第二 各論 九 生活水準


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 昭和二五年における経済基調の変化は国民生活の上にも影響を与えずにはおかなかつた。まず都市と農村とに分けてそれぞれの推移を概観し、最後に両者を総合した国民生活の現状を檢討してみよう。

(一)都市生活

(1)支出面の推移

 都市生活者の家計支出は次表の如く推移した。

第七五表 都市消費水準の推移

第二一図 消費水準(東京都)の推移

 昭和二五年の一世帶当り平均家計支出は前年とほとんど変つていないが、この間に消費財実効物価が七%下落している為、実質的家計支出すなわち消費水準はそれだけ向上したことになり、戦前(昭和九―一一年)の七三%まで回復した。ことにこの回復は昭和二五年春頃において顕著にあらわれ、四―六月には前年同期を一七%も上回つて戦前の七五%に逹した。しかし朝鮮動乱を契機として下期には若干事情が異り、戦前に比べた消費水準においては年末年始の季節変動を別としてほぼ七〇%前後に停滯するとともに、前年同期に対する比率も次第に低下している。

第七六表 消費水準の前年同期との比較

 ここで昭和二四年から二五年にかけて向上した消費水準の内容を費目別にみると、次表の如く非主食一九%、被服四四%の增加が目立つている。

第七七表 昭和二五年の費目別消費水準

 非主食及び被服が增加したのは、これらが戦前に対して最も回復がおくれており、ことに被服は手持ち品も漸く涸渇して来たため、強い需要が滯在していることに基因する。そしてこれら二費目の価格低落が有効需要の增大をもたらしたものである。また反面生活物資のうちで相対的に海外依存度の高い非主食と被服は、主として貿易水準の上昇に基き供給量も增加している。

 なおその他費目の消費水準は昭和二四年と二五年の間に余り変つていないが、ただ主食は、二四年末まで主食として配給されていたいも類が統制廃止に伴つて非主食に計上されたことなどで、前年より一〇%低下したかくて昭和二五年の消費水準は、それまで回復のおくれていた非主食及び被服の向上を内容としている点でも生活の安定性を強めることになつた。

 しかしかかる安定へのきざしも主として上期についていえることで、下期にはやや動搖をみせている。特に被服の消費水準は昭和二五年春ごとに戦前の六割近くまで回復していたが、その後戦前の四割前後に低下しており、これが前述した総合水準停滯の主因となつた。

第七八表 被服消費水準の推移

 このような被服消費水準の低下は、被服品の顕著な価格高騰に基く面が多い。これは貿易と最も関連の深い被服品が貿易面を中心に動搖した動乱後の物価傾向の特徴を反映したものである。ただ反面、都市の消費水準にとつてもつとも切実な主食の実効価格が比較的落着いていたことは、生活面の安定を維持し得た有力な要因となつている。

 つぎに家計の費目別構成は下の通りである。

第七九表 家計支出金額の費目別構成

 すなわち、主食の比率が昭和二四年の二三%から二五年には二〇%に低下し、その結果飲食費全体の割合(エンゲル係数)が六〇%から五七%へ縮小している。反面被服及び雑費などの比率が增加し、幾分でも戦前の姿に近づいたわけである。なお家計の支出構成は所得階層によつて顕著な相違があり、次の如く低所得層ほど必需度の強い飲食費の割合が多い。

第八〇表 收入階層別エンゲル係数

(2)收入面の動向

 都市生活者の約六割を占める勤労者世帯につき、その收入の推移を檢討してみよう。

第八一表 勤労者世帯の收入

 昭和二五年の一世帯当り、平均実收入は前年異比べて一二%增加し、一方物価がこの間に七%下落したため、実質的收入水準としては一二%向上して戦前の七六%まで回復した。しかし昭和二五年中の推移としては、四―六月に戦前の七七%まで回復して以後停滯ぎみとなり、臨時收入の多い一二月を別として大体戦前の七割前後となつている。そしてかかる收入の停滯は前述した消費水準の動向に影響したわけである。

 ここで勤労者世帯收入の項目別構成をみると、実收入総額に占める世帯主本業收入の割合は昭和二四年の八五%から二五年には八七%となり、それだけ收入構成は健全化を示した。もつとも本年一―三月では世帯主本業收入は実質的低下を反映して再び家族收入、副業及び内職など補助介入の割合が增加している。

第八二表 勤労者世帶の收入構成

(3)家計の收支バランス

 以上の如く昭和二四年から二五年にかけてかなり順調に回復した收入は、一部を消費水準の向上に、一部を家計收支バランスの改善に振向けたものと推定されるが、二五年度下期には收支両面とも停滯ぎみとなつた。最近における勤労者世帶の家計收支バランスを統計の得られる昭和二五年一〇月―に六年三月についてみるとつぎの通りである。

第八三表 勤労者世帶の家計收支状況

 これによると昭和二五年一〇月―二六年三月の実質家計費(消費水準)は戦前の七四%であるが、租税負担の增大により実支出全体としては八二%の水準になる。他方これを支えるべき実收入は戦前の七五%となつているため、家計の收支バランスにおいては、戦前実收入の九%を黑字に残してたのに比して最近では收支が辛じて均衡する状態となつている。なお收入階層別にみると、昭和二五年一〇月―二六年三月平均で一世帶一ヶ月当り一万五千円以下の階層は赤字となつている。

(二)農家

 昭和二四年度を基準とした二五年の農家消費水準は次の通りである。

第八四表 昭和二五年の農家消費水準

 すなわち昭和二五年の消費水準は二四年度より四%向上しており、四半期別にみても各期とも前年同期を上廻つている。なお戦前(昭和九―一一年)を基準とすれば、二四年度が九〇%、二五年度が九三%程度となる。

 しかして前年度に比し四%上昇した消費水準を費目別に示すと次表の通りである。

第八五表 昭和二五年の費目別農家消費水準

 これによれば住居の二九%、雑費の二二%增加が顕著である。住居の向上は昭和二五年に入つての農家経済好転による住宅修繕の增加とみられ、雑費の上昇は保健・衛生・学校教育関係の增加に基いている。その他の費目にはあまり大きな変化がみられないが、食糧では主食がやや低下し、また酒・煙草及び菓子などの嗜好品がかなり減少している反面、魚介・肉・卵・乳加工品等は相当の增加を示した。

 家計支出総額に対する飲食費の割合(エンゲル係数)をみると、昭和二四年度の五三%に比し、二五年は五五%と僅かながら上昇している。これは上の如き食糧消費水準の低下にもかかわらず、朝鮮動乱までの物価下降期において食糧の値下りが相対的に緩漫であつたことによる。

 以上の農業生活の動きを農家経済の推移に関連させてみると、昭和二四年には前述(農家の項)の如くその経済收支は赤字を示したが、昭和二五年になると、その後期を除けば農村物価は農家に比較的有利に展開し、農家経済は好転を示して消費水準も上昇をみせた。

(備考)「農家の收入」及び「收支バランス」については各論七「農業」の章参照。

(三)國民生活水準の現状

(1)国民全体の消費水準

 家計調査からみた都市と農村の消費水準を総合するとつぎの通りで、昭和二五年には前年より五%向上して戦前の八二%まで回復している。

第八六表 総合消費水準

 他方この消費水準を裏付ける生活物資の供給量をみると、昭和二五年度では戦前水準を回復して昭和九―一一年の一〇四%となつたが、この間に人口が二〇%增加しているので、国民一人当りの供給量としては次表の如く戦前の八七%に当る。これは前年度に比べて九%の增加に当つている。

第八七表 国民一人当り生活物資供給量

 從つて家計調査と生活物資供給量調査の結果は大体符合しており、ここに昭和二五年の国民消費水準の実態が表現されているといえる。生活物資供給量の内容を費目別にみると、上の如く主食及び雑品(主にサーヴィス関係)はほぼ戦前水準に回復しており、光熱及び住居も戦前の八―九割となつているが、非主食は未だ七割に満たず、さらに被服になると六割以下の水準にある。

 非主食と被服の消費量回復がおくれているのは、これらの費目の価格が相対的に高いなどの原因により有効需要が不足しているためであるが、一面貿易の水準が低いこととも密接な関連をもつている。すなわち被服供給量の回復がとくに低いのは、繊維はじめゴム及び皮革製品などの生産が戦前に比して減退したためで、これは設備の縮小とともに原料輸入の低下によつて影響されたわけである。また非主食においても、砂糖・食用油・味噌など直接間接に海外依存度の強い商品の一人当り供給量は戦前の五割以下である。それでもこれらの供給量を前年に比較すれば、輸入の增加を反映して顕著な回復過程をたどり、総供給量指数上昇の主因となつている。

 昭和二五年度における主食供給量は戦前の九五%まで回復したが、そのうちには戦前水準を四八%も上廻るいも類が含まれており、米麦だけでは戦前の九〇%であつて、これらの点はいずれも前年度とはほとんど変化していない。もつとも主食配給実績においては、つぎの如く昭和二四年度と二五年度の間に若干内容の相違がある。配給送料は配給辞退の增加で一四六千瓲減少しており、またその構成内容では前年において配給量の九%を占めていたいも類が、昭和二五年にはほとんど配給面から姿を消し、その分は大体輸入食糧で埋め合わされた。なお昭和二五年七月には冬作雑穀、本年三月には夏作雑穀の統制が外され、その結果三月以降の配給食糧は完全に米麦の二本立てとなつた。

第八八表 主要食糧の配給実績

 最後に住宅についてみると、戦前と比較した表面上の水準では割合に回復率が高いものの、裏面では償却を繰延べした資産の喰い込みが行われており、その支出節約によつて戦後家計における飲食費の膨張を支えて来たが、他の費目の水準回復につれ住宅問題も漸く表面化している。建設省住宅局の調査によれば、昭和二五年の災害戸数を差引いた住宅の純增加数は二五三千戸で、これは全国総住宅戸数の二%にすぎない。しかして全国住宅不足戸数は昭和二五年末でもなお三一六万戸に上つており、今後毎年三〇万戸の純建設增加を続けても不足戸数の解消までに一○年以上を要することになる。

(2)国民所得と生活水準

 当本部国民所得調査室の試算に基いて、昭和二五年における国民一人当り消費支出を算出すると、次の如く実質的に戦前の八三%となり、前記諸方法による消費水準計算の結果とほぼ一致している。

第八九表 国民消費支出の推移

 しかして昭和二五年の国民総生産は実質的に戦爭水準を若干上廻つているが、一方国民総生産に対する消費支出の割合は戦前より幾分の縮小をみている。これは戦後財政支出の比重が增加し、また昭和二五年では米国の対日援助費削減などで戦後はじめて海外純投資がプラスになつたためである。從つてそれだけ国民消費支出の実質水準は国民総生産の回復率を下廻つて戦前とほぼ同じになり、しかもこの間に人口が二割增加している結果、一人当消費支出では戦前の八三%に低下するわけである。

 なお国民の消費生活が戦爭より低い一因に租税負担の增加がある。すなわち、国民所得に対する租税負担の割合は戦前の一三%から昭和二五年度では二二%に逹している。それでも昭和二四年度の二七%に比較すればかなり軽減されており、さらに二六年度では二〇%足らずへ減少する見込みである。

第九〇表 国民所得に対する租税負担の割合

 ただ戦前に比し租税負担が增加している反面、その一部は国民生活の維持向上に必要な経費として支出されている点を考慮しなければならない。戦前においては微々たるものであつた国民構成に関する財政支出は戦後漸增し、昭和二五年度では健康保険、失業保険、生活扶助等広義の社会保障費として国税及び地方税收入の約一六%が支出され、また食糧の消費者価格を抑えるための食糧補給金も同じく五%に上つている。かくてこれらの面から所得の再分配が行われていることになる。

 以上国民生活の現況を概観したが、戦後比較的順調な回復過程をたどつて来たにもかかわらず未だ充分であるとはいえない。今後その向上を計るためには、実質所得の上昇と相まつて、生活物資ことに被服品と非主食の供給量增加が必要であり、これは貿易水準の回復と関連するところが多い。また被服品と非主食の物価水準が高いこともその消費水準を圧迫している一因であるから、增加した供給量が消費に結びつくためには、それら物価の相対的下落が必要な條件である。なお戦後年を経るに從つて住宅問題が切実に意識されるに至り、住生活の改善が今後の大きな課題となつている。

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