第3章 イノベーション・システムと生産性の向上

[目次]  [戻る]  [次へ]

第1節 低成長下でのイノベーション活動

日本経済は、1990年代初以降、20年にもおよぶ経済の低成長を経験してきた。その背景には、バブル経済崩壊以降の需要の弱さ、また生産年齢人口の減少や生産性の伸び悩みといった供給力の低下が挙げられる1

生産性を規定する最も根源的な要因はイノベーションであるが、1990年代初以降にみられた生産性の伸び悩みの背景には、イノベーションの創出やその成果の活用の遅れといったイノベーション活動の停滞があると考えられる。以下では、イノベーション活動の促進に向けた諸課題を検証することに先立ち、まず、低成長下での生産性の動向及びイノベーション活動を振り返る。

1 低成長下での生産性の動向

まず、いくつかの経済指標をもとに、「失われた20年」と呼ばれることもある1990年代初以降の経済の長期低迷を振り返るとともに、そうした経済の低迷と生産性の関係について分析する。

1990年代初以降における経済の低迷

我が国の成長率は、1990年代に入ると、それまで高騰していた株価や地価が一転して下落に転じる中、大きく落ち込むこととなった2。バブル経済の崩壊は、その後も家計、企業、金融機関のバランスシート調整を通じて長期的に経済活動を抑制する原因となった。

2000年代に入り、バランスシート調整が進む中で景気にも持続的な回復の動きがみられるようになったが、2008年のリーマンショックに端を発する世界金融危機の影響を受け、景気は再び大きく落ち込むこととなった。こうした経済状況を背景に、1990年代初からおよそ20年間の間、日本の一人当たり実質GDPの伸びは年平均で0.8%程度と低迷し、その結果、一人当たり実質GDPの水準はOECD平均を大きく下回って推移した(第3-1-1図(1))。また、慢性的な経済の需要不足が続く中、GDPデフレーターでみる物価水準は先進国で唯一継続的に低下することとなった(第3-1-1図(2))。

バブル経済の崩壊やそれに続く消費や投資の低迷を背景に長期間にわたって停滞してきた我が国経済ではあるが、最近では、そうした傾向に変化の兆しもみられている。2013年以降、資産価格の上昇などの中で、企業や家計の所得環境にも改善の動きがみられるようになった(第1章を参照)3。こうした中、一人当たり実質GDPの動きをみると、2013年には、年平均で1.8%成長とOECD平均を上回って推移することとなった。

長期的な経済停滞の背景には生産性の伸び悩み

1990年代初以降の経済の低成長について、ここでは成長会計分析に基づき、人口構造の変化や生産性の動向など長期的・構造的な観点から分析する。

成長会計分析の目的は、経済全体の産出量(GDP)の伸びを、資本や労働といった生産資源の伸びと、そうした生産資源がどれだけ効率よく生産活動に用いられているかを示す全要素生産性(TFP)に分解して分析することにある。基本的な経済成長理論によれば、長期的な経済成長の姿は人口成長率と技術進歩率の和として与えられるが、生産年齢人口の減少が今後の成長制約となる我が国において持続的な経済成長の実現を目的として経済の生産性に着目することは必然といえる。

成長会計分析の結果によれば、我が国の平均的な成長率は、1980年代から1990年代にかけて、4.4%から0.9%へと3.5%ポイント程度低下した。こうした成長率の低下は、TFP、資本、労働の寄与がそれぞれ1.5、0.9、1.1%ポイント低下したことによるものであり、TFP上昇率の低迷が成長率の低下にもっとも寄与していたことが分かる(第3-1-2図(1))。これは、過剰設備の調整が進む中で資本形成が抑えられ、また、労働慣行の変化が生じる中で労働時間が短縮されたにもかかわらず、こうした稀うる生産資源を効率よく生産活動に活用できなかったためと考えられる。1990年代から2000年代にかけても、平均的な成長率に大きな変化はみられず、2000年代の実質GDP成長率は0.7%と引き続き低迷することとなった。2000年代に入り、TFP上昇率には若干の改善がみられたものの人口減少を背景に労働投入が引き続きマイナスに寄与する中、資本の寄与が更に縮小した。

供給面からみると、1980年代に比べ生産性、資本、労働の寄与がそれぞれに低下していたことが確認されたが、その中でも生産性の伸び悩みは経済のどこで生じていたのであろうか。TFP上昇率の動きを製造業、非製造業といった業種別、また大企業、中小企業といった企業規模別にみると、我が国の場合、製造業に比べ非製造業で、また大中堅企業に比べ中小企業でTFP上昇率の伸び悩みが顕著であった(第3-1-2図(2)、(3))。こうした背景として、非製造業については、ICT資本の利活用の遅れが業務効率化の遅れにつながり、TFP上昇率低迷の一因となっている可能性が指摘されている。また、中小企業については、大企業に比べキャッシュフローがひっ迫し、過剰債務もより深刻であったことなどから生産効率の高い新規設備の導入が進まず、結果として設備の老朽化が生産効率全体を押し下げていると考えられている4。さらに、大企業に比べて中小企業では、研究開発支出が低いことが企業規模別の生産性格差に影響しているといった指摘もある5

先進国と比較しても伸び悩む我が国のサービス産業の生産性

我が国の製造業のTFP上昇率については、2000年代に入り一定程度の回復がみられたが、非製造業のTFP上昇率はマイナスからわずかなプラスに転じたにすぎない。非製造業のうちサービス産業6の生産性動向を国際比較を通じて業種別にみると、必ずしもサービス産業の全ての分野で日本のTFP上昇率が低いわけではないが、我が国では、2000年代に入って、卸小売、金融保険といった分野でTFP上昇率の落ち込みが大きくなっている(第3-1-3図)(後述)。

2 経済のサービス化と生産性

所得水準の上昇や少子高齢化などの社会構造の変化に応じたサービス需要の増大等を背景に、我が国を含む先進諸国では経済のサービス化が進んでおり、経済全体に占める付加価値生産のシェアや就業者数のシェアでみて、製造業からサービス産業へのシフトが生じている。サービス産業に比べ相対的に生産性の高い製造業の占める割合が低下することにより経済全体の生産性を下押しする可能性も考えられるが、以下では、経済のサービス化の動きがマクロ経済全体の生産性に与える影響について考察する。

サービス産業への経済構造のシフト

製造業からサービス産業への経済構造のシフトは、先進各国で共通してみられている。我が国についてみるとサービス産業が生み出す名目付加価値が経済全体に占める割合は、2000年に70%であったが、2013年には74%まで上昇した(第3-1-4図(1))。同様に我が国のサービス産業に従事する就業者数の割合をみると、2000年には65%であったが、2013年には72%まで上昇している(第3-1-4図(2))。アメリカをみても2013年には81%と2000年に比べ4%ポイント上昇している。このように経済に占めるサービス産業の割合が高まる一方、製造業の占める割合は低下し、2013年には名目付加価値の19%、就業者数の15%程度となっている。

経済のサービス化が進む中で、製造業、非製造業それぞれの生産性の動きをみると、1970年以降、技術革新等を背景に製造業のTFPが一貫して上昇傾向であるのに対し、非製造業のTFPの伸びは鈍く、両者のかいりが期間中に拡大している(第3-1-5図)。経済のサービス化が与える経済全体への負の影響として、生産性の高い製造業の割合が減ることで、経済全体の生産性を押し下げる可能性が考えられるが、以下ではそうした影響を検証する。

経済構造の変化が生産性に与えた影響は限定的

ここでは、経済全体のTFP上昇率の変化を、<1>各産業におけるTFP上昇率の変化を表す「産業内要因」と、<2>各産業の経済に占めるウェイト(経済全体の名目付加価値に占める当該産業の名目生産額の割合)の変化を表す「産業間要因」に分解し、経済のサービス化が生産性に与える影響を分析する7

我が国のTFP上昇率は、1990年代の0.1%から2000年代には0.7%へと0.6%ポイント程度増加したが、そのほとんどは各産業でのTFP上昇率の増加を反映した産業内要因により説明されることが確認できる(第3-1-6図)。これは、経済のサービス化が経済全体の生産性に対して与えた影響がこの20年間をみれば限定的だったことを示唆している。実際に産業間要因による影響をみると、同期間中におけるTFP上昇率の増加にわずかにプラスに寄与しているが、これは、製造業についてはTFP上昇率が高い電気機械などでウェイトが縮小することにより産業間要因がマイナスに寄与するものの、非製造業ではTFP上昇率がマイナスである建設でウェイトが縮小し、またTFP上昇率がプラスである情報通信でウェイトが拡大した結果、産業間要因がプラスに寄与したためと考えられる。

経済全体の生産性上昇は、主に個別産業における生産性上昇によってもたらされたというここでの結果は、今後、日本経済の生産性を高めていく上で、高生産分野への資源配分を促すことも重要であるが、まずは個別産業の生産性を更に高めていくことの必要性を示唆している。その際、製造業に比べ、生産性の向上に遅れがみられるサービス産業において生産性を高める余地が大きいと考えられる8

サービス産業におけるイノベーションの促進

経済におけるサービス産業の重要性が高まる中、同分野における生産性向上に向けてどういった取組が必要とされているのだろうか9

第一に、生産性の伸び悩みの背景として挙げられるICT資本の利活用の遅れを克服するため、ICT投資の更なる活用が重要となる。2015年4月に決定された「サービス産業チャレンジプログラム」10の中でも、サービス分野におけるITの利活用は「イノベーティブな新サービスの創出や質の高いサービスの提供、新規顧客の開拓等の付加価値の向上と、業務カイゼンによる効率性の向上の双方に極めて有効」と述べられておりその重要性が指摘されている。また、2015年6月に官民共同で立ち上げられた「サービス業の生産性向上協議会」においても、製造業の「カイゼン活動」をサービス業へ応用しつつ、IT・ビックデータ・設備の活用といった取組を推進することとされている。さらに、平成25年度年次経済財政報告では、ICT投資の低迷が在庫管理や人事・給与システムの導入などを通じた業務効率の遅れにつながり、TFP低迷の一因となっている可能性を指摘するとともに、ICT投資を活用しICT資本の蓄積とTFPの上昇を同時に達成していくために、ハードウェア投資に加え、調達管理システムや顧客管理ソフトなどのソフトウェア投資の重要性が高まっていることを報告している。加えて、ICT投資と同時にその利活用を促す組織改革を行い、規則的・反復的な業務を減らす中で、高度な知的業務の占める割合を高めることで生産性の向上へとつなげていくことが期待されている。

第二に、イノベーション促進の観点から、サービス産業における研究開発活動の促進も重要となっている。例えば、企業部門の研究開発の中で非製造業の占める割合が3割程度と比較的大きなシェアを持つアメリカでは、消費者の商品の購買履歴や決済情報、コミュニケーションの発信履歴など膨大なデータ(ビッグデータ)を蓄積し、それらのデータを分析して活用するための技術開発など、情報サービス業における研究開発が他国よりも盛んに行われており、ICTの発展などを背景として、サービス分野における研究開発の重要性が認識されるようになっている11。一方、我が国における非製造業の研究開発費は企業部門の研究開発費の1割程度を占めるにすぎず(第3-1-7図)、OECD平均の38%と比べても低くなっている12

ここで、企業の研究開発費に対する公的支援の規模をみると、日本は各国と比較して公的支援の規模が小さいことが分かる(第3-1-8図(1))。そうした支援の内訳を「直接的支援(企業の研究開発費のうち政府が負担した金額)」及び「間接的支援(企業の法人税のうち、研究開発税制優遇措置により控除された税額)」に分けてみると、アメリカや英国、そして韓国などで直接的支援の割合が高い一方、我が国ではフランスと同様に間接的支援の割合が高くなっている13

公的支援が企業のイノベーション活動へ与える影響をみるために「第3回全国イノベーション調査報告」(2014年3月)を基に、企業におけるイノベーションの実現割合(全企業のうちイノベーションを実現した企業の割合)とイノベーションを実現した企業における公的支援の利用割合を業種別にみると、両者の間に必ずしも明確な関係を見出すことができなかった14第3-1-8図(2))。例えば、イノベーションの実現割合の高い情報通信業では、公的支援の利用割合が15%程度となっている一方、加工組立製造業は公的支援を活用して、イノベーションを実現している。

それぞれの産業や業種の構造等の違いによって、公的支援の果たす役割は変わり得るが、次に、プロセス又はプロダクト・イノベーションのための活動を実施しなかった企業に焦点を当て、イノベーション活動を実施する上での阻害要因を探る。「第3回全国イノベーション調査報告」によると、全産業、またサービス産業でみても、多くの企業が選んだ阻害要因として、「能力のある従業者が不足した」、「市場に関する情報が不足した」、「技術に関する情報が不足した」など、人材や情報の不足に関する要因が挙げられている(第3-1-9図)。その一方で、「イノベーションに掛かるコストが高すぎた」や「資金が不足した」という資金面での制約を阻害要因として挙げる企業の割合は、人材や情報の不足を指摘する企業の割合に比べて低かった15。こうした調査結果は、企業のイノベーション活動の促進に向けて、研究開発への資金援助に加え、イノベーション・システムの開放・ネットワーク化が重要となることを示唆している(後述)。

また、上述の阻害要因の克服に加え、消費者選好の多様化・高度化、国内市場の縮小、競争激化等の厳しい経営環境の中、設備投資に加えビジネスモデルによる差別化が必要となるサービス産業では経営人材の育成がこれまで以上に重要となっている。

日米におけるサービス産業の生産性と質の比較

ここでは、我が国のサービス産業の特徴について、効率性を表す生産性とは異なる「質」の面からみてみる。上述のとおり我が国のサービス産業における生産性には伸び悩みがみられ、2000年代を通じたTFP上昇率は、アメリカにおいて小幅ながらプラスとなっていることに対し、おおむね0%となっている(第3-1-10図)。TFP上昇率の動向を業種別にみると、ソフトウェア業やリース・レンタル業などを含む対事業所サービスや通信業といった分野で高い一方、卸売業、金融・保険業や対個人サービスといった分野で低くなっている。

このように我が国のサービス産業の生産性の伸びはアメリカに比べ低くなっているが、その質はどのように評価できるであろうか。サービス品質の日米比較に関する調査結果16をみると、調査対象である20種類のサービスのうち、「銀行」、「病院」、「TV放送」を除く全ての分野でアメリカ人、日本人共に日本の品質がアメリカと比較して高いと回答している(第3-1-11図(1))。日本人とアメリカ人の評価結果はおおむね一致していることから、実際に多くの分野で日本のサービス品質がアメリカを上回っているものと考えられる。

こうした相対的な品質指標に加え、サービスごとの日米の相対価格を用いて、日本のサービス品質に対する割安感(又は割高感)17をみると「地下鉄」、「タクシー」、「航空旅客」、「コンビニ」、「宅配便」といった分野でアメリカ人、日本人共に日本のサービスが品質に対して割安と感じていることが示された(第3-1-11図(2))18。他方、「レンタカー」や「スーパー」、「ハンバーガーショップ」、「コーヒーショップ」、「中高級ホテル」といった分野では割高と受けとめられており、分野によって評価が分かれている。ここで、「割安」とは、日本のサービス品質に対して消費者が高い価値を見出しているとも考えられ、こうした分野でサービス品質の見える化を進め、質の高いサービスが消費者に評価される仕組みを構築していく中で、高生産性・高付加価値産業への転換を促していくことが重要となっている。他方、「割高」といった評価は、高い品質のサービスを提供するためにより多くの費用が生じている実態を反映しているとも考えられ、こうした分野ではコスト構造等に課題を抱えている可能性がある。

3 低成長下でのイノベーションの動向

1990年代初以降の経済成長の停滞の背景にはサービス産業を中心に生産性の伸び悩みが影響していることをみたが、生産性向上の源泉と位置付けられるイノベーションの動向はどのように評価できるだろうか。ここでは、「失われた20年」におけるイノベーションの動向を検証するため、イノベーション創出に向けた取組を示すインプット指標、またイノベーション創出の果実として得られた経済や生産性へのプラスの効果を反映するアウトプット指標を点検する。

インプット指標からみるイノベーション

イノベーションのインプット指標として最も代表的である総研究開発費(官民の研究開発費の合計)の動きをみると、リーマンショック後の2000年代末に若干の減少がみられたものの、1980年代以降、増加基調が続く中、最近では対名目GDP比3.5%程度と諸外国と比べても高水準で推移している(第3-1-12図(1))。我が国では、こうした総研究開発費のうち、約7割を占める企業部門が研究開発をけん引してきたことが分かる(第3-1-12図(2))。こうした背景の1つとして、我が国では、従来より製造業を中心に研究開発を通じて科学技術を製品化することにより企業価値の増大を目指してきたことが挙げられる。

他方、総研究開発費に占める政府負担割合をみると、日本は2割程度と主要国と比べても低くなっている。日本では民間企業を中心に研究開発活動が活発である反面、最近ではリーマンショック後にもみられたように、短期的な景気動向に研究開発費が左右されやすいといったリスクも内在している19。特に、基礎研究は、成果が明確になるまでに要する時間も長く短期間での企業利益に直結しにくいために、仮に短期間での成果が求められるような状況の下では、研究開発費が削減されることもある。このため成果創出の結果が不透明であり、かつ長期間を要する基礎研究には、国の継続的な関与が重要となる。実際に、2000年から2013年にかけて、研究開発費に占める政府負担の変化をみると、アメリカや韓国、中国等では基礎研究強化の観点から政府が積極的に関与を増やしていることが分かる(第3-1-12図(3))。他の国でも、イノベーション創出の源泉として基礎研究の重要性を再評価する中で政府関与の度合いを高めている。

こうした総研究開発費をめぐる最近の特徴的な動きとして、日本やアメリカでの推移が安定的であることに対し、中国や韓国で近年その増加が著しいことが挙げられる。特に、韓国については、最近では我が国を超えて対名目GDP比でみた総研究開発費が増加している。

次に、我が国の研究者数をみると2013年において65万人(フルタイム換算値)となっており(第3-1-12図(4))、中国、アメリカに次ぐ第3位の規模となっている。研究者数についても、研究開発費と同様、企業部門の研究者が7割程度を占め、イノベーション創出の重要な役割を担っている。

最後に、各主要国からの特許の出願状況をみる。一般に、特許については研究開発の成果としてイノベーションのアウトプット指標と位置付けられるが、その一方でイノベーション創出のシーズとも考えられる。各国から生み出される発明の数を国際比較可能な形で計測したパテントファミリー数20を用いてみると、我が国のシェアは2000年代に入りアメリカを抜きトップのシェアとなった(第3-1-12図(5))。これは、日本から複数国への特許出願が増加したことを反映している。

このように、長期的な経済の停滞にもかかわらず研究開発や特許の出願といったイノベーションへの取組は代表的なインプット指標でみる限り積極的に行われてきた。

アウトプット指標からみるイノベーション

総研究開発費や研究者数といった代表的なインプット指標や特許出願状況などをみると、我が国において、1990年代以降にイノベーションへの取組が大きく抑制されるような動きはみられなかった。研究開発活動や発明については、イノベーションの実現を通じて生産性の向上に結び付けていくことが重要であるが、インプット指標の増加基調に変化がない中、1990年代以降、生産性に伸び悩みがみられるのであれば、イノベーション活動の効率性に課題があったと考えることができる。

我が国を含めた先進諸国におけるTFP上昇率と官民合わせた研究開発費(GDP比)の関係をみると、両者には緩やかな正の関係がみられる。TFP上昇率の変化をイノベーション活動のみに帰することはできないものの、我が国についていえば、2000年代を通じて、官民合わせGDPの3%程度と他国と比較して多くの研究開発投資を行ってきた一方、そうした投資に応じたTFP上昇率が必ずしも実現されていなかったとの見方もできる21。例えば、アメリカや英国、またスウェーデンやフィンランド、韓国といった国では、日本と同水準のTFP上昇率をより少ない投資により、若しくは日本と同水準の投資でより高いTFP上昇率を実現しているとの見方もできる(第3-1-13図(1))。研究開発効率を測る別の指標として、我が国を含む主要国の企業部門における営業利益の累積値(2009~13年)と研究開発費の累積値(2004~08年)の分布を製造業、非製造業別にみると、我が国では、累積研究開発費が大きいにもかかわらず累積営業利益が低い傾向が示され、諸外国に比べても相対的に企業部門における研究開発効率が低くなっている(第3-1-13図(2))。

最後に「第3回全国イノベーション調査報告」を基に我が国における企業のイノベーション活動の動向をみると、2000年代を通して、調査対象企業22のうち1割から2割強程度が、プロダクト・イノベーション(新しい製品・サービス、あるいは大幅に改善された既存の製品・サービスの市場への導入)やプロセス・イノベーション(生産工程や配送方法、またそれらを支援する活動について新しい手法、あるいは大幅に改善された既存の手法の導入)、また組織イノベーション(業務慣行、職場組織の編成等に関する新しい方法、あるいは大幅に改善された既存の方法の導入)やマーケティング・イノベーション(製品・サービスのデザイン、販促・販路、価格設定方法等に関する新しい手法、あるいは大幅に改善された既存の手法の導入)といったイノベーションを実現してきたことが示されている(第3-1-13図(3))。一方、こうしたイノベーションを実現した企業の割合について諸外国の動向と比較すると、いずれのイノベーション分野でも我が国では傾向的に低い結果となっている。プロセス・イノベーションの実現企業の割合については低水準ながら我が国のみで最近上昇しているという結果が報告されているが、総じてみれば2000年代を通して我が国の企業においてイノベーションの創出が十分に行われてこなかった可能性を指摘できる。

イノベーション活動の促進を通じて生産性の向上を図ることは経済の再生に不可欠となっている。一方、インプット指標でみる官民合わせた我が国全体のイノベーションへの取組は他国と比べても遜色ないものの、そうした取組に応じた生産性や営業利益の向上、企業におけるイノベーションの創出が必ずしも実現されていなかったと考えられる。こうした中、イノベーションを生み出しその果実を経済成長に結び付けていく経済社会全体を視野に入れたシステムの構築が重要となっている。

3-1 我が国におけるイノベーションの定義

「イノベーション」という言葉は、経済学者のシュンペーター(Schumpeter)により、初めて定義された。著書「経済発展の理論」の中では、経済発展には人口増加や気候変動などの外的な要因よりも、イノベーションのような内的な要因が主要な役割を果たすと述べられている。

シュンペーターによれば、イノベーションとは新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産することであり、その類型として、<1>創造的活動による新製品開発(プロダクト・イノベーション)、<2>新生産方法の導入(プロセス・イノベーション)、<3>新マーケットの開拓(マーケット・イノベーション)、<4>新たな資源(の供給源)の獲得、<5>組織の改革(組織イノベーション)を挙げている。また、企業家が既存の価値を破壊して新しい価値を創造していくことが経済成長の源泉であるとも述べている。

これまで我が国においては、経済社会を根幹から変えるようなイノベーションは革新的な科学技術から生じることが多いという認識から、イノベーションを「技術革新」と訳す傾向があった。しかし、イノベーションは、分野融合による既存技術の組合せや経営の革新等からも起こり得ることから、新たな価値の創出による経済社会の変革の側面に焦点が当たるようになった23。このような背景から、2008年に成立した研究開発力強化法では、我が国の法律として初めて「イノベーションの創出」を「新商品の開発又は生産、新役務の開発又は提供、商品の新たな生産又は販売の方式の導入、役務の新たな提供の方式の導入、新たな経営管理方法の導入等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう」と定義した。


(1)生産性とは、生産資源の投入量と生産活動により生み出される産出量の比率として定義され、投入量に対して産出量の割合が大きいほど効率性が高いことを意味する。ここでは、全ての生産資源(資本と労働)を投入量とした場合の産出量との関係を示す全要素生産性(TFP)を考える。
(2)東京市場の平均株価は、1989年末に記録した最高値38,915円から急激に下落し、1992年夏頃には最高値の約3分の1程度となる一方、東京圏(商業地)の地価は、1990年をピークに1996年にはピーク時の4割程度にまで低下した。この間の景気動向指数(一致指数)の動きをみると、1990年10月をピークに低下に転じ、1993年12月まで低下傾向が続くこととなった。
(3)企業の有利子負債・売上高比率はバブル経済崩壊時のピークである160%程度から最近では100%程度にまで低下し、バランスシート調整に進展がみられている(付図3-1)。他方、家計の負債残高・可処分所得比率は、2000年代に入って緩やかに低下し、最近では120%程度となっている。
(4)内閣府(2013)。
(5)金・深尾・牧野(2010)。
(6)「サービス産業」とは、農林水産業、鉱業、製造業、建設業を除く第3次産業を意味し、対個人サービス、対事業所サービスといった狭義のサービス分野に加え、電気・ガス・水道、卸・小売、金融・保険、不動産、運輸、情報通信業等を含む広義のサービス分野を指す。
(7)産業別TFPとマクロ経済全体のTFPの関係については付注3-2を参照。
(8)企業レベルのデータを用いサービス産業の生産性分析を行う森川(2007)では、サービス産業では企業間での生産性のばらつきが製造業に比べて大きいことを報告し、例えば、生産性の高い企業の手法を他の企業が学ぶことによって産業全体の生産性を高める潜在的な可能性が高いことを指摘している。
(9)「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)では、GDPの約7割を占めるサービス産業の生産性を向上させるため、「サービス産業チャレンジプログラム」に基づき、「日本サービス大賞」等によるベストプラクティスの徹底普及、サービス品質の評価、人材育成、JETRO等を活用した海外展開支援等の業種横断施策を行うこととしている。また、宿泊産業、運送業、外食・中食産業、医療・介護・保育分野、卸・小売業ごとの業種別施策を関係省庁が一体となり進めるとしている。さらに、地域に根差した中小・小規模事業者による生産性向上へのチャレンジを応援する地域レベルでの支援体制の構築を進める。
(10)「サービス産業チャレンジプログラム」(平成27年4月15日日本経済再生本部決定)では、サービス産業の労働生産性上昇率が、2020年までに2.0%(2013年:0.8%)となることを目標に掲げている。
(11)内閣府(2013)。
(12)OECD(2015)。
(13)例えば、OECD(2011)、OECD(2002)では、租税措置と研究開発の関係について検討されている。
(14)第3-1-8図(2)は、企業におけるイノベーションの実現割合とイノベーションを実現した企業における公的支援の利用割合についての散布図を示したものであるが、結果の解釈にはサンプル数が少ないことに留意が必要。
(15)同様の傾向は、イノベーションのための活動を実施した企業、またイノベーションを実現した企業についてもみられる。
(16)「同一サービス分野における品質水準の違いに関する日米比較調査」(平成21年3月、社会経済生産性本部)。
(17)日米の相対価格(日本のサービス価格を100としてアメリカのサービス価格を相対評価したもの)と相対品質(日本のサービス品質を100 としてアメリカのサービス品質を相対評価したもの)の比は、相対品質をコントロールした上での各サービスの相対価格の高低と同義と考えられ、相対価格・相対品質比が低いほど、日本のサービスは品質に対して「割安」と評価されていることを示す。
(18)「病院」については、日本人が割安と感じる程度が高くなっているが、この背景には、アメリカと異なり日本では国民皆保険制度が存在し、医療費の多くが公的保険を通じて支払われることが影響していると考えられる。
(19)日本企業の研究開発費と売上高の対前年増加率は、おおよそ連動した動きとなっている(文部科学省 科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2014」)。
(20)パテントファミリーは、発明者や出願人が居住する国以外での権利化を目指して2か国以上に出願されていると考えられ、単国出願よりも価値が高い発明と考えられている。
(21)ただし、平成27年版科学技術白書(平成27年6月16日閣議決定)では、我が国における製造業企業のTFP上昇率の要因分析を行うことで、政府の研究開発投資が、この20年間、景気に左右されることなく、一貫して企業のTFP上昇率にプラスの影響を与えていることを示している。
(22)OECDマニュアルに準拠し、常用雇用者数10人以上の企業を対象に民間企業のイノベーション活動について調査。2013年度調査では、2009~11年度における活動について2013年1~2月に調査し、その結果を報告(有効回答企業数7,034社、回収率35.2%)。
(23)文部科学省(2009)。
[目次]  [戻る]  [次へ]