第3節 政府支出と雇用
前節で見たような雇用情勢の推移のなかで、政府は、2008年8月の「安心実現のための緊急総合対策」以降、累次にわたる経済対策の策定、補正予算の編成を行っているが、いずれの場合も直接、間接に雇用の維持・創出に資するため、マクロ、ミクロ両面からの様々な施策を盛り込み、その推進を図ってきている。しかし、雇用情勢は依然厳しく、引き続き、雇用の維持・創出は経済政策上の最重要課題の一つとなっている。本節では、雇用情勢の改善を一層着実に進めていくための政策立案に資する立場から、政府支出と雇用の関係について検討する。
1 公共投資と雇用
公共投資については、ストックの蓄積に伴って生産性が低下していることもあり、中長期的な観点からプロジェクトの戦略的な選択などが求められる時代となっている。一方で、景気対策としての有効性は依然残っており、雇用維持・創出策のメニューとしての重要性は失われていない。ここでは、最近の公共投資の動向を振り返るとともに、建設業の雇用への影響を中心に見ていこう。
(2010年度上期の公共工事請負額は2008年度並み)
我が国では公共事業は減少傾向で推移しているが、リーマンショックの前後に相次いで公共事業費を積み増したことなどから、「国民経済計算」ベースの公共投資(公的固定資本形成)は2010年7-9月時点で2年前と比べて名目でほぼ同水準、実質では増加となっている(前掲第1-1-3図)。しかし、名目ベースで2年前と同水準を維持しているのは、2009年度における公共投資の増加が原因であり、2010年度に入ると前年度比はマイナスに転じている。
月々の動きを先行指標である公共事業請負金額で見ると、前倒しの効果も加わって2009年12月までは前年を上回っていた(第1-3-1図(1))。その後は前年比マイナスに転じ、2010年度においても前年割れが続いている。もっとも、2010年度の水準はこれまでのところ2008年度とほぼ同程度で推移している。国の公共事業関係費は補正後対比で2009年度は前年度の2割増となったが、2010年度(当初)は前年度の補正後予算対比で3割以上減少している。しかし、都道府県や市町村による事業の執行が比較的堅調であったため、我が国全体で見た公共工事請負金額は2010年上期においては2008年度対比で底堅く推移してきたと見られる。
2010年度における公共投資の減少が雇用へ及ぼす影響について考える際には、いくつかの注意すべき点がある。まず、公共投資は2008年度まで年々減少してきた結果として、金額ベースでは98年度に比べ半分近くとなり、その変動率がGDPに及ぼす影響も相対的に小さくなっている。その一方で、公共工事の2倍以上の規模がある民間建設工事もすう勢的な減少を示しており、建設工事の雇用への影響について考える場合、民間工事についてもあわせて検討する必要がある(第1-3-1図(2))。
(建設業の雇用者数はすう勢的に減少)
こうした建設工事の動きを背景として、建設業の雇用者数はどのように変化してきたのだろうか。90年代半ば以降の雇用者数の増減率を産業別の寄与度に分解した結果を見てみよう(第1-3-2図)。
建設業の雇用者は、98年以降、減少が続いている。建設工事出来高はバブル崩壊後、すでに減少局面に入っていたが、それが雇用者減につながるには相当の時間を要したことが分かる。98年には金融システム不安や企業の倒産リスクの高まりの下で各企業がリストラを進めたため、製造業を中心に雇用者全体が減少に転じており、建設業の雇用者もそうした影響を受けたと考えられる。また、最近の動きに目を転ずると、リーマンショック後の2009年には製造業等で大幅な雇用者数の減少が生じたが、建設業雇用者の減少テンポは前年とそれほど変わっていない。こうしたなかで、特に、2009年末から2010年初めにかけては建設業雇用者のマイナス幅は顕著に縮小しており、公共投資増加の効果が見られる。ただし、2010年1-3月期以降は再び減少テンポが高まっており、注意が必要である。
なお建設業の雇用者が減少する一方で、すう勢的に増加している分野もある。サービス業の内訳が分かる2004年以降のデータを見ると、雇用者数のプラス寄与が最も大きいのが「社会保険・社会福祉・介護事業」である。その内訳を2005年の「国勢調査」により調べると、社会保険・社会福祉・介護事業の雇用者数約220万人のうち約90万人が介護関連、約60万人が児童関連などとなっている。このほか、「医療・保健衛生」、「教育・学習支援」なども雇用者数が増加傾向にある。このうち、介護事業、教育関係の雇用に関連した分析は、次項で行う。
(民間工事ではなく公共工事の変化が地域における建設業の雇用に影響)
前述のとおり、我が国の建設工事は公共投資よりも民間投資が占める割合が多い。したがって、建設業の雇用者が減少しているといっても、どこまでが公共投資の削減によるものかは自明ではない。そこで、都道府県別のデータを用いて、この点の分析を試みる。
97年と2007年について、まず、民間・公共をあわせた全工事の出来高の県内総生産比と、全産業に占める建設業の有業者数をプロットしたところ、両者の間には正の相関が見られた(第1-3-3図(1))。全体として、この10年間に工事出来高の県内総生産比率、建設業の有業者比率とも低下しているが、傾向線の形はそれほど変化していない。ただし、2007年の方が傾向線の当てはまりが悪く、工事量と雇用の関係の密接さが低下している。次に、工事出来高を民間、公共それぞれに分けて同様の分析を行った(第1-3-3図(2)(3))。その結果、民間工事のみを取り出すと雇用との関係が見い出せないのに対し、公共工事のみの場合は明確な正の相関が観察された。しかも、公共工事のみの方が、民間・公共計の場合よりも相関が明瞭であった。
民間工事と公共工事でこのような差が生ずる背景として、規模や発注の態様などの違いが可能性としては考えられるが、この分析からは明らかでない。しかし、この結果を踏まえると、公共投資の動向は地域における建設業の雇用にとって相当程度重要であるということはいえよう。なお、この間の普通建設事業費の削減額と建設業の有業者数の減少幅の関係を推計すると、1億円の事業費削減は10人程度の有業者の減少をもたらすことになる(第1-3-3図(4))。ただし、これは直接的な雇用への効果だけを捉えたものであり、実際には材料の生産や雇用者の支出等の変化を通じた間接的な効果もあることに留意する必要がある。
コラム1-3 OECDによる財政乗数の推計
財政乗数は推計の前提や用いられるモデル等によって左右され、様々な推計結果が公表されている。それでも、輸入比率の高い国の乗数は低めであり、政府投資や政府消費の乗数は移転支出や減税に比べて高めであるといった傾向は指摘できる。ここでは、サーベイ結果を踏まえたOECDによる乗数の推計結果21を見てみよう(コラム1-3図)。
OECDは30か国について、通常期の乗数とリーマンショック後の景気悪化(「不況期」)を考慮した乗数を示している。ここでは、日米独の3か国の結果を示したが、開放度の高い国では輸入による効果の漏出が大きく、ドイツの乗数が日米より低くなっている。また、政府投資の乗数が政府消費より高いことも、後者の方が中間投入の輸入比率が高いことによる。家計への移転や減税(個人所得税、間接税)は、家計や企業の貯蓄に回る分が大きく、相対的に乗数が低い。特に、「不況期」には貯蓄性向が高まるため、通常期に比べて減税の効果が1年目から低くなっているほか、政府投資等も含めて2年目の効果が総じて低くなっている。
一方、「不況期」には家計や企業が流動性制約に陥りやすいため、減税等の効果が高まる可能性も考えられる。そのため、今回の局面で実際に財政乗数が低下したかどうかは、さらなる検討が必要である。ただし、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、無貯蓄世帯の割合は2008年から2010年まで22%程度でほとんど変化しておらず、企業の手元流動性も積み上がっている。我が国に関しては、流動性制約の強まりによる乗数の上昇より、不確実性の高まりによる予備的貯蓄の増加に注意が必要と考えられる。
2 介護・教育分野への政府支出と雇用
建設業の雇用者は長期的に減少が続いているが、一方で伸びてきているのが(広義の)サービス業である。サービス業の多くは、建設業以上に労働集約的であり、そこへの財政支出は雇用創出につながりやすいことが想定される。その中でも、介護分野では2000年の介護保険導入後、雇用者が急速に増加している。以下では、介護分野について、政府支出の多寡と雇用者数の関係を確認するとともに、その他の分野の例として、教育訓練給付金の雇用への影響を検証する。
(介護保険特別会計の歳出総額と介護職員の数には密接な関係)
介護分野では、介護保険制度の果たす役割が大きく、建設業などと比べても政府支出と雇用の関係がより密接であることが予想される。この点について、建設業の場合と同様のアプローチで確認してみよう。
具体的には、都道府県別のデータに基づき、介護保険特別会計の歳出総額の県内総生産比と、介護職員数が全産業の有業者に占める比率の関係をプロットする(第1-3-4図(1))。
その結果を見ると、2002年度、2007年度のいずれの場合でも、両者の間に正の相関が検出された。傾向線の当てはまり具合は、公共工事と建設業の場合と比べてやや高い。また、建設業の場合と反対に、介護分野では歳出総額、有業者数とも総じて増加したが、この5年間に傾向線は上にシフトしている。すなわち、同じ歳出額に対してより多くの介護職員が雇用されるようになっている。その背景としては、2005年10月から食費、居宅費が保険給付の対象外となったことなどが考えられる。
それでは、この間の介護保険予算の増加は介護職員数をどの程度増加させたのだろうか(第1-3-4図(2))。介護保険特別会計の増減額と介護職員の増減数の関係を都道府県別データから推計すると、当てはまりの良い傾向線が得られ、1億円の増加により約27人の雇用が創出されることが分かる。ただし、公共投資についての推計の場合と同様、これは直接的な雇用への効果だけを捉えたものであり、実際には様々な間接的な効果が加わると考えられる。また、介護職員については、人数の確保だけでなく処遇の改善を通じた質の向上が求められていることにも注意が必要である。
(教育訓練給付制度により特定業種での雇用が大きく変動)
介護と並んで教育も労働集約的な分野であり、政府支出の増加による雇用創出効果が大きいことが期待される。ここでは、一つの例として、教育訓練給付制度を取り上げる。同制度は、労働者の主体的な能力開発の取組みを支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的とし、対象者が指定講座を受講した際に、学費の一定割合が受講者に給付される仕組みである。制度導入以降、給付率や給付上限額の見直しを行ってきたが、同制度の利用状況等を確認した上で、IT関係の講座と並んでこの制度の利用者が多かったと見られる外国語会話教室の動向から雇用への影響を見てみよう。
この制度は98年12月に導入され、2001年以降は雇用保険の加入期間が5年以上の人に対して、費用の8割が、30万円を上限として給付される仕組みであった。しかし、2003年5月に大幅な改正が行われ、それ以降の受講申し込み者に対しては、雇用保険の加入期間3年以上5年未満の人にも新たに給付率2割、上限額10万円という形で対象範囲が広げられたものの、従来からの受給対象者であった5年以上加入者に対しては給付率4割、上限額20万円とされた。そのため、利用総額、一人当たりの給付額、受給率(被保険者当たり受給人数)ともに2003年7-9月期までは上昇基調にあったが、2003年10-12月期以降22、いずれの指標も大幅に低下した後、導入直後に近い水準で推移している(第1-3-5図(1))。
外国語会話教室の従業員数(講師を除く)、講師数の推移を見ると、以上で述べたような制度改正の影響が見て取れる(第1-3-5図(2))。従業員数、講師数とも制度導入以来、増加基調にあったが、2003年の制度改正から1年程度経過した後の2004年半ばから減少に転じている。その結果、講師数は2007年7-9月期には2000年時点の水準に戻ったが、従業員数はそこまでは落ちていない23。従業員は正規雇用の割合が高く、雇用調整がより困難と考えられることから、減少に一定の歯止めが掛かったものと推察される。なお、受講生の数は2005年頃までは順調に伸びているので、制度の改正によって授業料単価、ひいては収益性が低下したか、あるいは先行きの需要減少が見込まれたため、早めに雇用調整を行ったと見られる。
以上から、教育訓練給付制度は外国語会話教室における雇用者数の変動に大きく影響したことが分かった。こうした制度は、導入によって雇用を創出する効果がある反面、制度の縮小時には逆の効果も持つが、労使双方にとって雇用の削減は容易ではない。一般論として、雇用へのインプリケーションの大きい政策については、「出口戦略」を含め、制度運営の予見可能性を高めることが重要であろう。
3 直接的な雇用創出・維持政策の効果
公共投資や介護、教育分野への支出は、本来、産業基盤の強化や国民生活の充実を目的としたものであり、雇用創出は副次的な効果であると考えられる。したがって、雇用創出効果の多寡だけでプロジェクトの良否を評価すべきでなく、事業の目的、効果はもちろんのこと効率性や質の確保といった視点が重要であることに留意する必要がある。一方、最近の厳しい経済情勢の下で、雇用創出・維持を本来的、直接的な目的とした政策も実施されている。ここでは、こうした政策のうち、「ふるさと雇用再生特別基金事業」「緊急雇用創出事業」「雇用調整助成金」について、その効果を検証してみよう。
(雇用再生・創出事業はその目的により効果に相違)
2008年10月の「生活対策」及び同年12月の「生活防衛のための緊急対策」において、「ふるさと雇用再生特別基金事業」並びに「緊急雇用創出事業」が盛り込まれた。どちらも都道府県及び市町村において企画した新たな事業において、国からの交付金により創設された基金を利用し、主として委託事業を行うものである。ただし、「ふるさと雇用再生特別基金事業」が継続的な就業の場を提供することを目的としているのに対し、「緊急雇用創出事業」においては、短期の雇用・就業機会を創出することを目的としている点が主な相違点である24。
「ふるさと雇用再生特別基金事業」、「緊急雇用創出事業」の都道府県ごとの2009年度における雇用創出数と事業額の関係をプロットすると、次のことが分かる(第1-3-6図(1))。いずれの事業においても、事業額が多くなるほど雇用創出数も増加する、という関係が明確に見られる。ただし、雇用創出の割合を見ると、「ふるさと雇用再生特別基金事業」では100万円当たり約0.5人の雇用創出であるのに対し、「緊急雇用創出事業」では100万円当たり約1.5人の雇用創出と、前者の約3倍の雇用創出効果がある。この原因としては「ふるさと雇用再生特別基金事業」は原則1年以上の雇用期間としているのに対し、「緊急雇用創出事業」では雇用期間を6か月以内としているために、同じ金額でもより採用期間の短い「緊急雇用創出事業」の方が多くの雇用を人数ベースでは生み出せることが考えられる。
一方、雇用全体への両事業の効果を計測するため、同じく2009年度中におけるパートタイム労働者の有効求人倍率の変化と両事業の規模を都道府県別にプロットすると、「ふるさと雇用再生特別基金事業」では正の相関が見られ、雇用環境全体を改善する効果があった可能性を示唆している(第1-3-6図(2))。これに対し、「緊急雇用創出事業」においては両者に関係が見られず、雇用環境全体への影響を検出することができなかった(第1-3-6図(2))。これは「緊急雇用創出事業」がより短期の雇用を対象としているため、雇用期間が早期に終了して再び求職活動が行われやすいことや「ふるさと雇用再生特別基金事業」では相対的に規模の大きい事業が実施されており、周辺事業への波及効果を伴ったことも考えられる。
(雇用調整助成金は雇用維持に一定の効果)
リーマンショック後の雇用情勢の悪化に対して、これを緩和する効果を持ったと考えられる政策の一つとして、しばしば雇用調整助成金が挙げられる。同助成金に関しては、2008年1月から休業等実施計画届の受理が急増し、その対象者数25は同年3月~2009年8月には200万人を超える状況が続いた。その後は減少に向かったが、2010年9月時点でも100万人を超えている。この間、同制度は対象となるための要件を緩和26したため、制度の利用が増加した面があると考えられる。ここでは、同制度の拡充に伴う雇用維持効果について、二通りの方法(付注1-2参照)で検証してみよう。
第一の方法は、雇用者数に影響を及ぼすと見られる要因をいくつか選び、実際の雇用者数との関係を調べることで、間接的に雇用調整助成金の効果を推計するものである(第1-3-7図)。具体的には、雇用者数が基本的にはGDP、雇用保蔵の度合い(稼働率で代理)、労働力人口で決まると考え、雇用調整助成金の要件緩和を受けてその受給が急増した2009年1-3月期から2009年10-12月期に雇用者数の減少をどの程度抑えることができたかを計測する27。その結果、この期間の雇用者数の減少幅は、GDPや稼働率などの変化から想定されるものより大幅に緩和されており、雇用調整助成金の拡充によって相当程度の雇用が維持された可能性を示唆している。推計から雇用への寄与度から試算すると、この期間の雇用維持効果は前年比33万人程度となる。
第二の方法は、前年までに就業していた者の中で離職した者における非自発的失業者の当該期間の平均の割合を計算し、雇用調整助成金の申請件数(2009年1-3月期から2010年7-9月期の月平均)から教育訓練関連の申請者の重複分を除き、雇用調整助成金がどの程度、非自発的失業を減少させたかを試算するものである。なお、教育訓練との重複は明確な数字がないため、ここでは10~20%と仮定して推計した。その結果、27~30万人程度の失業者を減らしているという結果が得られ、この試算からも雇用調整助成金の効果の大きさが分かる。