第1節 景気後退下の個人消費

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景気後退に至る前の、2002年初からの景気の拡張局面1を振り返ってみると、家計部門の回復は総じて緩やかだった。家計の消費支出についてはバブル期以前のような高い成長は望めないものの、実質では年平均1.0%で緩やかに回復してきた。一方、名目では、景気拡張局面に入っても2005年初めまではほとんど横ばいで低迷し、その後緩やかに回復してきたが、現在まで、年平均0.5%程度であり、景気回復を消費者が実感しにくい状況であった。

また、企業部門が好調に推移しているにもかかわらず、雇用者所得を通じての家計部門への波及が小さかったことも、回復の実感を伴わない理由だった。それでも、2004年ごろからは、名目、実質とも比較的堅調な伸びを示したが、2007年半ばごろからは、横ばいの動きとなった。

2008年に入ると、食料品価格や日用品など、生活必需品の価格の上昇が顕著に見られ始め、実質での伸びが名目の伸びを下回っている。家計が受け取る所得が伸び悩む中で物価が上昇したことにより、家計の購買力は低下していったと考えられるが、こうした中でも、個人消費(実質)は、依然、横ばい圏内の動きを続けている(第3-1-1図2

1 最近の消費動向

個人消費が横ばい圏内で推移している要因は後で詳細に検討することとし、まずは、最近の消費動向についてみよう。

(消費者のマインドは大幅に悪化)

消費者のマインドを測る指標が幾つか公表されているが、いずれも2007年半ばから、つるべ落としに悪化している。悪化し始めた時期としては、サブプライム住宅ローン問題の発生と重なっており、それを背景とした原油価格の高騰によるガソリン価格の上昇や、食料品・日用品価格の上昇、株価の下落などが、消費者マインドを急速に悪化させた要因として考えられる(付図3-1、前掲第1-1-10図)。

なお、消費動向調査の消費者態度指数は、今後半年間の見通しについて尋ねた結果だが、過去の景気後退局面には、雇用環境が悪くなるとの見方が大幅に増加している。今回も、消費者の意識の変化をみると、雇用環境が大きくマイナスに寄与しており、雇用への不安が高まっている(第3-1-2図)。

こうした中で消費者は極力出費を抑えている。例えば、消費動向調査で、消費者のサービス等の今後3か月間の支出予定を尋ねているが、レストラン等外食費が今年になって大きく下落している(第3-1-3図)。また、旅行の予定についてみると、国内、海外旅行を予定する世帯割合も低下している。耐久消費財の買い時判断が大幅に悪化していること(前掲第3-1-2図)ともあわせ、消費者の節約志向が高まっていることが示されている3

(所得の弱い動きに加え物価の上昇により購買力は低下)

雇用環境の悪化に加え、消費者態度指数では、「収入の増え方」が小さくなるという見方が増えているが、実際に、家計が受け取る所得については弱い動きが続いている。実質雇用者所得の動きをみると、賃金が伸び悩む中でも景気回復に伴う雇用者数の増加を反映して緩やかながら増加していたが、2007年には、雇用者数の増加も横ばいとなり、所得もおおむね横ばいでの推移となった。2008年に入っても、引き続き給与が伸び悩み、夏のボーナスが前年から増加しない中で、消費者物価が上昇してきたことから、実質所得の減少、購買力の低下という形で、家計は圧迫されてきた(第3-1-4図)。

(身近な品目で価格上昇が顕著)

物価上昇は、家計の購買力を低下させるが、価格が上昇している品目がある一方、価格が下落している品目もあることには注意が必要である(コラム3-1参照)。消費者物価指数について少し詳しく見てみよう(第3-1-5図)。

例えば、消費者が購入する品目には、パンや牛乳などのように頻繁に買う品目もあれば、年に数回しか購入しない品目もある。一般に、購入頻度の高い品目の価格上昇が大きい場合には、消費者の物価上昇感が高まると考えられる。そこで、消費者物価を購入頻度別に区分した指数をみると、およそ月に1回程度以上購入する、年間購入頻度が9回以上の品目が、6月から9月まで前年比で5%を超えており、消費者物価の上昇に寄与してきたことが分かる(10月は前年比3.7%)。

次に、消費支出を、支出の増減に感応的でない品目に対する消費(基礎的支出)と感応的な品目に対する消費(選択的支出)とに分けて見てみよう。基礎的支出は、米や野菜、家賃、電気代、などのように必需性の高い品目であり、選択的支出は、例えばパソコンのようにどちらかといえば世帯のし好などにより支出されるものである。仮に、選択的支出項目の価格が上昇していれば購入を控えることができるが、生活必需品である基礎的支出項目の上昇率が高ければ、家計は直接その分だけ圧迫されることになる。最近の動きをみると、選択的支出項目の物価指数の前年比上昇率は0%台半ばとなったに過ぎないが、基礎的支出項目の物価指数は7月には4.0%となり、その後も3%程度となっている。

こうしたことから、今回の価格上昇は、購入頻度が高い生活必需品で大きく、一般的な消費者が強く価格上昇を感じるものとなったことが分かる。なお、更に品目ごとにみると、ガソリン、光熱・水道(灯油を含む)、食料品の上昇の寄与がほとんどである。

コラム3-1 消費者が実感する価格上昇と実感しない価格下落

消費者物価を詳細にみると、現在は、食料品や日用品等の価格が上昇する中で、耐久消費財の価格が下落している。

消費者は、ガソリンや食料品・日用品など頻繁に購入するものについては価格の変化を敏感に感じ取ることができるが、購入頻度が少なく平均使用期間が数年に及ぶ耐久財の価格の変化を実感することは難しい。仮に、10年前に買ったエアコンの価格を覚えていたとしても、それと比べて今の機種が相対的に安いか高いかとの判断は、人それぞれの感覚によるところが大きく、一概に決めることは難しい。

また、消費者物価指数は、価格そのものの変化を測定することを目的としていることから、同じ品質の商品の価格変化を追跡しており、また、調査対象を入れ替える場合には、新旧商品の品質の違いによる価格の変化分を除外している。そのため、薄型テレビなど、大型化や性能向上にともなって実際の購入価格が上がっている場合でも、消費者物価の価格指数としては下落していることもある4

こうしたことが、消費者の実感と物価指数のかい離が生じる要因となっている。

また、消費者物価指数は、家計の平均の支出金額を固定したウェイトとして作成5されていることにも注意が必要である。例えば、ガソリンについては、自動車を保有している世帯と保有していない世帯があることから、実際には、ガソリンの支出が多い自動車車保有世帯はより価格上昇による影響を強く受けている。一方、ガソリンへの支出がない世帯においては、その分の影響はないものと考えられる。灯油を暖房に使う世帯とそうでない世帯も同様であり、それは、地域差が大きく、寒冷地においてより影響が大きい6

このように、ウェイトが固定されているため、価格が上昇したものの支出は抑制され、価格が不変の品目や、低下した品目の支出が増える、といったことは考慮されていない。そこで、次に、こうした家計の節約志向と消費行動について見てみよう。

(消費者の節約志向が高まっている中、個人消費は横ばい圏内)

財・サービス別の支出の最近の特徴をみると、食料品や日用品の値上げが相次ぐ中で、消費者の節約志向の高まりにより、値上げされたものの購入を控える動きが観察される。例えば、「家計調査」で価格(消費者物価指数)が上昇した主な品目の前年同月比の増減率をみると、ガソリン・灯油や、パン、カップめん、チーズ、食用油などで、名目の支出金額は増加しているが、実質では減少している7。また、代替品の購入、品質を確保しつつもより安い価格帯の品物へのシフトも見られる。大手スーパーがプライベートブランド商品の拡大を行っていることも、こうした動きを後押ししている。

一方で、中国産冷凍ぎょうざが原因と疑われる健康被害の発生や、事故米穀の食品への転用、中国産冷凍いんげんからの農薬の検出、中国における牛乳へのメラミン混入など、食品関係の事件が続いたことから、消費者の食に対する安全の意識が高まっている。こうした動きは、冷凍調理食品への支出の減少などに現れている。

また、極力出費を抑えるとの観点から、国内旅行、海外旅行などが手控えられている一方、耐久消費財では、北京オリンピックの効果等もあって薄型テレビ、ビデオデッキ等のデジタル家電が好調に推移している。後述のとおり、薄型テレビは、オリンピック閉幕後も販売額は好調さを維持しており、普及が急速に進んでいる。また、2008年7月には猛暑の影響でエアコンの販売が大きく増加した。

このように、これまでの傾向としては、ガソリン高の影響で自動車の使用が控えられた一方、北京オリンピックの開催などのイベントもあって、テレビ、エアコン等への支出が伸びた。旅行や外出が控えられ、家庭内で過ごす時間を長くしている可能性がある。

その他、小売業の販売についてみると、百貨店やスーパーマーケットでは、天候やオリンピックなどによって来店する客数が左右されるという弱さを抱えている。ガソリン価格が高騰したことから、郊外店が影響を受けたことも指摘されている。また、百貨店では、株価の下落等を背景として高額・高級品の販売が低下している。全体として、消費者の節約志向により、弱い動きとなっている(第3-1-6図)。なお、コンビニエンスストアについては、taspoカード対応成人識別たばこ自動販売機の導入によって、たばこ購入のため来店する客数の増加が販売額の増加8につながっているが、コンビニは、家庭内で過ごす際の、手近な買い物先として選択されている可能性もある。

2 世界的な金融危機と家計

株価の下落が経済に与える影響は、そのルートを含めて様々であるが、企業部門に悪影響が及べば、当然、家計にも影響が及んでくる。我が国は、90年代のバブル崩壊後にも、金融危機に伴う株価の大幅下落を経験したが、このときはしばらく時間が経過した後、雇用を含め家計部門に深刻な影響が及ぶことになった。しかし、今回の世界的な金融危機は、その伝播が極めて速く、直接、日本の家計に影響を及ぼしている可能性がある。ここでは、家計に対して既に現れているとみられる影響について考えてみよう。

(株価下落が消費者マインドに大きな影響)

株価の変動は、消費者マインドに大きな影響を与える。株価が下落すると消費者マインドも悪化する傾向があるが、2008年半ば以降の金融危機の深刻化や株価の大幅な下落も、既に、消費者マインドに大きな影響を及ぼしている(第3-1-7図)。

景気ウォッチャーのコメント(2008年10月調査)をみると、「株価暴落により消費マインドは更に冷え込み、これまで苦戦していた特選ラグジュアリーブランドに加え、婦人の高級既製服や紳士物にも影響が出ている。(百貨店(販促担当))」、「株価低迷や世界恐慌など、生活の先行き不安を招くような報道の影響を受けて、消費マインドが低下しており、来客数が減少している(衣料品専門店(店長))」、「円高や株安により先行き不安が高まるなか、車の長期保有による買い控えが進み、イベント時の来客数も減少傾向にある。(自動車販売(店長))」といったコメントがみられる。

(株価下落による金融資産残高の減少の影響)

次に、実際に金融資産として株式を保有している人に対してどのような影響があるかを考えよう。家計の金融資産残高である約1,500兆円のうち、株式・出資金の残高は2007年6月末時点では13.1%を占めていたが、株価の下落が金融資産残高の縮小となって現れており、2008年3月には9.0%、同年6月末時点では、9.5%まで縮小している。金融資産の前年同期比をみても、ほとんどが株式・出資金の減少による寄与となっている。また、株式・出資金の前年同期比減少の内訳をみると、取引額要因は小さく、株価の変動の寄与(調整額要因)がほとんどである(第3-1-8図)。

世帯主の年齢階級別・世帯年収別の株式保有状況をみると、金融資産に占める株式・株式投資信託の割合は、退職後の60~69歳、70歳以上の世帯で高くなっている(第3-1-9図)。また、個人投資家の保有銘柄は、一般に、配当利回りの高い電気・ガス業や、株主優待制度を導入している空運・陸運業における保有比率が高いことなどから、長期間の運用を行っているものが多いと考えられる(第3-1-10図)。

一方、29歳以下や世帯年収別で500万円未満の層においても株式保有が高まってきているが(付図3-2)、こうした層は、大幅に口座数が増加してきているインターネット取引を通じ、新たに株式取引に参加してきているものが多いとみられる。このところの大幅な株価下落の中で、短期的な売買による損失をこうむっている可能性がある(第3-1-11図)。

なお、直接には株式取引を行っていない家計においても、家計の金融資産のうち、投資信託や保険・年金準備金は、その運用先として株式・出資金を組み込んでいる(第3-1-12図)。また、投資信託は、その資産構成の約半分が対外証券投資であり、株価の下落とともに円高の影響も大きく受けているものと考えられる。

(家計のバランスシートは全体として健全)

今回の金融危機では、欧米における家計のバランスシート調整が問題になっている。特に、アメリカでは、住宅価格の上昇がホームエクイティローン等の仕組みを通じて個人消費の拡大につながっていた。FRBのデータによると、家計の負債残高は2007年まで増加しているが、そのかなりの部分は住宅ローンである(第3-1-13図(1))。こうした中で、サブプライム住宅ローン問題の発生で、住宅価格が大幅に下落したことから負債側の圧縮が必要となり、個人消費への影響が出てきている。アメリカの家計のバランスシートを全体としてみると金融資産が負債を上回っているが、金融資産の保有は高所得者に偏在しており、低所得層での調整は厳しいものとなる可能性が高い(第3-1-13図(2))。

他方、日本の家計のバランスシートの負債側を確認すると、2000年以降、家計の金融負債は減少している。これには、個人企業等への金融機関貸出の減少が寄与しており、家計の住宅ローン及び消費者ローン残高についてみると、おおむね横ばいで推移している(第3-1-14図)。

また、「家計調査」で預金額と負債額のバランスをみると、住宅ローン返済世帯は負債額が預金額を上回るが、その他の世帯では、負債額は預金に対しても大きなものではない(第3-1-15図)。こうしたことから、家計のバランスシートは、全体としては健全さを維持しているといえる。

(バブル崩壊後にみられた逆資産効果)

バブル前後の消費動向について、「平成5年度年次経済報告」によれば、「民間最終消費支出(国民経済計算、実質)は、87~90年度には年平均4~5%程度の増加となっていたが、91年度は2.6%増となり、92年度には1.0%増と更に伸びが鈍化した。これは第1次・第2次石油危機直後に匹敵する低い伸びである(第1次直後の74年度1.4%増、第2次直後の80年度0.7%増)」としている。

この関連で、「年次経済報告」の分析では、80年代後半以降の資産価格の上昇は、資産効果を通じて個人消費を拡大させた一方、90年以降の資産価格の下落は、逆資産効果を通じて個人消費の伸びを低くしたことを指摘している。例えば、バブルが形成される過程では、大型化、高機能化、複数保有化の進展から自動車を含む耐久消費財需要が盛り上がったが、バブル崩壊後の91年、92年には耐久消費財の伸びが鈍化した。また、美術工芸品、貴金属、高級雑貨等の高額商品が91年後半から大きく減少した。

(今回の株価下落の逆資産効果)

株価が消費に及ぼす影響を定量的に測るため、消費関数を用いた推計を行うと、家計が保有する株・投資信託の残高が1%変化した場合に、消費支出を0.12%程度変化させるとの結果となった。株価は2008年に入ってマイナスに寄与している。こうした変動は、2008年4-6月期以降の実質消費支出を前年比0.7%程度押し下げたとみられる。また、株価の変動はラグを伴って発現するので、2008年7-9月期にかけての株価は、今後、更に消費を押し下げる可能性がある(第3-1-16図)。

なお、今回の株価下落局面でも、その影響と考えられる現象として、百貨店などで高額商品が不振となっている(第3-1-17図)。

3 個人消費が横ばい圏内で推移してきた背景

株価の下落等により消費者マインドは悪化しており、所得が弱い動きとなっているにもかかわらず、個人消費は、おおむね横ばい圏内で推移している。今のところ消費者を取り巻く環境の悪さは、消費支出の減少といった形では明確には現れてきていない。ここでは、個人消費が横ばい圏内で推移してきた背景についてみよう。

(景気後退局面には個人消費が下支え)

今回の景気後退では、第2章でみたように企業部門は急速に悪化しつつあるが、家計部門は大きくは崩れていない。

過去の景気後退局面をみると、個人消費は需要の下支え要因として作用することが多い。これは、一般に、[1]他の需要項目に比べて変動の度合いが小さいこと、[2]景気後退の影響は企業収益→雇用者所得→個人消費というルートで波及してくるため、全体としての景気に対して遅行することが多いこと、による。国内需要のうちGDP成長率に対して寄与度の大きい個人消費と設備投資を比べてみても、設備投資が景気変動の中で、拡張局面にプラス、後退局面にマイナスとなり大きく変動しているのに対し、個人消費は後退局面に伸び率は低下するものの、拡張局面との差は小さい(付図3-3)。

ただし、個人消費が景気を支え続けるためには、所得面の裏づけが必要である。雇用者報酬は、バブル崩壊後、大きく伸び率を低下させ、消費支出がマイナスになった98年には前年度比マイナスに落ち込んだ。その後は、マイナス2%程度からプラス2%程度の間で推移しており、すう勢的に弱い動きが続いている(付図3-4)。2008年に入ってからも、夏のボーナスが前年比で減少しており賃金が弱い動きとなる中で、名目ベースではほぼ横ばいで推移している。また、実質ベースでは、物価の上昇もあって夏ごろから減少傾向を示してきた。

(個人消費を支えている要因として、4つの可能性)

賃金については後述するとして、以下では、賃金以外で現在の個人消費を下支えしている可能性のある、次のような4つの要因について妥当性を検討するとともに、先行きの動向について考えることとする。

第一は、賃金(雇用者報酬)以外の所得による影響である。具体的には、高齢者への年金給付の増加や利子・配当収入等の財産所得が可処分所得を押し上げている可能性である。

第二は、人々は所得が減少しても消費を維持しようとするという、いわゆるラチェット効果である。ラチェット効果は、景気後退局面においては、消費性向の高まりとして現れる。

第三は、耐久消費財の独立した増加である。具体的には、薄型テレビやDVDレコーダー等の急速な普及や、その他、ちょうど買い替えサイクルに当たった財が多かった可能性、エネルギー価格の高騰で省エネ家電の需要が高まった可能性などである。こうしたことがあれば、所得の動向とは独立して一時的に消費が下支えされることが考えられる。

第四は、家計の世帯人数が減少し世帯数が増加しているといった要因である。世帯の人数が減れば、一人当たりの消費支出が増加し、また世帯数が増えれば、住居費、光熱費などの固定費的な支出や耐久消費財への支出が増加することが見込まれる。

順に検討してみよう。

(高齢者の年金収入等が消費支出を下支え)

高齢化に伴って社会保障給付が増加しており、高齢世帯の年金収入等が総額で増加している。高齢無職世帯では、実収入の9割程度を社会保障給付から得ており、これらがマクロの家計可処分所得の動向に影響を与えている可能性がある。国民経済計算ベースでは、家計の可処分所得に対する社会給付(現物社会移転以外)9の比率は2006年度には約4分の1を占めている(第3-1-18図)。

可処分所得に対する消費支出の比率である平均消費性向は、すう勢的には上昇傾向にあるが、これは、消費性向の高い高齢世帯が、全世帯数の中での割合が高まってきているためである。世帯主が60歳以上の高齢世帯は、勤労者世帯であっても平均消費性向が2007年に88.4%と、平均の73.1%を大きく上回っている。また、高齢世帯の7割弱を占める高齢無職世帯では、平均消費性向は120%を超えている。こうした世帯では、消費支出が可処分所得を上回っており、不足分は金融資産の取り崩しなどで賄われている(第3-1-19表)。

データの制約から、2007年1-3月期までしか確認できないが、家計の可処分所得の変化に対する寄与は、やはり賃金・俸給の寄与が大きく、社会給付は可処分所得を押し上げる要因とはなってはいない。しかし、社会給付は変動が小さく、高齢世帯の消費性向が高いことから、所得面から消費支出を下支えする役割は大きいとみられる(第3-1-20図)。

(財産所得が可処分所得を押上げ)

同様に、財産所得についてみると、2005年以降、可処分所得を押し上げている。特に、配当の寄与が大きい(前掲第3-1-20図第3-1-21図)。

配当については、第2章でみたように、2007年度には増加し、2008年度は頭打ちとなっているものの、大きくは減少していないものとみられる(前掲第2-1-10図)。利子については、2006年3月にゼロ金利が解除され、預金金利も引き上げられたことからプラスとなってきた。ただし、2008年10月には金融政策が緩和方向に変更されたことから、先行き伸び悩んでいくものと見込まれる。

(ラチェット効果はみられているか)

次に、ラチェット効果についてみる。「家計調査」の勤労者世帯ベースの平均消費性向の動きをみると、2007年半ばからは、可処分所得が前年比マイナスとなる中でも、消費支出は前年比プラスとなっている。こうしたことから、消費性向は前年の水準を上回っており、ラチェット効果が働いていたようにみられた。ただし、8月以降については、消費支出が前年比マイナスに寄与している(第3-1-22図)。

勤労者世帯の所得の源泉の大半は勤労所得であることから、国民経済計算ベースで雇用者報酬と家計消費支出(除く帰属家賃)の動きをみると、雇用者報酬と家計消費支出はおおむね同じ動きをしている。過去に雇用者報酬が大きく落ち込んだケースでも、相対的には、家計消費支出はそれほど落ち込んでおらず、消費水準が維持される傾向がみられる(第3-1-23図(1))。これを見る限り、消費性向に大きな変動はみられない。

ただし、過去2回の景気後退局面をみると、97年秋からの金融システム危機を伴う景気後退局面においては、個人消費による景気の下支えが小さかった。実際に、雇用者報酬は景気後退局面を通じて下がり続け、それに対して個人消費も同時に減少している。これについて、「平成11年度年次経済報告」では、「家計が所得の減少を一時的なものとしてではなく、永続的なものと認識したことが主因」と指摘している。

また、前回のITバブル崩壊後の景気後退局面においては、2001年には所得が減少する中で、消費支出は増加しており、ラチェット効果が働いたようにみえる。しかし、実質ベースの個人消費は、前年からのゲタ10が高かったため、年平均での2000年から2001年への増加率は高くなっているが、2000年末と2001年末を比較した年内の増加率についてはほぼゼロであった。また、名目では、年間増加率はマイナスである(第3-1-23図(2))。このように、やはり所得が落ち込めば、個人消費も落ち込んでいるといえる。

現時点では、所得環境が大幅に悪化している状況ではないが、消費者マインドが急激に悪化しており、過去にみられたように、家計が先行きの所得の悪化を見込めば、消費支出から先に減少していく可能性がある。世界的な金融危機の深刻化により、消費者マインドの悪化に歯止めがかかっていない中で、家計の雇用や所得の見通しや、実際の所得動向がどのように変化していくのか、注視が必要である11

(耐久消費財の価格下落が実質消費支出を押上げ)

続いて、所得面以外で、個人消費に対してプラスの効果をもたらす可能性のある要因の一つとして、耐久消費財について考えよう。

家計消費支出の財・サービス別の動きについてみると、これまでサービス支出が堅調に伸びていたが、このところ伸びが鈍化している。非耐久財については、2007年後半からのガソリン価格の高騰や、2008年に入ってから相次いだ食料品、日用品等の値上げによって、名目支出額では前年比プラスとなっているが、実質ではマイナスとなっている。

こうした弱い動きがみられる一方、実質消費支出に対する耐久消費財の押上げ寄与が大きい。2007年10-12月期以降、実質家計消費支出の増加率に対する耐久財消費の寄与率は7割を上回っており、他の財・サービス消費が減速、ないし減少する中で、耐久消費財が消費全体を下支えする形となっている。一方、名目の耐久消費財の拡大テンポは実質に比べてかなり小さいことから、この下支え効果において、価格下落の寄与が大きいことが分かる(第3-1-24図)。

なお、耐久消費財については、名目支出ベース、実質支出ベース、購入数量(台数)ベースの違いについて、注意する必要がある。以下ではその点について少し詳しくみよう。

まず、実質ベースで耐久消費財の動向をみよう。耐久財消費の伸びの内訳をみるために、家庭用耐久財と教養娯楽耐久財への支出について「家計調査」をQEベースで実質値に修正12して寄与度分解すると、こうした実質消費を押し上げているのは、北京オリンピック等により好調だった薄型テレビ、ビデオデッキ(DVDレコーダー等)や、パソコンを中心とした教養娯楽耐久財であることが分かる。また、7月の猛暑の影響でエアコンや冷蔵庫も押し上げ要因となっている(第3-1-25図)。

ただし、これらの実質ベースでも増加は、購入数量の増加とは違った動きとなっている。例えば、テレビについてみると、2008年に入って実質ベースで前年比6割増と大幅な増加となっているが、数量ベース(購入台数)でみると、2008年4-6月期に前年比20.0%増、7-9月期も同15.4%増である。北京オリンピック等による需要拡大もあって急速に普及してきていることから高い伸びとなっているが、実質ベースの伸びほどには高くない(第3-1-26図)。

こうした実質ベースと数量ベースの違いはどのように生じるのだろうか。名目支出金額/購入数量 = 平均購入単価という関係があることから、

  実質支出金額 =(名目支出金額)/(消費者物価指数)

         = (購入数量)×(平均購入単価)/(消費者物価指数)

となる。したがって、実質支出金額と購入台数の変化率の違いは、平均購入単価の変化率と消費者物価におけるテレビの価格指数の変化率の差となる。

ブラウン管テレビから薄型(液晶、プラズマ)テレビへの急速な代替が起こっているが、購入単価は薄型テレビの方がブラウン管テレビよりも高いため、平均購入価格は上昇している。例えば、2000年7-9月期のテレビの平均購入価格は、6万5千円だったが、2008年7-9月期には、約15万5千円となっている。これがこれまでの実質支出金額の押上げ要因となってきた。2008年に入ってからは、名目消費支出額と購入数量の伸びがほぼ見合っており、購入単価の上昇は一服している。これは、ブラウン管テレビの販売がほとんどなくなってきたことによるものと考えられる。

また、消費者物価のテレビの価格指数は大幅な下落を続けている。これは、消費者物価指数は同じ品質の商品の価格変化を追跡しているが、高機能の新製品が販売された場合には、価格指数算出の対象となっている既存製品の価格が大きく下落することによる13。これも、薄型テレビの実質消費支出を大きく押し上げる要因として働いている。

なお、同様のことは、他の家電製品でもみられる。例えば、電気冷蔵庫、電子レンジ、電気洗濯機等を含む家事用耐久財についても、消費者物価指数では大幅に価格が下落しているが、大容量・高性能の機種が増えていることなどから、平均購入価格は消費者物価のようには下がっておらず、1台当たりの消費支出額を実質ベースで押し上げている。数量ベースでは、地球温暖化、温暖化ガス排出削減等についての消費者の環境への意識の高まりや、電気料金の引上げ等を背景に、いわゆる省エネ家電が相次いで発売されていることや、家電製品を中心に、これまでなかったような機能を備えた新機種が発売されたことから、購入数量が増えている面もあるとみられる。こうしたことは、耐久消費財の通常の使用年数を短くしている可能性もある。

(自動車購入は低調)

一方、自動車の購入については、低調である。消費者のライフスタイルの変化による車離れとして指摘されることもあるが、ここでは耐久財への消費支出という観点から考えよう。

国民経済計算上の耐久財のストックとしてみると、乗用車等(個人輸送機器)はバブル期に大きく積み上がったが、その後、消費支出額が減少に転じていき、97年以降はほぼ横ばいで推移している。その背景として、第一には、可処分所得が伸び悩んでいることが挙げられる。すなわち、消費者の節約志向が高まる中、高額な耐久消費財への支出が抑制されたものとみられる。第二に、2008年夏場までの動きとしては、ガソリン価格の高騰が、自動車購入のマインドを冷やした面が強いとみられる(第3-1-27図)。

自動車保有の状況をみると、97年ごろから自動車の平均使用年数が長くなっており、家計が買い替えの時期を遅らせている。今後、買い替えサイクルが短期化するためには、家計の所得面が改善されることが必要であろう(第3-1-28図)。

なお、ガソリン価格は8月をピークに9月以降下落しており、この点からのマイナスの影響は緩和されてきている。一方、自動車の新車販売台数(軽自動車を含む、登録・届出ベース)は、9月、10月とわずかながら増加していたが、11月には前月比-13.5%(前年比-18.7%)と大きく減少している。こうした動きが基調的な変化を示しているとすれば、金融危機の深刻化、景気後退による先行き不安等から、高額消費を控える動きがさらに強まっているものとみられる。自動車への消費支出が大きく減少するようであれば、教養娯楽耐久財のプラス寄与を相殺して、耐久消費財支出も減少し、個人消費を大きく押し下げる可能性がある。今後の動向には注意が必要である。

(世帯人員の減少は消費支出のプラス要因に)

最後に、世帯人員の数と世帯の数の効果について検討しよう。長期的にみると、家計の一世帯当たりの人数が減り、世帯数が増加しており、家計の消費動向にすう勢的な変化が観察される(第3-1-29図)。世帯人員別の家計で、一人当たりの平均消費支出額を比較すると、世帯人員が少ないほど、一人当たり支出額が多い。これは、家計の支出に固定費的な部分があることによるものである(第3-1-30図)。

3人以下の世帯と4人以上の世帯に分けてみると、3人以下の世帯の増加が、全体の消費支出を押し上げる要因となっている(第3-1-31図(1))。また、消費支出の変化を、総人口の増減、世帯人員構成の変化、世帯人員別の一人当たり消費額の変化に要因分解してみると、総人口要因の寄与はほぼゼロだが、世帯人員構成要因が前年比で0.5ポイント程度の押上げ寄与になっていることが分かる(第3-1-31図(2))。

日本の総人口は長期的にわたって減少が続くと見込まれるが、これに対し、世帯数については2015年にピークを迎えるまで増加を続ける中で、世帯人員は減少を続けると推計されている14。そのため、こうした一人当たり消費支出額の増加による個人消費の押上げ効果がこの間、継続するものと見込まれる。

なお、単身世帯の増加の内訳を年齢別にみると、男性では35歳~59歳、女性では60歳以上の世帯が増加しているとの特徴が指摘できる。男性の35~59歳は、教養娯楽費の支出が多いことから、こうした部分でも、単身世帯の増加が消費支出の押上げに寄与しているものと考えられる(第3-1-32図)。

(雇用者数の動向と個人消費)

以上、家計の消費支出が横ばい圏内で推移している背景について検討してきた。高齢化や世帯人員の変化などの要因を除いてみれば、家計部門が大きく崩れていないのは、家計が現時点では所得の長期的な見通しを大きく修正していないことによるものと考えられる。

ところでマクロ的に考えた場合、家計の所得の大部分を占める雇用者報酬は、賃金だけでなく、雇用者数の増減に影響される15。雇用の動向については、第2節で検討するが、本節の最後に、雇用と個人消費の関係について考えよう。

個人消費については、実質値の年平均では、過去ほとんど減少したことはないが、第一次石油危機時の74年と金融システム不安が高まった98年に減少を記録している。同時期の雇用者数をみると、74年には前年の4.3%という高い伸び率から0.6%へと急激に低下している16。また、98年には、雇用者数が前年比で減少し、失業率も前年の3.4%から4.1%へと0.7ポイントの急激な悪化となっていた(第3-1-33図)。

雇用者数が大きく減るような調整が進んでいるときには、家計は消費行動を大きく見直す可能性がある。第1節でみたように、消費者マインドは既に著しく悪化しており先行き雇用環境が悪化するとの見方が急増しているが(前掲第3-1-2図)、現時点では、雇用情勢は全体としては雇用者数がおおむね横ばいで推移している。しかし、景気後退入りしてから1年程度が経過し、企業部門が急速に悪化しつつある中で、今後、雇用調整が雇用者数の減少として現れてくれば、家計の雇用・所得の見通しが大きく悲観的な方向に振れる可能性がある。その場合には、消費行動が慎重化し、個人消費が減少することが懸念される。

これから先、雇用情勢と個人消費の動向は極めて重要なポイントとなる。2008年末の時点では、日本とアメリカとの大きな違いは、雇用情勢と個人消費である。アメリカは雇用が減少し、消費が減少しているのに対し、日本はいずれも横ばい圏内の動きである。これが大きく崩れる可能性があるかどうかについては、十分注視する必要がある。

(まとめ)

家計は、食料品や日用品の値上がりで節約志向を高めながらも、相対的には高価格の耐久財への支出が好調であるなど、マインドの悪化ほどには、消費支出は悪化していない。消費者は、価格が上昇している品物に対しては敏感になっているが、自らの購買力の低下とは認識していない可能性がある。

しかし、今後、家計の所得に対する見方が悪化し、所得の減少も一時的なものでなく、長期的なものであるとの認識へと修正された場合には、個人消費は大きく落ち込んでいく可能性がある。こうした個人消費の下振れを避け、改善の方向に向かうためには、家計の雇用や所得に対する不安を解消していくことが重要である。

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