第3節 家計による住宅取得の動向
住宅建設は、2007年半ばから改正建築基準法の影響を大きく受けてきたが、その後持ち直し、最近はおおむね横ばい圏内で推移してきた。ただし、先行きについては、雇用情勢が悪化しつつあり、所得が弱い動きとなっていること、マンション販売在庫数が高い水準にあることなどに留意する必要がある。
家計が住宅を取得する場合に、一般的に考慮される事項としては、世帯構造、雇用・所得環境、地価、住宅ローン金利、税制などの要因が考えられるが、雇用・所得環境については第2節で詳しくみたので、以下では、地価、住宅ローン金利等が住宅建設にどのような影響を及ぼしているかについてみよう。
(住宅地価格は下落傾向)
住宅地の地価を都道府県地価調査(基準地価)でみると、全国平均では下落幅がわずかながら拡大し、2007年7月時点の-0.7%の下落から、2008年7月時点では-1.2%の下落になった。そのうち三大都市圏では、3年連続しての上昇となったものの上昇幅が縮小し、2007年4.0%の上昇から2008年1.4%の上昇へと減速している。他方、地方圏では、2007年-2.3%の下落、2008年-2.1%の下落と、下落幅はわずかに縮小したものの、依然として下落が継続している。また、東京都区部でも上昇基調に鈍化がみられる(第3-3-1図)。
三大都市圏や地方の中心都市でも上昇基調の鈍化や下落がみられた理由としては、景気後退の下で、土地の収益性が低下していることが挙げられる。また、2007年夏以降は、サブプライム住宅ローン問題を契機とする投資・金融環境の悪化や、J-REIT市場など不動産証券化市場の混乱が影響したものと考えられる。
(地価下落は、持家建設にはプラス要因)
次に、地価の動向と持家取得との関係についてみよう。国土交通省「住宅市場動向調査」によれば、持家を建設する者の約6割が購入を通じて敷地を取得しているとのことであるから、地価の動向が、持家の建設に大きな影響を与えると考えられる。地価が下落している場合には、先安感から購入時期を先送りする動きが出てくることも考えられるが、例えば、バブル崩壊後の地価下落局面では、持家建設は増加しており、持家への需要は強かった23。こうした点から考えれば、住宅地の価格下落は、持家建設に対してはプラスに働くと考えられる。
持家も、貸家、分譲と同様、改正建築基準法施行の影響によって2007年7月以降大幅に落ち込んだが、持家の多くは小規模で建築確認審査が相対的に簡便であったこともあって、比較的早期に持ち直してきた。ただし、建築基準法の影響を受ける前に、これまでの地価の上昇等の影響等から既に弱い動きがみられており、2008年初めに再び弱含む動きがあった(前掲第1-1-11図)。
なお、首都圏でみられるように、土地成約件数が持家の着工戸数に先行し、2008年初めから前年比プラスとなっている(第3-3-2図)。土地成約物件のm2単価をみると、2006年後半から大幅に高まった後、2008年にかけて下落に転じている。また、土地の在庫件数をみても2008年初めにかけて高まった後、伸び率が下がってきている。こうしたことからも、住宅地の価格が下がったことにより、住宅地取得の動きが強まり、それが持家の着工の増加につながったことがうかがえる。
(分譲マンション市場は厳しい状況)
マンション市場の動向をみると、販売価格の上昇傾向が続いている(第3-3-3図)。背景として、建設コストの上昇や土地の取得時の地価の高さが考えられる。都心部では発売の先送り傾向、埼玉・千葉などの郊外部では在庫処理目的とみられる供給抑制の動きが観察されるが、価格の高騰から、契約率は低い水準にある24。マンション購入の一次取得者層の中心とみられる団塊ジュニアなどが、価格高騰についていけなくなったものとみられる。
その結果、首都圏の分譲マンション市場では、販売在庫が積み上がっている。地域別にみると、東京では大きく増加しているものの、東京以外の首都圏では2007年末に高い水準になって以降、在庫が緩やかに減少している。しかしながら、在庫の減少は期分け販売や発売の先送りなどの供給抑制をしたことによるものとみられる。また、東京以外の首都圏でも完成在庫(分譲中戸数のうち完成済みの戸数)は増加しており、なかには当初の販売価格を値下げして売り出す事例も出ている。こうしたことから、マンション市場は厳しい環境にあるものと考えられる。
マンション販売の不振から、分譲住宅の着工は、改正法施行前の水準に戻した持家の着工と比較して、弱い動きとなっている。不動産業の倒産が増加し、新規の事業用地の取得を見送る不動産業者もある中で、今後の在庫調整の動きが注目される。
(住宅ローン金利は低下傾向)
住宅ローン金利は、2008年半ばにかけて急上昇したが、その後は落ち着いた動きを示している。
住宅ローンの新規貸出は、減少傾向にあるが、2008年度第1四半期(4-6月期)には、前年を上回った。金利のタイプ別のシェアをみると、残高ベースでは、変動型の比率が高く、固定型の場合その期間が比較的短いものが多い(第3-3-4図、第3-3-5図)。
日本銀行が2008年10月末に利下げして以降、変動型の住宅ローン金利を引き下げる動きもみられ、今後、住宅取得の環境を改善する方向に働くと考えられる。
(住宅ローン減税の押上げ効果)
住宅ローン減税は、家計の住宅取得に大きな影響を与えうる。住宅ローンを有する世帯のうち、住宅ローン減税制度の適用を受けた世帯の比率は、注文住宅及び分譲住宅で約80%に上っている25。
これまでの住宅ローン減税のうちで、最大規模のものは、99年度に行われたもので、そのときは借入残高5000万円を上限とし15年間の控除合計額が最大587.5万円となる減税26であった。その後、住宅ローン減税は、段階的に縮小されてきており、現在では、借入残高2000万円を上限とし10年間、又は15年間の控除合計額が最大160万円となっている27(第3-3-6図)。
99年度の住宅ローン減税の拡充の効果をみると、その他の住宅建設促進策28とあいまって、まず持家の着工増加という形で現れた。マンション建設は、用地取得等に要する期間がかかるためやや遅れたが、99年後半から着工が増加していった。こうしたことから、97年以降低迷が続いていた住宅投資は、景気回復の下支え役を果たした(第3-3-7図)。なお、この間、減税のメリットのない貸家の着工が低迷していたことからも、住宅建設促進策の効果が現れていたことが確認できる。
2008年10月31日に政府・与党が取りまとめた「生活対策」では、住宅ローン減税や容積率の緩和等による住宅投資の促進等が盛り込まれた。また、先に述べたとおり、日本銀行は同日、政策金利の誘導目標の引下げを行っており、こうした政策取組により、住宅をめぐる環境もある程度改善していくことが期待される。
(不動産証券化市場の混乱が貸家建設の動向にも影響)
最後に、貸家建設の動向についてみよう。貸家建設は、2006年ごろまでは、都市部への人口の流入、低金利や地価下落による採算性の向上、不動産投資市場の活発化等を背景に、堅調な動きを続けたが、2007年は改正建築基準法の影響もあって、大きく減少した。その後、一時的に持ち直しの動きを示したが、その後再び弱含んでいる。
こうした背景としては、第一に、金利水準が高くなってきたことや建築工事費の高騰により採算性が低下していることが挙げられる。特に都区部では、新築マンションの賃料は上昇しているにもかかわらず、利回りが低下傾向にある。また、貸家建設に当たって、新規に土地を取得する場合は、地価の動向も重要であるが、最近までの都心部での上昇も影響を与えたとみられる(第3-3-8図)。
第二に、不動産証券化市場が、金融危機が深刻化するにしたがって大きな変動にさらされていることが挙げられる。東京証券取引所に上場する全銘柄の時価総額を指数化した東証REIT29指数をみると、不動産市況の悪化、国内外の景気後退に対する懸念などがあいまって弱い動きを続けていたが、アメリカの大手金融機関の破綻後の世界同時株安の影響を受けて大きく下落している。不動産投資は、一般的にミドルリスク・ミドルリターンといわれるが、不動産証券化商品などに対する投資家の信頼が大幅に低下しているなかで、J-REITからも資金が流出しているものとみられる(第3-3-9図)。また、配当要件30があるため、借入れを行って物件を取得するJ-REIT法人も多く、企業側からみた金融機関の貸出態度が厳格化したことや、投資環境の変化により増資が困難になったことなどにより、資金調達環境が悪化しているとみられる。
これまでJ-REITによる物件の取得が不動産市況を活性化してきたことから、こうしたJ-REITの混乱は、賃貸マンション等の着工を通じて貸家の建設の動向にも大きな影響を与えてくるものとみられる。今後、不動産市況が改善していくためには、J-REIT市場が早期に回復することが重要である。不動産証券化、流動化が、地方都市においても都市開発、地域活性化の手段としての活用が期待される中、不動産証券化商品の適切な市場価値と安定的な価格の形成が期待される。
(まとめ)
住宅投資は、GDPに占める割合でみれば4%程度であるが、2007年度には、改正建築基準法の影響で住宅建設が大きく落ち込んだことから、成長率を大きく押し下げることとなった31。
今回の景気後退は、金融危機が深刻化し、世界経済の減速が続く中、日本の景気回復の最近のパターンであった外需主導型のシナリオが描きにくくなっている。こうした中では、国内需要の動向が重要であり、住宅投資の回復も一定の役割を担うことが期待される。第1節、第2節でみた家計の所得環境の改善とともに、住宅の取得環境の改善を図ることが必要となっている。