第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 七 食糧・農業 3 生産増強の手段

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(1)農業資金の供給

 前述のように昭和二六年度における農家の経営支出は、購入量の増加に加えて価格騰貴のため大巾に増加を示しており、また農家の内部的蓄積に基く投資は前年度に比し若干の増加をみているとはいえ、減価償却を考慮すれば拡大再生産を可能にする程のものではない。従つて農家の外部資金に対する需要は、短期資金についても、長期資金についても、ますます増加傾向にある。

 二六年度における市町村農業協同組合の貯金は順調な増加を示し、供米代金の純歩止り率も二五年度の三三%から三五%に上昇しているが、貸出金の増加はさらに急調であり、農協金融の季節性も一層顕著である。その結果第八二図にみるように貸出金対貯金比率も二六年度は前年度に比し高くなつている。しかし農協貸出金のうち九〇%強は短期貸出であり、さらにそのうち農業手形貸出の占める割合は、割引残高が最高を示す九月末で三八%、金額で一八七億円となつている。農手の種類別利用状況では、従来肥料と農機具がその主体をなしていたが、農機具の需要一巡と肥料の値上りのため農手利用は次第に肥料に集中し、貸出総額中に占める肥料の割合は二四年の六二%、二五年の七九%から二六年は八八%に急上昇している。このように短期営農資金の供給は農手制度に補強されて、所要額はほぼ充足されているものと考えられる。中長期資金については、戦後生産回復のためその需要が急増したのに対し、他方農協系統金融機関の資金難、農地改革に伴う農地担保金融の中絶などのためその供給は減退し、その調達は極めて切実な問題となつた。これがため二五年度までに復金、見返資金等よりの資金や農林債券の発行等による資金の融通が行われたが、これらは資金量としても少く貸付条件も農業長期資金としては適当なものでなかつた。

第八二図 預貯金および貸出金の推移(市町村農協および農林中金)

 二六年度に入り農業に対する中長期資金を供給する恒久的機関として農林漁業資金融通特別会計が設けられ、二六年度末現在貸付決定額は一二〇億円に達し農業長期信用は漸く軌道に乗ることになつた。これは農業金融において、かつて勧銀、農工銀行の設立にも比すべき意義をもつものということができよう。この農林漁業資金の運用面において重点がおかれているのは、灌漑排水、土地改良、耕地災害復旧など生産増強の基盤となる耕地関係のものが多く、その他の部門への貸出は比較的少い。またその対象は補助事業と非補助事業とに分れているが、前者は公共事業の地元負担分の軽減に役立ち、後者は公共事業から融資落された比較的小規模事業に資金を供給し、公共的な大規模事業との不均衡是正に貢献している。

 直接的な国家投資として最も重要なものは公共事業費であるが、二六年度は前年度に比し約四二億円増加し、公共事業費総額中に占める割合も、二五年度の一八%を戦後の最低として、二六年度は二二%と上昇線を辿るに至つた。その事業内容も灌漑排水、土地改良等生産基盤改良に主力が注がれている。なお二六年秋の補正予算において積雪寒冷単作地帯振興のため、公共事業費二〇億円が追加されたが、これにより二四年度のドツジ予算いらい公共事業より除外されていたいわゆる小規模土地改良事業(区画整理、暗渠排水、客土、農道)が、この地帯に限り全面的に復活された。二七年度予算における農業関係公共事業費は食糧増産対策費の中に含まれているが、その額は三三二億円で前年比約一〇〇億円の増加を示し、公共事業費総額に対する割合も二六%に上昇した。

第八三図 農業に対する財政投融資

 以上みたように二六年度は農業への融資も国の直接投資もともに増加を示し、食糧増産の国家的要請に対し資金的にも好ましい方向にむかつているということができよう。しかし前述のように農家の経済状況には階層間にかなりの不均衡があり、低位階層農家にとつてはその償還能力の点から融資によつて資金問題を解決しうるかどうかの問題がある。また財政資金の量の点でも、もしこれを二七年度当初予算の水準(耕地改良拡張に二〇二億円、耕種改善に一三億円)に据置くときは、耕地の潰廃や人口増加のため食糧不足量はかえつて増大するという計算になり、従つて自給度向上の見地からはなお不足といわねばならぬ。

(二)新技術の発達

 農業における技術の発展は、もちろん鉱工業における顕著ではないが、それでも明治以来不断の発展を続け、生産力の増強に貢献している。例えば米の反当生産量は、明治二〇年代に比し最近は四割以上増加しているのに対し、反当投下労働量は、逆に三分の二以下に減少している。当面の食糧増産においても、農地の改良拡張とともにその重要な一翼をになつている耕種改良には、最近あらわれた新技術の貢献がかなり大きいと思われる。

 いまその主要なものについてみると、まず保温折衷苗代は寒冷地帯における稲作の安全性を増進する技術として画期的な意義をもつものであるが、同時に労力の季節的配分の調整、裏作導入などを可能にし、経営改善に効果をあげている。秋落水田(水稲の生育状況が出穂期頃から急に衰える水田)の矯正については、戦時中からの研究により秋落現象の原因、改良対策などが次第に明らかになり、他方秋落水田の分布状態の調査も行われ、客土による改良とともに、昭和七年度より七ケ年計画で鉄分補給による改良がおこなわれることになつた。除草剤二・四―Dは戦後の試験によりその有効性が確認され、二五年度以降西部日本において普及の段階に入つた。本剤の使用により迅速な除草効果と作業の簡略化とが可能であるため、その使用農家は急速に増加傾向にある。同じく戦後の農薬であるDDT、BHCは殺虫剤としてすぐに一般化し、これに伴いその撒布機であるスプレイヤー、ダスターなどが急激に普及しつつある。また耕耘農機具としてカルチベーター、動力耕耘機、二段耕犁等が増加傾向にあるが、戦後改良されたこれらの農機具は労力節約作用と集約化作用との並進性を強めている点に大きな意味がある。施肥技術については土壌条件に応じた施肥方法あるいは、全層施肥法の普及にみるべきものがあり、また土壌の酸性化を防ぐため、石灰窒素、尿素、溶性燐肥など無硫酸根肥料の消費が増加しつつある。もちろん以上の諸技術は、その労力節約的作用と増収作用との間に強弱の差があり、そのため農家階層の異るに従つて普及の程度も異つているが、いずれもわが国の集約農業に受け入れられうる技術であり、その増産への貢献が期待される。

(三)増産上の諸問題

 以上食糧生産増強の有力な手段と考えられる資金、新技術についてその傾向をみたのであるが、当面の食糧増産に関連してその問題点を述べると、まず資金については必要とされる財政投資の規模が今後の国家財政に期待しうるかどうかの点である。農林省の推算によれば五ケ年後における食糧輸入量を年間六八〇万石(約百万屯)節約するためには、農業に対する財政支出を昭和二七年度の当初予算の水準に比し年間二〇〇億円ないし三七〇億円程度増加することが必要であるとみられている。次に増産される食糧の生産費の問題であるが、高生産費を許すような価格政策が増産に有効であることは、かつての小麦増産計画を顧みるまでもなく明らかである。しかし食糧価格の引上げは国民生活の安定の上からも、海外農業との競争の点からもできるだけ避けねばならぬとすれば、生産費の上昇を伴わない増産が望ましい。そのためには財政支出による土地改良あるいは耕種改善などが効果的であるが、最近においては前述のように大体この線に沿つて重点的に投資が行われている。しかし公共事業費などの財政投資も相当の地元負担分があるので、これが生産費におよぼす影響はかなり複雑である。

 一般に土地改良など耕地関係の投資は経営の集約度を高め、労働力と資本財の増投をもたらす。農家人口は二五年いらい、その速度は緩漫になつたとはいえ、なお増勢を持続し、その構成も老幼令人口の割合が増加し、質量、両面から人口圧力を強めている。この過剰人口問題が家族制度とからんで端的にあらわれているのがいわゆる農村二、三男問題であるが、前述のように耕地関係の投資の増大はその緩和に役立ち、他面物資需要の増大によつて国内市場育成にも好影響を与えるであろう。

 食糧増産のごとき国内資源の開発は、他産業によつて挙げられる収益により食糧輸入を行う方が有利である場合や、食糧の輸入価格が国内生産費よりも低い場合には、貿易主義に席をゆずるのが常道であるが、「貿易」の項に詳説したように二六年の純粋の貿易収支、特にドル収支は多額の支払超過を記録しており、さらに経済外的要因等を考慮すれば、前述の原則にもかかわらずある程度経済効果が低く、生産費が高くとも、国内自給度向上のための施策を推進することが必要といわねばならないであろう。

 以上のごとく昭和二六年度の農業関係財政投融資は、食糧増産の要請が強まるとともに、かなりの増加を示し二七年度予算ではさらに増額をみている。この程度の財政投融資では食糧自給率はむしろ低下をきたすことになり、また増産の直接の担当者である農家の経済も顕著に向上したが、その原因の一半は兼業収入の増大によるものであることは注目を要する。他方国民所得の面からみても、分配国民所得に対する農業所得の割合は、二四年の一九・八%から二六年は一七・二%へ低下傾向を示している。さらに基本的には農地の細分化、農産物の国際価格競争、対戦前シエーレ等の問題があり、日本農業の前途はここ一両年の上昇傾向にもかかわらず、なお幾多の問題をはらんでいることを看過してはならない。

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