第1章 景気動向と好循環の進展

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第3節 「量的・質的金融緩和」の進展状況とその効果、経済と財政の一体的改革に向けて

本節では、我が国の金融政策・財政政策の現状について確認する。金融政策については、日本銀行が進める「量的・質的金融緩和」の進展状況とその効果を検証する。また、財政政策については、財政の現状を概観した上で、財政健全化を行う上で前提となる我が国の税・社会保障等を通じた受益と負担の構造を示す。

1 「量的・質的金融緩和」の進展状況とその効果

日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した。その後、2014年4月の消費税率引上げ後に需要面で弱めの動きがみられたことや、原油価格の大幅な下落を受けた物価の下押し圧力が、デフレマインド転換の遅延につながるリスクがあるとし、こうしたリスクの顕現化を未然に防ぐ観点から、2014年10月には、「量的・質的金融緩和」の拡大を決定した。ここでは「量的・質的金融緩和」の進展状況を確認しつつ、その効果について検証する。

マネタリーベースは約2倍、長期国債保有残高、平均残存期間は2倍以上

まず、日本銀行の「量的・質的金融緩和」について、2014年10月に決定された拡大の内容を確認するとともに、「量的・質的金融緩和」導入以降の進展状況について確認する。「量的・質的金融緩和」の拡大の主な内容としては、<1>マネタリーベースの増加額を年間約80兆円に拡大(約10~20兆円追加)、<2>長期国債について、買入れを保有残高の増加額が年間約80兆円となるように拡大(約30兆円追加)するとともに、平均残存期間を7~10年程度に延長(最大3年程度延長)、<3>ETF及びJ-REITの買入れについて、保有残高の増加額を3倍とし、それぞれ年間約3兆円、約900億円とすることなどが挙げられる72

マネタリーベースと日本銀行の長期国債保有残高の推移をみると、いずれも「量的・質的金融緩和」が導入されて以降急速に拡大しており、導入直前の2013年3月と2015年3月を比較すると、マネタリーベースは約2倍、長期国債保有残高は2倍以上となった(第1-3-1図(1))。また、日本銀行の買入れ国債の平均残存期間は、3年弱から8年超へと延長しており(第1-3-1図(2))、「量的・質的金融緩和」は着実に進められていることが確認できる73

「量的・質的金融緩和」は3つの波及経路を通じて実体経済に影響

「量的・質的金融緩和」の拡大の内容と「量的・質的金融緩和」が着実に進められていることを確認したが、それでは、「量的・質的金融緩和」は、企業活動に対してどのような影響を与えうるのか。「量的・質的金融緩和」の影響を検証するにあたって、まず、その想定される効果について整理する。

「量的・質的金融緩和」においては、<1>予想物価上昇率の引上げ、<2>イールドカーブの押下げ、<3>ポートフォリオ・リバランス効果、の3つの波及経路があると考えられる。

まず、予想物価上昇率については、日本銀行が物価安定目標の早期実現へのコミットメント74の下で「量的・質的金融緩和」を継続することにより、デフレマインドの払しょくを通じて、上昇することが期待される。

次に、イールドカーブの押下げは、国債金利の低下を意味するが、社債利回り=国債利回り(リスクフリーレート)+信用スプレッド(国債との金利差)と定義すると、リスクフリーレートの低下を通じて、社債利回りや貸出金利の低下につながると考えられる。イールドカーブの押下げは、予想物価上昇率の上昇とあいまって、実質金利の低下、つまり物価上昇等を引いた企業の実質的な資金調達コストの低下につながると考えられる。

ポートフォリオ・リバランス効果は、日本銀行による国債買入れが大きく増加する中、日本銀行以外の主体による国債投資の減少と、株式、社債等への投資や貸出の増加につながると考えられる。

以上、3つの波及経路を通じて、企業の資金調達コストは低下し、それに伴って資金需要も増加して、企業活動は活発化すると考えられる。

「量的・質的金融緩和」は予想物価上昇率の上昇に効果を発揮

「量的・質的金融緩和」の想定される効果について確認したが、実際の状況をみてみよう。予想物価上昇率の動向について予測期間に分けて確認する。まず、短期の動きを確認すると、「量的・質的金融緩和」の導入後2014年前半にかけて、エコノミストや市場参加者などいずれの主体においても予想物価上昇率が上昇している(第1-3-2図)。2014年後半以降は、原油価格下落による下押し圧力もあり、市場参加者の予想物価上昇率は低下傾向にあるものの、2014年10月の「量的・質的金融緩和」の拡大が決定されたこともあって、家計、エコノミストでは、低下は限定的となっている。中長期の動きについては、原油価格下落による下押し圧力がある中、予想物価上昇率は、おおむね同水準を維持している。このように「量的・質的金融緩和」は予想物価上昇率の上昇に効果を発揮したものと考えられる。

資産価格は経済の動きを先取りして上昇

「量的・質的金融緩和」導入後のマーケット各指標の動向75を概観すると、株価については、総じて上昇基調にあり、特に2015年に入ってからは、約15年ぶりとなる20,000円台を回復した(第1-3-3図(1))。また、J-REITも株価と同様に総じて上昇基調にある(第1-3-3図(2))。経済の先行き見通しが好転し、予想物価上昇率が上昇する中、資産価格は経済の動きを先取りして上昇してきたと考えられる。

イールドカーブは全体的にフラット化、実質金利はマイナス圏内で推移し、企業の資金調達コストは低下

次に、「量的・質的金融緩和」において想定される3つの波及経路の1つであるイールドカーブの変化をみると、「量的・質的金融緩和」導入前と比較して、長期・超長期ゾーンを中心にカーブ全体が押し下げられ、フラット化している(第1-3-4図(1))。企業の資金調達環境について確認すると、まず、長期金利については、総じて低下基調にあり、2015年1月には一時的に0.1%台までに達するなど歴史的な低水準となっている。また、市場関係者に対して月次で行っているアンケート調査により、債券市場関係者が注目する金利変動要因をみると、「短期金利/金融政策」と「債券需給」が金利低下要因として意識される度合いが大きく、市場関係者の多くは日本銀行の国債買入れによる需給のタイト化を金利低下要因とみている(第1-3-4図(2))。

こうした中、企業の資金調達手段である社債、貸出の金利も低下傾向にある(第1-3-4図(3)、(4))。社債利回りをみると、5年物の国債金利の低下に伴い、A格の社債利回りも低下していることがわかる。さらに、先述の社債利回り=国債利回り(リスクフリーレート)+信用スプレッド(国債との金利差)という定義に照らしてみると、信用スプレッドは「量的・質的金融緩和」が導入された2013年4月以降一段と低下している。また、業態別の貸出約定平均金利の推移を確認すると、金融機関の間の貸出競争の影響も受けつつ、いずれの業態においても緩やかに低下している。

実質金利の動きをみると、「量的・質的金融緩和」の導入後、長期金利は安定して低下傾向にあるものの、2年物金利や1年物金利については、2014年央以降、予想物価上昇率の下落に伴い上昇している(第1-3-4図(5))。ただし、いずれの年限においてもマイナス圏内で推移しており、緩和的な金融環境が続く中、企業の資金調達コストは低下していると考えられる。

国内銀行では国債の保有割合が低下、貸出などリスク資産は増加

3番目の波及経路であるポートフォリオ・リバランス効果を確認する。

ポートフォリオ・リバランスとは、中央銀行が長期国債を大量に買い入れることで、投資家や金融機関の国債投資が減少する中で、貸出のほか株式や外債等のリスク資産の運用を積極化させることである。この結果、資産価格の上昇や貸出の増加を通じて、設備投資等を喚起することが期待される。

実際に日本銀行以外の主体による投資フローをみると、「量的・質的金融緩和」導入後、全体として国債保有を減らし、貸出や対外投資、株式・投信への投資を増加させる動きが強まっている(第1-3-5図(1))。また、前後の国債の主体別保有シェアの推移をみると、生損保や海外が一定のシェアを維持する中で、国内銀行のシェアが低下している(第1-3-5図(2))。そこで、国内銀行の資産構成比の変化をみると、「量的・質的金融緩和」の導入後、国債の保有割合が低下し、日銀当座預金の割合が増加している(第1-3-5図(3))。次に、国債・日銀当座預金以外をみると、貸出金や海外資産(海外店の貸出金及び有価証券)を中心に増加が続いており、国内銀行では、緩やかながらポートフォリオ・リバランスは進んでいるとみられる。(第1-3-5図(4))。

中小企業において短期性資金を中心に資金需要が増加

「量的・質的金融緩和」が進められる中、国内銀行が貸出を増加させていることを確認したが、こうした動きは、実際に企業活動の活性化につながっているのだろうか。企業の資金調達について需要面から確認する。

企業の資金調達残高は、2012年前半まで減少が続いていたが、2012年末に景気が持ち直しに転じてからは増勢が強くなっている(第1-3-6図(1))。調達の内訳をみると、特に「量的・質的金融緩和」の導入後は貸出、株式・出資金、社債は一貫して増加しており、中でも貸出による押上げが最も大きい。そこで、金融機関から企業への貸出について、企業規模別にみると、2013年前半まで前年比でマイナスに寄与していた中小企業向け貸出は、同年後半以降プラスに転じており、貸出全体の増加に寄与している(第1-3-6図(2))。これは、景気回復や「量的・質的金融緩和」の効果など様々な要因によって、中小企業の資金需要に対して実際に資金の供給が行われていることの表れであると考えられる。

こうした貸出の増加や、企業収益の改善によって、日銀短観の中小企業の資金繰り判断DI(「楽である」-「苦しい」)は1991年以来約20年ぶりにプラスに転じており(第1-3-6図(3))、中小企業の資金繰りは良好な状況にあると言える。

それでは、企業が調達した資金の運用状況について、調達資金全体から現預金と有価証券(一時保有)を除いたものを資金需要とし76、これを企業規模別にみてみよう。ここでは、特に企業活動に充てられる資金として、設備投資と運転資金に着目する。まず、設備投資については、大企業・中小企業共に、「量的・質的金融緩和」の前後でほぼ同水準で推移している77

一方で、運転資金については、大企業、中小企業共に増加しているが、特に中小企業でその伸びが大きいことが確認できる(第1-3-6図(4)、(5))。運転資金は、企業間信用差額(売掛金-買掛金)や在庫投資など、企業活動に用いられる短期性資金であり、これらの資金の調達増は企業活動の拡大に寄与していると考えられる。

デフレ脱却と経済の好循環の継続に向けて

日本銀行が「量的・質的金融緩和」を進める中、緩和的な金融環境が続き、国債を始め、企業の資金調達手段である社債、貸出の金利が低下するなど、企業の資金調達環境は良好となっていることが確認された。こうした中、企業は資金調達を拡大しており、特に中小企業において短期性資金を中心に資金需要が増加している。

以上から、企業の資金調達の増加という形で、金利低下の効果が発現しつつあると考えられる。デフレ脱却と経済の好循環の継続に向けては、日本銀行の「量的・質的金融緩和」を背景に、良好な資金調達環境が維持される中で、資金調達が引き続き増加し、調達された資金が運転資金や設備投資に充当されることで、企業活動が活発化していくことが重要である。

デフレ脱却が確かなものとなるにつれて、日本銀行の「量的・質的金融緩和」の「出口」が意識される局面はいずれやってくる。市場の見方が大きく変化する局面では78、市場のボラティリティが上昇する可能性を念頭に置く必要がある。日本銀行には一層丁寧なコミュニケーション戦略が求められる。また、政府には、財政運営への信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進することが求められる。

2 経済と財政の一体的改革に向けて

政府は、「デフレ脱却・経済再生」と「財政健全化」の双方を大きく進めてきた。消費税率の8%への引上げを行った中にあっても、我が国経済はおよそ四半世紀ぶりの良好な状況を達成しつつあり、また、同時に景気回復による税収の増加、歳出効率化の取組等を通じて、2015年度の国・地方の基礎的財政収支赤字の対GDP比を2010年度に比べて半減するという目標を達成する見込みとなっている。

しかしながら、債務残高は高水準にあり、今後、更なる人口減少と高齢化が見込まれる中、社会保障制度を持続可能なものとし、財政を健全化することが重要である。本節では、デフレ脱却・経済再生と財政健全化を一体的に改革していくことの重要性を確認した上で、財政健全化に向けた議論の前提となる我が国の税・社会保障等を通じた受益と負担の構造を示す。

(1)経済再生と財政健全化の一体的改革の重要性

「経済再生なくして財政健全化なし」。これは経済財政運営における政府の基本であり、2020年度の財政健全化目標の達成に向けた基本方針である。政府としては経済再生と財政健全化の二兎を得るため、「経済・財政一体改革」、具体的には、「デフレ脱却・経済再生」、「歳出改革」、「歳入改革」の3本柱の改革を一体として推進し、安倍内閣のこれまでの取組を強化することとしている。

債務残高対GDP比はデフレ下で持続的に上昇

我が国の財政状況について、債務残高の動向をみると、国・地方のグロスの債務残高対GDP比は長年にわたる財政赤字の累積によって上昇し、2倍を超える水準となっている(第1-3-7図(1))。

債務残高対GDP比の上昇の要因について、基礎的財政収支要因、利払費要因、実質GDP成長率要因、GDPデフレーター要因に分解して確認する。まず、債務残高対GDP比の対前年差が改善傾向にあったのは1980年代と2000年代の半ばまでであることがわかる。(第1-3-7図(2))。1980年代については、実質GDP成長率要因とGDPデフレーター要因が債務残高対GDP比の押下げに寄与、また、税収が増加する中で、80年代後半には基礎的財政収支要因も押下げに寄与して債務残高対GDP比も減少に転じている。2000年代については、特に2002年以降景気が拡張期に入り79、実質GDP成長率要因が債務残高対GDP比の押下げに働く中、公共投資の削減など歳出の抑制、税収の増加もあって、債務残高対GDP比の上昇幅は減少した。しかしながら、結果としては、デフレ下にあってGDPデフレーター要因が債務残高対GDP比を押し上げ、また、基礎的財政収支は赤字に止まり、累積した債務残高に対する利払費もある中、債務残高対GDP比を押し下げるまでには至らなかった。

1980年代以降でみると、債務残高対GDP比が減少したのは、経済成長と物価の上昇、基礎的財政収支の改善がみられた1990年代初頭までである。一方で、最近の動きをみると、東日本大震災があった2011年度以降、債務残高対GDP比の上昇傾向に歯止めがかかりつつある。特に2013年度以降、経済再生と景気回復による税収増、デフレ脱却に向けた動きの進展等により、実質GDP成長率要因、基礎的財政収支要因、GDPデフレーター要因が改善傾向となっており、GDPデフレーター要因については、2014年度80及び2015年度は、1990年代以来の債務残高対GDP比の押下げ要因となる見込みである。

財政健全化に向けては、デフレ脱却・経済再生と、その下での基礎的財政収支対GDP比の着実な改善を進めていくことが重要である。あわせて、国・地方が保有する各種資産の有効活用、不要な資産の売却などにより、資産・債務の圧縮を進めていくことが重要である。

デフレ脱却・経済再生と財政健全化の一体的取組の強化が必要

債務残高対GDP比の上昇の要因を確認したが、利払費はほぼ一定の水準で推移していた。これは、債務残高の増加による利払費の増加圧力を、金利の低下による減少圧力が相殺してきたためである(第1-3-8図(1)、(2)、(3))。債務残高が高水準にある中で金利が上昇した場合、利払費も増加し、更なる債務残高の増加につながり得るが、そのような事態に陥らないよう、経済再生と財政健全化を進めることが重要である。信用リスクの上昇を抑制し、金利の上昇が抑制されれば、個人消費や投資の拡大を促進する効果が期待されるなど経済再生をより強化することとなり、また、それが更なる税収増などを通じて財政健全化を一層進展させることになると考えられる。

(2)「経済・財政一体改革」の取組と税・社会保障等を通じた受益と負担の状況

ここでは、これまでの歳出・歳入の動向や取組等を確認しつつ、今後の財政健全化に向けた議論の前提となる我が国の税・社会保障等を通じた受益と負担の状況を示す。

社会保障が歳出の増加に寄与

国・地方の歳出面の動向をみると、2000年代の前半を除き、歳出は増加傾向となっている(第1-3-9図)。

項目別にみると、高齢化等の進展に伴って社会保障は一貫して増加要因となっている。その中でも、2005年度から2010年度にかけては、2009年度の基礎年金の国庫負担割合の引上げや景気悪化による雇用調整助成金の給付増加、2010年度の子ども手当等の施策の実施があり、伸び率が拡大した。ただし、2010年度から2013年度にかけては、伸び率は縮小している。公共投資については、2000年代に入ってからは総じてマイナス方向に寄与していたが、2010年度から2013年度にかけては東日本大震災に係る支出もあり増加している。

安倍内閣の3年間の国の一般歳出(除く消費税率引上げに伴う充実等)は1.0%程度と、この間の物価の上昇率(1.1%程度)とほぼ同じ伸びとなった81。また、「経済財政運営と改革の基本方針2015」においては、「国の一般歳出については、安倍内閣のこれまでの取組を基調として、社会保障の高齢化による増加分を除き、人口減少や賃金・物価動向等を踏まえつつ、増加を前提とせず歳出改革に取り組む。社会保障関係費については、高齢化要因も考慮し、安倍内閣におけるこれまでの増加ペースを踏まえつつ、消費税率引上げに伴う充実を図る。ただし、各年度の歳出については、一律でなく柔軟に対応する。地方においても、国の取組と基調を合わせ取り組む。」こととされた82

税収は景気の変動を受けて増減、足下では増加

次に、歳入全体の動きをみると、景気の変動に応じて増減を繰り返しており、例えば1980年代は一貫して増加しているものの、リーマンショック後の2008年度及び2009年度には、大幅な落ち込みがみられた(第1-3-10図)。

2014年度の国の一般会計当初予算においては、景気が回復基調にある中で、所得税、法人税、消費税のいずれも前年比でプラス、税収は2013年度当初予算に比べ6.9兆円増加し、リーマンショックが発生した2008年度当初予算以来の50兆円台となった。特に消費税については、2014年4月の税率引上げもあり83、大幅なプラスとなっている。2015年度予算についても、引き続き、所得税、法人税、消費税のいずれも前年比で増加し、税収は54.5兆円と見込まれている。また、税収については、地方税収も特に地方法人二税などで増加傾向にあり84、景気が持ち直す中で、国・地方ともに歳入面からの改善の兆しがみられる。

この間、消費税率8%への引上げに伴う日本経済への影響も踏まえ、デフレからの脱却と経済の好循環をより確かなものとするとともに、社会保障制度を維持するため、2015年10月に予定されていた消費税率の8%から10%への更なる引上げを18か月延期し、2017年4月に実施することとされた。

2015年度における国・地方の基礎的財政収支赤字対GDP比半減の目標は達成される見込み

景気が持ち直し、歳出・歳入面の取組が進められる中で、2015年度予算では、新規国債発行額が2009年度当初予算以来、6年ぶりに40兆円を下回る姿となっている。また、デフレ脱却・経済再生を確実なものとするため、成長志向型の法人税構造に変えるという観点から、2015年度を初年度として、以後数年で、課税ベースを拡大しつつ法人実効税率を20%台まで引き下げるべく取組が進められている。2013年度に導入された所得拡大促進税制については、賃上げを行う企業を一層支援するための拡充が行われた。相続税・贈与税については、富の再分配機能の低下を踏まえた相続税の見直しと、高齢者の保有する資産を現役世代により早期に移転させるための贈与税の見直しが2015年1月から実施されている。

こうした取組による効果も含め、2015年度予算を前提とした内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(平成27年2月12日経済財政諮問会議提出)においては、2015年度の国・地方の基礎的財政収支赤字の対GDP比はマイナス3.3%と85、国・地方の基礎的財政収支赤字の対GDP比を2010年度(マイナス6.6%)に比べて半減するという財政健全化目標は達成される見込みとなっている。

現在は、高齢者や子供のいる世帯で受益が大きい傾向

政府による歳出は国民の受益、政府の収入は国民の負担につながるものであり、経済、社会や、現在の国民の受益と負担の構造を踏まえた議論が重要である。ここでは、現在の我が国の税・社会保障等を通じた受益と負担の構造について、総務省「全国消費実態調査」のデータを用いて検証する86

まず、世帯類型別に2015年時点での受益と負担の構造を確認すると、年金給付のある高齢者や、教育サービスを受ける子供のいる世帯では、受益が大きいことがわかる。他方、後者については所得課税や保険料の負担が大きい(第1-3-11図(1))。過去約20年間の変化をみると、<1>現在、受益が大きい高齢者については、60代では年金支給開始年齢引上げに伴い年金受給額が減少する一方、70代では受益が増加していること、<2>現役世代のうち、子供のいる世帯については、負担が増加する一方で、教育サービスや児童手当の受益も増加していることがわかる(第1-3-11図(2))。

次に、近年増加している夫婦共稼ぎ世帯のうち、過去約20年間で受益・負担の変化が大きい40代共働きの子供2人世帯について、収入階層別に受益・負担構造を確認する。現在は、高所得者ほど税・社会保険料の負担が大きくなっている一方で、過去約20年間の変化をみると、中低所得者では社会保険料や消費税の負担率上昇幅が大きいが、医療・教育サービス等の受益率も上昇している(第1-3-11図(3))。

最後に、金融資産保有残高別にみると、現役世代ではネット負担が大きくなっている。他方、高齢者では、ネット受益超となっており、高齢者の中でも、資産残高が高い方が年金等の受益が大きく、受益超が大きい傾向にある(第1-3-11図(4))。

「経済・財政一体改革」に向けて

こうした受益と負担の構造も踏まえつつ、2020年度の基礎的財政収支黒字化の実現に向けて、基礎的財政収支赤字の対GDP比を縮小していく必要がある。そのためには、「経済・財政一体改革」の下、経済再生に寄与する歳出改革、歳入改革を推進し、デフレ脱却・経済再生を確実なものとし、中長期的に、実質GDP成長率2%程度、名目GDP成長率3%程度を上回る経済成長の実現を目指すことが重要である。

具体的には、これまで以上に民間の活力を活用しながら公共サービス分野を成長の新たなエンジンとして、経済の下押しを抑制しつつ支出増加を抑制する。また、国民・企業・地方自治体等の行動を変える仕組みを構築することで歳出の無駄を省いていくとともに、政策効果が乏しい歳出は徹底して削減し、政策効果の高い歳出に転換するなど改革を進めていくことが重要である。歳入面では、デフレ脱却・経済再生による税収増を確実なものにすることが重要である。また、民間の活力を活かす取組を進めることで、経済全体に占める民間のシェアが向上し、課税ベースが拡大すること等により、新たな税収増に結び付くことが期待される。さらに、持続的な経済成長を維持・促進するとともに経済成長を阻害しない安定的な税収基盤を構築する観点から、税体系全般にわたるオーバーホールを進めることが重要である。


(72)この他、JPX日経400に連動するETFを買入れ対象に加えることを決定している。
(73)「量的・質的金融緩和」導入時の公表文においては、「マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上に延長する」とされている。
(74)日本銀行は、2013年1月の金融政策決定会合において、「2%」の「物価安定の目標」を導入し、その早期実現を目指すこととされた。また、2013年4月の「「量的・質的金融緩和」の導入について」において、「日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」とされた。
(75)この間の為替レートについては、ドル円レート及びドル以外の通貨も含めた名目実効為替レートでみて円安方向に推移している(付図1-10)。
(76)企業の資金運用サイドの動向を見る場合、その内訳の区分の方法には種々ある。たとえば、「法人企業統計」では、現預金と有価証券(一時保有および投資)、その他の投資を「資金運用」とし、それ以外を「資金需要」としている。
(77)設備投資の動向については、第1章第1節参照。
(78)具体的な事例として、内閣府(2014)p.41~47ではアメリカの事例を取り上げている。
(79)内閣府「景気基準日付」によると2002年1月から2008年2月までが景気の拡張期とされている。
(80)「平成27年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」(平成27年2月12日閣議決定)では、消費税率引上げが平成26年度のGDPデフレーター上昇率を1.4%ポイント程度押上げると見込まれている。
(81)一般歳出は2013年度から2015年度、当初予算ベース。物価の上昇率は消費者物価指数(総合)。2013年度、2014年度は実績、2015年度は政府経済見通し。2014年度については、消費税率引上げの影響(2.0%)を除外している。
(82)「経済財政運営と改革の基本方針2015」においては、これらの目安について「国の一般歳出の水準の目安については、安倍内閣のこれまでの3年間の取組では一般歳出の総額の実質的な増加が1.6兆円程度となっていること、経済・物価動向等を踏まえ、その基調を2018年度(平成30年度)まで継続させていくこととする。地方の歳出水準については、国の一般歳出の取組と基調を合わせつつ、交付団体をはじめ地方の安定的な財政運営に必要となる一般財源の総額について、2018年度(平成30年度)までにおいて、2015年度地方財政計画の水準を下回らないよう実質的に同水準を確保する。」とされている。
(83)消費税については、前年度からの増加額は4.7兆円程度。財務省によると、そのうち4.5兆円が消費税率の5%から8%への引上げによると見込まれている。
(84)地方財政計画においては、地方税及び地方譲与税の合計は、2014年度37.8兆円、2015年度40.2兆円とされている。
(85)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」では、2015年度については、予算政府案等に基づき試算している。
(86)試算方法とその留意点については、付注1-5を参照。
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