第2節 景気後退下の雇用情勢
一般に、企業の雇用調整の方法としては、景気が悪化していくにつれ、まず残業時間の削減を行い、更に需要が落ち込んでいった場合には、雇用者の削減等に着手するものと考えられる。逆に、景気が回復していけば、まず残業時間を増加させて、更に需要が本格的に拡大してくれば、雇用者数を増加させていくことになる。しかし、前回の景気後退局面での雇用調整は、大企業による大規模なリストラが行われ、ベースアップの取りやめ、賞与の削減もみられるなど、労働者には極めて厳しいものであった。また、2002年からの景気拡張局面でも、企業部門から家計への波及がなかなか進まなかった。
こうした点を踏まえ、本節では、今回の景気後退下の雇用情勢を、過去との比較を行いながら検討する。
(新規求人数は大幅に減少)
最初に、企業からの新規求人数についてみよう。この指標は景気動向指数のCI先行指数にも採用されており、景気動向や雇用者数の変化に先行する指標である(第3-2-1図)。
新規求人数の動きは2006年半ばごろから弱い動きとなっている。この時期から、ハローワークで受け付ける請負・派遣求人の適正化が行われてきたため、求人数の水準自体はやや弱めに出ていると思われるが17、求人数は一貫して減少してきており、今のところ下げ止まる気配がない(第3-2-2図)。
97年と2000年の過去2回の景気後退をみると、製造業、建設業の求人減の影響がほとんどであるが、これに対して今回は、サービス業が大きくマイナスとなっている。サービス業には様々な業態があり、特定することは難しいが、一部には、これまで増加してきた派遣事業の求人が減少している可能性がある(派遣社員等の動向については後述)。一方、医療・福祉の求人はプラスを続けており、慢性的に人手不足感が強いことを示している。
コラム3-2 職種別にみた労働需給のミスマッチ
現在、必要とされる職種をみるために有効求人倍率を職業別に比較すると、倍率が高いのは保安、サービスの職業である。他方、従業者数の伸びが大きい職業は、専門的・技術的職業、事務的職業の順であり、有効求人倍率の高い職業で必ずしも従業者数は増加していない(コラム図3-1(1))。更に細かい分類でみると、IT関連や医療・介護関連の人材では、確かに、システムエンジニアやプログラマーなどの情報処理技術者や、医療・福祉関連の職業従事者は5年間で増加している。しかしながら、最も目立つのは、倍率が低い一般事務従事者である(コラム3-1図(2))。医療・福祉での慢性的な人手不足や、IT関連の人材が不足していると感じる企業が多いとの調査結果も考えあわせると、企業の必要とする職種と労働者が提供する職種との間には、少なからずミスマッチが発生しているといえよう。
(生産減に対応して残業時間は減少)
次に、企業の雇用調整についてみていこう。企業は、比較的早い段階から新規求人を抑えてきたが、景気後退に入ってからの生産減に伴う雇用調整は、これまで主として残業時間の調整で行ってきている。事実、製造業の残業時間の動きをみると、生産が減少するにしたがって、2007年終わりごろから減少している(第3-2-3図)。
「労働経済動向調査」の調査結果でも、雇用調整を行っている事業所の割合はやや増加しているが、雇用調整の実施方法では、「残業規制」が大部分である。これに対して、「臨時・季節、パートタイム労働者の再契約停止・解雇」や、「希望者退職者の募集、解雇」といった雇用者数の調整を行っている事業所は少数にとどまっている(第3-2-4図)。
このように、現時点では、雇用調整の動きは、まだ本格化していないものとみられる。しかし、今後、景気後退が進展する中で、雇用者数の動向にも大きな影響が及んでくる可能性がある。そこで、以下では、過去の景気後退局面の雇用調整について振り返ってみよう。
(過去の景気局面と雇用調整)
過去の景気後退において、残業時間の削減の後、どのような状況の下で雇用者数の調整が始まったのかをみることは、今回の景気後退局面における雇用情勢の先行きを占う上で参考になる。そこで、製造業の残業時間(所定外労働時間)の変化と雇用者数の変化との関係を見てみよう(第3-2-5図)。
[1]91年2月~93年10月、97年5月~99年1月
バブル崩壊後についてみると、91年2月を山とし93年10月を谷とする後退局面では、当初は、所定外労働時間が減少する中でも雇用者数は拡大を続けていたが、その後伸びは鈍化し、やがてマイナスとなった。こうした変化は、循環図でみると反時計回りの動きとして現れている。その後の拡張局面では、所定外労働時間は前年比でプラスとなっていったが、雇用者数については減少幅がやや縮小するものの、バブル後のリストラ等により前年比でマイナスを続けた。
97年5月を山とし99年1月を谷とする後退局面では、当初は、所定外労働時間によって調整が行われていたが、景気後退の深刻化に伴って、98年半ばには雇用者数の減少幅が急速に拡大した。その後、景気回復によって所定外労働時間はプラスとなっていったが、雇用者数の減少幅はあまり縮小しなかった。
この時期の雇用調整の特徴は、過剰雇用の調整が行われたことから、景気が回復しても雇用者の伸びがプラスに戻らなかったことである。
[2]2000年11月~2002年1月
2000年11月を山とし2002年1月を谷とする後退局面では、当初所定外労働時間の削減が進められたが、景気後退入りしてから半年経過したころから、常用雇用者数が急速に悪化していった。これは、バブル崩壊後の雇用調整が続く中で、需要が大きく落ち込んだ製造業と建設業において大規模なリストラが進められたことによる。回復局面に入ってからは、大企業製造業を中心に雇用調整が比較的早く進んだことから、所定外労働時間が増加していく中で常用雇用者数の減少幅も縮小に向かった。その後の長い回復局面の中で、ようやく雇用者数が前年比でプラスとなり、バブル後の長期にわたった過剰雇用の調整が終了した。
[3]今回の景気後退局面
直前の景気拡張局面では、所定内労働時間の伸びは緩やかなものであったが、高い水準となっていた。そのため、景気後退入り後、常用雇用者数が前年比プラスのまま、所定外労働時間の減少が始まっている。しかし、既に景気後退入りから1年程度経過しているが、所定外労働時間は過去の景気後退局面で見られたような20%近い減少とはなっていない。この背景としては、景気後退のテンポがこれまでは比較的緩やかであったことが考えられる。今後こうした状況は大きく変化していく可能性が高い。
(企業の雇用不足感は解消しつつある)
景気後退のテンポが速まる中で、今後、雇用者数の調整に至るかどうかは、企業の雇用過剰感が高まってくるかどうかにかかっている。日銀短観の雇用人員判断をみると、大企業では依然として不足超にあるが、中小企業では不足感が解消しており、全体としても不足感がなくなってきている(第3-2-6図)。
過去の景気後退局面をみると、雇用過剰感が高まった場合、ほぼ同時期に雇用者数の減少が起きている様子が分かる。前回の景気後退局面において大規模なリストラを行った大企業では、雇用の不足感が強く、雇用者数も増加しているが、中小企業・中堅企業では不足感の弱まりともに、雇用者数の伸びがマイナスとなっている。こうしたことから、中小企業、中堅企業では、今後、過剰感が高まれば雇用者数が減少していくものと考えられる(第3-2-7図)。
(非正規雇用者は景気動向との関係でどのように動いているか)
雇用者数の調整が行われる場合、雇用形態別にどのような影響があるかを見てみよう。特に、非正規雇用のうちパートタイム労働者は景気後退入りした後でも増加を続けてきたが、今後はどうだろうか。また、その他の雇用形態での動きに変化はみられるだろうか。ここでは、景気動向と非正規雇用の変化について、利用可能なデータで確認してみよう。
まず、常用雇用、臨時雇い、日雇い別の動きについてみると、常用雇用数の変化は、景気動向にやや遅れて動く傾向がみられるが、臨時雇い、日雇いについては、変動が大きく景気動向との関係ははっきりしない(第3-2-8図)。
次に、就業時間別の雇用者数(前年差)の2008年における動きをみよう(第3-2-9図)。男性では、正規雇用者が前年の増加の反動で前年差マイナスとなっているが、非正規雇用では増加となっている。また、非正規雇用の内訳をみると、週35時間以上の勤務のうちでも、「パート・アルバイト」はやや弱いものの、「派遣・契約・嘱託」は増加基調が続いている。女性においては、これまで雇用者の増加を支えていた正規雇用者と、非正規雇用のうち短時間パート・アルバイトの増加がみられなくなっているが、大きく落ち込むまでには至っていない。
(派遣社員等には再契約の停止の動き)
現時点では、非正規雇用者数はまだ増加傾向にあるが、景気後退が厳しさを増す中で、残業時間の調整に続いて、非正規雇用者が減少していく可能性が高い。公共職業安定所(ハローワーク)による中小企業へのヒアリング調査(2008年10月実施)では、正社員や契約社員・パートは不足感が強いが、派遣社員に対しては過剰感があり、更に高まってきているとの結果がでている。また、雇用調整を行っている企業の割合がやや高まっているが、その方法として、派遣社員等の再契約の停止を挙げる企業の割合が増加している(第3-2-10図)。
さらに、厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(2007年10月実施)によれば、非正規社員の活用理由として、「賃金の節約のため」が4割程度、「景気変動に応じて雇用量を調整するため」が2割程度となっている。しかし、2003年実施の調査との比較では、いずれも割合が低下している。これに対して、「正社員を確保できないため」といった理由が増加しており、この時点では、雇用の不足感の強さがみられていた。しかし、非正規の中でも、派遣社員についてみると、「景気変動に応じて雇用量を調節するため」との理由が高い割合となっており、2003年との比較でも下がっていない(第3-2-11図)。こうしたことは、12月や3月に派遣契約を終了する動きが広がるなど、2008年末ごろから、非正規雇用での雇用調整が現れてくる懸念があることを示している。
輸出の減少等により、例えば自動車産業など、中小企業だけでなく大企業においても国内の期間従業員や派遣社員18の削減の動きがみられている。こうした動きが、正規雇用も含めた本格的な雇用調整に及んでくる可能性もあり、今後の動向には十分な注意が必要である19
(景気後退局面には労働分配率は上昇傾向に)
ここまで、景気動向と企業の雇用調整の関係をみてきたが、次に、景気動向と雇用者所得の関係についてみよう。
まず、マクロの労働分配率20をみると、2007年からそれまでの横ばいから上昇してきている。これは、国内総生産(名目GDP)と雇用者報酬の関係でみると、国内総生産が横ばいから、減少してきたことによるものである(第3-2-12図)。
労働分配率とは、一般には、景気動向に対して賃金の改定が遅れ気味になるため、景気後退局面に上昇し、景気拡張局面に低下するという性質がある。具体的には、名目GDPを構成する雇用者報酬の増減は、その前年の企業所得の多寡によって決定される部分があることから、雇用者報酬が企業所得に遅れて動くという関係があると考えられる。国民経済計算の企業所得のデータは2006年度までしか公表されていないが、2007年度は前年比マイナスとなったとみられ、景気後退下で企業収益が減少していることから、今後、結果的に労働分配率は高まっていくとみられる。
(企業の利益と賃金の関係は弱まっている)
雇用者報酬は、雇用者一人当たり賃金×雇用者数21であることから、次に、賃金の動向についてみよう。賃金として一人当たりの雇用者報酬をみる場合には、概念上、雇用主が負担した社会負担を含んでいるなど、一般に考えられる雇用者の所得とは異なることには注意が必要である。そこで、ここでは、一人当たり賃金として、現金給与に着目しよう。現金給与は、所定内給与(基本給)、所定外給与(残業代)、特別給与(賞与=ボーナス)などに分けて考えられる。このうち、所定外給与は、所定外労働時間(残業時間)によって増減する。既にみたように残業時間が減少していることから、所定外給与も減少している(第3-2-13図、前掲第3-2-3図)。
一方、所定内給与や特別給与は、企業の業績等を反映して労使間の交渉で決定される。雇用者報酬と企業所得の関係と同様に、現金給与の変化も企業の利益に遅れて変化することがみてとれる(第3-1-14図)。
ただし、2002年からの景気の拡張局面においては、2002年から2006年まで経常利益が前年比で増加しているにもかかわらず、現金給与総額が前年比プラスとなったのはようやく2005年からである(前掲第1-2-9図)。このように、企業の利益と現金給与との関係が弱くなっており、また、2005年、2006年の現金給与の増加は、特別給与の寄与が大きく、定期給与(所定内+所定外)は伸び悩んでいる。
(企業収益とボーナスは関係が強い)
2005年、2006年の現金給与の伸びに対する特別給与の寄与が大きいのは、企業収益の増減が、基本給よりはボーナスの方に多く反映されるからと考えられる。経常利益とボーナス(夏季及び年末の賞与)との関係をみると、前年の経常利益の増減は翌年のボーナスの増減と方向がおおむね一致していることが分かる(第3-2-15図)。
これは、春闘時又は夏季闘争時に夏季一時金と年末一時金を併せて決定するケースが多い(主要企業で7割以上)ことから、ボーナスは当該年度の利益の変動には影響しない場合が多いためであると考えられる。また、その際、電気機器製造業などの業種で多く導入されている「業績連動方式」(あらかじめ決められた数式に、経常利益等の業績を算入して自動的に一時金を決定する方式)の採用もあるとみられる。
(物価上昇の中での今回の賃金改定)
以上から、現金給与のうち、所定外給与は景気動向に左右される面が強く、今後、所定外労働時間の減少に伴って減少していくことになる。他方、基本給やボーナスは、物価動向や生産性向上等を反映して、労使間で決定されるが、最近の賃金交渉の動向をみると、企業側が業績はボーナスに反映させるとの姿勢を強めている。経常利益(全規模全産業)は2007年度に既に前年割れをしており、2008年度も減益が見込まれていることから、2009年度以降、ボーナスの増額を期待することは難しい状況である。
それでは基本給はどうか。このところ物価が上昇しなかった中で、ベースアップが行われていない。そこで、今後の物価の動向は、ベースアップにどのような影響を与えるか考えてみよう。これまでの、消費者物価上昇率と、春闘でのベースアップ率、実際の基本給(所定内給与)の伸び率を比較してみよう(第3-2-16図)。まず、90年代以降についてみると、消費者物価の上昇率をベースアップが上回り、実際の賃金の上昇率は更にそれらを上回っていたことが分かる。97年度には、消費税率の引上げによる物価上昇があったが、このときはベースアップ率、賃金上昇率は消費者物価上昇率を下回った。その後、消費者物価上昇率がマイナスとなると、ベースアップ率は低下し、実際の賃金上昇率もマイナスとなった。その後、物価がマイナス幅を縮小しゼロ近傍となったところで、賃金上昇率もおおむねゼロ近傍での推移となっている。
賃金関数22を推計し、名目賃金の変化率に影響を与える要因を見てみると、消費者物価の変化率が賃金の動向に大きな影響を及ぼしていることが分かる(第3-2-17図)。
2008年当初から、消費者物価指数は、原油・原材料価格の高騰を背景として上昇し、夏場には前年比で2%台半ばとなった。こうした上昇は、消費税率の引上げがあった97年を除けば92年以来16年振りである。その一方で、2008年春闘において、賃金の引上げはおおむね前年並みの水準にとどまり、消費者物価の上昇により、実質賃金はマイナスとなっている。
消費者物価の上昇は、ピークアウトしたとみられるが、下落する石油製品を除けば、食料品等これまで価格転嫁が遅れてきたこともあって、当面、高止まりの状況が続く可能性もある。来年度の賃金交渉において、物価の上昇分がどのように反映されていくのかが注目される。
(まとめ)
雇用の不足感は解消しつつあり、生産減による雇用調整は、既に所定外労働時間の減少等に現れている。さらに、その影響は非正規雇用に及び始めており、派遣労働者の雇い止め・解雇、新卒者の内定取消などの深刻な問題が生じてきている。輸出や設備投資の減少などから大幅な生産減が続けば、更に雇用情勢が悪化していくことが懸念される。実際、過去の景気後退局面をみると、97年秋の金融システム危機やITバブルの崩壊後には、大規模なリストラが行われるなど、雇用への影響が大きかった。
こうした状況を踏まえ、政策的な取組も含め、雇用の維持・確保のための環境整備を進めていくことが重要である。