むすび

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今回の後退局面は、すでに第二段階に入っている。第一段階は2008年半ば頃までであった。過去数年に渡り原油・原材料価格高騰による所得流出が進む一方、サブプライム住宅ローン問題を契機としてアメリカ経済が減速し、我が国の内需が盛り上がりを欠くなかで輸出が緩やかな減少に転じたことから景気の弱まりがみられた。この段階では、国内の在庫調整圧力もそれほど高まっておらず、過去の後退局面と比べると緩やかな後退であった。

2008年9月のアメリカにおける大手金融機関の破綻以降、内外の情勢は一変した。アメリカ発の金融危機は深刻化、長期化の様相を呈し、世界的な広がりを示し始めた。我が国でも株価が大幅に下落、急激な円高とともに企業や家計のマインドを一層冷え込ませた。アメリカ、欧州では景気後退が鮮明となり、アジア経済も減速の動きがみられるようになった。我が国では輸出企業を中心に業績予想が大幅に下方修正され、設備の調整を急ぐ動きも出てきた。生産の減少テンポは加速し、景気後退は第二段階に入った。もはや景気後退は「緩やか」といえる状況ではなく、急速に厳しさが増している。

一方、原油・原材料価格は急落している。これは、企業の投入費用を削減し、また、家計の実質所得を押し上げる方向に働く。ただし、例えば原油についてみると、ここ2年程度の間に高騰した分がもとに戻っただけであり、2008年前半の高騰による所得流出のマイナスの影響はまだ出尽くしていないとみられる。この影響が剥落すれば、景気にとって重石の一つがとれることにはなるが、それで自律的回復が展望できるほどのインパクトはない。

このような状況の下で、景気は当面、悪化の方向に進む可能性が高い。その理由は、欧米での景気後退の深刻化、長期化が見込まれるなか、国内の調整圧力がさらに高まるとみられるからである。在庫調整圧力はすでにはっきりと高まり、生産を下押ししているが、これが設備の稼働率を低下させ、設備過剰感を高めていくと考えられる。景気後退がさらなる需要の減退を呼ぶ、という累積的メカニズムが働き始めているのである。

加えて、景気の一段の下振れをもたらす主要なリスクとして以下の3つが挙げられ、それらはいずれも高まっている。

第一は、国内で雇用者数の減少を含む大規模な雇用調整が進むリスクである。これまでは、労働投入の調整は所定外労働時間を中心としたものであった。しかし、派遣労働者を中心に雇用過剰感が急速に高まるなかで、派遣労働者等の雇止め・解雇、新卒者の内定取消などの問題が浮上している。こうした動きが広がるなかで、現在は横ばい圏内で推移している雇用者数が減少に転じ、結果として、個人消費も減少となる懸念がある。

第二は、国内金融面から実体面への影響が顕在化するリスクである。2008年末現在で入手可能なデータでは、国内での信用収縮とその実体経済への影響は必ずしも明確ではない。しかし、我々は、かつての我が国の金融危機において、金融面と実体面の相互作用は、見えにくく、かつ時間をかけて出てくることを教訓として学んでいる。株安などが我が国金融機関のバランスシートへの影響を通じてその貸出態度を慎重化させている可能性を含め、金融面と実体面の相互作用の状況について注視する必要がある。

第三は、現在、国際機関等が想定している以上に世界経済の状況が悪化するリスクである。2008年末現在、金融危機が終息に向かっているといえる状況にはなく、今後、さらに深刻化、長期化の可能性も否定できない。また、現在の状況を前提としても、アジア諸国、新興国等への危機の本格的な波及が進む懸念が払拭できない。いずれの場合でも、金融面、実体面を通じて我が国景気の一段の下振れにつながる可能性がある。

なお、いうまでもなく、第三のリスクの顕在化は第一、第二のリスクが顕在化した後にその長期化をもたらすなどの形で、影響が増幅することも考えられる。

さらに、これらのリスクが顕在化した場合を含め、景気後退が長期化し、需給ギャップのマイナス幅拡大が続くようであれば、我が国経済がデフレに逆戻りする懸念もあり、この点には特に注視が必要である。

グローバル化の進んだ現在、世界経済が混迷を極めるなかで日本だけが着実に景気回復に向かうというシナリオは描きにくい。今後、我が国経済が後退局面を脱するためには、金融危機が終息へ向かい、世界経済が正常な状態に復していくことが前提となる。したがって、我が国としても世界的な金融危機の早期終息に向けた国際協調に全力を挙げることが何よりも重要である。その上で、国内的な景気の下振れリスクを十分警戒しながら、日本企業の収益力向上に裏打ちされた内需の持続的な回復を目指し、適切な経済財政運営を行っていく必要がある。

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