第2章 人口減少時代における働き方を巡る課題(第3節)
第3節 働き方の変化と社会保障
我が国の働き方は社会保障と密接な関係にある。例えば、自営業者の場合は国民健康保険、雇用者の場合は勤め先の健康保険等、働く場所を一つの単位として国民皆保険が実現しているためである。本節では、働き方と社会保障の関係について、配偶者や高齢者の就業調整等の例を通じて取り上げることで、労働参加が増えている女性や高齢者(前掲第2-1-5図(2))の所得向上や働きやすさの改善に向けた論点を考察する。
1 我が国の社会保障給付と負担の変遷
(医療介護保険の給付と負担は増加)
まず、社会保障の現状を概観する。医療介護保険の給付額は、2018年度に45.1兆円、家計可処分所得の約15%の規模となっている(第2-3-1図)。こうした実物給付は社会保険制度によって賄われており、社会保険料負担(雇主負担含む)は28.8兆円であり、給付との差額は消費税をはじめとする税負担や将来世代の負担による。すなわち、政府を仲介して世代内・世代間での相互扶助が行われている。負担水準を家計レベルでみると、2人以上勤労世帯の世帯当たり保険料負担は年額27.4万円となっている。
(年金給付が増加する中、保険料収入も増加)
金銭給付である公的年金についても、社会保険方式が採用されており、その給付は年金保険料と税負担等によって賄われている。公的年金の給付総額は、受給者の増加に沿って増加してきたが、このところは増勢が鈍化し、2018年度の給付額は53.3兆円となっている(第2-3-2図)。
保険料負担については、2004年の年金制度改革によって、国民年金については13,300円から16,900円(2004年度価格水準)、厚生年金については13.58%から18.3%へ年率0.354%で引上げられてきており、2017年9月時点では18.3%となっている。こうした料率引上げに加え、ここ数年は被保険者数の増加と雇用者所得の増加があいまって、保険料収入は大きく増加しており、2018年度には38.4兆円(雇主負担含む)となっている。
(社会保険の適用拡大にともない、被保険者数は増加)
政府は、2013年の年金機能強化法により、2016年10月からは501人以上の事業所について、週当たり20時間以上の就業をする雇用者を社会保険の適用対象とした。また、2016年の年金改革法の成立により、2017年4月からは、500人以下の事業所についても、労使合意に基づいた場合には、週当たり20時間以上の就労をする雇用者は、社会保険の適用対象とした(第2-3-3図)。
適用拡大の結果、短時間被保険者数は2016年10月の約22万人から、2019年7月には約45万人と約23万人の増加、対象事業所についても約27,000事業所から約36,000事業所へと大きく増加することとなった(第2-3-4図)。社会保険の適用対象になると、被用者本人には保険料の賦課という負担増は発生するものの、雇主負担も同時に発生し、将来的には年金給付の受取額の増加や健康保険上の受益者になることから、相応のメリットが得られることになる(第2-3-5図)。
2 第3号被保険者を取り巻く状況と課題
(第3号被保険者の過半が就業しているが、短時間労働が多く、所得は低め)
我が国の社会保険制度の対象者は、実態として、公的医療保険と公的年金が連動しており、健康保険法の適用事業所等に雇用される者、当該者に扶養されている者、前二者以外の者(適用事業所等に雇用されていない者であり、自営業者等の国民健康保険の適用対象者)に大別され、国民年金の被保険者の区分においては、それぞれ第2号被保険者、第3号被保険者、第1号被保険者に対応している。社会保険料は第1号及び第2号被保険者に課せられる1。
2016年の調査(20~59歳を対象)によると、第3号被保険者の約53%にあたる475万人の者が何らかの形で就業している(第2-3-6図(1))。その月額収入分布は、7万8千円から8万8千円未満の階級に約26%が集中しており、第1号被保険者や第2号被保険者が集中している12万5千円~25万円未満に比べると半分程度となっている(第2-3-6図(2))。週当たりの労働時間についても比べると、第3号被保険者は15~20時間の階級が約28%と最も多くなっており、いわゆるパートタイム労働として働いていることが分かる。
(第3号被保険者の16%が社会保険の適用拡大時に働き方を変更)
上述の2016年調査は、先に紹介した501人以上の事業所に対する週あたり20~30時間の短時間労働者への社会保険適用拡大直後に行われていたことから、その前の調査(2013年)と労働時間の分布を比較すると、粗いものの、制度変更による就業時間の変化の程度を知ることができる。第3号被保険者の労働時間の分布をみると、20~30時間未満の割合が38.4%(約143万人)から34.4%(約125万人)と4.0%(約18万人)減少し、同時に、15~20時間未満の割合が3.5%(約11万人)増加したことが分かる(第2-3-6図(3))。
人数や割合が増減する要因は他にもあるが、労働政策研究・研修機構(JILPT)の実施した調査2によると、サンプル数が小さいことから明確な傾向は確認できないが、適用拡大に際し、第3号被保険者については働き方を変えない人が最も多かった。働き方を変えた人(16.2%、377人)についてみると労働時間を短縮した人が6.0%、社会保険が適用されるよう労働時間を延長した人が8.4%となっている(第2-3-6図(4))。
(配偶者の勤め先における手当も就業調整を誘発)
これまでのところ、人口構造や社会構造の変化に対応し、配偶者の就業をさまたげる経済インセンティブの除外や緩和が進められてきており、結果として、就業者・雇用者数の増加、社会保険被保険者数の増加を実現してきた。多くの人々の社会参加の促進は、家庭だけでなく社会においても能力を発揮したいと考える者の行動を後押しすることで、過去に受けた教育や訓練によって培われた人的資本を活かすことにもつながっている。
しかし、公的な仕組や制度だけでなく、主たる稼得者の勤め先にある配偶者手当等が就業のディスインセンティブ、あるいは就業調整につながっている面もある。実際、2017年の調査によると、配偶者のいる女性の4割が就業調整をしていると回答しており、配偶者のいない女性とは異なった働き方をしている。こうした就業調整の結果、得られる収入の分布をみても、50~150万円にとどまるよう抑制している様子がうかがえる(第2-3-7図(1)、(2))。
そこで、民間企業における配偶者手当の支給状況をみると、支給企業の割合は低下傾向にはあるものの、いまだ6割の企業で支給されており、また、約8割の企業において配偶者に150万円以下の所得制限を課していることが分かる。所得制限のない企業は僅か14.5%しかない(第2-3-8図)。同様のことは公務員についても指摘でき、国家公務員の手当制度を例にとると、配偶者手当の支給要件としては、当該配偶者の年間収入が130万円となっている。支給金額は、月額0.65万円と先に示した第3号被保険者の月額基本給(前掲第2-3-6図(2))に比べると高くはないが、失うことが就労インセンティブに影響していないとはいえない。こうした形で配偶者の就業を阻害する仕組みは、現在の社会環境には馴染まないことから、民間における取組を促すだけでなく、所得制限を廃する、あるいは子供や老親といった別の扶養手当に振り替えるといった変更を通じて、公務員自らの給与制度を改革していくべきであろう。
3 就労を促す社会保障の改革
(高齢者就業の促進)
就労インセンティブを高める二つ目のポイントは高齢者の就業と年金給付である。2018年時点において、60歳台は過半が就業状態(948万人)にあるが、その中には、就業時間の延長等を希望する追加的な就労希望者(24万人)がおり、就業状態にない失業者や潜在的には働きたいと考えている非労働力状態の者(34万人)を合わせると、58万人存在する(第2-3-9図(1)、(2))。
こうした高齢者が就業する際に課題となるのは、公的年金の支給要件と就労所得の関係である。いわゆる在職老齢年金制度の下では、60歳台前半において、賃金と年金の合算所得が28万円を上回る場合、賃金2に対して年金1の支給停止が発生する。また、賃金が47万円を上回る場合、賃金1に対して年金1の支給停止が発生する。また、65歳以上においては、基礎年金部分を除いた年金と賃金の合算所得が現役世代の平均月収相当を上回る場合に、支給停止が発生する(第2-3-9図(3))。
こうした要件に該当する者は、60歳台前半で67万人、65歳以上で41万人程度存在する。また、月収分布をみると、60歳台前半では、28万円の階級の手前に多くの人が集中している(第2-3-9図(4))。また、65歳以上においても、48万円の階級手前に多くの人が集中している(第2-3-9図(5))。
在職老齢年金を巡る就業調整については、当該制度が就業意欲を抑制する影響があると指摘する研究がある一方、一部の年齢を除いて効果はないとする研究もある3。こうしたことを背景に、2019年の全世代型社会保障検討会議中間報告では、「60~64歳に支給される特別支給の老齢厚生年金を対象とした在職老齢年金制度(低在老)については、就労に与える影響が一定程度確認されているという観点、2030年度まで支給開始年齢の引上げが続く女性の就労を支援するという観点、また、制度をわかりやすくする観点から、現行の28万円から65歳以上の在職老齢年金制度(高在老)と同じ47万円の基準に合わせることとする」としている。こうした見直しによって、年金制度が就労に対してより中立的になることが期待される。
(子育て世帯における継続就業の促進)
就労インセンティブと社会保障を巡る最後の課題は、子育て世帯における継続就業の促進である。第1節でも触れた通り、我が国では、結婚や出産を機に仕事を辞める女性が多く、再就業の際に非正規化し、それまでに身につけた仕事のスキルや人的資本を必ずしも活かしきれないという問題が残っている。こうした問題を解決し、子育てと継続就業を両立することは、社会全体にとっても利益となることであり、増勢が続く育児休業給付金は、単なる再分配ではなく投資的な色彩を持っている(第2-3-10図)4。
(出生率の改善と就業の促進の二兎を得る)
国によって異なるものの、1980年までのデータを用いると、女性の就業率と出生率はマイナスの関係として推計されるのが常であった。しかし、最近では、両者の間にマイナスの関係はみられなくなるだけでなく、プラスの関係として計測されるようになっている。
過去の分析によると、こうした動きの背景には、女性就業が出生率に与えていたマイナス要因を緩和、あるいは是正する社会的、制度的な動きがあったとされている6。労務管理の弾力化を含めた働き方の見直し、ワークライフバランスの改善に向けた公私にわたる様々な取組の成果、そして子育て世帯への支援もあり、就業率を高めることが出生率にマイナスとはいえない状態となっている(第2-3-11図(1))。こうした関連する取組を総合した上で、子育て世代の就業支援の意義がある。現在、保育サービスの提供も拡大基調にあるが、保育所数・定員の増加は、核家族化が進む中にあって、出生率上昇の助けとなりつつ、就業率にもプラスとなっている(第2-3-11図(2))7。