第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 七 食糧・農業 1 食糧経済の推移

[目次]  [戻る]  [次へ]

(一)食糧需給の動き

 昭和二六年度の主要食糧の需給事情を、まず政府管理食糧について概観すると、国内産米麦の政府買入高は前年度より約四五万トン減少したが、輸出は逆に五五万トンふえたので、供給量全体にはさしたる変化はなかつた。しかし需要面では、統制が次第に緩和し、米も麦も自由市場にかなり多く出回つたことが主因となつて、麦類にかなりの配給辞退が生じた。その結果配給対象人口がふえたにもかゝわらず需要量は全体として約二〇万トン減少し、米麦を併せた需給はかなり安定した。

第七五図 昭和二五、二六年度政府管理主要食糧の需給

 この麦類の配給辞退は、二五年度末からすでに局地的現象の域を脱し、二六年一月以降実施されたフリー・クーポン制のためその正確な数量は把握できないが、二五年度中に約四〇万トン程度、二六年度にはさらに大巾に増加して一〇〇万屯以上に達した。このように麦類の配給辞退の増加により、麦類の消費規正を撤廃することが可能な段階に至つたと判断され、麦類の集荷および配給に対する統制は二七年六月から廃止された。

 しかし、米の需給は麦のそれとは著しく相違している。すなわち二六年度には供出量が大巾に減少した結果、輸入が著しくふえたにもかかわらず供給量は前年度より約四%減少したため、一層窮屈の度を増している。供出量が減つたのは、直接には二六年度が不作であつたためであるが、また一面において統制緩和の傾向を反映したためでもあり、生産量に対する供出量の割合は、二五年度の四六・二%に対して二六年度には四二・五%とかなり減少を示した。このような事情のもとにおいて国内産米の集荷を強化することは、種々の点からかなり困難と思われるので、米の配給を現在の程度に維持するためには、より大量の米を輸入に仰がねばならないであろう。

 しかし消費者は、必ずしも現在の米の配給で満足しているわけではない。例えば総理府統計局の「消費実態調査」によれば、東京都における一世帯当りの米のヤミ購入量は、米の総購入量に対して二五年の一六・七%から二六年には一九・二%へと上昇しており、また二六年のヤミ購入の絶対量を前年に比較すると、一九%も増加している。しかし、このようなヤミ購入量の増加にもかかわらず、配給とヤミを含めた米の消費量は、なお戦前の八割程度にしか当つていない。

(二)主要食糧の輸入状況

 米の輸入についてみると、二六年度の輸入量は主食の総輸入量の約二七%で、従つて麦類の輸入量の約三分の一にすぎないが、国際的にみると決して少い方ではない。例えば昭和二六年度の輸入量九〇万一千トンは世界の米輸入高の約一八%に当り、輸入国中の第一位であつた。ところで、世界の米の生産量は大体アジアの生産量によつて左右されるが、この地域の政治的な不安が生産にも輸出にも悪条件となつていて、早急な改善はほとんど望みえない。一方、アジアの米不足国は、動乱後の欧米諸国の戦略物資買付によつて獲得したドル貨をもつて米の輸入を増加しており、そのため国際市場における米の需給は窮屈化し、価格も上昇している。また例えばオープン・アカウト地域であるタイからの米の輸入に全額ドル払を要求されるなど輸入条件がかなり悪化しているので、輸入資金、特にドル資金の関係から、今後輸入量を大巾にふやすことはかなり困難と思われる。

 小麦の輸入は、小麦が世界的に需給緩和の傾向にあるので、米の輸入とはかなり事情を異にしている。すなわち、二六年度の輸入量一五三万一千トンは、世界の小麦輸入量からみると約五%にすぎず、この程度の数量を確保することは今後もさして困難であるまい。問題はむしろ主たる供給先がアメリカとカナダである関係上、輸入ドル資金をいかに手当するかにかかつているというべきであろう。

 なお輸入資金の点において、二六年八月以降国際小麦協定への加入した結果、年間五〇万トンの小麦をトン当り七〇ドル前後の安価で輸入できることとなり、同年度中に約四六万二千トンの買付けたことは、現在一般市場からの買付価格がFOB八五―九五ドルにおよんでいるのにくらべると、ドル貨節約の上から特記すべき事柄であつた。

 国内の需給事情からのみみると、米の輸入をふやして麦類の輸入をへらすのが妥当とも考えられるが、トン当りの米の輸入価格が麦類のそれを六〇―一〇〇%程度も上廻つている現状では、できるだけ少い外貨で国内食糧需給をバランスさせる必要がある以上、食糧輸入の重点を麦から米に切換えることはあまり期待できない。また外米の中には消費者の嗜好に合わないこともあり、年度間四―五万トン程度の配給辞退を生じている事実も無視することはできない。

 従つて米の不足は、量的にも質的にも、輸入だけでは充分解決できないとすれば、国内増産に期待しなければならないが、それとともに麦類の大量輸入不可避である現在、麦類の消費を促進する方策を考えることも極めて重要である。

第七六図 昭和二六年度農業生産の回復水準

 従つて米の不足は、量的にも質的にも、輸入だけでは充分解決できないとすれば、国内増産に期待しなければならないが、それとともに麦類の大量輸入が不可避である現在、麦類の消費を促進する方策を考えることも極めて重要である。

第七七図 米、麦の作付面積と生産高の推移

(三)国内生産の動向

 このように米の増産に対する期待は当然農業生産の現状に対する関心を呼ぶが、昭和二六年度の農業生産はようやく昭和九―一一年の水準に回復したにすぎない。鉱工業生産とくらべて、農業生産がこのように伸び悩んでいるのは、その中心的存在をなす米の生産が停滞していることに影響されるところが大きい。

 二六年度の米の生産量は災害などのため前年よりも四〇六万石も減り、二二年いらいの不作であつた。作付面積は二四年以降、毎年一%ずつふえているが、いまだ戦前の九五%に回復したにすぎない。これは主として水田の潰廃や従来投入された増産資金の不足を示すものであるが、さらに米価が生産の基礎条件を改善するに足る程度の収益を農民にもたらしえなかつたことも指摘せねばならぬであろう。

 麦類の生産は米と異つて著しい上昇を示し、二六年度の作付面積は大麦、裸麦、小麦を合せて一七二万七千町歩と、九―一一年の二〇%増であり、生産量は従来の最高水準である二、八六一万八千石で、同じ九―一一年にくらべて二八%の増産であつた。かかる顕著な発展をみたのは、水田裏作の増加や畑作物の麦作への転換に加えて、施肥の増大による反当収量の増加が、戦後における麦の高価格政策と結びついた結果であろう。

 しかし、二五年度以降、すでにふれた食糧事情の緩和から、作付面積の減少がみられ、麦作の転換があらわれはじめているのは注目を要する。

 これは第三五表に明らかなように、二六年産麦類について、従来の高価格政策が大巾に修正されたことと、統制廃止後の事態に農民が不安を感じたことなどのため、有利な油脂作物、特に菜種へ転換した結果とみられる。

第三五表 米に対する大麦、裸麦、小麦の価格比率

 統制廃止後、一時著しく前途を悲観視されていたいも類をみると、甘藷の作付面積は二四年以降漸減しているが、それでも二六年度のそれは九―一一年より三七%多く、馬鈴薯も三六%増となつている。生産高は技術の向上や多収穫品種の普及を反映して甘藷で五一%、馬鈴薯で七七%の増加となつている。これは砂糖の輸入が戦前に比べて半減しているので、水飴の需要が強くさらに合成酒原料としての需要も大きく、そのためいもの価格が案外下らなかつたためであろう。

 これを要するに、麦やいも類の生産増加に比して、米の生産は著しく停滞していることは明らかである。従つて消費者の嗜好を満足させると同時に、国内食糧の自給度を向上させるためには米の本格的な増産をはかることが必要であるが、それと同時に畜産物、魚類など総合的な食糧増産を促進し、米食偏重を是正しつゝ食生活の改善に努力する必要がある。

[目次]  [戻る]  [次へ]