第1章 景気動向と好循環の進展

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第2節 好循環の進展とデフレ脱却に向けた動き

前節でみたように、景気は、一時、個人消費などに弱さがみられたが、緩やかな回復基調を維持してきた。企業収益の拡大が賃金上昇や雇用拡大につながるなど、経済の好循環が着実に回り始めている。デフレ脱却41に向けた動きについては、物価の動向に加え、再びデフレに戻る見込みがないかという観点から、経済の好循環の進展状況を合わせてみることが重要である。本節では、経済の好循環の進展状況を賃金引上げの動きから確認するとともに、その中でみられるデフレ脱却に向けた動きを確認する。また、2014年夏以降の原油価格の下落42が我が国経済に及ぼす影響を分析し、デフレ脱却に向けた前向きな要因となっていることを確認する。

1 雇用・所得環境の動き

雇用・所得環境は、労働需給が引き締まりつつあり、雇用者数が増加傾向となり、賃金も底堅く推移するなど、改善傾向にある。ここでは、物価がデフレではない状況となった2006年春以降(以下本節において「前回」という。)43と比較しつつ2013年秋以降(以下本節において「今回」という。)44の雇用情勢を労働需給及び賃金の観点から点検し、今回の経済の好循環の進展状況を確認する。

労働需給は非製造業を中心に引き締まりつつある

前回と今回の労働需給の動向を比較すると、2015年1-3月期では、有効求人倍率は1992年以来の高水準、完全失業率は1997年以来の低水準となるなど、今回の方が前回よりも労働需給は引き締まっている(第1-2-1図(1))。最近の完全失業率は構造失業率45近傍まで低下している可能性があるが、過去にも完全失業率が構造失業率を下回ることがあったことから、景気の回復が続くことにより、また労働市場を中心とする構造改革の進展等によっては、完全失業率が一段と低下する余地がある。

労働需給の規模別・業種別の動向について、日銀短観(2015年6月調査)で確認してみよう。雇用人員判断DIは、前回と今回のいずれも雇用不足感が高まっている(第1-2-1図(2))。ただし、今回は、前回以上に非製造業において雇用不足感が高まっている。非製造業における雇用不足感を背景として、全産業では1992年以来の「不足」超の水準となっている。雇用人員判断DIを規模別・業種別にみると、以下の点が確認できる(第1-2-1図(3)、(4))。

第一に、大企業では、前回の方が今回よりも雇用不足感が強い。前回は「他の加工業種」で雇用不足感が強く、また、「素材」で「不足」超となるなど、非製造業に加え製造業においても不足感が強かった。しかし、今回は「他の加工業種」で前回ほどの雇用不足感がないことに加え、「素材」が依然として「過剰」超となっているなど、製造業で不足感が高まっていない。これは、製造業における海外生産移転の動きや合理化・省力化の動きが進んだ中で、製造業からサービス産業へ経済構造がシフト46したことなどが影響しているとみられる。

第二に、中小企業では、前回よりも今回の方が雇用不足感が強い。2013年以降、雇用人員が不足していると回答する企業が増加しており、特に、「建設・不動産」、「小売・対個人サービス」及び「他の非製造業」といった業種で雇用不足感が高まっている。「建設・不動産」は東日本大震災からの復興需要等により建設労働者の需給がひっ迫していること、「小売・対個人サービス」は介護、小売、飲食店で労働需要に労働供給が追い付いていないこと、「他の非製造業」では景気回復に伴う輸送需要の拡大等により運転手の需給がひっ迫していることが原因とみられる。これらの業種は、大企業においても雇用人員の不足感が強いが、中小企業において一段と不足感が強い。これは、建設業や介護など、雇用不足感が強い分野において中小企業の割合が高いことが背景にあると考えられる。

供給面では女性や高齢者で労働参加が増加

労働供給についてみてみよう。前回と今回のいずれも、就業者数は増加傾向にある(付図1-3)。この背景について、生産年齢人口(15歳から64歳まで)と65歳以上の高齢者層に分けて確認する(第1-2-2図(1))。

まず、生産年齢人口についてみると、男女に共通する特徴として、2005年以降人口の減少(人口要因)が継続的にマイナス寄与となっていることが挙げられる。ただし、今回の方が人口要因のマイナス寄与が大きく、人口の減少による就業者数の減少圧力が高まっている。また、前回と今回のいずれも、男女共に失業率の低下(失業率要因)や労働参加の増加(労働力率要因)がおおむねプラスに寄与している。このうち、女性については、前回と今回のいずれも労働参加の拡大によるプラス寄与が人口減少によるマイナス寄与を上回っているため、就業者数が増加している。前回と比較すると、今回の方が女性の労働参加が拡大したため、そのプラス寄与が大きくなっている。一方、男性については、人口減少によるマイナス寄与が拡大する中、労働参加の増加が限定的であるため、2013年以降も就業者数はおおむね減少している。

次に、65歳以上の高齢者についてみると、前回と今回のいずれも男女共に人口の増加や労働参加の増加により就業者数が増加している。ただし、今回の方が男女共に労働参加の拡大によるプラス寄与が大きくなっている。

安倍内閣発足後、政府は女性や高齢者等の就労支援対策等47を実施してきた。こうした取組の下、2013年以降、生産年齢人口が減少する中で、女性や高齢者の労働参加の増加48により就業者数が増加している。

景気は緩やかな回復基調を維持しているが、非労働力人口の労働意欲に影響を及ぼしたのであろうか。非求職者の非求職理由をみると、「適当な仕事がありそうにない」ことを挙げる者(以下「求職意欲喪失者」という。)は、前回は、2007年以降前年を上回る期間が多い(第1-2-2図(2))。今回は、2012年10-12月期以降、求職意欲喪失者がおおむね前年を下回って推移しており、人々の労働意欲が高まっているとみられる。求職意欲喪失者の非求職理由をみると、2012年10-12月期以降、「今の景気や季節」を挙げている者が減少している(付図1-4)。このことから、求職意欲喪失者が景気回復を認識する中で労働意欲を高めたことも、2013年以降の労働参加拡大の一因であったと考えられる。

企業収益は賃金上昇へ波及

一般的に、労働需給の引締りは賃金の上昇をもたらすと考えられるが、デフレ下では名目売上が抑制され、企業の生む付加価値が圧縮されるため人件費を含むコストの削減が促される。我が国は1999年から続くデフレ49から脱却していないものの、現在は、デフレではない状況となっている。今後、企業のデフレマインドが払しょくされるにしたがって、生産性上昇が賃金上昇につながりやすい環境となると考えられるが50、実際の賃上げ(ベースアップ等)はどうなっているのであろうか。

2014年の賃金引上げに関しては、2013年12月の政労使会議で共通認識51が取りまとめられたことなどから、2014年の定期昇給を含む賃金引上げ率は過去15年間で最高水準となった(第1-2-3図(1))52

2015年の賃金引上げに関しても、2014年12月の政労使会議において、政府の環境整備の取組の下、経済界は、賃金の引上げに向けた最大限の努力を図るとともに、取引企業の仕入れ価格の上昇等を踏まえた価格転嫁や支援・協力について総合的に取り組むほか、労使双方の協力によるサービス産業等の生産性向上、休み方・働き方改革等を推進することで合意し53、経済界、労働界及び政府が一体となって取組を進めてきた。

実際の賃金引上げの状況として、2015年の春季生活闘争(以下「春闘」という。)の内容を日本労働組合総連合会の回答集計結果(6月1日回答集計)を中心に確認すると、前年と同一組合での比較では、賃金改善分は0.66%、定期昇給を含む賃金引上げ率は2.40%となり、それぞれ2014年を0.20%ポイント、0.18%ポイント上回っている(第1-2-3図(2))。組合員数別に賃金改善分をみると、組合員300人未満の企業、組合員300人以上の企業では、それぞれ2014年を0.12%ポイント、0.21%ポイント上回っている。2015年の春闘においては、比較的規模の小さい企業でも賃上げの動きが進展しているとみられる。また、前回と今回の賃金引上げ率を比較すると、前回は2%を下回ったままであったが、2014年、2015年は2%を上回っており、今回は前回を上回っている。

以上のとおり、2015年の賃金引上げ率は、過去15年間で最高水準となった2014年を上回る状況であり、好調な企業収益が賃金の上昇へ波及する形で、経済の好循環が進展していることが確認できる54。デフレ脱却に向けては、収益環境の改善の中で企業が賃金を引き上げること、またそれによるコスト上昇を販売価格に転嫁できると認識するようになることが重要である55。2013年9月以降、政労使会議が開催されてきた中で、2015年においても賃上げの動きが続いており、企業は賃金引上げに伴うコスト上昇を販売価格に転嫁できると認識し始めた可能性がある。さらに、持続的な賃金上昇を実現するためには、労働生産性の持続的な向上が重要である。今後、景気の回復が続く中で労働生産性が上昇し、賃金上昇につながることが期待される。

2 物価の動向

これまで雇用情勢を中心に、経済の好循環が進展していることを確認してきた。ここでは、デフレ脱却に向けた動きについて、物価動向及びそれを取り巻く環境をみていく。前回と今回について、輸入物価から消費者物価にわたる各指標を比較しつつ、主に2014年以降の物価の動向を確認する。

企業向けサービス価格は前年比プラスで推移

まず、輸入物価(円ベース)の動向を比較すると、前回と今回のいずれも原油価格の影響を強く受けている(第1-2-4図(1))。具体的には、前回は2007年後半から2008年央までの原油価格の高騰を受け、「石油・石炭・天然ガス」が大きくプラスに寄与したが、その後の原油価格の急落56、為替の円高方向への動きを受けて(付図1-5)、「石油・石炭・天然ガス」はマイナスに寄与することとなった。一方、今回は、2013年末から2014年央にかけて原油価格及び為替動向が比較的安定的に推移したこと、2014年央から同年後半にかけて円安方向への動きと原油価格の下落が同時進行したことから、2014年中はおおむね前年比で小幅プラスとなっていた。しかし、同年末以降、原油価格の下落ペースが加速したことで、「石油・石炭・天然ガス」がマイナスに寄与することとなり、2015年に入り、輸入物価の前年比はマイナスに転じている。

次に、国内企業物価の動向をみると、前回と今回のいずれも一定期間、前年比で2%程度のプラスとなっている(付図1-6)。ただし、輸入物価と同様、原油価格の影響等を受け、前回は2007年後半から2008年央にかけて「エネルギー」が大きくプラスに、その後大きくマイナスに寄与した。一方、今回は2013年央から2014年央にかけて「エネルギー」が前年比小幅プラスとなった後、大きくマイナスに寄与している。

最後に、企業向けサービス価格の動向をみると、前回はデフレではない状況になった後も前年比ベースで一定期間マイナスが続いたが、今回はデフレではない状況になって以降プラスを維持している(第1-2-4図(2))。前回と今回の主な相違点として、今回は「諸サービス」が安定的にプラス寄与となっていることが挙げられる。これは、労働需給の引締り等を背景とする人件費の上昇により、土木建築サービスや労働者派遣サービスが上昇したこと、訪日外国人旅行客が増加したこと57等によりホテル宿泊サービスが上昇したこと等が原因と考えられる。

1-1 原油価格と為替レートが製造業の生産者価格に及ぼす影響

ドバイ原油価格は、2014年夏には1バレル110ドル程度であったが、2015年2月から4月まで1バレル55ドル程度、5月と6月は1バレル63ドル程度で推移した。なお、2014年夏と2015年4月を比べると約50%下落した。また、ドル円レートは、2014年夏には1ドル100円程度であったが、2015年に入って1ドル120円程度で推移しており、2014年夏と比べると約20%円安方向へ推移した。そこで、産業連関表を用いて、原油価格が50%下落し、為替が円安方向へ20%推移した場合に、我が国の製造業の生産者価格がどのように変化するかを試算してみよう。

原油価格が50%下落し、為替が円安方向へ20%推移すると、製造業55部門のうち41部門で生産者価格が上昇し、14部門で生産者価格が下落する結果となった。生産者価格の上昇率が高い10部門をみると、非鉄金属や電気機器に関連する部門が多い(コラム1-1表(1))。これは、我が国が非鉄金属や電気機器部品の多くを輸入しているためと考えられる。一方、生産者価格の下落率が高い10部門をみると、「石油製品」、「石油化学基礎製品」、「有機化学工業製品(石油化学基礎製品を除く。)」など素材関連が多い(コラム1-1表(2))。「石油製品」及び「石油化学基礎製品」等で下落率が高くなっているが、生産者価格が下落する部門は原油価格の影響を直接的に受ける一部の部門にとどまっている。したがって、我が国の製造業においては、円安方向への動きは幅広い業種に影響する一方で、原油価格下落は一部の業種への影響が大きいと考えられる。

消費者物価の基調は緩やかに上昇

消費者物価の推移をみると、連鎖基準方式の「生鮮食品を除く総合(いわゆるコア、以下「コアCPI」という。)」及び物価の基調を表す「生鮮食品、石油製品及びその他特殊要因を除く総合(いわゆるコアコア、以下「コアコアCPI」という。)」58のいずれも、2013年春以降、おおむね緩やかに上昇してきた(第1-2-5図(1))。ただし、エネルギーを含むコアCPIについては、原油価格下落の影響を受け、2014年夏以降、おおむね横ばいとなっている。

こうした消費者物価の動向について、その背景をみるために、コアCPI及びコアコアCPIに対する分類ごとの寄与度を確認する。コアCPIについては、前回59は原油や穀物の国際価格の高騰を背景として、「エネルギー」や「食料」がプラス寄与の中心であったが、今回は両者に加え「公共料金」60や「一般のサービス」といったサービス分野もプラスに寄与している(第1-2-5図(2))。ただし、2014年夏以降、「エネルギー」の寄与度の縮小に伴い、コアCPIのプラス幅も縮小している。コアコアCPIについては、前回は「食料」が大きくプラスに寄与しており、「食料」の寄与度が縮小するにつれて、全体のプラス幅は縮小することとなった(第1-2-5図(3))61。今回は、「食料」に加えて「公共料金」や「一般のサービス」が安定的にプラスに寄与しており62、安定的に前年比でプラスとなっている。特に、今回、「一般のサービス」が安定的にプラスの寄与となったのは、宿泊料や外食63などで価格が上昇しているためであり、2014年以降の賃金引上げの動きが影響していると考えられる。

3 実体経済の動きとデフレ脱却に向けた状況

消費者物価は2013年春以降緩やかに上昇しているが、デフレ脱却に向けた進展を評価するには、消費者物価以外の指標も点検する必要がある。以下では、GDPギャップ、GDPデフレーター及び単位労働費用などを用いて、デフレ脱却に向けた進展状況を確認するとともに、デフレ脱却に向けた課題を整理する。

GDPギャップのマイナス幅は着実に縮小

コアCPIに影響を与える主な要因として、GDPギャップ、輸入物価及び家計の予想物価上昇率がある。

まず、GDPギャップについて確認すると、2009年以降、東日本大震災や欧州政府債務危機など内外のショックがあったものの、マイナス幅は総じて縮小傾向にあった(第1-2-6図(1))64。2014年4-6月期以降、一時的にGDPギャップのマイナス幅が拡大したが、同年10-12月期以降、再び縮小している。今後、個人消費や設備投資が持ち直していくことでそのマイナス幅が着実に縮小していくことが期待される。

前回はコアCPIの前年比上昇幅が2%を超えた期間があるが、今回は2015年5月時点で2%を超えた期間はない(前掲第1-2-5図(2))。そうした中、予想物価上昇率は前回よりも今回の方が高くなっている(第1-2-6図(2))65。これは、日本銀行が2013年4月に導入した「量的・質的金融緩和」がその所期の目的である予想物価の上昇に効果を発揮したものと考えられる66

デフレ脱却にはGDPギャップの着実な改善が重要

これまでの検討を踏まえ、消費者物価関数を推計し、各要因がコアCPIの上昇にどの程度寄与したかを試算してみると、以下の点が指摘できる(第1-2-7図)。

第一に、予想物価上昇率要因の寄与度については、前回は最大で0.5%ポイントの寄与であったが、2015年1-3月期には0.7%ポイントの寄与となっている。今回は、日本銀行の「量的・質的金融緩和」の影響もあって、予想物価上昇率が上昇したことが影響したと考えられる。

第二に、前回は2007年4-6月期以降、GDPギャップ要因がプラスに寄与をしているが、今回はマイナス寄与が続いている。ただし、2015年1-3月期から4-5月にかけて、GDPギャップ要因のマイナス寄与は縮小しており、経済全般の需給面からみた消費者物価の下押し圧力は緩和しつつある。

第三に、前回と今回のいずれについても、当初は輸入物価要因がプラスに寄与をしていたが、今回は2015年1-3月期以降、マイナス寄与に転じている。輸入物価の下落が続くと、短期的には消費者物価の下落要因となることが確認されるが、同年2月以降原油価格が上昇に転じるとともに、同年5月下旬以降為替が円安方向へ推移したことから、輸入物価の下落幅は縮小するとみられる。

デフレ状況に戻る見込みがないことを判断するためには、多少の外的なショックがあってもデフレ状況に逆戻りすることなく、緩やかな物価上昇の状態が持続可能であることが必要である67。そのためには、消費者物価における経済全体の需給動向を示すGDPギャップ要因のマイナス寄与が着実に縮小することが必要である。今後、2014年後半から2015年初にかけて伸び悩みがみられた個人消費や設備投資などが持ち直していくことや、完全失業率が一段と低下していくことを通じて、GDPギャップが着実に改善することが重要である。バブル経済の崩壊以降、労働需給と物価の関係が弱まっているが(付図1-7)、今後緩やかな物価上昇が実現することで、予想物価上昇率をデフレ脱却に向けて安定化させる取組68、デフレマインドの払しょくを通じた賃金引上げやそれに伴う販売価格上昇等を通じて、両者の関係が強まっていくと考えられる。

GDPデフレーターは上昇傾向

国内要因に基づく物価変動を表すGDPデフレーターはどのような動きをしているのであろうか。前回と今回のGDPデフレーターの動きを比較すると、以下の点が確認できる。

第一に、前回はおおむね前年比マイナスで推移している一方、今回は2013年4-6月期以降、マイナス幅が着実に縮小し、2014年4-6月期以降は消費税率引上げの影響を除いても、プラスで推移しているとみられる(付図1-869

第二に、需要面からみると、2014年1-3月期以降、物価上昇が押下げに寄与する輸入物価要因を除き、おおむね押上げに寄与している(第1-2-8図(1))。また、民間最終消費要因をみると、前回はおおむね押下げに寄与したが、今回は2013年7-9月期以降押上げに寄与している。

第三に、所得面からみると、2014年4-6月期以降、ベースアップの動きもあって単位労働費用要因がプラス寄与となっている(第1-2-8図(2))。また、2014年1-3月期以降、単位利潤がプラス寄与となっている。これは、企業が受け取る利潤が増加したことを示しており、今後、企業が受け取った利潤が雇用者へ配分されることで賃金が上昇していくことが考えられる。

原油価格下落は、交易条件の改善に寄与

2014年末以降の原油価格の急速な下落後、中国や新興国等の一部に弱さがみられるものの、アメリカ経済が回復する中で、世界経済は全体として緩やかに回復している。世界経済が回復する中での原油価格下落は、交易条件の改善などを通じ日本経済に追い風となる可能性がある。そこで、ここでは原油価格下落が我が国の交易条件に及ぼす影響を確認し、原油価格下落がデフレ脱却を更に前進させる要因となることを確認しよう。

まず、交易条件の変化を輸入物価要因(石油・石炭・天然ガス、その他)、輸出物価要因(電気・電子機器、その他)及び為替要因に分解して確認してみよう。2000年以降の長期でみると、輸入物価要因(石油・石炭・天然ガス)の変化が、交易条件に大きな影響を与えていることが確認される(第1-2-9図(1))。

原油価格の下落は、エネルギー価格低下をもたらし、消費者物価を短期的に押し下げることから、実質所得の改善をもたらすとみられる。そこで、時間当たり実質雇用者報酬を、労働分配率要因、労働生産性要因、交易条件要因に分解することで、交易条件の変化が賃金に及ぼす影響を確認してみよう。2014年1-3月期から7-9月期までは、交易条件要因がマイナスに寄与していたこともあって、時間当たり実質雇用者報酬は前年を下回っていた(第1-2-9図(2))。しかし、2014年10-12月期以降、交易条件要因がプラスに寄与しており、交易条件の改善が実質所得の改善を通じて、家計に恩恵をもたらしていると考えられる。持ち直しの兆しがみられ始めた個人消費は、ベースアップの動きがみられることや交易条件の改善を通じた実質所得の改善により、今後、持ち直していくことが期待される。

単位労働費用は上昇

単位労働費用(ULC、ユニット・レーバー・コスト)70は生産一単位当たりの賃金コストを表すものであり、上昇した場合、企業が賃金コスト上昇分を販売価格に転嫁できなければ、企業収益が悪化することになる。つまり、単位労働費用が上昇すると、企業には販売価格を引き上げるインセンティブが働くことになる。1980年以降の消費者物価(食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合(いわゆる米国型コア、以下「米国型コア」という。))と単位労働費用の関係をみてみると、その関係は次第に弱くなっているものの、依然、両者には正の相関があることが確認できる(第1-2-10図(1))。

単位労働費用の動きを確認すると、2000年以降、労働生産性は上昇を続けたものの、単位賃金は下落傾向にあり、おおむね前年比マイナスで推移している(第1-2-10図(2))。前回は、2008年1-3月期から賃金要因がプラスに寄与する中で、単位労働費用は前年比プラスとなった。リーマンショック後、実質GDPが低下する中で労働生産性が低下しそのプラス幅を拡大したが、賃金要因がマイナス寄与に転じる中で単位労働費用も再び前年を下回ることとなった。今回は、2014年4-6月期以降、駆け込み需要の反動により労働生産性が低下するとともに、単位賃金がおおむね上昇して、それぞれがおおむねプラスに寄与したことから、単位労働費用は前年比プラスで上昇している。

こうした動きを、製造業と非製造業に分けてみると、前回は両者とも、おおむね前年比マイナスで推移した(第1-2-10図(3))。一方、今回については、2014年4-6月期以降、両者いずれも単位賃金はおおむねプラスで推移しているが、寄与度は製造業の方が大きくなっている。これまでの我が国の消費者物価をめぐる情勢として、サービス価格の上昇率が低かったことが特徴として挙げられる71。サービス産業は労働集約的な産業であり、賃金コスト面からの物価上昇圧力が小さかったことがサービス価格の上昇率が低かった原因の一つと考えられる。非製造業では、2015年においてもベースアップの動きがみられることから(付図1-9)、賃金コスト面からのサービス価格上昇圧力が高まることが期待される。

デフレ脱却に向けた動きは着実に進んでいる

2013年以降、女性や高齢者が労働参加を拡大させたことから、就業者数は増加傾向にある。就業者数が増加傾向にある中で、一部の業種で景気回復に伴う労働需要が拡大したこともあって、非製造業を中心に労働需給は引き締まりつつある。こうした中、企業の収益改善が賃金上昇につながっており、経済の好循環が生まれ始めている。2015年においても、ベースアップの動きが続いており、今後、個人消費が持ち直していくことが期待される。

最近の物価の動向を総合的にみると、消費者物価、GDPデフレーター及び単位労働費用が上昇するなど、デフレ脱却に向けた動きは着実に進んでいる。前回と今回を比較してみると、消費者物価の動向に対して特にサービス価格が上昇に寄与している点が今回の特徴となっている。その背景には、労働需給の引締り等を背景に賃金が底堅く推移していることが挙げられる。GDPギャップは着実に縮小し、経済全般の需給面からみた消費者物価の下押し圧力は緩和しつつある。デフレ脱却には、個人消費や設備投資などが持ち直していく中で、今後、GDPギャップがそのマイナス幅を着実に縮小していくことが重要である。また、バブル経済の崩壊以降、労働需給と物価の関係が弱まっているが、今後緩やかな物価上昇が実現することで、予想物価上昇率をデフレ脱却に向けて安定化させる取組、デフレマインドの払しょくを通じた賃金引上げやそれに伴う販売価格上昇等を通じて、両者の関係が強まっていくと考えられる。

また、原油価格の下落が一時的にコアCPIを押し下げているものの、全体としてみればデフレ脱却に向けた動きを後押しするものと考えられる。輸出入双方の物価を表す交易条件の動向からみると、原油価格の下落が交易条件を大きく改善させた。交易条件の改善は実質所得の押上げに結び付く。原油価格の下落やそれに伴う交易条件の改善は、企業収益や家計の実質所得の改善効果を持つことから、今後、マクロ的な需給は引き締まっていくことが期待される。


(41)内閣府は、2006年3月、デフレ脱却を「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」と定義している。デフレ脱却の実現により、<1>実質金利の高止まりが是正され、企業が将来における名目売上の拡大を期待することにより前向きの投資が出てくる、<2>企業の生む付加価値が圧縮される状況が是正され、生産性上昇が賃金上昇につながりやすい環境が実現される、<3>経済成長が進み財政健全化を促し、そうした財政健全化の進展が経済再生の一段の進展に寄与するという好循環の動きがより確かなものになることが期待される(内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015))。
(42)原油価格は世界需要の減退懸念に加えて供給が潤沢であることから、2014年夏から2015年1月中旬にかけて下落したが、アメリカ国内で原油生産量が減少すると見込まれたこと等により、2015年1月中旬以降、原油価格は上昇傾向にある。
(43)内閣府(2007)は、2007年央までの状況から、「物価の動向を総合的にみると、デフレからの脱却は視野に入っているものの、海外経済の動向などにみられるリスク要因を考慮しつつ、デフレに後戻りする可能性がないかどうか、注視していく必要がある」と指摘している。
(44)月例経済報告において、デフレ状況にあると判断されていたのは、2001年3月から2006年6月までの期間及び2009年11月から2013年11月までの期間である。
(45)構造失業率は、推計方法等によって値が異なるため、その水準は幅を持ってみる必要がある。なお、これまで構造失業率は3%台半ばとみられているが、宮嵜(2015)は、「一般に、地価の上昇局面では、人口移動が活発化する傾向があり、求職者も多くの雇用機会を得やすくなるため、構造的失業の推計に含まれる「摩擦的失業」が減少する可能性がある。資産デフレからの脱却が進む中、構造失業率は中長期的な低下局面に入った可能性が高い」と述べている。
(46)製造業からサービス産業への経済構造のシフトについては、第3章第1節を参照。
(47)女性については、保育所待機児童の解消に向けた保育の受け皿拡大、女性の役員・管理職への登用拡大に向けた働きかけや情報開示の促進のキャンペーン等を実施している。高齢者については、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律」が2013年4月1日に施行され、希望者全員が65歳まで働ける制度の導入が企業に義務づけられた。
(48)女性や高齢者では、柔軟な働き方を希望する者が多いこともあり、多くは非正規の雇用形態で就業している点には留意が必要である。女性や高齢者の就業の特徴については、第2章第1節を参照。
(49)内閣府(2001)は、「消費者物価指数(CPI、生鮮食品除く総合)は、99年秋以降前年割れしており、99年が前年比0.0%、2000年が同マイナス0.4%となった後、2001年(1~9月)は同マイナス0.9%となっている。このようにCPIという人々の消費生活に直接かかわる物価指数でみると、日本経済は既に2年程度緩やかなデフレの状態にある」と述べている。デフレの定義をめぐる経緯などについては、岡本(2001)などを参照。なお、我が国のデフレの特徴として、<1>物価の下落幅が需要の低迷の割りにはさほど大きくないこと、<2>10年以上の長きにわたって続いていることが挙げられる(渡辺(2011))。
(50)デフレから脱却した場合、実質金利の高止まりが是正され、企業が将来における名目売上の拡大を期待することにより前向きの投資が出てくることも期待される。2013年秋からデフレ状況ではなくなる中、設備投資は持ち直しの動きがみられるもののおおむね横ばいで推移してきた。この背景としては、第1章第1節で述べたように、将来の期待成長率が低水準にとどまること、海外企業の買収など設備投資とは異なる資産への投資を積極化させていることなどがある。
(51)「経済の好循環実現に向けた政労使の取組について」(2013年12月20日)。
(52)2014年における賃金引上げの動きについては、内閣府(2014)を参照。
(53)「経済の好循環の継続に向けた政労使の取組について」(2014年12月16日)。
(54)企業の雇用スタンスの変化については、第2章第1節を参照。
(55)福田・紙谷・浦沢(2014)を参照。
(56)原油価格は、2003年から上昇傾向で推移し、2007年のサブプライム住宅ローン問題の顕在化により、株式市場などから商品市場へ資金が流れたこともあって、騰勢を強め、2008年7月には1バレル145ドルに達した。しかしその後は急落に転じ、世界的な金融危機の深刻化、景気後退の広がりの中で上昇時のテンポを上回る速さで下落が続いた(内閣府(2009))。
(57)日本政府観光局によれば、2014年の訪日外客数は過去最高の1,341万人となった。訪日外客数は、2015年に入ってからも、5月まで前年同月を上回っている。
(58)コアCPIから石油製品、電気代、都市ガス代、米類、切り花、鶏卵、固定電話通信料、診療代、介護料、たばこ、公立高校授業料及び私立高校授業料を除いたもの。
(59)コアCPIは、2005年半ばより横ばい基調となり、2006年に入ってからは前年比プラス傾向で推移し、石油製品、その他特殊要因を除く消費者物価をみても下落幅の縮小が続き前年比でゼロ近傍で推移したことから、政府は2006年7月に物価はデフレ状況にはないという判断を示した。こうした中、同年8月に消費者物価の基準変更が実施され、コアCPIは市場の平均的な下方改定幅の事前予測(0.3ポイント程度)を上回る0.5ポイントの下方改定となった。詳細は、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2006)を参照。
(60)コアCPIの「公共料金」においては、公立高校授業料について、2010年4月から導入された授業料の無償制により指数が低水準となっていたところ、2014年4月から導入された無償制への所得制限により指数が上昇したことも影響している。
(61)内閣府(2009)は、当時の消費者物価の動きは原油や穀物価格の変動による面が大きく、一時的なものと評価している。
(62)前回は、2007年中にも「公共料金」や「一般のサービス」がマイナス寄与となった期間が存在する。
(63)外食においては、原材料価格や人件費の上昇などを背景に値上げの動きがみられる。
(64)GDPギャップの水準については、定義や前提となるデータ等の推計方法によって異なるため、相当の幅をもってみる必要がある。
(65)予想物価上昇率については、第1章第3節で包括的に検証している。なお、予想物価上昇率については、主体によって期待形成に用いる情報に違いがあるため、方向性や水準が異なることがある。例えば、家計では食料品やガソリンなど購入頻度の高い品目の価格動向に大きく左右されるが、エコノミストはマクロの経済変数等に基づいた予測値となる傾向が強い。ここでは、家計がマクロ経済変数等に基づいて物価上昇率を予想していると仮定し、エコノミストの予想物価上昇率を家計の予想物価上昇率とみなす。
(66)日本銀行の黒田総裁は、2014年10月31日の金融政策決定会合後の会見において、「「量的・質的金融緩和」は、日本銀行が2%の「物価安定の目標」の実現に強く明確にコミットするとともに、こうしたコミットメントを裏打ちする量的にも質的にも従来とは次元の異なる金融緩和を実施することを柱としています。このような政策によって、人々の間に定着してしまったデフレマインドを抜本的に転換することが目的です」と述べている。
(67)内閣府(2004)などを参照。
(68)予想物価上昇率については、主体や調査方法により方向性や水準が異なることに留意が必要である。
(69)「平成27年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」(平成27年2月12日閣議決定)では、消費税率引上げが平成26年度のGDPデフレーター上昇率を1.4%ポイント程度押し上げると見込まれている。
(70)日本銀行調査統計局(2004)は、単位労働費用について「やや長い期間をならしてみたときの消費者物価と、密接に関連し合う要因として認識されており、実際、米国を始め多くの国で、物価上昇圧力を評価する際にしばしば注目される概念」と述べている。なお、単位労働費用の国際比較については、厚生労働省(2002)、内閣府(2014)などを参照。
(71)内閣府(2014)などを参照。
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