは滞貨ということはできない。しかしそれにしてもこれらの中小企業の振出す不渡手形は最近続出しており、また手形期間も長期化の傾向にある点については格別の注意を払う必要があろう。
(2)救済融資。企業経営の赤字発生に基づく貸出を的確に把握することはほとんど不可能に近い。それは、赤字自体が在庫の評価、固定資産の償却、不良債権の処理の如何によつて種々の形で隠蔽することができるし、これを判定することもなかなか容易ではない。また市中銀行側でも自己の債権保全のために、赤字融資の表面化することをつとめて避けようとするからである。しかしすでに表面化した救済融資として、大阪の繊維商社について昨春来生じた整理融資は約一〇〇億円見当とされ、その後一部には急速な回復をみたものもあるが二七年末から今春にかけて第二次の整理融資が行われた。
また海運業は市況の悪化により設備資金の元本はもとより、金利支払について当初の返済計画にそごをきたし、これがため止むなく一部には短期借入によつて繰回しており、また赤字経営となつている向もあり、これに対する救済融資も若干出ているとみられる。
(3)企業の景気対応策に基因するもの。商況不振の状況下にあつて企業はいろいろな形で防衛措置をとる。まず操短、出荷調整、協同販売機関設立、あるいは建値協調などのごとく、企業相互間の協調で当面の景況を切り抜けようとする措置が、基礎財、生産部門や繊維関係産業でとられたが、これはなんらかの形で金融の裏づけを必要とした。また系列整備の強化、集中再編成といつた動きも主として鉄鋼、電機メーカー、海運あるいは商社のなかにみられた。銀行も一部にはかかる再編成を自己の債権保全のために奨ようする動きがあり、事実上はこのような目的の資金も暗黙のうちに貸出されたと思われる。再編成が本格化する場合は、親企業の子企業に対する出資(株式取得)の形で行われるが、現状では売掛債権の回収を猶予しながら販売、原材料取得等の条件を義務づける形で行われていることが多い。銀行貸出はこのような売掛増加による親企業の資金不足を補つているのである。
(4)輸入増大に基因するもの。輸入金融の現状は、輸入手形決済資金貸、別口外貨貸付などの日銀信用に支えられており銀行および大企業と密接な関係にある有力商社の場合、一応自己の資力に制限されずに輸入義務を拡大することができる。他方国内価格より安い商品や食糧のごとく絶対的に不足といわれている商品、または消費水準の上昇に適合した商品の輸入は比較的円滑に販売市場を見出すことができ、しかも経費を要せずして比較的大量にこれを取り扱うことができる利点がある。かかる事情から商社の輸入資金需要はかなり強いものがあつた。他方銀行としても日銀信用の支えがあるほか、自己の外国為替取扱実績を高めるためには、容易に貸応ずる傾向が存した。かくて銀行の輸入手形決済資金貸は年度間五一六億円、別口外貨貸付は八一五億円増加したのである。
(二)オーバーローンの状況
二七年度におけるオーバーローンの状況は次表にみるとおりである。
これによるとオーバーローンは二六年六月から九月を最高とし、二七年三月にはすでにかなり低下し、その後はほとんど横這いないし若干の下降傾向をとつて最近に至つている。かなりの貸出増加があつたにも拘らずこのような傾向をとりえたのは何故であろうか。その理由の第一に個人貯蓄の増大をあげねばならない。すでにみた本年度の個人所得の増大は二つの面でオーバーローンを緩和の方向へ推し進めた。すなわち一は個人貯蓄がかなり株式投資に向けられ、増資の盛行をもたらし、財政資金の増加とあいまつて外部資金中に占める銀行貸出しの比重を相対的に低下せしめた。二は銀行預金の増加となつて現われている。
第二に、実質的貸出増加の鈍化である。すなわち貸出増加の要因分析でみたように、表面的な貸出増にも拘らず、両建部分を除いた実質的貸出増加が前年よりやや鈍化したのではないかと思われる。このように実質的な貸出増加がやや鈍化した事は基本的には景気の停滞に即応したものであろうが、銀行が融資選別態度を次第に強化してきたこともあづかつて力があつた。
以上のような理由で二七年度における金融市場における資金需給は前年度にくらべればやや緩和された状況にあつたということができよう。しかしながらここで注意しなければならないのは、これはあくまでもオーバーローンの度合いが激しくならなかつたということにすぎず、オーバーローン自体は解消するどころか依然続けられているのであり、日銀貸出は年度中に六三四億円増加して年度末残高は二、九一二億円と三千億円に迫つている。
以上のように二七年経済において銀行貸出はかなり増加したが、オーバーローンは激化せず一応大過なく推移した。しかしこのような情勢の底には種々の問題を残しているようである。
まず貸出の増加は企業の資本構成を旧態のまま残している。もちろん二七年度においては、増資の活溌化を通じて自己資本充実の動きはあつたが、一方短期金融ルートによる産業資本の調達が依然として進行したため、他人資本の比重が極めて大きいという企業の資本構成の歪みはそのまま残されている。収益の低下してきた今日、このような企業の資本構成は、金利負担の過重をもたらして企業に相当の重圧を加えていることは次表からもうかがうことができる。
また過大な他人資本は企業経営の弾力性を乏しくしており、これを貸手の側からみれば景況如何では貸出の固定化あいは赤字融資化する危険性を多分にもつていることになる。現実にも貸出の内容はかなり悪化しているもようである。これはたとえばつぎのような指標からうかがうことができる。
第一は不渡手形の増発である。第五一表に示すように二七年末から不渡手形の発注は著増化傾向にあり、はじめは件数増加のわりに金額は小額に止まり、ほとんど中小企業振出のものにかぎられていたが、最近では漸次比較的大きな企業にも不渡手形発行がみられるようになつた。
第二に第六一図に示すように二七年度上半期では割引手形の増加が著しかつたのが、最近は手形貸付の増加傾向が目立つてきたことである。これは割引手形が単名手形に切りかえられつつあること、すなわち貸出の固定化の一つのあらわれといえよう。
このほか貸出の固定化は第六二図に示すごとく書換継続貸付の増加からも或程度うかがうことができる。
このような貸出内容の悪化は地方銀行においてより著しい。景気の後退期に際し金融機関としては自衛上貸出先選別態勢を強化して、優良貸出先を確保しようとするのは当然であるが、この場合中央大企業と結びつきの濃い都市銀行、なかんずく旧財閥系銀行は地方銀行に対して優位にある。この結果地方銀行は優良大企業から次第に閉め出され、その貸出先は弱体な中小企業かまたは優良ならざる大企業に限定される傾向ができている。ここに地方銀行における貸出固定化の傾向がとくに著しい原因が存する。第六二図の書替継続貸付額の増勢が他方銀行のおいて著しいことや、最近における地方銀行の貸金ポジションの悪化がこれを物語つている。たとえば地方銀行の二七年度末の日銀借入金は前年度末の三倍に激増している。このような地方銀行の相対的弱体化は差当つて日銀への依存度を強めつつあるが、他方大銀行との結びつきをはかる動きを強める結果となり、また大銀行としても傘下企業の資金需要を充足するために地方銀行の資力を利用することができるので、ここに産業界の再編成と並行して銀行間の再編成気運も徐々に醸成されつつある。