第1章

[目次]  [戻る]  [次へ]

第2節 景気回復の中でみられる波及テンポの違い

「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の「三本の矢」からなる経済政策(「アベノミクス」)によって、企業収益の拡大や雇用・所得環境の改善、そして消費や投資の増加という経済の好循環が動き始めた。しかし、こうした好循環の波及テンポには、企業規模や地域、所得階層別に差がみられる。本節では、2014年4月の消費税率引上げ以降の景気の弱さの一因ともなっているそうした差について検証する。

1 中小企業にみられる原材料・エネルギーコスト上昇の価格への転嫁の遅れ

ここでは、企業規模別の業況や売上高等を手掛かりに、中小企業における回復の遅れを検証するとともにその背景を探る。

(中小企業の業況判断は大企業に遅れて改善)

2012年末以降の景気回復を背景に中小企業の業況判断は改善し、日銀短観の2013年12月調査では22年ぶりにプラスに転じた。しかし、そうした中小企業のマインドは大企業に比べて遅れて改善していた(第1-2-1図別ウィンドウで開きます(1))。消費税率引上げ以降、景気の弱さを背景に、大企業、中小企業共にマインドが低下する中、中小企業については大企業に比べて慎重化の動きもみられるようになった。各種調査でも、消費税率引上げ以降、中小企業の景況感は総じて低下していることが示されている(第1-2-1図別ウィンドウで開きます(2))。

(中小企業の売上高・利益の回復に遅れ)

企業規模別の売上高をみると、大・中堅企業は2013年後半に増加に転じた。それに対して、中小企業の売上高は、大・中堅企業が増加に転じた後も横ばいで推移していた(第1-2-1図別ウィンドウで開きます(3))。その後、中小企業の売上高は、非製造業を中心に2014年1-3月期に大きく増加したものの、消費税率引上げの反動の影響もあって再び減少に転じた。企業規模別の営業利益についても、大・中堅企業では、2012年末以降、製造業を中心に前年比プラスで推移していたが、中小企業では、2013年後半からようやく前年比プラスに転じた(第1-2-1図別ウィンドウで開きます(4))。売上高経常利益率をみると、大・中堅企業製造業を中心に上昇傾向にあり高水準で推移しているが、両者の水準には差がみられる(第1-2-1図別ウィンドウで開きます(5))。

2012年秋以降に進んだ為替の円安方向への動きは、輸出比率(売上高に占める外需額)が高く、円安のメリットを受けやすい大企業を中心に収益を増加させた1別ウィンドウで開きます。また、大企業では、リーマンショック後にみられた経営体質強化の取組や海外展開の拡大に起因する海外からの受取配当収益の増加等を通じて、収益力の向上が図られたことも背景にあると考えられる。他方、中小企業については、輸出比率が大企業に比べて低いことから、円安のメリットを享受できず、大企業との間で売上高や利益の回復に差がみられるようになった。また、最近では、大企業の収益にプラスの影響を与えた円安方向への動きが、投入価格の上昇を産出価格に十分に転嫁できない中小企業にとって収益の圧迫要因となっている。

(中小企業では原材料・エネルギーコスト上昇の価格への転嫁が困難)

円安のメリットが十分に享受できず、総じて競争力の弱い中小企業では、円安による投入価格の上昇を産出価格に十分に転嫁できないために収益が圧迫され、業況が悪化している可能性がある。そこで、日銀短観の販売価格DIから仕入価格DI2別ウィンドウで開きますを差し引いた値(以下、「疑似交易条件」という。)を用いて、産出価格と投入価格の上昇幅の違いを企業規模別に確認する。疑似交易条件は、産出と投入の相対価格の動きを表しており、投入価格の上昇を産出価格にどの程度転嫁できているかを推し量ることができると考えられる。

疑似交易条件の過去平均値について、大企業、中堅企業、中小企業別にみると、企業規模が小さいほどマイナス幅が大きい(第1-2-2図別ウィンドウで開きます)。これは、企業規模が縮小するにつれ、仕入価格を販売価格に転嫁しにくい傾向にあることを表している。景気回復の中でデフレ脱却に向けた動きが進んでいるが、疑似交易条件をみると大企業では2013年後半以降マイナス幅が縮小し改善がみられるのに対し、中小企業では2014年央以降に若干の改善がみられただけで価格転嫁行動に大きな変化はない。なお、2014年秋以降、原油価格が大幅に低下しているが、原材料・中間財価格の低下を通じて疑似交易条件の改善につながることが期待される。

販売価格DIと仕入価格DIの動きを製造業・非製造業別に、前回円安方向へ推移した局面(2005~07年)と比較してみよう。前回局面では、ドル円レートが13%程度、今回円安方向へ推移した局面では28%程度減価しているが、両局面で企業の価格転嫁行動に違いがみられるだろうか。

まず、非製造業における動きを企業規模別にみると、大企業、中小企業共に両局面で価格転嫁行動に違いはみられず、仕入価格の上昇に併せて販売価格を引き上げていることが分かる(第1-2-3図別ウィンドウで開きます)。次に、製造業についてみると、前回局面に比べ、今回局面では大企業、中小企業とも仕入価格の上昇に見合うだけの販売価格の上昇がみられず、特に中小企業では仕入価格DIが販売価格DIを大きく上回っている。こうした背景には、素材業種を中心にエネルギーや原材料価格の上昇の販売価格への転嫁が遅れている現状がうかがえる。原材料・エネルギーコスト上昇の価格転嫁の状況について、経済産業省が行ったアンケート調査3別ウィンドウで開きますによれば、中小企業の半分以上が販売価格に転嫁することが困難(「ほとんど転嫁できていない」、「全く転嫁できていない」)と回答しており、そのうち6割以上の企業が、「価格転嫁すると売上が減少する」ことを理由として挙げている(付図1-1別ウィンドウで開きます)。

なお、消費税率引上げ分の価格転嫁状況について、経済産業省が行ったアンケート調査4別ウィンドウで開きますによると、「全て転嫁できている」と回答した事業者が、事業者間取引では82.7%、消費者向け取引では71.9%となっており、消費税率引上げ分の価格転嫁は一定程度進展しているとみられる5別ウィンドウで開きます。中小企業の業況改善には、景気の着実な回復を図り、原材料・エネルギーコスト上昇を適切に販売価格に転嫁できる環境を作っていくことが重要である。

2 所得・消費の回復は大都市で先行

景気回復は、大企業から中小企業への波及と同様、都市から地方へと徐々に波及してきたが、都市と比較すると、地方での改善には遅れがみられている。ここでは、地域間で差がみられる所得や消費の動向について検証する。

(雇用・所得の改善は大都市で先行)

一人当たり賃金(現金給与総額)や就業者数の動きをみると、東京では他地域に比べ先行して改善してきた(第1-2-4図別ウィンドウで開きます)。所得面での改善が先行する背景として、東京などの大都市では、企業収益の改善を背景とした賞与の増加等の影響が大きいことが挙げられる。2012年末以降の景気回復局面では大企業の収益が先行して改善したが、そうした大企業は大都市に集中している。

大都市に比べて遅れたものの、地方でも一人当たり賃金は、2013年後半以降増加に転じた。そうした賃金上昇の動きを産業別にみると、製造業や建設業、サービス業、卸・小売業など幅広い業種において、賃金が上昇している(第1-2-5図別ウィンドウで開きます)。2012年秋以降の為替の円安方向への動きは、輸出金額の増加を通じて企業収益の改善をもたらし、輸送機械や一般機械、電気機械等の製造業の経常利益を増加させた。また、公共投資の増加は、土木・建設事業や不動産取引を増加させることにより、建設業や不動産業にプラスの影響を与えたと考えられる。加えて、2013年年初にみられた株価の大幅な上昇等を背景とした消費者マインドの改善や消費活動の活発化は、サービス業や卸・小売業の売上高を増加させた可能性がある。

製造業を中心に企業収益の改善をもたらした2012年秋以降の為替の円安方向への動きは、従来であれば、輸出数量の増加を通じて地域経済の成長にも貢献することが考えられる。しかし、今回の回復局面では、輸出数量が伸び悩んでいることから外需による地方経済の押上げ効果が十分に発現せず、地方における生産や雇用、所得の回復の遅れの一因ともなっている。

(消費税率引上げ後の消費の回復も大都市で先行)

消費についても、2012年末以降の景気回復の中、大都市で先行して回復してきた。こうした背景には、先にみた雇用・所得の改善の違いが挙げられる。また、大都市では世帯当たりの株式保有数が大きく、2013年以降の株価上昇の恩恵をより強く受けていることが考えられる。

大都市先行の消費回復の動きは、2014年4月の消費税率引上げ以降の回復局面でもみられた。こうした消費動向の違いをみるために百貨店売上高の動きを地域別にみると、東京や大阪などの大都市では夏以降持ち直しの動きがみられるものの、地方では、依然として前年比でマイナスとなっており、消費の回復が遅れている(第1-2-6図別ウィンドウで開きます)。なお、地方の小規模都市や北海道、東北などの寒冷地では消費に占めるエネルギーの割合が高く、エネルギー価格の変化の影響を受けやすいといった特徴がある。景気回復の恩恵を地方にも十分に行き渡らせるため、地方の消費の喚起などの対策に加え、しごとづくりなど地方が直面する構造的な課題への取組を進めることが重要となる。

3 低所得層、子育て世帯にみられる消費の抑制傾向

2012年末以降の景気は、個人消費を中心に内需が主導する形で回復してきた。しかし、個人消費は、2014年4月の消費税率引上げ以降、駆け込み需要の反動や夏の天候不順の影響、更には消費税率引上げや輸入物価の上昇等による物価上昇の影響を受け、弱さがみられるようになった。こうした中、消費動向について所得階層や年齢別に違いがみられるようになった。ここでは、消費税率引上げ以降にみられる消費の弱さの背景を、所得階層・年齢別に探る。

(消費税率引上げ以降、低所得層や30歳代世帯で支出抑制の動き)

消費税率引上げ後の収入・支出の動向について、調査世帯を世帯主の年間収入によって5分割した「年間収入5分位階級」別にみると、相対的に収入が少ない「第I分位」では、他の所得層と比べても、収入の低下以上に支出が落ち込んでおり、消費税率引上げ後に消費支出が抑制されていることが分かる(第1-2-7図別ウィンドウで開きます(1))。

同様に、収入・支出の動向を世帯主の年代別にみると、子育て世代にあたる30歳代世帯では収入の低下に比べて支出が大きく落ち込んでいる(第1-2-7図別ウィンドウで開きます(2))。このように収入・支出の面で所得階層別、年齢別に差がみられるが、その原因は何であろうか。

(2013年央以降、低所得層のマインドの低下が大きく、持ち直しの動きも弱い)

個人消費には弱さがみられるが、その背景の一つに消費者マインドの弱い動きがあると考えられる。消費者マインドは2014年8月以降、4か月連続で低下したが、ここでは、そうしたマインドにみられる弱い動きを、所得階層・年齢別に点検する。

内閣府「消費動向調査」を基に消費者意識指標の一つである「収入の増え方」の動きを所得階層別にみると、いずれの階層でも2013年央をピークに2014年前半にかけて収入見通しが低下している(第1-2-8図別ウィンドウで開きます(1))。収入見通しの低下は、所得の低い層ほどより大きい傾向がある。また、消費税率引上げ以降、収入見通しにはいずれの階層でも一時持ち直しの動きがみられたが、低所得層では税率引上げ前のピークに対して戻りが弱く、十分に回復していないことがうかがえる。こうした背景として、非正規比率の高い低所得層において、将来への不安などから支出が抑制されている可能性がある6別ウィンドウで開きます。また、所得に対する消費税の負担率は、所得が低いほど重くなる傾向があるため、消費税率引上げが特に低所得層のマインドに影響を与え、結果、そうした層での消費の抑制傾向を高めている可能性がある。

年齢別にみると、60歳以上の収入見通しは、2013年半ばから2014年前半にかけて落ち込んだものの、その後持ち直しの動きがみられている(第1-2-8図別ウィンドウで開きます(2))。40歳代、50歳代の収入見通しについても、最近になって低下する前は緩やかな持ち直しの動きがみられたが、30歳代の収入見通しについてはそうした回復の動きもなく、他の世代に比べ水準は高いものの、2014年に入り低下傾向にある。現在の30歳代はいわゆる「就職氷河期」世代にあたり、就職期の非正規雇用比率が前の世代に比べて大きく上昇していたことや、30歳代世帯は金融資産が少ない一方、住宅ローン残高が多い世代でもあることから流動性制約7別ウィンドウで開きますに直面しやすいという特性により、他の世代に比べ消費税率引上げ後の節約志向を高めている可能性が考えられる。

[目次]  [戻る]  [次へ]