第1節 景気局面の現状
第1節では、経済政策の効果が着実に発現する中で、持ち直しから回復へと移行しつつある我が国経済の動向を概観する。また、経済の外生的要因である公共投資と輸出の動向について振り返る。
1 概観
我が国経済は、2013年に入って持ち直しに転じ、緩やかに回復しつつある。最初に株価上昇による資産効果や消費者マインドの改善を背景に個人消費が景気をけん引した。その後、生産の持ち直しや円安方向への動きによる企業収益の改善が所得や設備投資の増加へとつながり、支出、生産、所得の好循環が動き出している。デフレ状況ではなくなった2006年年央までの回復局面とも比較しつつ、今回の回復局面の特徴を確認する。
(実質GDPは4四半期連続の増加、リーマンショック前のピークをおおむね回復)
実質GDPの動向を振り返ると、2012年4-6月期、7-9月期に2四半期連続のマイナス成長となった後、2012年10-12月期以降はプラス成長が続いている(第1-1-1図(1))1。この結果、2013年7-9月期の実質GDPはリーマンショック前の2008年1-3月期に記録した過去最高の水準をおおむね回復した(第1-1-1図(2))。
2013年の景気の持ち直しを最初にけん引したのが個人消費である。株価上昇に伴う資産効果や消費者マインドの改善に伴い、2013年前半には、個人消費が成長に大きく寄与した。2013年5月下旬以降、株価が横ばい圏内の動きとなり、マインドの改善テンポも鈍化したことなどから伸びは低下したものの、雇用・所得環境が改善する中で増加傾向を維持している。輸出は過去の回復局面と比べて伸びは低いものの、アメリカや中東向けの自動車輸出の増加、尖閣諸島を巡る状況の影響で落ち込んだ中国向け輸出の持ち直しなどを背景に、2013年前半は成長を押し上げた。設備投資についても、企業収益の改善や好調な内需を背景に2013年4-6月期に1年ぶりに増加したものの、依然として非製造業を中心に持ち直しの動きにとどまっている。
この間、東日本大震災(以下「大震災」という。)からの復旧・復興事業を背景に公共投資も継続的に成長を下支えし、経済対策2の効果が発現したことにより、2013年4-6月期以降は寄与を高めた。また、住宅投資は2012年10月末が着工期限となっていた復興支援住宅エコポイントの反動減の影響などから2013年4-6月期に弱い動きとなったものの、7-9月期には低金利や景況感の改善、消費税率引上げ3を控えた駆け込み需要などの影響で再びプラスに寄与した。
(景気の回復力は2006年年央までの回復局面を総じて上回る)
我が国経済は支出、生産、所得の好循環が動き出したが、その回復力はどの程度だろうか。①円安局面であること、②デフレ状況ではなくなったことといった点で、今回の回復局面と共通する2006年年央までの回復局面(以下「前回」という。)と比較することにより、その特徴を確認しよう4。
実質GDPは前回と比べて高い伸びとなっている(第1-1-2図(1))。特に、個人消費は基準時点から2四半期まで前回を大きく上回るテンポで増加した。その後、伸びがやや鈍化したものの、けん引役が株価の上昇やマインドの改善から雇用・所得環境の改善へと移行する中で、消費税率引上げに伴う駆け込み需要もあって増加基調を維持している(第1-1-2図(2))5。加えて、大震災からの復旧・復興事業や経済対策の実施を背景に公共投資が高い伸びとなっているほか、住宅投資も好調に推移している(付図1-1)。一方、設備投資については、リーマンショックの後遺症もあって、前回をやや下回る伸びとなっている。ただし、設備投資の先行指標となる機械受注は基準時点から2四半期以降は前回を上回る伸びとなっており、先行きには明るさがうかがえる(第1-1-2図(3)、(4))。
所得の動向を見ると、2012年秋以降に進んだ円安方向への動きが急速だったことなどから、企業収益の伸びは前回を大幅に上回っている(第1-1-2図(5))。一方、雇用者所得は基準時点から7か月後までは前回とおおむね同じテンポで増加しているものの、その後の伸びはやや緩やかになっている(第1-1-2図(6))。その内訳を見ると、両局面ともデフレから脱却していないことなどから、一人当たり賃金(現金給与総額)は底堅い推移にとどまっている一方、今回は雇用者数が緩やかな増加にとどまっている(第1-1-2図(7)、(8))。この背景には、基準時点での企業の労働需要の違いがあると考えられる。日銀短観の雇用人員判断DIを見ると、前回は2005年9月時点で既に全産業で不足超となっていたのに対し、今回はリーマンショックの後遺症から製造業の稼働率が依然として低水準にとどまる中で、製造業の雇用過剰感が2012年12月時点でも高い水準にあった。ただし、2013年12月時点で製造業の雇用過剰感はおおむね解消に向かっており、非製造業の雇用人員判断DIも大幅な不足超となっている。労働需要の拡大を受けて、今後、雇用者数の増加テンポが高まることが期待される。
これらをまとめると、実質GDPの需要項目は総じて前回を上回るテンポで増加している。前回をやや下回る伸びとなっている設備投資についても、好調な企業収益などを背景に先行きには明るさがうかがえる。所得面では企業収益が前回を大きく上回って増加している一方、雇用者所得はやや下回る伸びとなっている。デフレ脱却につなげるためにも、現金給与総額や雇用者数が力強く増加し、家計の雇用・所得環境が更に改善していくことが期待される6。
2 財政政策の進捗状況
現在、大震災からの復旧・復興事業と経済対策7がともに公共投資の水準を押し上げ、経済成長を下支えしているが、今後もその下支えは期待できるのだろうか。復旧・復興事業と経済対策の進捗状況を確認8するとともに、今後の持続力を点検する。
(復旧・復興事業は重点分野が変わる中で今後も公共投資を下支え)
大震災からの復旧・復興事業の進捗を背景に、東北3県(岩手県、宮城県、福島県)の公共工事請負金額は2013年4月まで堅調に増加してきたものの、その後は増勢に一服感が見られる(第1-1-3図(1))。復旧・復興事業による公共投資の押上げは今後期待できないのだろうか。
そこで、大震災からの復旧・復興の現状を確認すると、主要な直轄国道の復旧がほぼ完了し鉄道も約9割まで回復している一方、復興まちづくりとそれに伴う住宅再建や被災した防波堤の本格復旧事業の進捗が見込まれるなど、総じて見れば復旧・復興事業は応急復旧段階から本格復旧・復興段階へ移行していることがうかがえる9。例えば、住まいの復興工程表を見ると、2014年度以降に災害公営住宅の引き渡し、宅地造成工事の完了が多く予定されている10(第1-1-3図(2))。今後、これらの事業の財源となる復興交付金の執行が進み、公共工事請負金額の増加に寄与すると考えられる。また、2014年度における復興庁の予算概算要求を見ると、災害復旧事業や復興関係公共事業などの「まちの復旧・復興」は2013年度予算額と同程度が要求されており、当初予算比では2014年度も2013年度と同程度の発注が行われると見込まれる11。
(経済対策は2013年4-6月期から公共投資を押し上げ)
東北3県を除く全国の公共工事請負金額は、経済対策の進捗に伴い2013年4月に大幅に増加し、その後もこれまでより高い水準で推移している(前掲第1-1-3図(1))。それに伴い、公共工事出来高も4月以降にその増加ペースが高まっている(第1-1-3図(3))。ただし、公共工事請負金額は7-9月期に前期比5.9%減となった後、10月は前月比2.5%増、11月は同9.6%減となっており、4-6月期をピークに減少傾向にある。
今後、公共投資はどのように推移するだろうか。2013年度の国・地方の公共投資関連予算(当初予算及び前年度からの繰越分)は前年度比14.4%増12の高い伸びとなっているが、経済対策の早期執行への取組を反映して、2013年4-11月期の公共工事請負金額は前年比18.8%増と予算を上回る伸びで推移している。このため、公共工事請負金額の伸びは今後鈍化する可能性があるものの、先述した復興交付金の執行も進む中で底堅く推移すると見込まれる。
政府は「消費税率及び地方消費税率の引上げとそれに伴う対応について」(2013年10月1日閣議決定)に基づき、12月5日に新たな経済対策13を策定した。この中で、大震災からの復旧・復興、国土強靭化、防災・安全対策の加速などに国費を3.1兆円程度予算措置することとしている。経済対策の効果が発現する時期はその実行のための補正予算の成立時期などによるものの、2012年度補正予算の各種統計への反映状況を踏まえると、その効果は2014年4-6月期に現れ始める可能性が高い。
今後、公共投資の円滑な執行に当たり、その阻害要因となりうるのが建設業の労働者不足と建設資材価格の高騰である。建設業の人手不足感は、大震災の復旧・復興事業が本格化して以降、調査産業計を上回り、直近の調査では過去最高となっている(第1-1-3図(4))。また、建設資材価格も上昇傾向にあり、特に仙台では全国平均を大きく上回る伸びを示している(第1-1-3図(5))。建設業の労働者不足と建設資材価格の動向が公共投資に与える影響を今後とも注視する必要がある。
3 輸出の動向
輸出は2013年に入って増加基調に転じ、実質GDP成長率の押上げに寄与してきたが、2013年春以降は弱めの動きとなっている。2012年秋以降に進んだ円安方向への動きや海外景気が輸出に与えた影響と輸出が弱めの動きとなった背景を整理する。
(円安はプラスに働いているものの、海外需要の鈍化が輸出を下押し)
海外景気の減速などを背景に2012年年央から減少した輸出は、2012年11月から2013年5月まで増加基調で推移したものの、その後は弱めの動きとなっている(第1-1-4図(1))。2012年秋以降に円安方向への動きが進み、2013年に入って海外景気に底堅さが見られるにもかかわらず、輸出はなぜ弱めの動きとなっているのだろうか。
最初に、輸出数量関数を推計し14、2012年11月以降の輸出数量の動きを所得要因(輸出相手国の景気動向)15と円安方向への動きなどを反映する価格要因に分けてみよう(第1-1-4図(2))。所得要因は2012年12月から2013年4月にかけて着実に輸出数量の押上げに寄与した。5月以降は、アメリカ、韓国、台湾などの景況の改善テンポが一時的に鈍化したことを背景にプラス寄与が縮小したものの、その後、これらの国・地域の景況の改善テンポが高まるとともに、EUの景況が着実に改善する中で8月にはプラス寄与が拡大している。
価格要因についても、2012年11月から2013年5月にかけての約20%の円安を背景に徐々に輸出数量の押上げに寄与している。ただし、契約通貨建ての輸出物価の動向を2005年の円安局面と比べると、輸送用機器やはん用・生産用・業務用機器で同程度の下落、電気・電子機器は小幅の下落、化学は前回のように下落しておらず、横ばい圏内となっている(第1-1-4図(3))。円の下落率と比べると契約通貨建ての輸出物価の下落は小幅にとどまっていることから、円安方向への動きが大幅に進んだにもかかわらず、2012年秋以降の価格要因による輸出数量の押上げ効果は、これまでのところ小幅にとどまっていると考えられる。
また、所得要因と価格要因を除くその他の要因は2013年5月まで振れを伴いながら輸出数量を押し上げる一方、6月以降は押下げに寄与しており、2013年春以降の輸出を下押ししたことが分かる。
(中国向け輸出の持ち直しの一服なども2013年春以降の輸出を下押し)
次に、所得要因と価格要因を除くその他の要因が輸出に与えた影響の背景を探るため、2012年11月を起点とする輸出数量の累積増加率と地域別の寄与度を確認しよう。アメリカ向け輸出と中国向け輸出が2013年春まで輸出の増加をけん引してきたものの、アメリカ向け輸出は5月以降、中国向け輸出は6月以降、増勢が鈍化している(第1-1-5図(1))。また、2013年3月から5月にかけて増加に寄与していた中国を除くアジア向け輸出は7月以降大幅なマイナス寄与となっている。中国向け輸出の増勢が鈍化した背景には、2012年9月の尖閣諸島を巡る状況の影響で急速に落ち込んだ後、2013年に入って比較的高めの伸びが続いてきたものの、このところ回復の動きが一段落したことがある。また、アメリカの自動車市場が好調を維持する中でアメリカ向け輸出は自動車を中心に持ち直してきたが、日本車の生産体制の見直しの影響などがアメリカ向け輸出の増勢の鈍化に影響している。中国を除くアジア向け輸出が2013年7月以降大幅に減少した背景としては、タイにおいて2012年12月に終了した自動車初回購入支援策(初めて車を買う消費者への減税措置)の効果が剥落していることやインドネシアにおいて2013年6月に燃料補助金が削減されたことの影響などがあると考えられる。
品目別の寄与度を見ると、輸送用機器が2013年1月に大幅に拡大したものの、それ以降は横ばい圏内にとどまっており、アメリカ向けや中国向け輸出、中国を除くアジア向け輸出の増勢鈍化の一因であったことを示している(第1-1-5図(2))。また、鉱物性燃料の輸出が2013年3月から5月にかけて一時的に大幅に増加に寄与している一方、電気機器の輸出が6月以降マイナス寄与となっている。鉱物性燃料と電気機器の輸出は主にNIEs諸国向けとなっており、中国を除くアジア向け輸出の2013年3月から5月の増加と6月以降の大幅減にはこうした品目の動向が影響していると考えられる。
(中期的に輸出を押し下げる可能性がある要因にも留意が必要)
最後に、日本の輸出の伸びが弱い背景として、中期的に輸出を押し下げる可能性がある要因についてまとめてみよう。
第一に、世界の設備投資の動向である。一般機械の輸出が2012年11月以降横ばい圏内で推移している背景には、リーマンショック後、リスクに対する慎重姿勢が世界的に広がる中で、設備投資が低迷していることが影響していると考えられる16。海外の設備投資の動向によっては今後も日本の一般機械の輸出が下押しされる可能性がある。
第二に、電気・電子機器産業の事業環境の変化と日本企業の対応である。2012年11月以降の電気・電子機器の輸出の減少には、デジタルカメラを中心とする映像機器の減少が大きく寄与している。スマートフォンの需要が世界的に拡大する中で、日本の主要輸出品目の一つであるデジタルカメラなどへの需要が減退している。また、高品質のスマートフォンの生産拡大に伴い、日本の電子部品の輸出も増加してきたが、今後、低中品質のスマートフォンの需要が高まる中で、日本の電子部品の輸出がこれまでと同様のテンポで増加するかどうかは不透明な面もある。
第三に、日本企業の生産体制の見直しの動向である。日本車の生産体制の見直しが2013年春以降のアメリカ向け自動車輸出に影響を与えたが、こうした見直しは為替レートの円安方向への動きや景気の持ち直しが始まる前に計画されていたと考えられる。今後の景気や金融市場の動向、日本の立地競争力を高めるための政府の取組が日本企業の対応や輸出にどのような影響を与えるかを注視する必要がある。
コラム1-1 円安と実質国民総所得(GNI)
実質GNIは2013年4-6月期に前期比年率6.8%の高い伸びとなった(コラム1-1図(1))。2012年秋以降の円安方向への動きを反映して、海外からの所得の純受取(実質)が2013年4-6月期に大幅なプラスに寄与した。ここでは、円安方向への動きが海外からの所得の純受取(実質)に与えた影響を検討するため17、海外からの所得の純受取(実質)とおおむね一致した動きを示す国際収支統計の所得収支の動向18を確認する。
収益を外貨建てで受け取る際にその月の為替レート(月中平均)で円建てに換算して計上する証券投資収益(直接投資先以外からの配当金、利子など)と直接投資収益の内訳である配当金・配当済支店収益については、円安方向の動きを反映して2012年12月から2013年4月にかけて増加し、5月以降はおおむね横ばい圏内で推移している(コラム1-1図(2))。
一方、再投資収益(直接投資先企業の収益のうち実際には配分されていない直接投資家の持ち分)については、基礎データとなる企業の決算データが対象企業の会計年度終了まで入手できないため、便宜的に実際の収益稼得時期の翌会計年度の途上(約6か月後)から1年間にわたって12分の1ずつ計上する扱いとされている19。このため、再投資収益への円安方向への動きの影響は今後徐々に現れてくると見込まれる。