第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 九 国民生活 1 都市生活

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 終戦後逐年顕著な回復過程を辿つてきた都市居住者の消費水準は、朝鮮動乱を境として物価の騰貴から停滞ないし若干の低下に転じたが、昭和二六年に入つてからもこの傾向は変らず、全般的にみて二六年の都市消費水準は前年と大差なかつた。以下物価、世帯収入、家計支出、収支バランスについて都市生活の状況を分析してみよう。

(一)消費者物価の推移

 朝鮮動乱を契機として卸売物価は生産財を中心に急騰したが、消費財は食糧需給の安定と消費購買力の停滞から比較的緩慢な上昇を示した。例えば動乱後昭和二六年五月までの騰貴率は、生産財が七八%、消費財が三八%である。さらに消費者物価は、料金関係の値上りがズレたことなどでこの間二四%の騰貴に止まつている。

 二六年四月をピークとして卸売物価は反落し、これが消費者物価にも反映して五月から下向いたが、八月には主食、電気料金の公価引上げによつてほゞ五月の水準まで戻つた。つまりそれまでおくれていた食糧や料金関係の値上りがようやく誘発されてきたわけである。この傾向は秋以降にも続き、一〇月の入浴料金、一一月の国鉄、私鉄、ガスおよび郵便料金、一二月の路面電車およびバス運賃、二七年一月の水道料金など相つぐ引上げが行われている。反面、動乱後消費財のうちでもつとも著しく騰貴した繊維品は、その後急反落したが、卸売物価格にくらべると小売面おける値下りは鈍かつた。

 かくて消費者物価は二六年八月以降概してヂリ高の推移をたどり、二七年四月の水準は動乱直前の三二%高となつている。

第四二表 消費物価指数

(二)世帯収入の動向

 朝鮮動乱直後、物価の上昇に対して勤労者の賃金がおくれがちであつたところから、実質収入の水準は低下ぎみとなつたため、昭和二六年に入つてからようやく賃上げ攻勢が激化し一月の公務員給与をはじめ各産業とも三、四月頃に給与改訂が行われた。その後夏にかけて物価は横ばいから小康をえたものの、八月に入ると既述のような物価の反騰によつて実質収入水準は再び低下することになつた。かくて賃上げ要求が再燃し、秋頃から年末にかけて当年二度目の賃金改定期に入つている。この時の賃上げは動乱後の物価上昇をほとんどカバーする程度に行われるとともに、年末手当が比較的多額に支給され、また物価上昇の一段落もあつて実質収入水準は漸次好転をみせてきた。なお、二六年の都市勤労者一世帯当り平均実収入は一八・七千円で前年に比し一六%増加したが、物価上昇も同じく一六%であつたため実質的には変化なく、戦前(昭和九―一一年)の七六%の水準に止まつている。(附表五九参照)

第八九図 勤労者別実質収入水準(東京)

 次に世帯収入の項目別構成をみると、世帯主本業収入の比率は八五%と前年より低下し、賃金上昇の遅れを反映しており、これに対して家族員の収入割合は一〇%弱に増加していて、この面で収入を維持した有様がうかがわれる。また戦前の家族員収入割合が二%程度であつたのに比べても、この収入は現在かなり重要な貢献をしていることが知られる。

第四三表 勤労者世帯の収入構成

(三)消費水準の動向

 前述のごとき実質的収入の停滞に伴い、昭和二六年の都市消費水準も概して停滞傾向に推移した。

第九〇図 都市消費水準

 同年の東京都一世帯当り一ケ月平均家計支出は約一万六千円で、前年に比し一三%の増加であつたが、この間消費者物価が一六%上昇したため消費水準はかえつて二%の低下を示し、戦前(昭和九―一一年)の七一%となつている。

 これを時期的にみると、賃金上昇のおくれていた一―九月間は各月とも前年同月の水準を下回つた。しかし一〇月頃からの賃上げ、八月に遡及する減税、ならびに年末手当の増加によつて消費水準もようやく停滞を脱し、また本年に入つてからの物価上昇一段落とも相まつて一二月いらい各月ともその月での戦後最高の消費水準を持続しており明らかな好転傾向を示している。(附表六〇参照)

 ここで費目別に前年同期と比較すると次の通りである。

第四四表 費目別消費水準

 前年に比し主食消費水準の低下が顕著であるが、これは主として麦類購入量の減少による。しかしそれは形をかえて非主食中の菓子、その他の麦製品として消費されて、非主食水準維持の一因をなしており、食料全体としては前年の約九六%となつている。被服は上期において価格高騰から購買量の著減をみせているが、下期の反落により目立つて回復し、結局年間では前年とほぼ同水準となつた。住宅、雑費など所得に応じて変化することの大きい費目の支出は、所得の停滞に応じて低下した。

 かかる費目別消費水準の動向は支出金額の比率にもあらわれている。

第四五表 費目別家計支出金額比率

 主食消費量が前年よりも減少したことは主食費比率の減少となつてあらわれ、これがエンゲル係数(食費比率)を前年より一・五ポイント引下げた主因になつている。外食が実質的に前年より約五割増加しており、また交際費として家庭外で消費される部分も増加したと推定されるが、これらが主食消費量の減少をもたらしたものであろう。また各費目でも消費の質的な向上があつたと考えられるから始めに述べたごとく指数は低下しても東京都の消費水準が二五年より下つたとはいえないだろう。むしろ全都市について二五、二六年を比較してみると消費水準は一〇二%となつていて東京都だけの場合よりややよくなつている。全体として都市生活は前年と大差なかつたと判断するのが妥当であろう。なお本年に入つてからのエンゲル係数はさらに五二%程度まで低下しており、この面からも最近の都市生活の好転がうかがわれる。

 最後に収入階層別に食費、被服費比率を比較すると、低収入階層ほどエンゲル係数は大であるが、特に主食費比率において上下の差が大きい。

第九一図 所得階層別にみた家計費に占める食費および被服水準

 また上層における食費率の減少は大体被服費に回されていることがわかる。(第九一図および附表六一参照)

(四)家計収支の状況

 以上のごとき世帯収入および支出状況において、家計の収支尻はどのようであつたかを、東京都の勤労者世帯についてみると次表の通りである。

第四六表 勤労者世帯の家計収支状況

 これによれば年間三%の黒字を残しているが、それも既述の通り実質的な消費の切つめと年末の収入増加に負つている。(附表六二参照)

 しかも三%の黒字がいかに処分されたかをみると、繰越金が四・六%増加しており、その差一・六%は貯金減少〇・七%、財産売却〇・五%、その他資産の減少〇・四%によつて埋め合わされている。このことは物価上昇期において手持現金を増加する必要から三%の黒字だけでは足りず、預金の現金化などを行つたことを示している。しかし本年に入つてからは貯金も増加に転じており、収入の好調に伴つて家計のヤリクリも好転している。

 また戦前に比較すると収支残と租税公課の比率が大体逆転しており、再三の減税にもかかわらず家計費が圧迫されている。

 なお、収入階層別には第四図に示すように一ケ月当り一万五千円以下の世帯は赤字となつているが低階層の赤字の大きいのが特に目立つている。

第九二図 収支過不足の実収入に対する比率

(五)地方都市の状況

 地方中小都市では大都市に比較して世帯収入は少なく、幾分物価は安くとも実質的には中小都市の勤労者の方が苦しい、最近その差は漸次狭まつているが、なお一割以上の差ががある。家計収支も年間平均で大、中都市はそれぞれ三%、一・二%の黒字、小都市は〇・五%の赤字となつている。

第四七表 都市規模別勤労者世帯の実質収入比較

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