第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 二 貿易 1 貿易の動向
(一)前年にくらべた特徴
昭和二六年(暦年)の貿易額は輸出が一、三五五百万ドル、輸入が二、〇五二百万ドルで、前年に対して輸出は六五%増加し、輸入は二・一倍に当る。しかし輸出額の増加は全く単価の高騰に基くもので、輸出量としては前年と大差がなく、特需(商品)も含めても一割ほどふえたにすぎない。一方輸入は単価の値上り四六%を除いても、数量で四四%増加している。
このように輸出と輸入の増加率に顕著な違いがあつたことは、二六年貿易を前年と対比した場合の一つの特徴である。動乱直後各国の買付競争に出足の遅れた日本は、二五年末からのり出した輸入促進策がようやく翌年上期に実を結んで大量の入荷をみている。そのため一部の物資は、各国の買付けでせり騰げられたあとの高値をつかむ結果となり、入荷後の反落から国内市況にある程度の混乱を招くことになつたが、それでもともかく工業原材料および燃料を中心とした輸入量の増加が、二五―二六年の間における工業生産(製造工業)の三八%上昇を原料面から裏づけたことは否めない。ただこの生産物も輸出の増大には向わず、特需を除けば相当の分が国内投資に、また一部は消費にあてられている。
次に動乱後における海外需要の増大は、輸出数量よりも輸出単価の急騰となつてあらわれ、一方輸入単価の値上りはこれよりも概して鈍かつたために、交易条件は前年にくらべ一二%ばかり向上した。しかも輸出の大半は工業製品であり、輸入の大部分は工業原料および食糧であるという関係から、国内価格における、原料安製品高の現象を誘導し、二六年上期には企業収益の増大、ひいては投資活動の活溌化をもたらした。
また交易条件がよくなつたので、輸入が増加した割合に貿易収支尻が悪化しなかつた。純粋の貿易取引(輸出入ともFOB勘定)だけをとつてみた場合、昭和二五年で約六千ドルの出超であつたものが、二六年では約二億九千万ドルの入超に転じたが、もし交易条件が変わらなかつたとすればこの入超額はなお一億五千万ドルほど増加したであろう。その上、特需や連合軍関係の消費が前年より四億六千万ドル増加したので、一方において援助費が二億ドル近く削減されても結局二六年の国際収支は総合して三億四千万ドルの受取超過を残すことになつた。
かかる交易条件の向上と貿易外収入の増加とは、輸入の増大にかかわらず二六年の国際収支を黒字に導いたが、それらが必ずしも安定した要因にもとずいているとはいえない。また輸入の増大と輸出単価の著騰とは国内投資および生産の増加に大きく貢献したが、輸出が数量としてはほとんどふえなかつたために、漸次生産ないし投資に過剰ぎみの傾向を招く結果となつている。殊に二七年に入ると国際市場の後退がいよいよ本格化し、ポンドおよびオープンアカウト地域諸国の輸入制限強化、米国はじめ各国の関税引上げに対する積極化などから輸出の見透しは悪くなつており、交易条件もまた次第に悪化の過程を辿つてきた。
なお二六年中の動きとしては、国際市況の変動に伴つて数量、単価ともかなり目立つた波を画き、それが日本経済に与えた影響も見逃し得ないところであるが、次にこの推移を概観してみよう。
(二)年間の推移
朝鮮動乱前からすでに増加の趨勢にあつた輸出は動乱後一層急増し、また特需の発生は新たなドル収入の途を開いた。しかし輸入は輸出に対しかなり立ちおくれ、このため昭和二五年下期には従来の入超が解消している。二六年に入つてようやく輸入買付が促進されたため、四―七月の貨物到着期には高値で買付けた物資が大量に入荷する結果となつた。しかもすでに海外市場は軟化して輸出契約が、三月以降減少に転じ、輸出価格も反落したため、輸入物資の引取資金の需要増加とも相まつて、貿易金融は逼迫の度を加えた。下期に入ると内外物価の安定、日英新支払協定の成立などから、八月以降輸出契約が持直し、さらに資金難による売り急ぎが加わつて戦績はかなり顕著な増勢をたどつた。殊にポンド貨の実勢低下などを反映して、ポンド地域およびオープン・アカウント地域向けの輸出はますます増加したが、反面これらの地域からの輸入は振るわず、わが国は減価したポンド貨の保有増加と、オープンアカウントの貸越残高の累積になやむに至つた。このような輸出入の動向を反映して、上期は入超が急増したが、下期は輸入の減退に伴つて減少した。しかし一二月は輸出が急増したため出超に転じ、年間を通じて唯一の例外となつた。
本年に入り、輸出入の実勢は再び低調に転じ、重要物資の国際需給の緩和、英連邦諸国などの輸入制限、米国を中心とした関税引上げの傾向によつて、先行きの見透しもたちにくくなつている。
Ⅰ 輸出
動乱後の契約増に伴つて輸出実績は昭和二六年一―五月の間に七四%伸長し、繊維、金属、非金属鉱物(主に窯業製品)などの主要製品はいずれも五年割後著増している。かくて五月の実績は従来の最高を記録した。この間国際情勢の緊迫化に対処して、二五年一二月から中共地区への戦略物資輸出が厳格に禁止され、さらに二六年三月いらい海外市況後退の影響を受けて輸出契約はようやく急減し、それが五月頃から実績の面にも反映して八月までに三三%減少している。そして繊維、金属など輸出の大半を占める主要製品が軒なみに五割内外反減し、契約から船積までにズレの長い機械だけが僅かに増加した。殊に繊維品は値くずれが甚だしかつたために繊維布を中心に相当大量の既契約キャンセルを生じて、商況を混乱させた。
かくて八月の輸出数量は年初来の最低に落ちたが、その頃から内外の物価安定化に伴つてそれまで先安見込みで買控えていた海外需要がようやく持直し、また日英通商協定の更新もあつて輸出契約は次第に回復した。それにつれて戦績実績も漸増して一二月までには二倍近くに増加しており、特に年末の増加が顕著である。これを商品別にみても非金属鉱物、機械が五割増加し、繊維製品は二倍となり、さらに鉄鋼、非鉄金属は三・五倍に急増した。ただこのように輸出量が著増した裏には、国内金融の窮迫から資金回転の早い輸出に安値で売り急いだという事情もあり、そのため輸出単価はこの間むしろ漸落している。この点動乱直後の輸出増加とは大きな違いがあり、輸出金額としては八―一二月間で七六%の増加に止まつた。なお不当な安値契約に対しては、輸出価格を事前審査によつてチエツクすることになつた。またポンド貨の実勢低下から割高なポンド地域向の輸出増加が目立つてきたこともこの期の特徴である。オープン・アカウト地域に対しても輸出が相対的に伸長し、その結果としての貸越増加はドル貨による出超債権の決済に不安を生ずるに至つたため、特に増勢の著しかつた鋼製品鋼材の輸出承認が一部停止されることになつた。
さらに本年三月にはポンド貨の累積からポンド地域向輸出調整措置が実施されることになり、また本年はじめから本格化してきた国際市況の後退、ポンド地域を中心とした各国の輸入制限強化が輸出契約を急速に減少の方向に導いていることは第三二図に通りであり、これは実績を面にもようやく反映している。
2 輸入
昭和二六年の年明けに公表された一―三月期の外貨予算は、その枠を大巾に拡大し、鉄鉱石、粘結炭、生ゴム、原皮などについて自動承認制の運用を緩和したので、日銀ユーザンス制度の実施とも相まつて、諸物資の買付は大いに進められることになつた。すなわち以上の物資をはじめ綿花、羊毛、非鉄金属などに対する買付契約は一部の思惑を混えて伸長し、輸入数量は六月に最高となつた。
これよりさき、契約価格は海上運賃の高騰も加わつて、二―四月にその頂点に達したが、国際物価はこのころから下げ歩調をとつたため、船荷が大量に入荷した四―七月以降は価格の面で特需と折れ合わない物資ができてきた。殊に生ゴム、皮革、油脂原料のいわゆる新三品などは、第六、七図にみる通り結果から見て高値で品物をつかんだことになり、内外の需要不振から大量の滞貨を出し、国内金融のこう塞も加わつて苦境に立つた。
この反面鉄鋼部門では、年初以来の鉱石輸入の著増が生産者の手持ち在庫を充実させ、このため八月以降の鉄鋼輸出契約の増加に備えることができた。
しかしながら新三品を中心にまきおこされた高値買付の余波は、その後の輸入物資買付に大きく響き、新たな買付は手控えられ、七―九月以降の外貨予算の承認は予定公表額の八割にみたなかつた。なかんづくポンド地域、オープンアカウト地域分の予算は、同地域からの輸入不振によつて公表額の三割をこえる未使用分を残した。
年末以降、綿花、羊毛、食糧などの季節的需要が増加し、また輸出の一時的回復および原材料在庫の逓減に刺戟されて買付も再び漸減したが、依然ドル地域からの輸入が他地域に比して多く、非ドル地域用外貨貸付制度の復活などの輸入転換策もいまだに予期した効果をあげるに到つていない。
3 特需
次に貿易外収入の大宗を占める特需の推移は次表の如くで、前年月平均に比べ、昭和二六年上期には九百万ドル減少したが、下期には発注が集中した結果五百万ドル増加した。しかし二七年一月以降は減退して不安定な動向となつている。このうちでサービス契約は昨年下期に比し、本年一月以降激減している。従来の傾向をみると商品、サービスとも上期に比して下期に契約が集中しており、これは米会計年度初めに発注が増加するという事情によつている。
本年六月八日現在の特需発注累計額六三四百万ドル(商品四五七百万ドル、サービス一七百万ドル)の内訳をみると、繊維、金属および機械の三部門の契約高が圧倒的に大きく商品契約総額の約七割を占めた。なお二六年の契約総額は三五四百万ドルで二五年(七―一二月)の契約総額一九一百万ドルに比し約一・八倍となつている。これを商品別にみると休戦交渉に入つていらい、従来の繊維製品、貨車、トラツク、有刺鉄条鋼柱、および携帯口糧などの退潮が著しく、これにかわつて自動車部分品、石炭、セメント、ドラム罐、組立家屋などの諸資材の増勢がみられる。またサービス関係の内容は資材施設の改善加工が総額の四割を占めてもつとも大きく、運輸、建設、荷扱および倉庫などの順である。
次に上の特需契約に対する支払状況はかなり順調に推移しており、昭和二七年四月末で五一一百万ドルとなり、この間の契約額に対する進捗率は八二%に達した。