第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 七 食糧・農業 2 農家経済の動向

[目次]  [戻る]  [次へ]

 食糧増産の要請に対し、その直越の担当者である農家の経済はいかなる状態にあるか、以下農村物価、農家経済の分析を通じてこの点を検討してみよう。

(一)農村物価の推移

 農業経営用品および家計用品の価格指数を総合した農家購入品価格指数は一般物価とほぼ同様の動きをみせ、朝鮮動乱とともに急騰し、その後昭和二六年五月以降落調に転じ、八月を底として微騰ないし横ばい傾向を示し、年度間約六%の上昇に止つた。これに対し農林生産物価格指数については、米麦の供出価格がパリティー制度によつて決定され、追加払があるまで固定されるという事情や、一般に農産物価格は物価の上昇期にも低落期にも時期的に遅れて動く特徴などもあり、一般物価の推移と異なつた動きをみせて、二五年度下半期以降引続き騰勢を持続し、年度間約二〇%の騰貴となつた。このため最近の農村物価関係は相対的に農家に有利になつている。このように短期的にみた場合には農家の価格関係は好転を示しているが、戦前基準にした場合には農家受取価格指数はなお支払価格指数を下回つている。すなわち実際に農家が売買した実効価格による昭和九―一一年基準の支払価格指数に対する受取価格指数の割合は二六年平均でなお八八%に止つている。しかもこの間における生産性の上昇は農業に比し工業の方が遙かに大であつたと考えられるから、上の受取価格指数と支払価格指数との間の差が農家所得におよぼす不利な影響はさらに大きいものとみられる。

 総合指数の動きは以上のごとくであるが、個別的に主要な動きをみると、まず農林生産物価格指数の上昇は主として米麦のパリティー価格の上昇、いも類あるいは輸出、特需などに関連した繭、工芸作物、林産物などの値上りによるものであつた。次に農家購入品価格指数のうち農業経営品価格指数は年度間約二三%騰貴したが、特に飼料の四五%、肥料の三六%などの上昇が著しく、後述のように農業経営費にかなりの重圧を加えることになつた。家計用品では繊維製品が顕著な下落をみせたほかは一般に微騰乃至横ばいで、年度間を通じ、全体としてほぼ保合状態を続けた。

 以上によつて明らかなように、農家の販売品と購入品との価格関係は最近農家に有利になつてきているが、それは家計用品物価が横ばい状態を続けたことに基因しているのであつて、農家販売品と農業経営用品の価格指数を比較した場合には、シエーレはむしろ拡大傾向にある。

第七八図 農村物価

(二)農家経営の一般的動向

 昭和二六年度農家経済事情を、農林省「農家経済調査」によつてみると、全府県一戸当り平均余剰は、前年度の一万四千円より二万七千円に増加した。

 このような増加は主として農業現金所得の前年比約三〇%の増大によるものである。農合所得の増加は、農業現金支出が農業用品価格の値上りを反映して約三〇%の増加をみたにかかわらず、農業現金収入も前年比約三〇%の増加をみたためである。さらに農外所得は、雇用機会の増大、賃金の上昇などにもとずく労賃収入の増加や特需などに関連した林業収入の増大により、前年度にくらべ現金で約二七%増加した。かくて農家所得は、前年度より現金で約三〇%増加し、その所得構成は前年度同様農業所得五七%、農外所得四三%の比率を示したが、二四年度の農外所得三〇%にくらべると相当の増加である。このような農外所得の相対的増加は、農業所得のみをもつて生計を維持することの困難な零細農家が多数存在することを示すものである。

第七九図 農家所得と経済余剰

 農家所得に対する租税公課現金部分の負担割合は前年度の一六%から一三%に低下した。また家計費は前年度にくらべて二三%増加したが、家計用品価格がほゞ横ばいであつたため、農家の消費水準はかなりの上昇をみた。(家計消費については「国民生活」の項参照)

 このように農家の余剰は一戸当り平均二万七千円となつたが、農業生産過程への投資はなお不充分である。すなわち二六歴年における農業現金投資増加額(固定資産購入額から固定資産処分額を差引いた残額)は九千余円で、その主要なものは建物の六千余円とその他固定資産の約三千円であるから、減価償却額を考慮すれば、必ずしも農業生産の拡大を約束しているとはいえないであろう。

第八〇図 農業所得と家計費の過不足

(三)農家経済の跛行性

 1 地域別動向。農区別にみると、前年度にくらべ余剰額の増加が著しかつたのは近畿、東海、北関東および南関東区である。これらの農区における増加は、その地域の特殊性からくるもので、例えば東海では甘藷、工芸作物、北関東では繭、近畿で兼業収入などのごとき好条件に恵まれたからである。南海、東北区などは災害の発生や前述のような好条件に恵まれなかつたことなどの事情により、余剰の増加率は低かつた。しかし一戸当り平均余剰の絶対額では、東北、北陸及び南関東が高く、低いのは近畿、南海などである。

第八一図 昭和二六年度経済余剰の対前年度増加

 2 階層別動向、地域的特徴において対蹠的な東北区と瀬戸内区とをとつて階層別の動きをみると、まず瀬戸内区では各階層とも前年度より余剰額はそれぞれ増加したが、特に著しかつたのは一・五―二・〇町層、ついで五反未満層であつた。かかる小規模経営における余剰の増加は、主に農外所得特に労賃収入の増加によるものであり、大規模経営のそれは農産物収入の増加によるものであつた。このように各階層とも全般的に余剰の増加を示したとはいえ、農業取得をもつて家計費を賄えるのは、前年度同様一・五町以上層で、五反未満層の経営余剰は一・五―二・〇町層の僅かに五分の一にすぎず、前年度よりさらに階層間の開きは大きくなつている。

 東北区でも各階層共余剰額は増加したが、特にその増加率の著しかつたのは一町未満層であつた。しかし一町未満層の余剰は僅か一万一千円にすぎず、その額は規模の拡大とともに増加している。これは規模の拡大に伴い米の商品化量が増加し、生産費の逆に減少するなどの事情によるものであろう。東北区においても農業所得をもつて家計費を賄えるのは二町以上であり、小規模経営層の余剰は、瀬戸内区などにくらべ兼業面に恵まれてないだけに少く、一町未満層の余剰額は五町以上層の九%にみたず、瀬戸内区よりさらに階層間の不均衡は大きい。

第三六表 階層別にみた農家経済(東北区、瀬戸内区)

 以上のように、農業経営者としての健全性を示している階層は、瀬戸内区で一・五町以上、東北区で二町以上であつて、それ以下の層は農業経営者というよりもむしろ労働者的性格が強く、特に瀬戸内の五反未満層、東北の一町未満層は農家所得の七〇―八〇%を農外所得に依存している。しかも全府県についてみると五反未満の農家数は総農家の半ば近くを示している。かかる状態は、農村の社会構成として安定性の弱いものであるということができよう。

[目次]  [戻る]  [次へ]